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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その115

b0083728_926596.jpg個人的経験:
前回、得られた事に、
「ます」の五重奏曲の年、
「1819年に、
シューベルトは、
沢山の歌曲を書いた」、
と結論したが、
あまりにも
それでは抽象的なので、
今回は、
そのいくつかを
見て行きたい。

この年の秋に、彼はマイヤーホーファーの詩によって、
4つの歌曲を書いたとあったが、そのうちの二つが、
ナクソスから出ている「シューベルト・ドイツ語歌曲全集 第12集」
の「マイヤーホーファー歌曲集 第2集」に収められている。
「風が吹くとき」D669と、「星の夜」D670である。
(この二曲は、ハイペリオンの全集では、
フェリシティ・ロットが第19巻で歌っている。)

ドイッチュ番号順に並べられ、この二曲は、最後の方に登場する。
以下の曲目が、クリスティアーネ・イヴェンのメゾ・ソプラノ、
ブルクハルト・ケーリングのピアノで収められている。
Michael Kubeという人が解説を書き、Keith Andersonが英訳している。
プロデューサーとして、BeaujeanとHeisterの名前が並ぶ。
Benjamin Chaiという人が書いたイラストが表紙を飾っているが、
マイヤーホーファーのよく見る肖像をもとにしたものである。
この人の分裂症気味な性格は出ているが、
このシリーズの多くのものと同様、説明的ではあっても、
購買意欲を駆り立てるようなデザインではない。

しかし、印税まで削って運営している廉価シリーズの会社に、
これ以上を望むのは酷であろう。
私にも、これ以上のアイデアはない。

1. 湖のほとりで(第二作)D124
2. 眼の歌 D297
3. リアーネ D298
4. 女王の夕べの歌 D495
5. あこがれ D516
6. 子守歌(第一作)D527
7. 流れのほとりで D539
8. ウラニアの逃亡 D554
9. イフェゲニア(第二作)D573
10. アテュス D585
11. エルラフ湖 D586
12. 風が吹くとき D669
13. 星の夜 D670
14. 夕べの星 D806
15. 消滅 D807

この中では、「あこがれ」、「エルラフ湖」、「流れのほとりで」が、
作品8として出版されているから、比較的知られるものであろうが、
多くはそれほど知られたものではない。
このブログでも取り上げた、「孤独」や、「ドナウの上で」、
「舟人」、「ウルフルーの魚釣り」などは含まれていない。
(これらのいくつかは「第一集」で聞ける。)

ただし、「エルラフ湖」は有名で、
「静かなエルラフ湖のほとりで、
僕は楽しく、また悲しい」と歌われるもので、
静かな風景。青い湖水、白い雲が流れる。
後半、風の流れや太陽のきらめきを描いた部分は、
何だかヨーデルのような感じが面白い。

また、最初の「湖畔にて」は、
マイヤーホーファーとシューベルトが出会うきっかけになったもの。
湖畔での思いが、洪水で人々を救おうとして英雄的な死をとげた、
レーオポルド公への賛歌になるのが類例がない。

見えることへの感謝、「目の歌」というのも面白いが、
続くドイッチュ番号を有し、恋にときめく女性を描いた「リアーネ」とともに、
甘美な曲想、単純な詩の内容が、あまりマイヤーホーファー的ではない。

が、特に、「目の歌」は、シューベルトが最初にフォーグルに見せた曲。

これを見て、大歌手は、口ずさんでみて、「悪くない」と言ったのであった。
この時点からシューベルトの人生にはいろいろなことが起こり、
オペラ上演にまで行ったことはこれまで書いてきたとおりである。

ということで、シューベルトの生涯の転機となった歌曲、
しかし、あまり知られていないものが多く含まれている。
最後には、マイヤーホーファーとの別れを綴った二曲が続く。

一方、ここでは、真ん中に、悪名高い
「ウラニアの逃亡」が18分半かけて演奏されているのが目に付く。
これは、フィッシャー=ディースカウが、
「なにかわれわれを魅了するものに欠けている」と評したもの。

さて、このCD、解説を概観すると、
マイヤーホーファーの人となりが、
紹介されていて参考になった。
こんな風に始まる。

「ゲーテやシラーに続いて、比較的知名度では劣る、
ヨーハン・マイヤーホーファーの詩が、
他の多くのシューベルトの同時代のものより、
この作曲家の歌曲の中で、
ずっと重要なポジションを占めている。
シューベルトは11年の間に、
少なくとも47曲の歌曲に加えて、
ヴォーカル・カルテットの「ゴンドラ漕ぎ」(D809)や、
オペラの断章「アドラスト」(D137)や、
完成された2幕のジングシュピール「ザラマンカの友人たち」(D326)を、
マイヤーホーファーの作品から生み出している。
マイヤーホーファーの広い文学的素養が、
シューベルトに影響を及ぼしたことは無視できることではない。
彼らは、共通の友人、ヨーゼフ・フォン・シュパウンを通じて知り合い、
1814年12月の初めに、『湖のほとりで』(D124)の霊感を得ている。
1816年の九月から、文化的共生とも言える4年間の、
広範囲なコラボレーションを行った。
シューベルトがマイヤーホーファーの詩で作曲すると、
今度はそれがマイヤーホーファーに霊感を与えた。
1818年の11月に、
シューベルトが、エステルハーツィ家の娘たちの
家庭教師として過ごした最初の夏のあと、
ジェリズから戻ると、彼は最終的に両親の家を出て、
マイヤーホーファーとの共同生活を始めた。」
この後、この家の様子が書かれているが、
前に紹介したのと同じ描写である。

「一緒に過ごしたのは、そこそこの長さで2年近くに及んだ。
この間、マイヤーホーファーは、
啓蒙思想期の着想に止まっていたが、
シューベルトはより新しいロマン派の詩人の方に向いてしまった。
1820年頃、この新しい方向ゆえに、
創造活動の危機に瀕し、偉大な作品を一つも完成できず、
すべてが断片状態として残されることとなった。
この時期、マイヤーホーファーの詩には、
8曲しか曲をつけていないことからも、
二人の危機関係の進行がわかる。
しかも、『夕べの星』(D806)まで、
何故か間隔があいている。
この曲では、向かい合った人に、
『私は愛に誠実な星です、
他の星たちは愛から離れています』
と星が語る。
1824年の3月に書かれた『消滅(解消)』(D807)では、
詩人その人に向け、計画された言葉、
『消えて、私を一人にしておくれ』を返している。
マイヤーホーファーは、この冷却を、
そのメモリー(1829)に報告している。
『環境と社会によって、
病気と人生の見方の違いが、我々を引き離すことになった。
一度起こってしまったことは、もう二度と起こることはない。』」

さりげなく、彼らの別離の歌曲2曲が紹介されたが、
これらは、このCDの最後を飾る、非常に表出力の強い、
印象に残るものである。
「夕星」の控えめながら切羽詰ったような表現、
ぐるぐると渦巻くような強烈なピアノ伴奏による「消滅」。
「滅び去れ、世界よ、そして二度と
この世のものならぬ甘美な合唱を妨げるな」という言葉に向かって、
叩きつけられるようなピアノが強調する。

ここからは、マイヤーホーファーの略伝がある。
「マイヤーホーファーは1797年の11月3日、
上部オーストリアのシュタイヤーに生まれ、
異常な才能と文学的関心をすでに学校時代から表していた。」
シューベルトより10歳年長のはずなので、
1787年の間違いであると考えられる。

「彼は、シュパウンによると、
『常に学校では一番』で、
『特に、ラテンとギリシア、そして古典の優れた知識』
によって眼を引いたという。
彼の父親の早い死からまもなく、
1806年にマイヤーホーファーは、
後にブルックナーとの関係で有名になるリンツの
聖フローリアンのアウグスティノ修道会の施設に入ったが、
4年して、そこを最後の誓いの直前にして去った。
彼は法律の勉強のためにヴィーンに移り、
困窮に苦しみながらそれを終えた。
彼のすぐれた文学知識によって、
彼はすぐに帝国皇室文書検閲室で検閲官の地位を手にし、
厳しさゆえに、著者や本屋に怖れられるようになった。
実に自由への戦いについてはよく知っていたので、
彼自身は高まる自由主義、民主的思想に対しては、
熱狂的な支持者だった。
この繊細な人物のいろいろな死亡記事によると、
彼はこれまでになく自身の地位にストレスを感じていたに違いない。
自身の義務の厳密な遂行によって、
マイヤーホーファーは明らかに、
彼の生活に危機をもたらす、
この避けられないコンフリクトに直面した。
シュパウンは、反対にこの問題に対しては、
遠まわしにこう言っている。
『私の意見は一つだが、私の義務は別にあった』。
マイヤーホーファーは、1830年のポーランド動乱を、
喜びを持って眺めていたが、それが失敗して深く落胆した。
そして、ドナウ川に身投げしようとした。
彼の感受性と心気症が彼の6年後の最後を導き、
1836年2月5日、彼は再び流行していた、
コレラにかかったと勘違いして、
オフィスのビルの3階から飛び降りて、
自らの命を絶った。」
ここまでが彼の略伝で、この職業がどのように影響したかが続く。

「多かれ少なかれ、どのようにマイヤーホーファーが、
彼の本当の検閲に対する意見を隠していたかは、
おそらく、1824年に友人たちに薦められて出版した詩集で、
古代世界の思想やコンセプトを基にして、
自身には分かるような、ほのめかしが使っていることからも分かる。
秋には少しの数量が刷られたが、
10月20日、彼はゲーテに献辞をつけてこれを送った。
このことは、他の友人たちとは違って、
シューベルトが、予約購読者にならなかったのは、
5月の終わりから、彼はジェリズにいて、
1824年の10月17日までヴィーンに戻らなかったからであろう。
おそらく、シュヴィントが、彼のために二部、注文していたと思われる。
しかし、すでに曲がついていた詩が、
出版されたものに含まれていなかったのは驚きであった。
あちこちに施されたマイヤーホーファー自身による、
詩の変更は、必ずしも良くなっていたわけではなく、
シューベルトの歌曲は当然、オリジナルで歌われる。
マイヤーホーファーは、おそらく、あまりに危険な部分は、
変更したものと思われる。
彼の死の数日後には、フェウターシュレーベンは、
マイヤーホーファーは、未出版の詩のことを心配していたと語り、
ショーバーが残っていた詩を、
警察の手の届かないところに隠したと考えられている。
マイヤーホーファーの詩は、
社交的な酒席の歌を除いて、
自然の描写が多く、スタイルが普通ではない。
直接的な表現ではなく、意味を隠した言葉遣いがまごつかせる。
ヒューマニズムの理想、愛国心の発露などがあり、
ほとんど近代的に自伝的要素を含むので、
ここから、伝記的、個人的事柄も読み取れる。
こうした観点から、出版された詩集に対する、
グリルパルツァーの厳しい指摘も一理あるわけである。
『作者は作品を語り、作品は作者を語る。
彼の友人なら、それをいかようにでも楽しめようが、
他の者には解くのが難しいパズルのようだ。
しかも、その解き方に解くだけの意味がないことも多い。』
ギリシアの神話に基づくグループにもそのことは言える。
これらは19世紀初頭のヴィーンにおける、
古典古代熱の生き生きとした証拠であり、
ここには、自由に対するロマン的な理想が隠されている。」

ここから、各曲の説明が始まるようだが、
特に、今回、注目したい1819年の作品についての記述はないので、
これらの曲の解説は、ハイペリオン盤から拝借しよう。

この時代、マイヤーホーファーとシューベルトの関係は、
同居して1年くらいで、一緒にオペラを書いたりもして、
まだ、決定的な危機にはなかっただろう。

D669の「風が吹くとき」は、約4分の歌曲。
石井不二雄訳では、こんな詩である。
「雲が夢みている、
星と月、
木々と鳥、
花と川も夢みている。

からだを揺すり、
からだをひそめる、
深く深く、
静かな場所へ、
露に濡れたところへ、
ひそかな幸せへと。」

このあたり、確かに、よく分からない。
露に濡れた静かなところとは何なのか。

「だが木の葉のざわめきと
波のせせらぎが
目覚めを告げる。
絶えず動きまわる
落ち着かない風が、
うなり、吹くからだ。

はじめはこびるようなそよぎなのが、
やがて荒々しい動きに変わる、
そしてふくれ上がるあたりの様子が
夢を飲み込んでしまうのだ。」
ここも、ふくれ上がるあたりとは何ぞや。

「清らかな胸の中に
お前の大切なものをしまっておけ、
おまえの血の流れによって、
荒れ狂う嵐に対して
聖なる炎を
気をつけて守るのだ。」
この後、再度、冒頭に戻って歌われて、
穏やかな祈り「ひそかな幸せ」を繰り返して終わる。

グリルパルツァーに賛成。
シューベルトの曲がなければ、何のことやら訳がわからず、
見向きもされないかもしれない。
自殺願望と性的倒錯が子守歌になったという感じだろうか。

では、グレアム・ジョンソンの解説にはどうあるか。
「安定や幸福を分裂させ、破壊する可能性のある嵐は、
ここでは復讐と関連付けられている。
Capellは、この作品に対して手厳しく、
マイヤーホーファーの弱い霊感を非難している。
実際には、『風吹くとき』は、親密に感情移入されたコラボレーションで、
沢山の注目すべき要素を含むものだ。」
と、意外にも、remarkableと褒められている。

「二人の芸術家が独自に作り上げた、特別で不思議な世界で、
ここでマイヤーホーファーは、オーストリアの表現主義の詩人の先駆と見え、
シューベルトはそれを受けて前衛芸術にチャレンジを開始している。
シューベルトはマイヤーホーファーの作品に魅了されている。
彼はその人柄のみならず、不器用ながら予見力にも魅了されていたが、
彼には、それが未来に向かって手探りで進んでいるように見えた。
どちらの芸術家も、それぞれの領域における、
チャペルの職人になるようなタイプではなかった。」

ここからは詩に付けられた曲想の変遷について語られ、
最初はミュラーの詩による「水車屋の娘」を想起させ、さらに、
もう一つのミュラーの詩による傑作、
「冬の旅」までを予見した音楽だとしている。
ここから、こうした結論が導かれている。
「1819年より早い時期に、シューベルトの音の類似や反応語法は、
ミュラーの詩句に挑めるほどの地点に来ていた。」

悲しいようなわびしいような序奏から、
少し希望を抱かせるような「静かな場所、ひそかな幸せ」のメロディが現れ、
切迫した「木の葉のざわめき」から、
少し無力感さえ感じさせる最終句が導かれる。
最後に、「ひそかな幸せ」の安らぎに満ちた部分が再現する。
確かに、いろんな要素が詰まった、
ある意味、前衛的、実験的な作品かもしれないが、
歌のたたずまいとしては温厚な感じである。

あと、この解説で興味深いのは、
シューベルトが、禁則を犯しているという部分だ。
「シューベルトは、互いに関連した二つの言葉を分解して、
作曲のルールを破っている。
『besonnen』は『zu schirmen』と中断なくして繋がるべきところだが、
これは作曲家の計算されたリスクである。」
つまり、ここで音楽の感じから、詩に直すと、
「荒れ狂う嵐に対して気をつけて、
まもるのだ聖なる炎を」となる。

最後に興味深いことが書いてある。
「研究によると、マイヤーホーファーの最後の言葉、『聖なる炎』は、
反抗的に、いわば勝ち誇ったようなものだったようだ。
しかし、マイヤーホーファーを良く知るシューベルトのこと、
私たちは、音楽における声の調子で確かめることが出来る。
か弱さと苦悩による表現は、作曲家だけによるものではなく、
正確にその導き手(詩人)の複雑なパーソナリティを、
そして、マイヤーホーファーが、
どのように自身の詩句を読み上げたかを正確に伝えるものに違いない。」

次に、D670の「星の夜」。約2分半の歌曲。
まず、詩はこんな感じ。素晴らしく壮大な発想である。

「月の明るい夜に
運命相手に戦うことを
この胸は忘れてしまった。
星の降るような大空が、
私をやすらかに覆っている。
すると私は、この地上にも
沢山の花が咲いていると思う。
そして一層溌剌と、無言の
いつもは暗い眼差しが、
永遠に星の動く空を見上げる。」
この「いつもは暗い眼差し」もまた、
何かの比喩かと疑ってしまうが、
マイヤーホーファー自身とも読める。

後半、
「星の上でも胸が血を流し、
星の上でも苦しみがうめいているのに
星は明るく輝いているのだ。
そして私は幸福な気持ちで結論する。
我々の小さな地球にも
不調和や危険は数々あるが、
地球も明るい光となって
星々の列に加わっているのだ、
星は、こんな遠くを通ってくる。」

至純な序奏、歌である。
「そして一層溌剌と」では、
一瞬、テンポが速まるが、
基本的に単純で清澄な響きに満ちている。

ハイペリオン盤の解説にはなんとあるか。
何と、グレアム・ジョンソンの結論はこうだ。
「おそらく、難しさゆえに演奏されることが、
異常に少ないにもかかわらず、この曲は、
マイヤーホーファー歌曲の中でも最高のものの一つである。」
「シューベルト・ファンの貴重な発見の中でも、
特別で、独立した宝石箱から出てきた、
天使のような月光に、全体が包まれている。」
これは、ハイペリオン盤、ロットのソプラノで聞くと、
メゾのナクソス盤より強調されて感じられる。
また、「風が吹くとき」も、ロットはゆっくりとしたテンポで、
(5分以上かけて)風格のようなものを見せ付けている。
とはいえ、シューベルトの生涯を語る時、欠かせない曲目を多く含み、
素直なメゾ・ソプラノの声も聞きやすく、
これは、なかなか貴重なCDだと思った。
作曲順の配置もありがたく、前半の屈託のなさ、
後半曲目の問題意識の浮き彫りが対比されて体感できる。

この解説、最初から読むと、こんなことが書いてある。
「この曲はシンプルすぎると言われてきたが、
もっと大きな視野で見ると、そんな議論は退けられる。
マイヤーホーファーは彼らしい奇妙な方法で、
宇宙旅行や宇宙飛行士の鳥瞰図を予測し、
遠く離れた星から私たちの惑星を見れば、
いかに美しく、親しみやすく瞬いているかを想像した。
そこにはさらに少しばかりの真剣な謙遜の声があり、
人生の大きな真実に出くわしているが、
作曲家はこれを完全に捉えきっている。
ここで我々は、確かにマイヤーホーファーの、
内省的なペシミズムを聞くが、
同時に、彼って奴は、なんていい奴なんだろうと思う。
そして、シューベルトにとっても。
また、彼が良くない手札しかないのに、
どんなに良く生きようとしたかを聞き取る。
素晴らしい『夜咲きスミレ』の演奏を聴いた時も、
同様の感情にとらわれる。
この曲は半分は賛歌であり、半分は嘆きである。
そして、これは詩人と作曲家が一緒に統治する薄明の世界への没入である。
和音の傾向からも、声が入って来る前に、
ピアノの素晴らしいトリルが置かれていることからも、
音楽的にもすべてが超自然の完成の中にある。
声のラインが入ってくると、銀の糸が伸ばされ、月光の上での、
綱渡りのような感じがする。
第二節は、音楽は地上に降り立ち、詩人の現世の悩みを聞く。
『星の上でも胸が血を流し』以降では、悲痛な半音階が聞かれ、
その軌道にアクシデントの流星などを寄せ付けない、
永遠の幸福に満ち、上機嫌な星たちを表す、
幸福な全音階のスケールとのみごとな対照を見せる。
緊迫した単純さを伴って反復し、月光をもう一度踏みにじる。
『星はこんな遠くを通って来る』の後奏は、
詩人や詩句がやや冗長なのに、詩的で簡潔で素晴らしく、
その控えめな言葉や自然の奇跡のつつましい受け入れの簡潔さは、
シューベルトの全歌曲の中でも最も感動的なコーダとなっている。
最後の小節のピアノ書法が、この全ての意味や雄弁さに、
耐え切れないように見えるとしても。」

得られた事:「同じ詩人の詩で、ドイッチュ番号が並んでいても、内容はまったく異なり、音楽も実験的であったり、至純な幸福感を描いたりしている。」
by franz310 | 2008-03-23 09:27 | シューベルト
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