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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その51

b0083728_22205818.jpg個人的経験:
前掲の書、
「栄光のウィーン・フィル」
によると、名指揮者の、
エーリヒ・クライバーが、
戦後ヴィーンにやってきて、
最初にヴィーン・フィルの
楽長に発した質問は、
「いったいいくつの弦楽四重奏団が、
オーケストラ内に存在するか」
ということだったという。


五十年代の四重奏団として、
コンツェルトハウスと、
バリリ四重奏団の二つが有名であるが、
このうち、バリリ四重奏団は、
コンサートマスターの
シュナイダーハンが率いていたのを、
バリリが受け継いだものとされ、
そのシュナイダーハン四重奏団創設の
逸話もまた、
先の書物には詳述されている。

つまり、ヴィーン・フィルには、吹奏楽団(管楽合奏団)があって、
彼らが、1938年から9年のシーズンの最後に、
シューベルトの八重奏曲をプログラムに乗せ、
それを演奏するために、弦楽の四重奏団の参加を、
シュナイダーハンに依頼したというのである。

「シュナイダーハンは、
各弦楽パートから首席奏者を選んだ。」
この一文からも、
この四重奏団がエリート集団であることが分かるし、
第二ヴァイオリンに選ばれた、この本の著者でもある、
シュトラッサーの誇りとか気負いのようなものを、
私などは感じてしまう。

この吹奏楽団とは、いったい誰なのであろうか。
1948年から49年にかけて、シュナイダーハン四重奏団
(シュナイダーハン、シュトラッサー、モラヴェッツ、クロチャック)が、
コントラバスのリュームに加え、
クラリネットのヴラッハ、ホルンのフライベルク、
ファゴットのエールベルガーらと、
コロンビアに残した録音がCD化されているので、
この人たちがその吹奏楽団だったのかもしれない。

彼らは、各々、28年、32年、36年に、
ヴィーン・フィルの首席奏者におさまった人たちなので、
おそらく、間違いはあるまい。

オーストリアの批評家、ハンス・ヴァイゲルの書いた、
「ウィーン・フィルハーモニー賛」という本にも、
この楽団のすべての名手の名前を連ねることは断念するが、
次の人たちだけは、という表現で、この人たちの名前が紹介されている。

「そういうわけで私の賛歌は過ぎ去った時代の達人に捧げられることになる。
ウィーンはいつもそのオーケストラを愛したばかりか、それと並んで、
とくに偉大なホルン奏者カール・シュティーグラー、
その甥のゴットフリート・フォン・フライベルク、…
ヴィオラのエルンスト・モラヴェッツと才子アントーン・ルーツィッカ、
チェロのフリードリヒ・ブクスハウムとリヒャルト・クロチャックと
オットー・シュティーグリッツ…
クラリネットのヴィクトル・ポラチェクとレーオポルド・ウラッハを愛した。」

このように、このレコードは、弦も管も、
まさに決定盤に値する顔ぶれによってなされていたことが分かる。

ところが、この管楽器の首席奏者たちは、
そのわずか2年後に、ウェストミンスターに、
同じ曲を録音していて、
現在では、こちらの方がはるかに有名なレコードとなっている。
しかも、協演した弦楽四重奏団は、
シュナイダーハン四重奏団の後継たるバリリ四重奏団ではなく、
ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団であった。

ウェストミンスターの売りは、
LPに相応しいテープ録音である。
細切れに録音されて、
SP盤用のシュナイダーハンらのレコードは、
演奏の質の如何にかかわらず、早晩、忘れられる運命にあった。
個々の楽器に対する録音の生々しさからも、テクノロジーの差異は明瞭だ。

ただし、ウェストミンスターが、ベートーヴェンの七重奏曲を、
3年後に録音したとき、このエリート木管グループには、
より相応しい相手が選ばれた。
シュナイダーハンの後継者、バリリらのアンサンブルである。
弦楽器群も再び、すべて首席奏者で固められたわけである。

とはいえ、コンツェルトハウス四重奏団のチェリスト、
クヴァルダは、一目置かれる存在だったようだ。
シュトラッサーの著作でも、「大ドイツ帝国」に編入された
ヴィーン・フィルが、実質的に若返ったという証拠として、
シュナイダーハン、ボスコフスキー、バリリの、
3人のコンサートマスターを得たこと、
若い3人のソロ・チェロ奏者を得たことを特筆している。

「エマニュエル・ブラベッツ、フランツ・クヴァルダは、
リヒャルト・クロチャックと共に、そのランクにおいて、
知識において、私たちの最良の時代同様のソロ奏者たちだった」
と書いているからである。

コンツェルトハウス四重奏団が、57年に、チェロのクヴァルダを失ったあと、
ウェストミンスターは、当然のように、「ます」のステレオ再録音に、
バリリ四重奏団を選んだ。

グラモフォンがカンパーらを使った時、コンツェルトハウス四重奏団としてではなく、
シューベルト四重奏団という偽名のようなものを使ったのも、
すでに、「格下」という扱いが働いていたのではないだろうか。

そもそも、コンツェルトハウス四重奏団を率いたアントン・カンパーは、
ヴィーン・フィル内で、どのような立場にあったのだろうか。
シューリヒトが指揮台に立っている写真などを見ると、
ヴァイオリンの前から三番目くらいに坐っているのが、
カンパーではなかろうか。コンサートマスターからは遠い席である。

このカンパーらの「ます」(すでに紹介済みのデムスとのステレオ録音)と、
栄光あるコンサートマスターであり、ソリストとしても大成した、
シュナイダーハンの独奏によるヴァイオリンのソナチネの一曲を、
組み合わせて出したドイツ盤LPがある。

私は、シュナイダーハンの弾く、シューベルトのソナチネ3曲のレコードを、
中学生の頃より愛聴しているので、
このようにそこから一曲だけ切り貼りしたようなレコードにも、
複雑な気持ちを禁じえない。

また、かつて、SP期からLP期の変わり目で、
八重奏曲をめぐって因縁あったヴァイオリニストたちが、
同じ盤面に演奏を刻んだ形になったが、こう書いてくると、
この盤に対しての複雑な心境はさらに深まる。

編集の都合で、演奏者の意志とは無関係に出来上がった製品であろうが、
偶然のことながら、想像以上に意味深な製品ということだ。

ここでは、カンパーの名前は、一切、あがっていないのも象徴的。
クヴァルダが参加していたら、こうはならなかっただろう。

そんなことを考えながら聴くと、チェロのバインルの存在感が、
いまひとつなのも、勝手にうなずけてしまう。
そもそも、録音技師が、それを拾う気がなさそうだし、
録音に対して、ふざけるなと、言えるだけの経験がなかったかもしれない。

こうした時は、カンパーが、若い奏者に代わって、
ふざけるな、というべきだったかもしれない。
が、それも出来なかったかもしれない。

それを推し量って、デムスが、注文を出せばよかったのだろうが、
ピアノとヴァイオリンはクリアであるし、ステレオ初期の実験段階でもあり、
そこまで意識が働かなかったかもしれない。
たびたび来日しているデムスであるから、
早く、どなたか、このあたりの秘話を聞き出して欲しいものだ。

第五楽章が終わると、
シュナイダーハンの演奏(ピアノはクリーン)が始まるが、
非常に説得力のある、陰影に満ちたシューベルト。
聴きなれているせいもあろうが、前半の曲目より、私のシューベルト像に近い。

ジャケットのデザインは、ある絵画から一部を切り出したもので、
廉価盤ならではの、可もなく不可もないものと言えよう。

得られる事:「大組織における格付けは、様々な側面で影響を及ぼす。」
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by franz310 | 2007-01-01 22:13 | 音楽
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