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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その146

b0083728_083766.jpg個人的経験:
先に取り上げたように、ケンペは、
バイエルン放送交響楽団とも、
「ドン・キホーテ」の
ライブ録音を残しているが、
ベルリン・フィル、
ドレスデン・シュターツカペレとは、
正規のスタジオ録音を残している。
ことに前者は、ステレオ初の
同曲のレコードだったこともあって、
大変、長い間、この曲の
代表的な演奏として知られていた。

バイエルンのケンペ、ベルリンのケンペ、
カラヤンのベルリン・フィル、ケンペのベルリン・フィル、
という点でも興味深いので、
ついつい、この復刻CDを購入してしまった。

表紙写真のケンペもトルトゥリエも若い。
しかし、このような笑顔で指揮している指揮者のジャケットというのは、
あまり見たことがないような気がする。
それにしても、満面の笑みである。
こういう点が、オーケストラの団員に愛された指揮者、
という彼の形容を思い出させるのと同時に、
カリスマ性が欠けるような感じを与えて、
少なくとも日本では、損した部分もありそうだ。

それはさておき、このCD、解説がとても面白い。
Alan Sandersという人が書いているが、
下記のように、「ドン・キホーテ」受容史のような観を呈しているのだ。

「シュトラウスほど初期のレコードの恩恵に預った作曲家はいない。
まだ電気録音が導入される前の1925年にも、
多くの歌曲、オペラからの抜粋がレコード化されており、
交響詩を録音するために、30人ばかりの音楽家が、
ホーンを取り囲んだ。
『ティル』の最初の録音は、シュトラウス自身の指揮で、
1917年に行われ、続く8年間、
この曲や別のシュトラウス作品が、
争うようにアコースティック録音された。
同名の偉大な詩人の甥の子供、エドワルト・メーリケは、
『マクベス』、『ティル』、『ドン・ファン』、
『死と変容』、さらには、『英雄の生涯』までを、
パルロフォンに録音しており、
オスカー・フリートは、アコースティックプロセスの、
原始的技術にもかかわらず、
『アルプス交響曲』で音の魔術をグラモフォンに刻み込んだ。
1920年台、彼の成熟した交響作品の中では、
『家庭交響曲』、『ドン・キホーテ』だけが録音されなかった。
1938年に、ユージン・オーマンディが録音するのを、
待たねばならなかった前者については人気のせいだろう。
一方、『ドン・キホーテ』は、独奏チェロのみならず、
オーケストラで最も控えめな楽器の一つ、ヴィオラもまた、
独奏者が必要だったからではないだろうか。
最も野心的なアコースティックの録音エンジニアですら、
このバランスの問題には二の足を踏んだのであろう。」

それもあろうが、「ドン・キホーテ」とて、
それほど、人気作とは思えない。
チェロのための曲が少ないから、
仕方なく演奏しているのではないか、
と感じることすらある。

また、かなり困難な曲であるにもかかわらず、
チェロが始終活躍するわけでもなく、
指揮者としては、自分のコントロール下に置けない楽器が、
2つも3つもあったら、さぞかし、やりにくいだろうとも推測できる。

「1897年作曲の『ドン・キホーテ』は、
『騎士的な主題に基づく幻想的変奏曲』と題され、
セルバンテスの小説のエピソードに基づいている。
それは序奏に続く10の変奏、そして終曲からなる。
ドン・キホーテは独奏チェロで表され、
従者サンチョ・パンサはヴィオラ、
愛するドゥルチネアはオーボエで演奏される。
この作品の最初の録音は、1932年4月に、
アメリカン・ビクターのためにビーチャムが行った。
彼は、後に有名な指揮者としての道を歩む
アルフレッド・ウォーレンスタインのチェロの他、
ソロパートは、オーケストラの主席を起用、
ニューヨーク・フィルを指揮した。
この優れた演奏は、続くいくつかの演奏の規範となった。」
何と、英国人、ビーチャムの指揮が最古の録音とは知らなかった。

「シュトラウス自身、自作に対しては卓越した指揮者で、
1933年にグラモフォンにベルリン国立歌劇場管弦楽団と、
『ドン・キホーテ』を録音している。
彼は通常、オーケストラの主席奏者を独奏者としたが、
独奏楽器にはコンチェルタンテな強調効果があり、
特に多くの独奏パートを有するチェロについては、
協奏曲の独奏者のようにオーケストラを支配するべきではないとして、
主席奏者を登用していた。
しかし、1933年のシュトラウス盤の独奏者は、
有名なイタリアのエンリコ・マイナルディだった。
このパターンが、78回転時代の他の三つの演奏でも採用された。
1941年のシュトラウスの2回目の録音が、
バイエルン国立歌劇場の主席奏者を使ったとはいえ、
ビクターによる1941年のオーマンディ指揮の
フィラデルフィア盤では、エマニュエル・フォイアマンが起用され、
同じく1941年のUSコロンビアへの、
ライナー指揮のピッツバーク交響楽団の盤は、
グレゴール・ピアティゴルスキーが独奏チェロを務め、
1947年のビーチャムによるこの作品の二度目の録音では、
英国へのデビュー時のポール・トルトゥリエが独奏者であった。」

このレコードが、トルトゥリエの名声を確固たるものにしたことは、
ユリウス・ベッキ著の「世界の名チェリストたち」でも、
こう書かれている。
「第二次大戦中、占領下のフランスでその活躍を阻まれていた
この天分豊かなチェリストは、
1947年になり、ようやくソロイストとして、
国際的な活動を始めることが出来た。
サー・トマス・ビーチャム指揮による、
リヒャルト・シュトラウスの≪ドン・キホーテ≫の名演奏が、
彼の音楽界へのデビューを決定的なものとした。
これは彼の初めての、
また、大いに注目を浴びたレコード録音となったのである。」
(三木敬之、芹沢ユリア共訳)
よほど、印象的な独奏を聴かせたのであろう。

私は、最初にこの曲を漫然と聴いていた時は、
独奏チェロが大物の割には、何だか出番の少ない曲だな、
と感じたことがあり、フルニエのここが素晴らしい、
などと、感じたことはなかった。

さて、CDの解説であるが、下記のように続く。
「レコード会社は、このような有名チェロ奏者の起用が、
レコーディングの注意を引くことに気づき、
その他の独奏パートは、オーケストラの主席が受け持つようになった。」
微妙な表現である。
レコードを売る策略のように、聞こえるではないか。
が、コンサートでも、名手が現れた方が、聴衆は喜ぶであろうから、
レコード会社のせいだけではないだろう。

「1953年まで、次の『ドン・キホーテ』の録音はなかったが、
ピアティゴルスキーが第二回の録音を行った。
この時は、ミュンシュ指揮のボストン交響楽団と、
RCAビクターのためだった。
また、デッカには、フルニエが、
クラウス指揮ヴィーン・フィルと録音している。
トスカニーニの1953年ライブは、
USコロンビアへのオーマンディの録音同様、
後にRCAから50年台に発売された。
しかし、この曲の最初のステレオ録音は、
ケンペとベルリン・フィルによって、
1958年6月にようやく行われた。
ケンペはEMIの専属だったので、同様にEMIのトルトゥリエと、
彼の二度目の録音を行った。」
この表現も微妙。
お互いの資質を認め合ったから共演したわけではなさそうだ。
が、この後、まだ、このコンビの関係は継続するので、
たまたまかもしれないが、意気投合したのであろう。

「いくつかの知られざる理由によって、この録音は1960年の年初まで、
発売が延期され、しかもモノラルで出された。
英国でその年の9月にステレオ版が出たが、それは、
ヤニグロを独奏者としたライナー指揮のシカゴ交響楽団の競合盤が出る、
わずか4ヶ月前のことだった。」
まるで、ライナー盤が出る情報を聞きつけて、
出鼻をくじいてやろうという作戦にも聞こえる。
それはそれで面白い。

「LPの収録時間は、それを腕時計や時計で計るしかなく、
批評家やユーザーから、現在のように調べられたりしなかった。
1960年代には、通して1時間くらい収録可能であったが、
いくつかのLPは、30分少ししか収録されていなかった。
『ドン・キホーテ』は、40分少しの作品であるが、
いつもこれだけでLP1枚を占めることが多かった。
しかし、ここで初めて、新設のHMVレコードは、
残り15分を使って、『ティル・オイレンシュピーゲル』を併録した。
これは非常な人気作で、
シュトラウス自身の1917年の最初の録音から、
すでに、40種もの録音があったので、
おそらく思いがけない選択だった。
ケンペの録音が出た時、英国でも11の競合盤があった。」
人気がある作品と、それほどでもない作品を組み合わせるのは、
よくあることだと思うが。

しかし、下記の記述、非常に嬉しくなるものである。
いかにも、ケンペのシュトラウスが聴き応えがあるかを、
端的に言い表している。
「この時起こったのは、演奏が良いという以上のことだった。
1960年3月、ウィリアム・マンは、
グラモフォンのレビューで、
ケンペの『ドン・キホーテ』を、
『これからも長く満足させてくれるもの』と評し、
ケンペの『ティル』を、
『きびきびと活気あり、ドン・キホーテ同様傑出したもの』と書いた。
ステレオバージョンが登場した時も、同様の讃辞が繰り返された。
これを数回繰り返して聴いた後、息づくような対位法をステレオは再現し、
各楽器の特性も高められた、と書いた。
ケンペの『ティル』は、彼の最高の愛聴盤となった。
このような意見は他の場所でも聞かれ、
1961年のステレオ・ガイドでは、
ケンペの『ドン・キホーテ』は、
『気持ちの良い明るいタッチで、
指揮者のみならず、各奏者の共感を感じさせるもの』と書き、
20年以上経った後、ケンペがシュターツカペレ・ドレスデンと、
EMIに二回目の録音(チェロはやはりトルトゥリエ)を出した時にも、
EMIのクラシック・フォア・プレジャー・シリーズで残っており、
新ペンギン・ステレオ・レコード&カセット・ガイドで、
『クラシック・レコードの中で最高のものの一つ』と評された。」
だんだん、早く聴きたい、どんな演奏なんだ?
という好奇心がわき起こってくる、憎い解説である。

ただし、曲に関しては触れられていないので、
初めて聴く人はとまどうだろう。
しかし、そういうたぐいの商品でもなさそうだ。

「それには理由があった。
ケンペはビーチャム、ライナー、セル、とりわけベーム、クラウスのように、
個人的親交をシュトラウスと結んでいたわけではないが、
18歳でライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の
主席オーボエ奏者になったとき、
作曲者自身の棒で演奏した経験があるのだった。
数年前に、彼は最初の『薔薇の騎士』の録音を行っていて、
コンサートだけでなくオペラにおいても、
シュトラウス解釈の第一人者とされていた。
44歳だったトルトゥリエは、最高のチェロ奏者の一人で、
やはりシュトラウスの指揮で、
モンテカルロで『ドン・キホーテ』を演奏した経験があった。
ベルリン・フィルは、カラヤンの下で再生され、
すぐれた楽団となっており、
EMIの技術者が、精密なステレオ録音によって、
暖かくすばらしいバランスでこれを捉えた。
この芸術と技術の融合によって、
この演奏と録音は当時最高のクラシックとなった。
1950年代に録音技術は長足の進歩を見せたが、
この年代の終わりには、初めて、生演奏と比較しうる、
妥協なく、リスナーによる補足なしの音質になったのである。」
という具合に、
読む者の期待を一気に高める効果を有する。

このCD、録音の鮮度の高さにまず驚く。
ステレオ初期というと、どうも薄っぺらな、
音しか出なかったような感じがするが、これはそうではない。

また、確かに、「ティル」が驚愕するような演奏である。
「ドン・キホーテ」もいいのだろうが、
この「ティル」は、あまりにも眼が覚めるような表現で、
私は、初めて、この曲を楽しんだような気がした。

楽団員が共感しているという表現に納得。
全員が、まさしく一丸となって、炸裂するような感じ。
あちこちに活き活きとした即興的表現がきらめき、
ぴちぴちと音が跳ねている感じである。

ここには、団員の微笑みがある。
カラヤンのどのレコードからも、
絶対に感じられないものが、
きっと、この、演奏者の微笑みの感覚であろう。

が、逆に言うと、カラヤンは素晴らしく統率し、
ケンペの統率がどう活きているのかは、
よく分からない、ということにもなろう。

とにかく、このCDの演奏、
すでにカラヤンの手兵であった時期だが、
帝王が強烈にドライブしている訳ではないのに、
何故か、全体が火照って、自らの力に煽られている。
摩訶不思議な演奏である。

「ドン・キホーテ」は、曲がもう少し多層的なので、
こう簡単には表現できないが、
その多層的な内容をうまく捉えている。
例えば、第1変奏で、ドン・キホーテが地面に叩きつけられる時の、
どすん、という音は、非常にリアルで、聴いているだけで痛みを感じる。

こうした、もっともらしさは、美しい第3変奏にも言え、
非常に真摯な憧れを表出、
その後、一点して第4変奏では、あの「ティル」と同様、
きびきびとした、躍動感の対比で聴かせる。

ドイツのカペルマイスターの伝統を受け継ぐ、
とされるケンペの指揮の魅力は、こうした厳めしい枕詞より、
こうした柔軟、機敏な表現力の幅にあるようだ。
トルトゥリエの演奏にも、こうした事は言えよう。

b0083728_091965.jpgさて、ケンペは、
シュトラウスの全集LPを、
完成するや、
まだ働き盛りに急逝したが、
この全集における
「ドン・キホーテ」は、
1973年の録音。
チェロはトルトゥリエだが、
何と、ヴィオラ独奏には、
これまた、
ビッグネームが入っている。


マックス・ロスタル。
アマデウス四重奏団の師匠として知られる大家ではないか。
この人については、ここでも、以前、取り上げたが、
非常に陰影の濃い、表情の豊かなヴァイオリンを聴かせていた。

またまた、「ます」からかけ離れて、
困っていたが、こんなところで、
シューベルトの名演を残してくれた人と出会うとは思わなかった。

1905年生まれのはずなので、73年の録音時には、
68歳の高齢ということになる。

略伝によると、この翌年、ロスタルは、
ヨーロッパ弦楽指導者協会の設立に寄与して、
会長も務めたという。
この人は、戦争で大陸を逃れ、イギリスで後進を指導したのみならず、
大陸に復帰して、第2、第3の人生を歩んだという訳だ。
どえらい共演者を呼んできたものである。

実際に、彼の少しくせのある苦いような甘いような音色を、
ここでは要所要所で、楽しむことが出来る。
トルトゥリエ59歳、ロスタル68歳、ケンペは63歳。
ドン・キホーテの夕映えを、それぞれ、どのように捉えたのか。

終曲など、トルトゥリエの独奏チェロは自由闊達、
「天馬空を行く」、フォイアマンではないが、
妙に突き抜けた境地のようなものを感じる。

これはまた、第3変奏における、ロスタルの妙技にも感じることであるが。

さらに書くと、ドレスデンのオーケストラも、同様に、
夕映えに相応しい色彩である。
それもあろうか、標題をも超えた純音楽的な充実を感じる。

それが関係しているだろうか。
この演奏は、これまた、自発性に富んだ演奏ながら、
先のベルリン・フィル盤より、恰幅というか、広がりのある演奏に聞こえる。

しかも、柔らかく木目の細かいオーケストラの音色に、
身を委ねていると、あっと言う間に曲が進んでいくような感じがする。
特に、序奏で、主人公が錯乱していく様子は、
この演奏に、一番、説得力を感じた。
息遣いというか、オーケストラが呼吸しながら進んでいく。

EMIのオランダ製のCDの解説では、
ケンペについて、こんな風に書いている。
「彼は、偉大な伝統の継承者であり、決して、
それ自身の目的のために音響効果に堕することのない指揮者であった。
彼は、良い音楽を作り出すこと以外を考えなかった。」
「ケンペと一緒なら、オーケストラもオペラのアンサンブルも、
幸福を感じた。彼は、歌手や奏者がどうするべきかを心得た、
指揮棒のジェントルマンであった。」

このような解説からも、
あのテスタメント盤の写真の笑顔の意味が感じ取れる。

「彼は、生涯に亘って、ドレスデン州立歌劇場と結ばれており、
継続的に指揮台に立ち、沢山の録音も行った。
EMIへの彼のシュトラウス・アルバムは、
シュトラウスのきらびやかで、心温まる語法の解釈者として、
彼の名声を決定づけた。
彼は長い間、健康上の問題を抱えていたのに、多忙なスケジュールを、
こなし続けていた。
この感受性豊かなサウンドと、活き活きとしたリズムの巨匠は、
何者も代わることが出来ない。」

シュターツカペレ・ドレスデンとの、R・シュトラウスの管弦楽全集は、
1970年から1976年にかけて録音されたものである。

ここまで、シュトラウスの曲に対して、
ここまでまとまったものを残す指揮者が現れず、
このケンペの演奏は、何度もLP化、CD化される名盤となった。

私の場合もそうだが、特に、単売されていた「アルプス交響曲」は、
その素晴らしい録音と、充実した演奏で圧倒的なものであった。
この演奏は、この不思議な大曲の決定盤となり、
この指揮者の多くのファンを作ったのではないだろうか。

さて、この全集(オランダ盤)における、
「ドン・キホーテ」の解説は、
上記58年盤(テスタメント)の解説の足りないところは、
全部、補ってくれるような解説だが、おもしろさで言えば、
先のものに叶わない。

まず、曲については、なかなか興味深い切り込み方である。

「ドン・キホーテの悲劇的な狂気と、
世才に長けた皮肉、主人公の性格に潜む矛盾などが、
シュトラウスの陽気なメンタリティを捉え、
スペインの16世紀封建制度における、
騎士道の衰退の時代は、
彼の創造力を刺激した。
『ツァラトゥストラ』の作曲で、
神話的深淵を探求したばかりのシュトラウスは、
幻覚を掴むことに人生を賭けるような人すべての象徴である、
空想の中にしか存在しないということを理解せず、
空中の楼閣を築くような天才を創造することによって、
新しい領域に踏み込むことになった。」

また、ここでも、その主人公は、
作曲家自身の戯画であると明快に書かれている。
「ドン・キホーテの無駄な努力は、
社会風刺以上に、作曲家自身に向けられた風刺であった。
(作曲家は、『これは高度なまでに独創的、
完全なまでに、色彩的にも新しく、
訳も分からず、笑うであろう間抜けな連中のための、
最も愉快な展示会なのです』と1898年に母親に書いている。)
長い間、認められ、賞賛もされ、
エネルギーも充満し、経験も積んだ上、
『英雄の生涯』、『家庭交響曲』、
台風のような『サロメ』といった作品を集中砲火した時期にあって、
シュトラウスは、今、実際、哲学者
(笑いの哲学者であろうとも)になった。」

「『騎士的な主題による幻想的変奏曲』が、この作品の副題で、
数年前の『ティル』では、ロンドという古典形式を守ったが、
彼はここでも変奏曲形式を採用した。
しかし、これは、主題に密に即した、
厳密な変奏曲と考えるべきではない。
事実、シュトラウスは主題、いや、むしろ、
ドン・キホーテと従者のサンチョ・パンサの2つの主題だが、
これをもとに変奏を行ったわけではなく、
これらの主題が目立つように視点を変えていったにすぎなかった。
グロテスクな騎士を表すメロディは独奏チェロに委ねられ、
巧妙に表された田舎風の音が、彼の従者を表し、
これはバス・クラリネットとテノール・チューバ、
さらに後ではヴィオラによって主に表される。
巧まずしてスコアは、気の利いた、ほのめかしや、
豪放な高笑いから、痛々しい断念まで、
声部やムードのぎらぎらしたコントラストによって特徴づけられる。
あざけりの立場にあったシュトラウスは、
絶え間なく疾走する機知、色彩的な変容の後で屈服し、
騒々しく、風変わりなものから離れ、
我々を、甘くで叙情的、癒されるような、
疑いなく和解するようなエピローグに導いていく。
独奏チェロのカンティレーナによって、
シュトラウスは彼の主人公を感動的な最期を歌い上げる。
失敗を通じ、破天荒な冒険家は一人の人間に帰って行く。
セルバンテスを音楽化した『ドン・キホーテ』で、
シュトラウスは、彼の持つ絵画的音楽語法を総動員し、
このスペインの古典を余すことなく描き尽くした。」

「またも、彼は、新作の交響詩の内容について、
1898年3月8日のケルンにおける初演の後まで、
何も知らせることはなかった。
もし、シュトラウスが音楽に移し替えた、
冒険すべての詳細を味わおうとしたら、
リスナーは、ある程度まで原作のストーリーを知る必要がある。」

「槍を突きつける風車や、
メイメイ鳴く羊の群れ、
空中を行く飛行などを行う騎士の姿、
こうした絵画的な音響効果が、
以前の標題的な作品より重要な役割を演じている。
しかし、シュトラウスの、赤裸々な自然主義、
この種の標題音楽の概念の曲解などを非難するのは
『ドン・キホーテ』に関しては間違っている。
シュトラウスは、きらびやかな擬音効果を楽しみ、
文学的傑作をきらめくような楽器で装飾しても、
スコアから知的な豊かさを失うことはなかった。
シュトラウスは、後期ロマン派のオーケストラの、
すべての音の兵器庫を使い尽くしながら、
特に、『ドン・キホーテ』にあっては特に、
音響はしなやかで、弾力に富み、開放的である。
特に、序奏、主題と変奏、終曲といった全編を通じ、
我々はあちこちで、最も独創的なオーケストラ利用による、
室内楽的な透明さを感じる。
主題材料の多面的な変容に加え、内的発展の手綱さばきが、
この豊かで創造力に富んだ作品を、
芸術と名人芸の境界にまで押し上げている。」

この全集盤、アール・ヌヴォー風に処理した、
シュトラウス像も、なかなか素敵だと思う。

得られた事:
「ツァラトゥストラの語る超人思想が、シュトラウスに自己探索の道に向かわせた。」
「ケンペは、オーケストラを幸福に、自発的に息づかせる不思議な指揮者であった。」
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by franz310 | 2008-10-26 00:17 | 音楽
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