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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その71

b0083728_2324946.jpg個人的経験;
前回、書けなかったが、
E・クライバーの生き様を、
ここで垣間見ておきたい。

例のあらえびす著、
「名曲決定盤」では、
この往年の名匠は、
かくのごとく
表現されている。

「クライバーは欧州で一流の指揮者であることは論を俟たないが、
非常に特色のある人で、通俗音楽の中から気高き良さを抽き出すことと、
難しいものを一般人の趣味に引き下げて聴かせてくれるという
二つの違った方面に対して、不思議な才能を恵まれている。」

これは1939年に発行された日本の書物だが、
それから四半世紀も後で、オーストリアで書かれた本に、
なんと、クライバーはこう書かれている。
「むしろつまらないといってよい曲でも、
彼の手にかかると、正確に、
様々の効果を伴った音色を通して表現され、
理想的な作品にまで到達する、
その彼の手腕には全く頭を下げた。」

これは、前に取り上げた「栄光のウィーン・フィル」の中で、
往年の楽団長、オットー・シュトラッサーが書いている事で、
実際に指揮台に迎えたオーケストラサイドの感想である。

クライバーは、ヨハン・シュトラウスのワルツなどのレコードで、
広く知られていたようなので(実際、今聴いても素晴らしい)、
こうした評価が早くから定着していたのかもしれないが、
演奏を見たことがない人からも、直に接した人からも、
同じような言葉が聴かれると、まさしく、クライバーが、
そうした音楽家であったのだろうと確信させられる。

ただし、このシュトラッサーの言葉は、
実は、クライバーを賞賛するものでは、
かならずしもない、というところは特筆しておきたい。

つまり、この文章は、エーリヒ・クライバーの過酷なリハーサルや、
容赦ない要求、威圧的な態度、
頑なな姿勢の思い出の一環として書かれていて、
なんと、最後には、こうした言葉が連なる。

「しかるに夕方の本番コンサートでは実のところ
いささか失望させられるのである。
練習の時と同様、コンサートそのものも見事で
難点が少しもなかったのに、
それ以上のものにはならなかったのである。
演奏会の緊張と、聴衆の雰囲気から生ずるはずの
あの感情の盛り上がりがどうも欠けていた。」

このように一方的な話を聞かされると、
それはオーケストラの問題もあるでしょ、
と意地悪なことも言いたくなってしまう。
ヴィーン・フィルのようなプライドの高い団体であってこそ、
生じるといった問題ではなかろうか。

激しく集中したリハーサルで、
ワインガルトナーの気楽な方式と著しく異なっていたという記述、
「惰性に流れたらすべての音楽演奏は死」という指揮者の言葉、
いずれも、ヴィーン以外では、威力を発揮しそうである。

シュトラッサーが例をあげる曲目には、
次のようなものがある。

モーツァルトの「橇滑りの曲」:
トランペットにキーキーする音をさせるようにした。
ベートーヴェンの「第九」:
終楽章の頭のレチタティーボがフルトヴェングラーとは違うやり方だった。
チャイコフスキーの「第四」:
冒頭のファンファーレを激しいジグザグの動きで指揮し、
主題を空中で描き出すようにした。

第三者から見ると、何が問題か分からない。
ヴィーン・フィルの方が、変化を嫌う怠惰者に見える。

うまい具合に、これらの曲はすべてCDで聴くことが出来る。
E・クライバーは、膨大なレパートリーを誇ったが、
好きな曲は限られていたようだ。
橇滑りの曲(ドイツ舞曲):デッカのオリジナルマスターズで聴ける。
ただし、文句を言うヴィーン・フィルではなく、ケルン放送交響楽団。
すごい速いテンポ、有名なちんちんのリズムに乗って、
トランペットが、確かにひなびた音色を奏でて、素朴な味を出している。

ベートーヴェンの「第九」:同上。しかもこれはヴィーン・フィル。
確かに、フルトヴェングラーのような物々しさを払拭し、
劇的な表現を避けた感じがある。
レチタティーボにまるで威厳がなく、流動性を重んじている。
ただし、続く「歓喜の主題」の清らかな美しさは比類なく、
その流れでの上での解釈と思われる。
フルトヴェングラーの場合、
歓喜の主題は、ここまで澄み切ってはいない。
とはいえ、大見得を切ろうと張り切っていたチェロ奏者は面白くなかろう。

チャイコフスキーの「第四」:二つ聴ける。
1948年、NBC交響楽団。英テスタメント盤。
1950年、パリ音楽院管弦楽団。仏ターラ盤。

例の激しいジグザグの動きと、謎の空中図解で、
管楽器奏者は度肝を抜かれたのであろうか、
いずれも、冒頭のファンファーレの後半が、
不連続に崩壊寸前に聞こえる。

ここは軽く流して、さっさと先に行こうとする演奏が多い中、
クライバーは、明らかにここにこの曲の魂を見ていたということか。
こうしたものを見てしまった者と、見えない人とでは、
なかなか議論はかみ合わないものだ。

私は、この曲がそんなに好きではなかったが、
破綻して、血が吹きだしそうなファンファーレにせよ、
息も絶え絶えになって刻むリズムにせよ、
クライバーの演奏には、切実に胸に迫るものを感じる。
特に、ライブの放送録音であるNBC交響楽団盤は、
妙な混信もあって一般には薦められないが、
「演奏会の緊張と聴衆の雰囲気から生ずるはずの感情の盛り上がり」
が明らかに聞き取れる。

このCDは、こうした歴史的録音を手がける
ターラ(TAHRA)レーベルの10周年記念のものであり、
この脱線中ブログのシリーズの主題となる、
シューベルトが収録されているのもよい。
NBC交響楽団との「第三交響曲ニ長調」で、1946年の録音。
息子、カルロスが得意にしていた演目である。

ちなみに前回のベートーヴェンの「第二」もニ長調。
モーツァルトのニ長調、「プラハ交響曲」もクライバーは録音しており、
このヴィーン3巨匠による3曲は、
すべて、ジャーンで始まることを再確認した。

このシューベルトもまた、
非常に弾力的な演奏であるが、
ちょっと、強引な推進力である。
しかし、NBC交響楽団の響きは、
ドライで機能優先の感じがする。
こうした洒脱な作品は、やはり、
ヨーロッパのオーケストラで聞きたかった。

この旅烏指揮者の演奏、
絶妙なリズム感と、脈打つような血の流れが最高で、
息の合ったオーケストラでは、
何者にも代え難い香気を発するのである。
それが聴きたくて、CDを買い漁ってしまった。

それはともかく、この人の息子、
カルロスが、やたら少ないレパートリーの中、
シューベルトの少年時代の、この小さな交響曲を、
本当に大事にしていた理由が、
こうした父の遺品からも読み取れるではないか。

このターラ盤、そんな音響に合わせたのか、
表紙デザインも簡素なもので、
曲目すら書いていないというとんでもないものである。

とはいえ、ここでのクライバーの顔は、
柔和ですらあり、闘士のごとき逸話は、
ここからは読み取れない。

その代わり、なんと言っても、解説が強烈である。
まず、「Ten Years of Tahra」という能書きが3ページにわたって書かれ、
ここでは、往年の名演奏家の遺族の協力によって、
考古学や復元作業に似た、彼らの事業が続いて来たことを感謝し、
商業録音のような防腐剤処理のない、
新鮮で活き活きした音楽を提供できることを誇った後、
クライバーの足跡を、8ページにわたって書き下しているのである。

それをすべて引用しようとしたら、
このブログの規格オーバーになってしまった。
いずれにせよ、早くから両親を亡くし、
ナチスとの抗争によって、国も追われ、
苦難に満ちた生涯であった。

こうした人が、ヴィーンの格式などに屈するわけがないことを、
思い知らされる内容である。

得られた事:「格式の一部はマンネリズムの蓄積であり、持たざる者は、それを是正する使命を有する。」
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by franz310 | 2007-05-19 23:32 | 音楽
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