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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その133

b0083728_848359.jpg個人的経験:
レーガーの生涯の概略を追うべく、
弦楽四重奏曲を聴き進めてみたが、
レーガーを体系的に録音している
cpoもMDGも、
どうやら解説者が賢すぎるようで、
まったくレーガーの生涯を、
把握できないでいる。
ところが、NAXOSは、
割とシンプルにうまく情報を
出してくれていた。

この会社は香港で設立された廉価盤の会社であるが、
あらゆる作曲家のあらゆる作品を、
百科全書的に網羅しようとするスタンスが素晴らしい。
最初のうちは、アーティストが限定的だったり、
不満もあったが、この1999年のレーガーなどは、
フィルハーモニア・カルテット・ベルリンを起用している。

レーガーの野心作、「弦楽四重奏曲第三番」の演奏で、
名を馳せたという団体である。
ベルリン・フィルの奏者たちの名アンサンブルで、
選曲も、最高傑作の呼び声高い「クラリネット五重奏曲」に、
弦楽四重奏曲のもう一つの頂点とも呼ぶべき、
「第四番作品109」がカップリングされているところも素晴らしい。

しかも、クラリネットには、ヴィーンやベルリンで鳴らした名手、
フックスが登場する。
廉価盤ゆえ、紙質などに重厚感がないが、
カバーの絵画、Walter Leistikow作、Grunewald Lake(1895)も、
レーガー晩年の夕暮れのような情感にマッチしている。
ベルリンの国立美術館にある絵画ということだが、
自由ベルリン放送のホールでの録音だったり、
ベルリンづくめの企画となっている。

プロデューサーの欄には、Dorothea Diekmannとあり、
エンジニアも、Julia Sikovaと女性名だが、
レーガーが好きな女性は多いのだろうか。
ブルックナーが好きな女性が想像しにくいように、
どうもぴんと来ない。

解説はKeith Andersonという人が書いている。
これだけはベルリンっぽくない名前で、英語が原文。
ドイツ語訳には別の人の名前がある。

この解説は、結構重宝した。
まず、レーガーの人生の概略が半分くらいのスペースで、
書かれていて、ここしばらくの懸案項目が少し整理できた。

「レーガーは幼い頃から、
教師でありアマチュア音楽家であった父親の、
音楽好きに影響され、初期の音楽教育は、
ワイデンのオルガン奏者であった、
アーダルベルト・リントナーによって行われた。
レーガーは1873年、バヴァリアの上部プファルツの、
ブラントに生まれ、翌年、彼が幼少時代と思春期を過ごす、
ワイデンに一家は移った。
リントナーは、レーガーの初期作品を、
フーゴー・リーマンに送っており、
彼はまずゾンダーズハウゼンで生徒として受け入れ、
さらにウィスバーデンで、彼を助手とした。
軍務に服して、心身を病み、ワイデンの両親のもとに戻り、
特にオルガン曲の作曲を続けた。
これらはモニュメンタルなコラール幻想曲のシリーズ、その他からなり、
レーガーのオルガン曲演奏で著名な友人、
カール。シュトラウベの演奏技術への挑戦のようにも見える。」

ということで、レーガーの生涯を語る時、
必ず訳も分からず登場する、リーマンと、シュトラウベが現れる。
ベートーヴェンの伝記に、ネーフェが、
シューベルトの伝記に、サリエリが登場するより、
遙かに高い頻度で、この二人はレーガーの伝記につきまとって出てくる。
非常に癒着した人たちである。
これまで読んできた限りでは、レーガーは我、関せずなのに、
この二人が寄生しているようにも見える。

しかし、ヴィスバーデン時代、ワイデン時代が何時のことかは分からない。
が、ここで、ようやく、具体的な年代がでる。
「1901年、レーガーは、以後6年を過ごすミュンヘンに移った。
この頃、彼は、リストやワーグナーの後継者など、
標題音楽の対抗者として、絶対音楽のチャンピオンとして知られたので、
音楽家としてのキャリアも容易なものではなかった。
しかし、彼は次第にピアニストとして成功し、
作曲したものの聴衆も、少しずつ、見いだし始めた。
このミュンヘン時代に、「シンフォニエッタ」や、
重要な、ピアノのための「バッハの主題による変奏曲とフーガ」
後に管弦楽化される「ベートーヴェンの主題による変奏曲とフーガ」を
作曲した。」
どうやら、このあたりまでがミュンヘン時代のようだ。

「1907年、ライプツィッヒ音楽院の、
作曲家の教授に任命された。
彼は独特の演奏家として、ロンドンやペテルスブルク、
オランダやオーストリア、全ドイツを演奏旅行して、
彼の音楽は、さらに広く国際的な聴衆を得た。」

「1911年には、ビューローによって設立された、
マイニンゲンの宮廷管弦楽団の指揮者として、
マイニンゲン公から招聘を受けた。
レーガーは、大公の死まで、この地位に留まったが、
数日後、1914年7月1日、辞職した。
大戦の勃発でオーケストラは解散し、
彼は最後の日々はイエナで過ごしたが、
コンサート活動や作曲家としての活動は継続した。
彼は、1916年5月、オランダでの演奏会の帰りに、
ライプツィッヒにて亡くなった。」

このように、彼の生涯は、
以下の5つに分類できるかもしれない。
これまで、ここで聞いて来た作品も書き並べてみよう。
1.~1901年のワイデン、ヴィスバーデン時代(徒弟時代)
  1889年のニ短調四重奏曲
  1890年のヴァイオリン・ソナタ 作品1
  1900年と1901年の弦楽四重奏曲第一番、第二番 作品54

2.~1907年のミュンヘン時代(新進作曲家&ピアニスト時代)
  1903年の弦楽四重奏曲第三番 作品74
  1904年のヴァイオリン・ソナタ第五番 作品84

3.~1911年のライプツィッヒ時代(教授&国際活動時代)
  1909年の弦楽四重奏曲第四番 作品109

4.~1914年のマイニンゲン時代(音楽監督時代)
  1911年の弦楽四重奏曲第五番 作品121
  1912年の歌曲「希望に寄せる」 作品124
  1912年の「ベックリンによる音詩」 作品128
  1913年~14年のシューベルト歌曲の管弦楽編曲

5.~1916年のイエナ時代
  1915年のクラリネット五重奏曲 作品146
と分類できるのだろうか。

「レーガーは、バッハ、モーツァルト、
19世紀の偉大なドイツ作曲家の伝統に連なる、
多作な作曲家であり、技術に熟練し、和声や対位法を操り、
半音階の実験で調性の限界を拡大した。
特にオルガン作品はこの楽器に多くをもたらし、
同様に巨大な室内楽、歌曲、合唱曲、管弦楽曲を残した。」

ということで、名作として、
レーガーの作品の中ではとりわけ演奏頻度も多く、
レコードも多数に上る「クラリネット五重奏曲」の解説に突入する。
この曲、モーツァルト、ブラームスが晩年に名作を残しており、
ブラームスの後継者たるレーガーとしても、
是非、残したかった曲種だったに違いない。

これが最後の作品となったということも、妙に因縁めいている。

この作品は、LP時代から非常に高名であったが、
CD時代になってライスター、マイヤーといったドイツの名手が、
相次いで録音して身近になった。
冒頭から彼岸を垣間見るような不思議な曲想で、
平明さと、奇抜さが同居している。

40分近い大曲だと思っていたら、
マイヤーは大きな六重奏曲とカップリングし、
このフックス盤は第四弦楽四重奏曲とカップリングされて、
CD時代の便利さが痛感される。

「クラリネット五重奏曲イ長調 作品146」は、
1915年に書かれたレーガーの最後の完成作品であり、
カール・ヴェンドリングへの献辞とともに出版された。
半音階的な要素を展開して、緻密に織り上げた作品。
モデラート・エト・アマービレと題されたソナタ形式の第一楽章は、
第一主題から開始され、トランクイロと題された、
ヴァイオリンによる、ホ長調の第二主題が続く。
この主題提示部の要素は、第二主題が最初の調で帰って来るまで、
展開部で展開され、再現部では第一主題と、
移調された第二主題が続いて現れる。」
第一主題はまどろむような主題で白日夢のようにはっきりしないが、
この世の声とも思えぬクラリネットがそこに微妙な彩りを加える。
第二主題は、トランクイロ(静かに)と題されるだけあって、
非常に美しいものである。
クラリネットの音色の生かし方が格別である。

「第二楽章はロ短調のスケルツォで、
弱音の弦楽とクラリネットが、
リズムのコントラストを見せ、
弱音ではないヴィオラがクラリネットと対位法を奏でる。
ト長調のトリオ部では、リズムの交錯はなく、
テクスチャーは単純化され、ムードはリラックスする。
スケルツォが戻ってこの楽章は終わる。」
このトリオの部分は、花園のように美しく、聞き所の一つと言えよう。
しかし、ロ短調とは、ブラームスの名作と同じ調ではないか。

「ホ長調の緩徐楽章は、よく書き込まれた中間部分を有し、
第一楽章の第二主題が消え入るように回想される部分がある。
この五重奏曲は主題と変奏で終わる。」
この「主題と変奏」の終曲という構成もまた、ブラームスから借用したものだ。

「グラツィオーソと題された主題は、弦楽に現れ、
最初の変奏ではクラリネットが、リズムを交錯させ、
さらに重要な役割を演じる。
第二変奏曲は短いが、速いヴィヴァーチェ。
主題は優しい短調となって、次のヴィヴァーチェと、
ゆっくりした変奏に続く。
さらにヴィヴァーチェがあって、最後のゆっくりしたソステヌート、
主題の断片がオリジナルな形で再現する。」
これらのヴィヴァーチェ部を聞くと、
細かい音符をこね回す、時として人をいらだたせる、
レーガー特有の個性が滲み出ているが、
同時に、ブラームスの遠い木霊を聞くような感慨におそわれる。
そして、曲は息も絶え絶えになって、消えていく。

私は、この曲は良い曲だとは思うが、
どうも、弦楽の色彩感、立体感が弱いような感じがしていた。
しかし、弱音指示のところがあったとは知らなかった。
もっと、強烈な個性の四重奏団の演奏で聴いて見たいと思っていた。
しかし、ライスターと共演していたのも、
今回と同じ、フィルハーモニアではなかったか。

以上が、最後の作品、
傑作とされる「クラリネット五重奏曲」の解説で、
またまた、あの問題作、「弦楽四重奏曲第四番」の解説である。
「レーガーは変ホ長調作品109の弦楽四重奏曲を1909年に書き、
アドルフ・ヴァックに捧げた。
この人はメンデルスゾーンの末娘、リリーの夫でもあった。」
と、この前、読んだようなことがでているが、
ここからは、曲の分析となっている。

まずは第一楽章で、
前回の、マンハイム四重奏団の解説では、
「カンタービレの第一主題が、突然のいらだちのような、
アジタートの一声で遮られ、
いくぶん遅く登場する第二主題に先だっては、
大きなリタルダンドがある。提示部は、二つのフレーズの、
コンビネーションによって主題が回想されて終わる。」
とあったが、今回はどうなっているか。

「第一楽章は、典型的なソナタ・アレグロ形式。
第一主題で始まり、調を変えていく。
ここには沢山のトランジションの材料があり、
がっちりしたアウトラインを構成し、
Chordalな第二主題が規則通りに登場する。」
このように、第二主題が、「和音による」と書かれていて、
私が、分厚い和音の総奏と感じたものが、第二主題であることが分かった。
その前に訳の分からん遷移部が挿入されていることを示唆しているが、
このように、非常に、難しい構成であることが分かる。

「中央の主題や動機の展開部では、これらは対位法的に扱われ、
チェロがこれら二つの主題の再現部を導く。
最後のコーダは第一主題の回想である。」
このように書いてもらえると、
レーガーの迷宮における羅針盤のようで、
非常にありがたい。
フィルハーモニア・カルテット・ベルリンの演奏も、
クラリネット五重奏の時とは打って変わって、
積極的で立体的に聞こえる。

演奏時間を見ると、マンハイム盤より、
第三楽章以外はすべて長い。
それだけ、克明に描いているという感じもある。
従って、第二楽章は、浮遊感に欠ける。
レーガーが書いた、「重力からの解放」とはちょっと違う。
しかし、第三楽章は9分ジャストと、
これまた不思議なことに、これまで聞いた盤のどれよりも短い。

「ト短調の第二楽章は、クワジ・プレストと表記され、
急激に下降する短調の音階と、
チェロからの緊急のリズム音型によって導かれ、
メインテーマの上昇バージョンが対比され、
さらに展開される。」

さて、今回、他のどの演奏よりも短い時間で演奏された、
第三楽章の解説はこうなっている。
演奏はそれなりに荘重で、そんなに速い印象はない。
ヴァイオリンの絶叫も差し挟みながら、
この模糊とした楽章に対処している。

主題が美しいし、ベートーヴェン、ブルックナー譲りの、
長大かつ崇高な楽章ではあるが、安易に、美しいと書くには、
この楽章はあまりにも難物である。
「表出力の強い、変イ長調の緩徐楽章は、6/8拍子。
和音で伴奏されたメロディで、中間部分では第一楽章の第二主題の引用がある。」

この第二主題の引用というのは、今回、
Cordalなというヒントから聞き取ることが出来た。

解説も簡潔であるが、もっと沢山、書くことがあろう。
この解説と同様、例えば、マンハイム四重奏団の演奏などと比べても、
ちょっと薄味の印象は否めない。
もっともっと言いたいことがある、あるいは、言わずにはいられない、
そんな雰囲気が希薄なのが残念だ。
ベルン四重奏団なども、この楽章では、
非常に神秘的な感覚の表出に成功している。
マンハイムなどは、切なくて仕方がないという風情だ。

この長大な歌の、個々の繋がりの意味も、
十分捉えられているとは思えない。
何だか断片の集積をつなげているような印象である。
あのピッチカート伴奏で歌われる美しい聞き所も、
さっと通り過ぎてしまう。
これは大きな減点である。
これまで聞いて来たどの団体も、
ここは、大事に大事に弾いていたではないか。

さて、あの面白いフーガの終楽章はどうだろうか。
ここの聞き所は、冒頭と、後半の盛り上がりである。
「この四重奏曲はエネルギーに満ちたフーガで終わる。
第一ヴァイオリンでアナウンスされた広がった主題は、
センプレ・グラチオーソと表記され、第二ヴァイオリンに受け継がれ、
ヴィオラ、チェロに引き継がれる。
この元気のよい楽章は途中でアダージョと表記された、
派生した第二主題で中断され、次第にフーガの主題とコンバインされ、
集結部に向けて力強さを増して行く。」

最後に白熱したコーダが来るが、
ここでの、第一ヴァイオリンの熱演は特筆に値する。
ひょっとすると、この四重奏団の弱さは、
伴奏の域を出ない、中、低音部にあるのかもしれない。
だから、クラリネット五重奏曲も、何だかのっぺりした印象ばかりが、
残る結果となったのかもしれない。
よく言われることだが、こうしたトップオーケストラの奏者による、
室内楽というのは、平板になりがちなのか。
指揮者に慣れた彼らには、自発性がないというのは本当なのか。

第三番では、各国の聴衆を興奮させたというが、
それは偶然だったのだろうか。

ベルン四重奏団などは、何だかせき立てられて行くような焦燥感が、
独特の効果を上げている。
それは、雄弁な低音の鼓動によるものであることは、今回、一聴瞭然。
響き渡るこのチェロに倣って、
全員がまったく同じ高みを目指して駆け上がって行く様は、
ものすごく感動的である。

マンハイムの連中は、この終楽章、
最初から渾然一体となって燃え尽きようとしている。
最後の盛り上がりでは、我も我もと、歌い尽くそうとしている。
が、今回聞いた感じでは、中低音は、ベルンの方が立体的。


得られた事:「表現意欲、自発性のないメンバーの混入は致命傷。」
by franz310 | 2008-07-27 08:48 | 音楽
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