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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その86

b0083728_19365740.jpg個人的経験:
シューベルトの歌曲を、
リストがピアノ独奏曲として、
編曲し、各地で演奏したことが、
それら歌曲の普及に繋がった。
しかし、
いろいろなCDを見てみると、
どうも、中途半端な印象がある。
リストが取り上げた歌曲、
特に歌曲集に関して言えば、
妙にばらばらではないだろうか。

F・ディースカウの書いた、
「シューベルトの歌曲をたどって」(原田茂生訳 白水社)を見ると、
リストが編曲したシューベルト歌曲54曲は、次のようなものになるようだ。

ハスリンガー社から:
1. セレナード
2. 涙の賛美
3. 郵便馬車
4. ばら

ディアベリ社から:
5. 私の挨拶を
6. 水の上で歌う
7. 君こそは憩い
8. 魔王
9. 海の静寂
10.若い尼僧
11.春の想い
12.糸を紡ぐグレートヒェン
13.セレナード(1との違いは不明)
14.憩いのない愛
15.さすらい人
16.アヴェ・マリア

以下、数社から
17.連祷
18.天国の光
19.星座
20.賛歌
21.別れ(Abschied D578)
22.乙女の嘆き
23.弔鐘

という風に、うまく、歌曲名曲集の体をなしている。

が、次からは、3大歌曲集のバラバラ事件が始まる。

以下、「美しい水車屋の娘」からのものには、(美)を、
「冬の旅」からのものには、(冬)を、
「白鳥の歌」からのものには、(白)を付し、
その中の本来の曲順を番号で示した。

24.(美18)枯れた花
25.(美7)いらだち
26.ます
27.(美1)さすらい
28.(美19)小川のほとりの水車屋
29.(美14)狩人
30.(美17)邪悪な色
31.(美2)どこへ

と、このように、まず、「水車屋の娘」の7曲がリストの手にかかる。
何故、「ます」が混入したのかは分からない。
いきなり、「枯れた花」で始まる理由も不思議といえば不思議。

この前、取り上げた、クズミンのCDでは、
ここから、「Die Schone Mullerin」と、
「Der Muller und der Bach」を取り上げていたが、
前者は妙な題名に置き換えられているが、
実態は、上記(美1)で、後者は(美19)である。

従って、どうせ、抜粋なのだから、
最初と最後だけ取り上げてやろうという
算段であろうか。

また、実は、「Der Muller und der Bach」も、タイトルには問題があって、
シューベルトの原作では、「水車職人と小川」であるのを、
リストがあえて題名を変えたのではないかと、F=ディースカウは推測している。

さて、今回のAntony Peeblesというイギリスのピアニストが、
イギリスのMeridian社から出したCDは、
いかにも、ロマンティックなジャケット写真が気になって購入したものだ。
ただし、絵の作者はどこにも書かれていない。

ここでは、

1. Das Wandern(美1)、2.Wohin?(美2)、3.Ungeduld(美7)、
4. Der Jager(美14)/Die bose Farbe(美17)、
5. Trockne Blumen(美18)、6.Der Muller und der Bach(美19)

と、リストが編曲したすべてを収録している。
(ただし、後半は、何故か、「白鳥の歌」の「抜粋」である。)
トラック4が2曲の混成体であるのも気になる。

改めて、表紙の絵を見直すと、荒涼たる廃墟の風景で、
緑の中で歌われる「水車屋の娘」のイメージからは遠い。
また、「白鳥の歌」になると、もう少し都会のテイストが出てきて、
この絵がそれに合っているとも思えない。

大筋、こんな雰囲気の時代にシューベルトは憧れていたのではないか、
と思わせるのみで、この絵を見ながら、
曲想に思いを馳せることは出来ないかもしれない。

さて、リスト編曲の「水車屋」の順番は、
全20曲中、1/3の7曲のみが、
順番も無残に入れ替えられていて、これでは、
小川に身を投げた若者が生き返って、
どこかへ行ってしまうような構成である。

さすがに、Peeblesは、これではいかんと考えたのか、
曲順はオリジナルに戻してある。
それでも、(美7)から(美14)までの、
肝心の「娘」が活躍?する所は、リストは興味がなかったことが分かる。

このCDの解説はどうだろうか。
「リストはシューベルトの56曲の歌曲をピアノ独奏曲に編曲したが、
そのほとんどは、1838-40年の、リスト20代後半に書かれている。
彼は、その時、『白鳥の歌』の14曲すべてを編曲したが、
このうち10曲はこのCDに収めており、残りの4曲は、
このシリーズのvolume1に収めてある。」

解説の冒頭から、別のも買えという指示も、めちゃくちゃであるが、
何故、14曲を10曲と4曲に分割したかと、声を大にして叫びたい。
リストがばらばらにして、レコード会社までがそれに加担する。

ちなみに、収録されなかった4曲は、(白1)、(白4)、(白5)、(白12)で、
「愛の使い」、「セレナーデ」、「すみか」、「海辺で」となり、
これが、何か意味を持っているとも思えない。

このCDでは、ここから、「美しい水車屋の娘」の解説になる。

「『美しい水車屋の娘』から7つの歌曲。
シューベルトは『美しい水車屋の娘』を1823年に作曲した。
20の歌曲が物語りの筋で、サイクルを構成している。
i)(歌曲no.1)若い粉引き職人が、希望に満ちて、
特に当てもなく、楽しいさすらいの旅へと出かける。」

どうやら、この解説は、リストとは無関係に、
ひたすら、歌われない詩の内容を説明する作戦らしい。
物語の代用で、音でシーンを想像せよという趣向と見た。

この曲でリストは、
次第に弧を描くような音形の追加で、若者の心の高まりを、
ぴちぴちとした装飾の追加で、
楽しい旅の弾む心を強調している。

前回のコズミンでは、これらをことさらに強調して、
しかも、やけに速いので、ほとんどふざけたピエロの巡業のようだったが、
今回のピーブスは、それよりは節度を持っている。
フレーズの終わりでは、小さくテンポを緩めて、粋な表情を見せたりもする。
ただし、これは、シューベルト的とは言えず、リストの様式であろう。

「ii)(歌曲no.2)このさすらいで、小川を見つけ、
歓迎のさざめきを聞き、どこであろうと、
それに沿って行くことを決める。」
ここでも、縦横に鍵盤を跳ね回る装飾が付加されているが、
もう、真珠だかパチンコ玉だかが、そこらじゅうに転がっている雰囲気。

「・・その小川は水車屋に導き、
そこに彼は滞在し、働き場所を見つける。
美しい水車屋の娘というタイトルにある、
愛らしいそこの娘と当然恋に落ちる。」

曲がないところは、こんな風に解説がストーリーを補足する。

「iii)(歌曲no.7)若者は、その情熱を激しく爆発させ、
『私の心は君のもの、いつまでも』と宣言したくなる。」
シューベルトの歌曲の伴奏そのものも輝かしいので、
歌手が歌う部分を付加したくらいで控えめに聞こえる。
リストの貢献は、上記、興奮をものすごい音の洪水で埋め尽くした点。

「・・しかし、娘は、冷たいままで、イケメンの狩人が現れると状況が一転し、
彼女は、そっちに夢中になってしまう。」
当然と言えば当然、ぺえぺえの新人が、
目の肥えたOLに相手にされないようなものだ。

「iv)(歌曲no.14)と、v)(歌曲no.17)。
リストはこの歌曲2曲をABA形式に融合させてしまった。
『狩人-嫌な色-狩人』といった風に。
『何故狩人は現れた。君のいるべき森へ帰れ。
猟犬も連れて行け、角笛も吹くな、狩人の着ている緑の服は、
嫌な色だ。彼女は、それに合わせて緑のリボンを付けている。』」

なるほど、7つの歌曲と言いながら、6つしかトラックがないのは、
こうした理由なのである。
リストの編曲は、二曲をうまくつなぎ合わせていて、
継ぎ目が分からないまでに改変している。

ここでは、ピアノの技巧よりも、この改作に力が入っている。
比較的、忠実だとされたトランスクリプションも、ここでは、
かなりのアレンジとなっていて、
「狩人の主題によるパラフレーズ」とでも言うべきか。

ここから、後半の「花」のような、第十八曲「枯れた花」になるが、
先の「パラフレーズ」の大騒ぎで、エネルギーはすっかり消耗し、
もう、若い粉引き職人の命運は、すでに決したと思われる。

「vi)(歌曲no.18)この絶望した若者の心は、
死への想いに満たされて、それが高じていく。
この歌曲は二つの部分からなり、短調の部分は、
彼女が前にくれた花は、すでに枯れてしまったが、
彼はそれをじっと見つめる。
彼は、それも一緒に墓に埋められることを願う。
もう一方の長調の部分では、彼は、春の花のように、
再び大地から芽生えることを願う。
彼女がそこに佇み、彼の愛の真実を思い出すように。
その時、花よ、咲き出るのだ。」

リストの編曲は、さすがに、ここでは、派手には出来ないといった感じ。
思えば、この曲を最初に手がけたのだが、初心では、極めて原曲に忠実、
あの「狩人」のような構想は、なかったのだろうか。

「vii)(歌曲no.19)全曲を通じて、若者の最も打ち解けた友で、
相談相手は小川であった。彼は小川に悲嘆の痛みを語り、
小川はそれに対して慰め、最後に小川は応える。
『小川よ、君の言うことはよく分かった。
その冷たい水の下に安らぐとしよう。」

実際に歌曲を聞いていても、この曲のあたりになると、
短絡的な若者への批判も忘れて、涙が出そうになるものだが、
リストは、ピアノの色調をデリケートに制御して、
この歌曲を大切に扱い、この情感を非常にうまく増幅している。
シューベルトの原曲では、若者の独白部のピアノは、
単に和音を連ねたようなシンプルなもの。
小川が応える時に、それが、水の流れのようなせせらぎの音を響かせる。

リストの編曲でも、当初は、原曲と同様にシンプルだが、
次第に、一息ごとに、ぽろぽろと合いの手のようなピアノが鳴るようになる。
声のパートのフレーズもぴろぴろと装飾が施され、
虹の架け橋を描くように歌われて、川のせせらぎの煌きも輝きを増し、
まるで、全体が一面の星空のようになる。

この曲などでは、コズミンの激情系の演奏も、妙に心に残る。
弔いの鐘のように、克明に沈み込むような低音を鳴り響かせるが、
川のせせらぎは対照的に粒立ちよく明るい色が立ち上がる。
立ち上る装飾音の揺らめきもなまめかしく、
川のせせらぎにも妙な渦が見え隠れして、
いかにもそのまま飲み込まれてしまいそうだ。
が、終結部は少し、詰めが甘いか。

ピーブルスは、ここまで表現力豊かではないが、
誠実な音楽で、コズミンのようなどろどろはないかわりに、
押し殺したような沈痛な歌が聴ける。

この人は、解説によると、ウェストミンスターで学び、
ケンブリッジのトリニティカレッジに学んだとある。
ピアノの師はピーター・ケイティンで、
ルフェビエールにも学んだとある。
BBCのピアノコンクールで優勝し、
翌年ドビュッシーコンクールで優勝したとあるので、
1964年生まれのコズミンより一世代上であろう。

中国、台湾、エル・サルバドルを含む121の都市で演奏し、
ロンドン・フィル、ロイヤル・フィル、バーミンガムなど、
沢山のオーケストラと競演したとあるから、
英国のエリートという感じか。
このリスト編曲のシューベルトのシリーズ1は、
各雑誌で賞賛され、“disc of pure magic”などと評されたらしい。

さて、このディスク、「水車屋」の次に、
「白鳥の歌」からの10曲が収められている。

これの解説は最初に、「水車屋の娘」や、「冬の旅」と違って、
「白鳥の歌」は歌曲集ながら歌物語ではなく、
シューベルトの死の2,3ヶ月前に書かれた歌曲を集めたものである、
というみんなが知っている話が出ているのみ。

何故、10曲しか収めなかったかが気になるが、
ざっと見たが、それには触れられていない。
各曲(原曲)の解説があるだけで、
原曲と違う曲の順番に関しても、何も解説されていない。

ここで、例のディースカウの本によると、
この「白鳥の歌」の編曲は、以下のような構成だったらしい。
一応、リストは全14曲を、まとめて取り上げている。

今回、Peeblesが取り上げたのには、※印を付けてみた。
その後の数字は、彼が演奏した順番である。
()内は、「白鳥の歌」本来の曲順である。

32.(白11)都会※1
33.(白10)猟師の娘※2
34.(白5)すみか
35.(白12)海辺にて
36.(白7)別れ※4
37.(白6)遠い地にて※3
38.(白4)セレナード
39.(白9)彼女の肖像※5
40.(白3)春の憧れ※6
41.(白1)愛の使い
42.(白8)アトラス※7
43.(白13)影法師※8
44.(白14)鳩の便り※9
45.(白2)戦士の予感※10

こう見ると、「別れ」と「遠い地にて」だけが、逆になっているが、
そのほかは概ね、リストの順番に沿っていて、原曲の順番は、
先の「水車屋」とは違って、あまり考慮されていない。

リストによる、歌曲「ます」の編曲は、
何故か、「水車屋の娘」に混じって行われたようだが、
このCDは、残念ながらこの歌曲の編曲は収めていない。

さて、ここで、例のF=ディースカウの本に戻ると、
三大歌曲集のうち、残る最大作「冬の旅」24曲は、
リストによって、以下のように料理されていったようだ。

46.(冬1)おやすみ
おっ、原曲どおりでこれはなかなか期待できる滑り出し、と思いきや、
47.(冬23)幻日
と、いきなり終わり近くに飛ばされてしまう。
何を考えているんだ、リスト!

48.(冬22)勇気を
49.(冬13)郵便馬車
50.(冬4)氷結
51.(冬6)雪解けの水流
52.(冬5)菩提樹
53.(冬24)ライヤー回し

「冬の旅」も、心象風景の連なりのような作品ゆえ、
多少の順番変更はあっても耐えられるかもしれないが、
前半のオアシス「菩提樹」から、最後の「ライヤー回し」の、
閉ざされた雪の世界に、主人公の若者を突き落とすのは、
あんまりではあるまいか。

54.(冬19)幻
55.(冬21)宿屋
56.(冬18)嵐の朝
57.(冬17)村にて

ということで、これまた、わずか半数が編曲されるに留まった。
54曲というのに、ナンバーが57まであるのは、
上記3と49の郵便馬車のように、重なりがあるからであろうか。

b0083728_19363983.jpgこの12曲の「冬の旅」、
イギリスのピーブルスも
録音しているようだが、
未入手である。
私は、フランクフルトで、
1958年に生まれた
Thomus DuisのCDを
持っていた、というか、
持っているのに気づいた。
(Capriccioレーベル)

これも、なんだかお洒落な表紙デザインが気に入って、
ずっと前から持っているものである。
1986年、ルービンシュタインコンクールの覇者ということで、
ミュンヘンのARD国際コンクールでも優勝、
イスラエルやフランクフルトのオーケストラと競演している人らしい。

が、このCD、先の順番で曲が収められていて、
リストの意図を汲んだか、無批判に受け入れた形である。
「冬の旅」の原曲を聞きなれた人には、どうしても抵抗ある曲順である。

また、ここでは、この「冬の旅」の12曲の他、
「ます」の編曲も収められている。
「魔王」、「海の静寂」、「セレナード(シェークスピア)」、
「アヴェ・マリア」、「セレナード」、「ます」といった、
いかにも名歌曲6曲に続き、後半が「冬の旅」である。
何故、これらが選ばれたかはよく分からない。
1995年に「冬の旅」、その他は翌年の録音なので、
最初からこのようなプログラムを想定していたのではないのかもしれない。

このピアニストは、歯切れの良い、
明確さを第一にしたような演奏をする人であるが、
こうした曲から、あえて、「冬の旅」をメインにすえるとすれば、
かなり、渋い嗜好の演奏家のような気もする。

謎が気になって、解説を見てみた。
1ページ半で短いが、難しい英語である。
「1854年、リストがシューベルトのオペラ
『アルフォンソとエストレッラ』をワイマールで初演した際、
彼が改訂したピアノ・ソナタを弾くピアニストは、
驚くべき財宝が、シューベルトのピアノ曲から掘り出されたのを、
驚くに違いないと語ったという。
しかし、むしろリストはシューベルトの歌曲のトランスクリプションで、
真の伝道者になったのである。
今日でも、ヴィーン市の図書館では、150以上もの別々の編曲が見られ、
『魔王』に至っては、14の異なったヴァージョンが同時に市場に出回った。
Ernst Hilmarは、これらをエッセイで列挙している。
『アヴェ・マリア』は10のヴァージョンがあり、
演奏上のテクニックに応じており、この編曲は大成功を収めた。」

話がどんどんややこしくなる。演奏家ごとに、どれを使っているかを、
考察する楽しみがあるということか。

「ベルリオーズの『幻想交響曲』の1839年のピアノ編曲は、
この友人の革命的傑作を援護し、シューベルトの歌曲の編曲でも、
リストは当時知られていなかった傑作に再検討の場を与えたかった。
一例を挙げると、『冬の旅』などは、1828年に出版されていた。
オーストリアのフォーグルや、パリのグランドオペラのテナー、
L・A・Nourritなどが、シューベルトの解釈で貢献したが、
評価を普及させるには至っていなかった。」
フォーグルはシューベルトの友人である。
ノリットは、ディースカウの本にも出ていないが、
珍しく、パリでシューベルトを歌っていたのだろうか。

「リストは1838年、これらのトランスクリプションを持って、
公衆の前に初登場した。
すぐに、それらは多くのコンサートの不可欠な要素となった。
1840年三月、ライプチヒで『魔王』を演奏したとき、
聴衆は椅子の上に立ち、いままで聞いたこともない音が、
ピアノでどうやって鳴らされているかを目撃しようとした。
リストの手によって、ベートーヴェン、ウェーバー、シューマン、
メンデルスゾーン、ショパン、ロッシーニの歌が編曲され、
多かれ少なかれ、効果的な演奏会用小品に改作された。
しかし、第一にシューベルトの伝道師となるべく、
50以上の歌曲編曲を行ったのである。」

「同時代者は、鍵盤で歌うリストの芸術を賛美し、
一方で、視覚的な効果も賞賛した。
この恐るべき鍵盤の魔術師は、
歌曲のテキストを意識させずに聴衆に知らしめ、
いうなれば、彼の楽器によって、表現の組み立てを拡大したのである。
まず、歌曲の歌のパートは左手で出る。
最初の一節が、バリトンで歌われだす形である。
したがって、自然とピアニストは、その技量に加え、
その中で、これまではあまり主張されてこなかったが、
オリジナルへの忠実さをも評価されることになる。
装飾や小さなカデンツァのために休止が現れ、
有節歌曲では、特に、可能性の限界に向かって、
過激な力配分でクレッシェンドが繰り出される。」

難しい割には、得るものの少ない解説である。
このCDの収録曲に関しては、申し訳程度に、以下のように触れられている。
「図らずも、自作の演奏よりも、編曲物によって、
名声を得たともいえるリストは、特に三大歌曲集から素材を得た。
華麗なオクターブのヴィブラートを有する『魔王』は、
彼の重要なレパートリーとなり、何度も何度も演奏を乞われた。」

この調子で、解説者(Hans Christoph Worbs)は、
ざっと、各曲に触れるだけで、私が知りたいことには応えてくれないようだ。

「『ます』は二つのバージョンが同時に作曲され、
すでに原曲でも、マンドリンの効果が取り入れられた、
レルシュタープによる『セレナード』、
シェークスピアからの『セレナード』、
スコットの韻文に作曲された『アヴェ・マリア』
(最初、歌はテノールの音域で歌われ、
あとで、両手に分けられて歌われる)は、
リストのトランスクリプションの中でも、
第一に選ばれるものである。」

「ます」に2バージョンあることが分かったが、
ここで録音されているのが、そのうちのどういったものか、
是非、教えて欲しかった。

ボレットのような老獪さはなく、実直な演奏であるが、
「ます」に関しては、もう少し華を添えてもよかったかもしれない。
慎重な演奏で、あまり、澄んだ水の中を跳ね回っているような感じではない。
ボレットの演奏も跳ね回っているとは言えないテンポであるが、
なんだか水中にいるような不思議な浮遊感があった。

が、「冬の旅」では、ドゥイスの地に足がついた表現が、
若者の足取りに真実味を与えているかもしれない。

得られたこと:「リストによるシューベルトの歌曲のトランスクリプションは、時に、二つの曲を合体させるような荒業を見せる。」
「シューベルトの『ます』を編曲した時、リストは、『水車屋の娘』を編曲中であった。」
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by franz310 | 2007-09-01 19:49 | シューベルト
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