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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その55

b0083728_20583120.jpg個人的経験:
前回、
弦楽四重奏+ピアノによる
五重奏曲は、古典の時代には、
広く知られた名作が
あるわけではないから、
シューベルトの「ます」が、
ヴァイオリンを二つではなく、
コントラバスを含むのも、
当時としては、
別に特殊な編成ではなかったはず、
と書いたが、
ここに聴くCDなどは、
実にそのことをストレートに
売り文句にしているので、
ぶったまげてしまった。

つまり、演奏しているネポムーク五重奏団は、
まさに、「シューベルトだけが、
こんな編成で書いたのではないはずよ」、
と、フォルテピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、
チェロ、ダブルベースの常設五重奏団にしてしまった、
と解説に書いてあるのである。

フンメルにもあるでしょ、とばかりに
そのミドルネームを頂戴して結成された
グループなのである。

メンバーたちの努力によって、
各国の図書館から、1800年から70年にかけての
約20の知られざるこの編成の五重奏を見つけ出したという。

しかも、演奏する曲目によって、
当時の楽器を使い分けるというのもすごい。
かるい当時のピアノのバス・レジスターと、
コントラバスのバランスが重要なのだという。

楽器のコレクターで修復家でもある人との協業で、
作品に向う態度の徹底ぶりには熱いものを感じる。
日本の女性ピアニストの呼びかけで、
オランダの仲間が集まったようだ。

このように、シューベルトの時代には、
「ます」と同じ編成によるピアノ五重奏曲が、
普通に書かれていたことが分かる。

これまで、どうして、シューベルトの編成がいっぷう変わっているかを、
研究してきた人は、このCDを見て、何と言うであろうか。

ジャケットの表の絵画は、1845年作の
「バルコニーのある部屋」というもので、
アドルフ・メンツェルの作品とある。
この時代を伝えるもので、休日の朝を思わせる雰囲気が好ましい。

さて、ここには、シューベルトより一回りほど年配の
フェルディナント・リースの作品74
(あのフンメルの作品と同じ!)と、
シューベルトより10歳ほど若いフランツ・リンマーの
作品13が収められている。
はたして、これらの作曲家や作品は、
どのように位置づけられるであろうか。

解説を見るのが楽しみだ。
幸いなことに、この解説は12ページにもわたる本格的なものだ。
今回は、まず、リースから。

「フェルディナント・リース
(1784 ボン - 1838 フランクフルト)
フェルディナント・リースは、ベートーヴェンが足跡を残し、
ロンベルクが手塩にかけたオーケストラを運営していた、
生まれ故郷ボンで、幼少時代を過ごした。
フランス革命軍が街に進軍した時、
多くの人は逃れ、オーケストラは解散した。

しかし、リースの一家は、選帝侯の要請で、
そこに残らなければならなかったが、
それは、フェルディナントやその兄弟の
音楽的な教育には有益であった。

フェルディナントは、最初の音楽のトレーニングを父親から受け、
その後、ベルンハルト・ロンベルクにチェロを学んだ。
彼は最初の作品を9歳の年に作曲した。」

恵まれたエリートという感じがするが、どんな家庭だったのだろう。

「リースはアンスベルクでオルガンとヴァイオリンを勉強し、
15歳でハイドンのオラトリオ「四季」やモーツァルトの「レクイエム」
のピアノ編曲を行って、これらはボンのジムロック社から出版された。

1801年にフェルディナント・リースはミュンヘンに出て、結局、
ベートーヴェンの下で勉強を続けるための、父からの推薦状を手に、
ヴィーンに向った。
ベートーヴェンはピアノの弟子として引き受け、
対位法の勉強にはアルブレヒツベルガーのところに行った。
リースはベートーヴェンに大きな影響を受け、残りの人生を、
ベートーヴェンを奉じて生きることとなる。
彼は作品1をベートーヴェンに捧げて、後には、その人となりと作品を
「ベートーヴェン小伝」という本にあらわした。
1805年からはリースはパリ、カッセル、ハンブルク、コペンハーゲンに滞在、
作曲家、ピアニストとして考えられる限りの成功を収めつつ働いた。」

そう、この人は、何といっても、ベートーヴェンの弟子として高名なのである。

「前の先生であるベルンハルト・ロンベルクとの協演で行った、
ロシアでのいくつかの演奏会の後、モスクワでもコンサートが企画された。
しかし、ナポレオンの戦闘と焼け落ちたロシア首都への侵入によって、
リースは計画を変え、ロンドンに足を伸ばした。
それは10年にわたるイギリス時代の始まりとなった。」

何がきっかけで、どう人生が変わるか、分かったものではない。

「リースはボンとゴーデスベルクに帰還し、オペラやその他の作品を物した。
それまでに、フェルディナント・リースは、ピアノの巨匠として、
また、作曲家として尊敬され、祝福されていた。
1831年と32年に、ロンドン、ダブリン、
そしてイタリアに演奏旅行を続け、イグナツ・フランツ・カステリは、
彼のヴィーンの評論誌に有名な巨匠による、
これらのコンサートについての報告を書いた。」

こうした演奏旅行で、名を馳せるのは、フンメルに似ている。
そのフンメルは、ロンドンで挫折を味わったというが、
リースはどうだったのであろうか。

「1834年、リースは低地ラインの音楽祭の責任者となり、
そこで指揮者としての大きな賞賛を得ると共に、
地方オーケストラや、アーヘンのジングアカデミーの
音楽監督の地位を与えられることとなった。

カステリは、このことについて、レポートしている。
『フェルディナント・リース氏はアーヘンに到着したが、
彼は最も価値ある人物と見られ、またも、
今年の音楽祭のすべてを任せられることとなっている。』

1836年にリースは、第二の故郷と彼がみなす街、フランクフルトに戻った。
1837年には、再度、アーヘンで低地ライン音楽祭の音楽監督を引き受け、
そのためにオラトリオを作曲している。」

何だか旅芸人みたいな人生だったのが、
ここで、いきなり違ったものになっている。
オラトリオというのは、もう、すたれていたわけではなかったのか。

「そして、このスメットの詩によるこのオラトリオは大成功を収めた。
(数年後、この詩は、スピーアによって音楽がつけられたが、
彼は、ティミゾアラの聖堂の教会音楽監督としての
フランツ・リンマーの後任である。)
リースは、すぐに次のオラトリオを書き上げた。

フェルディナント・リースは、1838年の1月13日に44歳の生涯を、
フランクフルトで閉じた。」

確かに、こんな生活をしていたら、若死にしてしまいそうである。

「彼の、ピアニスト、作曲家としての、疲れることなき仕事ぶりにも関らず、
同時代のウェーバーやシュポアほどの人気を得ることは出来なかった。
リースのオリジナリティは、初期ロマン派の要素で、古典派から、
完全には離れていない点にある。
彼はヨーロッパの民謡のピアノ編曲に優れ、これらは広く賞賛されている。

彼の室内楽はピアノが主導するもので、
特に、ピアノ五重奏曲作品74ではそれが顕著である。
彼の同時代人にとっては、彼は新しい音楽記号を考案したことで知られる。
これはテンポを緩めることを表わすものを小節に長いラインを入れるもので、
伝えられるところによると、ピアノ協奏曲でこの記号を使用したようだ。」

これは、具体例を知らないので、よく分からない。

「ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ダブルベースとピアノのための五重奏曲作品74は、
1817年にロンドンで出版されている。」

おお、これは、シューベルトの名作「ます」の、
わずか2年前の作品というわけだ。
シューベルトは、別に、新しい編成を編み出そうとしたのではなく、
当時、普通に行われていた合奏の形に準じただけのことであった。

「第一楽章は、ハンガリーの民族音楽のようなメロディに、
ピアノがレティタティーヴォを発するラメントで開始される。
彼は作曲家としてのキャリアで、幾度となくハンガリーのメロディに向った。
続くアレグロ・コン・ブリオでは、ピアノの華麗なパッセージが、次々と現れるが、
弦楽は、従属的な役割しか与えられていない。
この楽章は国際的な賞賛を勝ち取った
ピアノのヴィルトゥオーゾとしての才能を持つリースの姿が見える。」

曲の冒頭からして、当時の楽器によるふくよかな響きが味わい深い。
ドラマティックで暗く、深刻な序奏である。
第一主題も、叩きつけるように激しく悲愴味を帯び、素晴らしい。
ベートーヴェンの弟子らしく、壮大な気宇を感じさせるが、
フンメルの作品との同時代性ゆえであろうか、
絶え間なく鳴り響くピアノばかりが冗舌で、
弦楽はジャーンと盛り上げたり、たーらららーとピアノを導く序奏ばかり、
かなりおざなりな感じで、ピアノばかりが、
ここぞと技巧を見せ付ける瞬間があるのが惜しい。
シューベルトは、もっとどの楽器をも平等に扱っている。
第二主題も、呑気なものである。

「ラルゲットは、ピアノだけに伴奏されたチェロの独奏で始まる。
この主題をピアノが変奏していく。
いくつかのカデンツァのようなパッセージが音楽を中断し、
次第に第三楽章のロンドに導かれる。」

緩徐楽章における印象深いチェロの独奏、
ブラームスの協奏曲のようだが、
その後、またまた出てくるピアノの超絶技巧。
夜想曲風に、嫋々と悩ましい。
こうした人たちがいて、
やがて、ショパンやリストらが出てきたのである。
フンメルの作品に似て、
この楽章は、すぐに次の楽章に行ってしまう。

「きらびやかなピアノパートによるアレグロの後、
効果的に中世の雰囲気を伝えるような静かな間奏曲があり、
このメロディは、ピッツィカートによって弦楽器によって交互に奏され、
ピアノで奏される。
ロンドのオリジナルの主題への回帰は、
技巧的に困難なパッセージを経て、
とどろくようなフィナーレに突入する。」

中世的な雰囲気とは、よく言ったものだと、
聞いていて、顔がほころんでしまう。
確かに、静かなパヴァーヌのような趣きすらあり、
千変万化する楽想の多彩さは、シューベルトの比ではない。
むしろ、シューベルトは、本質のみを朴訥として歌い続け、
あのような高みに達したのであろう。

この終楽章、開始部の朗らかなテーマは、非常に愛くるしく、
ベートーヴェンの最高の作品にも比肩できるかもしれない。
弦楽がピッチカートで伴奏するのも、楽器の音自体もとても美しい。
そのあと、楽器ががちゃがちゃ言う、悲劇的な楽想が続くのが、
ちょっと惜しいくらいである。
それから、例の中世風の静かな部分が来て、また、愛くるしいのと、
騒がしいのが目まぐるしく交代して、変化にとんだ作品が終了する。

この曲は、フンメルの五重奏曲よりは、繰り返し聞きたい作品だ。

得られること:「シューベルトの作品の編成は、当時の楽器編成として、
ノーマルなものであったが、その精神はかなり独創的であった。」
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by franz310 | 2007-01-27 21:01 | 音楽
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