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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その105

b0083728_12423369.jpg個人的経験:
ここで、五重奏曲「ます」
が作曲されたとされる、
1819年頃の
シューベルト生涯編を離れ、
この時期に、
彼がとりわけ
力を入れていた作品を、
振り返ってみたい。
オペラ「双子の兄弟」である。

不遇なシューベルトのオペラの中にあって、
この作品は、最も恵まれた運命を持っていた。
生前に作曲家の参席で初演され、そこそこの好評を博したからである。
この瞬間、彼は、まったく自分の運命を見誤ったことであろう。
さらなる努力によって、このそこそこの成功は、
大成功になるはずだった。

しかし、実際は、このあと、連発された後続の舞台作品が、
同じように満足のいく形で完成されることもあまりなく、
同じような評価を得ることも、ほとんどなかったのである。

b0083728_12425968.jpgさらに、このオペラは、
素晴らしいことに、
素晴らしいキャストで、
大手会社からのレコードも
出ているばかりか、
早くから、
日本語解説付きで
LPも発売されていた。
また、これはCDでも、
CPOから再発売された。
輸入版で入手できた。

したがって、このLPの解説を読めば、かなりの情報量が得られるのである。

高橋保男氏は、LPジャケットの裏の解説で、
「シューベルトのオペラ」という題で、
何故、これらが上演されないかを説明してくれている。

ここでの解説をまとめると、
・シューベルトは、名声を求めて、ほとんど毎年のようにオペラを作曲し、
交響曲の二倍ほどの作品に手を染めた。
・これらが受け入れられないのは、次のような理由である。
・ ・少数の同好の仲間の連帯を越えて広い聴衆に訴える努力と力がない。
・ ・歌曲のように、ひとつの完結した感情の彫琢にはすぐれていても、
   感情的なエネルギーを拡大、発展、からみ合わせるのには、
力が発揮できなかった。
・ ・それゆえ、平板、美しいが脆弱で、抒情に流れすぎたものとなった。
・ ・美しい旋律を美しい声と美しい音で歌うだけでは
ドラマにはならないので、演奏家は様々な工夫を必要とする。

といった内容である。
この「双子の兄弟」にしても、性格の違う双子が、
音楽によって描きわけられていないと書いている。

確かにそうかもしれないが、どうも、もっと、
いい点を見出して欲しいと思うのがシューベルト・ファンの
心情ではなかろうか。
別に、モーツァルトやワーグナーの代わりを、
われらがシューベルトの音楽に聞き取る必要もないだろう。

一方、このLPの中には、もう一つの解説、
G.Sという人の書いたものを、
西野茂雄氏が訳したものが入っている。

このG.Sというのは、CDにもそうあるが、
CDのデータには、Dialogue Directorとして、
Gisela Schunkという名前があるので、この人であろう。
しかし、録音年も場所も、CDにもLPにも書かれていないのは困ったものだ。
他の資料には、シューベルト没後150周年記念とあるので、
1828+150=1978年くらいに出されたのであろう。

さて、この解説には、このようなことが書かれている。
「1820年ごろ、シューベルトがフリーの音楽家の不安定な立場を
しみじみと感じた時期に、彼の心をそそり、成功を約束する目標として、
舞台用の作品が山のように書かれた。
こうして彼は1818/19の冬に、
一幕の笑劇『双子の兄弟』のための1曲の序曲と、
10曲のナンバーを作曲したのである。
スコアに付された稿了のメモは、1819年1月19日となっている。
テキストはケルントナートール劇場の秘書で劇作家であり、
劇場の実際の仕事に通暁していたゲオルグ・E・ホフマンが、
フランスの喜劇『二人の恋人』を翻案したものであった。
ホフマンは少し後に、自作の劇『魔法のハープ』の付随音楽を、
シューベルトに書いてもらった人である。」
彼らを結びつけたのは、フォーグルであった。

この後、ロッシーニの作品のヒットによって、
シューベルトの作品初演は遅れ、1820年6月14日に、
ようやく演奏されたこと、フォーグルが二役を受け持ったことが書かれ、
「この1幕物は7回上演されたが、これは中位の成功を意味する。
この作品は長い間出版されないままであった。
1872年にようやくピアノ・スコアが出版され、
それからしばらくしてオーケストラ総譜が日の目を見た。」

「1幕の笑劇『双子の兄弟』(D.647)は、
その音楽語法において、ヴァイグル、ギーロヴェッツ、
ヴェンツル・ミュラー以来流行していたたぐいの
シングシュピールに近いものであった。
耳になじみやすいメロディー、歌謡的なアリア、
ロマンチックな匂いを発散させる合唱、
簡潔な形式、軽い、透明なオーケストレーション。」
と、この作品が軽い作品であることを強調している。
実際、45分くらいの作品で、会話だけの部分も多いので、
音楽部は30分くらいかもしれない。
が、交響曲1曲くらいの分量はあろう。
CDのトラック20のうち、ダイアローグは、
No.3、5、7、9、11、13、15、17、19で、
序曲のトラック1以外の奇数番9個分は、
劇を進行させる対話になっていて音楽はない。
が、これらは、17秒から1分半くらいなので、
(例外はNo.13の3分20秒)上記計算となる。

以下、曲の具体的な説明になる。

「モーツァルト的な色彩をおびたニ長調の序曲は、
アレグロの主題ではじまるが、この主題はシューベルトが
1816年に作曲した第五交響曲と響きを通わせており、
一方、第2主題と、豊かな転調をもった展開部は、
この曲とほぼ同じ頃に書かれた
『ます』五重奏曲の世界と通じ合うものがある。」
とあるが、舞台の幕開けを予告する、
非常に活気のある序曲であることは認められても、
すぐに、「ます」を想起するようなものではない。
確かに、かろやかに旋回するような楽想ではあるが、
あるいは、木管の色彩のせいか、ピアノ五重奏曲とは、
響きの印象が違いすぎる。
序曲は3分45秒。

「明快な和声進行、繊細なリズムの扱い、細心な楽器編成(木管群)
を通じて、シューベルトはジングシュピール音楽の類型に、
新しい色彩を導入することをもくろんだのである。」
とあり、こちらの解説の方が、無理に大歌劇の大家とではなく、
当時一般的に人気のあった、ヴァイグルなどの作品と比べて、
愛情をこめて、作品を正当評価しようとしている。

「事件の進行は、フランスの笑劇でも、
ウィーンの民衆劇でもおなじみだった
一人二役を主要なポイントとしている。
フリードリヒとフランツは同一のバス歌手によって演じられる。
この作品発案者フォーグルは、かくして彼自身のためにも大うけする
役割を書いてもらったというわけである。
双生児の交互の出現は、一対の恋人
リースヒェンとアントンを苦境におとしいれる。」
これは、この双子の一方フランツと、リースヒェンを結婚させる約束を、
彼女の父親が、彼女が生まれた時にしてしまっていたからで、
18年以内にフランスの外人部隊から帰って来たときに、
それを履行するということなので、
ちょうど、その18年が経った時、この事件は起こる。
まさしく、リースヒェンがアントンと結婚しようという日だったのである。

なお、バスとあるが、バリトンではないか、この双子は、
この演奏ではフィッシャー=ディースカウが歌うという豪華版。
ここで、その他の配役を書きだすと、
先の恋人たちが、リースヒェンがヘレン・ドナート(ソプラノ)、
アントンがニコライ・ゲッダ(テノール)である。

あと、村の村長と収入役がバスで、クルト・モルと、
ハンス=ヨアヒム・ガルスが担当している。
村長は、リースヒェンの父親である。
女声がなんと、ソプラノ一人というのが、
そもそもオペラの華やかさを押さえているのではないか。
バスが二人ということからして、やたら重心が低い。
ダイアローグなど、妙に重厚である。

指揮はサバリッシュ、バイエルン国立歌劇場管弦楽団、合唱団が、
素晴らしい響きで支えている。

導入の合唱からして、後年の「ロザムンデ」を想起させる、
ロマン的な表情で、木管楽器群が非常に奥深い響きを、
随所で私を魅惑する。

CDの偶数番のトラックは、シューベルトの音楽がついており、
以下のように表記されている。
2. No.1 序唱(アントン)とコーラス「星の光が消えた」
4. No.2 二重唱(リースヒェンとアントン)
「愛が君に捧げるものは、胸の上で花咲くがいい」
この二重唱は、前半、少々、メロディーの魅力に欠ける。
「小さな花束がいつか萎れる時も、
心の奥底では生きていることでしょう。
愛する人が、私の喜びが。」
などと歌われる、月並みなフレーズでは、
当時、ロマン主義の新しい思想に染まりかけていたシューベルトには、
霊感が湧かなかったのかもしれない。

ただし、少し、大上段に構えた詩句では、
幾分、インスピレーションが戻って来たのか、
「万物生成の元素に劣らず、
愛は一つの世界を作り出す。」
というあたりから雰囲気が一転して、推進力と変幻自在な音の操りが楽しめる。
「イタリア風序曲」で聞こえたような、軽妙な響きも特徴的である。

実は、私は、昔から、
この1818年作の「イタリア風序曲第一番ニ長調D590」を、
サバリッシュの指揮による録音で楽しんでいて、
確か、NHK交響楽団と、サバリッシュが演奏した実演も、
聴きに出かけた記憶がある。

この時期、イタリア歌劇のヒットで、
シューベルトのこのオペラ「双子の兄弟」は、
なかなか出番がなかったようだが、
逆に、「イタリア風序曲」の方は、
かなりの成功を収めたようなので、
ものごとには両面があるといった典型であろうか。

6. No.3 アリア(リースヒェン)「パパは私のことを子供だと思って」
序曲からここまでは、結婚式の日の晴の日の合唱、おのろけの歌と、
父親が昔の事を思い出す部分である。

ちなみに、この名作アリアでのヘレン・ドナートの歌も美しいが、
どうも18歳の少女とは違うような気もする。子供だと思うといけないようだ。
このアリアの伴奏のオーケストレーションは、木管の絡み合い、
深々と呼吸する弦楽器群など、ぞくぞくするほど、精妙だ。

8. No.4 アリア(フランツ)「嵐がすさび」
ここで、海で死んだはずの、フランツ・シュピースが帰って来て、
勇気を持って苦難を乗り切った歌を歌う。

音楽も重々しい総奏によるオーケストラの序奏が、
様々な荒波を乗り越えた男の意志の強さを感じさせるが、
これを歌うフィッシャー=ディースカウも、粗野な方の兄弟の特徴を出して、
豪快に歌い飛ばす感じであって、そこそこ、性格づけも出来ているように思える。
さらに、彼は、ここで、村長に約束の履行を迫るのである。
つまり、リースヒェン危うしである。

10. No.5 四重唱(リースヒェン、アントン、フランツ、村長)
        「うまいときに帰ってきたもんだ」
もちろん、ここは、突然の展開に驚く関係者と、
勝ち誇るフランツの歌であって、最もややこしいシーン。

後年のレハールを思わせるような、軽快で巧妙な管弦楽が泡立ち、
この複雑な局面を面白おかしく、お洒落に彩っている。

12.No.6 アリア(フリードリヒ)「愛する貴い母なる大地よ」
またまた偶然もいいことに、双子の兄弟のもう一方が村に戻って来る。
面白いことに、フランツの方は、役人のところに行っている。

前述のように、一人二役なので、No.4との対比が重要だが、
フィッシャー=ディースカウは、敬虔な表情を見せて、
このフリードリヒの優しさを表現する。
音楽も、緩徐楽章風で、冒頭から、ホルンの響き、木管の和音が、
ロマン的な物思いを感じさせて、
シューベルトも、双子の対比には心を砕いたことを実感できる。

会話の部分では、村長が、あなたの変わりようがうれしいというと、
ややこしいことに、私も苦労して人間が変わったなどと、
神妙な述懐をする。リースヒェンは、アントンとの結婚を許してもらい、
次の浮かれた二重唱となる。
14.No.7 二重唱(リースヒェンとアントン)「私はあなたのもの」
この様子を見たフランツが怒り狂うのが、次のダイアローグ。
この時は、またまた、フリードリヒがいない。
18年前に、供託した金があると聞いて、
肝心なときに、彼は、村の収入役に付いて行ってしまったのである。

16.No.8 三重唱(リースヒェン、アントン、フランツ)
         「あなたは反古にするのですか」
そこで、リースヒェンが逆ギレするのがこの三重唱である。
男声二重唱にソプラノがきらめく効果もなかなかのものである。
しかし、さらにフランツは興奮して次のような会話になる。
「アントンのことを言うな、奴の首根っこをへし折ってやる。」
そうして、例の供託金のことまで、この男は騒ぎ立てる。
とはいえ、いずれも、権利主張としては、まっとうなことである。

18. No.9 五重唱と合唱(リースヒェン、アントン、フランツ、村長、
           収入役と合唱)「奴をつかまえろ」 
ここでは、気が狂ったようにも見えるフランツ・シュピースの振る舞いに、
村人みんな(合唱)が、襲いかかって裁判所に連れて行く。
管弦楽の興奮も素晴らしい。

最後に、裁判所でフランツが結婚を諦め、双子が抱き合って、
大団円を迎えるのだが、いったい、一人二役で、どうやって抱き合うのだろうか。
解説によると、初演の時もどうしたかは、謎とされているらしい。
が、おそらく、このトリック性をうまく見せたがゆえに、
こうした劇が好評を博したのであろう。

最後のフランツの歌詞は、
わずかに「フリードリヒ、フリードリヒ」だけなので、
誰かそっくりさんがいれば、事足りたに違いない。

20.No.10 終曲の合唱「兄弟は再会した」
大団円の合唱は、ティンパニが轟き、
ヴァイオリン群もめまぐるしく駆け巡って、
興奮を掻き立てるが、しかし、少々拍子抜け。
わずか1分半で終わってしまう。
これが、今回の鑑賞を通じて、一番の不満だったかもしれない。

ということで、シューベルトが発表できたオペラは、
確かにいくつかの不足はあるとは言え、
偶然に成功したものではない力作。
楽器の扱いを中心に、随所に眼を見張る効果が張り巡らされているが、
オペラの舞台では、その精妙さがかき消えてしまうかもしれない。
が、レコードでは、じっくりかみ締めたいところである。

シュレーゲルやノヴァーリスの最新の思想に染まっていたシューベルトには、
これらの単純な歌詞には、少し手を焼いたこともあるだろうが、
決してやっつけ仕事ではない。
むしろ、前半から、綿密に書きすぎて、最後への橋渡しが、
うまく行かなかったとも考えられる。

ストーリーが分かった後は、CDであれば、
セリフの部分は飛ばしながら聞いてもよい。
が、残念ながら、トラックの切れ目がいい加減なのか、
セリフの一部が残っていたりするのが残念無念。

このレコード、CDは、ほぼ同じデザインであるが、
ヨーロッパの田舎町を描いたものであろうか。
美しい絵画が丸枠内に収められている。

空が青く澄んで、雲も白い。あちこちの木立を素敵だ。
確かに、こうした情景の中で、起こった事件だろうが、
何の説明もないのは困ったことだ。

最後にこのオペラが、どのように評価されているのかを、
手元の資料でざっと見てみると、

1948 アインシュタイン 半分以上否定。
しかし、かなりの分量の記述あり。
序唱、二重唱、五重唱、終曲は、平凡で「放棄しよう」とあり、
生き生きとした四重唱、三重唱はOKの模様、
「最も美しい」のは、リースヒェンのアリアと判定。
「抑えられた興奮」、「コンチェルタントな管楽器の恍惚たる動き」、
モーツァルトに対置しうると評価。

1957 シュナイダー 不明
「わずか6回演奏されただけでプログラムから消した」と紹介。

1965 ブリュイール 不明
新聞に、「才能よりも才気、創意よりも力強さについて語った」とあるのみ。

1971 フィッシャー=ディースカウ 不明
新聞で、シュレヒタが、オペラはダメだが、
リートは良いという意見を書いたことを紹介。

1885 オズボーン 不明
ただし、当時の批評などを4ページにわたって紹介。
「ジャーナリズムの反応は千差万別」とある。
「テキストの細部に執着しすぎている。」
「支離滅裂でごてごてとした器楽の演奏は、何とか独創的であろうとして、
小心翌々と転調を繰り返しほとんど休む間もない。」
など、なるほど、と思わせる。

1997 ヒルマー 不明
やはり、当時の記事を引用。
「リブレットに自信が持てなかったらしいこともあって、
ことさら野心満々といった感じを与えたわけではない」と、
そもそも、シューベルトの仕事が適当である感じで紹介。

2008 私 アインシュタイン的
60年前の意見からほとんど変化せず、情けない。
が、シューベルト・ファンなら、
ああだこうだと考えながら聞く価値はある。
五重唱、終曲は、放棄するほどではない。

得られた事:「『ます』と同時期に書かれたとされる『双子の兄弟』は、序曲に『ます』の余韻を聴き取る人もいる。」
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by franz310 | 2008-01-13 12:48 | シューベルト
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