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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その56

b0083728_112226.jpg個人的経験:
このCDの後半には、
さらに長大な作品が
収められている。
前半のリースは、
ベートーヴェンの弟子として、
文献には必ず登場し、
CDもいくつか出ているのを
知っているが、
Limmerという名前は初めて知った。


解説を読み解いてみると、こんなことが書いてあって、
非常に感銘を受けた。

「フランツ・リンマー
(1908 ヴィーン - 1857 ティミソアラ)
早い時期からリンマーの天分は明らかであったので、
両親は、ヴィーンの音楽院に入学させ、
そこで彼は他の教科とともにチェロとクラリネットを学んだ。
最終試験に合格し、卒業証書とともに銀のモーツァルトメダルを得た。
しだいに、彼は和声学、作曲、管弦楽法を学んだが、
彼の先生は他ならぬ高名なヴィーンの作曲家であり教育者であった、
イグナツ・リッター・フォン・サイフリードであった。」

リースもエリート肌だったが、リンマーもすごい。
いかにも将来を嘱望される大器である。

「初期のリンマーの作曲家としての仕事は、1824年に編纂された、
40の新しいワルツに見られる。
ベートーヴェン、ヨーゼフ・ベーム、ヨーゼフとカール・ツェルニー、
ヘルメスベルガー、イグナツ・リッター・フォン・ザイフェルトの
短い作品に続いて、リンマー作のワルツが見られる。
ここに彼の作品が見えるということが、
たった16歳の作曲家の持つ才能のほどを示している。
へ長調のワルツは、16小節の中に多くの転調や半音階を含み、
大胆かつ、ザイフェルトから学んだすべてを具体化した成功した試みである。」

おっしゃるとおりで、いきなりベートーヴェンと並んだわけである。

「他の初期の作品としては、17歳のときのニ長調のミサ曲がある。
これはヴィーンのオーガスティン教会で初演されたが、批評家は、
作曲家を、『音楽の天空に現れた輝かしい流星』と賞賛した。
残念ながらこの作品は残っていない。
しかし、この作品は、1872年の新聞記事に見られるように、
リンマーの死後もティミソアラの聖堂で演奏されている
荘厳ミサ曲第一番になったのかもしれない。」

ベートーヴェンもシューベルトも、その最後の高みに、
駆け上がろうとしていた時代であるが、
同じ街にいた彼らはこの評判を聞いたであろうか。

「1830年、イグナツ・フランツ・カステリは、リンマーの弦楽四重奏曲作品10を、
彼の雑誌の中でレビューした。
彼はこの作品を聞いて喜んだ。しかし、この作品は
完全に理解するためには、勉強と練習を要するとも言っている。
そのたった1年後に、リンマーの4つのチェロのための四重奏曲が出版された。
この作品は、同じ年に続いて現れた3つのチェロのための三重奏曲と同様、
批評家からは大変高く評価されて受け入れられた。」

かなり変わった編成の音楽を書いたようだが、
このあたりまでは、エリート街道まっしぐらである。

「当時、ティミソアラのドイツ劇場の監督をしていたテオドール・ミュラーは、
ヴィーンの若い音楽家に着目し、1834年に指揮者の地位を提供した。
リンマーはそれを受け入れ、第二の故郷となるティミソアラにやってきた。
この時、南東ヨーロッパの小ヴィーンは経済的にも文化的にも繁栄していた。」

Timisoaraなどという地名は、初めて聞いた。

「ここでは、リストやシュトラウスのような有名な巨匠たちが、
熱狂的な音楽愛好家の群集の前で演奏を披露していた。
毎年、ベートーヴェンの「フィデリオ」やヴェルディの作品を含む、
15ものオペラが都市劇場で上演されており、リンマーもまた、
上司のアレクサンダー・シュミットの台本によって唯一のオペラ、
「アルペンヒュッテ」を作曲している。
この総譜は復元されておらず、ピアノ二重奏に編曲した序曲が残されているのみである。

この時代の作品としては、ト短調のヴァイオリン・ソナタと、歓喜の序曲と題された序曲が、他の作品とともに書かれた。」

いずれにせよ、地方の文化都市での活動が始まったが、
ここの劇場などで、華麗な活動を続けたわけではないことが、
以下に書かれている。

「1835年、リンマーはティミソアラの聖堂の合唱指揮者に任命され、
この教会のために、最もしられた作品である
作品14のオッフェルトリウム(ソプラノ、ヴァイオリン独奏、
オルガンとオーケストラのための)を書いた。
この作品は、オーストリア-ハンガリー帝国内の多くの教会で演奏された。」
これは、完全にシューマン、ショパン風の活動とは一線を画したものだ。
もちろん、ベートーヴェン、シューベルトとも、全く違ったもので、
あるいは、ブルックナーのような活動なのだろうか。
シューベルトなどにも、このような生涯という選択肢があったのだろうか。
シューベルトも最初は、ミサ曲などで認められたのだから。

「聖母マリアの賛歌や、来たれ聖霊など、
リンマーの他の教会音楽は、20世紀の前半まで
ティミソアラ地方で演奏され続けていた。
1842年作のレクイエム変ロ長調やヴェスプレなど、
リンマーの大規模な礼拝用の音楽は、つい先年まで、再発見されていなかった。
1955年の10月31日に、
前者はティミソアラの聖堂で再演された。」

シューベルトがもし、このような道を選んでいたら、
リンマーと同様、その土地に愛され、その土地を愛し、
幸福な生涯を送り、音楽史からは消えていったかもしれない。

「1957年1月19日のリンマーの死後、
レオポルド・アレキサンダー・ツェルナーは、
ヴィーンの雑誌に故人略伝を載せた。
『ザイフェルトの弟子リンマーは、素晴らしい音楽化で、
思慮深い指揮者であり、才能ある作曲家であった。
彼は、いくつかのよく書かれたミサ曲を含む、たくさんの教会音楽、
数曲の交響曲、特に特別の演奏能力を持っていた
チェロのためのものを含む多くの室内楽を書いた。
聖歌集や、奉献歌、それに室内楽など、
その作品のいくつかは出版されている。
その4つのための四重奏曲は当時、
とても成功したものである。
率直で陽気な人物であったリンマーは、
人をひきつけるマナーを持ち、
音楽の専門家である以上に、教養人であった。』」

彼が選んだのは、その地方に根ざしての誠実な活動であり、
天空を駆ける流星とは違う人になってしまったようだが、
これはこれで、心打たれる生き様ではなかろうか。
この地で、結局、リンマーは49年の生涯を閉じている。

ティミソアラとはどこにあるのだろうか。
改めて地図をめくると、何とルーマニアにあった。
ハンガリーとの国境近くではあるが、
故郷から遠いことに変わりはなかろう。

さて、ここからが、曲の解説である。
「フランツ・リンマーは、ニ短調作品13の五重奏曲を、
出版者であるレイムンド・ヘルテルに捧げている。」

出版者のヘルテルといえば、シューベルトの「魔王」を拒絶した、
ゴットフリート・クリストフ・ヘルテルが有名だが、
息子か何かだろうか。
いずれにせよ、シューベルトの場合は、出版社から、
「修行中の作曲家の仕事は引き受けない」とか、
「シュポアやフンメルの作品の出版を引き受けているので、
それどころではない」などと、憎たらしい扱いを受けていたが、
リンマーの場合は、それはなかったのだろうか。

作品14が1835年の作曲であるとあったから、
この時代の作品であろう。シューベルトはすでに世にないが、
同じ編成で書かれて、唯一音楽史の金字塔になった、
「ます」の五重奏曲が、ここに影響を与えているとは思えない。
むしろ、ピアノ協奏曲と室内楽の複合形のような、
フンメルの延長のもので、精神的には、
ショパンとシューマンの中間のような音楽である。

いずれにせよ、作曲家は、まだ26歳。
「ます」が書かれたのも、シューベルト22歳の年、
同様に青春の香り高い大曲と呼んで良かろう。

「オリジナルのタイトルには、ピアノと弦楽伴奏による大五重奏曲、
とあり、第一楽章のアレグロ・コン・エネルジーコは、
簡潔な4小節の主題の総奏から始まり、
徹底したピアノの超絶技巧の小節が続く。
しかし、この部分は弦楽が不明瞭になってはいけない。
第二主題はシューベルトを想起させ、まず、ピアノに聞こえ、
メインテーマと共に、弦楽が組み合わされる。」

確かに、心に染み入るような曲想は、シューベルト的とも
呼べるかもしれないが、さかんに飛翔しようとする、
ピアノの運動感は、むしろショパンの協奏曲を想起させるものだ。

「展開部は、弦楽によって第一主題がフーガのような処理をされ、
力強いテーマが戻ってくるまで、
ピアノが伴奏にまわって、絶え間ない技巧を聞かせる。
第一楽章を通して、ピアノは、ほとんど16分音符と三連符に満たされ、
これをピアノ協奏曲と呼んでも良いほどである。
「伴奏付きのピアノのための」というタイトルにも、
そのような視点が反映されている。」

冒頭から深刻であるが、わざとらしくない楽想が、
適度な緊張を孕みながら、展開されていく。
ショパンやシューマンの時代の人だけに、
前者の華麗なピアノへの傾斜も、
後者の深いロマンへの憧れも、
その両方が聴こえる音楽で、
この楽章だけでも16分もかかる。

さすが将来を嘱望されたエリートだけに、
要所にはフーガのように錯綜した技法も散りばめ、
この長大さを活かしきっている。
このひたむきな推進力で、先の二人の著名な同時代人と同様、
音楽で稀有の高みを目指そうとする姿勢が好ましい。

「スケルツォは、アレグロ・ヴィヴァーチェ・アッサイと記されているが、
その性格は、シコペーションの主要動機と、
ぎこちない輪郭線、ピアノと弦楽との絶えまない競演によって、
もっとドラマティックなものになっている。

トリオにおいては、ヴィーン人であるリンマーが前面にでて、
ヨハン・シュトラウス父への明らかな類似が見出せる。
初期のリンマーのワルツと同様、大胆な転調が現れる。」

まさしく、何かを模索するようなスケルツォで、
変化に富み、非常にデリケートな感情の高ぶりが、
ロマンティックである。ただし、トリオは、
どちらかというとフンメル風に聴こえる。
気まぐれな安逸さが少し気になるが、
ひたむきな曲想のこの曲の中にあって、これも気分転換になっている。

「第三楽章では、ピアノソロのオープニングに続き、
弦楽が超著してためらうように、先導するメロディに寄り添ってくる。
いくつかのカデンツァのようなピアノのパッセージと転調が、
弦楽を伴奏にしたピアノの独白に続く。
この夢見るような楽章は、表題の『モルト・コン・エスプレッショーネ』
のとおりに閉じられる。
メロディアスな第一ヴァイオリンの主題が巧妙に他の弦楽に伴奏され、
弱音ペダルを伴ってピアノのアルペッジョが演奏され、
ため息のように消えていく。」

ピアノが華麗なパッセージを駆使するが、
嫌味でなく、それが妙に心に訴える、美しい緩徐楽章で、
弦楽の合いの手も深いメロディで音楽を彩る。

「アラ・ブラーヴェの終楽章は、聴衆にとって、いくらかやっかいなものである。
この複雑な音楽の中には、先立つ楽章での多くの特色が聞き取れる。
演奏者に高い演奏能力を要求し、トリッキーなリズムの参入、
たくさんのメロディックなパッセージ、巧みなポリフォニー、
無限の想像力を駆り立てるイマジネーション。
それに加え、彼の作品のいくつかで見られる
ピウ・ストレッタ(さらに速く)で、リンマーはクライマックスを築く。」

まさしく、ここに書かれているとおり、複雑な工夫が散りばめられた楽章で、
12分を要し、この大曲を壮大にまとめようとする意気込みが、
随所に感じられる。
まさしく、襟を正すべき、シリアスな作品で、
音楽に対するひたむきな姿勢を感じずにはおれない。
ただ、あまりにもひたむきなので、シューベルトの「ます」ような、
天真爛漫な世界を期待すると、その精神も技法も、あまりにも、
かけ離れた世界かもしれない。
シューベルトは、アマチュアのために書かれたがゆえに、
各楽器に存分な見せ場を作ったが、この曲では、ピアノは英雄的な
活躍をするが、弦楽部は、それを援助する補佐役に留まっていて、
名技的なピアニストがコンサートで、その技術を披露するに、
相応しい仕組みになっている。

「音楽の空に輝く輝かしい流星といみじくも呼ばれた
若い作曲家によって書かれたこの五重奏曲は、
全体として、どのように見ても、
この種の音楽の中で、最高の作品の一つなのである。」
などと、解説は結ばれているが、全く否定することはできない。


得られたこと:「シューベルト以降も『ます』と同じ編成の作品は書かれたが、それは、むしろフンメルの延長に位置づけられる。」
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by franz310 | 2007-02-03 11:32 | シューベルト
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