人気ブログランキング |
excitemusic

クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
ICELANDia
カテゴリ
以前の記事
2019年 08月
2019年 06月
2019年 05月
2018年 05月
2018年 03月
2017年 10月
2017年 08月
2017年 05月
2017年 01月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 09月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
フォロー中のブログ
メモ帳
最新のトラックバック
http://venus..
from http://venuspo..
http://while..
from http://whileli..
http://while..
from http://whileli..
http://www.v..
from http://www.val..
バッハが人類に残したメッ..
from dezire_photo &..
ミュージカルかファンタジ..
from dezire_photo &..
バッハが『ロ短調ミサ曲』..
from dezire_photo &..
ルター派のプロテスタント..
from dezire_photo &..
ダンテの『神曲』 ”地獄..
from dezire_photo &..
バッハとヘンデルの音楽性..
from dezire_photo &..
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


タグ:シュトラウス ( 6 ) タグの人気記事

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その149

b0083728_12485220.jpg個人的経験:
私が最初に聴いた
シュトラウス作品は、
ベームの指揮による
ベルリン・フィル盤
だったが、そこでの
ヴァイオリン・ソロは、
シュヴァルベであった。
この人は、カラヤンの
名盤でも、再び、
妙技を聴かせていた。


この名コンサートマスターは、1957年にカラヤンに招かれたようなので、
1958年のベーム盤の独奏は、ほとんどお披露目だったわけだ。
1985年まで、ベルリンのコンサートマスターを務めたとあり、
28年も一線にて活躍したことになる。

シュヴァルベは、ポーランド出身アウアーの流派で、
ルーツ的には、ベルリンとは微妙な関係であったようだが、
世代的には1世代若いが、同時期にヴィーン・フィルの
コンサートマスターを務めていたのが、
ユーゴスラビア出身のゲルハルト・ヘッツェルだったというのが面白い。
日本から見れば、どちらも東欧出身者が、
この2つの名オーケストラを率いていたことになる。

シュヴァルベは、退団後も、92年頃まで演奏を続けていたのに対し、
ヘッツェルは、転倒事故で50歳の時、1993年に、
そのキャリアを中断された悲劇でも知られている。

また、ベルリン・フィルに対する、このヴィーン・フィルは、
マーラーの時代のロゼーから、シュナイダーハン、ボスコフスキー、
バリリなど、名コンサートマスターが四重奏団を結成し、
同様に、名手の名前が、我々愛好家の脳裏に刻まれることとなった。
そんな意味でも、この人の独奏には耳を澄ませてみたかった。

このヘッツェルのヴァイオリンが聴きたくて入手したのが、
カラヤン盤のそっくりデザインの、プレヴィン盤CDである。

カラヤンのものが、右下に光点があるのに対し、
このプレヴィン盤の表紙は、光点がほぼ右にある天体。
光輪がカラヤンのものより赤くくっきりしているが、
日蝕の瞬間を捉えたような画像は、
ほとんど著作権侵害の域にまで達している。

中を見ると、Art Directorとして、
Ray Kirschensteinerという名前が出ているが、
Cover illustrationには、A.I.R.Studioとあり、
Cover Graphicsには、Ramba Designとあるので、
責任の所在が不明確である。
が、レーベルが、テラークであることは確か。
1987年11月の録音とある。
カラヤンの73年から15年も経たずして現れた競合盤である。

このCD、聴いてすぐ驚くのは、ベーム、カラヤンらで聴いて来た、
冒頭部が、非常に素っ気ない所であろう。
が、さすが録音で鳴らしたテラーク。
非常に雰囲気のある音である。

この雰囲気には、あの表紙デザインの光輪の色のような紫色が、
感じられなくもない。
カラヤンのものは、青白く、また、冷たい。

プレヴィン盤では、ヴァイオリン独奏も、
それに倣ってか、先入観からか、
語り口は非常に洒落ているが、音色としては地味で、
その分、オーケストラの中に溶け合っていて暖かい。

また、英文解説はかなり充実していて、
この曲における納得の出来る解説に、
ようやく、巡り会ったような気がしている。
なぜなら、各部の標題を無視していないからである。

ところが、付録の日本語解説は、標題のみならず、
この貴重な解説を無視して、
相変わらず、
「原作の内容を標題音楽的に扱ったものではなく、
あくまでも、この曲の持つ詩的な気分を音楽的に表現したもの」と、
いつもの論調を、「あくまでも」繰り返している。

「R・シュトラウスは、この交響詩の中で、
ツァラトゥストラの太陽の賛歌を
歌い上げようとしたのだった」とまで、
言い切っているのである。

仮に、「太陽の賛歌」を歌い上げているとしたら、冒頭部だけであろう。
こんな解説に振り回されていたら、みんなシュトラウスを嫌いになるはずだ。
なぜなら、冒頭部を過ぎると、辛気くさい音楽ばかり続くからである。
これのどこが、「太陽への賛歌」なのか?
そもそも、ニーチェの著作は、そんなことだけを言うだけのために、
あれだけの大著になっていたのだっけ?

こんな認識で、どうして、解説を書いた人が、
この曲を鑑賞できていたのか摩訶不思議である。

また、別の本で、諸井誠が、この曲を、
「自然の力」と「人間の渇望」の二つの主題による、
ソナタであると断言しているのも読んだ。

第一の展開部は、
自然との対決のために、人間が生み出した科学が、
反対に人間を圧迫するときの葛藤。

第二の展開部は、「人間的な幸福感の表明とその増大」、
終結的展開部が「舞踏の歌」であるとしていて、
これはこれで、すっきりした解釈である。

しかし、ニーチェの著作がそんな内容かについては、少し疑問も残る。
両大戦の前に、科学が人間を圧迫する、とまで書いているのだろうか。

結局、キレイな女性と、楽しくダンスがしたかっただけなのだが、
それじゃ、あんまり破廉恥だから、長い長い前置きを書いたのでっせ、
という感じがしないでもない。

岩波文庫の「ツァラトゥストラはこう言った」
(氷上英廣訳)を見ると、
「舞踏の歌」というのが、第二部にある。

森の中の静かな草地で、少女たちが踊っている。
「わたしの歌は重力の魔を嘲る舞踊の歌だ。」
と言って、ツァラトゥストラは、「生」という女性と、
「知恵」という女性を比べる歌を歌う。
生と認識の関係を歌ったものだと解説にある。

終曲の「さすらい人の夜の歌」については、
本当に訳が正しいのかと英訳を見ると、
「Sleep-Walker’s Song」とあった。
これは、夢遊病の歌ということなので、
ニーチェの著作のほぼ最後の「酔歌」ではないかと当たりをつける。

見ると、真夜中の鐘も出て来る。
これこそが、終曲に相応しい。

夢遊病のようになったツァラトゥストラは、
「ついて来なさい、ついて来なさい、真夜中は近づいた」と言って、
真夜中の鐘に聞き入る。
「おまえ、老いた鐘よ、太古の祖先の苦痛が込められている。」

「終わってくれ、しかしまた戻って来てくれ!」
「すべての喜びは永遠を欲する!」
などとある。
まさしく、「永劫回帰」であろうか。

と、こんなことまで考えていたのだが、
今回、プレヴィン盤の解説を読んで、
だいぶ、すっきりしたような気がしている。

このCDでは、「死と変容」が併録されていて、最初に、
ツァラトゥストラが演奏され、後から、これが演奏される形。
が、「死と変容」の方が先に書かれているので、
解説は、こちらが先になっている。

「『死と変容』の主人公が芸術家であったとしても、
音楽そのものは自伝的ではない。
この作品の初演の後、シュトラウスは肺炎の悪化で、
危うく死に至るところであった。
その療養中に、シュトラウスは、最初のオペラ、
『グントラム』を手がけたが、ここには、
1896年に完成される『ツァラトゥストラはかく語りき』の
種子を見いだすことも出来るだろう。
『グントラム』のリブレットを書いている間、
シュトラウスはニーチェの著作に没頭してしまった。
『グントラム』の持つ宗教的雰囲気にも関わらず、
形式的な宗教に対するニーチェの攻撃に惹かれた。」

こう書かれるまで、私は、あまり注意したことはなかったが、
最初のオペラ、「グントラム」は、彼に似つかわしくなく、
宗教的な題材で、彼自身が台本を書いたものなのである。

また、こうした中、シュトラウスが実際に、
病気で危機に瀕していたというのも興味深い。
「ツァラトゥストラ」の中核をなすのは、
「病から回復に向かう者」という部分なのだ。

「シュトラウスはそもそも若い頃から、
そうした形式的な信仰などは軽んじていた。
シュトラウスの主人公グントラムと同様、
ニーチェの予言者ツァラトゥストラは人間世界から離れ、
孤独の中に叡智を求めていた。
山の中の洞窟に一人あって、彼は人間の諸相を見つめ、
新しい優れた人種である、『超人』到来の必然性を得た。」

ニーチェの著作が難解なのは、「太陽賛歌」を書いたからではなくて、
訳の分からない「超人」を予言したからである。
日本語解説のような音楽であったとしたら、
シュトラウスも、こんな複雑な音楽にしなかっただろう。

この後書かれている内容と、
この「超人」到来の説明によって、
何となく、この曲が、「人類の起源から」などという解説を、
シュトラウスが残した意味を垣間見ることが出来る。

シュトラウスの脳裏にあったものを図式化すると、
おそらく、こうなるのであろう。
人間発展の歴史:
「人類の起源→宗教(迷信)を学ぶ→科学(自然)を学ぶ→超人の到来」。
「→」の部分は、前のものがうまくいかなかったという事である。
最後の部分を予言したものとして、ニーチェの賛歌となっている。
「太陽の賛歌」と書いてある意味は、冒頭部しか聞いてない人の言葉であろう。

もしも、超人の到来、というか、科学の限界がなければ、
この曲は成り立たなかったということが分かる。

もし、ニーチェが書いたように、
「人間のままでは何やってもダメダメ、超人じゃなきゃね」
という部分がなければ、
科学万能、万歳、という音楽になってしまう。

これまで見てきたように、
この曲の場合、途中の「科学について」は、
極めて皮肉な扱いを受けていることからも、
むしろ、その後のワルツの部分が全体の大部分を占めることからも、
ニーチェの思想なしには、まるで成り立たない音楽であることが、
ようやく理解できるのである。

では、続きを見て見よう。
「シュトラウスは、哲学の音楽化は不可能と気づいたが、
『原初からの人間の進化と、発展の様々な諸相、
科学や宗教からニーチェの超人思想までを音楽で伝え、
ニーチェの天才への賛歌としたかった』という。
作品は、ニーチェの各章のタイトルを持つ、
8つの連続した部分からなり、
人間と、それを超越した自然の根源的な抗争を描いている。」

確かに、以上の説明は、これまでの解説にも出ていたが、
各部標題との関係を解釈しないことには、
何を言っているのか分からず、
各々が、どのような発展の諸相か納得不可能であった。

多くの場合、このCDの日本語解説のような、
適当な言葉の羅列に陥って行ってお茶を濁されるのが常であった。

先に書いた中核となる
「病から回復に向かう者」の日本語解説を例にとると、
「ここでは、トロンボーンと低音弦によるフーガの主題と、
木管とヴァイオリンによる『嫌悪の主題』の変形したものが
奏されたあと、『自然の主題』が力強くあらわれ、
壮大なクライマックスを築き上げる」と書かれている。

私たちの脳みその中には、虚しく言葉が流れ去るだけである。

今回の英文解説は、そんなことはなく
各部が、先の人間の進化と一緒に説明されている。

「この作品のスコアには、10年の瞑想の後、
予言者が社会に戻ることを決意する、
プロローグの部分が掲げられている。」

何故か、英文にこのプロローグは引用されていないが、
幸いなことに、日本語解説には、丁寧に、
しかし、誤解を生じるように中途半端に記載されている。

「ツァラトゥストラ齢30のとき、
故郷と故郷の湖を去って、山に入った。
ここに、彼はみずからの精神と孤独を享受して、
10年にして倦むことを知らなかった。
さあれ、ついに彼の心は一転したのである。
ある朝、彼は暁の朱とともに起き、
太陽の前に歩み出て、かく語りかけた。
『なんじ大いなる天体よ!
もしなんじにして照らすものなかりせば、
なんじの幸福はそもいかに?・・・」

実際は、この後、2/3ばかり残っていて、
太陽に問いかけるのみならず、こんな事も言っているのである。
岩波文庫(氷上英廣訳)を見ても、
「この十年というもの、あなたはわたしの洞穴をさして
のぼって来てくれた。
もしわたしとわたしの鷲と蛇とがそこにいなかったら、
あなたは自分の光にも、この道すじにも飽きてしまったことだろう。」
と続くことが分かる。

これを補うだけでも、シュトラウス理解には繋がり、
さきの日本語解説が大嘘で、誤解も甚だしいことが理解できよう。
ニーチェは、太陽に、俺がいるから、お前があるのだ、
と対等、並置関係の言葉を吐いているのである。
「太陽賛歌」などではないことは一目瞭然。

シュトラウスも、この対立姿勢を全体のトーンにしているのだから、
この曲解は、非常に多くの誤解の種を巷に垂れ流したと言える。

また、ニーチェの「ツァラトゥストラ」の翻訳そのものも、
今回、いろいろあって、悩ましいことを発見。
岩波文庫には、この続きは、
「しかし、わたしたちがいて、毎朝あなたを待ち、
あなたから溢れこぼれるものを受けとり、感謝して、
あなたを祝福してきた。」
と訳しているが、
音楽之友社のスコアでは、
「しかし、私たちは汝を毎朝、待ちうけ、
汝のあり余る光を受け取り、感謝した。」
と訳してあり、不遜さが異なる。

つぎの部分などは、決裂したのか、和解したのか、
よく分からない状況に陥る。
つまり、
岩波文庫:
「見てください。あまりにもたくさんの密を集めた蜜蜂のように、
このわたしもまた自分の貯えた知恵がわずらわしくなってきた。
いまは、知恵を求めてさしのべられる手が、わたしには必要となってきた。
わたしは分配し、贈りたい。
人間のなかの賢者たちにふたたびその愚かさを、
貧者たちにふたたびおのれの富を悟らせてよろこばせたい。」

音楽之友社スコア:
「見るがよい。私はおのれの知恵に、密を集めすぎた蜜蜂のごとく、
うんざりとしている。
いまや、差し伸ばされる手を私は必要としている。
私は贈り、分け与えたい。
人々のうちの賢者がおのれの愚かさを、
貧者はおのれの豊かさを喜ぶにいたるまで。」

こう比べると、ニーチェは、太陽の限界を喝破し、
自分も太陽と同格である、と言っているようにも見えるし、
太陽に倣って、自分も行動する、と言っているようにも見える。

いずれにせよ、太陽は、いまや、信仰の対象ではなくなったようだ。
さらに、知恵を集めること(科学すること)の限界についても、
ここには、さりげなく織り込まれていたのである。

このようなニーチェの冒頭部を読むと、有名な冒頭部は、
プレヴィンのように素っ気なく演奏する方が正解にも思えて来ないか。
太陽は、惜しみないエネルギーで、人間を圧倒し去る存在でなく、
対等というか、幾分、無関係な存在として捉えられよう。

「シュトラウスの音楽がツァラトゥストラに決心を促した、
日の出の描写にも似て。
原初を表すオルガンペダル音の上に、
トランペット群が鳴り響く。
人間の不完全さに対し、自然の単純な声明が絡み合うように、
この華麗なファンファーレは、ハ長調とハ短調の間を揺れ動く。」
と、解説にあるが、とにかく、人間に対し無機質で、
つっけんどんなのである。
ベームもカラヤンも、作為に満ちて、はなはだ人間的な太陽であった。
ニーチェがその限界を見切る以前の太陽と言えるかもしれない。

「この『自然の動機』は、作品を通じて現れ、最初のセクションである、
ツァラトゥストラが『人間が作った狂気』と見なす神に、
慰めを見いだす、素朴でナイーブな人々、
『背後の世界の人々』の重要な音楽的アイデアとなる。
(ドイツ語で、この『背後の世界の人々』は『田舎者』に発音が似ている。)」
こうして、太陽が簡潔に雄大であるのに対し、
当初、人間存在は、じめじめと煮え切らなくて、
何もかも、太陽とは正反対である旨を示すには、
このような曲想が必要であったことが初めて理解可能となる。

私は、この辛気くさい音楽が、嫌であったが、
まさしくシュトラウスの思う壺だったようだ。
彼は、当初、人間は、こうした惨めな存在だったとして描いたのである。
宗教にすがって、何とか生きてきたという感じであろうか。

レスピーギの「カタコンベ」みたいなものを思い出す。

「この部分と、続く3つのセクション、
「大いなる憧れについて」、「歓喜と情熱について」、
「墓堀の歌」を通じて、原始的で狭量な存在であることを、
人間は克服しようと悪戦苦闘する。
彼の奮戦は、一方では普遍的な自然、
もう一方では、シュトラウスが、
クレド、マグニフィカトを引用によって強調された、
盲目的な宗教を通って行く。
この闘争をシュトラウスは、自然を根源的なハ長調で、
人間はそれに近いが和音的には不調和のロ長調/ロ短調で描き、
日の出のファンファーレと対比させ二律背反的に表現した。」

ようやく、これらの部分で、人間は、何やら自信を持つに到り、
自然を克服してやろうといった、ローマ帝国の退廃のような、
野望と権勢への欲望に満ちた時代を経過して来たということか。
が、この解説にはないが、「ああ、もうたくさんだ」といった感じの、
「倦怠の動機」が出て、「墓場の歌」では、かなり疲労困憊している。

それは、やはり、中世の錬金術のような怪しい実験室から、
科学の萌芽が生まれ、ルネサンス期の再度の自信回復のような一章が続くと、
勝手に解釈するのも悪くないかもしれない。
このように聴くことで、先の「人間の進化の歴史」が把握され、
曲の表記にも、論理的なつじつまが合って気持ちよくなる。

解説にも、こう書かれている。

「第五の部分「科学について」で、人間は自らの卑小さを、
知性を通じて克服しようとする様が、
自然の主題を元に、ハ長調、ロ長調を混ぜながら、
最もアカデミックな音楽形式であるフーガで描かれる。」

ニーチェがいなければ、この科学礼賛で終わっても良いわけだ。

以下が、先に書いた、「病から回復に向かう者」の解説で、
人、ツァラトゥストラは、再度、これでもないと限界を感じるわけである。
まだ、現代人も、これについては、ツァラトゥストラの域に達していないので、
ここからは、単に人間の歴史ではなく、その延長への失望と、
未来像が予見された、幻視の音楽になっていかなければならない。

「フーガは、次のセクション『回復期の人』の中で、
まるで、ツァラトゥストラが落胆の重さに崩れ落ちるように最高潮に達する。
自然のモチーフが響き渡ると、
ツァラトゥストラは、人間の唯一の望みは、超人の出現であると悟る。」
この、落胆については、上記、転換点に当たるため、
かなり、劇的であるべきだが、
プレヴィン盤より、ベーム、カラヤンのこけおどしが懐かしい。

以下の部分は、若干、安易な感じで、解釈に疑問がないわけではないが、
うまく、つじつまが合うようになっている・
「この喜ばしい発見は、『舞踏の歌』にて、
幾分、シュトラウスにはアイロニカルに、ヴィンナワルツを変形させ、
ここで、ここまで聴かれたほぼすべての動機は、次第に一律化されて行く。」
いずれにせよ、何か、違う価値観の中に、
あるいは、まったく異なる自然観の中に、
万物が調和する幻想が描かれているようだ。

「幻想」と書いたのは、最終的に、これが打ち破られるからである。

このような、理想の未来像、
あるいは、ツァラトゥストラの空想の楽園を描いているので、
プレヴィン盤のヘッツェルの、やや、くすんだ、
しかし、癖のある、えもいわれぬ色調が、
シュヴァルベの、突き抜けるように澄んだ、
反面、俗っぽい美音よりは好ましいような気がする。

「ワルツがすさまじいクライマックスを形成すると、
深夜を告げる鐘が、『夜のさすらい人の歌』のセクションを導く。
この時点で、著者と作曲家は、別の道を歩む。
ニーチェのツァラトゥストラは、超人の時代の到来の宣言を、
自らの使命としているのに対し、シュトラウスは、
人間と自然の対立は永遠だと信じている。
最も謎に満ちた瞬間の1つが、自然のハ長調と人間のロ長調は、
まったく並列して進み、最後の言葉は自然となっている。」
この解説は、味わい深い。
ニーチェの天才への賛歌、と作曲家自身が書いているのにもかかわらず、
ニーチェの否定が、シュトラウスが最後に書いたことだと言うのである。
言うなれば、「ニーチェさん、面白い夢を見せてもらってありがとう」
という感じであろうか。
とにかく、「舞踏の歌」が、やはり、ニーチェの哲学を、
垣間見せた音楽の本質ということになろう。

が、スコアについている解説などを見ると、
ここでの鐘の音は、正しく、ニーチェの著作に準じているとある。
岩波文庫(「深夜の鐘の歌」)では、
「一つ!
ああ、人間よ!しかと聞け!
 二つ!
深い真夜中は何を語る?
 三つ!
『わたしは眠りに眠り、
 四つ!
深い夢から、いま目がさめた。
 五つ!
この世は深い、
 六つ!
[昼]の考えたよりもさらに深い。
 七つ!
この世の嘆きは深い。
 八つ!
しかし、よろこびは-断腸の悲しみより深い。
 九つ!
嘆きの声は言う、[終わってくれ!]と。
 十!
しかし、すべてのよろこびは永遠を欲してやまぬ、
 十一!
- 深い、深い永遠を欲してやまぬ!』
 十二!」

この12の鐘については、楽譜では、
876小節から、最初はフォルテッテシモで、
最後は消えるように、間隔をずらしながら確かに12回、
打ち鳴らされている。

この鐘の音色は、実は、プレヴィン盤はあまりよく聞こえない。
古い録音のベーム盤は、録音はずっと劣るながらも、
この部分、忘れがたい音色を響かせていた。

岩波文庫には、「酔歌」の部分に、
「鐘よ、甘い竪琴よ!私はお前のひびきが好きだ。
お前の酔いしれたヒキガエルのような声が好きだ!」
という部分があって、まさしく、ベーム盤は、このような音色なのだ。

かつて、どこかで、この鐘の音の間隔の引き延ばしが、
永遠に繋がっていく、と書いてあるのを読んだような気がする。
こう考えると、この部分、永遠回帰を指向しているようにも思え、
あながちニーチェ不賛成とも言えないような気もする。

シュトラウスがクローズアップした、人間と自然との永遠の対立すら、
その文脈で捉えられるような気もする。
とにかく、この謎のエンディングには、そのような永遠の謎を、
封じ込めなければならないということだ。

この最後の部分、消え入るような、
独奏ヴァイオリンが聴きものであるが、
カラヤン盤などでのシュヴァルベの音は輝かしく、
自信満々で、人間が自然を征服して黙らせた感じがするが、
まさしく、これは超人の到来かもしれない。

が、ここは、ヘッツェルのように、やや陰影を持たせ、
神秘的に謎が提示されていく方がシュトラウス的であるかもしれない。

「うわべの不賛成にも関わらず、人はシュトラウスが、
いかにツァラトゥストラに同化しているかに驚かずにはいられない。
『死と変容』と同様、人生における精神の旅を、ツァラトゥストラの主人公も、
短い時間に圧縮している。
高尚な主題を扱いながら、これら両作品は、
標題音楽の枠組みの中で、若いシュトラウスは、
自身の内面を描き出している。」

ということで、このプレヴィン盤、
いろいろなことを考えながら楽しむことが出来た。
カップリングは、私個人としては、別の曲がよかった。

得られた事:「日本盤CDの解説は、時として、海外版解説と反対の趣向、解説を含むことがある模様。」
by franz310 | 2008-11-16 13:10 | 音楽

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その148

b0083728_10451265.jpg個人的経験:
以前にも書いたが、
私が中学生の頃は、
「シュトラウスを
聴かなければ、
管弦楽を聴いた
ことにはならない」、
と言わんばかりの
広告があった。
ここまで書かれると、
何か聴かないといかん。


そう思って、一番、有名な、「ツァラトゥストラはかく語りき」の、
ミュージックテープを買って来た。

またまた、「ます」からは脱線するが、
そもそも、「ます」の録音を二度も行った、
バイエルンのコンサートマスター、
ケッケルトの話から、ここまで来てしまった。

最初に「ツァラ」を買った時、
他に候補がなかったのだろうか、
何故かベーム指揮のものを買って来た。
何故だろう、と、ふと、疑問がわきあがる。

ちなみに、74年、「レコード芸術」誌付録の「最新レコード名鑑」では、
カラヤン、メータ、バーンスタインが推薦されている。
ただし、カラヤンのは73年録音の、ベルリン・フィルとの新盤である。

私が記憶を辿る限り、
ベームのを買った後、すぐに、カラヤンの新盤が、
店頭に並んだような気がする。

とにかく、このようにして買って来て、
それとは別に、5つ驚いたことがあった。

1. 最初の部分以外、まったく面白くない。

2. 両面合わせて30分程度しか収録されてない。

3. 協奏曲でもないのに、ヴァイオリン独奏者の名前が書いてある。

4. オルガンが響き渡ることが有名だが、ほとんどそれが聞こえない。

5.何時終わったか分からない。

こんな風に、シュトラウスの第一印象は最悪だったような気がする。

一方で、カラヤンのレコードには、強烈な印象が残っている。
といっても、演奏内容からではない。

b0083728_1045421.jpgベームのものは、
デザインも含め、
何だかよく分からなかったが、
カラヤンのものは、
少なくとも、
ジャケットがかっこよかったのだ。
この日蝕のような
デザインテイストは、
どうやら、多くの人の、
心を打ったようで、
類似のものが多く現れた。

おそらく、太陽の強烈な光が、これから差し込むであろう瞬間を捉え、
それが、この曲の冒頭のイメージに繋がるのであろう。

また、宇宙映画の主題曲にも選ばれたので、
天体とは相性が良いのであろう。
当時は、ホルストの「惑星」が人気作品であったから、
そうした雄大なイメージは時代の感覚にも合っていたのかもしれない。
あるいは、この録音を当時入手していたら、
もう少し満足度は高まったかもしれない。

一方、ベームの録音であるが、
今もって、このテープに使われた謎の図形の意味は、
解読できていない。

b0083728_10462249.jpgLPなどでも、
ベーム盤は、
廉価盤で
再発売されたし、
レギュラー時代のもの、
輸入盤も合わせて、
今でも、中古でも
出回っているが、
別のデザインなので、
この輸入カセットの正体は
不明のままである。

LPのベーム盤は、大空に広がる夕日であるが、
これは、カラヤン盤と反対に、日が暮れる印象で、
ツァラトゥストラの冒頭というより、
終曲のイメージに連なるものかもしれない。

いずれにせよ、雄大な自然が描かれた音楽ということであろう。
が、これらのジャケットは、はたして、意味があるのだろうか。

ニーチェは知っていて、
その著作、「ツァラトゥストラはかく語りき」には、
仮に目を通したとしても、
この曲とどんな関係にあるかは、
よく分からないままである人が多いはずである。

なぜなら、レコードの解説でも、そのあたりについて、
よく書いていないからである。

例えば、先の「レコード名鑑」でも、
「交響詩とはなっているが、この哲学書を標題的に扱ったものではなく、
この本の詩的な気分をとりあげた絶対音楽に近い作品である」とあって、
「曲は単一楽章でできているが、
全四部にわかれているところでは交響曲に近い」と結んでいる。

それなら、もっと、ジャーンと豪快に終わって欲しい。

では、当時の私は、
このグラモフォンの輸入テープについていた解説を、
もしも、よく勉強して読み解いていれば、
何か、違うその後があったのだろうか。

英語と独語がついているが、今回、初めて読んでみた。
ただし、無署名である。

「ニーチェによる、リヒャルト・シュトラウスの音詩、
『ツァラトゥストラはかく語りき』作品30は、
『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』と、
『ドン・キホーテ』の間、1896年に書かれた。
2年後には、想像力に富んだ、音楽的自伝、
『英雄の生涯』を書いている。
『ツァラトゥストラ』は、続く二作に先立つ自然な補足であり、
これは実際、自伝ではないが、ニーチェの思想に対する、
明らかな信仰告白となっている。」

ということで、どのような告白がなされているのかが気になる。

「このことは、スコアの冒頭に置かれた、
散文詩によって要約されているかもしれない。
『音楽は、あまりにも長い間、まどろんでいた。
今、我々は目覚めるときだ。
暗闇を歩いていた我々は、
これからは光の中を歩くのだ。』
この作品の中で、シュトラウスは、
『哲学的音楽』を書こうとしたのではなく、
思想の体系を作曲してみせようとしたのでもなく、
むしろ、ニーチェのアイデアのエコーであり、
『哲学的な詩』の、熱狂的な言葉の音楽化とは反対に、
『音の詩人』が感じたものを作曲した。」

このあたり、実にややこしいが、
しょっちゅう、引用される箇所であって、日本盤LPの解説では、
「自分は、哲学的な音楽を書こうとしたのでもなく、
あるいはニーチェの偉大な著作を音楽で描こうとしたのでもない。
音楽という手段により、人類の発展の観念を、
その起源からその発展の諸相を経て、
宗教的にも科学的にもニーチェの超人の観念に到るまでを
伝えようとした。」

別の表現をすれば、少し分かるかと思ったが、
結局はややこしい。

シュトラウスは、単に弁明しているだけに思える。
いくら、そう主張したところで、
こんな題名を付けられると、どの部分が何を表している、
などと詮索せざるを得ないではないか。

いずれにせよ、音楽が新しい生命を得ることを、
ここでは、求められているようである。
少なくとも、ニーチェはそう願った。

LPを見ると、A面には、序奏に続き、
「後の世の人々について」
「大いなる憧れについて」
「歓喜と情熱について」
「科学について」
「病から回復に向かうもの」(第一部)
が収められ、
B面には、
「病から回復に向かうもの」(第二部)
「舞踏の歌」
「さすらい人の夜の歌」
が収められているということが分かる。

前半に短い曲がならび、後半になると長い曲が続くようだ。
「ドン・キホーテ」とは違って、切れ目なしに繋がっているので、
まさか、A面、B面にまたがった部分があるなどとは知らなかった。

とにかく、この題名を追ってみても、
どうやって、「人間の起源と発展の諸相」になるのか、
さっぱりわからない。

テープの解説の続きを読んでみよう。
「これが、野心的な音詩であることは、
6つのホルン、2つのハープ、オルガンを含む、
異常な編成からも分かる。」
だから、それは、どんな野心なのですか。

CDで言うところのトラックナンバー式に整理しながら、
ここに書かれたことを整理してみた。

1.序奏:
「この巨大なオーケストラの手段を利用して、
シュトラウスは、序奏部で、この作品のコンセプトと、
トランペットの呼び声から、導かれるメインテーマを示す。
この謎に満ちた序奏は、大きな音響変化の他、
短調と長調の激しい切り替えを有し、
標題的な詳細を知りたいと思う者を戸惑わせる。」

ちなみに、日本盤解説は、このような難しい事は書いておらず、
「曲は、ハ長調で緩やかにはじまり、
朝日が天に昇るのを描く。そこでトランペットが荘重に、
『自然の主題』を出す」とあるだけである。

しかし、この「自然の主題」が、何なのかはよく書かれていない。
が、このような主題からも、これらのジャケットで、
自然の雄大な光景が使われるのにも意味があったと分かる。

最近になって、かつて憧れたカラヤン盤を入手したので、
非常に有名な部分なのだが、この部分を聞き比べるとどうなるだろう。

私は、カラヤン/ヴィーン・フィル盤は未聴だが、
ベルリン・フィル盤を聴くかぎり、ベームは悪くない。
非常に、緩急のアクセントをつけて、芝居上手な感じがする。

日の出のようなものより、人為的な感じがするくらいであるが、
かなり気迫がこもっている。

2.「後の世の人々について」(約4分):
テープ解説には、こうある。
「序奏に続く楽章『後の世の人々について』は、
超越的事象の特徴を扱う。
シュトラウスはこれを表すために、
グレゴリオ聖歌のクレドをライトモティーフのように使っている。」

ここは、最初に聴いた時にとまどった部分である。
せっかく、壮麗な序奏から始まったのに、
いきなり、楽器がぼそぼそと暗いムードで呟く。
この部分に、みんなが不満を持ってしかるべき部分である。
そもそも、ソナタ形式ならば、序奏の後に活き活きとした、
アレグロが来るべきであろう。

とにかく、中学生あたりが持っていたラジカセなどでは、
各楽器が何をして、何が起こっているのか分からなかった。
暗い。とにかく暗い。改めて聴いても暗すぎて、
どこが聞き所なのか分からない。
ようやくのように、弱々しく聖歌調の音楽がメロディアスに響く。

今回、改めて、解説を読んでも、よく分からないのは変わらない。

「超越論」とは、「有限な事象」に、
「神の存在」を見る哲学のようだが、
それが、「後の世」と何の関係があるのか。
そもそも、「後の世」とは何か。
諸井誠などは、「背後の世界」と訳しているが。

LPには、
「宇宙の謎を解決しようとする人間精神と、
知恵と知識を深めようとする希望を表す、
『憧憬』の動機が低音に現れる。
人間が探求する真理を見いだそうとするために、
宗教に転ずることを暗示し、ホルンがラテン語で、
『我は唯一の神を信ず』と記された、
グレゴリオ聖歌に由来する荘厳な句を出す」とある。

とにかく、宗教にすがる人間を扱った部分のようだ。
ニーチェは神を否定しているので、何だか、弱々しく、
卑小な存在に描かれたのであろう。
先のメロディアスな部分は、最初、弦楽の小さな合奏が、ちまちまして、
弱い者が肩を寄せ合っている感じがする。

カラヤン盤などでは、こうした地味な部分も、
目立つ部分は、ここぞとばかりに、美麗な音で聴かせる。
なお、カラヤン盤の解説には、
「宗教に救いを求める人々の暗示」などとある。

当然、ニーチェであるから、否定されるべき対象であろう。
暗く、じめじめは、シュトラウスの狙いでもあろう。

3.「大いなる憧れについて」(約2分):
どこから、この部分になるのかは、トラックナンバーでもなければ分からない。
ヴァイオリン・ソロに、ハープの分散和音が重なって、
印象的に移行するが、それでも音楽がすぐにぱっと変化するわけではない。
LPやテープでは絶望的。楽譜がいる。

たかだか、2分しかなく、
むしろ、木管の木霊やオルガンの音色が印象的。
こんな中、すこしずつ、音楽は明るい方向に向かい、
何やら、低音からわき上がるものがある。
時折、トランペットが鬨の声を上げる。

テープの解説には、
「次のセクションは、『大いなる憧れ』を表し、
法悦の音楽が、クレドのモティーフと対峙し、
この生の賛美と、来世の知識を対照させる。」

LPには、「第一展開部」とも書いている。

「人間精神を暗示し、無知と迷信から解放を願う人間を描く」
とあるから、「宗教」に対して、何やら、「憧れ」とか「法悦」とかの、
葛藤のようなものを表したものであろうか。

しかし、ほとんど経過句のような部分である。

あえて意訳すると、宗教に束縛された哀れな人間は、
「憧れ」の力によって、その束縛を離れようとするということか。
しかし、カラヤン盤には、
「『憧憬の動機』が、『自然の動機』に否定される」とある。

4.「歓喜と情熱について」と、5.「埋葬の歌」:
テープには、このような一文が続く。
「『歓喜と情熱』が次のセクションの主題であり、
飽き飽きした、うんざりとした感じが描写されるまで、
地上の生は再び賛美される。
葬送の歌が続き、前のセクションの動機再現との間、
陰気に進んでいく。」

LPは、次のように書く。
「ハ長調を中心として、表情豊かな新しい旋律を出す。
トロンボーンが新しい『嫌悪の動機』をだしてくると、
調性はロ短調とハ短調の間をさまよう。
つづいて、前の表情豊かな主題が、『埋葬の歌』と記されて、
オーボエで奏される。」

もう、混乱の極みである。
「ドン・キホーテ」の明快な描写が懐かしい。

とはいえ、ここでは、ようやく、音楽も少しずつ、推進力を取り戻す。
確かに、ハープがかき鳴らされ、管楽器が鳴り響く中、
分厚い弦が歌い継ぎ、葛藤を感じさせる内容。
ようやく曲も盛り上がって来た感じ。
しかし、これも、解説にあるとおり、がくがくした動機の登場によって、
いかにもあきあきした感じになる。

「埋葬の歌」になると、再び、しけた音楽となる。
独奏ヴァイオリンが、よろよろして、途方に暮れたような曲想。
ここでもカラヤン盤は、美音をちりばめて耳をそばだてさせる。

さっきの意訳からすれば、
「憧れ」に従って、好き勝手にしても、
結局は飽きちゃうし、死んじゃうよ、
ということであろうか。

以上、ここまでで、大きな固まりがありそうである。
見ると、カラヤン盤の解説には、「以上が提示部である」とある。
だから、何なんだ、という標題との関係には触れていない。

6.「科学について」:
ここで、またまた、2の冒頭のごとく、
何だか聞こえない音楽になる。
が、LPによると、第二展開部らしい。

テープ解説には、
「次の部分『科学について』は、人間が科学に向かうことを示す。
乾いた、対位法的な効果が、彼らをあざける」とあり、
音楽は分かりにくいが、解説の意図は妙に分かりやすい。
LPには、
「ゆるやかな部分、ここではフーガが採用されている」とあるだけ。

とにかく、聞こえない部分。弦楽が静かにパッサカリアみたいな感じで、
ぼーぼーやっている。この調子で3分近くやっていて部分は比較的長い。

その後、急に、曲調が明るくなって、
楽しく速い音楽が高音の弦で始まり、
木管も明るいアクセントでメロディを歌う。

その後、トランペットでぱっぱっぱーと警告が出て、
ぽこぽこと奇妙な音型が出たりするのが、
あるいは、何か実験をしている様子であろうか。
何となく、徒労に終わりそうな、どたばたが、
それらしく描かれている。
カラヤン盤解説には、「フーガ」とか、
「○○の動機が出て」などと書いてあるだけ。

7.「病から回復に向かうもの」:
ここは、大きな音で盛り上がりながら、
フーガ的な音楽になるので分かりやすい。
もうどたばたである。
カラヤンは、こうした部分を快速で飛ばして、
嬉しそうである。

だんだん、カラヤンの常套手段も見えて来る。
この部分のように、めまぐるしく動く場面では、
いかにも名人芸をひけらかすように、
息をする間もなく音と音とをつなげてしまう。
これによって、推進力と流麗さは出るが、
軽薄な感じになることは、言うまでもない。

各楽器も恐らくは、この部分、自分を殺していて、
納得も出来ず、後味の悪いながらも、指揮者に追従している感じである。

反対に遅い部分では、リズムも粘って、
さらに遅くするので効果は高まるが、
音楽が、必ずしも、こうした効果を求めているわけではなかろう。

途中、バーンと総奏で、盛り上がって終わるので、
LPやテープは、ここでA面を終わる。

前半と後半では、全然、イメージが違うので、
分割されてもしょうがない。

このように、A面の解説も終わっていないのに、
実は、私が持っていたテープの解説は、残りもう5行しかない。

これには、「『回復期の人』は、人生の喜びを求め」とあるが、
LPでは、ここを「第三展開部」とし、
「ツァラトゥストラは、死んだようになって倒れ、
7日間も絶食し、それから次第に快方に向かっていく。
それと同時にツァラトゥストラは精神的に解放され、
変容し、浄化する」とあり、妙に描写的である。

「嫌悪の動機は科学を否定する(フーガ)。
そのクライマックスで自然の動機が高らかに響き渡る。」

おそらく、これが、バーンの部分であろう。

後半は、鳥の声が響き、力が漲って来る感じである。
さらに、金管のファンファーレが、エネルギー満タンの感じ。

また、勝手な意訳を試みると、
死んじゃいそうになれば、薬を使えばいいよ、
生き返れるよ、というお話になってしまう。

カラヤン盤の解説では、ここまでが展開部と再現部とある。
あとは、コーダである、とある。

病との闘いでツァラトゥストラの精神と肉体が勝利をおさめ、
科学を否定する、自然の動機が鳴り響く、とある。
薬などに頼らず、復活したということであろう。

しかし、この部分だけは、みんな自信を持って、
標題を語っているが、何故、前後との関係を気にしないのだろう。

8.「舞踏の歌」(約8分)、9.「さすらい人の夜の歌」(約5分):
テープでは、「楽しげなダンスの音楽が彼を祝福し(舞踏の歌)」、
とあるが、実際、そんな音楽で、ここは、独奏ヴァイオリンの活躍で、
すぐに識別可能。これが8分もあるので、
全曲の1/4は舞踏音楽ということになる。

このあたりは、LPによると、第四展開部だとある。
楽曲構成にいろんな解釈はあろうが、
この部分は、単に舞踏音楽なので、安心して楽しめばよい。

しかし、これだけ活躍すれば、独奏ヴァイオリンの名前を、
明記しないわけにはいくまい。
ベーム盤、カラヤン盤とも、シュヴァルベのソロだが、
カラヤン盤の方が、明らかにしなを作って耽美的。

私は、同じヴァイオリニストでも、
指揮者によって、かなり印象が変わる、
という事実に今回、驚いた次第である。

また、録音のせいか、ソロの強調の仕方も違っていて、
カラヤンの方が目立たせることによって、
楽曲の色調を明るめにしているような気がする。
リズムもしっかり刻みながらも、いくぶん素っ気ないベーム盤は、
地味な印象を免れない。

「ドン・キホーテ」でも、独奏ヴァイオリンが、
妄想の世界に誘ったが、ここでも、これが先導して、
何やら生命の賛歌のようなものに我々を導いていく。

この部分、LPでは、
「ツァラトゥストラはワルツのリズムで踊り出す」
などと、まるで、バレエ音楽か何かのような書きぶり。
が、それでいいような感じ。

「それもおさまると、第五展開部となり、
ホルンが表情豊かに『夜の歌』を奏し出す。」

さっきの解説では、全体は4部分からなる、とあったが、
ここでは、第五展開部まで出て来た。
いったい、どうなっているのだろうか。

が、さきほどのレコード評では、
「舞踏の歌」と「夜の歌」は「大コーダ」とあったので、
2つの展開部を1部分とする考え方もあるのだろう。

カラヤン盤によると、
1.埋葬の歌まで。
2、3.回復に向かう者まで。
4.残り全部。
ということらしい。
全曲の1/3がコーダなのだ。

また、この部分、ベームのLPによると、
「独奏ヴァイオリンも効果的であり、ここで自然と人間の動機が、
巧妙に結びつけられる。そこには、『歓喜と情熱』で、
あらわれた旋律も加えられる。
さらにワルツの旋律も出る。その頂点で鐘が響き、
『さすらい人の夜の歌』と記された旋律が力強く奏される」とある。

確かに、力強いが、何故、夜の歌がこんなに力一杯なのかは謎だ。

カラヤンは、こうした場面は大好きである。
打楽器の連打もすさまじく、オーケストラをあおって、
自分の美学全開という感じである。

このカラヤン盤の解説には、
「さまざまな主題が出てクライマックスになる」とあって、
再び、完全に標題解釈を放棄している。

さらに、輸入テープでの解説は、
かなり投げやりで、もっといい加減。

「『さすらい人の夜の歌』では、明るいロ長調で、
この人生の謳歌を締めくくる」とあるだけである。
「人生の謳歌」はないだろう。

LPは、「それから速度が緩み、
結尾となって、ハ長調とロ長調の復調的な進行を見せ、
最後はハの音で結ばれる」となっている。

最後の「鐘」が始まると、私は、ようやくこの曲も終わるな、
という感じを受けたものだが、その後は、もう、
何だか、息も絶え絶えになっていくばかりのような終曲は、
いったい何を表しているのだろうか。

カラヤン盤の解説には、「神秘的に終わる」とあり、
ニーチェが、「大いなる真昼のとき」に、
生命が燃焼し、舞踏に合わせ、歓喜の歌を歌うとした、
という輝かしさは、ここにはない。

ベームとの比較では、
カラヤンが、高音の美音を響かせているが、
録音がそれを補っている可能性もある。

が、この謎に満ちた終結部に関しては、
少し、無関心すぎるような気もする。
楽団員にも、勝手にやって頂戴、という感じが漂っている。

ただし、ベーム盤がそうではないかと言うと、
やはり、ベルリン・フィルはベルリン・フィル、
といった感じがしないこともない。
カラヤンのような不自然さはないものの、
色気も薄いのも確か。

カラヤンのは協奏曲的で、ベームは交響曲的。
いずれも、標題について、深く悩んだ様子は感じられない。
どの解説もそうだったが。

昔、ベームの演奏のものを買った後で、
カラヤンの新盤が出た事で、大失敗したような気がしたが、
今、聞き比べると、どっちもどっちの変な音楽、という感じ。

解説を書いている人たちも自信なさげで、
この曲はこう聴け、という主張はない。

絶対音楽で、標題は無視せよ、と言われて、
はい、わかりました、というリスナーが、はたして、
どれだけいるのだろうか。

「ツァラトゥストラ」の名を語って売る以上、
また、各トラックに意味深なタイトルを付ける以上、
それなりの私論でも書いてくれないことには、
内容に偽りありとして、公正取引委員会や、
消費者保護法案のお世話になるのではあるまいか。

ということで、こまった音楽である。
きっと、この曲の冒頭を聴いて、クラシック音楽が好きになり、
最後まで聞いて、嫌いになった人たちも多いことだろう。

得られた事:「コンサートマスターの独奏の音色も、指揮者によって印象が異なる場合がある。」
by franz310 | 2008-11-09 11:49 | 音楽

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その147

b0083728_13472033.jpg個人的経験:
前回、テスタメントの
CDの解説を読んで、
シュトラウスの
「ドン・キホーテ」
録音史を勉強したが、
ケンペ指揮、
ベルリン・フィル
のレコードは、
史上初のステレオ盤
だったという。


これが、1958年6月のもので、
2年後の1960年の9月に発売されると、
4ヶ月後にライナーの対抗盤が出て来たとあった。

ライナーのCDを見て見ると、確かに1959年4月11日録音とある。

EMIに録音した、ケンペの方が、発売だけでなく録音も早く、
一般には、EMIはステレオの時代に乗り遅れたような書き方が、
なされることが多いが、こんな風に先行していたこともあったようだ。

とはいえ、前にも触れた、「カラヤン帝国興亡史」には、
「1958年1月、アメリカのレコード会社RCAは、
それまでのイギリスのEMIとの提携関係を解消した。
・ ・EMIは技術力でも販売力でも劣る会社になってしまった」とあり、
いろいろな意味での激動期であったことが分かる。

このような背景下、ステレオで登場したライナー盤、
表紙は、ドーミエの、ドン・キホーテを題材にした、
絵画があしらわれ、格調も高い。
(ボストンのコレクションとある)
ただ、何となく、心をときめかす華がないのが残念だ。
(なるべくオリジナルの装丁に従ったとある。)

上に書かれた、「LIVING STEREO」の、
黒い背景に白抜きの文字が、私を一番、引きつけた、
というのが正直な感想である。ここだけは、
いかにも、RCAのものだという存在感が、びしっと決められている。

b0083728_13494891.jpgちなみに、このCDの
真っ赤な盤面も、
私には、妙に魅惑的に感じられる。
銀色のケンペ盤よりは
凝った感じがする。

私は、
フリッツ・ライナー指揮の、
「くるみ割り人形」の録音を
ずっと愛聴していたので、
この指揮者を
軽んじるわけにはいかない。

前回、ケンペ満面の笑みの写真のCDを紹介したが、
一方のライナーと言えば、恐怖の独裁者である。
オーケストラの楽員であれば、ケンペの指揮の下でこそ、
打倒ライナーで、張り切って欲しいものだ。

1960年9月に発売されたケンペ盤は、
その年末のクリスマス商戦に間に合っただろうが、
4ヶ月遅れでは、ライナーは商戦を逃しているはずだ。
初年、販売枚数ではケンペが勝てただろうか。

が、おそらく、日本のレコード評論界では、
ライナーが圧勝したようだ。
1960年の「レコード芸術」推薦盤として、ライナーは出ているが、
ケンペの名前はない。
ライナー盤は、「全体的にキビキビした現代風感覚で、
ところどころにライナー独特の冷たさが顔を出すが、
各変奏の情景描写の巧妙さは無類といってよい」、
と書かれている。

また、昭和49年(1974)の、
「レコード芸術」付録の最新レコード名鑑でも、
このレコードは、カラヤン盤の次に推薦されている。

この冊子では、かろうじて、
「管弦楽全集」のところに、
ケンペのものが「現在進行中」とあり、
ドレスデンとの盤がこのように紹介されている。

これを読むと、
「『ドン・キホーテ』も立派な仕上がりだが、
トルトゥリエのチェロが上品すぎる上、
全体にユーモアが欠けるのが残念だ。
この曲にはもうひとつ遊びが欲しい」とある。
おまけに、「ケンペのまじめな性格が、
かえってマイナスになってしまったのだろう」とまで書かれている。

確かに、この時期、ケンペと言えば、
「不器用」、「まじめすぎ」のレッテルがまかり通っていた。

と言うことで、
にこやかに指揮をしていたケンペが、実は、まじめすぎ、
独裁者のようなしかめっ面のライナーは、
本当は、不真面目、ということになりそうだが、
まずはともあれ、この演奏を聴いてみたい。

が、いきなり、結論じみて恐縮だが、冒頭から、
主人公を妄想の世界に誘う、独奏ヴァイオリンは素っ気ないし、
先入観のせいか、全体的にくそまじめなのは、ライナーの方だ。
そんなに描写に凝っているとも思えず、ユーモアを讃えているとも思えず、
かなり、純音楽的と言えるのではなかろうか。

これはこれで、非常に純度の高い、ライナーの、
鋼鉄の意志の結晶を想起させるもので、
はちきれんばかりの音楽の充実を感じさせる。
名盤だとは思う。

チェロ独奏に抜擢されたヤニグロは、1918年、
(トルトゥリエの4歳年少)
イタリアに生まれ、パリで学んだチェロ奏者であるが、
技巧と繊細さを兼ね備えた人とされる。
1959年に、ライナー指揮の「ドン・キホーテ」で、
アメリカデビューを果たしたとあるから、やはり、
この曲を得意としていたのであろう。

しかし、ヤニグロと言えば、
後にザグレブのオーケストラの指揮者になった事で知られ、
古典派の作品で、良いレコードを沢山残していたことで記憶される。

ライナー盤は確かに爽快に一気に聴かせるが、
オーケストラの団員は、かなり、緊張しまくっており、
やることだけは、きっちりやらせて頂きます、という感じ。

ヤニグロのチェロも、特にオーケストラに溶け込みがちで、
「良い」とするには、特に後半は存在感が薄い。
上品か下品かと問われれば、奥ゆかしい感じで上品である。
とはいえ、第三変奏の、チェロとヴィオラの会話などを聴くと、
むしろ、ヴィオラのPrevesの方が張り切っている。

b0083728_13523824.jpgさて、今回、
この盤を取り上げた、
さらに決定的な要因は、
このCDの解説にある。
非常に面白いもので、
挿絵もいっぱい。
音楽を完全に物語として
解釈している点が徹底されている。
クリスマス商戦に、
間に合わなかったとしたら、
大変、残念なことであった。

しかし、こう見ると、アメリカのレコード会社は、
ヨーロッパよりこの点有利である。
欧州では、英語以外の言語も用意する必要があり、
その分、内容が薄くなってしまう。
アメリカ盤は、英語しか考えてないので、長文対応が可能となる。
これくらい書いてもらわないと、最初にこの曲を聴く人には理解が困難だと思う。

解説はこんな風に始まる。
「ラ・マンチャのある村に、棚の中に槍を、
また、小楯や、やせた馬、すばしっこいグレーハウンドを
持っているような紳士の一人が住んでいた。
『彼はだいたい50歳くらいで、逞しい体格、
しかし、しなびていて、容貌のやつれた、
早起きの狩猟愛好家だった。
彼は余暇には(長い間そうだったが)、
騎士道の本を読みふけり、
すっかり狩りや家事を忘れ去っていた。
彼の想像力は、読んでいた本から、
魔法、反目、戦闘、挑戦、負傷、求愛、恋愛、苦悩、
そしてその他の不合理といった、沢山の妄想を膨らませていた。
遂に、彼は完全に思考力を失い、
誰も考えたこともないような、異常な幻想の世界に陥った。
彼は、彼自身の名誉、そして国家への忠誠のため、
馬に乗って、鎧を身につけ、冒険を求めて、世界中を放浪する
騎士となることが必要だと考えた。」
すばらしい。
これこそが、この小説、交響詩の大いなる前提であって、
まず、ここをこう書かねば、単なる頭のいかれたおっさんということになる。
貧乏だが読書家。
こう書かれると、多くの人(すくなくとも読む人)は、この人物が、
自分とは無関係ではないと感じるはずである。
明日は我が身、あるいは、ひょっとして、これって俺?
のような感覚が前提とならなければ、
この作品を完全に味わうことは出来ないだろう。

「『ドン・キホーテ』は、他のどのスペイン文学の主人公より、
音楽の中で扱われている。
Victor Espinosによると、リヒャルト・シュトラウスの他、
パーセル、テレマン、マスネ、ファリャ、そしてロドリーゴなど、
世界中の50人の作曲家が、この主題を取り上げている。
『ドン・キホーテ』は、シュトラウスの交響詩の6番目のもので、
彼による、セルバンテスの小説の音楽的解釈であり、
『騎士的性格の主題による幻想的変奏曲』と題されている。
この作品は1897年、ミュンヘンで作曲され、
1898年3月8日、ケルンで初演されている。
作品は序奏、主題と、10の変奏曲、及び終曲からなる。」
この部分は、すでに多くの解説で見たとおり。

また、ライナー盤の解説は、
次のように、序奏を要約してくれているのが良い。
「序奏は、ドン・キホーテの性格と、騎士道への憧れをほのめかし、
続く主題は彼の理想の女性を表し、
次第にここに、ドンの冒険への憧れが絡んでいく。
彼の旺盛な読書の結果として、騎士の心には混乱が生じる部分が、
オーケストラで表され、ドン・キホーテの心は、
まるで伸びきったバネのように、クライマックスでぷつんと切れてしまう。
騎士の冒険の旅が始まろうとしているのは明らかである。」
この対位法を駆使した、複雑怪奇な音楽は、
このような背景が分からないと、あまりに唐突すぎて混乱してしまう。
後半がフーガとなるのは、バッハ以来の伝統だが、
最初からこうした技巧が繰り広げられ、その後になって、
比較的平明な部分が来るというのは、心の準備も何もあったものではない。

混乱を生じる部分がオーケストラで奏され、とあるが、
この部分、ファンファーレや甘味な独奏ヴァイオリンが、
妄想を膨らませていく点も注記が欲しい。

しかし、「ぷつんと切れてしまう」という表現、が気に入った。
ティンパニが連打され、金管が咆吼する序奏の最後がそれであろう。

この難所が、私の意見では、もっとも難しい部分で、
カラヤンなどは、まるで、この妄想のけん引力が弱い。
鉄の意志のライナーであるから、妄想には屈しないと思われるが、
逆に、ここでは、妄想側に荷担して、強烈に、あっちの世界に連れて行かれる。

演奏にかけた時間は、6分4秒で、ケンペの6分5秒とは大差なく、
同様に、きびきびと仕上げて、妄想への転落をうまく表している。

が、ケンペには、さらに、ここに微笑みがあるような気がする。
節回しのちょっとしたポルタメントに、そんな余裕というか、
オーケストラ・メンバーの乗り具合を感じる。
また、時に、テンポを落としてメンバーを放任しているような場面もある。
こうした部分を是とするか否かで、ケンペの評価は変わってこよう。

技術力で劣った会社とされたEMIであるが、
遜色は感じない。むしろ、雰囲気豊かな広がりを感じるのは、
EMIを原盤とするケンペ盤である。
よく言われることであるが、アメリカ録音は、
色彩的であるが、空気の感触は少ない。
が、眼前で鳴っているリアルさはさすが。
かつて、硬めに感じた質感も、丁寧なマスタリングによって、
かなりジューシーになって、第三変奏のクライマックスなど、
はち切れるカリフォルニアの果実のようである。

こうした美学の差異も、演奏に関係しているかもしれない。

さて、音楽は、この後、チェロが本格的に歌い出すが、この時は、
すでに威厳正しく、騎士になってしまったおっさんなのである。

このように聴くと、本当によく出来た音楽だったと思われるのである。
このチェロの主題は、基本的に冒頭の主題と同じだが、
最初は、剽軽な田舎の親父風だったのが、すっかりそれらしくなりきっている。
「できあがってしまっている」という感じが重要である。

この部分、確かに、ヤニグロはうまく騎士になりきっている。
剛毅なはずのトルトゥリエは、少し、ニヒルな二枚目である。
先の批評でまじめすぎ、というのも分からなくはない。
室内楽的な演奏で、はったりのようなものに欠ける。
内省的で、読書家であった、主人公は、こんな風かもしれない。
が、ぷつんと来た後の、キホーテは、
確かに、別人格に変身している必要があるやもしれぬ。

b0083728_13562842.jpg「色彩的な変奏曲を通じて、
ドンと、従者の対称的な主題は、
共にあって、騎士の主題は、
独奏チェロでアナウンスされ、
サンチョ・パンサは、
バス・クラリネットと
テノール・チューバによって、
さらには、
独奏ヴィオラによって表される。」


「このロバに乗りながら、
みすぼらしいやせ馬、
ロシナンテにフル装備で乗った主人を追う、
太鼓腹の、ラ・マンチャの農夫を忠実に描いている。
それぞれの変奏は、それぞれの冒険を描く。」
最初の変奏の前半で、さっそうと旅するドンの姿は、まことに爽快である。
チェロがひっきりなしに歌っている。

「まず、ドンは、農地で、風車を威嚇するような巨人と勘違いする。
彼の戦闘準備の中で、ヴァイオリンと木管の響きに、
彼の理想の女性、ドゥルチネア・デル・トボソの主題を聴く。」
私は、この解釈は賛意しかねる。
戦闘準備で、思い姫が出るというよりも、旅そのものが、
姫の導きといった感じを受ける。

「ドンは巨人に突撃し、前方の最初の風車の羽を槍で突く。
風が吹いて、その槍が耐え難い勢いで風車を回したので、
騎士と馬は地面に転げ、我々は、加工するハープのグリッサンドと、
重々しい太鼓の響きに、彼らが落ちる様子を聴くことが出来る。」
このどすん、は、ケンペのが気に入っている。
力尽きそうになると、ドゥルチネアの主題がチェロに出て、
彼が、姫への愛情によって復活する様が描かれて憎い。

この後、ライナーの解説の描写は憎い。
音楽は無視して、完全に独立した文学になっている。

「突然、ドン・キホーテは、近づいて来る、
もうもうと上がった土埃を見た。
振り返って、サンチョに、
『あの土埃を見たか、サンチョ。
数え切れないほどの強大な混成軍が向かって来るものと見える。』
ロシナンテに拍車を当てると、
彼は丘を、稲妻のように駆け下りたが、それは結局、
羊の群であった。弱音器付の金管が動物の鳴き声と、
ドンの頑強な意志を表し、特攻で7頭を地面に葬り去った。
羊飼いは乱入者に投石し、彼は、この試練で3、4本の歯を折って、
再び地面に投げ出される。」
ただし、この最後の部分は、一般には、音楽では省略されている。

「第三変奏は、ドンと従者を表すチェロとヴィオラの対話である。
サンチョは、主人が、理想の愛に啓示を受け、
穏やかに哲学的なムードだったり、
情熱的に栄光について論じたりする中、
ぺちゃくちゃ、落ち着きなくしゃべる。
その独白は、騎士の大志の広がりと共に、
フル・オーケストラに広がっていく。
サンチョは彼を現実に引き戻そうとするが、
騎士は憤慨して黙り込むばかりである。」
前述のように、この部分、ライナー盤のオーケストラの広がりが素晴らしい。


「ドン・キホーテが、異教徒と間違った悔悟する者たちの行列が、
変奏曲4では、バスーンと弱音器をつけた金管によって描かれる。
彼は、彼らを攻撃するが、聖母像を担いでいた一人に、
家畜を追う熊手で強打され、ぐうの音も言えなくされる。
ここでは、巡礼が進んでいくような聖歌を聴くことが出来る。
キホーテは次第に意識を取り戻し、サンチョはようやく、
主人が生きていたことを確信し、彼の近くで眠る。」

しかし、以下の部分は、この書き手は、通常解釈とは異なるようだ。
第五変奏は、ドン・キホーテは、寝ずの番の儀式をしている場面とされる。
が、単に、眠らずに姫のことを考えていた、とする下記解説でも、
別に問題はなく、物語の進行上は、これでも良いような気もする。
瞑想的なドンの前に、冷たい夜風が引き抜ける感じが重要なだけだ。

「が、セルバンテスはこのように書く。」
と、あるところも面白い。

「『ドン・キホーテは、彼の思い姫、
ドゥルチネアのことを考えて、眠らないでいた。』
ホルンがドゥルチネアの主題を呼び戻す。
独奏チェロのためのラプソディが、
ハープとヴァイオリンのカデンツァに装飾されて、
ドンの心を支配する法悦を表す。」

この法悦という意味では、ヤニグロよりトルトゥリエであろう。
この奏者の内省的な良さが滲み出たモノローグとなっている。
ヤニグロは、録音のせいか、少し音色が単調で損をしている。
トルトゥリエほどの存在感は、ここではない。
あるいは、ケンペは、自由にやらせたが、
ライナーは、睨みを利かせていた可能性もある。
独白はしているが、法悦に到った感じはない。

「ドンが、ドゥルチネアの住む、エル・トボソに到着するや、
サンチョは、最初に合った百姓の娘こそが彼女であると、
信じ込ませようと企んだ。
この偽のドゥルチネアを描くのが変奏曲6で、
理想の女性の音楽的パロディである。
彼の従者の主張にもかかわらず、キホーテは苦しみ、
それを信じようとせず、悲しげにこう嘆いた。
『何故、魔法使いらは、我が身をたぶらかすのじゃ。
彼女に相応しい出で立ちの我が貴婦人を見る幸せを奪おうとしよる。』」

このあたり、何が起こったか、
これではよく分からないが、
岩波文庫などで見ると、キホーテも、一応、
ドゥルチネアと信じた模様。
ただし、どうしてもそう見えないのは、幻術師が、
彼をかどわかしていると信じて、姫はそっちのけで、
幻術師を憎む、ということになっている。

この変奏の如く、さっと明るく開放的な部分になると、
はるかにケンペは魅力的である。
楽員の自発性で、さっと日が差して来たような暖かさを感じる。

「ドンとサンチョは、魔法の木馬に目隠しをされて乗り、
騒音のような音で扇がれる。
彼らは強風で空を飛んでいると思い込むが、
我々はそれをオーケストラで聴くことが出来る。
(初演でセンセーションを巻き起こした、
有名なウィンドマシーンのひゅーひゅー音。)
それからバスーンの持続音を伴う、
ドラマティックな休止があって、乗っていた者たちを現実に戻す。」

b0083728_14203832.jpgこの部分も、
ライナーの力任せより、
ケンペの方が楽しい。
絶対、ライナーの方が
くそまじめである、
と確信するのは、
これらの変奏曲に
おいてであった。



「ある苦しんでいる騎士を救うための、神の導きと信じて、
ドン・キホーテはエブロ川の川岸にあった、櫂もない小舟に乗る(変奏8)。
二人の出航がドンのテーマがバルカロールになることによって示される。」

b0083728_1424515.jpg「彼らは下流に漂って、
水車の方に向かうや、
ドン・キホーテは、それを、
騎士が監禁された要塞と信じる。
彼は、水車の水路に行く船を
留めようとした水車番を、
剣で斬りつけるが、
船は転覆し、二人は川に落ちる。
彼らは助かり、再び丘に上がるが、
窮地からの脱出を感謝して、
レリジョーソで管楽器が奏でる。」


この変奏もライナー盤は、あまりにテンポが速く、
弾き飛ばしている感じがする。

「次に、二人の冒険者は、道で、
馬丁を伴った、馬車と一緒の、
大きなラバに乗った二人の僧侶に出会う。
キホーテは、王女を誘拐する魔法使いだと思い、
彼らを攻撃すると、連中は逃げ去る。
最後の変奏曲は、ザラマンカ大学の芸術学士で、
ドン・キホーテの隣人であり仲間である、
サムソン・カラスコについて語る。
彼は、この老人を家に連れ帰り、正気に戻そうとする。
彼は『白月の騎士』に変装し、
バルセロナにドンを追う。
彼らはそこで出会い、決闘に及ぶ。
彼はキホーテを落馬させ、敗れた方は、
一年、 家に戻るという、勝者からの条件を受け入れる。」

このあたりの、ライナーの表現は雄渾かつシンフォニックで、
最後の聴かせどころという気迫が漲っている。
下記の部分も合わせ、変化の大きい部分だが、
かなり、先を急いでいる感じがする。
「彼の不幸な敗北からの憂鬱と、苦々しい反省を胸に、
ドン・キホーテは、サンチョの後に従って家に戻る。
ここは、小説でも交響詩でも、悲劇的なクライマックスであり、
主人公の悲劇のみならず、主人の栄光からの失墜を見た、
彼の忠実な従者の嘆きを描き、それと共に、
彼の偉大であろうとした希望は煙のように消える。
イングリッシュ・ホルンは、羊飼いのエピソードを再現し、
羊飼いになって、森や野山を、サンチョと駆け巡る、
というドン・キホーテの幻想を描く。
変奏曲は、このように穏やかに終わる。」
このような、詩的な思索を含む部分であるが、
ライナーは、一気に終曲になだれ込ませることで、
緊張感を高める作戦に出たと見える。

ここは、ケンペの方がはるかに多彩な情景を息づかせている。
各楽器が悲痛な叫びを発し、全員の共感を見た欧米の批評は、
さすがに懐が深いと感じた。
羊飼いになりたい希望の部分が、
壮絶なティンパニ連打で打ち砕かれるところなど、
ライナー盤より、ずっと痛々しい。

「終曲は、ドンが自宅の別途にいる描写で、医者は、
彼の憂鬱が彼を死に導くことを述べ、
平和に満ちた音楽が、死の床にあって、
正気に返り、賢明になった騎士の断念を反映する。
チェロは、音楽が死に行くように、彼の最後の言葉を語る。
『彼は息を吐き、
彼の太陽のような、朝露のような魂を受け取る。』」
ここは、全曲のもう一つの聴かせどころであるが、
ライナーのものも、夕映えのような情感を広げて素晴らしく、
ヤニグロのチェロもそれにしっかり寄り添っている。
したがって、オーケストラの楽器の一部として、
終曲になだれ込んでいく。
したがって、最後の弔いと昇化されていく表現にも隙がない。
これはこれで、立派な解釈と言える。

ケンペは言うまでもなく、ここでは、
トルトゥリエに最高の舞台を用意して上げている。
ということで、颯爽と現れたヤニグロが後半、存在感を失って、
最後はオーケストラと一体になったのとは対称的に、
ここでは、トルトゥリエの高潔な人格がドン・キホーテの最後の境地に、
一対一で照らし合わされることになる。
ライナーは強烈な夕映えに力点が置かれ、
その中にある人間を語ったのはケンペである。
いずれも、最後の敬虔、崇高な雰囲気を外していない点がさすがである。
どちらの解釈が良いかは、人それぞれ、聴く状況によっても変わろう。

なお、以上、このライナーのCDの解説は、
ウォルター・スターキー(Walter Starkie)という人が書いている。

この後に、
「ウォルター・スターキーの『ドン・キホーテ』の翻訳より引用。」
とあるが、どういうことだろう。
ひょっとしたら、音楽畑の人ではなく、文学畑の人だろうか。

ライナー盤は、2曲目に、1954年の「ドン・ファン」が収録されている。
5年の歳月は明らかで、録音鮮度が落ちる。

しかも、ライナーはこの5年の間に、ヴァイオリンの両翼配置をやめたので、
これら2曲は第二ヴァイオリンの音の位置が異なる。
ステレオなので、それが分かるだろう、と親切な注釈まであって、
抜群に、情報量の多い満足すべき商品となっているのはさすがである。

得られた事:「新興アメリカの教養主義台頭というべきか、リビング・ステレオのシリーズの解説の充実に仰天。」
by franz310 | 2008-11-02 14:10 | 音楽

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その146

b0083728_083766.jpg個人的経験:
先に取り上げたように、ケンペは、
バイエルン放送交響楽団とも、
「ドン・キホーテ」の
ライブ録音を残しているが、
ベルリン・フィル、
ドレスデン・シュターツカペレとは、
正規のスタジオ録音を残している。
ことに前者は、ステレオ初の
同曲のレコードだったこともあって、
大変、長い間、この曲の
代表的な演奏として知られていた。

バイエルンのケンペ、ベルリンのケンペ、
カラヤンのベルリン・フィル、ケンペのベルリン・フィル、
という点でも興味深いので、
ついつい、この復刻CDを購入してしまった。

表紙写真のケンペもトルトゥリエも若い。
しかし、このような笑顔で指揮している指揮者のジャケットというのは、
あまり見たことがないような気がする。
それにしても、満面の笑みである。
こういう点が、オーケストラの団員に愛された指揮者、
という彼の形容を思い出させるのと同時に、
カリスマ性が欠けるような感じを与えて、
少なくとも日本では、損した部分もありそうだ。

それはさておき、このCD、解説がとても面白い。
Alan Sandersという人が書いているが、
下記のように、「ドン・キホーテ」受容史のような観を呈しているのだ。

「シュトラウスほど初期のレコードの恩恵に預った作曲家はいない。
まだ電気録音が導入される前の1925年にも、
多くの歌曲、オペラからの抜粋がレコード化されており、
交響詩を録音するために、30人ばかりの音楽家が、
ホーンを取り囲んだ。
『ティル』の最初の録音は、シュトラウス自身の指揮で、
1917年に行われ、続く8年間、
この曲や別のシュトラウス作品が、
争うようにアコースティック録音された。
同名の偉大な詩人の甥の子供、エドワルト・メーリケは、
『マクベス』、『ティル』、『ドン・ファン』、
『死と変容』、さらには、『英雄の生涯』までを、
パルロフォンに録音しており、
オスカー・フリートは、アコースティックプロセスの、
原始的技術にもかかわらず、
『アルプス交響曲』で音の魔術をグラモフォンに刻み込んだ。
1920年台、彼の成熟した交響作品の中では、
『家庭交響曲』、『ドン・キホーテ』だけが録音されなかった。
1938年に、ユージン・オーマンディが録音するのを、
待たねばならなかった前者については人気のせいだろう。
一方、『ドン・キホーテ』は、独奏チェロのみならず、
オーケストラで最も控えめな楽器の一つ、ヴィオラもまた、
独奏者が必要だったからではないだろうか。
最も野心的なアコースティックの録音エンジニアですら、
このバランスの問題には二の足を踏んだのであろう。」

それもあろうが、「ドン・キホーテ」とて、
それほど、人気作とは思えない。
チェロのための曲が少ないから、
仕方なく演奏しているのではないか、
と感じることすらある。

また、かなり困難な曲であるにもかかわらず、
チェロが始終活躍するわけでもなく、
指揮者としては、自分のコントロール下に置けない楽器が、
2つも3つもあったら、さぞかし、やりにくいだろうとも推測できる。

「1897年作曲の『ドン・キホーテ』は、
『騎士的な主題に基づく幻想的変奏曲』と題され、
セルバンテスの小説のエピソードに基づいている。
それは序奏に続く10の変奏、そして終曲からなる。
ドン・キホーテは独奏チェロで表され、
従者サンチョ・パンサはヴィオラ、
愛するドゥルチネアはオーボエで演奏される。
この作品の最初の録音は、1932年4月に、
アメリカン・ビクターのためにビーチャムが行った。
彼は、後に有名な指揮者としての道を歩む
アルフレッド・ウォーレンスタインのチェロの他、
ソロパートは、オーケストラの主席を起用、
ニューヨーク・フィルを指揮した。
この優れた演奏は、続くいくつかの演奏の規範となった。」
何と、英国人、ビーチャムの指揮が最古の録音とは知らなかった。

「シュトラウス自身、自作に対しては卓越した指揮者で、
1933年にグラモフォンにベルリン国立歌劇場管弦楽団と、
『ドン・キホーテ』を録音している。
彼は通常、オーケストラの主席奏者を独奏者としたが、
独奏楽器にはコンチェルタンテな強調効果があり、
特に多くの独奏パートを有するチェロについては、
協奏曲の独奏者のようにオーケストラを支配するべきではないとして、
主席奏者を登用していた。
しかし、1933年のシュトラウス盤の独奏者は、
有名なイタリアのエンリコ・マイナルディだった。
このパターンが、78回転時代の他の三つの演奏でも採用された。
1941年のシュトラウスの2回目の録音が、
バイエルン国立歌劇場の主席奏者を使ったとはいえ、
ビクターによる1941年のオーマンディ指揮の
フィラデルフィア盤では、エマニュエル・フォイアマンが起用され、
同じく1941年のUSコロンビアへの、
ライナー指揮のピッツバーク交響楽団の盤は、
グレゴール・ピアティゴルスキーが独奏チェロを務め、
1947年のビーチャムによるこの作品の二度目の録音では、
英国へのデビュー時のポール・トルトゥリエが独奏者であった。」

このレコードが、トルトゥリエの名声を確固たるものにしたことは、
ユリウス・ベッキ著の「世界の名チェリストたち」でも、
こう書かれている。
「第二次大戦中、占領下のフランスでその活躍を阻まれていた
この天分豊かなチェリストは、
1947年になり、ようやくソロイストとして、
国際的な活動を始めることが出来た。
サー・トマス・ビーチャム指揮による、
リヒャルト・シュトラウスの≪ドン・キホーテ≫の名演奏が、
彼の音楽界へのデビューを決定的なものとした。
これは彼の初めての、
また、大いに注目を浴びたレコード録音となったのである。」
(三木敬之、芹沢ユリア共訳)
よほど、印象的な独奏を聴かせたのであろう。

私は、最初にこの曲を漫然と聴いていた時は、
独奏チェロが大物の割には、何だか出番の少ない曲だな、
と感じたことがあり、フルニエのここが素晴らしい、
などと、感じたことはなかった。

さて、CDの解説であるが、下記のように続く。
「レコード会社は、このような有名チェロ奏者の起用が、
レコーディングの注意を引くことに気づき、
その他の独奏パートは、オーケストラの主席が受け持つようになった。」
微妙な表現である。
レコードを売る策略のように、聞こえるではないか。
が、コンサートでも、名手が現れた方が、聴衆は喜ぶであろうから、
レコード会社のせいだけではないだろう。

「1953年まで、次の『ドン・キホーテ』の録音はなかったが、
ピアティゴルスキーが第二回の録音を行った。
この時は、ミュンシュ指揮のボストン交響楽団と、
RCAビクターのためだった。
また、デッカには、フルニエが、
クラウス指揮ヴィーン・フィルと録音している。
トスカニーニの1953年ライブは、
USコロンビアへのオーマンディの録音同様、
後にRCAから50年台に発売された。
しかし、この曲の最初のステレオ録音は、
ケンペとベルリン・フィルによって、
1958年6月にようやく行われた。
ケンペはEMIの専属だったので、同様にEMIのトルトゥリエと、
彼の二度目の録音を行った。」
この表現も微妙。
お互いの資質を認め合ったから共演したわけではなさそうだ。
が、この後、まだ、このコンビの関係は継続するので、
たまたまかもしれないが、意気投合したのであろう。

「いくつかの知られざる理由によって、この録音は1960年の年初まで、
発売が延期され、しかもモノラルで出された。
英国でその年の9月にステレオ版が出たが、それは、
ヤニグロを独奏者としたライナー指揮のシカゴ交響楽団の競合盤が出る、
わずか4ヶ月前のことだった。」
まるで、ライナー盤が出る情報を聞きつけて、
出鼻をくじいてやろうという作戦にも聞こえる。
それはそれで面白い。

「LPの収録時間は、それを腕時計や時計で計るしかなく、
批評家やユーザーから、現在のように調べられたりしなかった。
1960年代には、通して1時間くらい収録可能であったが、
いくつかのLPは、30分少ししか収録されていなかった。
『ドン・キホーテ』は、40分少しの作品であるが、
いつもこれだけでLP1枚を占めることが多かった。
しかし、ここで初めて、新設のHMVレコードは、
残り15分を使って、『ティル・オイレンシュピーゲル』を併録した。
これは非常な人気作で、
シュトラウス自身の1917年の最初の録音から、
すでに、40種もの録音があったので、
おそらく思いがけない選択だった。
ケンペの録音が出た時、英国でも11の競合盤があった。」
人気がある作品と、それほどでもない作品を組み合わせるのは、
よくあることだと思うが。

しかし、下記の記述、非常に嬉しくなるものである。
いかにも、ケンペのシュトラウスが聴き応えがあるかを、
端的に言い表している。
「この時起こったのは、演奏が良いという以上のことだった。
1960年3月、ウィリアム・マンは、
グラモフォンのレビューで、
ケンペの『ドン・キホーテ』を、
『これからも長く満足させてくれるもの』と評し、
ケンペの『ティル』を、
『きびきびと活気あり、ドン・キホーテ同様傑出したもの』と書いた。
ステレオバージョンが登場した時も、同様の讃辞が繰り返された。
これを数回繰り返して聴いた後、息づくような対位法をステレオは再現し、
各楽器の特性も高められた、と書いた。
ケンペの『ティル』は、彼の最高の愛聴盤となった。
このような意見は他の場所でも聞かれ、
1961年のステレオ・ガイドでは、
ケンペの『ドン・キホーテ』は、
『気持ちの良い明るいタッチで、
指揮者のみならず、各奏者の共感を感じさせるもの』と書き、
20年以上経った後、ケンペがシュターツカペレ・ドレスデンと、
EMIに二回目の録音(チェロはやはりトルトゥリエ)を出した時にも、
EMIのクラシック・フォア・プレジャー・シリーズで残っており、
新ペンギン・ステレオ・レコード&カセット・ガイドで、
『クラシック・レコードの中で最高のものの一つ』と評された。」
だんだん、早く聴きたい、どんな演奏なんだ?
という好奇心がわき起こってくる、憎い解説である。

ただし、曲に関しては触れられていないので、
初めて聴く人はとまどうだろう。
しかし、そういうたぐいの商品でもなさそうだ。

「それには理由があった。
ケンペはビーチャム、ライナー、セル、とりわけベーム、クラウスのように、
個人的親交をシュトラウスと結んでいたわけではないが、
18歳でライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の
主席オーボエ奏者になったとき、
作曲者自身の棒で演奏した経験があるのだった。
数年前に、彼は最初の『薔薇の騎士』の録音を行っていて、
コンサートだけでなくオペラにおいても、
シュトラウス解釈の第一人者とされていた。
44歳だったトルトゥリエは、最高のチェロ奏者の一人で、
やはりシュトラウスの指揮で、
モンテカルロで『ドン・キホーテ』を演奏した経験があった。
ベルリン・フィルは、カラヤンの下で再生され、
すぐれた楽団となっており、
EMIの技術者が、精密なステレオ録音によって、
暖かくすばらしいバランスでこれを捉えた。
この芸術と技術の融合によって、
この演奏と録音は当時最高のクラシックとなった。
1950年代に録音技術は長足の進歩を見せたが、
この年代の終わりには、初めて、生演奏と比較しうる、
妥協なく、リスナーによる補足なしの音質になったのである。」
という具合に、
読む者の期待を一気に高める効果を有する。

このCD、録音の鮮度の高さにまず驚く。
ステレオ初期というと、どうも薄っぺらな、
音しか出なかったような感じがするが、これはそうではない。

また、確かに、「ティル」が驚愕するような演奏である。
「ドン・キホーテ」もいいのだろうが、
この「ティル」は、あまりにも眼が覚めるような表現で、
私は、初めて、この曲を楽しんだような気がした。

楽団員が共感しているという表現に納得。
全員が、まさしく一丸となって、炸裂するような感じ。
あちこちに活き活きとした即興的表現がきらめき、
ぴちぴちと音が跳ねている感じである。

ここには、団員の微笑みがある。
カラヤンのどのレコードからも、
絶対に感じられないものが、
きっと、この、演奏者の微笑みの感覚であろう。

が、逆に言うと、カラヤンは素晴らしく統率し、
ケンペの統率がどう活きているのかは、
よく分からない、ということにもなろう。

とにかく、このCDの演奏、
すでにカラヤンの手兵であった時期だが、
帝王が強烈にドライブしている訳ではないのに、
何故か、全体が火照って、自らの力に煽られている。
摩訶不思議な演奏である。

「ドン・キホーテ」は、曲がもう少し多層的なので、
こう簡単には表現できないが、
その多層的な内容をうまく捉えている。
例えば、第1変奏で、ドン・キホーテが地面に叩きつけられる時の、
どすん、という音は、非常にリアルで、聴いているだけで痛みを感じる。

こうした、もっともらしさは、美しい第3変奏にも言え、
非常に真摯な憧れを表出、
その後、一点して第4変奏では、あの「ティル」と同様、
きびきびとした、躍動感の対比で聴かせる。

ドイツのカペルマイスターの伝統を受け継ぐ、
とされるケンペの指揮の魅力は、こうした厳めしい枕詞より、
こうした柔軟、機敏な表現力の幅にあるようだ。
トルトゥリエの演奏にも、こうした事は言えよう。

b0083728_091965.jpgさて、ケンペは、
シュトラウスの全集LPを、
完成するや、
まだ働き盛りに急逝したが、
この全集における
「ドン・キホーテ」は、
1973年の録音。
チェロはトルトゥリエだが、
何と、ヴィオラ独奏には、
これまた、
ビッグネームが入っている。


マックス・ロスタル。
アマデウス四重奏団の師匠として知られる大家ではないか。
この人については、ここでも、以前、取り上げたが、
非常に陰影の濃い、表情の豊かなヴァイオリンを聴かせていた。

またまた、「ます」からかけ離れて、
困っていたが、こんなところで、
シューベルトの名演を残してくれた人と出会うとは思わなかった。

1905年生まれのはずなので、73年の録音時には、
68歳の高齢ということになる。

略伝によると、この翌年、ロスタルは、
ヨーロッパ弦楽指導者協会の設立に寄与して、
会長も務めたという。
この人は、戦争で大陸を逃れ、イギリスで後進を指導したのみならず、
大陸に復帰して、第2、第3の人生を歩んだという訳だ。
どえらい共演者を呼んできたものである。

実際に、彼の少しくせのある苦いような甘いような音色を、
ここでは要所要所で、楽しむことが出来る。
トルトゥリエ59歳、ロスタル68歳、ケンペは63歳。
ドン・キホーテの夕映えを、それぞれ、どのように捉えたのか。

終曲など、トルトゥリエの独奏チェロは自由闊達、
「天馬空を行く」、フォイアマンではないが、
妙に突き抜けた境地のようなものを感じる。

これはまた、第3変奏における、ロスタルの妙技にも感じることであるが。

さらに書くと、ドレスデンのオーケストラも、同様に、
夕映えに相応しい色彩である。
それもあろうか、標題をも超えた純音楽的な充実を感じる。

それが関係しているだろうか。
この演奏は、これまた、自発性に富んだ演奏ながら、
先のベルリン・フィル盤より、恰幅というか、広がりのある演奏に聞こえる。

しかも、柔らかく木目の細かいオーケストラの音色に、
身を委ねていると、あっと言う間に曲が進んでいくような感じがする。
特に、序奏で、主人公が錯乱していく様子は、
この演奏に、一番、説得力を感じた。
息遣いというか、オーケストラが呼吸しながら進んでいく。

EMIのオランダ製のCDの解説では、
ケンペについて、こんな風に書いている。
「彼は、偉大な伝統の継承者であり、決して、
それ自身の目的のために音響効果に堕することのない指揮者であった。
彼は、良い音楽を作り出すこと以外を考えなかった。」
「ケンペと一緒なら、オーケストラもオペラのアンサンブルも、
幸福を感じた。彼は、歌手や奏者がどうするべきかを心得た、
指揮棒のジェントルマンであった。」

このような解説からも、
あのテスタメント盤の写真の笑顔の意味が感じ取れる。

「彼は、生涯に亘って、ドレスデン州立歌劇場と結ばれており、
継続的に指揮台に立ち、沢山の録音も行った。
EMIへの彼のシュトラウス・アルバムは、
シュトラウスのきらびやかで、心温まる語法の解釈者として、
彼の名声を決定づけた。
彼は長い間、健康上の問題を抱えていたのに、多忙なスケジュールを、
こなし続けていた。
この感受性豊かなサウンドと、活き活きとしたリズムの巨匠は、
何者も代わることが出来ない。」

シュターツカペレ・ドレスデンとの、R・シュトラウスの管弦楽全集は、
1970年から1976年にかけて録音されたものである。

ここまで、シュトラウスの曲に対して、
ここまでまとまったものを残す指揮者が現れず、
このケンペの演奏は、何度もLP化、CD化される名盤となった。

私の場合もそうだが、特に、単売されていた「アルプス交響曲」は、
その素晴らしい録音と、充実した演奏で圧倒的なものであった。
この演奏は、この不思議な大曲の決定盤となり、
この指揮者の多くのファンを作ったのではないだろうか。

さて、この全集(オランダ盤)における、
「ドン・キホーテ」の解説は、
上記58年盤(テスタメント)の解説の足りないところは、
全部、補ってくれるような解説だが、おもしろさで言えば、
先のものに叶わない。

まず、曲については、なかなか興味深い切り込み方である。

「ドン・キホーテの悲劇的な狂気と、
世才に長けた皮肉、主人公の性格に潜む矛盾などが、
シュトラウスの陽気なメンタリティを捉え、
スペインの16世紀封建制度における、
騎士道の衰退の時代は、
彼の創造力を刺激した。
『ツァラトゥストラ』の作曲で、
神話的深淵を探求したばかりのシュトラウスは、
幻覚を掴むことに人生を賭けるような人すべての象徴である、
空想の中にしか存在しないということを理解せず、
空中の楼閣を築くような天才を創造することによって、
新しい領域に踏み込むことになった。」

また、ここでも、その主人公は、
作曲家自身の戯画であると明快に書かれている。
「ドン・キホーテの無駄な努力は、
社会風刺以上に、作曲家自身に向けられた風刺であった。
(作曲家は、『これは高度なまでに独創的、
完全なまでに、色彩的にも新しく、
訳も分からず、笑うであろう間抜けな連中のための、
最も愉快な展示会なのです』と1898年に母親に書いている。)
長い間、認められ、賞賛もされ、
エネルギーも充満し、経験も積んだ上、
『英雄の生涯』、『家庭交響曲』、
台風のような『サロメ』といった作品を集中砲火した時期にあって、
シュトラウスは、今、実際、哲学者
(笑いの哲学者であろうとも)になった。」

「『騎士的な主題による幻想的変奏曲』が、この作品の副題で、
数年前の『ティル』では、ロンドという古典形式を守ったが、
彼はここでも変奏曲形式を採用した。
しかし、これは、主題に密に即した、
厳密な変奏曲と考えるべきではない。
事実、シュトラウスは主題、いや、むしろ、
ドン・キホーテと従者のサンチョ・パンサの2つの主題だが、
これをもとに変奏を行ったわけではなく、
これらの主題が目立つように視点を変えていったにすぎなかった。
グロテスクな騎士を表すメロディは独奏チェロに委ねられ、
巧妙に表された田舎風の音が、彼の従者を表し、
これはバス・クラリネットとテノール・チューバ、
さらに後ではヴィオラによって主に表される。
巧まずしてスコアは、気の利いた、ほのめかしや、
豪放な高笑いから、痛々しい断念まで、
声部やムードのぎらぎらしたコントラストによって特徴づけられる。
あざけりの立場にあったシュトラウスは、
絶え間なく疾走する機知、色彩的な変容の後で屈服し、
騒々しく、風変わりなものから離れ、
我々を、甘くで叙情的、癒されるような、
疑いなく和解するようなエピローグに導いていく。
独奏チェロのカンティレーナによって、
シュトラウスは彼の主人公を感動的な最期を歌い上げる。
失敗を通じ、破天荒な冒険家は一人の人間に帰って行く。
セルバンテスを音楽化した『ドン・キホーテ』で、
シュトラウスは、彼の持つ絵画的音楽語法を総動員し、
このスペインの古典を余すことなく描き尽くした。」

「またも、彼は、新作の交響詩の内容について、
1898年3月8日のケルンにおける初演の後まで、
何も知らせることはなかった。
もし、シュトラウスが音楽に移し替えた、
冒険すべての詳細を味わおうとしたら、
リスナーは、ある程度まで原作のストーリーを知る必要がある。」

「槍を突きつける風車や、
メイメイ鳴く羊の群れ、
空中を行く飛行などを行う騎士の姿、
こうした絵画的な音響効果が、
以前の標題的な作品より重要な役割を演じている。
しかし、シュトラウスの、赤裸々な自然主義、
この種の標題音楽の概念の曲解などを非難するのは
『ドン・キホーテ』に関しては間違っている。
シュトラウスは、きらびやかな擬音効果を楽しみ、
文学的傑作をきらめくような楽器で装飾しても、
スコアから知的な豊かさを失うことはなかった。
シュトラウスは、後期ロマン派のオーケストラの、
すべての音の兵器庫を使い尽くしながら、
特に、『ドン・キホーテ』にあっては特に、
音響はしなやかで、弾力に富み、開放的である。
特に、序奏、主題と変奏、終曲といった全編を通じ、
我々はあちこちで、最も独創的なオーケストラ利用による、
室内楽的な透明さを感じる。
主題材料の多面的な変容に加え、内的発展の手綱さばきが、
この豊かで創造力に富んだ作品を、
芸術と名人芸の境界にまで押し上げている。」

この全集盤、アール・ヌヴォー風に処理した、
シュトラウス像も、なかなか素敵だと思う。

得られた事:
「ツァラトゥストラの語る超人思想が、シュトラウスに自己探索の道に向かわせた。」
「ケンペは、オーケストラを幸福に、自発的に息づかせる不思議な指揮者であった。」
by franz310 | 2008-10-26 00:17 | 音楽

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その145

b0083728_08589.jpg個人的経験:
前回、カラヤンが、
フルニエと録音した、
シュトラウスの
「ドン・キホーテ」
について取り上げた。
このカラヤン、
この曲への傾倒を
口にしているとおり、
さらに、2回の録音を
残している。

本来の「ます」に関するテーマからも、
ケッケルト四重奏団の話題からも、
かなり離れてしまったが、
せっかく、この指揮者は音声のみならず、
画像も残してくれているので、これを見ない手はないような気もする。

カラヤンの残したLDでは、
チャイコフスキーのピアノ協奏曲を、
ワイセンベルクと残したものが、強烈に問題作である。

ワイセンベルクが一人で弾いているような映像が登場し、
完全に録音と録画が別の機会のものであることが見え見え。
つまり、これは演奏の記録ではなく、演奏の映像脚色なのである。
もし、そんなものであれば、まったく見たくないのだが、
これは幸い、演奏会の拍手から収録されているようだ。
前回のものから10年、75年1月とある。

ちなみに表面には、やはり、ワイセンベルクの共演の記録、
ラフマニノフの「第二ピアノ協奏曲」が収められたお得盤である。
これは、73年9月の録音とある。
確かに、カラヤンのラフマニノフの「第二協奏曲」と、
ロストロポーヴィッチとの「ドン・キホーテ」は、
この時代、相次いでEMIから洒落たジャケットで発売されたのを思い出す。

しかし、かつて、東芝EMIからLPが出ていた音源が、
こうして、イエローレーベルから出て来ると、
非常に不思議な気持ちになる。
何だか節操のない世の中になったような気がしたものだ。

LDの発売は88年。
もう20年も経ってしまい、LDからDVD、
さらに新世代DVDの時代になりつつある。

偶然ながら、ちょうど、最近、
中川右介著「カラヤン帝国興亡史」(幻冬社新書)を読んだ。

その終わりの方に、「映像」という一章があるので、
これを見て見ると、カラヤンの晩年のレコードの多くは、
映像の企画があって、それに便乗したものである、
と書かれている。

また、カラヤンはTV放送を想定して65年から、
このような映像作品を手がけていたともある。
が、これが花開くのはLDの時代になってからであった。
彼は、20年も待ったのである。

また、この本には、ありがたいことに、
この70年代のカラヤンの、
グラモフォン、EMIとの関係についても書いてある。

グラモフォンだけでは、自分の帝国の拡大には限界を感じ、
レパートリーの制約も多かったので帝王は不満だったとある。

が、ベルリン・フィルはグラモフォンと契約していたので、
その束縛を離れるべく、何と、ミュンシュが亡くなって困っていた、
パリ管弦楽団に近づいて、まず、そこの音楽顧問となったようだ。

パリ管と、69年にフランクの交響曲をEMIに録音、
翌年に、ワイセンベルクとチャイコフスキーのピアノ協奏曲を、
やはり、EMIに録音して、EMIへの再進出を果たす。

これによって、何と、グラモフォンは、
レパートリーの一任という好条件に転じたとあるので、
したたかな戦略は、みごとに成功したのである。
このように、パリ管は、すでに十分利用できたので、
2年で契約は終了。

それにくわえて、
グラモフォン録音時は、
ベルリン・フィルの時給も4割UP、
さらに、ここの専属から離れての録音も、
可能になったというのだから、
やりたい放題だったと言える。

73年にはベルリン市から名誉市民の称号も得た。
ということで、このLDの映像は、
このような絶頂期の記録とも言える。

さて、ラフマニノフと、シュトラウス。
ほとんど同時代を生きた作曲家ながら、
まったく異質な組合わせとしか言いようがない。

単に、二人の独奏者との共演風景を撮影しただけの
表紙デザインも、適当にならざるを得ない、
ということを如実に示している。

ロストロの方が大きいのは格の違いということか。
ソリストは、眼を開いてがんばっているのに、
カラヤンはおなじみの目瞑り指揮で、
アイコンタクトは拒否。

下の方に映った、ベルリンの楽員も呆れている。

一方、解説を書いた、Wolfgang Domlingという人も、
このカップリングには、さぞかし困ったのではなかろうか。

そのためか、非常に難解な書き出しに苦渋をにじませている。

「多くの人々に何かを語りかける音楽を書いた、
成功した作曲家の成功は
(The success enjoyed by successful composers)」、
という、奇妙奇天烈な書き出し、
このこんがらがる主語に続いて、
「しばしば、芸術の『純粋さ』を掲げる者によって、
多くの聴衆を責め立てるために使われてきた。」

成功した作品が分からない奴はダメだ、ということか?

「新しく、また、同時に、
多くの人々に聴かれるような音楽を書くことの問題は、
ベートーヴェンの時代から存在し、
作曲家たちは、それぞれの方法で対処しなければならなかった。
中傷と非難はしばしば一緒になるがゆえに、
成功した作曲家を、時代の『前衛』ではないからと責めるのは、
歴史的にも、人間的にも不当であるし、
成功は理想への裏切りを伴うという連想は、
一般にまったく根拠のないことなのである。」

以上の文章は、英訳者のMarry Whittallも、
正しく訳せているのだろうか。

とにかく、ラフマニノフとシュトラウスは、
共に成功した作曲家であったということが共通点だ、
ということを導くための枕詞を考えるようにしたい。

「セルゲイ・ラフマニノフとリヒャルト・シュトラウスは、
彼らの世代の最も成功した作曲家であったことに、
疑問の余地はないが、
彼らはどちらも、イージーな道を歩まなかったし、
また、大衆を喜ばせようと慎重に作品発表を行ったわけでもなかった。」

確かに、そうかもしれないが、
共に作曲家でありながら、指揮者やピアニストなど、
演奏家として活躍でき、なおかつ、長寿を授かったこともあって、
自作自演によるコマーシャルもうまくいった人たちとも言えよう。

レーガーなどが前衛のチャンピオンだったはずだが、
この人はまともな録音技術が出来る前に亡くなってしまっている。
マーラーなどもそうかもしれない。

さて、ここから前半のラフマニノフの話になるが、
こんな事が書いてある。
ざっと読み飛ばす。
「ラフマニノフの音楽が分かりやすいのは、
その音楽が自発的な即興の結果だからではなく、
注意深い推敲の結果だからである。
良心や憂鬱と戦いながらの、
ラフマニノフの作曲のスピードはいつもゆっくりで、
自身の技術や超絶技巧を完成させるべく、よく改訂を行った。
彼の大規模の作品は、できあいの設計に乗るものではなく、
むしろ、形式のいずれもが新しい着想に満ちていた。
彼の『第二ピアノ協奏曲』においても、交響的な着想
(ここに独奏楽器が特別な音色を添えるような)と、
伝統的な協奏曲(オーケストラと独奏楽器の交錯が素晴らしい)
の圧倒的な総合を目指していた。
また、テーマの結合も独創的で、例えば、
第一楽章の再現部では、第一主題が展開された形で、堂々と現れる。
この作品は冒頭から非凡なもので、
独奏者のための8小節は、和音の繰り返しで聴衆を魔法にかけながら、
ピアニッシモからフォルテッシモに変化し、
ヘ短調から始まるのに、ハ短調のカンタービレの主題を準備する。
第二ピアノ協奏曲は、ラフマニノフの伝記において、
特別な場所に位置し、1897年初演の第一交響曲の失敗による、
鬱病の危機から創造力を取り戻しての解放を意味する。
この鬱状態は、精神科医のダール博士の催眠療法が、
作曲家の創造力を復活させるまで、2年の長きに及んだ。
1900年の夏に彼は、この作品の第二、第三楽章を書き、
その年の12月に初演した。
曲は翌年、全曲が完成され、モスクワにおける、
1901年11月のジロティ指揮の初演によって一気に名声を確立した。
これは同時にラフマニノフが、
国際的なヴィルトゥオーゾとしてのキャリアを踏むための一歩となり、
彼自身、この作品や後に出来た協奏曲を演奏することを好んだ。
1904年、彼は、この作品によってグリンカ賞を得ている。」

今回のテーマはシュトラウスなので、
個人的にはラフマニノフの方が好きだが、
これはこれで紹介するにとどめ、
後半に書いてあることを詳細に見て見よう。

だから、ラフマニノフとシュトラウスとは、こうである、
といった話は、もうおしまい。まったく何も書いていない。
先の難しい前置きの後は、完全に別個のことが書かれている。

「ドイツ語圏にて、19世紀終わりの10年、
その中心に二人の作曲家があった。
1860年生まれのマーラーと4歳年少のシュトラウスである。
彼らは早くから互いをライヴァルと意識し、
一般的に、彼らは同じように高く評価されながらも異質、
という風な位置づけとなっている。
マーラーは交響曲に優れ、シュトラウスはオペラに優れる。
しかし、シュトラウスもまた、
交響的な作品の作曲家としてデビューしており、
最初の交響詩『ドン・ファン』は、マーラーの『第一交響曲』と同時期、
1888年から89年にかけて書かれている。
(シュトラウスのオペラ作曲家としてのキャリアは、
8つめの音詩『家庭交響曲』の後、2年した、
1905年の『サロメ』まで離陸しなかった。)
シュトラウスもマーラーも、非常に色彩的な音楽を書いたし、
文学との結合も中心的要素として作品の中に持っており、
この観点からすると、二人とも、
リスト風の交響詩のコンセプトの後継者と言える。」
このあたり、だいぶ分かりやすいが、
マーラーとの関連をここまで長々と書く理由は不明である。

「『ドン・キホーテは、彼の音詩の第六番であって、
1897年のものである。
風刺の効いたセルバンテスの騎士ロマンス、
『ラマンチャの男、ドン・キホーテ』(1605、1615)に
基づいているが、タイトルだけ拝借したものではなく、
シュトラウスは材料として、いくつかの章を選び、
明白な内容のリストを作ってもいる。
スコアにある言葉の引用としては、しかし、
これら2人のキャラクターを表す、
主題が最初に出て来る時の、
『ドン・キホーテ』と『サンチョ・パンサ』の名前があるのみである。
騎士は独奏チェロで表され、恐らく、
シュトラウスは、ベルリオーズの、特異な協奏曲風交響曲、
『イタリアのハロルド』(1834)を踏襲したものと思われる。」

「イタリアのハロルド」については、このブログでも取り上げたので、
何らかの関連性が出来てよかった。
このところ、シューベルトから大きく離れてしまったので、
少々、心配であったのだが。
ちょっと、前の文章とのつながりが出来た。

「『ドン・キホーテ』の形式は、よくある1楽章形式の交響曲ではなく、
エキセントリックな英雄の個々のアドヴェンチャーの主題に相応しく、
序奏部と終曲に挟まれた10の変奏曲からなる。
シュトラウスは後に『ドン・キホーテ』の中に、
当時流行の騎士道に強烈な風刺を効かせた、
セルバンテスの精神に基づいて、
『へんてこな変奏曲の形に悲喜劇的な冗談を振りかけた』と書いている。
古くさい仰々しいフル・タイトル、
『序奏と主題と変奏と終曲。騎士的な性格の主題による幻想変奏曲』は、
作曲家の伝統からのアイロニカルな距離の取り方を示し、
1912年の『ナクソスのアリアドネ』では、
音楽そのものに、より明確に、
そうした、彼の距離の取り方が反映されている。」

アリアドネといえば、劇中劇のような、
二重構造の構成を持つことで知られているが、
「ドン・キホーテ」にもそうした要素があるのだろうか。

実は、この解説、ここから最後にかけての記述が嬉しかった。
「『英雄の業績』と題された部分において、
作曲家自身の以前の作品が引用される点が重要な役割を演ずる、
どこか尊大な音詩『英雄の生涯』にも劣らず、
『ドン・キホーテ』の風刺的視点は、
シュトラウス自身にも向けられている。」
私は、こうした事実を単刀直入に聞きたかった。

「『英雄の生涯』は、
1898年まで完成しなかったとはいえ、
『ドン・キホーテ』と共に着想され、
同時期に描き始められたものである。
1897年4月の彼の日記には、
『交響詩“英雄と世界”は、形をなし始めている。
まるでパンの笛が、“ドン・キホーテ”を伴奏するかのように。』
彼は常々、これら二作品は一緒にプログラムに載せることを主張していた。
『ドン・キホーテ』と『英雄の生涯』は、一対の作品と考えられ、
特に、『ドン・キホーテ』は『英雄の生涯』と並べられて、
初めて完全に理解できるのである。」
このように、この解説では、
これまで見てきた解説のどれよりも、
この作品の作曲家の内面における位置づけに、
言及したものとなっているのだ。

つまり、単なる、セルバンテスの文学作品の描写、
とは完全に別次元の側面を有していたわけである。
反対にこれまでのCDにあったような、
描写の内容などには一切触れていない。

とはいえ、これまで、
マーラーとは違って、外面的なことばかりに、
労力を割いていたとされるシュトラウスの、
違う一面を見たような気がした。

マーラーは、美しい自然の中で、
「ここにあるものは、すべて作曲してしまった」
と言ったが、やがて、「アルプス交響曲」を書く、
シュトラウスもまた、見た物、聴いた者、
すべてを作曲していたことでは変わりない。

さて、貴公子フルニエとは異なり、
カラヤンの言うことをまったく聴かずに、
自由自在に演奏していたという、
ロストロポーヴィッチの解釈も聴きものである。

このLD、映像付で楽しんでいるうちに、
あっと言う間に終わってしまった。
とても美しい演奏で、
これを買って、有り難い気持ちになって、
満足するのではなかろうかと思った。

私には、しかし、基本的に65年の、
フルニエ盤との大きな差異は感じられなかった。
あいかわらず、流麗な演奏であるが、
カラヤン流に料理され尽くしたシュトラウスで、
先の解説にあった、シュトラウスがアイロニーの中に込めた、
二重三重の意味のようなものは、
ほとんど滲み出て来ない。
この作品に対する愛着を語ったとおり、
カラヤンは、冒頭から、非常に満足そうな表情である。
もう一人の主役のロストロポーヴィッチは、
彼の独奏が始まるまで、まったく姿を現わさない演出もすごい。

演奏会とは別に、
わざわざ、この部分は、ロストロ抜きで撮り直したとしか思えない。

おそらく、この巨匠は、
まさか、極東のリスナーごときに、
そんな風に取られるとは思わなかっただろうが、
この映像が、余計に、彼の解釈の平板さを剥き出しにしてしまった。

どこまでカラヤンの息がかかっているかは分からないが、
Artistic SupervisionにHerbert von Karajanとあるから、
彼の責任の範疇に数えてよいかと思うが、
まず、絵作りが常套的である。
この時点で、平面的にしか、音楽を見ていないことが明々白々。

映像編集は、時間ばかりかかって、
労多くして、というような単調な苦行であるが、
おそらく、こうした労力に専念しているうちに、
それ自体が目的になってしまったのかもしれない。

そうした落とし穴があれば、
作品数を落とすべきであるが、
彼は、その落とし穴にすら気づかなかったのであろうか。
大量に録音するスター指揮者とは、
実は、そうした宿命を背負うものなのかもしれない。

晩年のバーンスタインが、ライブ録音という形を好んだのも、
おそらく、そうしたルーチンに流れるのを、
聴衆の力で引き離す効果を求めたものに相違ない。

今回のLD、具体的に書き出すと、
とにかく、光で滲んだような楽器の光沢を背景に、
眼を瞑った指揮者の大写しばかりが映るものと思って頂ければよい。

そして、音楽が強奏になると、力一杯に力んで見せ、
流麗な部分では、なだらかな動作を見せる。
曲想が激しくなると、楽器のコラージュが始まる。
このような演出のルーチンワークの中に、
いったいどんな創造性があるのか理解できない。

とはいえ、確かに、これはこれで、
かつては、かっこよく見えたかもしれない。
眼を瞑った彼は、まるで、念ずるだけで、
魔法を繰り出すことの出来る超能力者に見えるではないか。
高度成長期のお父さんなら、
こんな風に、自由自在に部下を操ってみたいと、
憧れたとしても不思議はない。

我々の時代、多くの力を合わせて、
個々の力を超えようとする、
オープン・イノヴェーションが主流となりつつあるなか、
これは、完全に時代遅れの町工場の発想である。
(もちろん、今でも、こうしたスタイルが好きな、
中間管理職は多いものだが。)

つまり、ここでの楽団は、
遠隔操作で操られるロボット集団なのである。
ロボット集団などを率いて嬉しい価値観は、
北朝鮮を想起させる。

これは、団員の顔は写さないで良い、
音楽は俺様が奏でているのだ、と言ったという、
彼の言葉からもすでに分かっていたことだが、
第四変奏などで、カラヤンの手のひらが大写しになって、
そこに楽器が重ねられていくような編集までを見せられると、
もう、ほとんど、ギャグではないかと思ってしまう。

この後、ぺろっと舌を出して、
いかがでしたか?というような、やらせでもあった方が、
ずっと芸術として深いものになりそうだ。

シュトラウスは、自画自賛の「英雄の生涯」の毒消しのように、
「ドン・キホーテ」を書いたに相違ない。
が、カラヤンは、この作品までも、
自らの「英雄の生涯」にしてしまっている。

例えば、第三変奏の後半で、
騎士は崇高な理想に向かって、
素晴らしく美しい間奏曲のような音楽を奏でるが、
ここでは、カラヤン一人が、この世界で俺様を発揮して、
流麗に弧を描きながら陶酔している。

まるで、「英雄の完成」のような表現である。

シュトラウスが補完が必要だと思ったものに、
同じものを当てはめて、
それは、果たして、意味のあることなのだろうか。

また、前回の演奏でも気になった点だが、
序奏で、ドン・キホーテが、妄想の世界に突入する様子は、
音として、美しく磨き上げられているだけで、
あまり説得力を感じないし、
主人公が死んだ後の余韻も物足りない。

が、多くの人がすでに書き連ねたことを、
真似したように、ケチばかりを書いても仕方がない。
これはこれで完成した商品であることは間違いない。

先ほど、書いたように、あっと言う間に時間が流れ、
快適なひとときは約束されているのである。

コンサートマスターのシュヴァルベの活躍もそこそこ見られるし、
ヴィオラ独奏のコッホの登場もかっこよい。
ロストロポーヴィッチも、体当たりの熱演だが、
その力演以上に音が出ていないような気がする。
おそらく、音はレコード用に撮って、後から、
演奏会の絵を継ぎ接ぎしたのではないだろうか。
実演は、もっとホットな部分があったと想像した。

第三変奏で、ロストロポーヴィッチがコッホと、
アイコンタクトをしながら、シュヴァルベも絡んで来る三重奏は、
まことに美しい。これは、やはり、三人の個性がぶつかるからであろう。

双方向性といった特徴を有するweb2.0時代には、
このようなひとときに至福がある。

もちろん、眼を瞑って他人の介入を拒絶し続けるカラヤンには、
こうした喜びは無縁であろうが。

ハープの弦の向こうに時折見えるハーピストの女性も、
良く見えないがロマンティックである。
第五変奏で、夜風が主人公に襲いかかる時に、
眼があってはっとする。
シュトラウスの方は、こんな楽しみもある。
でも、何故、ウィンドマシーンは、画像に出て来ないのであろうか。
あまりにも、へんてこなので、失望させないようにだろうか。

一方、ラフマニノフの演奏は、どうも楽しめない。
音が硬いのか、音楽が堅苦しくてぎこちない。
曲想のせいか、画質も暗い感じがするし、
(よく見ると、ピアノが黒、ワイセンベルクの服も黒、
カラヤンの服も黒。オーケストラもみんな黒。
聴衆も黒くて、9月の録音とは思えない。)

ワイセンベルクは髪型も表情も兵隊のようで、気が滅入る。
それぞれが、それぞれの仕事をして帰って行きました、
という感じ。

このコンビによるラフマニノフの2番のLPは、
教会のステンドグラスのデザインで、
とても素敵だった印象があるが、
あの時のイメージはたぶん、ぶち壊しになる。


あまりにもカラヤンが映る比率が高く、
主役のはずのワイセンベルクですら居場所がなさそうなので、
我々聴衆の居場所などあるわけがない。

得られた事:「『ドン・キホーテ』+『英雄の生涯』≒シュトラウスの自画像」
カラヤンの場合:「『ドン・キホーテ』=『英雄の生涯』=俺様」
by franz310 | 2008-10-19 00:27 | 音楽

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その144

b0083728_1193067.jpg個人的経験:
前回書いたように、
私が最初に出会った
「ドン・キホーテ」
は、カラヤンが、
フルニエを招いて
演奏したものだったが、
改めてこの解説を
読み直すと、
なるほど、
と思うところも多い。


30年以上も放置していたお詫びに、
まず、ここに、内容を訳出してみよう。
ハインツ・ベッカーという人が書いているが、
シュトラウス作品の初期の受容について、
なるほどと思う所があった。

まさしく、最初の聴衆は、
私と全く同じ反応をしていたということだ。

「彼の『ツァラトゥストラ』の神秘的な混沌に対し、
まだ大いなる物議が続いていた時に、
リヒャルト・シュトラウスは、『ドン・キホーテ』によって、
再び、聴衆に当惑と誤解のもとを提供した。」

まさしく、この二作品こそが私自身が耳にした最初のシュトラウス作品であり、
内容に関しては、何だかさっぱり分からなかった。
独グラモフォンの英文解説を読み解いてまで、
知りたいという気持ちはあったかもしれないが、
中学生にはなかなか難しい難問だった。

当時、この解説のこうした冒頭を読んだとしたら、
どのように感じただろうか。

しかし、すでにシュトラウスはレコードでは人気の作曲家であり、
ポリドールなどは、「管弦楽を聴くならリヒャルト・シュトラウス」
などといった宣伝を打って、純真な思春期の心を幻惑したものである。

そもそも、「管弦楽を聴く」とは何ぞや、
と当時から、この宣伝には反感を感じていた。

シューベルトやベートーヴェンの交響曲は管弦楽ではないのか。
仮に、これらは「交響曲」であって、「管弦楽」でないとして、
例えば、チャイコフスキーやリムスキー=コルサコフらの管弦楽曲は、
管弦楽を聴いたことにならないのか。
こちらの方が、はるかに甘味で分かりやすいのに。

が、確かに、オーケストラを勝手気ままにちょん切って、
まるで、それ自体が目的であるごとく、
寄せ木細工のように継ぎ接ぎしたのは、
いかにも、シュトラウス的であると思った。

音楽を聴くより、各楽器を聴け、と言わんばかりの細部が目立つ。

例えば、「ツァラトゥストラ」にしても、冒頭部が終わって、
しばらく、オルガンが持続する意味は何なのか。
これがないと伝わらないものがあるのかないのか。

だいたい、この曲など、うるさい所と聞こえない所の対比が大きすぎて、
聞こえないところでは、何が起こって、どの楽器が鳴っているのかすら、
よく分からない。

これで、「管弦楽を聴くなら」などと、よく言えたものである。
「管弦楽の鳴ってない所を聴くならリヒャルト・シュトラウス」
というキャッチ・コピーにして欲しい。

やはり、何だかぼそぼそと鳴っているだけのオーケストラというのは、
まことに気持ち悪い。何が言いたいんだ、と叫びたくもなる。
あまり良いオーディオ装置も持っていなかった時代、
これは致命的な欠陥と思えた。
作曲家は手練手管を繰り出して、びっくりさせようとしているようだが、
それがどうした、となるわけである。

おそらく、このコピーを作った人も、
会社の宣伝上、仕方なく、
シュトラウスは、「管弦楽法の大家」と言われている、
その事実からだけ書いているだけではないか、
などと考えていた。(今も考えている。)

このような、曲の作りに加えて、
内容は意味不明と来ているものだから、
「ふざけるな」と言いたい所だが、
変な楽器が出て来たり(「ツァラ」のオルガン、
「ドン・キホーテ」のウィンドマシーンなど)、
いろいろな音色が面白い部分もあり、
時折、非常に甘味な音楽が出てくる
(「ツァラ」の「現世に背を向ける人々について」の後半や、
「ドン・キホーテ」の「第3変奏の後半」など)
ものだから、
まあ、仕方ない、となるわけである。
そうしているうちに、ちょっと慣れて来る、
といったたぐいの音楽であった。

「ふざけるな」の頂点に立ったのは、それから、
セル指揮の「ドン・ファン」、「ティル」、
裏面に「死と変容」の入ったレコードを買った時で、
どの作品もまったく面白くなかった。
今でも、ほとんど面白いと思わない。

独りよがりもここまで来たら、犯罪だと思った。
しかし、この組み合わせのレコードは非常に多く、
フルトヴェングラーのような神様のような指揮者ですら、
「ツァラトゥストラ」や「ドン・キホーテ」は録音していないのに、
何故か、これらの曲は馬鹿みたいにたくさん録音している。
恐らく、私の理解がまるでできていないものと思われる。

このカラヤンの「ドン・キホーテ」の解説にも、
やはり、「ティル」と「ドン・キホーテ」は違う、
というようなことが描かれてあった。

「1898年3月8日にケルンのギュルツニッヒ演奏会で、
フランツ・ヴュルナーの指揮で初演されたこの交響詩において、
シュトラウスは、初期の作品との違いを狙って、
古典文学に則して書かないというルールを破っている。
しかし、初期作品は単にアイデアを拝借したものだったのに対し、
ここで、彼はセルバンテスの細かい音楽的描写を行っている。
『ティル』は、もし必要とあらば、
音詩のタイトルが十分な手がかりとなって、
標題なしにも理解可能であろうが、
『ドン・キホーテ』に至っては、
この捉えがたい音楽語法を完全に解釈するには、
セルバンテスを読む必要がある。」

私にはどっちもどっちである。
だいたい、「ドン・キホーテ」も、名場面集にしかすぎないではないか。
(・・と、今回、聞きなおすまでは思っていた。)

また、むしろ、前述のように、「ティル」の方がつまらない。
マーラーなどが、長大な交響曲で試行錯誤している時に、
一丁上がり、とばかりに15分程度の技巧誇示音楽をひけらかした感じである。

恐らく、シュトラウスは楽想を展開させるには、
何やら具体的なイメージが一番、信じられるものだったのだろう。
現代人の煩悩、物質至上主義が分かりやすくて良い。

「最初、シュトラウスは、この作品に標題なしに出版したが、
おそらくこれがまず、聴衆に広く受け入れられず、
広く論争された原因である。」

解説にここまで書いてある曲を、
よくも私は、一所懸命に聴いていたものだなあ、
と感嘆もし、自分をほめてあげたくなった。

「そのため、シュトラウスは、後付けのように、
作品の内容の概要を加えたのであった。」

とんでもない経緯である。
ひょっとしたら、シュトラウスが、
勝手に変えた内容もあるのではないかなどと、
いぶかってしまうような書きぶりではないか。

以下にプログラムが続く。
しかし、この解説では、あらすじが書いてあるというより、
二言三言書いてあるメモに過ぎず、全体的に何だかよく分からない。
が、何もないよりは助かる。

「The programme:
序奏:騎士の武者修行の読書が過ぎて、
ドン・キホーテの脳みそが混乱してくる。」

この序奏はかなり難物である。
前半は妄想、後半は主人公二人の主題提示である。
幸い、カラヤンの66年盤のCDでは、
「導入」と「主題」として、トラックが分けられている。
(ケンペのライブ盤もそうだった。)

まず、とにかく混乱した脳みその中味を表す部分なので、
音楽も様々な楽想が錯綜し、弦楽が動き回って、もやもやが増し、
様々な楽器がパッセージの切れ端を投げつけて、
妄想も発散しながら増大化というか肥大化してくる過程が描かれる。

ここでは、ハープの伴奏に導かれ、
美しいオーボエで、ドゥルチネア姫の主題が出ること、
ファンファーレが鳴って、主人公の頭に騎士道の憧れが、
こみ上げて来ることにも、注意が必要であろう。

続いて、ヴァイオリン独奏が、かなり長い間、
混沌の中を歌い継ぐが、これはドゥルネシア姫への、
空想のセレナードであろうか。

が、この強烈な吸引力は、ドン・キホーテが、
本の世界の中に没入していく様子が、
憎いほど見事に表現されている。

カラヤン&フルニエ盤では、ねっとりと媚びるような、
粘着型の美音が多く、みょうにおおらかに、
この対位法の部分を演奏しているので、
例えば、ケンペの演奏に比べると、
本の中に強引に吸い込まれる感じのリアリティに欠ける。

これが、今回、かなり気になった部分である。

しかし、改めて聞き直してみると、
この序奏の前半が最難関である。
理解されない所以でもあろう。

この後は、ドン・キホーテを表す鷹揚なテーマが、
独奏チェロによって、歌い出される。
たしかに田舎の親分といった風情がよく出ている。
何かに憧れる様子が独奏ヴァイオリンに伴われつつ醸し出され、
クラリネットを伴って、憎めない様子も暗示される。

続く、何だか呑気な、
木管楽器のもこもこした音型がサンチョ・パンサである。
この音楽は、後半、ちょこまか動き回る独奏ヴィオラとなって、
このキャラクターのちゃめっけや、おしゃべりを暗示する。
木管の剽軽な様子は抜け目なさを示すものだろか。

さて、ここからは変奏曲になるが、
多くの変奏は、2、3分のものが多く、
短いものは、比較的理解が容易である。
第3変奏はやたら長く、第7、第10変奏は倍くらい長い。

「第1変奏:馬に乗って騎士はさっそうと出かけ、
風車と格闘する。」
ここでは、前半は出発の出で立ちが描かれるが、
もちろん、馬はやせ馬のロシナンテである。
が、夜空に浮かび上がる、思い姫、ドゥルチネアの主題は、
非常に美しい。

後半、騎士は、風車を巨人と間違って突撃するも、
羽根の回転で、地面に叩きつけられる。
勝負はすぐにつき、この時、
突撃や叩きつけられる様子が眼に見えるようである。
独奏チェロのたどたどしい様子からして、
何とか、地面から立ち上がる様子を聞き取ることもできる。

「第2変奏:アリファンフォロン皇帝との軍勢への勝利。
ここで、弦楽のトレモロや弱音器のブラスが、
羊のメエメエ鳴く様を描写する。」
これでは何のことか分からないが、
ドン・キホーテは、羊の群れを上記皇帝軍と勘違いしたのである。
ドン・キホーテの突進は、3本のチェロのユニゾンで強烈。
逃げ惑う羊の様子がありありと描かれる。

「第3変奏:騎士と従者の対話。」
これだけで表すにはこの変奏曲は長大で、9分近くかかる。
ここでは、チェロよりも、独奏ヴィオラのおしゃべりに、
独奏ヴァイオリンが受け答えするような感じで始まる。
いかにも室内楽的なオーケストレーションである。

「第4変奏:行列との遭遇と敗北。」
これだけでは、何のことやらわからないが、
慈雨の恵みを求める、祈りの行進に突撃する狂人騎士の描写である。
従って、聖歌調のメロディに怪しげな呟きが混じる。
ここでも彼は誘拐犯だと思って、反対にぼこぼこにされる。
チェロは息絶え絶えである。

「第5変奏:騎士の寝ずの番。ドゥルチネアの夢。」
長いチェロの独奏が悶々として、ハープの彩りを伴って、
ドゥルネシアの主題を歌うが、時々、夜風が舞い上がる。
地味な部分であるが、音楽も中盤まで来て、
間奏曲のような意味合いを持つ。
何故、寝ずの番をしているかと言うと、
それが騎士になるための風習だからである。
もちろん、ドン・キホーテの場合、勝手にやっているのである。

「第6変奏:偽りのドゥルネシア。(ボレロのリズム、タンバリン)。」
えっ、これだけ?と思うが、CDと違って、
レコードやテープなど曲の切れ目が分からない時代、
このリズムや楽器の指示はありがたかったに違いない。
ドゥルチネア姫に会いに行くが、誰だか分からないので、
(実在もしないし)、勝手に農民の娘を姫だと思い込む、
というだけの話。1分ちょいで終わる。

「第7変奏:空中騎行。(半音階のフルートのフラッタリングのパッセージ、
ハープのグリッサンド、ウィンドマシーン、オーケストラの持続音。)」
これまた、何だか分からないが、
ドン・キホーテは空を飛んでいるのである。
単に、目隠しされて、風を吹き付けられているだけであるが、
そう信じ込まされている。
これまた1分ちょい。

「第8変奏:ボートの旅、故障と浸水。(バルカロール)」
空の次は水である。
ボートに乗っての冒険も、浸水して終わり。
二人の体から落ちる水滴が独奏楽器のピッチカートで表される。
これも2分弱。


「第9変奏:実際は貧乏な坊さんである二人の魔術師との戦い。
(2つのバスーンによるコラール風テーマ)。」
これも1分ほどの変奏で、大騒ぎのキホーテと、
とぼけたバスーンの響きの対比のみ。
続けざまに第10変奏に突入するが、
第6から第9までの変奏は、破れかぶれで、
エピソードのコラージュみたいになっている。
姫、空中、川と坊さんで、その間の関係は、
まったく無視されて繋がっている。

このようにめまぐるしい展開は、
おそらく、交響曲におけるスケルツォ的発想であろう。
このように考えることで、シュトラウスが、
当初、標題を付けなかった理由が分かるのである。

おそらく、彼は、通常の交響曲の変形として考えれば、
純音楽的に楽しめるはずだと考えたものであろう。

「第10変奏:青月の騎士との一騎打ちと帰郷。」
この展開はうまい。勇敢な楽想がトランペットで盛り上がり、
引き延ばされたチェロの絶唱に、ティンパニの連打が絡み、
悲痛に金管楽器が吹き鳴らされる。
完全に失意の男の足取りである。
羊飼いになると言う夢も見て、混乱は絶頂に達するが、
次第に、妄想が晴れていく。

「終曲:断念とドン・キホーテの死。」
ここは、以上の説明で十分であろう。
独奏チェロによって、完全に演じきられなければならない。
ドン・キホーテの冒険は、単なる変人の迷惑行為でしかなかったのか、
それとも、理想を追い求めるものの、止むにやまれぬ情熱の形だったのか。

さて、この解説は、通常のものと違って、
曲の内容を細かく列挙した後、かなり重要なことが書いてある。

「この作品にシュトラウスがつけた副題、
『騎士の性格を持つ主題による幻想変奏曲』
は、通常の二人劇のなかで扱われるような、
2つの主題を使っているように誤解を招きやすいが、
これら2つの主題は、性格によって違いが与えられているだけでなく、
音色によってもコントラストが付けられている。
痛ましい姿の騎士のメロディはチェロが担当し、
サンチョ・パンサのお茶目な田舎者の動機は、
バス・クラリネットとテナー・チューバによって、
そして後にはヴィオラが受け持つことになる。」
サンチョ・パンサは単に、ヴィオラで表されると書かれている解説が多い中、
これは親切である。実際、ヴィオラ独奏はすぐには登場しない。

以下の文章を読むと、この作品が、下手物、まがい物ではなく、
鑑賞に足る芸術作品である旨がにじみ出して来て、
ようやく安心する。

「シュトラウスはセルバンテスの物語から、
社会風刺の部分は取り上げずに、
その内容を普遍的な人間性の問題に翻案した。
自分が、騎士道時代の華麗な騎士であるという、
主人公の滑稽な妄想をアイロニカルに意訳しているものの
彼は変奏曲形式に悲喜劇的なニュアンスを盛り込んだ。
2つの主題は慣習的なマナーでは変奏されず、
変わり続ける状況の中で、異なった視点で描かれていく。」

確かに、変奏曲というのは、
主題そのものが変わって行くが、
ドン・キホーテの場合、主題を取り囲む環境が変わるのであって、
主題があまり変わりすぎると、主人公がどこにいるのか、
分からなくなってしまう。

「標題楽的なベースに相応しく、
シュトラウスは主人公の性格や、
様々な空想上のシチュエーションにおける、
彼の行動を調べ、自身になぞらえた。
シュトラウスは後期ロマン派の大オーケストラを使いながら、
膨れあがった鈍重さに縛られることなく、
常に柔軟なテクスチュアを見せている。
彼はニーチェから音楽は苦労であってはならないと学んでいた。
このように、オーケストレーションの複雑さにもかかわらず、
室内楽的な繊細さを持って考慮されてスコアリングされた部分が多い。
羊の鳴く声や、実際は主人公が地上にいることを表す、
低音持続音を伴う空中騎行のウィンドマシーンの使用など、
リアルな管弦楽の効果にもかかわらず、
シュトラウスは小手先におぼれたりしておらず、
主人公の性格の深みを強調している。」

深みまでを表しているかは疑問であろう、
下記の結論には納得できるものがある。
「終末にかけて、華やかなチェロのカンティレーナは、
ドン・キホーテの死のシーンに導いていくにつれ、
この男は馬鹿だったのか、それとも、
不滅の価値を持つ賢者だったのかという、
疑問が頭をもたげてくるのである。」

ちなみに、この録音はもちろん、CD化もされていて、
オリジナルズのシリーズで発売された。
これは、オリジナルのデザインが踏襲されていて、
非常に好ましいシリーズだ。

ただし、ここでは、以上のような詳細な解説はなく、
リチャード・オズボーンが、
「シュトラウスの天才にとって、
セルバンテスの『ドン・キホーテ』以上に、
相応しい小説はないだろう。
素晴らしく描かれたキャラクターたち、
楽しいこといっぱいの物語、
高尚なロマンスから地に足付いたリアリズムまで、
きらびやかなスタイル。
そこには、彼の求めていた全てがあった」
と書き始められる、概要的な文章が載っている。

ただし、彼は、ハインツ・ベッカーのような、
問題提起風の書き方ではなく、
「シュトラウスの交響詩の中で、もっとも高みにあって、
間違いなく最も洗練されたもの」、と言い切ってくれている。
初心者には、このような解説の方が安心できる。
ベッカーの解説では、いきなり不安になってしまうのである。
中学生が月1枚程度、ようやくレコードが買えたような時代、
これは、傑作だ、聴かないとダメだ、と言ってくれる解説の方が、
ありがたかったであろう。
読めなくてよかった。

また、このオリジナルズの解説では、
「シュトラウス自身の指揮で、
1933年に録音したチェリストのマイナルディが、
カラヤンがこの作品を1939年1月4日に、
最初に、アーヘンで演奏した時のチェリストだったこと」、
「『騎士道的で華麗に』始まる音楽が、
貴族的なビーチャムやクラウス同様、カラヤンに相応しい」
などと書いて、この演奏に対する期待を高めてくれている。

また、ドゥルチネア姫を示すオーボエが、
名手、ローター・コッホによって優美に演奏されており、
カラヤンとフルニエは騎士道風の理想に即しているとも書いている。

そして、カラヤンが年を追うごとに、この曲を愛し、
ドン・キホーテの終曲が、シュトラウスの書いた終曲では最高だ、
と語ったことに触れている。
「私は戦い、間違いも犯した。
しかし、私は私が可能だった、世界で最高の人生を生きた。
そして今・・。」
カラヤンは、これに激しく動かされたのだという。

「この録音は1966年になされ、
カラヤンとフルニエはコーダを気高く演奏している。
そこには偉大な気品と静けさがあり、
ドン・キホーテの少し錯乱した心の最後の高まりの中で、
悲劇の苦痛が突き刺さる。
この演奏によって、喜劇の主人公ではなく、
ドン・キホーテは、聖なる愚者、
理想への殉教者と考えられるのである。」

まさしく、このように解釈されてこそ、
リヒャルト・シュトラウスは真価を発揮するのであろう。

いくら、カラヤンがこの曲を愛していたと言っても、
前回取り上げたケンペだって、その後じんを拝するものではなかろう。
カラヤンがベルリン・フィルを演奏して録音する前から、
ケンペはこの作品をいち早く録音しているのだから。

しかし、改めて演奏時間を眺めて見て驚いた。
カラヤンが録音したのと同時期(カラヤンは65年12月)、
ケンペのバイエルンのライブ盤(66年12月)は、
35分で終わっているが、カラヤンは44分もかかっている。
そもそも、序奏からして、めまぐるしく変転する楽想が、
ケンペの場合、めくるめく変転していく。

35÷44=80%
何と、2割も時間が違う!
カラヤン盤は、なんだかぬめぬめした感じに聞こえる。
一瞬の間とか、音符ののばし方など、すべてが思わせぶりに長い。
その分、ケンペが、せかせかしているとも言える。
第1変奏など、ちょっと早すぎる。
ライブということなので、早く終わらせたくて、
急いだのだろうか。

前回、コンサートマスターを比べたが、
カラヤン盤は有利である。弾き終わるときの音ののばし方で、
美音をアピールできるからである。
第3変奏の大きなうねりの中では、
こうした要素を全開にしてムードを高めている。
すばらしく雰囲気豊かな録音が、これをかなり助けてもいる。

ケッケルトは、せかされて、余韻に浸る暇はない。
が、これまで聴いて来たように、硬派のケッケルトは、
ケンペの指示なくとも、このように弾いたような気がする。
あと、ずどんと来る低音などは、ケンペは荒々しいが、
カラヤンは妙に丸まって角が落とされている。
ケンペの方が、肺腑を突くような音だ。

このように書いただけで、これらの演奏の違いは明らかであろう。
オーボエがいくらコッホであろうとも、
ケンペの盤はカルムスだ。(明記していないが。)
演奏者の質の高さは、互角と考えてよかろう。

はたして、フルニエに対するトルトゥリエはどうか。
何と、終曲の聴かせどころでは、トルトゥリエの方が、
急にテンポを落として、大見得を切っているではないか。
あるいは、ケンペのテンポは、この最後を生かすために、
取っておいたと言わんばかりである。

「ドン・キホーテ」と言えば、トルトゥリエのデビュー曲である。
この時、彼は52歳、対する、チェロのプリンスは59歳。
いずれも大ベテランである。

それぞれの素晴らしい夕暮れが広がっていく。

しかし、改めて、この曲の最後は難しいと思った。
単に死ぬのか、満足して死ぬのか。あるいは後悔して死ぬのか。
明らかに、若きシュトラウスは、そこにまで思いを馳せている。

これらのCDでは、
フルニエの方がすうっとうまく息を引き取っていて、
カラヤンはその延長で終わっているが、
トルトゥリエは、ぽっくり逝っていて、
ケンペはそれを悼むような表情を見せているように聞こえた。

得られた事:「『ドン・キホーテ』の難しさは、冒頭からの野心的なスーパー対位法、戯画的な中間部を経て、最後には、それぞれの人生を如何に総括するか、という事にある。」
by franz310 | 2008-10-12 11:15 | 音楽