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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その135

b0083728_2383087.jpg個人的経験:
以前、ここで、
日本の指揮界の先達である近衛秀麿が、
シューベルト晩年の傑作、弦楽五重奏曲を、
管弦楽曲化した事について触れた。
近衛は、1930年頃、「終生の師となる」、
エーリヒ・クライバーと会っている。
この時、このドイツの大指揮者は、
すでに、レコードでも高名だった。
ベートーヴェンの没後100年を記念して、
「第二交響曲」などを録音していたからである。

おさらいすると、1890年生まれのクライバーは、
1923年、弱冠33歳の若さで、
ベルリン国立歌劇場の音楽監督になって、
ナチスを嫌って1835年にその職を離れるまで、
12年にわたって黄金時代を築いた。

この頃、このオーケストラの
コンサート・マスターを務めていたのが、
マックス・シュトループであった。
1928年から34年にかけて、その任に当たり、
32年から45年までベルリン音楽院の教授、
36年からは、シュトループ四重奏団を組織したと、
幸松肇氏は書いている。

ということは、高名な、
ポリドールの交響曲全集の「第二交響曲」
の録音(1929年)などは、シュトループが、
ヴァイオリンの最前列に座っていたのであろうか。

この録音は、今世紀になってからも、
ダットン・レーベルがきれいな復刻で、
CD化してくれている。
私は、息子のカルロスなどより、
父クライバーの、柔軟な音楽作りが好きなのだが、
そのCDで、もう80年も昔に録音された、
この交響曲の演奏を聴いても、
颯爽とした音楽の流れが心地よい。

この交響曲全集は、クライバー一人が全曲を振ったのではなく、
大作曲家のリヒャルト・シュトラウスや、
フィッツナーまでが登用されており、
音楽王国の底力を見せつけるような内容となっている。
フィッツナーは「田園」を振って、宮澤賢治の愛聴するところとなった。
このあたりのことは、この欄でも以前書いた。

そういえば、この録音は1930年。
あるいは、ここでのヴァイオリンにも、
シュトループの音は聞こえるのだろうか。
賢治が聞いた音ということだ。

フィッツナーは「英雄」も振っているが、
こちらは、ベルリン・フィルの演奏であった。
このように、当時から、ベルリンの二つのオーケストラは、
2大オーケストラの様相を呈していた。

戦後は、東西ドイツを代表する団体となった。

後者、ベルリン・フィルの小型バージョンである、
ベルリン・フィルハーモニー八重奏団については、
前回、フィルハーモニア・カルテット・ベルリンの時代まで概観した。

b0083728_23154542.jpg一方、前者、国立歌劇場管弦楽団を
ルーツとする四重奏団は、
先の幸松肇氏や新星堂のおかげで、
シュトループの時代から
確認することが出来る。

その録音の中でも一番古いのが、
1935年5月、38年6月という
奇妙な録音データを持つ、
レーガーの
弦楽四重奏曲第4番作品109である。


これは、クライバーの「第二」からは、
10年を経ようとする録音である。

また、この時代、ナチスの気配濃色となってクライバーが、
任を離れた時期にもあたる。
シュトループも、もうベルリン国立歌劇場からは離れている。
しかし、このメンバーがすごい。

第一ヴァイオリン マックス・シュトループ
第二ヴァイオリン ヨスト・ラーバ
ヴィオラ ワルター・トランプラー
チェロ ルートヴィヒ・ヘルシャー
とある。

トランプラーは、後に、アメリカに渡って、
ブタペスト四重奏団と、弦楽五重奏曲の名盤を多く残し、
日本でも非常な知名度を誇ったヴィオラ奏者であり、
ヘルシャーは、ソリストとしても多くのCDが入手できる。
日本を訪れ、東京芸大から名誉教授の称号を得ているらしい。

幸松肇氏の解説は非常に興味深く、こんな風に書いている。
「当時としては第一級の実力を持つ
プレーヤーを結集したものクァルテットは、
ブッシュ弦楽四重奏団が国外での演奏を中心にしていたため、
ドイツを代表する地位にのし上がった。」

ブッシュの演奏した、まったく同じ、
このレーガーの第4四重奏曲に関しては、
この前、この欄でも紹介した。

あの演奏は、強烈な哀惜・望郷の念を歌い上げた、
素晴らしいものであったが、
このシュトループの演奏には、あんな思い入れはないものの、
クライバーの演奏にも比肩すべき、きりりとした息づかい、
闊達な音楽作りを聞き取ることが出来る。

ものすごいちりちりノイズではあるが、
各楽器は1970年代のベルリン・フィルハーモニー八重奏団より、
10倍も明瞭に聞き取れる。
特に、ヘルシャーのチェロの雄渾さが嬉しい。
トランプラーの独奏部分も泣かせる。

一匹狼集団のなせる技と考えるべきか、
それとも、昔の人はすごかったと考えるべきか、
あるいは、フィルハーモニーと国立歌劇場の差異か。
いろんな事を空想してしまう。
あるいは、70年代のベルリン・フィルは、
完全にカラヤンの飼い犬と化していたということか。

このレーガー、幸松肇氏は、
「やや灰汁の強いシュトループの音は、
同様に灰汁の強いレーガーの音楽にぴったりで、
重厚なサウンドでフォローする低音部とうまくフィットしている」
と書いているが、決してフォローのみではない。
各自が十分に歌っている。

「灰汁が強い」という表現はよく分からないが、
甘い美音ではないということだろうか。
しかし、おそらく、彼らの音楽作りは、
感覚的に人を陶酔させようというものではなく、
理路整然と音響の魔法を繰り出して、
説得していくようなものだったとも言えるかもしれない。
したがって、終楽章のフーガなどは、どの楽器も明晰に鳴り響き、
まるで音の設計図が眼前に描き出されていくような、
精緻さに息を飲んでしまう。

このあと、1939年にはトランプラーはこの団体を離れ、
メンバーも、フーブル、ヒルシフェルダー、ミュンヒ=ホランドに変更して、
1940年、戦争の最中に録音された、
「ラズモフスキー第三番」や「死と乙女」といった、
弦楽四重奏曲の名作を録音しているが、これらも新星堂のシリーズで聴ける。

「死と乙女」などは、ロマン派の弦楽四重奏曲の代表と呼べそうな気もするが、
彼らの演奏で聞いていると、ロマンティックな憧憬などには、
まったく関心がないようにも思える。
すべての音が明晰に鳴り響き、新古典主義とでも呼べる演奏ぶりである。
甘味な音の海に酔わせてしまおうという気持ちはほとんど感じられない。
ひたすらに、書かれた音楽に切り込んでいくようなスタイルである。

かといって、無味乾燥かというと、
そんなことはなく、硬質の彫琢を感じさせるものがある。
ルオーの絵画でも、ジャケットにするというアイデアが浮かぶ。

実は、この団体、
トランプラーが去る前に、ピアニストのエリー・ナイを迎えて、
シューベルトの「ます」を録音しているのであった。

このCDは、同じく新星堂から出ていて、かつてこの欄でも取り上げたが、
その頃は、シュトループにもそれほど興味を持っていなかった。

その後、マイケル・H・ケイター著、
「第三帝国と音楽家たち」という本で、
こんな一節を見つけて驚いた。

「ヒトラーがユダヤ人を主要な地位から追い出しはじめると、
ナイは歓迎の意を露わにし、『あの人はゆっくりとだが、
過激に事を進めていく』と書いた。
もちろん、こうした処置のおかげで、
彼女自身が益を得ることもわかっていた。
ナイはシューベルトの五重奏曲『鱒』をエレクトローラに録音したとき、
『ユダヤ盤』の不在に大いなる満足を示し、
同時にカール・フレッシュ、ヤッシャ・ハイフェッツ、あるいは、
ヴラディーミル・ホロヴィッツといった国外のユダヤ人演奏家にはもう、
『出る幕がなくなった』ことを喜んだ。」(明石政紀訳)

この本には、エリー・ナイが、ヒトラーに接近することに腐心し、
1937年には、その甲斐あって、名誉教授の称号を贈られ、
1938年夏には公式晩餐の席を共にしたことが書かれている。
また、ヒトラーの前で、御前演奏を望んでいたのに叶わず、
バックハウスがすでにそれをやっていた事を知って逆恨みではないが、
「嫉妬のあまり逆上した」という記述も恐ろしい。

私が恐ろしいと思ったのは、
このバックハウスは、10年も前に、
「ます」の録音を行っているからでもある。
ナイは、それを知っていたのだろうか。

知っていたがゆえに、
お怒りも激しかったと考えてもよかろう。

バックハウスは、我々にとっては、
いきなり長老ピアニストのような印象だが、
ナイにとっては2歳年少の若輩である。
1933年といえば、ナイは51歳、
バックハウスは49歳。

1933年には、ルドルフ・ゼルキンの代役で演奏を頼まれた際、
ユダヤ人の代役と考えただけで身の毛がよだつ、と書き送ったとされる。
ゼルキンは言わずと知れた、
ブッシュの娘婿であり、ブッシュが国外活動せざるを得なかった事情が、
こんな逸話からも迫真に迫る。
そういえば、ブッシュ四重奏団も、団員にナチ信者がいて、
困ったという話もあった。

また、この本では、
ナイと並んで、熱狂的なナチ信者であったとされる、
リー・シュターデルマン(チェンバロ奏者)のエピソードが興味深い。
彼女は、ユダヤ系ヴァイオリニストのヴァイスゲルバーと共演した際、
彼の「ドイツ古典の多感な解釈」に、
聴衆が熱狂したと言って激怒した、
と書かれているのだ。

ひょっとすると、シュトループらの感情を廃したような演奏様式には、
こうした時代背景があったと考えるのは考えすぎであろうか。
ドイツ音楽はあくまで、粛々と演奏されるべきなのだ。

かくのごとき環境下で、1938年5月に、
「ます」の五重奏曲の録音がなされる。

エリー・ナイ(ピアノ)
マックス・シュトループ(ヴァイオリン)
ワルター・トランプラー(ヴィオラ)
ルートヴィヒ・ヘルシャー(チェロ)
ヘルマン・シューベルト(コントラバス)
シュトループ四重奏団のメンバーが3人も入っている。
(幸松氏の文章は、このトランプラーが正式メンバーであったか、
少し、怪しいという面が垣間見える。)

すごい布陣である。
エリー・ナイが喜んだのもうなずける。

さて、改めて演奏を聴き直すと、
冒頭からして、ナイのピアノが異様である。
すべての音をぽつぽつと切って、
まるで蒸留水のように響かせている。

当時、ナイの演奏の繊細さの欠如を書いた人がいたようだが、
ものすごい意志で、不純なものを締めだそうとしているような解釈だ。
粘ったものはすべて、ユダヤ的と考えていたのかもしれない。

が、それはおかしく、
そもそもヒトラーは、どろどろしたヴァーグナーを崇拝し、
レハールの「メリー・ウィドウ」のような、
流麗な音楽を好んでいた。

その真偽はともかくとして、
こうしたピアニストの姿勢が、
彼女より十何歳も若い弦楽器奏者にも影響を与えたと思われ、
彼らの演奏もまた、かっちりと清潔で、
一つの音の余韻に浸らせる暇なく、
先へ先へと音楽が推進されていく。

ただし、あのレーガーの演奏同様、
各奏者の音の魅力は、決してナイに遅れをとっていない。
自発性の高い演奏として、気持ちがよい。

有名な第四楽章でも、すべての音に余韻はないのが独特である。
乾いた早めのテンポで、軽快なピアノが飛び跳ねながら、
弦楽器も、きりりと引き締まった弓さばきを見せる。

「死と乙女」のCDの解説では、幸松肇氏は、
「第二次大戦中、ナチス支配下のドイツに残り、
ドイツ・エレクトローラ社に積極的に録音活動を行った。
ベートーヴェンの『ラズモフスキー第三番』と、
この『死と乙女』が代表的名盤で、
テンポ設定のユニークさと重厚なサウンドが聞きものといえよう」
と書いている。

テンポ設定のユニークさは、「ます」にも言えることであろう。
何だか、バッハの平均率のような感じを受けなくもない。

さて、シュトループの功績は、ドイツ室内楽の活性化、
と、幸松氏は要約しているが、
ナイの喜びを例に上げるまでもなく、
それは時代の要請でもあっただろう。

晩年はデトモルトの教授となり、
1966年に亡くなったと書かれている。
が、彼が、ナチスに協力的であったかどうかは分からない。
ナチ狂のナイと楽団を組んでいたのである。

幸松氏の解説のこの部分だけは、
理解不能な一節である。
「裁判の日、彼はストラディバリで演奏して、
身の潔白を証明するしかなかった。」

さて、このシュトループ、
BERTELSMANNというレーベルで、
シューベルトの「ます」を、
もう一種、聞くことが出来る。
これは戦後の演奏とされる。

ヴィオラはワルター・ミュラー、
チェロはイレーネ・ギューデル、
とあるから、
戦時中、「死と乙女」を録音した、
フーブル、ヒルシフェルダー、
ミュンヒ=ホランドといった仲間は、
ばらばらになったと見える。
コントラバスは、ロルフ・ハイスターとある。

また、ピアノは、エリー・ナイではなく、
コンラート・ハンゼンが受け持っている。
この人は、フルトヴェングラーとの共演で名高いが、
非常にロマンティックな気質の人と聞く。

1906年生まれなので、
同世代のシュトループは気楽だったのではなかろうか。

そんなこともあってか、この「ます」の演奏は、
ナイとの共演とは打って変わって、
ある意味、余韻を大切にしたような、
自然な演奏となっている。

が、シュトループのヴァイオリンは、
あくまで、きちっとして、相変わらず色気のあるものではない。
テンポも厳正で格調高く感じさせる。
ただし、息づかいは幾分、リラックスしている。
これは、神官、ナイの不在もあるだろうが、
もちろん、戦争終結後の空気も伝えているものであろう。

しかし、決してダルな演奏になったわけではなく、
ナイ盤で、7分33秒かけていた変奏曲楽章も、7分20秒。

ハンゼンのピアノは大変、ニュアンスに富んだもので、
非常に繊細な色遣いを見せる。
ただし、弦楽群は幾分、弱いだろうか。

録音もあってか、特に、コントラバスは伴奏に徹しているようだ。
チェロは、有名な変奏曲では、感情豊かな歌を歌っており、
ヴィオラも時折、独特の音色を響かせているが、
心なしか浮き立ったようなシュトループの音色が印象に残る。

解説はドイツ語のみだが、
22歳のシューベルトが、
歌手のフォーグルに連れられて、
シュタイヤーの街で
幸福なひとときを過ごした、ということから、
定石通りに書き始められているようだ。
歌曲「ます」のメロディが出てくることも。

b0083728_23302389.jpgまた、
「ます」が書かれるきっかけとなった、
シュタイヤーの写真が出ている。
日本で言えば、
昔の熱海とか湯河原といった、
温泉やら観光地の
絵葉書を想起させる、
昭和期を感じさせる白黒写真で、
全然、自然豊かには見えないが、
由緒正しき気配は濃厚。

ジャケットは、黄色と黒だけの抽象的なもので、非常に斬新。
が、左上に、「2」と書いてあるのは何だろうか。
何かのシリーズ2枚目ということか。

b0083728_23255922.jpgこれが、小さめのLPなので、
ひょっとしたら、
コントラバスの聞こえないのは、
このせいではなかろうかと、
もう一枚、30cmのLPで、
同じ演奏を探してきた。
レーベルは「fono-ring」とある。
しかし、印象はそれほど変わらず。
が、盤に余裕がある分、
なんとなく、より伸びやかな印象。

先のレーベルと何が違うかは不明。
どっちが先に出たものかもヒントがない。

こちらは、裏面にシュタイヤーの写真はないが、
青地に丸枠で「ますの五重奏曲」とあり、
盤全体が、レトロ風味である。

この演奏、シュトループへの敬意を抜きにしても、
非常に魅力的。コントラバスの弱さがいかにも残念。


得られた事:「環境の変遷と演奏の変遷の関係は分析困難。」
by franz310 | 2008-08-09 23:37 | シューベルト
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