クロメダカちゃんが聞いた国内空洞化の一例 |
僕が聞いてもいないのに、 ベアトリーチェは、 こんなことも教えてくれた。 日本で、活躍の場を失った、 金魚売りの一団は、夢を求めて、 はるばる海外に雄飛したということ。 ハワイへ、ブラジルへ、金魚売りは、 新天地を求めて旅立ったのだ。 国内の金魚売り産業は、急速に空洞化していった。 政府が支援策として、デパートの屋上に、 屋上総務庁を新設したのも、こうした空洞化対策を兼ねていたのである。 そして、この大きな流れが、こんな出会いをもたらしたことを、 クロメダカちゃんは、初めて知った。 ある金魚売りは、金魚の桶を担いで、 いや、それ以上に大きな夢を抱いて、 アメリカンドリーム渦巻くシリコンバレーで、 大きな声を張り上げた。 「きんぎょーえっつ、金魚っ!」 そこに通りかかった、ある巨漢が、 その声を聞いて振り返り、 きりりと鉢巻を巻いた金魚売りの粋ないでたちと、 エキゾチックなヒノキ作りの桶と天秤棒を見て、 そして、その桶の中に、目の覚めるような色彩で、 数知れぬ、金魚が泳いでいる美しさに、ただただ驚嘆した。 その時、思わず、頬張っていたホットドッグのケチャップを、 白いTシャツの上に滴り落としてしまったほどである。 「ヘイ、ユウ。ジャップ。アナタハナニモノナノデッカ。」 「やいやいやい、誰がジャップだ。」 金魚売りは、相手がお客かもしれないということも忘れて、 振り返りざまにどやしつけた。 「ハイ、ワタシガ、ジャップデス。スティーブン・ジャップトイウネン。」 「どこがジャップだ。どこから見ても、いかれたヤンキーじゃねえか。 そんなでかいコーラの紙コップを持ったおっさんが、 何でジャップであろうものかってんだっ!」 「アナタハ、コノ、チイサナサカナタチデ、ナニヲタクランデオルノデッカ?」 金魚売りは、相手が何も知らないトウシロのおっさんだと見て取るや、 ここで一発、日本の伝統技術を見せびらかせてやろうと考えた。 「ただの魚に見えるだろうが、これはな、フィッシュ・メモリーというものだ。」 「ドコガ、メモリデンネン?」 金魚売りは、にやりと笑みを浮かべると、桶の中の、 一番、容量の大きなものを掬い取ると、おっさんの耳にあててやった。 おっさんは、そのひんやりとした感触に、「クール!」とつぶやくと、 うっとりとして、そのハイテク感あふれる音響に我を忘れていた。 なんと、そこからは、さまざまな町の音が流れ出していたのである。 見ると、金魚のムナビレの横には、「2G」と書いてあった。 おっさんは、しばらく金魚の口がぱくぱくしているのを見つめていたが、 何を思ったか、持っていたCDウォークマンのイヤホンを、 機械から引き抜いて、そのプラグを金魚の口に差し込んでみた。 すると、5,1チャンネルのサラウンド効果で、 彼は異次元の音質に酔いしれたのである。 Tシャツを金魚のように、ケチャップで赤く染めた巨漢が、 陶酔して体を揺らしているのを眺めていた金魚売りに、 その時、ふつふつと、仕事に対する誇りや情熱が蘇ってきていた。 彼の脳裏に、後にした日本で味わった数々の屈辱が蘇ってきた。 それを払いのけるように、声をあらげ、 「いいか、わかったかってんだ。もう、俺の邪魔をするんじゃないぞ。」 と言い放つと、金魚を桶に放り込んで、再び、竿をかついで持ち上げようとした。 「ホンマニ、ヨウ、ワカリマシタワ。デハ、1.5Gノヲ、ヒトツクラハイ。」 「そうかい、じゃあ、特別だあ、金魚鉢もつけておくぜ。」 ヤンキーのおっさんは、それを手で目の高さにかざし、 透き通った丸い金魚鉢の中に、 1.5Gのメモリー搭載の真っ赤な金魚が、 元気良く泳ぎ回るのを見て、その東洋の神秘に打たれた。 自分が、500mlも入るコーラの紙コップを持っているのが恥ずかしくなってしまった。 「ジャップノPOTハ、ワタシノココロヲミリョウシマシタ! ソシテ、イマ、イイカンガエガ、ヒラメキマシタ。 ジャップノポット、ツマリ、j・potヲ、 ヒトツ、ビジネスニ、クワエテミトーナッテキタワ。」 「きんぎょーえっつ、金魚っ!」 そういって遠ざかっていく、金魚売りのいなせな姿に目を細めつつ、 「キンギョヘ、キンギョデハ、アリマセンネ。 キンギョヘハ、モット、イイモノヲ、メモリーサセントアキマヘン。」 金魚売りは、眩しい日の光の中、蜃気楼のゆらぐビル群の中に消えていった。 まさか、このおっさんが、あのマイ・クロメダカ社と並び称される、 IT企業の雄、Appare社のCEOだったとは、知る由もなかったということだ。 |
by franz310
| 2006-06-02 00:03
| どじょうちゃん
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