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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その97

b0083728_20314963.jpg個人的経験:
この前紹介した、
オラヴェッツの、
「リスト・バージョンの
シューベルト」
というCDでは、
多少騒々しい
「さすらい人幻想曲」より、
「ハンガリーのメロディ」
の快演が忘れがたい。


が、あと一曲、シューベルトの連弾用行進曲を、
ピアノ独奏に編曲した、
「シューベルトの性格的大行進曲」が含まれていた。
これまた、速いテンポでぶっとばす演奏で、
リストは、ここまでやりたかったのだな、と、
妙に納得してしまう。

だが、この曲は、さらに大きな構想の作品の一部をなすものであり、
その解説を再度、引用してみよう。
「『シューベルトのハンガリーのメロディ』の成功を受け、
リストはもう一曲、シューベルトの4手ピアノ曲を、
ピアノ独奏に編曲したものをこしらえた。
これは、1846年、ほぼ同時期に三つの分冊で、
ヴィーンのディアベリによって、
4. シューベルトの大葬送行進曲
5. シューベルトの大行進曲
6. シューベルトの性格的大行進曲
として独立したタイトルで出版された。」

このような解説は、ハワードの解説と同じである。
ハワードの「Liszt The Shubert Transcriptions I」にも、
3枚組CDの3枚目には、この3曲全部が収められているのである。
(ちなみに、このCDの解説、この前は、途中までしか載せられなかったが。)

オラヴェッツは1枚しか出せなかったのを、
ハワードは9枚も同じテーマで出せたので、
資金力の差異の悲しさを感じさせた。

が、演奏は、ハワードはイギリスのレーベルに相応しいのか、
ずっと、おとなしめである。

さて、このハワードのハイペリオン盤の解説には、このようにある。

「リストのシューベルトの行進曲への関心は、
『ハンガリー行進曲』を越えて広がっており、
様々なシューベルトのピアノ連弾行進曲による、
大きな三つのピアノ曲が作られ、
その題名が示唆する以上のものとなっている。」

「ハンガリー行進曲」は、シューベルトの、
「ハンガリー風喜遊曲」の第二楽章を、
リストが編曲して勝手に名前をつけたものである。
「ハンガリー風喜遊曲」は、
これまた、「ハンガリーのメロディ」と変えられているので、
頭がおかしくなりそうだが。

引用を続ける。
改めて注釈しておくと、ここで書いているのはハワード自身である。
「異常に長大な『悲しみの行進曲』の拡大された悲しみは、
これらの中で傑出したもので、作品40/D819の、
『六つの大行進曲』の第五曲の忠実な編曲で、
原曲より、さらに深いものを見つけようとしている。」

ここでも混乱をきたす、
この第一曲は、
「大葬送行進曲」と呼ばれたり、
「悲しみの行進曲」と呼ばれたりしているからである。

それはそうと、この最後の意見はなんとも言えない。

こんな風に書かれて、シューベルトの原曲を聞きなおすと、
元のシューベルト作の「6つの大行進曲」そのものが、
50分を要する大曲であり、この第五曲はそこでも16分かかって、
何やら異常な音楽だと思い知らされたからである。

行進曲と言いながら、行進できるようなものではない。
リストの編曲では、18分なので、ほんの1割増量といった感じである。

もともとが桁外れの作品で、
それが、リストに強いインパクトを与えたものと思われる。
しかし、よくこんな意味不明な曲を出版者が出版したものである。
ハワードの演奏は、どちらかと言うと、シューベルト的で、
オラヴェッツのめちゃくちゃな没入が懐かしい。

「同じ曲集の第三番から作られた『大行進曲』は、
作品55/D859の『大葬送行進曲』の、
第二のゆっくりしたトリオを付加して、
さらにこれはコーダで再現される。
シューベルトの両作品は、型破りな転調で接続されている。」
「6つの大行進曲」第三番は、7分程度だが、リストは14分の作品にしている。
ゆっくりしたトリオが始まると、もうすっかり、葬送の雰囲気が立ちこめる。
しかし、もとの曲が明るい行進曲なので、最後は朗らかな凱歌になる。

「さらに形式的に複雑なのは、『性格的な大行進曲』で、
シューベルトの遺作作品121/D886の『二つの行進曲』の、
第一曲の編曲として始まり、
トリオの部分以降は、D886の第二の行進曲のトリオの編曲である。
それから、D819の第二番の最初の部分、D819/1のトリオが続く。
すべての材料が圧倒的なコンサートピースとして機能して、
復活の価値ある作品となっている。」
何と、ハワードもこの曲を一番、価値があるように書いている。
オラヴェッツがこれを取り出して弾いたのにも意味があったということか。

この作品、とにかく長いので、ハワードのように、
生一本の生真面目で弾かれると、最初の楽章から気が滅入ってしまう。

「リストは、これらの3つの行進曲に、いつものハンガリー行進曲を加えて、
『フランツ・シューベルトの4つの行進曲』として、
管弦楽バージョンも作成、さらにピアノ・デュオ版も再アレンジした。」
もう、これ以上、やらんで良いという気もするが、
やはり、この記述、非常に気になる。

オラヴェッツ盤でも、こうした記述があった。
「1859年、リストは、この3曲の行進曲に、
『ハンガリーのメロディ』からの『ハンガリー行進曲』を合わせて、
オーケストラ曲とした。
この4つの管弦楽行進曲は、1870/71に出版され、
リストはさらに4手ピアノ版のスコアも出版した。
驚くまでもなく、
これらは、オリジナル作品から大きくはずれたものとなっている。」

この3曲でも45分かかり、さらにハンガリー行進曲(6分)を加えて、
オーケストラで演奏したら、さぞかし、凄い交響曲として鳴り響いたであろう。
確かに、3曲目のこれはスケルツォのような楽想。
資料によると、1846年とあり、4手用は、1879?となっている。
リストの胸の中では、もう一つのシューベルトの交響曲が、
ここから生まれたのであろうか。しかし、終曲が、ハンガリー行進曲だとすると、
非常にやばそうな作品。ベルリオーズを想起させる。

などと考えていたら、この曲のCDが、
廉価レーベルARTE NOVAから出ているのを発見した。

が、期待とは違って、ここでは、各曲は幾分、短くなっていて、
順番も入れ替わっている。私が予想したような桁外れな作品ではない。

演奏も、二人でお互いに遠慮があるのであろうか、
ますます、親密なシューベルト風になっていて、
オラヴェッツに聞いたような、陶酔状態にまでは至っていない。

残念ながら、CDにサール番号の記載がないので、
実際のところ、確証はないのだが、
最後にハンガリー行進曲を収めて、
全曲で30分を越える大曲であるのは確か。
管弦楽版にしたら、そこそこの大交響曲かもしれない。

前述のように、順番の入れ替えがあって、
第一楽章に相当する第一曲は、ピアノ独奏版の二曲目である。
したがって、いきなり大げさな悲しみで始まるわけではないので、
ひょっとしたら、こちらの方が、聞きやすい順番かもしれない。

が、この、じゃんじゃらじゃんじゃらと、
けたたましいヴィヴァーチェの曲は、
元気にエネルギーを渦巻かせるのはいいが、
いささか荘重さには欠ける。
だが、途中、ファンファーレのような楽節も現れ、
管弦楽版が聞いてみたいものだ。
曲想はいろいろと変わるので、これらをどのような楽器で処理したか、
それを想像してみるのも面白い。
コーダの駆け込みも、オーケストラで聴き栄えするかもしれない。

ということで、第二楽章に位置することになったので、
葬送行進曲風の「悲しみの行進曲」も「英雄交響曲」を想起させる。
12分もかけて、悲痛なテーマが流れて行く。
最後も奈落の底に落ちていくようなトレモロが鳴り響く。

この絶望から一転し、第三曲は「Reitermarsch」。
騎兵行進曲と訳すべきか。とても、元気のよい作品で、
前の楽章とのつながりはまったく感じられない。
だが、「英雄交響曲」もそうだった。

この騎兵行進曲が、オラヴェッツが弾いていたものであるが、
4手になって、ふくよかになって、
研ぎ澄まされた感じがなくなったような気がする。

管弦楽化した時のふくらみはあまり想像できない。
それにしても、4手曲を2手用にして、さらに、
4手に戻すというのは、かの有名な老舗、「赤福」ではないが、
1回冷凍保存して解凍したような感じがしないわけでもない。
が、オラヴェッツによって、何となく、この曲集の聴き方が変わったので、
リストがやりたかったことを何となく想像することは出来る。

最後は、にぎやかに駆け抜けて終わる。

四楽章形式で理解すると、フィナーレに相当するのが、
「ハンガリー風喜遊曲」からの行進曲。
気味の悪い前奏がついて、恐ろしくものものしい音楽になっている。
これも、途中、ファンファーレがあって曲想が変わる。
ピアニスティックな名技性を誇示する装飾が聞かれるが、
ピッコロやフルートが華やかに行進曲を彩ったに違いない。
最後に和音を叩きつけて終わる盛り上がり方も、
管弦楽なら、きっと聴き栄えのするものであろう。

私は興味津々で、このように好意的に妄想しているが、
シューベルト愛好家でなければ、
あるいは、全曲聴きとおすのは苦痛かもしれない。

この曲、1870年に管弦楽版が出来たというから、
リスト後期の仕事である。
だが、この前書いたように、
リスト晩年は、非常に、禁欲的な作風に移行し、
こうしたやばい作品には似つかわしくないのだが。
いったい、どんな機会での演奏を狙っていたのだろうか。

ヨアヒムが「グラン・デュオ」を交響曲として発表したのが1855年。
長い眠りから覚めた「未完成交響曲」が初演されたのが、1865年。
これは、こうした系列にあるのかないのか。

では、このCDの解説を見てみよう。
「『Vormarz』に先立つ(3月革命以前)時代、
ヴィーンでは、貴族の豪華な邸宅での催しが増え、
中産階級の手による新しい試みが音楽界をにぎわした。
こうした背景下、ナポレオン以降のメッテルニヒの厳しい治世を逃れ、
家族や友人に囲まれた自分たちの家庭の聖域に、人々は別世界を作ろうとした。
この民営化は、素晴らしいレベルにまで熟達したアマチュア演奏家による、
室内楽の演奏を増加させた。
音楽的な家庭に育ったシューベルトは、
このようなプライヴェートの作品を書いたが、
親しい仲間による宴会を重視し、後期の多くの作品もそこで試演されている。
ピアノはこの新しい音楽追求に重要な楽器の一つであり、
シューベルトの捜索活動においても中心的な役割を担うことになる。
彼の書いた膨大な四手ピアノの作品は重要で、
Vetterは、『シューベルト自身、ピアノの前にパートナーとして座り、
4手ピアノの作品で友人や支持者たちの場に、
光彩を添えることを好んでいた』と書いている。
この音楽的相互作用の精神は、
大規模な『ヘ短調幻想曲 作品103』や、
『アンダンティーノ・ヴァリエ 作品84-1』や、
『ニ短調ロンド 作品138』の特性を説明するものである。」
ということで、このCD、
前半は、シューベルトのオリジナルの四手ピアノ曲3曲を集めている。
最晩年の傑作『幻想曲』こそ、大名曲であるが、後の二曲は、
このように一括で説明されても困るほど記憶にない。
(「幻想曲」は、とても生き生きとした演奏で、
早めのテンポで爽やかに弾かれている。)

調べてみると、「アンダンティーノ」は、
「ハンガリー風喜遊曲」と並ぶ大作、
「フランス風喜遊曲」の第2楽章で、
作品84の2と書くべきではなかろうか。
最初は、しみじみとした、息の長い歌が古風なパヴァーヌを思わせる。
それが、何となくロシアの舞曲風になったりして面白い。

「ロンド」は、1818年の作とされ、
より平明で優美な、一連のゼレチェ作品の一つ。
極めて愛らしい作品である。

いずれにせよ、こうも時代の異なる作品を、
十把一絡げにした解説はどうかと思う。

解説を続けよう。
「この分野におけるシューベルトの傾倒は、
二人目のピアニストを加えて、名技性を与えることは狙っておらず、
いわゆるプレイオフのように、
(-a play-off, so to speak-とあるが、何のことやら分からない。)
二人の奏者に会話の可能性を加えたものであった。」
この文を書いた人を見てみると、
Heidrun Bankoseggerとあるが、David Lawrenceの訳とある。
ドイツ語の原文には、この「-」と「-」で囲まれた一文はない。
むしろ、こう読める。
「二人の奏者がテクニックの可能性の獲得に近づくのではなく、
会話を引き出し、両者の音楽を交わさせる。」

「シューベルトの4手作品は、
小さなサークルにおけるアクティブな音楽活動のために書かれ、
音楽の娯楽というコンセプトにて最高のセンスのものと見なされ、
聴衆ばかりでなく、演奏者の高揚を求めた、作曲上の洗練はあっても、
難解さは必要なかったのである。」
このあたり、味わうべきかもしれない。
演奏家と聴衆が一体となって高揚できる音楽。
確かに、これこそが、シューベルトの「ます」の五重奏曲が、
求めていた世界かもしれない。

「19世紀には、名技的な独奏者が新しい作品を支配し、
彼らが自分の好みの作品を見つけると、
ツアーに持って行かれ、レパートリーの一部とされた。
自然、彼らはコンサートホールに見合うように、
自身の能力を誇示できるように改作した。
この点で、リストは、この世紀、最も多作なアレンジャーで、
これによって、リストはこうした尺度で評価されもした。
とりわけシューベルトに関する限り、その歌曲の編曲で、
成功したものを生み出している。
リストの行ったシューベルトの4手ピアノ曲の最初は、
作品40と作品121からの行進曲で、2手用に1846年に出版された。
1859/60年には、同じように、作品40、54、121を、
オーケストラ曲に編曲し、後に4手用に編曲した。」

何?1859年?
オラヴェッツ盤には1870年とあったはずだが。
この1859年という日付は、妙に納得できる。
リストは、1859年まで、
ワイマールで宮廷楽長を勤めていたからである。
ベルリオーズと共に、ロンドン・フィルの会員になったりした頃なら、
こうしたシューベルト作品をぶっ放す機会、
あるいは、そんな気持ちになった時もあったであろう。

しかし、作曲年が確定できないということは、
演奏の記録もないということだろうか。

あと、この解説、作品54ではなくて、55ではなかろうか。
そもそもドイッチュの番号ではなく、
作品番号で書いてあるところが紛らわしい。

「歴史的な正確さと、スコアに対する忠実さを求める、
現代のコンセプトからすると、こうしたアレンジ作は、
気まぐれや、無意味な名技性の産物と見なされるかもしれないが、
前世紀(このCDは1996年のもの)の一般大衆用にとって、
ずっと個人的なサークルでしか楽しまれて来なかった作品は、
こうした形でしか、広く知られる可能性がなかったかもしれない。」

これで終わり。
この解説、包括的なのは良いが、
各曲については、まるで聴きたくなるような記述がない。
一般的な評論であって、商品に相応しい解説ではない。
もう少し、各曲に関する配慮が欲しい。

表紙デザインは、この廉価盤レーベルで良く見かける、
原色と黒のラインの単純化されたデザイン。
シューベルトもリストも無関係であろう。
が、商品としては、許容レベルかもしれない。

演奏はケルン・ピアノ・デュオという若い男女であるが、
個人名は分からない。
USAとフランスとイタリアのコンクールで賞を取ったとあり、
重要なのに埋もれた作品の復活にもこだわりがあるとある。
だから、こうして、リスト編曲のシューベルトも聞くことが出来たというわけだ。

得られた事:「聴衆と演奏家が手を取り合うように高揚する音楽は、演奏家が名技性を振りかざす音楽とは、洗練させるポイントが異なる。」
by franz310 | 2007-11-17 20:33 | シューベルト
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