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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その141

b0083728_21505132.jpg個人的経験:
ケッケルト四重奏団の、
モノラル録音の方の
「ます」は、
25cm版のLPでも、
発売されていて、
そちらには、
水彩画風というか、
陶器への焼き付け風というか、
素朴な魚の絵画が、
あしらわれている。

これは、ジャケットの大きさが、
一辺5cm小さくなって、
面積では、3割ほど
迫力がなくなったのを、
補ってあまりある。

やはり、これだけ視覚的効果でくすぐられると、
いろいろな空想の翼が広がる。

上半分の緑の部分の色合いも素朴で深く、
魚の上部が赤いのも面白い。
下側は、群青でさっと勢いがある。
ただし、シューベルトの音楽の若々しさは、
ちょっと捉えられていないかもしれない。

が、人間のどろどろとした世界から、
少し、超越した作品であることは伝わって来る。
誰が書いたかはよく分からない。

裏面のPrinted in Germanyの記載の後ろに10/60とあるから、
ひょっとしたら60年の発売であろうか。
ステレオ再録音の5年前に当たる。

ここでもすでに取り上げたが、
このレコードのレーベル、
ドイツ・グラモフォンは1959年に、
デムスのピアノに、アントン・カンパーら、
ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団らを起用して、
ステレオで、この「ます」を録音している。

最新のステレオ録音がありながら、
1960年に、改めて、
このケッケルトのモノラル盤を、
再発売した理由は、何だったのだろうか。

廉価盤に落としての再発売か。

確かに25cmになって、かなり紙面もコンパクトになり、
解説は、ついに、裏面だけに4カ国語、
ドイツ語、英語、フランス語、イタリア語がひしめく有様である。

当然、曲について、下記のような簡単な記載があるばかりで、
演奏家の紹介などはなくなっている。

「ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロとコントラバスのための、
『ます』のニックネームを持つ、イ長調の五重奏曲は、
作品166のヘ長調の八重奏曲に次いで、
もっとも明るく、分かりやすい室内楽作品である。」

前回、同じ曲、同じ演奏での「ます」の解説の方が良かった。
何故、唐突に、ここで八重奏曲の名を出すのか理解できない。
そもそも、八重奏曲は、交響曲への準備と、
作曲家が語っているように、同列に語ってよいものやら。

八重奏曲のレコードも売ってやろうという下心か、
「ます」が好きでないかのどちらかではないか。

「この作品は、作曲家が友人の歌手フォーグルと、
上部オーストリアを抜けていった夏の旅行の年、
1819年に作曲された。
彼が嫌だった教師の道を捨て、予測不能な音楽キャリアに進む、
ほんの2年前のことであった。」

なるほど、これは面白い書き方だ。
シュタイアーの街では、ひょっとすると、
「作曲家のシューベルトさんだ」と紹介されず、
「教師のシューベルトさんだ。作曲の腕も一流なんだ」
などと紹介された可能性もあるというわけか。

「『やっかいな教師の仕事から逃れ』、
と、友人のバウエルンフェルトはその『回想』に書いている。
『若い芸術家は、再び自由に呼吸することが出来た。
彼は、終わることなき天職に、情熱的に身を捧げ、
友人たちの重要なサークルの中で、新しい霊感を得た』。
このような『シューベルティアン』の一人、
アルベルト・シュタッドラーは、フォーグルの生まれた街、
シュタイアーに在住し、ここが彼らの旅の目的地だった。」
フォーグルが故郷に連れて行ったというよりも、
シュタッドラーに会いに行った、と読めるが、
一般には、フォーグルの故郷に、たまたまシュタッドラーがいた、
とする解説が多い。

「これは、シューベルトの人生の中で、最も幸福なひとときとなり、
シュタイアーのアマチュア音楽家、
ジルベスター・パウムガルトナーに依頼されて書かれた、
このイ長調の五重奏曲は、この幸福感を完全に反映したものである。」
この説明、「完全に反映」というところが力強くて良い。

「二つの興味深い特徴が、1817年作曲のシューベルトの歌曲、
『ます』の変奏曲を持つ、この室内楽を特徴付けている。
通常とは違って5つの楽章からなり、これは、
しかし、パウムガルトナーの望みを尊重しただけのことで、
シューベルトは最後から二番目にこの楽章を挟み込んだ。
もう一つのポイントは、特筆すべき楽器の選択である。
シューベルトはこの音楽をピアノと弦楽のために、
新しい楽器法のコントラストを求めており、
これは、5年後、八重奏曲にて、新しい管楽器と弦楽器の組み合わせを、
模索した時に、繰り返された。」

どうも、この解説者(誰か不明)は、「八重奏曲」が好きみたいである。
コントラバスが使われていることは、何も書かれていない。
だいたい、「八重奏曲」は、ベートーヴェンの「七重奏曲」に似たのを、
と頼まれて書いたものであって、シューベルトが、
楽器編成を工夫したとすれば、ヴァイオリンを一丁追加した点、
と思われていただけに、そうかなあ、という思いが強い。

続いて、こんな一言で、さらに「八重奏曲」を聴かせようとしているが、
いったい、どうしたことであろうか。
「この『ます』の五重奏曲から八重奏曲へと続く発展の道を、
アインシュタインは、『室内楽のためのセレナーデ』と呼んだ。」

うーん、出だしはまあまあだったが、
結局、よく分からない解説であった。
これで、さあ、「ます」を聴こう、とは思わず、
これは「八重奏曲」の前座なのかな?と思うユーザーもいそうである。

余計な心配であるが、グラモフォンレーベルでは、
1965年になって、ベルリン・フィルハーモニー八重奏団による、
「八重奏曲」が録音されるが、
この時期、ユーザーが、この曲を聴きたいと言った時に、
このレーベルは、これを聴いて下さいと、何か答えられたのだろうか。

ということで、この録音、
30cmLPの時の解説が、読み応えあったのに、
25cm化されたことに伴って、かなり解説がいい加減にされてしまった。
ジャケットには色気が出て来たのに、残念なことである。

前回、曲の詳細解説部は、省略しようと思ったが、
何だか、貴重な解説だったように思えて来た。
改めて、30cmLP盤の解説の続きを読み直しながら、
このレコードを堪能してみよう。

幸いなことに、このLPは、中古で買ったが、
盤面がとてもきれいで助かった。
この前の初期盤は、ノイズの海だったが、
これは針飛びなしで聴けた。

が、さすがに、盤が小さいせいか、
二番煎じで、録音が劣化したか、
音の生々しさのようなものはいくぶん、後退し、
この前のインパクトは押えられた感じがしないでもない。
気のせいかもしれないが、初期盤マニアがいることを考えると、
実際、そうなのかもしれない。

そもそも、この前のものと、
重さがまったく違う。
ターンテーブルに乗せる時の、
心の持ちようから、まったく異なる体験となる。
軽い。

が、小さい分、取り扱いは容易。
この中に同じ演奏が入っているとは思えない。

ということであるが、
とにかく今回は、
これを聞きながら、
30cmLPについていた、
楽曲分析の部分を、以下に紹介しよう。

「『ます』の五重奏曲の第1楽章は、
ソナタ形式のアレグロ・ヴィヴァーチェ。
ピアノによる性急なアルペッジョに続いて、
弦楽に第1主題が出る。
この着想は拡張され、短く展開され、第2主題を出す代わりに、
作曲家は第1主題をさらに魅力的な形で繰り返す。」

この部分、いきなりわかりにくいが、
魅力的な第1主題が、活き活きとしたヴァイオリンを中心に繰り返され、
印象的なチェロの大きな歌いぶりにも聞き惚れながら、
同じ主題から派生したとも意識しないままに、
我々は、この新緑の世界に迷い込むわけである。

「短い経過のあと、明るく活き活きとした短いメロディで、
第2主題がまずピアノで出る。」
たんたんたん、という部分である。
「ピアノで出る」と明記されているので、
見失うことはない。
こうした解説はありがたい。

(しかし、ものの本には、この主題は第2主題Bとし、
先のチェロを第2主題Aとするものもあって、混乱は混乱を呼ぶ。
いろんな解釈があるということだろうか。)

「その陽気さははかないものだが、
各楽器に模倣され、素晴らしいひとときを形成する。
これは、短く明るい、コデッタの開始の少し前に起こる。」
はかない陽気さというよりも、
私には、幻想的、陶酔的な心情を思い起こさせる。
特に、ケッケルトらの旧盤の演奏は、こういったところが印象的だ。
何か、音に身を委ね、次第に沈潜しながら、
底にある深いものに触れようとしているかのようだ。

ステレオ盤の方は、すこし、テンポが速くなって、
この深いものに触れる前に、水面に上がって来ているのかもしれない。

「展開部は、非常にオーソドックスで、
オープニングの主題のより熟した利用によって明らかである。」
オーソドックスか分からないが、この緊張した空気の気配は効果的。
劇的であることは確か。
この幸福の象徴ともされる音楽が、
こうした内省や葛藤を伴って出て来たことを痛感させられる部分。
そんな中、各楽器のめまぐるしい使い分けが、
実に冴えに冴えている。

「ここで独創的なのは、再現部の導入が、
サブドミナントのニ長調になっていることである。
この元気溌剌とした楽章は、明るく終わる。」
ニ長調になっていて、サブドミナントとは意識していなかったが、
確かに、こうした色調の変化が、この楽章を味わい深いものにしている。
同じ調で、最初から繰り返されるような音楽なら、
かなり薄っぺらいものになっていたであろう。
最初とは違って、少し大人びたシューベルトが、
ここには立っている。
本当に、シュタイアーで、彼は、どんな体験をしたのだろうか。

改めて、そんなことに思いを馳せた解説であった。

「第2楽章は、叙情的な開始部をもつアンダンテ。
この楽章の穏やかな美しさで、
アインシュタインが、マジャールやスラブの香りを嗅ぎ取っているのに対し、
ある批評家などは、そこにベートーヴェンの魂が宿るのを感じている。」
私は、このどちらも感じたことはなかったが、
いったいどういった点に、これを聴くのであろうか。

「この楽章は三つのセクションからなっており、それが繰り返される。
第一主題は、ピアノによって語られ、
すぐにヴァイオリンに代わられる。
この材料はさらに引き継がれ、発展させられる。」
まずは、高原の朝の大気のような爽やかさであるが、
この楽章、解説を読みながら聞くと、実に手が込んでいる。
最初の爽やかさは、次第に消え、
ふと気がつくと、自分は一人っきりではないか、
それに気づかされるような音詩となっている。

「弦に現れる単純なコードは、
ピアノのアルペッジョが強調しつつ、
嬰ヘ短調の第二のセクションに導く。
これは短い静かなパッセージで、
ヴァイオリンが小粋な音型を奏でる中、
ピアノのさざ波に乗って、ヴィオラとチェロが呟く。」
ここは、実に、幻想的な部分である。
ヴィオラとチェロが、たがいに耳を澄ませ合うような、
二重奏では、ヴァイオリンが単純な音型を繰り返し、
はるか草原の彼方を見つめるような趣きもある。
スラブの香りとは、こうした点に聴き取れるのであろう。
こうした部分、ケッケルト四重奏団の、
面目躍如といった感じがする。

「この後すぐ、ずっと情熱的で装飾的な主題が、
ピアノによって導かれ、すべての楽器によって、
順次、取り上げられる。」
情熱的とあるが、がちゃがちゃと興奮するものではなく、
ふつふつとこみ上げるものである。
ピアノの孤独な和音が、胸を打つ。
こうした点は、やはり、エッシュバッヒャーの方が、
エッシェンバッハより、深いものに触れているような気がする。

こうした、秘めた熱情というのは、確かに、ベートーヴェンを想起させる。

「このセクションの終わりで、突然の転調を伴って、
再現部が開始される。
ここでは、第一主題は変イで、第二主題はイ短調で、
第三主題のみがもとの調で復帰する。」
第二主題の二重奏も、何か、うつろな感じになっているが、
こうした儚さのようなものが、この曲に素晴らしい陰影を与えていたのだ。

第三主題は、もとに戻るので、ようやく、
元の場所に戻って来た感じがする。
もともとが、何やら危機を秘めているので、
胸が締め付けられるような感じが残っている。

「最もシューベルトらしく、小さく、嵐のような第三楽章は、
リズムの強調と、叙情性のコントラストによって、
力強さと輝かしさを兼ね備えたスケルツォとトリオである。」

この一文、最初、抵抗があった。
スケルツォがシューベルトらしい、という感じがなかったからである。
「未完成交響曲」も、スケルツォで中断したではないか。

「明るく陽気なスケルツォ部は、三部構成で、
最初の主題は、ピアノとヴァイオリンが交互に奏し、
第二セクションでもそれが繰り返させる。」
この第二セクションこそ、スラブ風の異国情調が感じられないか。

「トリオ部には二つの非常に美しい主題を含み、
最初のはヴァイオリンとヴィオラでアナウンスされ、
第二のものはピアノに割り当てられる。」
この解説もわかりやすい。
「ロザムンデ」の音楽の一こまを思い出させるような、
遠いお伽の国に遊ぶような感じがする。
そう言われてみれば、こうした音楽は、
シューベルトにしか書けないような気がして来た。

「習慣通り、全スケルツォ部は、トリオの後で、
繰り返される。」
とあるが、短いのに、強烈な印象を刻み、
かつ、分解してみても忘れがたい情緒を秘めている。

「第四楽章は、
シューベルトのもう一つの特質である、
天真爛漫な歌曲、『ます』のメロディによる、
6つの変奏曲からなる。
歌曲の精神と一致して、これらの変奏曲は単純でありながら、
大幅に華やかさが増している。
まず、これは素朴に弦楽で奏される。」
ここまでは、ピアノは出てこないが、
以下、ピアノの色彩が新鮮に導入される。
このレコードでは、エッシュバッヒャーが、
満を持して美しい音色を奏でる。
「第一変奏では、ピアノがわずかな装飾でメロディを奏で、
他の楽器は、練り上げられた伴奏を行う。」

「第二変奏では、ヴィオラとチェロがメロディを受け持ち、
時折、そこにピアノが絡む。」
とあるが、この演奏では、むしろ、
ケッケルトのヴァイオリンが舞い上がり、
その装飾音系のつややかさが目につく。

「第三変奏では、時折、チェロにアシストされるダブルベースが、
メロディを発し、ピアノが金銭細工のような音響を響かせる。」
このダブルベース、絶対に30cmLPの方が、
迫力のある音を響かせている。
ケッケルトが熱演しているかも、心許なくなって来る。

以下、楽器が書いてないのは不親切だが、
いきなり、激しい音楽が現れ、それが繰り返されるので、
第四変奏は分かりやすい。
「第四変奏では、トニック短調が色彩に変化をもたらし、
変ロ長調の第五変奏では、架橋するパッセージのようで、
休みなく、おそらくは最も明るい最後の変奏に続く。」
第五変奏は、チェロがロマンティックな歌を歌うところである。
架橋するパッセージという表現はよく分からないが、
おそらく、変奏曲の一章というより、発展があるためであろうか。

「ここにきて音楽はその美しさの全貌を現わし、
ピアノがオリジナルの歌曲の伴奏を奏でる中、
ヴァイオリンとヴィオラが、交互に歌う。
この陽気な波打つような音型は、用心深い鱒が、
水の中に滑り込み、漁師の釣針から逃れた描写にぴったりである。」
この楽章など、30cmLPで聴いた時の方が、
きれいな音に思えた。ピアノの響き方なども違う。
ちょっと平板になっていないか。

「この五重奏曲のフィナーレは、特にハンガリー風の香りを持ち、
重要な二つの主題を持つ、伝統的なソナタ形式をとっている。
第一主題は、いくつかの小さな音型と共に、この楽章を支配するものである。」
この解説、さっきまでは良かったのに、
どれが第一主題でどれが第二主題か書いていない。
力尽きたのであろうか。
たんたらたんたんと軽快なのが第一主題、
シンコペーションの上でチェロが歌うのが第二主題であろう。
いくつかの小さな音型というのは、
第一主題の前奏のように付随するものが、
確かに沢山あるので、これを指しているのであろうか。
しかし、展開部なく提示部が繰り返されており、
伝統的、慣習的なソナタ形式とは思えない。

「この楽章の重要な目的は、快活で、唐突なエンディングを、
この全体を通じて、喜びに満ちた作品にもたらすことである。
シューベルトの『ます』の五重奏曲は、
深いシューベルトではないが、愛さずにはいられないシューベルトである。
このような作品は、室内楽が無味乾燥で、人を寄せ付けず、
近づき難いものだと主張する人が、
間違っているということを、まさしく証明するものである。
『ますの五重奏曲』以上に、人を引きつけ、
楽しみやすい作品を思い出すのは難しい。」

この「愛さずにいられないシューベルト」というのは、
アインシュタインのぱくりではないか。

得られた事:「25cmLPでの再発売品は、ノイズはないが、音が薄くなっている場合があるようだ。」
by franz310 | 2008-09-20 21:56 | シューベルト
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