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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その429

b0083728_232138.jpg個人的経験:
ヴィヴァルディが、
自らの手で、
皇帝に捧げた協奏曲集、
「ラ・チェトラ」を聴いた。
が、それは作品9として
広く流布している
「ラ・チェトラ」とは、
まったく異なるものだった。
ヴィヴァルディは、
出版用の「ラ・チェトラ」と、
献呈用の「ラ・チェトラ」の
2種を用意していたのだ。


前回は、マンゼが再構築した、
手稿譜版(そして作曲家自ら、皇帝に渡した)
を聴いたが、今回は、作品9をちゃんと聴きたい。

幸い、私は、レイチェル・ポッジャーが録音した
チャネル・クラシックスのものを持っている。

このSACDの表紙は、陶酔した表情で弾く、
この演奏家の演奏風景を収めたものだが、
右隣で、どうように陶酔しているのは、
この曲集で唯一の、
2台のヴァイオリンの協奏曲で共演した、
もう一人の独奏者、ステーンブリンクなのだろう。

黒いバックに黒い衣装で、
どうも目立たない写真のはずだが、
ポッジャーの金髪と、
演奏者の名前と、曲名のアイコンが華やかで、
妙におしゃれな装丁に仕上がっている。
ロッテルダムのデザイン事務所の作。

私は、昔、ピノックがバッハを演奏した時、
新任のコンサート・ミストレスになったばかりの、
この女流ヴァイオリニストを聴いたので、
この人の録音を見るたびに、あの頃の事を思い出す。

このように、表紙にばーんと出る事の多い人でもある。

あれから20年くらい経って、
ポッジャーは自分でアンサンブルを組織したりして、
すっかり大家になってしまったが、
熱く語っている解説を読んでも、
そのことが実感される。

「2003年にヴィヴァルディの
ヴァイオリン協奏曲集
『ストラヴァガンツァ』作品4を録音して以来、
私はモーツァルトとバッハに、
ディスクでは集中して取り組んできた。
しかし、今や、私は、
このヴェネチアの巨匠の許に
戻って来るべき時だと感じている。」

立派な世界的名声を背景にしなければ、
こういう言葉はなかなか書けないが、
彼女にあやかって言えば、
ヴィヴァルディの音楽には、
確かに、何か、原点として、
常に戻って来たくなる気持ちが働くのは確かである。

これは、まさしく、
こうした一線の名手にとっても、
ヴィヴァルディが、
単なる「四季」の作曲家ではなく、
古典だということであろう。

「今回、私は『ラ・チェトラ』と題された、
12曲のヴァイオリン協奏曲からなる
作品9を選んだ。
この曲集には、ちょうど、
『ストラヴァガンツァ』のように、
沢山の宝石が詰まっているが、
多くの、しばしばエキゾチックな、
実験効果を含んで、
独奏者にさらに高い要求を突き付けるものだ。
そのうち二曲は、
スコルダトゥーラという、
選ばれた故意の非正規の調弦をするもので、
特別な共鳴を楽器に与え、
普通の調弦ではできないような指遣いを可能とした。」

この曲集は、音楽好きの皇帝を喜ばせるべく、
かなり前衛的なものである。

「この曲集が私を捉えるのは、
オーケストラのリトルネッロ、
ソロのパッセージからなる、
ヴィヴァルディ一流の確固とした形式の中、
様々な曲の性格や表現があるからだ。
これは親しみやすく、魅力的で、
聴くものを高度に満足させるもので、
娯楽のために書かれ、
楽しめるものなのだ。
一例に最初の協奏曲を取り上げると、
それは、ハ長調という調性が、
テクスチャーを通して、
明かりが漏れてくるような感じを与える。
これは、空虚で喪失感さえ感じさせる
ハ短調の緩徐楽章と、
強いコントラストをなす。
雰囲気は終楽章の楽しい舞曲に移るが、
最初の生き生きとした、
希望ある音楽となる。」

第2協奏曲のコメントはないが、
この文章の最後に、ちょっと紹介がある。
まず、第3協奏曲の解説が来る。

「ト短調の第3協奏曲は、
開始部のリトルネッロでは、
ため息の音型が現れ、
衝撃的な、書き下されたメイン・ビートの
アッポジャトゥーラの素晴らしい効果によって、
私たちを異なる世界へと我々を連れ去る。
リトルネッロでくり返される音型で表現され、
それらはメランコリックな物語を、
忘れられない情感で語る。
この一見、無垢に見える装飾の中の、
表現の深さを発見することは、
一種の啓示である。
最初は単調に見えるパッセージが、
リハーサルの間に、
命を吹き返し、
解き放たれる。
私は、いつも、こうした暗示された表現を、
引き出して強調するのが好きで、
たった一つのフレーズにも、
もっと多くのものを、
真実として見出す。」

第4協奏曲は、かなりすっきりとした紹介。

「ヴィヴァルディのドラマは、
何度も何度も繰り返される
コントラストと驚きによってできている。
私たちは、これを第4協奏曲では、
大きな音の和音と、
優しい16分音符の対比に聴く。」

第3、4、5の協奏曲は、
続けて解説されている。

「第5協奏曲には、
熱狂する幻想の感覚があるが、
それは、ゆっくりとした和音の
断固たる序奏に続く、
短くリズミカルな8分音符の連続と、
ヴィヴァーチェのトリプレットの
ソロ・ラインによって高められる。」

第6、第7協奏曲の紹介はなぜかない。

「第8協奏曲はまったく異なり、
第1楽章のテクスチャーにおいて、
そのリトルネッロは半音階的で複雑、
各声部は互いに綱引きをしているように見える。
私は、J.S.バッハは、
この曲が好きだったのではないか
などと考えてしまう。」

第9協奏曲はダブル・コンチェルトだが、
この文章の最後に少し触れられる程度。

「第10番の第1楽章において、
ヴィヴァルディはソロの
ほぼ絶え間ないアルペッジョで実験をしており、
アルペッジョが好きな、
あるいは、それが大嫌いな
彼の生徒のために書いたのかもしれない。
その高度に技巧的な書法は、
冷静さとテキパキとした手を要求する。
私は、あまりにも面白くて、
返って心が落ち着くほどだ。」

第11協奏曲ハ短調の紹介はない。
しかし、下記のように、ポッジャーのお気に入りが、
しっかり語られるのは良い。

「現時点で、私のお気に入りは、
おそらく最後の協奏曲、第12番ロ短調である。
これは、この曲集で、
スコルダトゥーラの調弦をした2曲目で、
今回は、最低弦をGからBに長三度上げて、
最高弦をEからDに一音下げている。
ヴァイオリンの音は、
この方法でヴィオールのような響きになり、
ロ短調で美しく共鳴する。
この作品の書法は内向的で物思いに耽るものだが、
進行するにつれ、劇的な興奮にも至る。
この音色は、開始部から聴かれ、
変わらず効果的で、
これによって強く、パワフルだが、
同時に不安定さを感じさせる。
もちろん、最高の意味でだが。
オランダ・バロック・ソサエティ(HBS)は、
これに楽しんで取り組み、
このプロジェクトの間に、
彼らが作りだした
落ち着いた、しかし、
エネルギッシュな雰囲気が、
私は好きだった。
私たちのコラボは自然で問題なく進んだ。
この曲集でたった一曲の二重協奏曲での
ジュディスとの共演は、実り多かった。
第2番の緩徐楽章でオッタヴィーノを加えるのは、
ティネケのアイデアで、
この協奏曲に魔法の触感を加えた。
私は、特にHBSのコンティヌオ・セクションとの、
積極的なアイデアのやり取りを楽しんだ。
ティネケ、トメック、ダニエーレの
語られざるチームワークと心の交流を見ることは、
良い経験となり、本当に刺激となった。」

ここで紹介されている、
オランダ・バロック・ソサエティ(HBS)は、
この国の志ある奏者たちが、
自発的に集まって作った団体のようで、
このCDのように、
プロジェクトごとに、
有名な演奏家を招いて共演することでも知られる。
だから、物申すコンティヌオ・セクションなどが
存在するのであろう。

さすが、こうした団体ゆえ、
ポッジャー一人に解説を任せることはない。

「オランダ・バロック・ソサエティから、
アントニオ・ヴィヴァルディへの手紙」なる、
趣向を凝らした一文が寄せられている。

書いたのは、先のポッジャーの文章にも出てくる、
「ジュディス」、つまり、
この団体の女性ヴァイオリニスト、
ジュディス・ステーンブリンクである。

「著名なるアントニオ・ヴィヴァルディ閣下、
これらの12の協奏曲集を謹んで奉ります。
あなたのスタイルや味わいにしたがって、
出来る限り説得力を持って、
私たちはあなたの曲集にベストを尽くしました。
この録音を進めるうち、
各曲はまったく新しい音楽を開陳し、
私たちの楽器は次々に新しい驚きに導いてくれました。
何とあなたは魅力的な作曲家なのでしょうか。
たった2.5小節のフレーズだけを見ても、
そこには半分になった主題があり、
それが何の予告もなく思いがけない調へと飛ぶのです。
このCDに収められた協奏曲は、
ヴィヴァルディ閣下、
本当にあなたらしいもので、
珍奇なものではなく自然で、
輝かしく驚きに満ちています。」

このあたり、演奏者たちの興奮が伝わってくるようである。
ポッジャーも同様の事を書いていたので、
よほど、スリリングな体験だったのであろう。

この人は、何故か、「第4」から書き始めている。
この曲も、ポッジャーがまた特筆していたから、
きっと録音中に、何か気づきがあったのだろう。

「例えば、第4協奏曲には驚かされます。
騒がしいフォルテの和音と、
ピアノの16分音符が対比されており、
オランダ・バロック・ソサエティは、
尋常ならざるスケールとディナーミクを強調しました。
アントニオ・ヴィヴァルディさん、本当にありがとう。」

彼女の記憶に、特に残った協奏曲が、
取り上げられているのだろうが、
「ラルゴ・カンタービレ」の表記を持つものは、
下記、第10だけのようだ。

「協奏曲第10番のラルゴ・カンタービレでは、
この曲集で、他にも見られますが、
コンティヌオ奏者のバスラインから、
高い弦楽器群が支配権を奪っていますね。
私たちは、第10協奏曲は、
本当にチャーミングに作られていると思います。
ヴァイオリンやヴィオラが
一緒になってかき鳴らす音符に、
バスラインは柔らかく優しく丁寧に寄り添います。」

ここで、最初の協奏曲の解説となるが、
何故、最初にこれを書かなかったかは不明。

「第1協奏曲の第1楽章を作った方法は、
フランス語で言うところの
『mignon(キュート)』だと思います。
五度圏の最初の調性、ハ長調は、
しばしば、明るく、平明、
センプリーチェだと言われています。
そして、それこそ、あなたが、
この協奏曲の音色に与えたものです。
さらに言うと、高貴なるヴィヴァルディ閣下、
あなたは、口ずさんだり踊ってみたくなったりすることが、
困難なような、
とっつきやすいシークェンスを書きました。
ああ、しかし、私たちは、
あなたのピエタの生徒たちではない。
その特権は私たちのものではない。」

この「特権」とは、ヴィヴァルディが、
想定したのは、彼の生徒たちであった、
ということを強調しているのであろうが、
この曲集がカール6世を想定したものであることを、
この「手紙」では忘れているか、
無視しているようである。

「しかし、レイチェル・ポッジャーの
素晴らしいヴァイオリン演奏の音色は、
ピエタの比類なき首席ヴァイオリニスト、
あなたの一番弟子、アンナ=マリアを
想起させるものでした。」

このあたりも皇帝閣下のことを無視しすぎであろう。

「閣下、あなたは、
出版社のエスティンネ・ロジャーと近づいた、
アムステルダムの事を知っているでしょう。
今、その300年後、ワローン教会で
あなたの協奏曲集は演奏されました。
ここは、赤線地区内にあるものの、
非常に素晴らしい音響で知られているからです。
しかし、あなたの音楽がその天上に届くや、
私たちは、ラ・ベラ・ヴェネチアにいるように感じます。」

この教会は、
Waalse Kerkというのが、
オランダ語表記のようで、
ネット検索すると、外観は控えめながら、
清潔で広々としたアーチ空間が美しい内部の写真が出てくる。

また、ベラ・ヴェネチアは、
「歴史ある16世紀の建物内にある
ホテル・ベッラ・ヴェネチア・ヴェニスは、
伝統的なヴェネチアン・スタイルは保ちつつ、
完全改装されています」という四つ星ホテルがヒットする。

「私たちは、多くの献身と努力と楽しみの許、
このCDを作り上げました。
そして、ヴィヴァルディ閣下、
あなたが、この技法と色彩を楽しみ、
私たちが、あなた様の素晴らしい協奏曲集を演奏した時の、
喜びまでを聴きとって下さることを祈ります。」

このように、各曲の楽しみ方は、
レイチェル・ポッジャー(RP)や、
ジュディス・ステーンブリンク(JS)が、
かいつまんで紹介してくれている。

それを下記に、再度、書きだして、
CDの鑑賞に入ろう。

Track1.~3.
第1協奏曲:
「テクスチャーを通して、
明かりが漏れてくるような感じを与える。
空虚で喪失感さえ感じさせる
ハ短調の緩徐楽章と、
強いコントラストをなす。
雰囲気は終楽章の楽しい舞曲に移る。」(RP)

「『mignon(キュート)』なもの。
ハ長調で、明るく、平明、
口ずさんだり踊ってみたくなったりするもの」(JS)

オルガンの鄙びた響きに、
打楽器的な扱いのチェンバロや、
リュートが重なって、
いきなり、はちゃめちゃな色彩感、
民族音楽みたいな序奏で圧倒される。
増強されたコンティヌオが、
グラマラスに膨らみ、
そんな中から艶やかなヴァイオリンが立ち上って来る。

テクスチャーから漏れ出す光とはこのことであろうか。

確かに協奏曲という感じより、
ヴァイオリン独奏付、
これが出たりひっこんだりする舞曲みたいな感じがする。

第2楽章のラルゴでも、
物憂げなヴァイオリン独奏を、
かなりおせっかいな通奏低音たちが、
豊かな響きで取り囲む。

第3楽章は、いくぶん影がある音楽で、
オーケストラがはやし立てる中、
独奏ヴァイオリンは、
一心不乱に没入するような旋回を続ける。

ポッジャーが言うような、
「楽しい舞曲」で始まるが、
どんどん、喪失感が蘇るような感じもする。
実際に演奏している人が言っている事の方が、
きっと正しいのだろうが。

この後の曲でも思うのだが、
これだけ通奏低音群が多彩に強大になると、
さすがの独奏ヴァイオリンも、
いささか分が悪く、何となく、
多勢に無勢という感じがしなくもない。

ステーンブリンクは、
「キュートな協奏曲」というがそうだろうか。

Track4.~6.
第2協奏曲:
「緩徐楽章でオッタヴィーノを加えるのは、
ティネケのアイデアで、魔法の触感を加えた。」(RP)
とあるだけのもの。

ごろごろした音楽の、
気難しい序奏から、
朗らかなヴァイオリンが歌い出すイ長調協奏曲。

第2楽章、オッタヴィーノは、
高い音の出るチェンバロのようだが、
オルガンのふわふわした触感に、
きらきらとした点描を散りばめている。

終楽章は、朗らかで楽しい、
誰からも好かれそうな直球の音楽であるが、
時折、屈折した影がよぎる。
こうした点を、ポッジャーもステーンブリンクも
特筆しているのであろう。
刻一刻と気分を変えながら、
まったくもって不自然さなく移ろう。

Track7.~9.
第3協奏曲:
「開始部のリトルネッロでは、ため息の音型が現れる。
衝撃的なメイン・ビートの
アッポジャトゥーラの素晴らしい効果によって、
私たちを異なる世界へと我々を連れ去る。
リトルネッロでくり返される音型で表現され、
それらはメランコリックな物語を、
忘れられない情感で語る。
無垢に見える装飾の中の、表現の深さ。」(RP)

この曲は、オペラの中の悩ましい場面を想起させる、
かなり劇的なもの。
ポッジャーが「異なる世界」と書いたのは、
妙にうまい表現だと思った。
単純な音形を繰りかえすほどに、
切迫した感情が掻き立てられるのも確か。

ト短調といえば、モーツァルトが有名だが、
この協奏曲の情念のたぎりもすごい。

第2楽章の悩ましさも、
そのまま心の形になりそうだ。

第3楽章は、いささか外向的であるが、
悩ましいソロと、
風雲急を告げるオーケストラの嵐は、
いかにもヴィヴァルディ的である。

Track10.~12.
第4協奏曲:
「大きな音の和音と、
優しい16分音符の対比に、
繰り返されるコントラストに聴く、
ヴィヴァルディのドラマ。」(RP)

「騒がしいフォルテの和音と、
ピアノの16分音符が対比され、
尋常ならざるスケールと、
ディナーミクを強調して演奏。」(JS)

この曲は、二人の意見がほとんど同じで、
彼らが、意気投合して事に当たった事が想像される。

じゃんじゃんじゃんと、
ちょこまかちょこまかの対比がくどい。
よくも、これだけで音楽になっているな、
などと考えてしまう。
この隙間で、独奏ヴァイオリンが、
何やら、ちまちまと言いたい事があるような、
もどかしい音楽を奏でている。

オーケストラのじゃんじゃんじゃんで、
この逡巡を叩ききって欲しい。
そう思うと、本当にそんな風に終わった。

この強烈な序奏のやり方にすることで、
晩年のオペラの序曲のイメージが重なって来る。

第2楽章もまた、もどかしさの音楽。
澄んだ音色の独奏ヴァイオリンが、
この込み入った状況を、
素晴らしい透明感で聴かせる。

終楽章は、ばんばんと撥弦楽器がかき鳴らされて、
非常に勢いのある音楽で、
歯切れの良いリズムと、痛快なヴァイオリンで、
前半2楽章のいじいじ感が払しょくされる。
音楽が大きく深呼吸している感じが気持ち良い。

Track13.~15.
第5協奏曲:
「熱狂する幻想の感覚。
ゆっくりとした和音の断固たる序奏に続く、
短くリズミカルな8分音符の連続と、
ヴィヴァーチェのトリプレットの
ソロ・ラインによって高められる。」(RP)

凶暴なイ短調協奏曲。
あるいは、フラメンコの熱狂。
戦場の砲火をかいくぐるような音楽であり、
一瞬の油断もならない。
オーケストラの主力部隊に、
どんぱちと合いの手を入れる通奏低音軍団。
独奏ヴァイオリンは生きて敵地から帰れるのだろうか。

続けざまに呪術的な第2楽章に入るところも、
まるで、フラメンコのように粋である。

終楽章は、非常にゴージャスなメロドラマ。
独奏チェロのニヒルな響きも効果的。
そこに、ばちんばちんと低音楽器のリズムが入る。
それにしても、変幻自在な曲集である。

Track16.~18.
第6協奏曲:
この協奏曲には、ポッジャーも
ステーンブリンクも言葉を残していないが、
スコルダトゥーラの調弦をした不思議な音色の曲。

序奏からして期待感が高まる、
楽しい感じの名曲で、フーガ的な処理や、
大胆な陰影など、非常に魅力的である。

独奏ヴァイオリンが、スコルダトゥーラの効果か、
いくぶん、エキゾチックな憂いで響き、
共鳴の効果か、何だか、分身を伴うような錯覚があり、
神秘的ですらある。

第2楽章は、礼儀正しいご挨拶のような楽想で始まるが、
独奏ヴァイオリンは、そんな建て前は横目で見ながら、
こそこそと影で不満を述べている。

終楽章は、楽しくリズミカルな跳躍舞曲。
ヴァイオリンは、調弦のゆえか、どうも、
心に何かを秘めているような感じがするが、
一応は、この舞曲の中で主体的な働きを見せている。
そんな個人の思惑は別にして、
大きな流れが、押し寄せては去る。

あるいは、これは、皇帝の力の前に屈する、
作曲家自身の肖像画であろうか。

今回は、このように二枚組CDの1枚目を聴いた所で、
一区切りとする。

得られた事:「ヴィヴァルディの作品9『チェトラ』は、独奏ヴァイオリンの特殊調弦など、『エキゾチックな実験効果を多く含むもの』である。私は、前半では5番、6番が好きだ。」
「独奏部はいじけた感じ、あるいは一物を秘めた感じのものも多く、豪快なオーケストラと、強大な伏兵のような通奏低音群によって、こてんぱんにやられている。王と音楽家の関係か。」
by franz310 | 2015-04-25 23:21 | 古典
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