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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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カテゴリ:シューベルト( 129 )

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その228

b0083728_20481866.jpg個人的体験:
リヒテルは、1979年の
シューベルト・リサイタルでは、
前回のピアノソナタ3曲や、
「楽興の時」の他、
ソナタ14番もまた、
演目に加えていた。
同年の「東京ライブ」は、
9番と11番が表裏のLP、
13番と14番が表裏のLPで紹介されたが、
ロンドンでの演奏も全てCDになっていた。


しかし、私なら、前回の「13番」のソナタで息を呑んだ後、
さらに「14番」のような凝集された作品を、
聴くのに戸惑いを感じた事であろう。

前のCDが、限界を行く78分の収録時間で、
このソナタ14番が25分、休憩も入れると、
おそらく二時間を超すコンサートだったことが分かる。

リヒテルというと晩年、小品ばかり弾いていた印象があるが、
当時はまだ64歳で、勢いもあったものと思われる。

レコード芸術は、先のLPを両方特選にしたが、
初期作品については、
作品はともかく、演奏が良い、
という気配濃厚だったのに対し、
「特に14番は傑出している」、
「深く生きることの重みを語っている」と、
13番、14番については、
ほとんど激賞状態。

今回のものも、続いて聴かないわけには行かない感じである。

もともと、私は、この14番のソナタイ短調は、
あまりにも個人的色彩が強いものと感じ、
妙に生々しいものをぶつけられて来る感じに、
いささか抵抗もあって、苦手に感じていた。

後期の大作を予見させつつも、
何故か3楽章しかないのも、
ちょっと、考えるところがあった。

あるいは、最初に聴いたレコードが良くなかったのかもしれない。
アシュケナージだったか、
ブレンデルだったか、
いずれにせよ、どちらも現在は、
あまり聴きたくない感じだ。

この作品、25分程度で短く、
あまり、シューベルトが好きではないピアニストなども、
プログラムに変化をつけるためだけのように、
利用することがよくあり、
そうした人々が手垢にまみれさせた感じがなくもない。

1987年の「レコード総目録」では、
「ソナタ16番」のレコードを出していたのが、
クラウス、ツェヒリン、
ハスキル、フィルクスニー、
ポリーニ、ルプーといった、
渋めの布陣に対し、
「14番」は、
ツェヒリン、中村紘子、
フィルクスニー、宮沢明子、
リヒテル、ワッツといった、
花のある陣容となっている。

この名前を見ると、
ショパンやリストの前座に、
このソナタを利用しそうな雰囲気がある。

この手のリサイタルでは、
シューベルトのソナタなど、
聴いたことがない人たちが多数参集して、
休憩時間以外は、
寝ているイメージがある。。

それにしても、前回のリヒテルのCD、
同じBBCレジェンド・レーベルのものが
98年のものだったのに対し、
今回のものは、デザインも似ていて、
連続して出されたもののような印象を受ける割には、
2007年の印が付いている。

20bit DIGITALLYという記載もあり、
世紀が代わって、新技術でのマスタリング利用、
という感じが強調されている。

ただし、朗らかな前回のリヒテルの写真に対し、
今回は、集中する演奏風景になっている他、
中のブックレットの添付写真が、
まったくなくなっているなど、
実は、細かいリストラが進行している。
前回は4枚の白黒写真が掲載されていて、
いかにもレジェンドにふさわしいものだった。

前回のものが、「IMG Artists」という組織が
からんでいたのに対し、
今回のものは、「Medici Arts」となっている。

とにかく、経営権の変更と共に、何らかの意志決定が代わり、
当然、収益重視の方向に舵を切ったものと思われる。

こうした効率重視の方策と、
関係があるかどうかは不明だが、
中の解説も、前回のものの流用部分が多いのが気になる。

しかし、ところどころ、微調整がかかっている。
Souzaさんが、
「Fascinated and Fascinating」という、
抽象的な題名で書いているが、
演奏会当日のFascinated具合を、
思い出させる内容は完全に削除。

「20世紀の最も個性的なピアニストの一人、
スビャトスラフ・リヒテルは、1915年に生まれ、
作曲家でオルガン奏者であった父親が、
最初の音楽手ほどきをした以外は、
事実上、独学であった。
15歳にして、オデッサオペラの練習ピアニストになって、
3年後、主席指揮者の補助となった。
1937年、モスクワ音楽院の
有名なハインリヒ・ネイガウスのクラスに入るまで、
すでに音楽的人格を形成しており、
実践的音楽家としての経験を積んでいた。
入学試験もなしに、教えることはない、
と言いながらも、ネイガウスは入学を許し、
『最後の時までリヒテルから学ぶだろう』と言った。」

このあたりは、前回と変わっていないが、
この後も、カットアンドペーストしたくなる内容が続く。

「リヒテルは1960年まで西側に現れなかったが、
すぐに聴衆の愛顧を得た。
彼の登場は非常に待ち望まれていて、
この実況のBBC放送の録音からも知ることが出来る。」

前回、読み飛ばしてしたが、ライブ放送とあるから、
この演奏会の様子は、放送で多くの人が聴いたのだろう。
カセットに録音した人もいたかもしれない。

「リヒテルはシュナーベル後、
恐らく最初のシューベルト弾きで、
ソナタを包括的に取り上げた。」

確かに、シュナーベルは、
多くのシューベルト録音が残しているが、
もっぱら後期の大作群であり、
リヒテルのように1817年のソナタを、
取り上げたことがあったのだろうか。

「19世紀と20世紀の大部分、
シューベルトは、一般に器楽の作曲家としては、
何となく未完成、
ピアニストとしてはそこそこで、
最後の偉大な作品群での高みを完全に掴む前に亡くなり、
それは、形式的には修行中で絵画的で叙情的ではあるが、
『若書きの作曲家』と思われ、
それゆえに、ハイドンやベートーヴェンのような、
彼の神々の隙のない主題展開には未熟だと思われていた。」

このあたりも前回と同様であるが、
憎いことに、ここから、さりげなく、
イ短調ソナタの話になだれ込んでいく。

「リヒテルのシューベルトを聴くと、
次の瞬間、『至言』だが、これらの批判が、
覆されていく。
1823年、このイ短調ソナタが作曲された年に、
診断された不治の病によって、
若くして老成してしまった作曲家が体験した、
苦さ、孤独、苦痛といったレイヤーにまで、
リヒテルの解釈は浸透していく。」

前回、1823年のソナタは収録されていなかったのに、
この作曲家の苦みや苦しみや孤独に、
この解説者は触れていたではないか。
前回の作品から、シューベルトの孤独を聞き取ったのは、
間違いだったのだろうか。
シューベルトの孤独は、病気だけが原因だったのか。

姑息な手段の手抜きである。

とにかく、この14番、イ短調ソナタは、
病気の診断ゆえに、
苦く、寂しく、痛々しいということだろう。

青柳いづみこ著、
「ピアニストが見たピアニスト」には、
今回取り上げたリヒテルが、冒頭から登場している。

この著者は、欧米のピアニストは、
リヒテルのようなピアニストになりたいというが、
それには、高校の年齢まで正規教育を受けず、
いきなり練習ピアニストになって、
という経験をしなければならない、
などというロジックを展開しているが、
それにあやかれば、シューベルトのような作品を書くには、
若くして不治の病に罹患しなければならない。

トーマス・マンの「ファウスト博士」は、
そんな内容だったかな。

「これは明らかにシューベルトの残したもので、
最高のものの一つで、
ムードの上では、荒涼として寒く、不屈のもので、
完全に独創的なものである。
むき出しの和音の書法は、
生の実感の耐え難さよりも、
むしろ、感情の骨格をさらけ出している。」

「むしろ」、というのは、どういうことか分からないが、
多くの人は、このソナタに、
実在の耐え難さを聞き取るのだろうか。

しかし、私は、露骨な感情のむき出しなどより、
むしろ、実在の耐え難さを聞き取りたいのだが。
この筆者は何を言いたいのだろうか。
あるいは訳出を誤ったかもしれない。

ひょっとしたら、こんなところが、
私がこの曲を敬遠するゆえんかもしれない。

しかし、解説者が「最高のもの」と書いていることは嬉しい。
多くの解説者は、好きでもない作品を解説する。
まずは適任だと言える。

「流れ出すトレモロはひょっとすると、
これはもう一つの『未完成交響曲』ではないかと思わせる。
ピアニストは、他の作品以上に、
荒涼たる光景を、
オーケストレーションする必要がある。
リヒテルのオーケストラ的アプローチは、
練習ピアニスト時代や、
ヴァーグナーの『リング』のヴォーカル・スコアを研究した、
その幼少時を思わせ、強い特徴の一つとなっている。
シューベルトのごつごつしたスコアから、
時として恐ろしい力を持って、
ダイナミックスが形成される。」

リヒテルはEMIから13番のソナタを出していたし、
15番「レリーク」はフィリップスから、
16番、17番はメロディアから出していたので、
14番も、おそらく射程内にあったと思うが、
この曲は、何やらデーモニッシュなものの表出を得意とする
リヒテルの力を借りずにも十分に不気味な音楽である。

今回の演奏を聴いて、リヒテルゆえに、
それが倍加したとも思えない。

「不気味」という言葉で片付けず、
シューベルトの叫びを聞け、ということだろうか。
あるいは、ここにあるように、
交響的な効果を味わえ、という事か?

確かに、「未完成交響曲」自体、
この曲の第1楽章と同様、激しい部分と、
癒されるようなメロディの交錯で出来ている音楽なので、
これが交響曲であってもおかしくはない。
この曲は1823年の2月、「未完成交響曲」は、
前年の秋の作品である。

これが冬の音楽だとして、
「未完成」には秋の突き抜ける青空があるのは、
季節は関係ないだろうか。

「単純な歌曲のような第2楽章は、
不満げな音型が平穏を擾乱するとはいえ、
この楽章はつかの間の休憩を提供しようとしている。」

つまり、激烈な両端楽章の間の小休止ということだが、
リヒテルの演奏は、13番と同様、
この楽章でその個性を全開にしている。
非常にゆっくりとしたテンポで、
噛みしめるように一瞬を味わい、
苦渋の足取りにも見える。

不満げな音型というより、
私には、急に何かこみ上げて来た音型と思える。
何だか切迫した感情である。
こうした表現はリヒテルに合っている。

また、第1楽章での解説も、
この楽章に応用したいところだ。
リヒテルは、このシンプルな音楽にちりばめられた、
様々なピアノの響きに、多彩な色彩を当てはめている。

私は、この楽章は好きである。

「打ち寄せる三連符や、
対照的な動きのアルペッジョ、
そして怒りに満ちた耳障りな和音に満ちた、
終曲の悲劇的な突進の前に、
短い間奏曲を設けている。」

これは、主題は第2楽章なのに、
その形容詞ゆえに第3楽章を主とした解説。

「多くのピアニストはテンポを誤り、
三連符のダブルオクターブゆえに、
最後にテンポを落とすが、
リヒテルにとって、技術的な問題は皆無で、
全体のスキームをみごとに完成させる。」

終楽章の第1主題部と経過句の部分、
あまりシューベルトの音楽には、
類例を見ない凝った作りである。

この部分の木枯らしの表現も、
何やらが砕け散るアルペッジョも、
リヒテルは魔法のように、
色彩の魔術を使い尽くしている。

コーダでは、猛然と衝動が起こり、
それを強烈な意志で弾き通し、
どすんとした和音で締めくくる。
すごい歓声が上がっている。

おそらく実演では興奮するであろう、

先に挙げた、「ピアニストが見たピアニスト」では、
リヒテルの頭の中には強烈なイメージがひしめいていて、
彼は音楽の中に、そうしたものを見ないではいられないとある。
この曲の強烈な振幅は、恐らく、
リヒテルの頭に、かなり強烈なイメージを形成したことだろう。

次に、これまでリヒテルが弾いたとは知らなかった、
シューベルトの珍しい作品が併録されている。

1817年、ピアノソナタの年に書かれながら、
同様に初期作品として、あまり演奏に接する機会のない、
この親友の作った主題による変奏曲を、
リヒテルが愛情を込めて弾いてくれているのは、
シューベルト・ファンには、
何よりもの贈り物ではなかろうか。

1817年のピアノ作品は、こんな感じで書かれた。

3月 第4ソナタ
5月 第5ソナタ
6月 第6、第7ソナタ
7月 第8ソナタ
8月 第9ソナタD575、変奏曲D576。

つまり、この変奏曲は、
手近な材料を利用したものではあるが、
大規模なソナタを書くための習作などではなく、
ソナタ群を書き終わるか終わらないかの時点で、
ピアノ書法の集大成のように書かれたことが分かる。

改めて聴くと、非常にしっかりした作品で、
リヒテルのこのCD、各変奏ごとに、
トラックが入っていることも嬉しい。

(トラック多用でありがたい、
DENONレーベルの、
ダルベルトの演奏でもトラックはなく、
インデックスのみだ。)

「イ短調はシューベルトの好みの調性と見え、
D784は、この調性の3つのソナタの
2番目のものであったが、
1817年の『ヒュッテンブレンナー変奏曲』も、
この調性で書かれている。
アンゼルム・ヒュッテンブレンナーは、
シューベルトの最も親しい友人の一人で、
『未完成交響曲』の自筆譜を保管していた。
この曲の主題は、ヒュッテンブレンナーが、
1816年に作曲した最初の弦楽四重奏曲から来ていて、
ベートーヴェンの『第7交響曲』の緩徐楽章の余韻がある。
しかし、シューベルトはしかし、
老巨匠の交響的手法の模倣には陥らず、
いつものようにリヒテルが心を込め、
確信を持って探求しているように、
様々な性格の小品の集積として完成させている。」

解説にも、「心をこめ」とあるのでびっくりした。
各曲の微妙な色調を丁寧に描き分け、
しかも、一本、筋を通して、
終曲に向かって音楽が、
よどみなく流れていくのはさすがである。

先のダルベルトの演奏では、
さらさらと流れていくだけで、
全く各変奏ごとの思い入れが感じられない。

昨夜、日本の若手が、ピアノで表す、
曲のイメージがつかめなくて苦しむ様子を紹介した、
NHK番組があったが、
ダルベルトの演奏からは習作のデッサンしか見えず、
一方、リヒテルの描き出すイメージは、
鮮烈に完成された油彩である。

音楽之友社の「名曲解説ライブラリー」にも、
この曲は取り上げられていて、
()内のようなことが書かれている。
ざっくり、こんな感じの曲である。

Track4:(主題)
英雄的な葬送行進曲のような主題。
Track5:変奏1、(左手スタッカート)
左手の動きが特徴的で、急に陰影が増す。
Track6:変奏2、(華麗な装飾)
スカルラッティのような典雅さが魅力
Track7:変奏3、(16分休止符)
リズムが激しく、劇的に傾斜する。
Track8:変奏4、(装飾的旋律)
ぴちぴちとリスト的。
Track9:変奏5、(イ長調)
静かになって、明るい日向でもの思いに沈む感じ。
Track10:変奏6、(嬰へ短調)
さらに深く思う感じ。切ない感じもする。
Track11:変奏7、(イ短調)
再び激しくリズムを刻み、何かがこみ上げて来る感じ。
Track12:変奏8、(内声分散和音)
対位法的に繊細。真珠のような音色。
Track13:変奏9、(微妙ニュアンス)
シューベルト的な憧憬。夢見るような風情で微笑ましい。
Track14:変奏10、(下降分散和音)
激しく打ち鳴らされ、夢は完全に吹き飛ぶ。
Track15:変奏11、(対位法的)
失意の音楽、力もなくうなだれる感じ。
Track16:変奏12、(跳躍進行)
再び、仕方なく歩き出す感じ。
Track17:変奏13、(拡大されたフィナーレ楽章)
おしまいの音楽で、おちゃらけた感じ。
冗談音楽みたいである。
それを強烈なリズムがかき消そうとするが、
しぶとく生き残るパバゲーノみたいな感じ。
最後は、それを踏みつぶしておしまい。

このように、極めて変化に富む音楽で、
リヒテルの共感豊かな演奏で、音楽は見事に息づいている。
変奏曲というより、一幅の交響絵画になっている。

終曲で、ベートーヴェンやブラームスのように、
フーガでも始まれば、これは傑出した名品になったと思われる。
最後の変奏が、妙に軽いので印象を薄くしているが、
これはこれで、何らかの意図を感じさせる。

何やら、隠されたプログラムがあるのではないか。

この演奏は、ソナタとは異なり、
1969年のリサイタルのもののようだが、
シューベルトをテーマにしたわけでもないのに、
この曲を取り上げている点、さすがである。

また、10年後のものと比べ、
音質にそれほど差異はないのが嬉しい。
むしろ、マンチェスターの聴衆の方が、
ロンドンの聴衆より静かである。

また、同じ日から、さらに2曲が選ばれている。
シューマンの「幻想小曲集」と、
ドビュッシーの「映像第2集」から「葉末を渡る鐘の音」である。

ちなみに、この、マンチェスター自由貿易ホールでのリサイタルでは、
さらにラフマニノフが弾かれたようである。

さて、次のシューマンは、リヒテルの得意の演目である。
かなり期待が持てる。
最初の瞑想的な深い音色からして、すっと、
その世界に引き込まれてしまう。

「ベートーヴェンとシューベルトの精神は、
一緒になってシューマンのミューズとなった。
そして、リヒテルの激しくも静謐な演奏は、
彼をシューマンの理想的な解釈者としている。」

これはよく言われることだが、
このCDでも、これは痛感させられる。

「マンチェスターのリサイタルで、
『幻想小曲集』作品12の、
第4曲、第6曲を省略しているゆえに、
問題視する人もあろうが、
彼は残りの曲の核心に迫っている。
各曲の異なる性格ゆえに見えにくいが、
全体としてこの曲は、
への音を中心にその回りを戯れ、
緻密な調性で結ばれている。
この曲の2曲をリヒテルが弾かない理由は、
今や分からないが、荒々しさを交えつつ、
彼の夢見心地の叙情を欠くことがない。」

「幻想小曲集」は、以下の8曲からなるとされる。
1.夕べに
2.飛翔
3.なぜに
4.気まぐれ
5.夜に
6.寓話
7.夢のもつれ
8.歌の終わり

「気まぐれ」と「寓話」が省略されたようだが、
これは、リヒテルが昔、メロディアのLPで出していた時も、
同じ選曲だった。

これはモノラルの時代のもので、
「フモレスケ」作品20とのカップリングで、
私は、何度も聞き込んだものだ。

私は、先年、この曲の実演に接したが、
リヒテルが省略した曲も弾かれると、
いきなり道に迷った感じになって困ったものである。

つまり、リヒテルはこの曲が好きで、
演奏する時は、この選曲をしていたということであろう。
そういえば、グラモフォンからも、
リヒテルのシューマンはLPが出ていて、
これも同様の選曲になっていた。

第2曲も、交響的な色彩とダイナミックスで聴かせ、
第3曲の秘め事風情も愛くるしい。
次に第5曲「夜に」が来る。

以下、このCDの解説、以下の部分が、
今回、最も印象的であった。

「『夜に』を書き上げたところで、
シューマンは、これが、ヘロとレアンドロスの物語を、
語っていることに気づいた。
レアンドロスは、恋人の点す明かりを元に、
闇の中を泳いで通っていたが、
ある晩、それが吹き消されたために溺死する。
リヒテルの解釈も同じである。」

この黒い渦を巻く作品が、
何故に、「夜に」という題名なのかが、
ようやく分かった。
昔から、こんな解説があったのだろうか。
中間部の静けさは、灯台の明かりが消えて、
途方に暮れた感じであろうか。
後半、確かにめちゃくちゃになって、
無我夢中の感じがこの演奏からもよく出ている。

しかし、シューマンの言ったのは、
他の曲とは無関係であろう。
続いて、第6曲は省略され、第7曲「夢のもつれ」で、
錯綜した感じになって、
リヒテルもへべれけの一歩手前まで行ってるのは、
ギリシャ神話の引用では解明不能。

終曲(第8曲)は、壮大なクライマックスであるが、
最初は晴れやかな祭典のファンファーレが鳴り響き、
明るい情景が繰り広げられるのに、
何故か、シューベルトの変奏曲同様、
尻すぼみ傾向である。

「終曲『歌の終わり』では、シューマンは、
秘密の婚約者、クララにあてて、
『最後に、喜ばしい結婚に向かって全てが身を委ねるが、
やがて、悲しみが戻って来て、婚礼のベルと弔いの鐘が、
同時に鳴り響くのだ』と書いている。」

この解説は、先のリヒテルのLPにも出ていたと思う。
私は、「結婚は人生の墓場」ということかと思っていた。

しかし、今回、これを読むと、
幸福と不幸が切り離せない、
シューマンの悲劇的な人生を暗示しているようで、
もっと切実なもののように思えて来た。

シューベルトも、
「愛を歌おうとすると、愛は苦しみになった」
と書いている。

さて、最後はドビュッシーである。

「このドビュッシーのアンコールは、
CD未発売のもので、リヒテルの他の面を見せる」
とあるが、
LPでなら、出た可能性はあるのだろうか。

BBCの正規録音なので、放送されたであろうから、
海賊盤が出たとしてもおかしくはない。


「すべての作曲家に、彼は個人的なアプローチをするが、
ドビュッシーでは、鍵盤自身が、
魅惑の対象となって、優れた技巧が色彩を探求し、
多彩な糸を織り込んで行くようである。
それに対するリヒテルが幻惑され、まるで、
演奏時に作曲されて行くように見える。」

ここに、このCD解説のタイトルの理由が出てくる。
「魅惑されて魅了する」とは、
リヒテル自身がピアノの音色に幻惑された結果を聴いて、
聴衆が魅了されるということなのだろう。

私には、この数分の演奏から、そこまで聞き取る力はないが、
繊細な演奏で、耳をそばだたせるのは確か。
とても美しい。

とはいえ、今回のCD、
最大の聴きものは、私にとっては、
シューベルトの「ヒュッテンブレンナー変奏曲」であった。

これを書き終わったところで、
ふと、アインシュタインあたりが、
この曲について、どんな事を書いているだろうと思い、
白水社の本を開いてみると、
なんと、私が思った事に似たことが指摘されている。

曰く、
「和声的な奇跡に充ち満ちている」
「特に上げるべきは嬰ヘ短調の変奏である」
「残念ながら終結部には最後の強化が欠けている」。

得られた事:「1817年はソナタの年であるばかりか、ピアノのための変奏曲の年でもあった。」
by franz310 | 2010-05-29 20:48 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その227

b0083728_14523996.jpg個人的経験:
シューベルトの
ソナタ第9番ロ長調は、
リヒテルが録音するまで、
まったく私の視野外にあったものだ。
だが、どうやら、
この英国の歴史的ライブ録音を集めた、
「BBC LEGENDS」シリーズにある
リヒテルのCD解説を読むと、
これは極東特有の現象ではなかったことが
よく分かる。


このシリーズでは、さすが大英帝国のライブラリーから、
という感じで、夢のようなライブ録音が多数出ているが、
今回の1979年3月31日の、
ロイヤル・フェスティバル・ホールでの録音は、
それほど貴重ではないかもしれない。

何故ならリヒテルは、同じ年の2月、
ユーラシア大陸を横断した島国で、
同種のプログラムのリサイタルを行い、
ビクターがめざとくこれに目をつけ、
当時最新のディジタル録音で収録、
「ライブ・イン・東京」というレコードとして、
早々に発売してしまったからである。

前述のように、私が、この曲を意識したのも、
この貴重なビクターの仕事があったからこそである。
しかし、当然、こうしたレコードは高価ゆえ、
学生であった私がほいほい買えるものではなかった。

このレコードは評判もよく、
レコード芸術では特選盤となったが、
中を見ると、
「厳格さより親密さを志向しているが、
情におぼれない強さを持つ」とか、
「作品としての問題点を感じさせる以前に、
ある真実の表現をもった音楽として直接心に訴える」
など、
変な曲だけど、リヒテルだから許す、
みたいな乗りの評価を読むと、
あまり欲しくはならない。

ということで、
このリヒテルの弾くシューベルトの初期ソナタ、
知っていたが、聴いたことはない。

この頃になると、リヒテルは、
何だか教祖的存在になっていて、
変人ピアニストが、変な曲を集めてきたぞ、
といった印象の方が強かったような気もする。

私も、リヒテルの弾くシューベルトの、
例えば13番D664など、
古くから有名なレコードに、
何となく、重苦しい気分を感じ始めていた。

そして、「ます」の五重奏曲などでは、
私は完全にリヒテルに失望することとなった。
リヒテルは出来不出来が激しく、
スタジオ録音では生気を失ってしまうという話も出てきた。

さて、今回のこのCDだが、
ライブ録音なので、期待が持てる。

デザインはこのシリーズ特有の抽象的なものだが、
セピア調の写真が、
往年の大ピアニストを偲ぶ感じになっている。
しかも、この神経質な巨人が、
比較的温厚な表情を見せているのもうれしい。
1998年の発売のようで、
リヒテルの没後1年というタイミングである。

収録は9番、11番、13番のソナタに加え、
楽興の時から1曲が選ばれている。

解説は、まず、
20世紀を代表するピアニストだった、
このピアニストの生い立ちから、
この解説は始まっている。
Shris de Souzaという人が、やはり1998年に書いたものだ。

「スビャトスラフ・リヒテルは、
今や、20世紀最大のピアニスト
としての地位を確立している。
彼は同時に、
力強いと同時に特異な演奏スタイルにおいて、
最も個性的なピアニストであった。
リヒテルは1915年に生まれ、
作曲家でオルガン奏者であった父親が、
その最初の音楽の手ほどきをしたとはいえ、
彼はピアニストとしては独学であった。
わずか15歳でオデッサオペラの練習ピアニストになり、
3年後に主席指揮者のアシスタントとなった。
1937年、モスクワ音楽院にて、
高名なハインリヒ・ネイガウスの
ピアノ・クラスに入るまでに、
リヒテルは人格的にも成熟しており、
経験を積んだ実践的な音楽家になっていた。
1942年、プロコフィエフの第6ソナタを初演、
さらに後年、第7や、彼に捧げられた第9を初演、
オデッサ以降、彼が指揮をしたのは、
ロストロポーヴィッチが独奏を受け持った、
プロコフィエフの改訂された、
『交響協奏曲』の初演が最後であった。」

私にとっても、リヒテルは、
プロコフィエフのスペシャリストとして
早くからインプットされており、
モノラルではあったが、
これらソナタ7番、9番のLPは、
私が学生時代に安く出ていたので、
ロストロポーヴィチと共演した、
チェロ・ソナタなどと同様、
愛聴盤になっていた。

また、ピアノソナタ第6に関しては、
当初、リヒテルが了承していないLPが、
大手レーベルから出回って大問題になり、
CD時代には、リヒテルが承認したということで、
マイナーレーベルからライブ録音が出た。

プロコフィエフの伝記を読んで、
必ず出てくるのが、
この「交響協奏曲」初演のエピソードだが、
指揮はリヒテル、とあって、
混乱しそうになった。

瞑想的なピアニストと思えるリヒテルが、
かくも長大かつ複雑な作品を、
指揮している姿が想像できなかったのである。

が、オペラの練習ピアニストから、
指揮者のアシスタントをしていたとあるから、
そうした事も起こりえたということだろう。

「彼は1960年まで西側に現れなかったが、
たちまち聴衆に愛されるようになった。
その登場は実に待ち望まれたもので、
その雰囲気はこのBBC放送の録音からも感じることが出来よう。」

50年代の録音から、リヒテルの演奏は、
西側で広く知られているが、
これは機材を東側に運んで行われたものである。

「1979年、ロンドンのこの演奏の録音まで、
リヒテルは神秘的な存在であった。
この時のプロデューサー、
ミッシャ・ドナートによると、
このホールで決してリヒテルは練習しなかったので、
バランスチェックの際には、
他のピアニストが代役に立つ必要があった。
彼はコンサートにただ現れ、
演奏し、BBCのプロデューサーと、
一言も言葉を交わさず会場を去った。
恐らく、これらの作品を、
このような深く集中して演奏するためには、
どうでも良いことだったのだろう。
同様に、ドナートと録音技師もまた、
こうしたクオリティーで、
多くの商業録音が捉え損ねた、
リヒテルの演奏を忠実に捉えたことに対し、
称賛を受けるに値するだろう。」

私は、これを読んで驚愕した。
ミッシャ・ドナートは、
前回、内田光子のシューベルトのCDの、
英文解説を書いていた人である。

あの解説を読む限り、ドナートは、
かなりのシューベルト通であるから、
このリヒテルの録音を担当した時には、
ものすごく興奮していたに相違ない。

「リヒテルは、シュナーベル以降、
シューベルトのソナタをまじめに取り上げた、
最初の偉大なピアニストの一人であった。」

という風に、私が冒頭に書いた、
リヒテルこそが、シューベルトの重要紹介者、
という説が展開されている。

先のプロコフィエフのLPを買った頃、
私は、リヒテルの弾く「変ロ長調D966」のLPも購入し、
こちらは廉価盤ではないので、
かなりの勇気を必要としたが、
聴いて驚いた衝撃は、プロコフィエフの比ではなかった。

プロコフィエフの演奏もすさまじいものだったが、
このシューベルトは、恐ろしいものを見た感じであった。
リヒテルは、非常に音楽に妄想する音楽家であったらしく、
様々な黒々としたもの、
あるいは、喪失感のようなものが暴き出されて、
それが聞き手の前に披露されていくのである。

「19世紀の大部分と20世紀の最初の半分は、
シューベルトは、最後のいくつかの
偉大な作品で到達したものを、
完全に利用する前に亡くなった、
いわゆる未完成の
器楽曲作曲家と見なされていて、
その音楽は若書きにすぎず、
形式的に未熟で、絵のようで、とにかく叙情的
と考えられていた。
しかし、シューベルトのソナタを一見するだけで、
喜ばしい音の繁茂の下に隠れた、
強固な構成、
キーポイントが見事な転調によって、
強調された神秘的な和声の支配力が明らかになる。」

これでは、初期のシューベルトの作品が、
思ったよりいいじゃん、というレベルで終わってしまうが、
おそらく、リヒテルは、
それを単に紹介したかっただけではあるまい。

第4や第7など、完成したソナタを押しのけて、
未完成の「11番ヘ短調」にこだわっているのも、
大変、気になる点である。

「若者が書いた音楽という点では、
そうかもしれないが、
それ自体が悲劇である。
彼は若く、若くして死んだ。
モーツァルトのように。
しかし、そうした感傷に耽っていたら、
我々はその音楽に充満した、
苦さ、孤独、深い絶望を見のがすことになる。
これらが、リヒテルがこれらのソナタを弾く時に、
我々が感じるものであって、
おそらくドイツの伝統の外で訓練されたピアニストゆえに、
こんなにも徹底的にこれらの要素を暴くことがのであろう。
彼のシューベルトのアプローチは、
経験的に得られたもので、
独学のピアニストにふさわしい。
それは自然かつ辛辣で、うわべを飾るものではない。」

ということで、
これらの「苦さ」、「孤独」、「絶望」が、
最後のソナタ「変ロ長調」のみならず、
20歳のシューベルト作品にも、
聞き取れるということであろうか。

「そして、一度、彼が、力強い独創性で、
これらのスコアの真実をさらけ出すと、
西欧における意見が変わった。
リヒテルが、堂々とした形式感で、
音響の巨大建築のように、
いわゆる『レリーク』と呼ばれる
未完成のハ長調ソナタを演奏した録音を、
初めて聴いた時、
私は啓示的なものを感じた。」

先に、私がリヒテルの弾く、
「変ロ長調ソナタ」について書いたが、
同じように、このSouzaさんも、
「ハ長調ソナタ」を引き合いに出した。

それにしても、この例えも、非常に分かりやすくてよい。
原文には、「massive columns」とあり、
つまり、「どっしりとした柱廊」といったニュアンスである。

この「レリーク」は、フィリップスの録音で聴けるが、
メロディアから出ていた「16番」「17番」も、
これまた素晴らしい演奏であった事も、ふと思い出した。

しかし、こうした後期作品ではなく、
初期作品ですら、シューベルトは、
絶望や孤独を歌っているのだろうか。

私もSouzaさんも、引き合いに出す曲が悪かった。
後年、成長するシューベルトと、
20歳のシューベルトが同じだという暗黙の了解となっているが、
本当にそうなのだろうか。

同じように聴けばよいのだろうか。

「シューベルトがロ長調ソナタを作曲した時、
彼はたったの20歳であったが、
たちまち、最も先鋭な挑戦者の姿を現した。」
と、Souzaさんは書いているが、
挑戦者が、いきなり、
「絶望」や「孤独」で挑戦するというのも、
変な感じがするだろう。

さて、以下、各曲の解説が始まる。
一曲目は「第9番ロ長調」である。

基本的にテンポはゆっくりめで、
最初の和音からフォルテッシモまでも、
それほど攻撃的ではなく、
極めて自然な流れになっているのは素晴らしい。

「第1主題の広い跳躍は、明らかに、
演奏行為の最中の喜びから来ている。」
と、解説にもあるが、
「不機嫌なソナタ」と思われたこのソナタが、
妙に楽しいソナタになっているのはどうした事だ。
いったい、どこに、絶望や孤独があるのだろう。

打ち鳴らされる和音が、まるで、痛くない。
リヒテルは、むしろ、
シューベルトの霊との交感を楽しんでいるようである。

「シューベルトは、我々が想像している以上に、
ソナタを自由に弾きこなした。
ベートーヴェンも同様の跳躍を楽しんだが、
それほどまでに見境のない様式ではなく、
シューベルトはさらに展開部の可能性を探究する。
彼は、第2主題のためにト長調、
終了時に予想される、
ロ長調への回帰の前にホ長調へ、
何度も調性記号の変更を行って、
和声のさすらいを図る。」

この解説はさらりと書いているが、
第1楽章における調性の推移は、
後の楽章の調性を予告するというのである。

「続く楽章の調性にも同様のことが起こり、
ホ長調のアンダンテ
(第1楽章で暗示される調性シーケンスからすると、
これは本来、第3楽章におかれていたと思われる)
ト長調のスケルツォと非常に短いトリオ、
第1楽章と同様、独創的な終曲の調性も例外ではない。」

という風に、かなり野心的な設計がなされた作品ということだ。

「第2楽章は、静かに沈思する開始部から、
大きく跳躍する左手のオクターブによる、
シューベルトの多くの緩徐楽章で見られる、
力強い中間部に展開される。
中間部のさざ波のような部分は反復時にも続き、
最初の主題の性格を変容させる。」

この楽章の瞑想的な歌わせ方などは、
いかにもリヒテル的で、たっぷりと深い響きで、
そこから、心が高鳴るところも、
刺激的ではなくむしろ自然で、
弱音を織り交ぜながら、
密やかに心を高ぶらせていく点が味わい深い。

スケルツォの解説は抜けているが、
リヒテルの演奏は、単に丁寧にゆっくりなのか、
惰性でこうなったのか、
そこに何かを見ているのか、
ちょっと分かりにくい。
トリオでは生気を取り戻すが、
いくぶん、攻めあぐねているようにも見える。

「終曲はロンド形式の変形で、
展開部に軽快な第3主題を有する。」

終曲は、これまた、陽気なもので、
じゃららんじゃららんでかき乱す部分以外は、
シューベルト初期の交響曲の、
青春の香りを放つ推進力を想起させて美しい。

後期作品に、Souza氏が見たような「孤独感」などが、
この演奏にあるかと言えば、そんな事はなさそうである。
むしろ、喜ばしい感情がみなぎっていて、
聞きやすさでは随一のロ長調ソナタになっている。

したがって、変ロ長調D960や、
レリークD840の衝撃を期待してはならない。

次に収録されているのは、
第11番とされるヘ短調D625である。
この作品になると、比較的録音が多くなるが、
あくまで未完成作品。

多くのピアニストは、シューベルト以外が、
補筆したものを弾くが、
リヒテルは未完成作品をそのまま提示して見せた。

「ロ長調ソナタの後、一年後、
シューベルトが彼女らのために、
ピアノ連弾の成功作を書いたほど、
すぐれたピアニストだった
エステルハーツィ家の姉妹の、
音楽教師をしていた間に、
ヘ短調ソナタが書かれた。
スタイルの点で、それはすでに前の作品から、
別世界を拓き、シューベルトの心と指は、
当然、新しいピアノの音響をめまぐるしく開拓し、
ショパンを予測させる。
奇妙なことに、彼は第1楽章を、
未完成のまま残した。
リヒテルは、そのまま弾いていて、
突然の中断を予測させることなく、
あえて弾き終え、ここで、聴衆を困惑させる。」

東京ライブも同様で、
楽章途中で未完成のままの作品を、
そのままにして演奏したレコードなど、
当時、珍しかったのではないだろうか。

こうした事も、私がこのLPを買うのを妨げたと思う。
しかし、未完成交響曲の第3楽章のような、
ちょっとだけ書かれて未完成ではなく、
ほとんど完成間近のものを放置したという感じで、
あまり、そこは強調するべきでもない。

ショパンを想起させるかはともかく、
バラード調のニヒルな作品で、
冒頭主題から、強烈な魅力を発散しており、
リヒテルのピアノは、ここから、
濃厚な幻想を羽ばたかせて美しい。

ロ長調作品は、時折、ぎくしゃくした響きが、
苦みを残していたが、
この作品もまた、アクが強い楽想が頻出し、
不連続なパッセージが置き去りにされていたりで、
その後継者であることは間違いない。

しかし、より自然な流れ、楽想の魅力で聴かせ、
後のイ長調D664などより、後期ソナタを予告するものを感じる。

執拗なリズムの反復や、まるで独白のような、きらめく装飾音など、
遠くヴィーンを離れ、エステルハーツィでの寂しい体験が、
何か彼の心に影響したのであろうか。
みゃくみゃくと息づいて流れる楽想は、
最後のソナタに直結しそうである。

特に、未完成部分に続く最後の部分など、
シューベルトの迷いが生々しく感じられて面白い。
作品はほとんど完成されているが、もう一息、
最後の羽ばたきをすると、
冗長になりすぎはしないか、
完成度が低くなってしまわないか、
そのあたりの心配があったような感じ。

その迷いを打破するような、
第2楽章スケルツォの入り方が、これまた面白い。
何となく、逡巡している後ろ姿を見て、
背中を後押しするような風情である。

解説はややこしいことに、
先に緩徐楽章の解説を書いているが、
実際は、奇想曲風のスケルツォが演奏されている。

「変ニ長調の緩徐楽章は、
『アダージョとロンド』作品145(D505)として、
独立して出版されていたもので、
恐らくシューベルトの兄、
フェルディナントによる手書きのカタログは、
これがこのソナタの第2楽章であることを示している。」
下記のように、ベートーヴェンの「第九」型の楽章配置。

「リヒテルは通常、第3楽章とされる、
スケルツォの後に弾いている。
スケルツォの調性はホ長調で、
両調性の共通の主音3度である、
変ト=変イになるまで、
ヘ短調からずっと離れた感じがする。」

この緩徐楽章は、これまた美しいが、
聴衆がまだ咳をしているのに、
リヒテルはおかまいなしに演奏に入って、
このソナタの楽想の流れの連続性を重んじている。

このダイナミックなソナタの中で、
異彩を放つ、静謐さで、星もきらめく
ロマンティックな夜の音楽となっている。
シューベルトのピアノソナタの中で、
ここまで静謐さに徹した緩徐楽章も珍しい。

「終曲は、
ベートーヴェンを崇拝しながら、
まったく異なる個性であることを、
完全に意識していた若い作曲家が、
おそらく意識的に、
やはりヘ短調である
『熱情ソナタ』の影を引きずっていて、
おそらく、それが、この楽章をやはり、
未完成に終わらせたのかもしれない。」

ということで、終楽章もきず物という事で、
満身創痍のソナタであるが、
確かにベートーヴェン風に推進力のある終楽章である。
リヒテルは、魔術のように音楽を巨大化させ、
ものすごいモニュメントを打ち立てる。

シューベルトは、書こうと思えば、
こうしたものも書けたのだが、
シューベルトらしいのは、こうした楽章でも、
中間部では、時間が静止して、
大きく呼吸するような歌謡性を取り入れている点。

しかし、この楽想とて、非常に英雄的になり、
さらに、ファンファーレのような楽想も出て勇壮無比。
これまた、第1楽章と同様、そのまま終わればいいのに、
という状態で、ぷつりと立ち消えになる。

そんな事情があっても、未完成楽章は、
いずれも6分以上の演奏時間があって、
後は、想像にまかせる、といった風情もある。
小説の中には、こうした作品も多いので、
これはこれで、私は不満は感じなかった。

ロ長調ソナタは平易になり、ヘ短調ソナタは劇的になって、
後期ソナタの演奏で、リヒテルに期待出来るような、
エキセントリックな世界が提示されているわけではない。

東京ライブは2曲がLP両面に収められていたが、
ここでは、さらに13番のソナタが収録されている。

「シューベルトの次のソナタは、
イ長調D644で、ヘ短調の翌年に書かれた。
一見、天才の無尽蔵の源泉によって、
より個性的で技巧的に優美な前の作品を、
はるかに引き離している。
それは、彼の、
『最も簡潔なソナタにして、最も完全なもの』
の一つとされてきた。
その歌謡的なオープニングから、
典型的なシューベルトで、
穏やかで簡単すぎないアルペッジョの伴奏から、
よりロマンティックな
ブラームスのピアノ書法を思い描く。
この作品が、事実、
何年も後に思い出された、
シューベルトの友人、
ヨゼフィーネ・フォン・コラーという、
若いピアニストのために書かれたのだとしたら、
彼女はかなりの能力だったはずである。
そして、シューベルトは、
第1楽章展開部の、劇的なオクターブの頻出によって、
彼女を賛美する。
リヒテルのオクターブの扱いは興味深い。
彼は、それらを怒鳴り散らさず、
すべての楽章のコンセプトとして利用している。」

ずっと一般論でシューベルトを述べていたSouzaさんは、
ここに来て、遂に、リヒテルの演奏にまじめに向き合うが、
確かに、この聞き慣れた明るい曲になると、
リヒテルの重厚な音楽作りが、妙に不気味である。
すべての音が主張しあっており、
あちこちでぶつぶつと声がして怖い。

実に怖い。
この楽章12分もあったっけ。

「緩徐楽章のアンダンテは、
音階の第六音への依存が、
素朴な性格を与えている。
しかし、インターバルをもった
音階の上昇下降が、
遠く離れた山脈をほのめかし、
悲嘆に打ち勝つための
一抹の悲劇的崇高さを加える。」

この楽章も驚倒もので、
静かに息をひそめた表情で押し通して、
客席の咳の方がうるさい位である。
密やかなメロディが立ち上がる時の神秘。

これまた、恐ろしい演奏である。
ピアニストは、完全に向こう側の人になってしまっている。
この緊張の後、聴衆は堪えきらずに咳をしているが、
続けざまにリヒテルは、次の楽章で音楽を解放する。
ものすごい拍手である。

「この後にメヌエットを続けるのは、
ふさわしくないと考えたシューベルトは、
3楽章のソナタは多く書かなかったが、
急速な指遣いのアレグロで終えた。
この設計は、展開部の代わりに、
陽気な新しい主題の登場で興味深い。
最初の主題が出るが、正しいイ長調ではなく、
ニ長調になっている。
ここまで、シューベルトは、
ソナタの調性をあいまいにして、
最後にそれを強調する工夫をした。
第1主題から最後に第2主題が現れる際、
ニのサブドミナントで再現し、
あたかも、同じ調性の
第1主題の繰り返しのようにして、
単純な再現よりも強調している。」

よく分からないが、音楽之友社の、
「名曲解説ライブラリー」では、
「再現部は、まず下属調のニ長調で
第1主題が奏されて始まる。
・・経過句を経て、・・第2主題がイ長調で再現される」
等々が書かれている。

「アンコールとして、
リヒテルはシューベルトの『楽興の時』の
第1曲を演奏している。
これは彼の成熟期の作品で、
新しいジャンルのもので、
後のピアニストコンポーザー、
シューマン、ショパン、ブラームスの、
沢山の自立した小品が追随した。
長いソナタの一部よりも、
形式的に自由で、
性格作りやムード、雰囲気に、
作曲家の天才が発揮されている。」

この曲の録音は予定されていなかったのだろうか、
あるいは、リヒテルがいきなり弾き始めたのか、
妙にノイズが多い録音となっている。
これも大変ゆっくりと、
幻視者は作曲家との語らいを楽しんでいる。

得られた事:「リヒテルのシューベルトは世界現象であった。(今回も、13番のソナタの巨大な感情の振幅に圧倒される。)」
「ただし、リヒテルが弾く初期ソナタは、特に巨大な問題を提示するものではなく、むしろ、シューベルトの魂との親密な交感を感じさせるものである。」
by franz310 | 2010-05-23 14:52 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その226

b0083728_2227972.jpg個人的経験:
20歳のシューベルトが書いた、
1817年のソナタ集を聴いているが、
完成された曲、未完成の曲、
いろいろ合わせて6曲を数える。
今回、ようやく、
頭の整理が出来てきたが、
これら6曲、様々な評価があるようだ。
例えば、前田昭雄氏などは、
その代表作として、D575の
ロ長調(第9番)を挙げている。


新潮文庫の中で、
「このソナタは交響曲的振幅をもった主題法で、
独自の力強い世界をきり拓いていく。」
と書き、
「ここには二十歳に達したシューベルトの独自の世界があり、
ベートーヴェンからロマン派にかけての
ピアノ・ソナタの発展のうちで
一つの立派な発言となっている」と続けている。

私は、この不機嫌なロ長調ソナタが、
本当に、そんなに良い曲か、
あまり自信を持って断言できないが、
リヒテルやこの内田光子なども録音しているので、
シューベルト初期のソナタの代表作と呼んで良いのであろう。

4楽章構成のがっしりとした曲である。
その昔、「シューベルトのソナタ」など、
13番イ長調以降しか知られてなかった頃、
13番、14番が3楽章形式の曲だったので、
当然、若い頃の作品は3楽章で小規模だと思っていた。

19歳から20歳頃の作品である、
ヴァイオリンのソナチネなども、
小柄の作品なので、
初期は習作だから、
簡単なところから行ったのだろう、
などと単純化して考えていた。

しかし、内田光子の盤でも、
この初期の作品、第9ソナタ、
第1楽章8分、第2楽章6分、
第3楽章6分半、第4楽章5分半と、
計25分を越える作品ではないか。

このCD、内田光子が、モーツァルトに続いて、
シューベルトを集中的に録音した時のもので、
1998年のもの。
エリック・スミスという名プロデューサーのものである。

彼女は、中期以降のソナタはすべて収録し、
即興曲や楽興の時を含め、
8枚かの集大成としたが、
初期ソナタは、完成作とされる、
第4、第7、第9を残らず録音しているので、
この第9が一番好きかどうかは分からない。

この一連のシューベルト集は、
すべて、ピアニストの頭部の
拡大写真が表紙写真に使われていたが、
この9番、16番を収めた盤では、
非常にストレートな正面肖像写真となっている。
表紙で選ぶなら、このCDであろう。

Suzie E.Maederという人の写真だというが、
この何の迷いもなく、
こちらを見据えたピアニストの表情が、
巫女のような印象を放って効果的である。
最初はどぎつい表現だと思ったが、
よく見て飽きない写真である。

かつてのフィリップスに君臨した、
欧州で活躍する日本人ということか、
内田光子と小澤征爾の違いが分からないという、
名言を聞いたことがあるが、
そうした人は、このCDを手にすればよい。

この写真にあるように、ここでのシューベルト演奏も、
自然体のものでありながら、彫琢を凝らした名演である。

あと、中のブックレットを見ると、
使用楽器はスタインウェイというばかりか、
1962年製と特記してあるのはどういうことか。
なにがしかのこだわりの名機なのであろう。

内田の肩の力を抜いた、
それでいて細部にまで血の通った弾きぶりに応え、
ピアノもまた鈴を振るようなピュアな音色で、
あるいは、多彩な色彩で全曲を彩っている。

しなやかな語りかけと、勇壮な士気を両立させたこの解釈は、
これまた不機嫌な感じではピカ1の「第16番イ短調」を、
素晴らしい親密感を持って歌わせている。
ついつい、身を乗り出し、
耳をそばだててしまうような慈しみが感じられる。

そのせいか、第1楽章の最後の絶叫のようなフレーズも、
無責任にヒステリックになったりせず、
何か、それを、同時に、
責任を持って受け止めるような表現になっている。

Misha Donatという人が解説を書いているが、
収録曲順とは逆に、初期のソナタから書かれている。

「1817年は、シューベルトがピアノソナタの芸術を、
マスターする努力を計画的に行った年と見ることが出来る。
当時、彼はちょうど20歳で、
すでに最初の6曲の交響曲、
約1ダースの弦楽四重奏曲を書いていた。
1817年に最初に作曲したピアノソナタは、
イ短調D537で、このジャンルの作品では、
最も自信に溢れ、その調もまた、
後年、彼が、さらに2曲を生み出すべく、
立ち返るものであった。
さらに、彼が最後から二番目のソナタ
D959の終楽章で借用するのが、
中間楽章のテーマであるほどに、
シューベルトはこの曲に入れあげていた。
1817年の続編ソナタは、
さらに実験的な枠組みを心に抱き、
嬰ヘ短調、変ニ長調、ロ長調といった
通常使われない調性の探索を行い、
いくつかの作品は断片として残されることとなった。」

何だか、第4番イ短調D537の宣伝のような解説であるが、
次のように、ようやく、ロ長調ソナタの解説が始まる。
しかし、これまた、不思議極まるお話が聞ける。

「この極めて特殊な調性にも関わらず、
シューベルトはソナタロ長調D575を完成させた。
全四楽章のスケッチは残されているにも関わらず、
ソナタの自筆譜は紛失している。
シューベルトの若い頃のピアノソナタは、
生前に1曲も出版されていないにも関わらず、
作曲家の幼なじみのアルベルト・シュタッドラーが、
若いピアニスト、ヨゼフィーネ・フォン・コラーのために、
写筆譜を残しておいてくれたおかげで、
この曲は幸いにも生き残ったのである。」

五重奏曲「ます」でも活躍するシュタッドラーが、
ここでもまた、作品の伝承に一役買っていたということだ。
しかも、第13番のソナタの成立にも関与しているとされる、
コラー嬢が、まさか、こんな形で登場するとは思わなかった。

「シューベルトは、1819年の夏、
後に、さらに大きなイ短調ソナタD845を演奏する、
上部オーストリアのシュタイアーで、
彼女と家族の知己を得た。
シューベルトはここから、
兄のフェルディナントに手紙を書いている。
『昨日、非常に激しい嵐がシュタイアーを襲い、
女の子が一人亡くなり、
二人の男の腕が不虞になりました。
私が滞在している家には、
8人の女の子がいて、ほぼ全員が美人です。
僕が沢山の仕事を抱えていることが分かるだろう。
フォーグルと僕が食べさせてもらっている、
コラーさんの娘はとてもきれいで、
ピアノも上手で、僕の歌をいくつか歌う練習をしている。』」

この手紙も有名なものだが、
泊まっている家と、
食事をさせてもらっている家について、
それぞれ、娘の話しかしておらず、
その間に、「忙しい」と書いているが、
シューベルトは、どんなお相手をして
忙しかったのだろうか。

しかし、シュタッドラーは、何時、
シューベルトのソナタを写譜したのだろうか。

シューベルトは、この時点で、
第4と第7の2曲の完成作を持っていたはずだが、
他の2曲ではなく、このロ長調を選んだのは誰か。

あるいは、1819年にシューベルト自身が、
自信作として、シュタイアーに持って行ったのだろうか。

「シューベルトが、シュタッドラーの詩によって、
『名の日の歌』D695を書いたのは、
1820年、ヨゼフィーネの名の日用だった。
よく知られたイ長調ソナタD664もまた、
彼女のために書いたのかもしれない。」

これは、よく引き合いに出される話だが、
本当の事を、これが証拠だ、と書いたものを、
私は読んだ事がないような気がする。

「ある機会に、シューベルトと友人達は、
グループで『魔王』を演奏した。
シュタッドラーはピアノを受け持ち、
シューベルトは父親、ヨゼフィーネは子供、
フォーグルは魔王を受け持った。」

これもまた、大変、有名なエピソードであろう。
その素晴らしい夕べに立ち会いたい気持ちが高まる。

「ヨゼフィーネが、シューベルトのロ長調ソナタの
第1楽章の中で起こる様々な出来事を見て、
何と思ったかを知るのは難しい。
この作品は、最初の音符の、
我の強い軍隊調で支配されている。
第1主題の次第に広がるメロディのインターバル、
単音と幅広い和音の絶え間なき交錯が、
展開部では、めざましい様式に洗練される。
和声的にも、シューベルトは最も冒険的で、
たった10小節で現れる最初のフォルテッシモは、
非常に離れたハ長調の和音において、
何の警告もなく現れる。
それだけでは足りないかのように、
少なくとも三つもある続く主題は、
すべて異なる調性で現れる。」

私は、こんな冒険的な作品を、シューベルトが、
コラー嬢のために持って歩いていたとは考えられない。

ひょっとしたら、最も野心的な作品として、
シュタイアーへの旅行の際に、
鞄に忍ばせていた、ということかもしれない。

シュタイアーの旅は、幸福な事ばかりに見えたが、
最近、少し、妙な事が気になっている。

というのは、今回の作品もそうだが、
「ます」の五重奏曲も、イ長調のソナタD664も、
みな、シュタイアーがらみのものは、
自筆譜がなくなっているのである。

誰かが私物化したか、あるいは、
シューベルトからもらったものを、
ぞんざいに扱ったということだろうか。

「軍隊調」と解説にあったが、
内田の演奏も、若さの気負いを表現してか、
ものものしく大仰な表現で始まる。

テンポをゆったりととって、
刻一刻と陰影を変えて変化する、
気まぐれとも思える楽想を、
まるで、風景の移り変わりのように、
風のそよぎ、雲の流れの感触へと変えて行くのは素晴らしい。

「何の警告もなく」と解説にもあったが、
しかし、冒頭の「だだだーん」が、
唐突に夢を破るのは何故なのだろう。

現代でいえば、
楽しい高原列車の旅が、
突然の脱線事故に遭う感じ。
あるいは、天を突く雄峰が、
突然、前方の眺望に現れる様であろうか。

が、そんな楽しい景色の中に、
シューベルトが遊んだような時期のものではない。

「緩徐楽章は、
めまぐるしい左手の力強いオクターブを伴う、
中間部、短調部分のエピソードの、
暴力的な部分が特筆されるべきである。
シューベルトらしい感情表現だが、
この中間部の音型は、
この楽章の最初の主題が戻ってくるまで、
底流している。」

解説は「暴力的」な点のみを特記しているが、
むしろ、この第2楽章は、
夕暮れの情景のように美しく、
しみじみと想いを馳せる様に、
類似の感情を思い出す。

「シューベルトのスケルツォは、
ベートーヴェンのものよりも、
一般的にもっと優しいもので、
このソナタの第3楽章も例外ではない。
この魅惑的な筆遣いの中、
その前半の終結のフレーズは、
スプリングボードとなって、
後半部を新しい調に投げ入れる。
トリオは優しく流れるレントラーである。」

解説の前半は、特に書く必要もないような内容。
この妖精のようにつかみ所のないスケルツォもまた、
内田の演奏では、余裕のあるテンポ設定で、
あえかな色彩感や無重力感をよく出している。

トリオはさらにテンポを落とし、
失速寸前になりながら、
この絵画的な楽章に奥行きや、
広がり感を与えている。

「フィナーレについて言えば、
メインテーマを予告する、
オクターブの小さなフレーズが統一感を出し、
同様のアイデアが提示部の終結部をもたらして、
その反転形が、
展開部の奇妙にも子供じみた開始部に続く。
このソナタは、シューベルトの中で、
最も素っ気ないと言えるようなコーダ、
断固たるロ長調の和音で終わる。」

まるで、あちこちドリルで工事されたような、
遊園地のような楽章である。

全体的に、工事中の立て看だらけのような、
このソナタを、果たして、何故に、
シュタイアーの友人が写していたのだろうか。

内田の演奏はさらに慎重になって、
どこにも弾き飛ばしがないようにと、
心を砕いた表現。

丁寧に音色や強弱を対比させて、
複雑な曲調を描き分けているが、
これまた、失速寸前まで行って、
展開部に入る。

ばきゃんと看板にぶつかって終わるような終結。
変なソナタである。

さて、ここからは、名作である16番のソナタの解説が始まる。
こちらのソナタは、昔から聴き知った名作で、
内田自身も、より気構えのない表情を振りまいて魅惑的。

「1825年5月20日、シューベルトは、
再度、シュタイアーを訪れるべくヴィーンを発った。
最近完成させたイ短調ソナタD845を携え、
このソナタの緩徐楽章を自身で演奏した時、
彼は誇らしげに両親に報告している。
『何人かの人は、私の手の下で鍵盤が、
歌い出すのを聴いたと言いました。
それが本当なら嬉しい事です。
何故なら当代随一のピアニストさえ好む、
呪わしいぶつ切りは、耳も心も楽しませないし、
耐えられないからです。』」

内田の解釈もまた、呪わしいぶつ切りとは無縁で、
息づくような強弱やテンポの変化が絶妙で、
その意味で、とてもよく歌っているピアノと言えよう。

「シューベルトはヴィーンに、
このソナタの写しを置いて来たのであろう。
何故なら、シュタイアー滞在中、
出版社の代表アントン・ペンナウアーから、
作品の試し刷りの準備が出来、
オーストリアのルドルフ大公に献呈する、
公的な許可を待っている状態であるという、
手紙を受け取っているからである。
ソナタがベートーヴェンの熱心なパトロンに贈られたのは、
シューベルトによるものか、
出版社によるものか分からないが、
シューベルトはその創作力が最高のレベルと、
比べられるにふさわしいという自信を
感じていたに違いない。」

ここで、このエピソードを出してくれたのも、
この解説を読んで良かったと思える点である。
私は、これまで、勝手に、シューベルトか出版社が、
ルドルフ大公の名前を使っていたのかと思っていたのだが、
これを読むと、大公も、
それなりに吟味して受け取ったように思えるではないか。

ベートーヴェンのあの崇高な作品群を受け取った人である。
それなりの鑑識眼は持っていたはずだ。
最終的に献辞付きで出版されたのだから、
それなりの作品として、当時から認められていたのであろう。

「この作品は彼のピアノソナタの最初の出版作品となり、
それにふさわしく、『第1グランドソナタ』として登場した。
この作品に取りかかる2、3週間前に、
シューベルトは同様に野心的な、
ハ短調ソナタ(いわゆる『レリーク』D840)を試みたが、
彼は明らかに後半二つの楽章に不満を持ち、
共に未完成に終わらせている。」

「レリーク」を中断させ、「グランドソナタ」を完成に導いたのは、
スケルツォ以下のできばえの差異によるのだろうか。
このあたりの研究はあるのだろうか。

「イ短調ソナタの最初の数小節は、
放棄されたハ長調ソナタの冒頭と同様の衝動が見られ、
共に、単純なオクターブのフレーズに、
優しい和音の繰り返しの中、
なめらかな、ほとんど聖歌とも言える応答がある。」

ハ長調ソナタは、前半2楽章は、あるいは、
イ短調より壮大なスケールを持っているとも見えるが、
確かに、よく似た楽想である。
聖歌かどうか分からないが。

「イ短調ソナタの寒々としたムードは、
ハ長調の舞曲風の開始部と共に、
次第に明るさを増すが、
シューベルトはすぐに短調に戻し、
冒頭のテーマはさらに切実な表現となる。」

私は、ポリーニの盤が出た時から、
この曲とは付き合っているが、
この短調と長調の繰り返しに、
当惑しまくったのを思い出した。
いったい、これによって、作曲家は、
どこに行きたいのだろうか。

酒に酔って、ああだこうだと、
とりとめのない戯言を言っているようである。

しかし、展開部に至り、
ベルリオーズの「幻想交響曲」ではないが、
薬におぼれ、幻想の中に沈み込んで行くような感じとなる。
それからが一種異様な鬼気迫る説得力で、
推進していくのが不思議。

「こうした出来事の驚くべき行程は、
再現部の形にドラスティックに帰結する。
主調のメインテーマを増幅させての再現によって、
繰り返しが多いという危険を避け、
シューベルトはメインテーマを無視して、
エネルギーの連続した爆発の中で、
展開部と再現部を融合させて結合させている。
これは素晴らしいインスピレーションで、
この作曲家のこれまで書いたものの中で、
疑いなく、最高の第1楽章の中でも、
最もめざましい瞬間の一つであろう。」

内田のピアノは、この曲が愛おしくてたまらない、
といった風情が、特にこの楽章では微笑ましい。

「緩徐楽章は、シューベルトによる
最も独創的な変奏曲である。
特に、各テーマ後半、最後のカデンツが、
続く変奏曲に和声的に変わっていくという
アプローチ手法は絶妙である。
第2変奏は、開始部では短調だが、
これは続くハ短調の変奏の前兆となっている。
代わってハ短調の変奏は、
残る楽章の印象に影を落とし、
特に最後の変奏では、
デリケートな、ホルン信号が、
長調と短調の間を揺れ動く。
最後にホルンは遠くに去り、
この楽章は完全な沈黙の中に終わる。」

私は、この緩徐楽章が、
妙に地味なものと思っていたので、
シューベルトが両親に送った手紙が、
本当にこの作品に関してのものだったのか、
最初は疑いを持ってさえいた。

わざわざ、上部オーストリアに出かけてまで、
披露するような華麗さがあるわけでもなく、
終止静かに語られるような風情。

しかし、「最も独創的な変奏曲」と言われると、
聴き方を変えなければなるまい。

内田の演奏は、ここではやや勢いがあり、
軽やかな足取りに心浮き立ち、
シューベルトが聴衆を唸らせたであろう、
表情や陰影の隈取りも美しい。

「ダイナミックなスケルツォは、
ほとんど5小節のフレーズで埋め尽くされ、
終止ソフトペダルを使った、
優しいレントラー風のトリオと、
不規則ながら釣り合っている。」

このスケルツォこそ、跳躍しながらの、
ホルン信号を思い出させるものであるが、
内田は野趣溢れるこの主題を、
力強く解放すると共に、
アラベスクの細かい表情を付けて、
憎い表現を聴かせる。

レントラー風のトリオも、
たっぷりとしたテンポで歌っており、
物憂げですらあり、
内省的な表情が印象的である。

ここでの角笛風の音型は、
次第に木霊となって、
寂しげな余韻は、
まるで、ミニヨンの歌のようにも聞こえて来た。
「どこへ、どこへ」と、虚空に向かって呟くような感じになる。

「終楽章についていえば、
既に存在していた、
この調の、唯一の偉大なソナタである、
モーツァルトの素晴らしいイ短調ソナタK310の
後を歩んでいる。
モーツァルトの例と同様、シューベルトの終楽章は、
常に鳴り響く8分音符が広がる地味な主題を持ち、
やはり同様に、長調による中間部のエピソードが一時、
輝かしく鋭い光を放つ。
最後に、シューベルトは、
音楽を竜巻のように遠くに押しやるように、
まっしぐらの終結部に向かって加速し、
二つの強勢和音が劇的な完全終止に導く。」

内田のピアノは、疾風の吹きすさぶ、
このデーモニッシュな楽章に、
ぴちぴちとした生気と、
親密な独白の真実味を与えながら、
最後はアクセントも効果的に、
興奮の中に弾き終えている。

しかし、どのような評価条件で、
ルドルフ大公は、このソナタを受け入れたのだろうか。
彼はそれなりのピアニストであろうから、
「のだめ」同様、この曲を弾いてみることも出来たはずである。

さて、先に、シューベルトは、
ゲーテの詩による「魔王」を、
シュタイアーでの夏の休暇中、
そこに集まっていたみんなで歌って楽しんだ
という話が紹介されていたが、
このような形で「魔王」を歌ったCDとしては、
「ゲーテの詩によるシューベルトの夕べ」と
題された、ハイペリオンのCDが上げられる。

もちろん、「魔王」に出てくる登場人物ごとに、
違う歌手が歌った試みは他にもあるが、
これについては、歌曲おたくのピアニスト、
グレアム・ジョンソンによって、
このCDではさすがに、
最初から断り書き付きで解説されている。

ハイペリオンのシューベルトエディション24の、
Track11である。

「レコード収集家は、『Le roi des aulnes』(ハンノキの王)
として、フランス語訳で、
テノールのジョージ・ティルがナレーターと魔王を歌い、
バスのHB・エッチェベリーが父親を、
そして少年役をクロード・パスカルが受け持った、
フランスのキャストで歌われた
SP盤(コロンビアのLFX336)、
の演奏を思い出すだろう。
こうした配役は、非常に疑問が多いように思うだろうが、
これは実際、作曲家の同意があったのみならず、
作曲家自身が参加した機会で起こったのである。
シューベルトの学校友達で、
『ミンナ』、『聖命祝日の歌』、
それに恐らく、『川』といった詩の作者であった、
アルベルト・シュタッドラーは、
『シューベルトの思い出』を、
1858年に書いている。
彼の最も生き生きとした記憶は、
1819年のシュタイアーの夏で、
シューベルトは歌手のフォーグルと共に、
休暇中であった。
彼らは商人ヨーゼフ・フォン・コラーとその家族の家で、
大変な歓待されて過ごした。
『非常に才能あるこの家の娘、ヨゼフィーヌと、
シューベルト、フォーグルと私は、
代わる代わる、
シューベルトの歌曲を歌ったり、
彼のピアノ曲を演奏したり、
フォーグルの絶頂期のオペラからの
沢山の歌を歌ったりして楽しんだ。
私は今でも覚えているが、
『魔王』を、シューベルトが父親役を歌い、
フォーグルが魔王役を、ヨゼフィーネが子供の役を歌い、
私が伴奏して三重唱のようにして歌う試みをした時、
奇妙な効果が現れた。
音楽の後、夕食の席に着いたが、
さらにそれから1時間か2時間、
一緒にいて楽しんだ。』
今回の演奏では、シューベルトの夕べのスピリットで、
ジョン・マーク・エインシュレーがナレーターと魔王を、
マイケル・ジョージが父親、
クリスティアーネ・シェーファーが子供の役を歌った。
この歌の人気は、これより大胆なアレンジを生んでいる。
弟の死から18ヶ月もしないうちに、
フェルディナンド・シューベルトは、
独唱者と合唱のために管弦楽版を作曲、
フリートレントラーは、声楽なしで、
独唱部分をフルート(ナレーター)、
C管クラリネット(子供)、変ロのホルン(魔王)、
バス・トロンボーン(父親)に置き換えた、
管弦楽版を作っている。」

ものすごい編曲の紹介で終わっているが、
こうしたものの楽譜は残っているのであろうか。

演奏は、非常に贅沢なメンバーであることも興味深いが、
シェーファーの声が透明で美しく、
とても死にそうな子供には思えない点には、
いくぶん、不自然さがある。
たぶん、しかし、この演奏はそうした些細な事を、
無粋にも、分かった風に評論するためのものではないだろう。

得られた事:「ロ長調ソナタは、『ます』の五重奏曲と同様、シューベルトの友人、シュタッドラーの手で写しが作られた作品であった。」
by franz310 | 2010-05-15 22:27 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その225

b0083728_21444648.jpg個人的経験:
シューベルトの、
1817年のソナタ、
完成作もあるが、
ばらばらソナタ第3作は、
「第8番嬰ヘ短調」である。
ヴィーンの名ピアニスト、
バドゥラ=スコダの肝いりで、
完成された事で有名なようで、
チャールズ・オズボーンの
著作でも、これは大書されている。


音楽の友社から出ている、
「シューベルトとウィーン」
(岡美知子氏の訳)では、
このようになっている。

「これら1817年の一連のソナタの中で
一番おもしろいのは、
おそらく『第八番嬰ヘ短調』だろう。
ドイッチュ番号ではこの作品の四つの楽章は、
異なる三つの順で演奏された(D.571/604/570)。
それをつなぎ合わせて作品をひとつにまとめることに
初めて成功したのは、バドゥラ=スコダである。」

異なる三つの順で、「分類された」とか、
「作曲された」ではないかと推測するが、
いずれにせよ、
比較的新しい1985年の評伝では、
そのように書かれている。

今回取り上げる、仏アルカナ・レーベルに、
スコダがこの曲を録音したのが、1993年。
オズボーンの激賞を経て、自信満々で臨んだだろうか。

95年に日本語訳が出た時も、
この日本びいきのピアニストは、
きっと嬉しかったに違いない。

このCDは、デザインも格調高い色調で、
いかにも、こじつけかもしれないが、
フランスの文化の深みを感じさせる。

ただし、フランスのプライドだろうか、
表紙にはフランス語以外、何語も書かれていない。
オーストリアの作曲家の作品を、
本場の名手が演奏したものだ、
などとは、まったく主張する気はないのである。

ただし、シューベルトの肖像画は、
ずっしりとした額縁に納められ、
一段と高貴な雰囲気に仕上がっている。

シューベルトに対する敬意は、
びしびしと伝わって来て、
非常に好ましい。

今回のCDで最も恐ろしいのは、
背面に書かれたソナタのナンバリングで、
嬰ヘ短調ソナタが8番なのは良いにせよ、
併録のD850、通常17番の勇ましいニ長調が、
何と、16番になっているのである。

このシリーズでは、シューベルトのピアノソナタは、
全20曲と数えられているようで、
第12番はなきものにされ、
通常13番とされる有名なイ長調D664が、
12番に番号付けされている。

従って、調性かドイッチュナンバーを、
確認して買わないと、12番以降で、
危険な事が起こる。

もう一つの特徴は、ソナタの年代に合わせてか、
あるいは曲調に合わせてか、
ピアノを使い分けていることで、
ここでの2曲も、
1817年作曲の嬰へは、
1810年のDonat Schofftosが使われ、
1825年のニ長調は、
1824年のコンラート・グラーフが使われている。

解説もバドゥラ=スコダ自らが手がけたもので、
ここにも、このシューベルトを愛するピアニストの、
微笑ましいこだわりがあって、これを見ているだけで、
何だか、温かいものがこみ上げて来た。

ありがたい事に、解説は英独仏伊の4カ国語分あるが、
何と、英語は最後。順番は仏独伊が先になっている。
ここにも、何だかフランス的思考を見るのは私だけだろうか。

スコダの解説、さすが、問題の
嬰へ短調ソナタから熱い語り口である。

「約1年後に書かれたヘ短調のソナタに似て、
この嬰へ短調のソナタは、我々を、直接、
ロマンティシズムへと導く。
調性の選択一つとっても、
十分、興味をそそるものである。
シューマンもブラームスも、
この調性で後にソナタを書いたとは言え、
古典期の作品では、
これまで多くは取り上げられなかった。
シューベルトがこれを書いた時、
ブラームスは生まれておらず、
シューマンはいまだ6歳であった。
さらに、後の両巨匠とも、
その上、このソナタの存在を知らなかった。
(これは、1897年まで出版されなかった!)」

第6ソナタの歌謡的な叙情も美しかったが、
これは、簡潔さを追う一面もあった。
この第8ソナタも同じように、
めんめんと歌われる歌が叙情的、神秘的で、
さらに開放的な感じである。
この種の作品を、シューベルトは、最終的に、
第18番ト長調、第21番変ロ長調で完成させるが、
そのひな形のような風情がある。

「しかも、もっと長く、
もっと低い音域であるとはいえ、
同様の序奏を持つシューマンのソナタ作品11に、
似ているということに気づくと、
さらに驚きは大きくなる。
開始部において、和声は4小節を経て、
嬰ヘ短調に定まり、歌曲の開始部、
あるいは、ショパンの『舟歌』のようである。
この後、同じハーモニーの上に、
嬰ハの三度の繰り返しで、
シンプルなカンタービレの主題が生まれ、展開され、
ライトモティーフのように何度も何度も現れ、
この楽章全体を支配する。
第2楽章の鳥の歌、
または、最後の和音のように、
時にひっそりと、
終楽章のように、時にあけすけに。」

なお、シューマンの嬰ヘ短調ソナタは、
ここにある「第1番」作品11だが、
ブラームスの嬰ヘ短調ソナタは、
「第2番」作品2である。

ただし、この作品は、実際には、
「第1番」より早く作曲されたはずだ。

シューマンのソナタの第1楽章序奏部も、
やはり、さざ波が打ち寄せるような曲想で、
たゆたう伴奏にメロディが乗って来るような風情は、
スコダの言うとおりにそっくりかもしれない。

「主題労作のみならず、
ピアニスティックな書法の上でも、
革新的な性格を示している。
この序奏部の音符間の重要な休止は、
後に伴奏部に現れ、ペダル使用を要求する。
このことは、終始オクターブの重音である、
メインテーマのメロディにおいても同様に言える。
さらに珍しいのは、このメインテーマが、
伝統的なソナタの原理と対照的なことで、
ABAのリート形式で構成され、
嬰ヘ短調のカデンツで終止させている点である。
(シューベルトは二年後に、イ長調ソナタD664で、
同様のパターンを採用する。)
この終結部にもかかわらず、
(実際の終結部では、まったくないのだが)
全体の進行は全く不自然ではなく、
この世で最も自然に、
シューベルトは同じ和声を続け、
伴奏モチーフを高い音域に動かしながら、
左手は自由な模倣を奏でる。」

特にショパン、シューマンが引用されているように、
この作品は極めてピアノ的な思考で書かれているように見え、
前後に書かれたソナタ第7番、第9番が、
何となく、管弦楽的な立体感を感じさせるのと対照的だ。

リート形式と書いてあるが、
どの部分も継ぎ目なしに、
流れるように推移していく点も、
一聴して明らかである。

「典型的な鍵盤スタイルの三和音分解を経て、
これらのハーモニーは、
異なる和声のメロディが、形を成し、
提示部の最後まで通して奏され、
経過句と、コラール風の第2主題を支配する。」

コラールの第2主題というのは、
何となく荘重なものを連想していたが、
高音で歌われる清澄なメロディであろう。

「展開部は、ホームキーから遠く離れ、
より暗い音響に突入する。
主要主題の繰り返し音符が、
低音、または高音に現れ、
それらは、
感情たっぷりのもう一つのメロディと結合される。
不思議な事に、この希有な美しさの楽章は、
まさに、再現部を予測させるところで、
終わってしまっている。」

展開部は、さらに深い水の中のようである。
ただし、ここにあるように、
提示部からの繰り返し音型がちりばめられて、
特に大きな変化を感じない。
感情たっぷりのメロディというのも、
何か懇願するようなもので印象的である。

ただ、シューマンの作品の序奏もそうなのだが、
シューベルトの嬰へ短調ソナタの第1楽章もまた、
メロディアスではあっても、
ちょっと、構成感には欠ける。
ベートーヴェンの「月光」路線である。

以下、この極めて特異な美しさに満ちた楽章が、
残念ながら、未完成に終わっている点について、
スコダの見解が述べられる。
あと再現部がないだけで、
この音楽が演奏されないとしたら、
非常に残念である、という想いはとてもよく分かる。

また、この見解は、とても面白く、
なるほどと、様々な事に想いを馳せてしまった。

「これが、長らくこのソナタが未完成とされ、
80年も出版にかかった理由なのである。
シューベルトは明らかに、再現部の作曲は、
多かれ少なかれ事務的に出来ると考えて後回しにし、
他の楽章作曲時の新しい霊感に、
取りかかりたかった。
同様のケースとして、
D575のロ長調ソナタなども、
まず、断章の版が残っており、
さらに、後で書かれた第2の完成版の二つがある。
出版社がこのソナタを出版したがったら、
シューベルトはこれを完成させていただろう。
しかし、こうした展開は死後になった。」

シューベルトのピアノソナタの楽譜を校訂した、
エルヴィン・ラッツが1953年に書いた文章でも、
実際、このソナタは、
「1817年7月の嬰ヘ短調の断章は同様に
ひじょうに個性豊かであるが、
第1楽章の断片のみでは
その実用性が問題にならない」と、切り捨てられている。

スコダは、それに対して、対峙する形で、
こう断言しているのが格好良い。

「私は、過度の謙遜なしに、
この楽章における私の補作は、
これは4回目の試みであるが、
作曲家の意図に、
かなり近いものでないかと考えている。
非常に似た構成を持つD574の、
ピアノとヴァイオリンのデュオや、
先に挙げたロ長調ソナタが同様の構成を取っているし、
この作品が短調になっていることから、
作品142の1、D935の1の、
ヘ短調の即興曲の終結部に倣った。
ここで、主要主題は短縮された短調で再現している。」

それはそうとして、スコダの弾く第1楽章、
高音に弾けるような音響を伴い、
まるで、ギターのつま弾きのような繊細な味わいの、
フォルテピアノの音色にしびれる。

当時のピアノの構造は、
低音から高音の
音色の均一さを出すのが難しかったとされるが、
そのような現象が現れているのだろうか。
しかし、このソナタでは、
その不思議な音色の絡み合いが、
かえって味わいを増しているようにも思える。

解説に楽器に対する言及はないが、
スコダの演奏は、あえて、この楽器の特徴を、
前面に出そうとしたものに相違ない。

水滴が弾けるような、
この楽章のメロディのぴちぴち感を、
見せつけるような表現である。

「第2楽章は、1897年以前に出版された、
このソナタにおける唯一の楽章で、
『アンダンテD604』として独立していた。
これが完成されているのは驚きである。
手稿に見られる、その調性、全体の雰囲気、
スタイル、材料のすべてが、マッチしており、
この小品が、ソナタ嬰ヘ短調の緩徐楽章であることは、
疑うべくもないと考えている。
もしこの作品が単発品なら、
間違いなく、シューベルトは、
日付とサインをしたはずである。
しかし、私の確信は、このアンダンテが、
嬰ヘ短調のカデンツァから始まることで、
これは、イ長調の独立した小品にはあり得ないことである。
私たちは、同様の調性上の繋がりを、
同時期に書かれた、四手ソナタ変ロ長調D617の、
第2、第3楽章で見ることが出来、
ここでは、第3楽章が間違った調性で始まっている。
シューベルト研究のスペシャリスト、
モーリス・ブラウンは、この主題でこう書いている。
『1817年のシューベルトの、
作曲法の知見からすると、
失われた楽章は、
イ長調のアンダンテD604である
という事実を示す。
経済的な制約から、
作曲家は自身の旧作のスケッチや、
きれいな写譜の空いたページも使った。
このアンダンテは、
序曲変ロ長調D470のスケッチの裏に書かれている。
序曲は1816年9月に書かれたから、
アンダンテはその後のもの、
おそらく、ソナタの残りの楽章と同様、
1817年6月のものであろう。
イ長調アンダンテのスタイルも美しさも、
他の楽章にぴったりと手袋のように当てはまる。
これはシューベルト初期の、
最も愛らしい霊感の一つで、
曖昧な状況から救われ、
嬰ヘ短調ソナタに含まれることは、
私にとって、特に理由は必要なく、
よろこんで受け入れたい。』」

ブラウンが「最も愛らしい霊感」と書いた、
第2楽章は、しかし、4分に満たない小品である。
中間部で妙に深みを見せ、
ぐっと詩情を増すが、
スコダが「鳥の声」と書いたのは、
高音部でのきらめき音型だろうか。

これまた、ソナタとして蘇らせなければ、
非常に惜しい一章であろう。

また、下記、スケルツォ以下の説明は、
スコダ自身の体験まで出てきて面白い。

「このソナタの外側の楽章は、
もっと前の作品の断章を含む楽譜に記譜されている。
スケルツォと終曲は、
二つ折りの紙に、正しい順番でなく写譜されており、
未完成の終曲は1ページから3ページに、
完成されたスケルツォは4ページめに書かれ、
これによって、
前の曲が典型的フィナーレの様相を持つのに、
ドイッチュの分類では、
『アレグロとスケルツォ』D570と記載された。
このアレンジは妥当で、シューベルトは、
4ページめを最初の紙と間違えたのだろう。
(私も日曜作曲家として、
何度も同じことをしたことがある。)」

それで音楽の内容は、いきなり、ヨハン・シュトラウス的、
とあるのが、ちょっと肩すかし感がないわけではない。

「非常に陽気なスケルツォは、
ヨハン・シュトラウスを予告するパッセージを含み、
何も評論する必要はないだろう。」

「フィナーレに関して言えば、
嬰ヘの音符が3度繰り返され、
3和音に分解され、
第1楽章の主題が明らかである。
ムードの上では悲劇的でなく、
力強く喜びに満ちた舞曲のものになっている。
喜ばしいスケルツォによって、
また、後の歌曲『エルラフ湖』D586や、
『うずらの声』D742を思わせる、
第2楽章の慰めの雰囲気にもかかわらず、
完全に最初の楽章の憂愁を払拭するわけではない。
悲劇の暗い色に染められたエピローグは、
新しい三連音のリズムで展開部を支配し、
憂愁はこみ上げ、非常に感動的な表情を呈する。
この楽章は、再現部が欠落しているが、
第1楽章と同様の措置で完成できる。
ソナタは、始まった時と同様、
優しいメランコリーの中で終わる。」

シュトラウス的と書かれた、
第3楽章の楽しげな雰囲気に続いて、
狂おしい舞曲が旋回するうちに、
我々は、いかにもシューベルト風の
さすらいの旅に出てしまったようだ。

が、何となく寂しい終わり方であるように、
楽章冒頭の雰囲気は、虚無的なものがあって不気味である。
聞き直すと、舞曲の中にも暗い影があって、
ぞっとしてしまう。

スコダが、こうした素敵な瞬間に満ちた断片を、
何とかしたくなった理由も、
チャールズ・オズボーンが、
その仕事を評価し、
「この措置の結果、格調高く魅力的で
一層磨きのかかったソナタが誕生した」
と激賞した理由もよく分かった。

また、オズボーンが、
「当時脈絡の乏しい展開を続けていた
シューベルトのソナタ様式を考える時、
その重要な転換期に位置している」
と書いた理由も分からなくはない。

同時期の他のソナタに比べ、
幻想的な歌謡性から狂おしい舞曲へと、
明解な流れがあるのは確かである。

もちろん、脈絡の乏しい展開は、
シューベルトの実験であったはずで、
それを否定すると元も子もなくなってしまう。

このCDには、さらに1曲、
というか、こちらがメインなのだが、
ソナタニ短調作品53、D850が、
収録されている。
何と、失われた交響曲並の、タイトルも並記、
「ガシュタイン・ソナタ」と書かれている。
この曲については、様々な情報が入手できるので、
駆け足で紹介するに留めたい。

スコダの言葉であるから、
一言一句おろそかにしないでおきたいのだが、
そんな時間もない。

「このソナタは、1825年8月、
ガシュタインで作曲された。
シューベルトの作品の中で、
この作品ほど喜びを表現したものはない。
我々は、作品と作曲家の人生を、
ごっちゃにすることについて、
用心しなければならないとしても、
この作品は、この夏の休暇の間に、
シューベルトが体験した、
幸福な瞬間を反映しているように見える。
このソナタには、
悲しみの感情は皆無だが、
雲の流れを示唆する以上のものはなく、
それらによって、風景は、いっそう、
陽光に照らされるようである。
ガシュタインの温泉は、
オーストリアで最も美しい場所にあって、
シューベルトがザルツブルクから、
バート・ガシュタインにかけての田園風景を、
どんなに愛したかを、その手紙から知ることが出来る。」

ここからは、1825年9月12日と、
25日(または21日)に書かれた作曲家の手紙が、
引用されている。

私は、この解説を読んだだけでも、
妙にすがすがしいひとときを過ごせたような、
何だか満ち足りた気分になった。

「第1楽章は、
そのオスティナートのリズムが、
勝利の行進曲のように喜ばしい、
雄々しい主題に支配され、
楽章の終わりにかけて、
この行進曲のテンポは速くなって、
完全に管弦楽的な様相を帯びる。
ホルンが響き、その上をヴァイオリンが歌う。
第2主題は、一方、静かな瞑想的な散歩を思い出させ、
このソナタ全編に現れる。
先人の作とは異なり、
シューベルトの作品は、
同様の和声の響きを聴いた時に、
彼が感じたであろう明らかな喜びに、
性格づけられ、
この事は特に、第1楽章に言える。
まるで、エクスタシーの中にあって、
ただ、この和声を繰り返すためのように、
音楽をいわゆる三和音で終止させる。
換言すると、和声、音響そのものが、
メロディ、リズムなどから独立して、
音楽のスタイルの構成要素となる。
ここに、ブルックナーだけでなく、
ドビュッシーなど、後の作曲家の音楽を経て、
現代のある種の作曲家につながる同様の軌道を見る。」

ドビュッシーは、シューベルトを小馬鹿にしていたが、
シューベルトがその先を行っていたと書かれると、
ちょっと嬉しくなってしまう。
しかし、とにかく、ハーモニーを聴かせたい音楽、
という解釈も面白い。

先のソナタに比べ、ここでの楽器は重量感を増したが、
音色は素朴になっている。

スコダは、クライマックスで、
どすんと、妙なペダル効果を付与して、
恐ろしい効果を上げているが、
これについては、解説に言及がない。

「第2楽章アンダンテ・コン・モートは、対比から、
急速で秘めやかな第1主題と、
元気で喜ばしく、シンコペートリズムの第2主題の間で、
民族音楽的なロンド形式に近づく。
一種の痙攣に達した後、
第2主題のパッセージは、
すぐに、壊れやすいピアニッシモになり、
木霊のごとく、あるいは、
森の中、強烈な太陽に照らされた影のごとく、
シューベルトの最高のページに数えられる。
最初のメロディによる最後の再現部で、
第2主題のリズムは、
タンゴのようではないが、
最初の主題に重なり、
最後に、憂愁の悲歌の、
非常に深い響きの中に身を沈める。」

ここでのスコダの比喩、非常に共感できるものだ。
この人は心底、この音楽を愛している。

また、こうした内省的な音楽では、
この時代の楽器の古雅な味わいが言いようもない
親密感を与えてくれる。
しかし、この楽章のダイナミックレンジは、
この楽器の限界を行っているようにも見える。
スコダは、完全に音楽の中に沈潜して、
思い切った爆発を見せる。

「スケルツォは、突然、私たちを、
冒頭の意気揚々とした気分に連れ戻す。
あらゆる意味でポピュラーな舞曲を思わせ、
第2主題は、特に、
オーストリアのレントラーから
生まれだしたように見える。
しかし、その出典を探しても無駄に終わろう。
実際、シューベルトは、後から世界的に有名になり、
民謡の世界に仲間入りするようなメロディを作る、
ものすごい才能を持っていて、
こうした例は、『ます』などで見ることが出来る。
しかし、このスケルツォのオープニングのテーマは、
オーストリアのものではなく、
実際、正確には、
後に、ドヴォルザークやスメタナが、
再創造、再使用することになる、
ボヘミアの『フリアント』舞曲である。
こうした舞曲の要素と対照的に、トリオ部は、
非常に自由なリズム様式で書かれており、
そのメロディ、その繰り返し音符に、
オーストリア教会での説話や連梼との親近性がある。
第2楽章ではある種の瞑想の性格を持っていたが、
通常、宗教的な傾向を口にしなかったシューベルトが、
1825年7月25日(または28日)の
両親宛の手紙では、それとなく、
宗教性についてほのめかしている。」

この手紙は省略するが、
ここでは、自分の歌曲が、
聖母マリアへの思慕させる効果があるのは、
自分が、そうした気分の時に作曲したからだ、
と書いて、素直な感情表現の大事さを述べられている。

しかし、この曲のトリオ部に、
そんなローカルな宗教性があるとは、
さすが本場のピアニストならではの指摘ではなかろうか。
私は、単にしみじみとした夕暮れの情景かと思っていた。

しかし、連檮にしては、スコダのピアノには、
かなり力こぶが入っている。

それから、またまた、ここでも、
偶然ではあるが、「ます」に関する話題が出て良かった。

「第4楽章は、湖を発した小川に沿って山の頂上に向かう、
光が充満する小道での晴朗なさすらいだろうか。
あるいは、食べて踊れる、どこかの宿であろうか。
素晴らしい書法が、さすらい人の歌を伴奏するギターを示唆し、
第2楽章と調和する、
a-b-a-c-aの5部からなるロンドである。」

何という比喩であろうか。すべて納得。

「第2の詩的なエピソードは、
自然の力で巻き起こった嵐や雷雨や、
まさに阻まれ、中断されてしまった、
湖の船旅を想起させるかもしれないが、
我々の魂の最も深いところより出てきたものに見える。」

この部分、そう言われれば、
さざ波の音型が、船旅を想起させる。
それが、だんだん、黒々とした雲に
包まれていくような展開を見せるのも事実。
感情の爆発でもあろう。

「第2主題の再現部によって、
さすらい人の伴奏のようなモチーフは、
今やねじれ、リズムを加速する。
ソナタの終結部は、比類なき美しさで、
永遠の巡礼は遠くに消え、
最後のうねりに、ただ、憧れだけが残る。」

最後にこの曲の演奏の印象だが、
作曲当時のピアノの、いくぶんかっちりとした響きを活かしての、
エネルギッシュかつ地味豊かな名演と思っていただければ良い。

得られた事:「シューベルトのソナタ第8番は、ばらばらに発見されながら、繋げてみると、この時期の作品では、最もそれらしい均衡を持つことになった。」
「スコダの説では、シューベルトはいつでも再開できる状態で作品を放置した。ゆえに未完成作品が多い。(ただし、第15番『レリーク』はどう解釈するのだろう。)」
by franz310 | 2010-05-08 21:45 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その224

b0083728_20482375.jpg個人的経験:
1817年に書かれた、
シューベルトの一群の
ソナタ集について、今回、
聴き進めているが、
私は、ソナタ全集といった、
企画でもない限り、
聴かれないような作品集という、
間違った偏見を持っていたようだ。
「第4番」や「第9番」は、
単独録音があることは知っていたが。


特に、未完成作品とされる「第5」など、
有名どころではルプーがあるが、
「第6」は、どうだろう。

そんな風に見て見ると、
例えば、ロシアの女性ピアニストの
トヴェルスカヤなどが録音していた。

(ひょっとして、ルプーもトヴェルスカヤも、
実は、全集を完成させようとして、
うまくいかなかった名残りだったりして。)

さて、この「第6ソナタ」、
今回の解説にもあるが、
ものすごい苦労の連続で、何年もかけて、
全貌が見えて来た作品という感じである。

実は、このCD、表紙のデザインも素敵で、
楽器もシューベルト当時のものであるばかりか、
こんな風に、演奏家自らが、作曲家への親密感を、
語っている点が嬉しい。

デザイン、解説、演奏と3拍子揃った名品と言えよう。

オーパス111というフランスのレーベルだが、
これは、老舗レーベル、エラートからスピンアウトした、
女性プロデューサーが立ち上げたレーベルとして有名だ。
表紙絵画は、Margurite Tagerという人の作品らしいが、
これまた女性だろうか。

ただし、表紙絵画が、何か、シューベルトらしさ、
または、収められた曲を表しているかと言えば、
少し苦しい。

とはいえ、「第6番」のソナタと一緒に収められた、
「第13番」イ長調ソナタの美しさなら、
ここまで華美な表現も許容範囲と言えるかもしれない。
また、「即興曲作品90」から選ばれた2曲も流麗で、
この金髪女性の長い髪を想起させる。

実は、今回、よく聴いてみたい、
「第6」ソナタも、非常に流麗な曲想を誇るもので、
この表紙のトーンから逸脱するものではない。

ブックレットでは、
ピアニストのオルガ・トルヴェスカヤの言葉が、
最初に紹介されているが、
これは、どれも当たり前の事が
書かれているだけに見えるが、
語り口のせいであろうか、
妙に心に残る味わい深い内容だ。

「現代のグランドピアノに習熟した音楽家が、
別の時代の先祖であるフォルテピアノの演奏に、
どうやればそんなに適応できるのかと、
みんなは疑問に思うようです。
私は、フォルテピアノこそが、
シューベルトの作品が、
どんな風に響いたかを知っている、
唯一の生き残りの証人で、
私の解釈の最も信頼できる案内人だと思っています。」

といった、気負わない風情に好感を持った。

「完全なる楽器への信頼、
それに過度の負担をかけない事が、
どんなテンポ、ダイナミクスが、
私が弾きたい曲に、
最もふさわしいかを教えてくれます。
その色彩の幅のすばらしさ、
ぬくもりがあり、歌うようで、
しかし、深く力強いサウンドによって、
楽器自身が、
シューベルトが念頭においた雰囲気のみならず、
フレーズ、形式、コントラストに、
生き生きとした内容を与えていきます。」

ここまで書かれると、
トヴェルスカヤと一緒に、
シューベルトの時代にタイムスリップする以外ない。

前に読んだ、オールト先生のような、
妙な、博識開陳とは違うアプローチである。
ただし、オールト先生は、ピアノフォルテにも、
いろいろありまっせ、という点を強調していたが、
トヴェルスカヤは、そこまで厳密には考えていなさそうで、
今回の1817年のソナタに対し、
1823年のブロードマンのレプリカを用いている。

あと、このように、
本来、この楽器は、
楽しい集いのための楽器である点を、
強調しているのは新鮮だ。

「そしてもちろん、フォルテピアノは、
歌曲と舞曲、つまり歌と踊りが、
彼の音楽の本質的要素であることを、
忘れるすきを与えません。
それはさらに、
一方にある、彼の構成感、
フレージング、メロディーの優美さと、
他方にある、その着想の深さとのバランスを、
最高の形でとることを、
助けてくれます。
この楽器は、非常に霊感に働きかけるもので、
私とシューベルトが書いた音楽の間に育まれる、
親密感に対する強い感覚をはぐくみ、
私は、彼に近づいているような、
また、彼と私が聴衆と一緒に、
感情と思想を共有するような、
そんな広がりを感じさせます。
そのムードの頻繁な変化、
音域と音色の劇的な対比を通し、
私は、彼の音楽に自分自身を見つけ、
最も注意深く選ばれた言葉以上に、
自分自身を表現できるように感じます。」

と、我々が、演奏家に期待するものを、
的確に言い表してくれている点も、
信頼がおけるピアニストと見た。

コンクールで名を馳せた演奏家は、
ともすると、こうした問題をすっ飛ばして、
うまく弾けたとか弾けなかったとか、
技術的な問題に偏りがちであるが。

「これこそ、演奏家が求める、
最も包括的で満ち足りた、
作曲家との関係です。」
という結語にも共感してしまった。

さて、解説も、この「第6番」のソナタを聴くのに、
最適なものとなっている。
BRUNO GOUSSETという人が書いている。

「1828年11月19日に、
シューベルトが31歳で世を去るまでに、
彼は、全作品の1/6相当の100曲以上もの作品を、
重要な出版社に売ることが出来た。
同年齢において、ベートーヴェンは、
40曲ほどしか出版できておらず、
少なくともこの点に関しては、
その人生は作曲家にとって、
不公平だったという見方は間違っていた。
我々は同時に、
シューベルトの努力にも関わらず、
彼の出版社たちは、まったくではないが、
ほんの少しの大規模器楽曲しか出版せず、
そのいくつかは決定的な傑作の歌曲や、
舞曲のようなピアノ小品、
それに市場が形成されていた4手用ピアノ曲など、
主に小品のみを、受け入れた事を残念に思う。
彼のすべての五重奏曲、
交響曲、歌劇は死後の出版となり、
たった3曲のソナタ、
15曲書いたうち、1曲の四重奏曲、
2曲のピアノ三重奏曲のみが生前に出版された。
ここに収められた作品はすべて、
出版も演奏も死後になったものである。」

このあたりは、なるほどと思わせる、
包括的見地であろう。

ここから、具体的なバラバラ作品の問題が論じられる。
シューベルトの散らかった室内に、
足を踏み込んだような生々しい表現が新鮮だ。

「しかし、そこには、
いささか更にシリアスな事実がある。
彼は頻繁に住居を変え、
彼が亡くなった時、彼はほとんど整理不可能な、
めちゃくちゃな状態で、莫大な手稿を残した。
例えば、完全に異なる器楽の曲が、
同じページの表裏にごたまぜに書かれていて、
こうした作品の再構成は、しばしば、
シューベルトをいつも連想させる、
『未完成』の作品として分類するしかないような、
困難な仕事となった。
このことが、
彼は23曲のピアノソナタに着手したが、
現在の全集版では、
作曲家の思惑通り完成作とされるのは11曲しかない、
ということになった理由である。」

11曲とは、下記の11曲だと思われる。
私が最初に読んだシューベルトの評伝、
(ブリュイール1965)では、ピアノソナタは、
10曲とされていたが、
それは下記の()内の番号付けものであった。
この人の場合は、作品番号で並べていたのである。

1.4番(第7番作品164)
2.7番(第4番作品122)
3.9番(第6番作品147)
4.13番(第3番作品120)
5.14番(第5番作品143)
6.16番(第1番作品42)
7.17番(第2番作品53)
8.18番(ブリュイールは「幻想曲」に分類)
9.19番(第8番遺作)
10.20番(第9番遺作)
11.21番(第10番遺作)
ということであろうか。

ブリュイールの本を、久しぶりにめくってみたが、
このあたりのことは半世紀を経た今でも、
状況は変わっていないと確認できた。

「他のものはラフスケッチか、
孤立した断章として、
ようやく日の目を見ており、
時に、半完成品で
(5つのケースで、終曲が数小節しかない)、
いくつかは仮説によって
再構成されただけのもので、
一つ楽章が足りない。
このように、
1817年の5月から1818年の9月まで、
シューベルトは、我々にとって、
再構成された形でのみ知られる、
6つのソナタに着手したが、
それらはそれらしく出来ているが、
それぞれ疑うべき点がある。」

1817年のソナタのうち、
3曲もの作品が完成作として、
エントリーされているのは、
ほとんど綱渡りのような感じさえしてきた。

下記のように「第6」は、
しかし、シューベルト自身、
何らかのこだわりを持った作品であったようだ。

「ホ短調ソナタ、
ドイッチュのカタログ番号で、566番のものは、
それらの第2番、あるいは第3番である。
エルヴィン・ラッツは、
ボンにあるプライヴェート・コレクションは、
ここに録音された3楽章からなると主張するが、
バドゥラ=スコダによると、
残っているもののすべては、
1817年6月の手稿の断章にすぎず、
オープニングのモデラートと、
スケルツォのトリオ部でしかないということである。」

ボンのコレクションは、プライヴェートのもので、
内容不明ということだろうか。

「長い間、モデラートだけが知られていた。
それは、簡潔な書法の素晴らしい一例であって、
リズムに細かな工夫が施され、
彼にとってもそれが重要であったことは、
ほんのわずかな違いの
2つのバージョンがあることからも、
明確である。
この作品には、ベートーヴェンの残照のような
あるいは、中世以来の悲しみの表現である、
下降する四音音階の使用によって、
悲哀の情念が満ちている。」

いきなり、「モデラート」は、というに始まるが、
これは第1楽章のことである。

このような作曲家のこだわりや、
悲しみの表現の追求ゆえに、
私は、今回は、前回以上に、
このソナタ第6番に耳を澄ませた。

確かに、ラメント風の主題が悲哀に満ち、
それを慰めるようなメロディーの交錯が、
非常に美しく、「第5」のハイドン風に対し、
かなりロマン的な音楽であることが分かる。

トヴェルスカヤの音楽は、この悲劇性を、
鋭い打鍵と、柔らかく流麗なさざ波で描き出すもので、
苦しみを分かち合うかのような表現である。

なお、このソナタは変則的なもので、
モデラート、アレグレット、
スケルツォ(アレグロ・ヴィヴァーチェ)の、
3楽章形式とされている。

下記のように、続く2つの楽章についても書かれている。

「ホ長調のアレグレットは、1907年に、
変イ長調のスケルツォは、1928年になって現れ、
いずれも別々の小品として出版されたが、
特に調の進行の関係から、
これらがモデラートと関係あるとは見えなかった。」

とあるが、モデラートで始まるソナタも、
スケルツォで終わるソナタも、何だか変則的である。

「1948年になってようやく、
英国の音楽学者カスリーン・デールが、
ソナタとして再構成できると主唱し、
さらに作品145として1847年に、
別に出版されていたロンドを加えた。
しかし、後の楽章は、
他の二楽章のメロディー素材を借りており、
終楽章の追加は余分な措置と思え、
それが、省略される理由となっている。
三つの楽章を良く調べると、
これらの間に、
いくつかの微妙な連関があること
が明らかになる。」

第2楽章は、何故かアレグレットで、
緩急緩のソナタとは違う感じだが、
最初に、微笑に満ちた優しい楽想を交え、
それほど違和感があるものではない。
また、途中、この楽章は、非常に朗らかな表情で、
素晴らしい高揚感を発揮することも特筆しておきたい。

「アレグレットの中に、
例えば、シューベルトが好んだ強弱弱のリズムによる、
流れるような音型でテーマが伴奏され、
スケルツォのトリオで、それは再現される。」

この強弱弱のリズムとは、「さすらい人幻想曲」を、
彩ったものであろう。
スケルツォが、激しい跳躍を見せるのに対し、
トリオは、妙に神秘的なもので、
左手をよく聴かないと、
さきのリズムは分からない。

「しかし、最も重要なのは、最初の二つの楽章に、
二つの対照的な要素の重ね合わせからなる、
デリケートに洗練されたリズム要素があることである。
つまり、左手には、
二つの異なるパターンの進行に分解される二拍子があり、
(二つの16分音符のグループに、
付点音符を有するものが続く)
これらは、右手の流れるような三連音に対比される。
これは特にアレグレットの展開部に顕著である。
(この部分は、偶然にも、
第1主題を再現させる経過句以上のもので、
ロンドのように、ソナタの中では、
かなりきらびやかな楽章で、
形式と配置に疑問を抱かせるものである)」

この意見に、私も共感した。
深い悲しみに満ちた第1楽章と、
この晴朗で元気の良い第2楽章の組み合わせで、
かなり私は満足してしまう。
第3楽章は、前の楽章の、
楽しい回想のようにも感じられる。

このように書いてもらって、
私は、この「第6ソナタ」の重要性に、
気づかされた感じがしている。

交響曲の場合と同様、これはこれで、
出来ている感じがした。

さて、第13番のソナタも、ついでに読んで見よう。
CDでは、こちらの方が先に収録されている。

「イ長調ソナタD644は、
手稿が失われているとはいえ、
こんなにも多くの問題はない。
シューベルトの死の翌年出版されているが、
その作曲時期は、
ルートビッヒ・シャイブラーが最終的に、
同種の調とムードを持つ、
『ます』の五重奏曲が作曲されたのと同時期に、
ヨゼフィーヌ・フォン・コラーのために、
1819年7月にシュタイアーで、
作曲したソナタであるという事実を示すまで、
長い間不確定であった。
しかし、シューベルトがこの作品を、
本当に3楽章形式の作品として意図したのか、
アインシュタインが主張するように、
メヌエットやスケルツォが紛失したのかは分からない。」

シューベルト研究の碩学アインシュタインが、
こんな事を書いているとは知らなかった。

が、その著作を見ても、
「メヌエットあるいはスケルツォは欠けている」
(浅井真男訳)とあるだけで、紛失したとは書いていなかった。

「このソナタを構成する楽章主題の、
際だって舞曲風の本質を見ると、
その楽章なしでも、実際、問題はない。
終曲の主題を一例にとると、これらは共に、
ミュゼット風の持続音を有する三拍子である。」

私は、この曲は歌謡的な作品だと思っていたので、
「舞曲風」と書かれて驚いたが、
確かに、終曲の伴奏は、
ここに書かれているような、
素朴な舞曲にも聞こえる。

「最初の楽章は、ホ短調ソナタの関係を思わせるような、
リズミカルな重ね合わせが示され、
短い展開部に効果的に利用される。」

展開部に耳を澄ますと、
リズムの粒立ちに、改めて感じ入った。

「アンダンテはいささか奇妙に、
下中音の和音の転回和音で始まり、
2年後に歌曲『不幸な男』に再現される、
たった一つのメロディからなる。
事実、この楽章は、リートの形式で書かれており、
交互に現れる短調のパッセージの憂愁が切迫感を表し、
3番目の最後の『節』は、
驚くべき和声を導くカノンで書かれている。
一方、終曲は、1816年の歌曲『至福』から、
第1主題は取られ、
歌曲からの材料が借用されている。」

この「不幸な男」D713は、
ハイペリオンのシューベルト・エディションでは、
マーガレット・プライスの絶唱で聴けるが、
8分近くを要する大歌曲である。
アインシュタインは、
『夜がはじまる、そよ風とともに夜は』
という一節を挙げているが、
事実、冒頭が似ているにすぎない。

また、アインシュタインは、終曲の主題は、
「孔雀の求愛」D552を想起すると書いている。

これは、ハイペリオンの歌曲全集では、
マティスが歌っているが、
非常に軽いダンス音楽で、
名曲に数えられる「至福」の方が、
私としては親近感を感じる。

「この曲はシューベルトが書いた、
最高のソナタ形式の一例であり、
彼が展開の力に欠けていたという、
よくある過小評価が
不当であることを示している。
モーツァルトが考え出した、
再現部を下属音で開始し、
第2主題で元の調に戻すアイデアが、
特にここでは適切で、
まず第1主題の引用が脱線し、
離れた調に転調していく。
イ長調ソナタは、鍵盤の全域を利用していて、
一見したよりも演奏するのが難しく、
おそらく、フォン・コラー嬢の技量を超えていたに違いない。
これは、シューベルトの若さと、
生きる喜びが吹き込まれた最後の作品の一つであるが、
それであっても、外側の楽章の展開部は特筆すべきで、
牧歌的な雰囲気が暗い思考で曇らされている。」

トヴェルスカヤの演奏は、素直で清潔で、
素朴な中にも輝きがある楽器を存分に呼吸させ、
その美感を発揮したものである。
確かに、彼女自身が、そこで羽ばたいているような、
解放感が魅力となっている。

従って、あまり切実なものではない。
この曲の持つ、青春の輝きの表現としては、
それで良いのかもしれない。

「作品90の最後の二つの即興曲も、
同様の田園的な雰囲気
(1827年6月、シューベルトが、
一月を過ごした、ヴィーン近郊のドルンバッハの
美しさを賛美したものと思われる)
を見せているのも関わらず、
重苦しい感覚を隠すことができない。
激しく興奮したリートである第3の即興曲では、
左手の悲しいごろごろ音型から、
その重苦しさは来ており、
第4の即興曲の中間部では、
その歌うようなメロディが、
時に情熱的に、嘆願するようになり、
低音のすべての音符が胸を引き裂いて唸る。
これら、人気を呼びそうな作品が、
最初の2曲だけを出版して、
当時流行の『即興曲』というタイトルを選んだ、
出版社のホフマイスターが拒絶したとは、
信ずることが出来ないだろう。」

私は、こう書かれるまで、
モーツァルトの出版で有名なホフマイスターが、
シューベルトに関係するなどとは、
考えたこともなかったが、
調べるとホフマイスターは1812年に亡くなっており、
おそらく、Goussetは、ハスリンガーと混乱したものと思われる。

「最後の2曲は、ようやく1857年に加えられたが、
変ト長調は、あまり優美でないト長調に移調され、
各小節は、2分割された(オリジナルは2/2拍子で、
4/2拍子に変えられた)が、
これらは譜読みをしやすくしただけのもので、
しかし、内的な感情がゆがめられ、
線の動きは乱されてしまった。」

この譜読みしやすくした版というのは、
どうやったら聴くことが出来るのだろうか。
普通、変ト長調で録音されるものなので、
改めて書かれると気になってしまう。

トヴェルスカヤの演奏は、
作品90の4がCDの最初におかれているが、

先ほどのソナタの幸福感とは打って変わって、
特に中間部の怒濤の表現など、切迫感に満ち、
楽器の限界に挑む激しい表現を見せている。

しかし、ソナタの間に置かれた、
作品90の3のどろどろ音の方が、
私は恐ろしく感じた。

何故なら、このCDの表紙のような、
夢見る優美な曲想にたゆたっている中、
突然、異質な低音部が轟き出すところ、
ブロッドマンの底力か、妙に気味が悪い。

ここで使われた楽器は、
ペダルが五つあるそうだが、
どれかを効果的に使っているのだろうか。

この不気味さを秘めた曲の後に、
実際に悲劇的な「ソナタ第6番」が始まる、
というのも妙に納得できるレイアウトであった。

「こうした、むしろ、作品に対する共感の欠如や、
理解するのには難しすぎるという見方など以上に、
単なる当時の慣習にすぎないものは、
幸いにも、我々には無関係であるが、
ベートーヴェンに大差を付けられている領域であった、
シューベルトのピアノソナタを取り巻く、
無知を、長い間、養ってきた。
このレコーディングは、
これらの見方が理由のないものであり、
19世紀初期にあって、
シューベルトが、
この分野の同等の巨匠であったことを、
明らかにするはずである。」

それにしても、このCD、よく見ると、
収録時間が57分しかない。

「4つの即興曲」の2曲のみならず、
後の2曲を入れようとすれば、入るはずではないか。
先ほど、ハスリンガーがなかなか出版しなかったのを、
憤っていた割には、この企画もまた、
ちょっと、人の事を言えない感じがしないでもない。

プログラムの構成が、
という難しい問題もあっただろうが、
例えば、アンコールの形でも良かったではないか。

得られた事:「シューベルトのピアノソナタ第6番は、古典的な5番に対し、悲劇的な感情をあらわにしたロマンティックな作品である。」
「題名を付けるなら、第5=ハイドン風、第6=ラメント風。」
by franz310 | 2010-05-01 20:48 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その223

b0083728_1071664.jpg個人的経験:
前回、1817年の
ソナタということで、
それを銘打ったタイトルを持つ、
ヴァイヒェルトのCDを聴いたが、
3曲しか収録されていなかった。
実際にはこの年、
シューベルトは、
もっと沢山のソナタを書いているが、
カプリッチョ・レーベルのCDによって、
うまく残りも補助して聴けた。


ピアノは、ミヒャエル・エンドレスという人が弾いている。

この人はヘルマン・プライの伴奏をしていた事があり、
1993年には、この大歌手と日本にツアーしたと、
解説にも特筆されている。

ミュンヘンに学び、ニューヨークのジュリアード楽院で、
マスターの学位を取ったらしいが、
何故、わざわざ、本場を離れ、
アメリカに行く必要があったのかは分からない。
Jacob Lateinerという人が名教師なのだろうか。

この間、1985年のゲザ・アンダ・コンクールで3位、
1986年、ニューヨークの
国際芸術コンクールで1位を取ったとある。

さらに19カ国70人が参加した独シューベルト・コンクールで、
首位と特別賞を得て、シューベルト解釈の第一人者となった。

ソナタの全曲を弾いて成功し、
アメリカデビューも1990年に行った。
チューリヒ・トーンハレ管弦楽団と国連で共演、
ベルリンやカーネギーホールでリサイタルを行った、
とのことである。

おそらく、ヘルマン・プライとは親子のような年齢差であろう。
これは、フォーグルとシューベルトの関係を思い出させる。
このような大芸術家の伴奏を務め、
歌曲の伴奏も経験豊富という事は、
この録音でも、大きな強みになっていると予想される。

さて、今回のこのCD、
これはソナタ全集の一部だが、
CD1にD557、D566、D575の
3曲が入っていて都合が良い。

朝日選書、喜多尾道冬著「シューベルト」の中にあった、
シューベルトのピアノ・ソナタの一覧表で、
前回、ヴァイヒェルトが演奏していたものを、
○で示したが、今回、新たに、このCDで、
エンドレスが演奏しているものを◎で示した。

1817年
第4番(D537)○
第5番(D557)◎
第6番(D566)◎
第7番(D568)○
スケルツォとアレグロ(D570)○
第8番(D571)○
第9番(D575)◎

ということで、1817年のソナタを、
だぶることなく聴き通すことが出来る。
CD二枚で、この時期のソナタを聴き通せるのは、
かなり効率が良い。

なお、このエンドレス盤のCD1には、D664も入っている。
この有名曲の美しい第2楽章を聴いても分かるが、
エンドレスは非常にシューベルトに寄り添っている。
まるで、生まれたばかりの幼子を取り上げるかのようである。

それは、夢の中の花が、
次第に花びらを開いていくのを見るような、
優しいまなざしを感じさせた。

ただし、第1楽章などで感じたことだが、
強奏が、少し無骨すぎるかもしれない。

表紙のパステル画調のシューベルトは、
ちょっと乙女チックであるが、
いかにも、シューベルトのピアノソナタでござる、
という風なシンプルさでまとめてあって良い。
クロスするベージュの色調も上品である。

また、CD3には、前回聴いた、
D537と、D568が、収められている。

こちらのCD解説が、
ちょうど、1817年のソナタを概観した形になっている。

CD3の解説冒頭:
「1816年12月に、シューベルトは、
学校教師のくびきを初めてふるい落とし、
彼が新たに勝ち得た自由の意識は、
そのペンの流れを以前よりなめらかなものとした。」
と、かっこよく、
Hans Christoph Worbsは書き出している。

しかし、前回も聴いたように、
シューベルトのペンの流れは、
このソナタ群において、
時として苦渋に満ちた感じもある。

「『死と乙女』、『月に寄せる』、『ガニュメート』、
『マホメットの歌』などの歌曲が、
1817年の最初の何週間かで作曲された収穫に含まれ、
遂に、20歳の作曲家は、
ピアノ・ソナタによって、
新しい音楽領域を制服した。
イ短調ソナタ(D537、作品164)は、1817年の3月に、
変イ(D557)、ホ(D566)、変ホ(D568)、
それにロ(D575)に先立って書かれた。」

という風に、この時期が概観されている。

一方、CD1の方の解説は、こんな書き出しである。
ちょっと変奏されている感じが面白い。

CD1の解説冒頭:
「1816年、シューベルトは、
遂に、憎むべき学校での授業から解放された。
自由を得たという自覚は、かつてより軽やかに、
ペンを走らせた。
『死と乙女』、『音楽に寄す』、『ガニュメート』などが、
1817年の最初の何週かで作曲された。
そしてようやく、ピアノ・ソナタを持って、
20歳の作曲家は明らかに新しい音楽領域に入った。
イ短調ソナタ(D537)の後、
変イ長調ソナタ(D577)が、
1817年5月に書かれた。」

このように、比較的有名なイ短調に続いて、
あまり知られていない変イ長調が、
すぐに書かれたように見えるが、
CD3の解説には、
実は、イ短調と変ホ長調が、
続けて書かれたようにも書かれている。

ちょっと、前回聴いた2曲を振り返る形で、
これらの作品も復習しておこう。

第4番とされるイ短調D537の解説はこうだ。
(CD3にある。)
「まず、彼がこれを手がけた時、
旺盛な創作力を感じていたことは疑いない。
この曲には後のイ短調ソナタのような宿命的な響きはない。
最初の楽章では、異名同音的転換、ペダル指示、
ゲネラルパウゼが顕著で、展開部では、
若い作曲家はすでに出ている材料の処理より、
新しい着想の披露に重きを置いており、
再現部は、サブドミナントの弱音で開始される。
中間楽章のアレグレット、クワジ・アンダンティーノでは、
『無言歌』を聞き取るだろう。
16小節の単純な民謡のような主部に、
シューマンを思わせるハ長調の第2の部分が来る。
ロマン派の音楽がそうであるように、
ここでも三度の関係が採用されている。
終曲は、自由な二部形式の、
3/8拍子アレグロ・ヴィヴァーチェ。」

復習の結果、出てきたキーワードは、
第2楽章の「無言歌」と「シューマン」。
しかし、何故、どの解説も、
第20番のソナタの終楽章のテーマだと、
書いてないのだろう。

エンドレスの演奏は、
しっとりと落ち着いていて、
神経が行き届いている。
シューマンを思わせるというのも、
分からなくもない。

神秘の森に分け入るような、
神妙なまなざしを感じる歌わせ方である。

さて、先に書いたように、
この解説では、「第7番」D568のソナタの方が、
「第4」に続いて書かれたように紹介してある。

「シューベルトは、D568のソナタを、
イ短調のたった1週後に作曲している。
その最初のバージョン(D567)がその時書かれ、
作品は、ベートーヴェン風に、
ロマンティックな変ニ長調であった。
ブラームスのようなシューベルト通は、
明らかに元の版を好んでいる。
変ホ長調の決定稿では、演奏が容易で、
シューベルトは明らかに出版社の意向をくんだと思われる。
しかし、決してこれは、機械的な移調ではなく、
新版では、第1楽章の展開部や終曲は改訂されていて、
メヌエットは完全な新作であった。
変ホ長調のピアノソナタは、
ベートーヴェンのピアノ作品の集中的な研究の成果で、
主題の結合は細部に至るまで、
ベートーヴェンとの関連がある。
一方、シューベルト特有の語法が、
すでにこのソナタには聴かれ、
歌曲のような構成の第1楽章の第2主題は、
ヴィーン風の愛嬌がある。
メヌエットのレントラー風のトリオは、
クラリネットのメロディを持ち、
シューベルト個人のブレークスルーを示している。」

ここでの復習のキーワードは、
第1楽章の第2主題がヴィーン風であるかであるが、
改めて聴きなおすと、
エンドレスも、ここでは、
心持ち楽しげにステップを軽くして、
いかにもという風情である。

また、メヌエットが、
クラリネットかも聴いて見たいところだ。
この演奏で聴くと、音域や装飾の入れ方、
その憂いを秘めた風情からして、
なるほどを感じ入った。

私は、この変ホ長調のソナタの、
こうした佇まいゆえか、
実は、前回から、離れがたくて仕方がない。

ただし、このカプリッチョ盤の解説は、
終楽章の魅力に触れていないのが残念。

さて、今回聴く、エンドレスのシューベルト、
ピアノソナタ全集のCD1であるが、
解説はどうなっているだろうか。

まず、「第5番」変イ長調D557である。
1817年5月の作品とある。

「これは旧シューベルト全集で、
1888年で出版されるまで、
出版されなかった。
この特別なソナタでは、青年期のシューベルトは、
ベートーヴェンの影響を廃している。
幾分、控えめな特徴を持ち、
ハイドンの精神が息づいている。
その比較的単純なスタイルにもかかわらず、
シューベルトはそのアイデンティティを犠牲にしておらず、
それは、変ホ長調のアンダンテに見える、
短調のエピソードにも明らかである。
アルフレッド・アインシュタインによると、
この楽章を、彼は即興曲や楽興の時に含むことを、
ためらう必要もなかっただろうと書いている。
この変ホ長調のアンダンテに続くであろう、
メヌエットは残っていない。
そして、この緩徐楽章に、
変ホ長調で、慣習的な調性のスキームから逸脱し、
目を引くものの、伝統的なソナタ形式に沿った、
6/8拍子の典型的ロンドが続く。」

この曲、「第5番」は、
名手ルプーなどが録音したことによって、
日本でも知られるようになったものだ。

このルプーの演奏は、
非常に軽やかで、このピアニストらしい、
透明感に溢れたもので楽しい。

エンドレスの解説のように、
メヌエットがない、という以外にも、
終曲がない、という説もあるようで、
ルプー盤の日本語解説では、
「フィナーレを欠いた未完成のもの」と断定されている。

このCDの第3楽章の解説では、
「ソナタ形式で書かれているが、
スケルツォ的な性格も持っている」とあって、
確かに、めまぐるしい指遣いが敏捷で、
スケルツォ的とも言えそうだ。

このように、「未完成」という説があるせいか、
舘野泉の「初期ピアノ・ソナタ作品集」でも、
この小さな曲は、取り上げられていない。

アインシュタインの本を見ると、
未完成説の理由となった説が述べられている。

「5月には変イ長調ソナタがあって、
これはフィナーレを欠くが、
むしろシューベルトが、
変ホ長調になっている終楽章を
主調に移調することを
忘れてしまったにすぎないと思われる」

せっかく急緩急の三つ楽章があるのに、
メヌエットがないと言われたり、
終曲がないと言われたりして散々な作品である。

聴いた感じでは、それほど未完成感はないのだが。

それにしても、この曲、
ルプーが救ってくれてよかった。
そうでなければ、若書きの習作として、
聴き飛ばすところであった。

アインシュタインの本を読んでみると、
さらに、ひどい評価が続く。

「変イ長調ソナタは全く未成熟なもので、
ハイドンのピアノ・ソナタの規模で
満足しているばかりでなく、
その精神をも呼吸している。
シューベルトはさしあたり
ベートーヴェンとの競争を避ける。
この曲はハイドンの作品の演奏後か、
その印象のもとに
書き下ろされたものだといいたい。」
(白水社 浅井真男訳)
と、ハイドンはダメ、と言い張っている。

確かに、第1楽章は、ロマンティックな要素は少なく、
第4番より前の作品のようにも聞こえる。

例えば、曲の構想一つとっても、
先立つ、第4番イ短調が、
(あるいは、変ホ長調D568が)
第1楽章からして10分という規模なのに、
この曲は、1/4~1/3の長さしかない。
非常にシンプルなものである。

アインシュタインは、第2楽章も、
ハイドンの交響曲の楽想だと書いているが、
確かに、ぽつぽつとした感じは、
「時計交響曲」みたいである。

しかし、そこに、
「純粋にシューベルト的な刻印のある
短調の中間部をつけ加える」として、
「きわめて完成している」と書き、
先の解説が書いていたことを記している。

エンドレスの演奏で聴くと、
この楽章は、非常にゆっくり弾かれているせいか、
妙に寂しい感じが出ていて、味わい深く感じた。

ルプーの演奏は、明るさを志向して、
雨上がりの景色のような一瞬を感じる。

中間部は、焦燥感のようなものがあふれ出し、
ロマンティックな色彩を放ち、
その後に、再び、時計のような主部が現れると、
何か世界が変わってしまったかのような、
喪失感のようなものがある。

ひょっとすると、ぼくとつとしたエンドレスの方が、
流麗に七色の光を放つルプーより、
シューベルトの魂に触れているかもしれない。

このあたり、エンドレスの演奏、
一幅の絵画、一編の詩を味わうようだ。
後付理論のようだが、プライの歌う歌曲にも、
こうした情景変化のあるものがあったに相違ない。

また、こうした聴き方をすると、
アインシュタインが、「きわめて完成している」、
と書いたこともよく分かる。

また、終楽章は「典型的にシューベルト的なロンド」とし、
「ソナタ形式をとっているという点ではなはだ特異である」
と特筆している。

こう見て来ると、
どの解説もアインシュタインの本の、
孫引きみたいで物足りない。

エンドレスの演奏は、いくぶん鈍重で、
ルプーのような、ひらめきや、
透明なしなやかさを持ったものではないが、
あえて、作品の魂を引きだそうと、
没入して対話している演奏とも思える。

シューベルトはきっとこんな演奏をしていたに相違ない。

さて、次に、ホ短調ソナタ(D566)の話が来る。
これは、「第6番」と呼ばれるもので、
下記のような事情を、アインシュタインも特筆している。

アインシュタインは、即物的に、こう書いている。

「全集版のなかにはその第1楽章しか入っていず、
第2楽章はエーリヒ・プリーガーによって出版され、
スケルツォ(変イ長調)として『音楽誌』に
収録されている。」

アインシュタインの著作より、
CD解説は、よりドラマティックな報告になっている。

「何十年もの間、シューベルトのピアノ・ソナタの
原点版は惨めな状況下にあった。
ホ長調ソナタ(D566)は、1817年6月に作曲され、
旧全集版はその第1楽章しかプリントしていない。
ベートーヴェンの作品90の終楽章に似た、
ホ長調のアレグレットの第2楽章は、
1907年まで出版されず、
1928年には個人所蔵の変イ長調のスケルツォが、
和声の絶妙さの鉱脈のような、
変ニ長調のトリオと共に発見された。
1928年10月、ミュンヘンでの、
ヨーゼフ・ペムバウアによる初演は、
3楽章の作品として紹介したものであった。
D506の変ホ長調のロンドは、
明らかにこのソナタの終楽章とは言えない。」

このように、このソナタは、
ばらばら事件の被害者になっていたようだが、
果たして、終楽章はどうなったのだろうか。
未完成なのか、未発見なのか微妙な記述である。

しかし、第5も第6も、
しっかり3つも楽章が揃っているので、
これで完成している、と言い切っても良さそうだ。
そうでなければ、ルプーのような、
録音にうるさい名手が取り上げたりしないだろう。

ところで、解説に唐突に登場したD506とは何なのか。
アインシュタインによれば、
作品145として出版された、
成立時期不明の「アダージョとロンド」という作品の、
後半の曲のことらしい。

このCDで聴けるわけではない。

さて、このような発見史からだけ、
このソナタ「第6番」を味わえというのも、
かなり無茶な話ではなかろうか。

一応、トリオ部は、かなり精妙な和声が聴けるようだが。

エンドレスの演奏で聴く限り、
この曲は、先の「第5」より、
メランコリックな叙情が冒頭から溢れ、
分かりやすいメロディに彩られて歌謡的、
どの楽章も規模が大きい。
第1楽章は、晴朗な曲想に転じ、
気分を変えながら様々な色合いの中に夢想する。

第2楽章は、8分近い規模を持ち、
まるでシューマンのおとぎの国に彷徨い入るような感じで、
とてもロマンティックである。
この曲などは、もっと知られて良いものであろう。

第3楽章は、スケルツォで、
いかにもという風に飛び跳ねるものだ。
トリオは、確かにオルゴールのような不思議な色彩を持つ。

「第6」は、かなり様々な魅力を秘めた作品に見える。

次に、「第9」D575という、かなり知られた作品が来る。
かなり知られたと書いたのは、
リヒテルや内田光子も、
この曲を録音しているからである。

CD解説には、こうある。
「1817年8月、ロ長調ソナタ(D575)は、
作曲、または少なくともスケッチされ、
作品147として、1846年に出版された。」

かなり早い時期から知られていたようで、
ばらばら事件に至っていなかったせいだろうか。
4楽章形式で、「第4」や「第7」ほどではないが、
第1楽章は「第5」、「第6」より規模が大きい。

「1992年のアンドレアス・クラウゼの評価では、
クリスチャン・ダニエル・シューバルトの調性の性格が、
論じられている。
シューバルトはロ長調を、
『強い色調で、荒々しい情熱を公言する』ものとし、
『憤怒』や『激怒』と結びつけて考えており、
このロ長調ソナタの冒頭にも、それは当てはまる。
この作品は、第1楽章同様、例えば、
ホ長調のアンダンテの終結部直前も、
フランツ・シューベルトは三度の関係を、
その音楽の性格として多用している。
一般に、和声家とされるシューベルトは、
この作品の中で、個性的に自身を表現しており、
あちこちに謎が満ちている。
第1楽章の第2主題では、ロッシーニの余韻がある
(1816年、タンクレディで、
ヴィーンもまたロッシーニ旋風を食らった)のが、
見つけられるだろう。
ト長調のスケルツォは、
弦楽四重奏の楽章のようなものを書いていて、
終楽章は、三分形式の歌曲形式で、
すさまじい終結部を有する。」

クリスチャン・フリードリヒ・ダニエル・シューバルト
(Christian Friedrich Daniel Schubart )は、
1739年生まれの詩人で、
シューベルトが作曲した歌曲「ます」の作詞者だが、
音楽家でもあったようで、
『音芸術美学試論』を書いたとも言われている。

何だか、この人物もただ者ではなさそうだ。

シューベルトの「ます」をテーマにしたブログで、
脱線しておきながら、こんなところで、
関係者が絡んでくれるとは、非常に心強い。

さて、このソナタは、機嫌が悪いソナタで、
冒頭から和音の強打のファンファーレと、
怪しげで、表情豊かな第1主題などが繰り返され、
謎に満ちたものである。

第2主題は、ロッシーニ風と書かれた軽妙なもので、
先ほどまでの厳粛な雰囲気が破られる。

「第6交響曲」も、ロッシーニの影響で、
幾分、情緒より、乾いた明るさが前面に出たが、
このソナタも、第1楽章はかっちりと硬質で、
シューベルトらしさはその隙間からにじみ出るだけの感じ。

第2楽章は、夕べの祈りといった風情で、
敬虔な雰囲気に満ちたアンダンテ。
このような曲想になると、エンドレスの滋味が生きる。
中間部では、シューベルト特有の、
切迫感に満ちた混乱が聞こえる。

第3楽章は、弦楽四重奏風と書かれていたが、
森に角笛が木霊する、神秘のひととき。
浮遊感のあるスケルツォで、時間的な停滞感を感じる。
トリオは、ぐるぐる旋回して、これまた、
人をからかっている精霊のようだ。

第4楽章は、牧歌的なギャロップになって、
ようやく推進力を得て、音楽がさらさらと流れ始める。
しかし、荒々しい動機も出て、単に開放的になるのを戒める。
一癖も二癖もあるソナタである。
中間部では、再び音楽が迷路に彷徨いこむ。

終わり方も強引である。

8月の作曲とあったが、1817年のソナタとしては、
これが打ち止めのようだ。
シューベルトは、秋以降は何をしていたのだろうか。
12月あたりから、父親の手伝いのため、
再び、教職に連れ戻されるわけだが。

こう見ると、ピアノソナタ群は、
一時の休息を利用して書かれた、
貴重な作品群に見えて来る。

エンドレスのピアノは、表情と音色に、
濃やかな工夫を凝らしたものだが、
こうした脈絡のなさを切り開くようなものではない。
若いシューベルトに付き合って、
あちこちに回り道する。

このように聴いて来たように、
エンドレスのピアノは、ある時は繊細で、
ある時は無骨であり、変幻自在である。
さすがに歌曲伴奏の状況描写で鍛えられた人、
という感じがしないでもない。
共通するのは、シューベルトに対する、
優しい心遣いといった点で、
作曲家の声を極力活かしたものと言える。

そんな行き方からすると、
ルプーの音楽作りは、
あまりにピアニストの個性が
前面に出たものに聞こえる、
とも言えるのかもしれない。

得られた事:「シューベルトの作品は、時として分解されて持ち去られ、未完成の習作なのか、個性的な形式にチャレンジしたものか判然としないものがある。1817年のソナタは、第4、第7、第9は少なくとも完成しており、第5、第6は微妙、第8はつぎはぎになっている可能性有り。」
by franz310 | 2010-04-25 10:07 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その222

b0083728_18415885.jpg個人的経験:
週末にかけて、
九州の方に出張していたが、
長崎空港で流れているのが、
「蝶々夫人」のメロディで、
なるほど、と思った。
しかし、その後走った高速道路の、
あるパーキング・エリアで、
流れていたのが、
シューベルトだった理由は、
さっぱり理由が分からなかった。


長崎空港のものは、
オルゴール調で、いかにも空港デザインの一部だったが、
パーキング・エリアの方は、ちゃんとしたピアノ演奏で、
地元の有線放送か何かを、
垂れ流ししているだけだったのかも知れない。

この部分だけ抜き出して、
次には別の曲になってしまった。

最初、何の曲か戸惑ったりもしたが、
あの美しい4楽章のテーマに続く、
ピアノ・ソナタ第20番のスケルツォであることが、
分かって、ますます、奇異な感じを覚えた。

ただし、それが何故か、
とかを語るのがここでの目的ではない。
さらに言えば、ピアノ・ソナタ第20番D959が、
ここで取り上げられるわけではない。

日常に垂れ流される音楽に、
シューベルトはどうもそぐわないような気はする。
語られる音楽なので、
よその人の独り言を、
聴いているような感じになる。

とはいえ、ピアノソナタ20番。
その第4楽章のテーマの元は、
シューベルト20歳の若書き、
1817年のイ短調D537は、
前回、デーラーの演奏で取り上げたところである。

そして、この1817年のソナタ群というのも、
妙に気になっていたところである。

というのは、この年、7曲もの、
断片を含む、ピアノソナタを、
シューベルトが書いていて、
これが、かなり特別なグループであることを、
妙に意識してしまったからである。

今回、取り上げるCDは、その名もずばり、
1817年の3つのソナタというもので、
私は、これをずっと前に買って以来、
この年にはこの3曲が書かれたものと考えていた。

しかし、実際は、
1817年のピアノソナタとするには、
曲が足りず、このテーマで行くなら、
2枚組のセットにするべきであった。

このあたりのソナタは、有名なところでは、
ミケランジェリやリヒテルが時折、
紹介してくれていたが、
ここでのピアニスト、WEICHERT、
ヴァイヒェルトと仮に呼ぶとして、
この人のものくらいしか、
こんな形でCDのテーマとして強調したものは、
知らなかった。

クロード・ロランの絵画「ニンフのいる風景」を、
あしらったデザインは、時代錯誤も甚だしいが、
いかにもヨーロッパの風情を感じさせるもので、
私は好感を覚えている。

ただし、これらの曲と、この絵画には、
何ら関係があるとは思えない。

1984年の録音で、ACCORDレーベルのもの。
アコードかと思っていたが、
フランスのレーベルで、アコールと呼ぶようだ。
このレーベルは、珍しい作曲家の作品を多く収録していて、
時々、お世話になっている。

ピアニストのGregor Weichertは、
大きな眼鏡をかけ、ヨン様のように髪を垂らした、
(当時の)若手のようで、
解像度の低い白黒写真は出ているが、
何者かは解説に書かれていない。
若いのに、パイプを咥えているのが不思議な印象である。

おそらく、全集の1枚。
私は、他にも持っている。
有名な後期作品を聴いた感じでは、
ものすごくピュアな感じの演奏をする人だ。
クリアで透明、よどみなく流れる。
残念ながら、使用楽器は明記されていないが、
他のCDには、スタインウェイとある。

前回まで、歴史的楽器にこだわっていたが、
今回は、新しい楽器のものである。
このピアニストの、美しい粒立ちの演奏は、
こうした現代のピアノの美質を、
突き詰めたところにあるようにも思える。

このCD、解説は、
このタイトルにふさわしく、
1817年のシューベルトについて、
下記のように書き出されている。

「シューベルト20歳の1817年は、
彼にとって非常に重要な年であった」と書き出されていて、
かなりいい感じである。

Marc Vignalという人が書いている。

「彼は、最終的にではなかったが、
教職の義務から何とか抜け出し、
9月まで、父とではなく、
ヴィーンの中心部で友人と暮らした。
創造的な見地では、非常に多産の年であり、
他の曲種に加え、沢山の歌曲と、
いくつかは未完成だが、7曲のピアノソナタを作曲した。
シューベルトが、こんなに沢山のピアノソナタを
手がけた年は、後にも先にもなかった。
彼は3曲手がけたが、
かろうじて1曲を完成させる感じだった。
先駆者たるハイドン、モーツァルト、
ベートーヴェンが優れた仕事をした分野に対する、
1817年のシューベルトの体系的探求は、
ソナタの数のみならず、
通常聴かれることのない調性、
嬰へ短調、変イ長調、変ニ長調、
ロ長調(D567、D575)の選択からも分かる。
それらに、1818年には、
D625の未完成のヘ短調ソナタが続いた。」

シューベルトも20歳の節目の年、
何か、体系的なチャレンジをしようとしたのであろう。
非常に共感できる前向き発想である。
早くプロになりたくて、がんばった感じであろうか。

しかも、調性の選択でもオリジナリティを追求している、
というのは非常に面白い。
後年、シューベルトは、「ます」の五重奏曲のようなイ長調や、
大交響曲や、幻想曲、弦楽五重奏曲のようなハ長調、
さらには、最後のピアノソナタやトリオのような変ロ長調、
といった調性を愛好するが、
こうした経験の末に行き着いた世界だと思うと、
味わいもひとしおになる。

なお、この時期、ベートーヴェンは、
スランプのさなかにあるが、
ピアノソナタでは、「ハンマークラヴィーア・ソナタ」という、
俗称を持つ、第29番の構想が進んでいた頃であろう。
前年に「28番」が書かれ、翌年にこの29番が現れる。
そして、1822年にかけて、後期3大ソナタが現れて来る。
そんな時期である。

ベートーヴェンとシューベルトが、
二人して、ソナタと取っ組み合いを演じていたのは、
何か、理由でもあるのだろうか。

「1817年のソナタは、
どれも生前に出版される事はなかった。
最初のD537は、3月に書かれたが、
1852年頃に出版された。
これは、彼の3曲のイ短調ソナタの最初のもので、
3つの楽章しかない。
後の2曲のような悲劇的な感覚はなく、
むしろ、もっぱらエネルギーを表出している。
最初の楽章は、凶暴にストレスがかかった主題群による、
6/8拍子のアレグロ・マ・ノン・トロッポである。
1小節の沈黙の後、ヘ長調の主題群が導かれる。」

ヴァイヒャルトのピアノは、
時として、弱さを見せるが、しなやかで、
後期作品の時以上に、愛情を持って音楽を歌わせている。
この若書きの意欲作を、慈しむような風情で、
表情豊かに、しかも、神秘的に楽器を鳴り響かせている。

ブラームスあたりが20歳頃に書いたのも、
こんな曲だったなあ、などと感じ入った次第。

「第2楽章は、ゆっくりした行進曲に、
シューベルト独自の詩情を持った、
素晴らしいアレグレット・クワジ・アンダンティーノである。」

素っ気なく弾いているが、時折、テンポを落としたりして、
シューベルトに対する愛情が、どうしても出てきてしまう、
といった風情がたまらない。

「ロンド形式によるアレグロ・ヴィヴァーチェの終曲では、
短調と長調の主題が交錯し、イ長調で結ばれる。」

不機嫌な動機に、安らぎのメロディが、
対比されるばかりで解決のない終曲であるが、
終結部も、投げやりで不思議である。

「このソナタは、シューベルトのこの難しい形式における、
正真正銘の傑作である。」

前回はそうは思わなかったが、
今回は、素晴らしい作品だと得心した。
ヴァイヒャルトの共感豊かな演奏、
しかも、透明感溢れる詩情が、この曲を、
ぐっと、こちら側に引き寄せてくれた感じである。

今回、アインシュタインの著作を見たが、
彼は、この曲は、メヌエット(D334)を持っていたが、
完成度を高めるために、シューベルトが取り外した、
と書いていて興味深かった。

それが本当なら、シューベルトが、
構成感なく書き飛ばしていた、
という俗説が、この早い時期から、
修正されなければなるまい。

「1817年の6月は、
もっぱらピアノ曲が集中して書かれ、
特に、変ニ長調(D567)の3楽章のソナタに、
シューベルトは専念した。
この年、その後で、恐らく11月以前に、
彼はこの3つの楽章を移調して改訂、
メヌエットとトリオを加え、
4楽章のソナタ変ホ長調D568に作り替えた。
これは、1829年、作品122として出版されている。」

私も混乱して来た。


ということは、D567と568は、
同じ曲なのか、別の曲なのか。

私は、今回、第20番のソナタから書き出したが、
そもそも、この1817年のソナタは、
何番と呼べば良いのだろうか。
ミケランジェリのCDでは、イ短調D537は、
「第4番」となっていたが。

例えば、朝日新聞社から出ている、
朝日選書、喜多尾道冬著「シューベルト」を見ると、
前期のソナタとして、
こんな風にまとめられている。

これに○で、今回、このCDで、
ヴァイヒェルトが演奏しているものを示した。

1815年
ホ長調(D154)未完
第1番(D157)未完
第2番(D279)
1816年
第3番(D459)未完?
1817年
第4番(D537)○
第5番(D557)未完
第6番(D566)未完
第7番(D568)未完?○
スケルツォとアレグロ(D570)未完○
第8番(D571)未完○
第9番(D575)
1818年
第10番(D612)未完
第11番(D625)未完
1819年
嬰ハ短調(D655)未完
第13番(D664)

ここで、(?)マークは、喜多尾氏の本に「未完」、
と書かれていながら、完成作と見なす人がいるものを、
あえて書き出した結果である。

総力を挙げて、混乱させようとしている文献類である。
喜多尾氏は、何故、調性を書かなかったのか。
また、第12番というのはなかったのか。
ないなら、「ない」、と書いて欲しいものだ。

また、ヴァイヒェルトは、
1817年の3つのソナタといいながら、
完成されているD575は収録していない。

逆に、未完成の、
第7番D568や、第8番D571+570を、
あたかも、完成作品のように演奏している。

さらに解説にあるD567は、
喜多尾氏の本では触れられておらず、
カウントもされていない。

このように、この1817年のソナタというのは、
様々な混乱の中で、一つ一つを整理して聴かないと、
立ちどころに居場所が分からなくなってしまう類の曲集。
疾風怒濤の青年期のシューベルトも、
おそらく、様々な混乱の中であがいていたものと思われる。

いずれにせよ、このCD解説では、
さらに第7番D568の原曲となったD567を、
下記のように、まだ、比較検討しようとしているが、
何となく、我々にとって、確認しようのない内容である。

混乱するので、D番号を付記した。

「これら二つのバージョンの比較をする場所ではないが、
変ニ長調のバージョン(D567)の、
嬰ハ短調の素晴らしいアンダンテ・モルトは、
エンハーモニックの関係であるが、
変ホ長調のバージョン(D568)では、
三度の関係にあるト短調となっていることは興味深い。」

私には、まったく興味深くない。

しかし、アインシュタインの、
「シューベルト音楽的肖像」では、
この曲の移調問題を論じており、
何故、変ニ長調から変ホ長調に、
移調したのか説明し難い、
として、さらに、
アンダンテをひとたび嬰ハ短調で演奏したことがある人は、
それをト長調で演奏するのは、「好むまい」と、
最終的な作品を否定しているように見える。

このCD解説では、以下のように、
意味不明なフレーズが続くのも困った点だ。

「変ホ長調(D568)は、
シューベルトの最も魅力的なソナタで
イ短調のソナタに対し、
価値あるペンダントとなっている。」

何だか、訳が分からないので、
ドイツ語の解説を当たると、
「イ長調」となっている。
ますます、訳が分からなくて、
フランス語の原文は「イ短調」となっている。
先のD537に、うまく対比された作品で、
合わせて聴くと良い、ということだろうか。

ということで、第7番変ホ長調の解説は終わるが、
各楽章についての詳細はないし、
この曲のどこが未完成かは書かれていない。

本当に未完成なのだろうか。

前田昭夫氏の「シューベルト」では、
この曲は1817年の最も重要なソナタに上げられており、
「古典的なフォルムの回帰する流麗な舞曲様式の『変ホ長調』」
と書かれている。

アインシュタインは、
「1817年夏の4曲の完成したソナタ」として、
イ短調(D537)、ホ長調(D459)、
ロ長調(D575)に、変ホ長調(D568)を論じている。

従って、前の表に、「未完」と書かれながら、
「?」マークがついているものは、
アインシュタインは完成作と考えていた。

ということで、この第7番D568であるが、
どこが、「流麗な舞曲形式」なのだろう、
と考えつつ聴くことになる。

この曲はCDでは最後に収められていて、
このCDでは、前に収められた、
イ短調の不機嫌さや、
嬰ヘ短調の悲愴美とは違って、
非常に古典的で端正なたたずまいを感じさせる。

第2主題であろうか、ワルツ風に楽しく、
流麗な舞曲形式とは、このあたりに聴くべきなのだろうか。
ヴァイヒェルトも、このあたり、
スイングして楽しげである。

さざ波のように続くピアノの左手は、
後年の変ロ長調の先取りのように聞こえる事がある。
確かに、イ短調とは全く異なる世界である。

あるいは、シューベルトは、3曲セットの作品を考えていて、
イ短調に対比できる楽曲を模索していたのかもしれない。

第2楽章は、独白調のアンダンテ・モルト。
とてもロマンティックな曲調が続いて、
何か、緊張感をはらんだ情景を表しているようだ。
打ち震えるような切分音が、特にそれを感じさせるが、
時として、スカルラッティを聴いているような、
静謐で古典的な美学を感じる瞬間もある。

このCDの表紙のロランの絵画を思い出すとしたら、
この楽章、トラック9しかあるまい。

第3楽章は、「楽興の時」を思わせる、
夕暮れ時の情景を思わせるメヌエット。
愛らしく、繊細で、ショパンを思わせる陰影が深い。

第4楽章は、前の楽章から間髪入れず始まり、
幾分、その雰囲気を引きずって、
何となく、ぐずぐずしているが、
次第にエネルギーを増して、
シューベルトらしい寄り道も楽しみながら、
様々な風景を回想しながら、
確かに円舞曲のように旋回して、
今回の3曲の中では、
最も温厚なロマンに満ちたソナタをまとめ上げている。

ヴァイヒェルトの演奏も、このあたりの、
メリーゴーランドのような趣きを活かし、
軽やかなリズムと明滅するきらめきを強調して爽やかだ。
もう少し速いテンポでもよかったような気もするが。

この人は、おそらくナイーブな演奏家なのだろう。
曲想の変わり目も折り目正しく、
丁寧につなげるせいか、時として、流れが停滞する。
こうした、喜遊に満ちた終楽章を鮮やかに書き飛ばすことを、
潔しとしなかったのかもしれない。

それにしても、感興に飛んだ終楽章で、
もっと弾かれないのが不思議な気がする。

アインシュタインは終楽章の展開部のはじめを、
ヴァイオリンとチェロの会話となぞらえ、
ウェーバーを先取りした楽曲と書いたが、
確かに、サロン風の優美さが現れるところなど微笑ましい。
それにしても一筋縄ではいかない音楽である。

が、ここでも、ヴァイヒェルトの演奏は、
共感という意味では、かなりのものを示し、
めまぐるしく変転する楽想すべてに、
手を差し伸べて、慈しんでいるようである。

今回、私は、この曲も好きになった。

「1817年7月、
シューベルトは、嬰ヘ短調のアレグロ(D571)を作曲、
1897年に出版されたが、未完の作品である。
これは長らく孤立した作品と考えられていたが、
1905年、D571のニ長調のスケルツォと、
嬰ヘ短調のアレグロ(D570)とひっつけられて、
3楽章のソナタとされた。
これらの原曲の研究では、
シューベルトは、実際、こうした計画を、
持っていたように見える。
イ長調のアンダンテD604は、
同じ作品の一部かもしれない。
この仮説ではあるが、説得力ある、
4楽章版ソナタ嬰ヘ短調としてここに録音した。
最初の楽章と終楽章は、
バドゥラ=スコダによって完成されたが、
グレゴール・ヴァイヒャルトが、
少し手を入れている。」

つまり、ここでは、
「第4」、「第7」、「第8」の3曲が演奏されているが、
1817年の7曲のソナタのうち、
2曲は合体されて1曲になったので、
この年の半数のソナタは収録されていることになる。

この「第8」については、アインシュタインは、
ソナタとしては触れていない。
断片としては、後述のように好意的である。

チャールズ・オズボーンなどは、
「1817年の一連のソナタの中で1番面白いのは、
おそらく「第8番嬰ヘ短調」だろう。」
と断定している。

反対に、彼は、「第4番イ短調」(D537)は、
「素敵な緩徐楽章をもつ内省的で地味な作品」と、
あまり高い評価をしていない模様である。

「第7番変ホ長調」(D568)は、
「情熱的な第1楽章で名高く」、「長大で」、
「説得力のある構成を見せている」と書いているので、
それよりは良いという感じだろうか。

私は、何となく、その反対の評価をしたくなる。

さて、このオズボーンが高く評価した曲は、
このCDでは2曲目に収録され、
確かに、メランコリックな第1楽章からして、
大変な魅力を放っている。

どこへとも分からずさすらって行く感じの主題に、
これまた慰めのような主題が語りかける。
しかし、単にそれだけのような音楽で、
5分しかなく、あまり歯ごたえがない。

第2楽章は、D604のアンダンテで、
これも、また、不思議に内省的な色彩に満ち、
ほっておくには惜しい楽想である。
アインシュタインは、この曲が、
後年のニ長調ソナタのための作品である説を紹介しながら、
「極度の繊細さと敏感さを併せ持つ楽曲」
と書いて、
「短すぎる終結によって台無しになっている」と書いているが、
ここでの演奏では、終結部も不自然ではない。

解説にもあるように、第3楽章、第4楽章は、
D571の、「スケルツォとアレグロ」で、
スケルツォは、鮮やかで軽やか。
終曲になったアレグロは、アインシュタインも、
「完成したら極めて立派な作になったと思われるもの」
と書いていて、スケルツォと共に、
「心を奪うような美しさと愛らしさに満ちている」と、
絶賛している。

私の中では、この曲のそれぞれの美しさは分かるが、
本当に本来の作品なのだろうか、
という疑念が離れない。

それは、恐らくヴァイヒェルトの演奏自身が、
そんな感じで、自信なさげに聞こえるからのような気がする。
終楽章の終わり方も、非常に控えめで、微妙。

得られた事:「1817年のソナタは、研究者の評価もまちまちだが、『習作』と切り捨てた評価はない。好みが分かれるのは、シューベルトが、あえて様々な曲想のものを求め、多様性を模索したからにも見える。」
by franz310 | 2010-04-18 18:42 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その221

b0083728_234171.jpg個人的経験:
オランダのピアニスト、
オールト先生のご指導を賜り、
前回まで、
ヴィーン式、英国式や、
プレイエル、エラールなど、
フランスのピアノについて、
学ばせてもらったが、
こうした歴史的楽器の蘊蓄は、
例えば、1970年代の、
デーラーのCDでも読むことが出来る。


スイスのクラーヴェス・レーベルのもの。
1988年の初期のCDゆえ、
何と、Manufactured by SANYO。
つまり、浪速のGE、三洋製と書かれている。

いまや、パナソニックと名を変えた松下と、
この三洋は経営統合に近い状況だが、
このCDが作られた80年代は、
まだ、日本の製造業は強かったなあ、
などと感慨に耽る奥付である。

私は中学生の頃、実は、
三洋のラジカセを買ってもらって、
大変、お世話になった経験がある。

何だか針式のメーターが付いていたが、
思い出すだけで昔の話。
AM、FM2バンドのチューナー付きで、
それ以上のスペックが思い出せない。
ドルビーなどは付いてなかったはずだ。

視聴用に短い録音時間のカセットテープが付いていて、
妙にさわやかな軽音楽が収録されていた。
あんなにお世話になったのに、
枝葉末節しか思い出せないのは残念だ。

今回のこのCDに使われたピアノも、
写真で見る限り、装飾が古めかしく、
私が、昔のラジカセのデザインに、
思いを馳せる延長に、
何となく見え隠れするアナログの世界である。

三洋はオーディオメーカーとして、
ブランドを確立していたとは思えないが、
このように、個人的には、
三洋のオーディオとは懐かしい。

ここに聴く、ブロードマンのピアノも、
どれほどのブランド力があったのだろうか。

渡邊順生氏著の大著、
「チェンバロ・フォルテピアノ」は、
主に、ベートーヴェンの時代で記述を終えているせいか、
ブロードマンにはページが割かれておらず、
こうした歴史的鍵盤楽器を取り上げた、
専門の著書をひもといても、よく分からない。

ちなみに、当時、私が通っていた、
学校の音楽室にあったのは、
ダイヤトーンのステレオであった。
学校帰りに、アカイとかサンスイとかの、
ブランド品のオーディオ機器を、
ショーウィンドウごしに見ていた時代である。

前回聴いた、プレイエルやエラールのピアノは、
これ以上のブランドは確立していたであろう。
先の著作にも、ベートーヴェンが、
エラールを所有していた事が記されている。

19世紀初頭に様々な楽器製作者が、
ピアノ製作でしのぎを削っていたように、
日本の電機各社は、
それぞれコンポ・ステレオで、
しのぎを削っていたわけだが、
日立などが、カセットデッキを作っていたなんて、
今となっては、どうも信じがたい。
(3ヘッドのものを私は購入して、
得意になった時期もあった。)

いったい、あのような文化は、
どこに消えて行ったのだろう。
今や、アメリカの愛好家が、
アメリカ人はiPodの音質に満足してしまった、
と嘆く時代である。

あるいは、ウォークマンなどが、
重厚なオーディオ文化を壊滅させたようにも思える。
そのソニーも、かなり迷走気味の昨今。

ちなみに三洋は、日本の電機メーカーでは、
早くからリストラに成功し、
電池関係も含め、現在もかなり業績が良いので、
ここでは改めて、断っておく必要があろう。

日本だけではない。
BASFやフィリップスも、
レコードやオーディオから、
撤退してしまったが、
いろいろ考えさせる事は多い。

往年のフィリップスの録音が、
デッカ・レーベルで出るようになって、
非常に悩ましい昨今である。

レーベルと演奏家、そして行われた録音は、
いずれもそれぞれに依拠しており、
不可分なようにも思えるのだが。

そう考えると、作曲家が想定していた楽器も、
楽曲と不可分と考えることが出来そうだ。
先に紹介した本では、
エラールが送ってきたピアノを、
ベートーヴェンが改造して、
ヴィーン風にアレンジしようとしていた、
という逸話が思い出される。

著者は、ベートーヴェンは、
エラールのように進化した楽器を、
受け入れなかった、として、
現代の楽器で弾かれるベートーヴェン演奏に、
疑問を投げかけているのである。

さて、このCDに戻ると、
先ほど、少し書いたように、
表紙写真からして、
ピアノの鍵盤と装飾部のドアップで、
いかにも、このCDはこの楽器で聴かせるぜ、
という主張がストレートに出ている。

セピア調に仕上げてあって、唐草模様の装飾が、
何とも言えぬ典雅な味を出している。

そもそも、解説にも、楽器に関する一章が設けられており、
下記のような事が書かれている。
1970年代の録音なので、これだけ大風呂敷も、
広げられたのであろう。

読んで分かるように、
この楽器が、シューベルトと、
どんな関係があったかは、
さっぱり分からない。

「このイエルク・エヴァルト・デーラーによる録音は、
歴史的な正確さで、強烈な強みを持っている。」
と、書き出してはいるものの、
単に同時代のもの、という空想の域を、
出ないのが、今回のCDなのである。

「ハンマークラヴィーアによる、
新しい音色の可能性の開発において、
シューベルトに並ぶ作曲家はいなかった。
デーラーは1820年に、
フランツ・ブロードマンによって作られた楽器を演奏している。」

てな具合である。

ただし、私は、この解説にある通り、
フランツ・ブロードマンで正しいのかどうか自信がない。
ジョセフ・ブロードマンなら、
名ブランド、ベーゼンドルファーの師匠で、
先の本にも登場したピアノ製作者であるが。

また、オールト先生の解説は、一言に、
「プレイエルは」、「エラールは」、という、
メーカーごとの分類だったが、
この解説は、下記のように、
まさにこの一台の個体の話に、
突き進んでいくところがすごい点である。

「この楽器は、多くの人の手を渡り、
前のオーナー、モントルー旅行の、
ランバート婦人の話によると、
1919年、カール皇帝の追放の際、
スイスのプランギンス城に到着した。」

とあり、ハプスブルク最後の皇帝の所有だということになる。
皇帝の持ち物とすれば、やはりブランド品なのだろうか。

「ここからランバート婦人はモントルーのカジノに運び、
この楽器は主に劇中で使われ、シューベルト役の役者が、
弾いたりしていた。
1964年、ペーター・クリストフェルの手に入り、
バーゼルの歴史鍵盤楽器工房Music Hugに送られ、
マルティン・ショルツによって修復された。
イエルク・エヴァルト・デーラーは、
これを数年来所有し、
シューベルトの即興曲や『楽興の時』で、
一般聴衆にお披露目した。」

このあたり、クリストフェルとか、ショルツとか、
重要人物かどうか全くインフォメーションがないので困る。

ただ、この数奇な運命の楽器で弾く、
シューベルトが、
何か、有無を言わさぬ吸引力を持つことは、
否定しきれないのは人間の性。

そもそも、ランバート婦人も何者だ?
と文句を言ったせいか、
ブロードマンについては解説がある。

「フランツ・ブロードマンはプロイセンに生まれ、
1796年、ヴィーン市民となった。」

時代的にもジョセフ・ブロードマンに近い。
この楽器はベーゼンドルファーの紀元前モデルなのか、
それとも、まったく関係がないのか。
どっちなんだ。

「彼の楽器は作曲家たちに愛好され、
ベルリン州立楽器博物館には、
1813年に、
カール・マリア・フォン・ウェーバーが所有した、
ブロードマン・ピアノがある。
ウェーバーはこの楽器を愛好し、
その他では、ナネッテ・シュトライヒャー(旧姓シュタイン)を好み、
その他のヴィーン製のものは価値がないと考えていた。」

いきなり、ウェーバーの話になったが、
ウェーバー愛用の楽器の製作者は、
やはり、ヨーゼフ・ブロードマンであると、
先の「チェンバロ・フォルテピアノ」にはある。
なお、シューベルトとの関係は不明なままである。

ともあれ、デーラーは、
きっとこの楽器が大好きなのだろう。
あるいは、ピアニストが自分で所有しないと、
こんな珍しい歴史的楽器による録音は
あり得なかった時代だったような気がする。

オールトやシュタイヤーなどが、
様々な楽器を弾き分ける時代より、
20年ほど前の録音なので、
1世代ほど古い。

見ると、デーラーは1933年の生まれ。
やはり、オールト先生の父親の世代である。

「1933年、ベルンに生まれ、
ベルンの教師養成校に学び、
Sava Savoffにベルン音楽院で、
ピアノ教師の学位を取る。
フリッツ・ノルマイヤー教授に、
フライブルクで学び、
1964年、ミュンヘンも国際コンクールで、
ハープシコードの賞を受賞。
1962年から、ベルン音楽院で、
ハープシコードと、通奏低音のクラスを持ち、
62年から67年まではバーゼルでも教えた。
1974年からはベルン室内合唱団の指揮者である。」

このように、ハープシコードを、
もっぱら演奏してきた経歴の人。
古楽器へのアプローチは、
こうした経歴の人が始めるようだ。

さて、ピアノの具体的スペックの話もある。

「デーラーのブロードマンのハンマークラヴィーアは、
F1からf4の6オクターブの音域で、
ハンマーはレザーで覆われ、典型的ヴィーン式アクションである。
この楽器は以下の4つのペダルがある。
1.ソフト・ペダル(現代の楽器と同様、鍵盤とハンマーがずれる。)
2.バスーン・ストップ(紙ロールで叩く。)
3.ミュート(ハンマーと弦の間に布を挟む。)
4.サステイン・ペダル。
弦の上の共鳴板を外すと、これまた音色が微妙に変化する。」

ということで、様々な隠し味が楽しめるピアノのようだ。

いったい、どうやって、弦とハンマーの間に、
布や紙が挟まれるメカニズムが出来ているのであろう。

私は、デーラーのピアノでは、
1979年録音の「ドイツ舞曲集」を持っていたが、
ここでは、その様々な音色の変化を繰り広げていた。

今回の、このソナタ集では、そのあたりの変化球はなさそうだ。
また、「ドイツ舞曲集」では、かなり、変な音の楽器だと思ったが、
今回、いろんな歴史的楽器を聴いて耳が慣れて来たせいか、
そうした感想はなくなってしまった。
不思議なものである。

エラールやブロードウッドのような近代性はないが、
プレイエル並には豊かな音がしている。
あるいは、デーラーの典雅な演奏のせいかもしれない。

特に、ここに収められたイ長調ソナタなどは、
流れるように流麗でありながら、こくもあり、
非常に愛らしく、心を込めて弾かれているようだ。

場末の娯楽施設に転がっていたという、
楽器の経歴を見ると、
よくここまできれいに響くものだと、
ちょっと感じ入る部分もある。

さて、曲目解説は、こうなっていて、
かなり、よくまとめて書かれている。

オールト先生は、楽器に偏重していたが、
この解説はバランスが取れている。
ちなみに、デーラー先生が自ら書いている訳ではない。
ゴットフリート・クレーン(Klohn)という人の文章である。

「1816年の12月から、
翌年の夏まで、シューベルトは、
友人フランツ・フォン・ショーバーの家に住み、
教職を捨てることが出来た。
シューバーの裕福な母親の家での、
この作曲家の豊かで想像力に富んだ作品は、
シューベルトにとって、自由と経済的独立が、
いかに大事であったかを示している。
ここで、彼は数曲のピアノ・ソナタ、
ポスト・クラシカルとプレ・ロマンティックの
ソナタのスタイルの融合を見せるもの、
を作曲した。
その半分は決して完成されることはなかったが、
ホ長調(D568)、ロ長調(D575)と、
この録音のイ短調は、
ソナタ形式と主題の弁証法の関係における、
シューベルト独自の熟達の、
生き生きとした証言である。」

前田昭夫氏の「シューベルト」においても、
「一八一七年の音楽的発展はピアノ・ソナタに代表される」
とあり、「未完成スケッチも含めると七曲がこの年に書かれている」
とある。
1.D537:イ短調
2.D557:変イ長調
3.D556:ホ短調
4.D568:変ホ長調
5.D571:嬰へ短調
6.D575:ロ長調
と、D506のロンドであろうか。

「1817年3月に作曲されたイ短調ソナタは、
この時期のソナタの幕開けである。」

前田先生の本では、「若い情熱のほとばしる」
と形容されている作品だ。
確かにそうだが、かなり、ぶつりぶつりと切れる、
ぶっきらぼうな作品という印象が強い。

この作品は、録音の少ないミケランジェリが、
数少ない正規録音で残したシューベルト作品だった。
第2楽章が、最後の遺作ソナタの、
イ長調の終楽章主題と同じもので、
びっくりした記憶がある。

それにしても、下記のような楽曲分析的な解説は、
楽譜を見ながらでないときつい。
「その統一は、まず、バランスの取れた調性システム
(終楽章は第一楽章と同じ調性)であり、
一方で、楽章間の構成の類似にある。
例えば、外側の楽章は、
まず、伴奏部でありながら不可欠な、
反復される音符、反復される和音の動機で、
関係づけられている。
こうした反復は、いくぶん速いテンポながら、
『魔王』の伴奏部にて親しんだものである。」

ひたすら、「魔王」の伴奏部の、
ゆっくりした版を探して耳を傾ける必要がある。

神秘的な美しさを秘めた、
第2主題の伴奏が、まさしくそれに違いない。
と思うと、下記のように書かれていた。
かなり控えめなものだ。

「このソナタにおいては、
第1楽章第2主題の開始部で、
のちに、この楽章で、複雑な和音の繰り返しで現れ、
終楽章を通して見ても、
最初のイ長調部分の9小節目伴奏部に見られる。」

この終楽章は、極めて気まぐれなもので、
ぶっきらぼうな出だしに比べ、
急に、ひょうきんな動きを見せるが、
終楽章の「イ長調部分」とは、
この部分のことである。

なるほど、と思うような統一感だが、
20歳のシューベルトが、
ひたすら工夫を凝らしていることはよく分かった。

「51小節から57小節の繰り返しの和音は、
例えば、第1楽章の48小節から49小節に対応する。」

これは、終楽章のひょうきんな部分が終わり、
ドルチェの美しいメロディが出る直前の、
無機質な、たんたんたんたんという、
経過句のようなリズムである。

第1楽章では、明るい感じなので、
ちょっと気づかなかった。

「第2楽章のニ短調部分のゆっくりとしたスタッカートは、
ソナタ全体を特徴付けるリズム動機の統一感を強調している。」

確かに、ごつごつした質感が、
まったく、前述の遺作ソナタとは異なり、
これが作品の統一性のためだとは、
何となく分からなくもない。

今回、初めて、楽譜を見ながら聞いたが、
非常に趣向を凝らしきった楽曲と理解できた。

第2楽章の主題は、開放的で分かりやすいが、
両端楽章に現れる美しさの瞬間は、
岸壁に咲く山野草のような感じで、
手にとって愛でるには、あまりにも儚げである。
おそらく、そのあたりに魅力があるのだろう。

また、かなり力強く、変幻自在のエネルギーに、
満ちあふれて、立体的な楽曲である。
同時代のピアノの巨匠フンメルなどが、
流麗だが、平板な作品を書いていた事と比べると、
驚くべき事である。

しかし、そうやって聴いたせいか、
まったく、ブロードマンで弾いているという事は、
忘れてしまった。
それほどまでに、無理なく、デーラーは、
この楽器に語らせているということか。

曲想が急変する作品ゆえ、
ペダルの使い分けも楽しそうである。

「イ短調ソナタから、
1819年のイ長調ソナタ(D664)までは、
ほぼ2年が経過している。
この間、シューベルトは両親の家に戻り、
教職を再開し、それから1818年の夏、
彼はエステルハーツィ候の領地ツェリスに行き、
その娘たち、マリーとカロリーネに音楽を教えた。」

と、一瞬、永遠の恋人の話題が出るが、
それでおしまい。
また、マイヤーホーファーも、
何のために出てきたか分からない感じだが、
こう続く。

「その年の11月、ヴィーンのウィップリンガー通りに引っ越し、
友人、ヨハン・マイヤーホーファーと暮らし始めた。
シューベルトの最も重要な友人の一人、
高名な歌手ヨハン・ミヒャエル・フォーグルは、
自身、シューベルトの声楽作品の
非常に熱狂的な演奏家であった。
1819年の6月、シューベルトとフォーグルは、
フォーグルの故郷、上部オーストリアのシュタイアーに旅した。
ここで、シューベルトはコラー氏と、
その娘のジョセフィーネと親しくなり、
シューベルトは彼女を才能あるピアニストだと考え、
彼の言葉では、彼女は、
『とても魅力的に上手に』演奏した。
献呈の印はないが、彼は、
彼女のために、イ長調ソナタを書いたのだろう。」

このあたりは、この曲を解説する時に、
必ず触れられる、楽しいエピソードである。
が、続く仮説は、初めて読んだ。

「シューベルトの死後、
フォーグルは同時期に書かれた、
『ます』の五重奏曲の自筆譜と共に、
ソナタを取り戻し、
ヴィーンに持ち帰ったと考えられている。」

これはあり得るだろうか。
いくら何でも、もらった人から取り上げるのは、
ひどい話ではなかろうか。
フォーグルは、それで何をしようとしたのだろうか。

「このソナタの第1楽章は、
民謡風の『リート』形式で書かれている。
提示部のの開始部の
短い『ABA』の三分形式のリート形式と、
第1主題の歌のような主題が、
このスタイルを強調している。」

この部分は、非常に分かりやすい。
イ短調D537と、まさしく対照的な部分が、
この歌謡性だからである。

「三連音符の1小節が、
第2主題への経過句を形成する。
この主題はしかし、属音ではなく主音であり、
2小節後に主音短調で繰り返される。
古典的なソナタの構成なのに、
このパッセージは単に経過句と考えられ、
まず経過句と思われた25小節から28小節の主題を、
属音ゆえに、第2主題と考えるべきである。」

これも、楽譜を眺めなければ、悩ましい。
だが、三連符というのは、「さすらい人」にも出てくる、
あの独特の音型であろう。

経過句のようなものが、
第2主題だったというのは分かったが、
形式の自由な解釈、翻案を駆使して、
シューベルトが、一見シンプルな作品を、
巧みに構成していることを、
ようやく認識した次第。

「シューベルトが経過句を、いかにして、
第2主題の域にまで高めているかは、
驚くべき点である。
こうした主題操作のエッセンスは、非常に重要で、
21小節の主題とリズムの構成の間や、
『ロザムンデ』の音楽の一部、
作品29のイ短調弦楽四重奏曲、
それに遺作の即興曲作品142の3にも、
類似点が見られるものである。」

なるほど、と書くしかない。

「アンダンテは、
すっきりした三分形式を取っていると見えるが、
実際は、3/4拍子の単純なテーマによる、
魅力的で、喜びに満ちた変奏曲が隠されている。
シューベルトの天才はしばしば、
イ短調ソナタの楽しげな、
『アレグレット・クワジ・アンダンティーノ』
に明らかなように、
最もシンプルなアイデアにおいて、
最高点が見られる。」

魅力的で喜びに満ちた、とは、
よく書いたものだ。
というのは、主題そのものは、
何か秘めた想いのようなもので、
魅力的かもしれないが、
決して、喜びに満ちてはいないが、
変奏が進むに連れ、期待が膨らみ、
どんどん、喜びに満ちて来るのであるから。

こうした、語るような表現は、
決して、桟敷席の角にまで響かせる類のものではない。
まさしく、シューベルトの時代の楽器で、
聴きたくなるような音楽と言えよう。

ショパンもまた、求めたような、
多彩な陰影に満ちたニュアンスが、
ブロードマンのピアノでは、
繊細に奏でられる感じはする。

「イ長調ソナタの核心は、第3楽章にある。
ここでシューベルトは、
彼らしい音色と和声によって、
伝統的な調性から離れ、
この作品の名技性と優美さは、
リストやショパンによって、
もたらされる世界を暗示している。
シューベルトは、
古典のバランスの取れた均整と、
ロマン派の過多を結合し、
両時代の巨匠であった。」

こうした名技的な部分ですら、
シューベルトは、決して、
ばりばりと弾いて欲しかったのではないことが、
この録音ではよく分かる。
デーラーの演奏は、噛んで含むようなもので、
要所要所に影を施し、
まったく鮮やかなものではない。

しかし、作曲家の心には近づいたような気がする。
前回、パリのサロンを例に、
例えられたショパンの夜想曲では、
ぴんと来なかった事が、
今回のような、コラーさんの家での団欒を想定すると、
妙に、得心できたりする。

ただし、コラーさんが、どんなピアノを持っていたかは、
よく分からない。

得られた事:「1819年のシューベルトの明るさと単純さは、1817年の悪戦苦闘を乗り越えた結果に得られた、巧緻を尽くしたものであった。」
by franz310 | 2010-04-10 23:41 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その214

b0083728_23451533.jpg個人的経験:
前回、ヴァイオリンのスタンティジら、
ザロモン四重奏団のメンバーによる、
「アイネ・クライネ」を聴いたが、
この人が中心となって、
シューベルトの「ます」を録音したものも、
同じく、オワゾリール・レーベルから出ている。
ただし、ここでは、
ザロモン四重奏団ではなく、
「アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージック
室内合奏団」という名称になっている。
ヴァイオリンとヴィオラは同じメンバーだが。


つまり、スタンティジのヴァイオリン、
トレヴァー・ジョーンズのヴィオラまでが、
ザロモン四重奏団と同じで、
チェロ、コントラバスに変更があり、
ワトキン、マクナマラになっている。
ピアノはスティーブン・ルービンである。

表紙のデザインはいささか殺風景で、
川辺で釣られる魚の苦しみのようなものが描かれた、
古風な絵画があしらわれている。
ただし、改めて見ると、口を開けているのが、
釣られているのかどうかは確信が持てない。
竿も糸も見えない。

また、その隣で、もう一匹が、
尻尾を水面から突きだしているのは、
いったい、何を意味しているのだろうか。
こちらの方は、何となく、糸を引っ張っているようである。

こうやって釣るのですよ、という説明用だろうか。
さっぱり分からない絵画であるが、
みずみずしい緑の草が目を妙に引く。
遠景の建物もロマンティックな空想をかき立てる。

しかし、川も一緒に緑色なのは少々いただけない。
これではまるで、アオコが発生した諏訪湖みたいである。

「ウィンチェスターの鱒(部分)」と題されており、
ヴァレンティン・トマス・ガーランド作とあるが、
私はこの人を知らない。

とはいえ、さすが古楽の名門オワゾリールだけあって、
解説も面白い。
Clive Brownという人が書いている。
「シューベルトは、1819年の夏の休暇を、
上部オーストリアの魅力的な街、
シュタイアーで、
以前の学校友達アルベルト・シュタッドラーと、
シューベルトの歌曲普及に貢献した、
いくぶん年上だが、高名な歌手、
ミヒャエル・フォーグルと一緒に過ごした。
シュタッドラーもフォーグルも、
この地方の生まれで、この地域社会と繋がりを持っていた。
彼らは即座に、シュタイアーの鉱山の副監督で、
すぐれたアマチュアのチェリストであった、
ジルヴェスター・パウムガルトナーに紹介した。
この人のサロンはこの街の音楽中心であった。
シューベルトと仲間たちは、
パウムガルトナーの仲間たちと、
楽しい時間を飽くことなく過ごし、
8月10日には、フォーグルの誕生日を、
シューベルトがこの機会を捉えて作曲したカンタータで祝い、
おそらく、楽しく田園的な、イ長調ソナタ(D664)も、
パウムガルトナーのサロンで披露されたのだろう。
シュタイアーでの滞在は明らかに彼らの健康と精神に、
利をもたらしたのでろう、シュタッドラーの友人、
アントン・ホルツアプフェルは、シュタッドラーに対し、
1819年11月、
『君の顔を見れば、君がシューベルトやフォーグル、
パウムガルトナーたちと、どんなに楽しい時を過ごしたか分かるよ』
と手紙を書いている程である。」

「ピアノ五重奏曲イ長調のアイデアは、
パウムガルトナーから出たもので、
通常とは異なる楽器編成や、
歌曲『ます』の変奏曲を含む構成も、
この人の要望に添ったものと思われる。
何年かしたあと、シュタッドラーは、
シューベルトが五重奏曲を書いた時を回想している。
『友人、ジルヴェスター・パウムガルトナーは、
この素晴らしい小さな歌を愛していて、
そのリクエストによっている。
彼の要求は、五重奏曲は、
構成や楽器編成を、最新の、
フンメルの五重奏曲、または七重奏曲に
合わせて欲しいということだった。
シューベルトはそれをすぐに完成し、
スコアは、彼自身が持っている。』
シュタッドラーは、それに加え、
五重奏曲が完成すると、
ヴィーンからパウムガルトナーに、
パート譜が送られたが、
彼は後にそれらを無くしてしまい、
それから長い年月が過ぎて、
シュタッドラーはもはや思い出すことが出来ず、
それに関する事に関して口を閉ざしてしまった。
しかし、彼の最初の回想はおそらく正しく、
シュタッドラーの手書きによるパート譜のセットが、
最近、上部オーストリアの
聖フローリアンの修道院で発見された。」

いきなり、どひゃーっという記述。
1991年6月20日から23日の録音というから、
もう、20年も昔に、そんな発見がなされていたのである。

「シューベルトはこの五重奏曲の作曲を、
シュタイアーにおける休日に始めており、
ヴィーンに帰ってから、その秋に完成させたようである。
手稿は残っておらず、
シュタッドラーのコピーによるパート譜と、
最初の版(作曲家の死の翌年まで出版されなかった)
の比較からして、後年、シューベルトは少なからず、
小さな修正を楽譜に施した。
この変更は、シューベルトのヴィーンにおける、
仲間達との演奏体験を反映したものと思われる。
ヴィーンの音楽サークルは、
その出版前からこの作品を知っており、
玄人筋はすでにこれを傑作と認めていて、
商業上の鑑定から、
最初の出版がアナウンスされたと考えられる。」

「『ます』の五重奏曲は、
シューベルトの明るい側面を見せるもので、
彼は明らかに、
作曲上の技法の巧妙さで、
聴衆を感心させる気はなく、
むしろ、魅力を増幅し、
聴衆を魅了することに成功している。
時折、深い瞬間があるが、
5つの楽章のうち4つまでは、
上部オーストリアでの休暇中の、
寛いだ雰囲気を反映しており、
第2楽章のみが、内省的なムードを持っている。
シュタッドラーの証言にある、
シューベルトの五重奏が、
フンメルの五重奏、または七重奏曲
ベースにしているということは、
学者を悩ませてきた。
1816年にヴィーンのアルタリア社から出版された、
ピアノ、管楽器、弦楽器のための
フンメルのニ短調の七重奏曲を、
明らかにシューベルトは知っていただろうが、
1820年に作曲され、1822年に出版された、
シューベルトと同じ編成による、
フンメルの五重奏曲変ホ長調は、
『ます』の五重奏曲の後にならないと、
知られるようにならなかった。
事実、シュタッドラーのコメントの意味は、
極めて明確で、それは七重奏曲ということではなくて、
パウムガルトナーとその友人たちが、
たぶん、楽しんでいた、
アルタリアがオリジナルと同時に出版した、
ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、
チェロ、コントラバスのための、
編曲版を指していたのである。
シューベルトはパウムガルトナーの指針に、
編成の上では従っていたが、
構成としてはそこから離れている。
フンメルの七重奏曲は、
第2、第3楽章がシューベルトの第3、第4楽章と同様、
スケルツォと変奏曲で、
シューベルトの第1、第3、第4、第5に相当する、
4楽章しかない。
しかし、シューベルトの第2楽章は、
フンメルの作品に相当する楽章がなく、
5楽章形式は、非常に有名であった、
ベートーヴェンの七重奏曲に近い。」


「シューベルトが知っていたものとは、
楽器や演奏のテクニックは大きく変わってしまった。
見たところ、弦楽器はピアノと比べて、
あまり変わっていないようだが、
最も特筆すべきは、ガット弦からメタル弦になった点であり、
いくつかの重要な観点で、演奏方法も大きく変わっている。
ヴィブラートは控えめにしか使われず、
アクセントや、フレーズ中の重要な音を、
強調するためのものと思われていた。
ポルタメントは、きれいな表現豊かなカンタービレには、
必須のものと見なされ、もっと頻繁に使われた。
当時の弦楽器奏者は、弓遣いが全く違っており、
広く賞賛されたヴィオッティ楽派の影響で、
幅広く、歌うような演奏スタイルを開拓し、
近年の奏者が好むような弓を跳ねさせる動作も少なかった。
シューベルトの演奏上のマーキング、音楽内部の必然から、
どのような技法が使われるべきかの手がかりが得られる。
この演奏では、当時の演奏に極力近づくように、
あらゆる努力が払われている。」

さて、各楽章を聴いてみよう。
Track1:アレグロ・ヴィヴァーチェ、12分30秒。
この演奏時間を見て分かるとおり、
ホグウッドが時折聴かせるような、
恣意的な強引さはなく、この曲の解放感にふさわしく、
かなり、大きな広がりを持った表現である。

しかし、前回、「アイネ・クライネ」で感じたように、
非常に強靱な意志を感じさせるもので、
一点一画をゆるがせにしない集中力を感じさせる。

各楽器が鳴りきり、録音のせいか分離もよい。
フォルテピアノの音色も豊かである。
見ると、1824年のコンラート・グラーフの写真も出ていて、
シューベルトが「ます」の五重奏曲を作曲したのより、
数年後のものである。

私は時々、シュタイアーのような地方都市に、
当時、どんなピアノがあったのだろう、
などと考えることがあるが、
この楽器は、シューベルトが想定した響きより、
少し豪華かもしれない。

さすがオリジナル楽器らしく、
ヴァイオリンは、ガット弦かつノンヴィヴラートで、
澄んだようなくすんだような響きが独特だ。
これをスタンティジが、すごい迫力で操っていく。
若干、ヴィオラが弱いか。
チェロもコントラバスもよく聞こえるので、
そう感じるだけかもしれないが。

Track2:アンダンテ、6分55秒。
解説者が言っている、フンメルにない、
あるいは、シュタイアーの自然から離れた、
内省的な楽章。
しかし、私は、この楽章にも、
シュタイアーの澄んだ空気が流れていると信じたい。

ここでは、フォルテピアノの落ち着いた響きが、
その内省的な情感を盛り上げる。
優しいヴェールのような弦楽が、
この孤独を天使のように見守っている。

ヴィオラとチェロが歌い交わす美しいメロディーは、
あるいは、現代奏法による豊饒な音で聴きたいような気もするが。

Track3:スケルツォ-トリオ:プレスト、3分50秒。
再び、強烈な豪腕でヴァイオリンが鋭いアタックを入れ、
この奏者ならではの、音楽のドライブが始まる。
よどみなく流れるピアノと弦楽の、
息をつかさぬバランスにも感服した。

トリオでは、力を抜いて寛いだ表現を聴かせるが、
ちょっと素っ気なさすぎるかもしれない。
ピアノの聞き慣れない節回しは、即興か、それとも異稿か。

Track4:主題と変奏、アンダンティーノ。
ピアノなしの主題提示で、
この弦楽部隊の美しいハーモニーが味わえ、
波打つヴィオラに乗ってピアノが入って来るが、
ここでも、伴奏が少々弱く、ピアノには、
即興的とも言える節回しが混入する。

スタンティジのヴァイオリンが歌い始めると、
この人の表現意欲が強烈なことを改めて感じる。
コントラバス独奏の部分では、
この楽器ならではの音色が聴けるが、
やはり、もっと強烈な存在感が欲しいと思った。

ピアノとヴァイオリンが火花を散らしているせいか、
音に込められた情念の薄さが、ちょっと気になる。
そんな風に聴くと、チェロの独奏も、
さらにたっぷりと夢を歌って欲しい。

その一方で、ヴァイオリンは、音色も自在に変容させて、
すごいサービスである。

Track5:アレグロ・ジェスト、9分29秒。
少し肩の力を抜いた終楽章である。
最初の音がとーんと軽く長い。
しかし、次第に集中力を増していき、
だんだん白熱して来て、
その構成力は期待通りである。

この楽章は曲の作りがそうであるせいか、
ピアノ対弦楽の質量合戦みたいな感じで、
個々の楽器がどうじゃ、というのが言いにくい。
しかし、チェロはもっとぼわんぼわんと鳴って欲しいところだ。
むしろ、何だか蜂が飛ぶようなぶんぶん音がするが、
これは古い楽器や奏法と関係あるのだろうか。

通常は二回の繰り返しを三回やっており、
全曲が40分30秒という大作となった。
このすばしっこい終楽章にも、何だか悠然と構えたところがあり、
仰ぎ見るような建築物が、みるみる組み立てられて行く。

シューベルトの思惑と一致するかは分からないが、
畏怖すべき大曲として再現されているのは見事と言うしかない。

効果的で華やかな現代の楽器に背を向けた人たちは、
やはり並々ならぬ意志を持った人たちの集まりであると見え、
時として、こうした、作品のスケールを超え、
巨大化した表現を聴かせる。

さて、歌曲をもとにした楽曲であったこともあって、
この後、そのもとの歌曲も含め、7曲の歌曲が収められている。

テノールのアインシュレーが、
気持ちの良い好感度の高い、
のびやかな歌を聴かせてくれる。

「テノールとピアノのための歌曲集。」
「ここに収められた歌曲はすべて、
『ます』の五重奏曲の作曲以前に書かれており、
すべて水と関連のあるものである。
五重奏の第4楽章の主題となった歌曲を書くまでに、
シューベルトはすでに、
様々な作者の詩による350曲以上の歌曲作曲を行っていた。
彼の霊感は、偉大なゲーテやシラーの詩と共に、
もう一人のシュタイアー出身の人で、
病的なまでに感受性豊かな、
マイヤーホーファーの詩や、
控えめながら誠実なクラウディウス、
それに、感傷的なクリスチャン・シューバルトの詩にも
同じように触発されたように見える。」

ということで、「水」に関わる歌曲集である。
同様の試みは、ハイペリオンの「歌曲全集」でも、
もっと大がかりに行われていたが、
7曲くらいというのも、全20分で、
ちょうど良いような気もする。

しかし、よほどこうした主題のものは多いと見え、
ハイペリオンの「シューベルト歌曲全集」
第2巻(水にちなむ歌曲集)に収められたものと、
重なっているのは何と1曲のみ。

ハイペリオンでは、D111の「潜水者」のような、
初期の怪物のような大作から、
後期のD881の「猟師の歌」まで、
バリトンのヴァーコーが歌っていた曲目は、
作曲年代がかなり分散していたが、
今回はD番号500番代でほぼ占められ、
歌曲「ます」の周辺事情の探求が深まる。
これは大変、ありがたいことである。

Track6:
「『ます』D550は、初期の歌曲の中で、
愛好されたものの一つで、
1817年から1821年までに、
5つの手稿が残されている。
第3版は、誠実な友情の印として、
ヨーゼフ・ヒュッテンブレンナーに献じられ、
1818年2月22日『深夜』の日付がある。
完成させた後、シューベルトは眠気に襲われ、
うっかりして砂の代わりに、
インクを手稿の上にまいてしまった。
この歌曲はわずかに変形された有節歌曲で、
第3節の前半で、予想されるパターンから、
ますを捉える描写に移って、
しかし、最後はもとのメロディーに戻っている。
『ます』は、1820年に、
『芸術、文学、劇場と流行の季刊誌』の付録として、
最初に出版され、その人気によって、
ディアベリの「フィロメル」シリーズの152番として、
5年後に再版されている。」

Track7:
「『ます』や、シューベルトの生涯における、
この時期の多くの歌曲と同様、『流れのほとりで』D539は、
感情的に工夫された有節形式で書かれており、
中間部では、より扇動的な感情を描写する。
1817年3月に書かれ、1822年に、
初めて出版された。」

落ち着いた叙情的な歌曲で、この歌手の誠実な歌い口が映える。
「私の人生は美しい川と
結びついているような気がする」(石井不二雄訳)と、
妙に直接的な切り出し方であるが、
「楽しいことも悲しいこともこの川辺で
私は感じたのではなかったろうか」と歌われると、
それはいったいどんな川なのだろうか、
などと妙に想像力がくすぐられる。

懐かしい単純な唱歌のように、
自らの来し方を回想させられる歌曲である。
そんな風情にぴったりの歌い口の歌手である。
自然に私の心を音楽にしてくれているような感じがする。

さて、マイヤーホーファーは、シュタイアーの人で、
「ます」の五重奏曲もシュタイアーで作られたとすると、
この歌曲にひそむものと五重奏を育んだものが、
きっと、何か共通のものなのだろうと思えて来た。

詩人は川を見て、そこに、
緑色のなめらかな姿や猛り狂ったりして、
自分の心と重ね合わせる。

そして、最後の段落では、
「さすらい人」の基本主題のような言葉が出る。
川は海に行っても落ち着くことは出来ない。
自分もまた、「地上で幸福を見いだすことはない」というのである。

Track8:
「シューベルトは1817年3月、
少しずつ違った二つのヴァージョンの『湖上にて』を書いた。
彼の多くの歌曲と同様、ピアノ伴奏は素晴らしく簡潔に、
テキストのムードを助けている。
少し長めの第2版が、
作品92の2として出版された彼の死の年まで、
この作品は出版されずにあった。」

ここではD543が歌われている。
素晴らしい感興に満ちたゲーテ歌曲。

「波が私たちの小舟を
櫂の動きに合わせ揺り上げて、
雲をかぶり空にそびえる山々は」と、
何と開放的な光景であろうか。

この胸の高鳴りに合わせて、
ピアノ伴奏も朗らかである。

一瞬の陰りの後、
「消えろ、夢よ!」というゲーテらしい、
俺様表現が聴ける中間部からさらに勢いを増し、
もはや感動の連鎖のような興奮ばかりが続く。

それにしても、薄倖だった
シューベルトもまた、
こうした光景を夢見た時期もあったのだ。

シュタイアーの自然の前で、
圧倒されたシューベルトの心を、
この歌は先取りしているように思われる選曲。
この歌手の大げさでない表現が、
この歌曲の真実らしさを伝える。

Track9:
「マイヤーホーファーの『エルラフ湖』D586への
シューベルトの田園情緒溢れる付曲は、
優しいメランコリーで性格付けされており、
『作品1』としてではないが、
(この光栄を担ったのは1821年の『魔王』である)
彼の最初の出版された歌曲となった。
『エルラフ湖』は、1818年、
『オーストリアの自然、芸術愛好家の絵入りポケットブック』の
第6巻の付録として、ひっそりと世に出た。」

「静かなエルラフ湖のほとりにいて
僕は楽しく、また悲しい」と歌われ、
水とマイヤーホーファーの相性の良さを感じさせる。
木々のそよぎはなく、
ただ、湖面を雲だけが流れる。

「魔王」などと比べると、
ものすごく控えめで目立たないデビュー作であるが、
耳を澄ますと、七色の色調がちりばめられている。
中間部は、いくぶん波立つが、
それも実は詩の通りで、
風が流れ、湖が日の光を反射する様子が描かれる。

しかし、それも、冒頭の静けさに戻って行く。

Track10:
「クラウディウスの控えめな田園詩にふさわしく、
シンプルな曲付けをされた『泉に』D530は、
1817年2月に作曲されたのに、
シューベルトの死後まで出版されなかった。
多くのシューベルト歌曲同様、
単純さと微妙さが手を取り合って、
詩の中に流れる深い感情を描写している。」

ダフネ(ニンフ)になぞらえて、
泉のほとりで会った少女への思慕を、
明るく単純に歌ったもの。

ナイーブである。
この叙情的な声を持つ歌手の
得意とするところだろう。
ここに来て気づいたが、
この歌手を始め、演奏家に対する解説は、
一切ないようである。

Track11:
「シューベルトは『小川のほとりの若者』に、
3度、異なる付曲を行った。
今回、ここに録音されたのは、
その2番目のもので、
シラーの悲劇的な詩に迫っている。
1812年の最初のものは、
彼の現存する最初の歌曲の一つで、
3度目のものは、1819年に、
『ます』の直後に作曲されている。
2番目のもの(D192)は、1815年に書かれ、
失意の若い恋の自己陶酔的な憂愁を、
強調した曲想である。」

この曲のみが何故かD番号で500番代ではないが、
「美しい春が喜びを与えてくれたとて、
それが僕の何の役に立つというのか」という、
屈折した、シラー&シューベルト的なものであるが、
「僕の求めるのはただ一人のひと、
そのひとは近くにいながら永遠の彼方に離れている」
と歌われると、のっぴきならない状況と分かる。

その悲劇性にふさわしく、ピアノも歌も、
にび色の光沢を備えている。

Track12:
「『舟人』D536は、おそらく、
マイヤーホーファーのその他の数曲と一緒に
1817年3月に書かれた。
絵画的な無窮動の伴奏に彩られた、
活気ある力強い付曲の最初の版は、
1823年に出版された。」

「ます」の五重奏曲の爽快なエンディングの後で、
おそらく、この曲は最後に置かれるのにふさわしかろう。
一説によると、シューベルトの歌曲の中で、
唯一、悲しみがないものとも言う。
この曲のみ、ハイペリオンの歌曲集で、
水にちなむ歌曲集として収められていた。

得られた事:「シュタイアーは、マイヤーホーファーの故郷でもあり、シューベルトはこの盟友から、その地の自然への感受性の準備をたたき込まれていたのかもしれない。」
by franz310 | 2010-02-20 23:45 | シューベルト

名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その205

b0083728_12261065.jpg個人的経験:
前回、アリャビエフの
ピアノ三重奏曲を聴いて、
シューベルトより10歳年長で、
いわば辺境の作曲家が、
古典の枠組を越えた作風を
示していた事実に、
いくぶんの驚きを感じたが、
名門ベートーヴェン四重奏団で、
この作曲家の作品は、
他にも弦楽四重奏曲が聴ける。


この四重奏団、ショスタコーヴィチの演奏で有名で、
昭和51年の最新レコード名鑑でも、
ショスタコーヴィチの最後の弦楽四重奏曲を聴くには、
この団体の演奏しかないことが記されている。

大木正興氏の解説によると、
「この四重奏団は一九六〇年代の半ばに
楽員の交代をやむなくされ、
一部が若く、一部が前時代的なスタイルの
老人ということになって
様式的にまとまりにくくなったようだ」
などと厳しい指摘がされている。

今回のアリャビエフについて言えば、
戦後すぐのモノラル録音なので、
創設期の老人メンバーの若い頃で占められており、
そうした問題はないだろう。

とはいえ、1948年という、
恐ろしい時代のレコーディングに、
ふと、思いを馳せてしまった。

これらの作品も、一聴して聴き応えがあるが、
この恐るべきスターリンの時代に発掘された作品に、
本当に信憑性があるのだろうか、
などという疑念がわくではないか。

これは、勝手にそう思っただけで、
このテーマ追求が今回の目的ではない。

何と、1825年の作品とされる、
ト長調の四重奏曲の第3楽章は、
何と、「ナイチンゲールを元にしたアダージョ」となっていて、
ガリ=クルチや、シュトライヒの歌で知られる、
ロシアの名歌曲のメロディーがあからさまに歌われる。

これはびっくり、あまりにも出来すぎな話であるが、
アリャビエフの作品という保証書付き、
という感じで、問答無用である。

ここで少し脱線すると、
この「夜鶯(ナイチンゲール)」は、
名ソプラノ、リタ・シュトライヒの回想では、
彼女の人生において、
かなり重要な1曲として、
紹介されているのを読んだので書き留めておきたい。

この20世紀前半に世界中から愛された歌姫は、
声がきれいだと言うことで、
女学校時代から、クラスメートには有名で、
たびたび、この曲を歌わされた、
と回想しているのである。

雨の日、昼休み、校庭で遊べない時には、
クラスメートに歌をせがまれて、
昼食を食べ逃した、などという少女時代の話のあと、
シュトライヒはこう結んでいる。

「後になって大ホールで歌うようになってからも
聴衆はこの歌をいつも希望しましたが、
このリクエストは女学校時代からなされていたわけです。」

さて、こんな佳曲を書いた、
アリャビエフの話に戻るが、
先の四重奏曲が書かれた、
1825年といえば、シューベルトが、
やはり、自作の歌曲を主題にした、
「死と乙女」を書いた翌年であり、
アリャビエフの四重奏曲と同じト長調の作品は、
シューベルトにおいては翌年に現れるという時点に相当する。

この時代にロシアに、
こうした作品が生まれていたのであろうか。
という疑念が改めて浮かんでくる。

とはいえ、それより20年前に書かれた、
ベートーヴェンの「ラズモフスキー四重奏曲」は、
ロシアの俗謡に寄っているし、
それを遡ることまたも25年前のハイドンの四重奏曲は、
ロシアの大公夫妻を喜ばせようと作られたゆえに、
「ロシア四重奏曲」(作品33)と呼ばれている。

我々は、グリンカを持ってロシア音楽の創始者と考えたがるが、
アリャビエフとなると、それより一世代古い世代となる。

b0083728_1227087.jpg今回のCDには、
この「ト長調」第3番の前に、
1815年の作とされる、
第1番「変ホ短調」というのも入っている。
Bohemeというレーベルの、
ロシア・クラシカル・コレクション
というシリーズのもので、
ここでのアリャビエフの肖像は、
「ちょび髭の夢見がちなおっさん」、
という風情で「先駆者」の感じはない。


この線画を描いたのは誰か分からないが、
Design Vladimir Pasichnikとある。

Text Konstantin Zenkin、Mikhail Tsyganov
とあるのは、解説者であろうか。
ロシア語いっぱいのCDではあるが、
幸いな事に、比較的丁寧な英文解説もある。
そこには、こんな事が書いてある。

「19世紀初頭の高名なロシアの作曲家、
アレクサンダー・アレクサンドロヴィッチ・アリャビエフ
(1787-1851)の名は、
ロマン派時代の素晴らしい、
ロシア都会派ロマンスの好例である、
ロマンス『ナイチンゲール』によって、
多くの音楽愛好家に知られている。」

何だか変な文である。
「良く知られている人は、
これで知られている」というロジックは、
メビウスの輪みたいである。

「アリャビエフによる、
ロマンスや歌曲、ピアノ舞曲の小品は、
生前から出版され、よく知られていた。
アリャビエフは、シェイクスピアのロマンティックな劇、
『嵐』に基づくものを初め、6曲のオペラ、
バレエや劇場上演用の音楽20曲以上、
序曲、交響曲、四重奏や三重奏など室内楽作品、
合唱とピアノのための作品、
160曲以上のロマンスを作曲した。
これらの豊富な遺産の運命はドラマティックで、
450曲以上あるとされる作品の大部分は、
手稿のままであり、それらの多くは未完成であったり、
失われていたりする。」

これはドラマティックというより、トラジックではなかろうか。

「器楽曲はよく知られておらず、
演奏されることも、出版されることも稀であった。
アリャビエフの不当にも忘れ去られた作品が、
よく知られたロマンス同様、演奏家や聴衆に、
知られる日が来ることを祈るばかりである。」

とはいえ、ロマンスとて、
「ナイチンゲール」くらいしか、
知られていないのが実情ではないか。
まずは、このロマンスから、
知られるようにすべきではないか。

「アレクサンドル・アリャビエフは、
シベリアのトボリスクに生まれ、
1812年、ナポレオン軍ロシア侵攻の折には、
軍隊と共に、パリまで入城している。
1825年、アリャビエフは、偽りの殺人罪に問われ、
逮捕され、長期間の流罪となった。」

おかしい。
前回のCDでは、アリャビエフは、
シューベルトの死の年に流罪になったとあったはずだが。
あるいは25年から28年まで、
裁判か何かで、ごたごたしていたのだろうか。

また、「ナイチンゲール」のような民謡風のものは、
流罪になってから、コーカサス地方に、
転地療法した際の作かと思っていた。

とにかく、ここに収められた2曲は、
このナポレオン戦争から、シベリア流罪の間に、
書かれているようだ、という事は分かる。
では、「ナイチンゲール」は、シューベルトの歌曲と、
同時代の作品だったということになる。

以下、読むと、1828年に追放になったのは、
事実のようだ。

「1828年、作曲家は故郷のトボリスクに追放となり、
1831年にコーカサスに、後にオレンブルクに飛ばされた。
皇帝ニコライ一世によって、
警察の監視下で、モスクワに住む事が許されたのは、
やっと1843年になってからであったが、
それでも公衆の前に姿を現わすことは許されなかった。
コーカサス、ウラル、シベリアの
民衆の音楽に対する彼の知識は、
その音楽の多くに見て取ることが出来、
それは特にプーシキンの詩による、
メロドラマ『コーカサスの囚人』や、
オペラ『Ammalat-Bek』に見てとれる。」

今回、ここに取り上げられた作品は、
まだ、罪人扱いされる前のものということで、
こうしたコーカサスの民衆の音楽は、
まだ影響していないのだろうか。

「一般的に、アリャビエフの音楽のスタイルは、
古典期からロマン派の遷移期の特徴を持っている。
彼の四重奏曲第1番、第3番は、
それぞれ、1815年、1825年に書かれた。
これらは彼の初期のもので、
古典派の原理に従っている。
典型的な4楽章構成であり。
生き生きとしたソナタのアレグロ、
緩徐楽章、メヌエット、きびきびとした終曲からなる。
第3番は、例外的に緩徐楽章の前にメヌエットがある。

アリャビエフの古典主義は、
ベートーヴェンとロッシーニの時代を想起させ、
特に、メヌエットが性急で、エネルギーに満ちている。
さらに特徴的なのは、以下の点である。
第1カルテットの終楽章が、
ゆっくりとした、悲しげな序奏を有する点で、
これは、終曲や、曲全体の楽しげな風情と、
大きなコントラストをなしている。
また、第3カルテットの第3楽章の、
ナイチンゲールの主題による変奏曲も、
悲しみにくれた叙情的な表現も同様である。
作曲家はこの楽章を、
ロシア歌曲『ナイチンゲール』によるアダージョ、
と呼んでいるが、
これはアリャビエフの時代には、
民謡のみならず、民謡の精神で書かれたロマンスも、
同様にロシア歌曲と呼んでいたからである。
アリャビエフの作品は、ロシアにおける、
この分野の最初の作品で、
その熟達した集中力によって、
ベートーヴェンやシューベルトの
四重奏曲に近づいている。
アリャビエフの四重奏曲に、
我々は、その才能と共に、
ロシアの作曲家によって独自に解釈された、
西欧の古典の伝統を聴くことができる。」

第1番の第1楽章は、ハイドン風の簡素なリズミックなテーマで、
6分ほどのアレグロ・コン・スピリート。

主題労作に入りますよ、という感じが見え見えの開始部である。
いや、シューベルト少年期の作品もこんな感じだったような気がする。
1815年は、まさに少年シューベルトの創作力が爆発した年であるが、
アリャビエフは10歳年長なので、28歳の青年であった。

これまでのCD解説でも、
この人がどのような音楽教育を受けていたかは、
全く書かれていないが、才能ある人であったはずなので、
この時期に書くとすれば、こんな音楽になるものと思われる。

第2楽章のアダージョは、
ベートーヴェンの作品のように深い瞑想を感じさせるアダージョ。
1815年という年には、ベートーヴェンも、
まだ、後期の作風には到達していないが、
(というかスランプ期である)
それを示唆するような世界が模索されていることは大変興味深い。
時折、ヴァイオリンによる名技的な装飾が入るのが面白い。
1948年の録音時点、
演奏しているベートーヴェン四重奏団は、
ショスタコーヴィチから、ベートーヴェンの精神で書かれた、
作品を献呈され初めており、
こうした内省的な表現には、異常な集中を見せている。
7分かけて、じっくり歌われる。

第3楽章は、ロッシーニの影響などと、
解説には書かれていたが、
明るく飛び跳ねる気持ちのよいメヌエット(アレグロ)で、
これまた、若い頃のシューベルトという感じ。
ハイドンなどを手本にして、当時の感覚を入れ込むと、
こうした音楽になるのだろうか。

トリオは、オンスロウとか、フンメルを思い出す、
半音階で浮遊するような憧れの調べ。
これも美しい。
この楽章は5分に満たないが、充実した内容である。

アリャビエフはパリにいたようなので、
オンスロウあたりの音楽は知っていたかもしれない。

終楽章は解説にもあったように、
沈鬱な序奏が置かれ、7分15秒と最長の音楽となっている。
主部は軽妙に第1ヴァイオリン主導型で推進していく、
力強い音楽だが、内声部も充実していて迫力がある。

アリャビエフ初期の作品というが、
家庭内で閉じられていた、
シューベルトの初期作品と、
同等以上の工夫と魅力がある。
(同じ年、1815年の四重奏では、
シューベルトには「ト短調」という素晴らしい作品があって、
この曲に対しては、私は優位を譲るわけにはいかないが。)

あながち、解説者が言っていることは嘘ではない。
演奏会の前半を盛り上げること受け合いである。
おそらく、うるさいサロンで鍛えられた手腕であろう。

このCDの録音、60年も前のものながら、
いくぶん潤いに不足するが、ノイズもなく、
この初めての作品鑑賞にはまったく支障はない。

また、前時代的様式の老人集団の演奏かというと、
そんな感じはまったく感じなかった。

弦楽四重奏曲第3番は、10年後の作品で、
第1楽章のアレグロから、
楽器の扱いは自由度が増して、
全楽器が大きな表情で歌い合い、
交響的とも言える表現になっていて、素晴らしい。
これなども、私が思い浮かべるのはオンスロウの音楽である。
特にロシア的ということはないが、魅力的である。

第2楽章は、ぐるぐる旋回する、
幾分強引なメヌエットであるが、
ピッチカートなども彩りを添え、
まことにきらびやかな表現が満載となっている。
音がぎっしり密集して、
これなども交響曲的と言えるかもしれない。
アリャビエフには交響曲があるというが、
きっと面白いものに違いない。

第3楽章は例の美しい歌が切々と歌われるアダージョである。
転調が行われ、おっ、雰囲気が変わったな、
と思わせるが、やはり歌われているのは、
「ナイチンゲール」である。

とはいえ、第1番のアダージョのような、
内面の声というより、美しい幻想の一瞬といった感じ。

前回、シューベルトの「ます」も、
アリャビエフの「夜鶯」も、共に、
動物に自然界の自由さを仮託した表現、
などと書いたが、まさか、変奏曲になっている所まで、
一緒とは思わなかった。

まだ出版もされていない時期、
作曲から数年は経過しているが、
シューベルトの「ます」の五重奏曲を、
ロシアに紹介した人などはいないだろうなあ。

終楽章は、切迫感に満ちたアレグロで、
これも、短調や長調が変幻自在に駆使され、
素晴らしい高揚感を形成している。

ベートーヴェン四重奏団は、共感に満ちた、
集中力のある表現を見せている。

さて、このCDには、見開きで、
ベートーヴェン四重奏団の演奏風景が、
(セピア調白黒写真)掲載されているが、
演奏者に関する解説にもスペースを取っている。

「ベートーヴェン四重奏団は、
ディミトリ・ツィガノフ、ヴァシリー・シリンスキー、
ヴァディム・ボリソフスキー、セルゲイ・シリンスキーからなり、
1923年にモスクワ音楽院四重奏団として結成された。
1931年、そのベートーヴェンの四重奏曲の、
輝かしい連続演奏によって新しい名称を得た。
この四重奏団は、この四人の音楽家たちによって、
40年以上続き、長寿記録の一つとなっている。
この時期、600曲以上を演奏し、
そのうち200曲以上を録音している。」

ソ連の団体では、ボロディン四重奏団とか、
グリンカ四重奏団、タニェーエフ四重奏団とか、
その国の作曲家の名前の四重奏団が多いのに、
この団体だけが、何だか変な団体だと思っていたが、
このように、権威も由緒もある、
しかも、アカデミックな団体であるとは知らなかった。

「アリャビエフの四重奏曲は、
この四重奏団のクリエイティブな発見の一つである。
これらの四重奏曲は、作曲家の生前には、
サロンにて演奏されたが、その後失われていたもので、
1948年、楽譜がモスクワ音楽院の地下室で発見され、
復活初演が、この四重奏団によってなされた。」

このようにあるように、過去の研究もばっちりの団体。
あまり、ここまでやる団体というのは例を見ない。
アマデウスもスメタナもジュリアードも、
普通のレパートリーしか録音していない。
名門というものはそういったものかと思っていた。

「全メンバーは、モスクワ音楽院で教鞭をも取り、
年を経るにつれ、新しいメンバーに移り変わった。
ニコライ・ザヴァニコフが、
ヴァシリー・シリンスキーに代わり、
フェードル・ドルジーニンが、
ヴァディム・ボリソフスキーに代わり、
ユージン・アルトマン、オレグ・クリサが、
後年、メンバーに加わっている。」

ちなみに、ショスタコーヴィチは、
このヴァシリー・シリンスキー(第2ヴァイオリン)の、
追悼のために、弦楽四重奏曲第11番を書いたとされ、
この四重奏団の崩壊に従って後期の作品を書き進めた。

12番はツィガーノフに捧げられ(これは追悼でも退任でもない)、
第13番はヴィオラのポリソフスキー退任の音楽で、
14番はチェロのシリンスキーのための音楽。

最後の15番に至っては、
ベートーヴェン四重奏団が初演するはずだったのに、
今度はチェロのシリンスキーが急逝し、
初演の四重奏団が変更になっている。

大木正興氏が、メンバーがアンバランスだと書いたが、
そんな問題を越えて、この四重奏団が、
ショスタコーヴィチの音楽と、
密接に繋がっていたことに思いを馳せるべきなのであろう。

「この四重奏団のレパートリーは、
モーツァルト、ハイドン、ベートーヴェン、
シューベルト、シューマン、ブラームス、
チャイコフスキー、タニェーエフ、
グラズノフ、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチ、
ストラヴィンスキー、ヒンデミットであり、
この四重奏団に、ショスタコーヴィチ、
ミヤコフスキー、シェバーリン、ヴァインベルクが、
作品を捧げている。
このアンサンブルはショスタコーヴィチの
全四重奏曲を初演している。」

この全四重奏という表現は、十五番の例からしても、
ちょっと、言い過ぎであろう。

「また、ギレリス、リヒテル、ユーディナ、ロストロポーヴィチ、
オイストラフ、コゾロフスキーのような、
有名な音楽家が、ベートーヴェン四重奏団と共演している。」

このようにあるように、この四重奏団は、
マリア・ユーディナと共演し、
シューベルトの「ます」を録音してくれている。

ショスタコーヴィチさえ、
畏敬の念を持って接していたと思われる、
この巫女のようなソ連の女流は、
バッハの演奏で知られ、
モーツァルトではスターリンに賞賛され、
素晴らしいシューベルトのソナタも残しているので、
これは聴きモノであると思った。

録音年は分からないし、コントラバスも誰か分からない。
書いてなさそうである。
これまたロシア語満載で、レーベル名も読めない。
解説もさっぱりわからない6枚組に収録。

しかし、この「ます」の演奏は、
何とそっけない演奏なのであろうか。
序奏からして、ピアノは、ばーんちゃらららと弾き飛ばし、
ベートーヴェン四重奏団も、その迫力に押されたのか、
何だか、急にテンションを上げて、
すごいスピードで弾き進めて行く。

とにかく、ものすごいスピードであることは確か。
弦は、時折、じっくりと歌おうとするのだが、
ピアノが入って来るタイミングがせかせかしているので、
全員が興に乗っているわけではなく、
四重奏団が煽られているものと思われる。

しかし、ユーディナに何が起こったのであろうか。
この幻視者は、何かをそこに見いだしたのであろうか。
指がもつれる程に、夜叉のように猛進している。

咳が聞こえるので、ライブ収録であろうが、
単に、早くコンサートを終えて、
帰りたかっただけのような感じが強い。

しかし、四重奏団の方はベストを尽くして、
燃焼しようとしているようである。

第2楽章は、内省的な音楽なので、
ユーディナに向いていると思われるが、
弱音重視で、よく聞こえない印象。
ただし、弾き飛ばし感はない。
音が歪むのが残念だが、
弦楽は各奏者の美しい歌が味わえる。

第3楽章は、ツィガーノフも一緒になって、
ものすごいテンションになって、
まるでスポーツか何かのように、
ピアノと火花を散らしている。
もう、彼らの頭には、シューベルトの事など、
すっかり無くなっているようである。

さて、アリャビエフ同様、有名な歌曲が主題になった、
第4楽章。
ここで、ようやく、自分たちが、
シューベルトを演奏していた事を思い出したようである。
弦楽だけの主題呈示は、粋な節回しも聴かせて、
大木正興氏が書いていたような古風な表現が聴かれる。
しかし、ピアノが入って来ると、
緊張感が漲り、各変奏の間も、ゆっくり取らせて貰えない感じ。
変奏曲の個々は、しっかりシューベルトを歌っているが。

ユーディナは、指が絡みながら、
凶暴な表現に傾斜しがちである。
ピアノのハンマーが叩きつけられ、
いったい、何を怒っているのだろうか。
この曲を根本から呪っているのだろうか。
あるいは、この四重奏団が嫌いなのだろうか。
または、何かが降臨して、彼女を駆り立てたのだろうか。

終楽章もめちゃくちゃがさつである。
ここでは、弦楽四重奏も共犯で、
クレイジーな状態に陥っている。
あるいは、背後に暗殺者の影があって、
何か脅迫されてでもいるのだろうか。
まるで戯画のようながちゃがちゃ状態で、
完全にリズムが硬直している。
ここまで潤いのない演奏は初めて聴いた。

ある意味、恐ろしく貴重な体験であった。

ライブらしいが、拍手がないのが残念。
聴衆はどんな反応をしたのだろう。


得られた事:「ベートーヴェン四重奏団の演奏、アリャビエフに優しく、シューベルトに厳しい。」
by franz310 | 2009-12-20 12:27 | シューベルト