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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その425

b0083728_2241213.png個人的経験:
最晩年のヴィヴァルディが、
不退転の決意で再起をかけて
ウィーンに進出した時に、
持参したオペラが、
「メッセニアの神託」だという。
しかし、ヴィヴァルディは、
このオペラが、
ウィーンで演奏される事を
見ることなく失意の中、死去。
作曲家が亡くなったのに、
不思議なことに、ウィーンには、
この作品の演奏記録があるという。


そのような不思議な作品ゆえか、
ヴィヴァルディの使徒、ビオンディは、
この曲をCD化しているだけでなく、
2015年、日本に来て演奏もするという。

このCDは、2012年に録音されたもので、
歌手も少し日本公演とは異なる。
最も大きな変更は、
悪役ポリフォンテの腹心、
アナサンドロを、
CDでは、カウンター・テナーの
クサーヴァー・サバータが受け持ち、
公演では、メゾのマルティナ・ベッリが受け持っていた点。

しかも、ビオンディは、
今回の公演に先立って、
カウンター・テナーは、
裏声なので不自然とまで言っていた。

あと、王妃がCDでは
スウェーデンのメゾ、アン・ハレンベルクで、
公演では、ノルウェーの
マリアンヌ・キーランドとなっている。

これは、初演時は、
アンナ・ジローが受け持ったと言われる、
技巧ではなく表現力で勝負する役柄である。

また、婚約者がCDでは、
ロミーナ・バッソだったのが、
公演では、マリーナ・デ・リソになっている。

実は、私は、このCDが出た時、
美しい表紙写真の不思議なイメージもあって、
すぐにネットで注文していた。

表紙の下に、かなりの大きさで、
「ウィーン・コンツェルトハウス」と
特記されているが、
この劇場がヴィヴァルディを、
当時、受け入れていれば、
ヴィヴァルディはもっと長生きしていたはずなので、
複雑な気持ちになった。

さらに、ビオンディのヴィヴァルディでは、
代表作とされた「バヤゼット」でも重要な役割を演じていた、
超絶技巧のヴィヴィカ・ジュノーが、
重要な役柄で登場するのが、とてもそそるではないか。

このCDの表紙写真では、
女性がアクロバティックなポーズで、
そこに蜘蛛の巣のようなヴェールが巻き付いている。
これを手にして、ヴィヴァルディ最後のオペラとは、
いったい、どんな物語なのだろう、
と想像力をかきたてたものだった。

が、内容を知ってしまった今、
ネタをばらすと、
この表紙のイメージとは全く違って、
主人公は、亡命していた王子であって、
その母も婚約者もまったく無策で、
運命に翻弄されるだけの人たちで、
まったくこの表紙のイメージからは遠い。

神託を告げる巫女であろうかとも思ったが、
神託を告げるのは、大臣である。

ビオンティは、このCDで、ヴィヴァルディの碩学、
フレデリック・デラメアと共著の形で、
この作品をこう紹介している。

「1734年のカーニバルのシーズン中、
ピアチェンツァ出身で、ナポリ楽派の、
最も輝かしい代表選手だった、
作曲家のジャミニャーノ・ジャコメッりは、
アポストロ・ゼーノがリブレットを書いた、
彼のオペラ『メローペ』を、
ヴェネチアのジョヴァンニ・グリソストーモ劇場で
お披露目した。
その4年後、このドラマの、
彼自身のバージョンを、
『メッセニアの神託』のタイトルで、
同じ都市のサンタンジェロ劇場で上演した。
このオペラの成功が、
ゼーノが、ヴィーンの宮廷の
前の桂冠詩人だった事によることに疑いなく、
1740年にヴィーンに向かった時、
ヴィヴァルディは、このオペラの総譜を携え、
ヴィーンのケルントナートーア劇場で、
再上演しようとしていた。
1738年の版も、
最終的に1742年に
ヴィーンで上演された後のバージョンも、
オリジナルのスコアは残っていないが、
印刷された二つのリブレットを比較すると、
これら二つの版の間には、
ヴィーンのための作品として、
ヴィヴァルディが構想を膨らませた、
いくつかのアイデアが読み取れる。
ヴィーン版は、ヴェネチア版から、
思い切った変更はしていないが、
オリジナルの4つのアリアを外す代わりに、
3つのバレエや7つの新しいアリアを加えて、
洗い直している。
登場人物の一人の名前を変え、
王女アルギアがエルミーラとなっているのは、
それほど重要ではない。
ヴィーン版はパスティッチョで、
ヴィヴァルディ自身の作を含め、
他の作曲家のアリアを借用している。」

ということで、このヴィヴァルディの、
劇場での活躍の総決算と思われる作品が、
今日的感覚では、
いくぶん、価値が低いとされる、
ごった煮作品だったということが分かる。

「ヴェネチア版は、
ジャコメッリの『メローペ』からの
アリアがあったと思われるが、
ヴィーン版にも採用されたことだろう。
ヴィーン版のリブレットを用いた、
我々の再構成版には、
オリジナルのスコアの中にあった精神で、
ヴィヴァルディや
(前に書かれたオペラでも作曲家自身が借用したもの)
ジャコメッリの『メローペ』のアリアを混ぜ合わせた。
ほとんどのレチタティーボは、
ジャコメッリの作品を採用している。」

日本公演でも、ビオンディは、
このようなごった煮でも、
ヴィヴァルディ自身が調合したので、
彼は、自分の作品だと思っていたはずだ、
と何度も強調し、
むしろ、当時の人気アリアが勢揃いした、
こうした作品を楽しむことの重要性を説いていた。

ヴィヴァルディは作曲家であると同時に、
凄腕興行師でもあったのだから、
確かにそうかもしれない。

このCDには、どの曲がどこからの借用かが、
解説の前に明記されているのがありがたい。

この後、デラメアによる、
ヴィヴァルディ最後のオペラの解説が続く。

これから解説が始まるところで、いきなり、
「ヴィヴァルディのあとがき」と題され、
書きだされている。

「1741年の7月28日の夜明け、
鞍作りの未亡人、マリア・アガーテ・ワーラーが営む、
ケルントナートーアやキャリンシアン・ゲート近くの
『鞍作りの家』と呼ばれていた建物が、
誰にも知られることなく、
音楽史の重要な出来事の舞台となっていた。
遠く故郷ヴェニスから離れ、
高名なる『赤毛の司祭』、
アントニオ・ヴィヴァルディが、
息を引き取ったのである。
その同じ日、ヴィーンの役所の死亡届に、
内臓熱によって、
『尊敬すべきアントニオ・ヴィヴァルディ、
神聖なる司祭』が亡くなったと短信が載っている。
モーツァルトの50年前、
全欧を制覇した『四季』の作曲家は、
貧困の中に亡くなり、ハプスブルクの首都では忘却された。
音楽史の中でも特筆すべき時代が終わったのである。
ヴィヴァルディは前年、イタリアを出て、
自身の国では明らかに自分の星が陰り始めていた時、
新しい芸術の地平が、
アルプスの向こうで開かれることを、
確信を持って望んでいた。
しかし、幸運はすでに彼の側にはなく、
躓きと失望が彼をなおも追いかけていた。
ヴィーンでの彼の滞在は、
災難を証明し、彼とハプスブルク帝国の関係の、
長く複雑な物語の悲しい結末となった。」

さらに、このCDの解説には、
「オーストリア人としてのヴィヴァルディ」
という、極めて興味深い一章が設けられている。

「キャリアの最初から、
ヴィヴァルディは、
作曲家、興行師としての自由を束縛されない形で、
委嘱や収入の流れを確保するために、
コネや将来のパトロンの緊密なネットワークを築くことに、
重点を置いていた。
貴族や王族、高位の聖職者、大使や政治家、
ヨーロッパの高貴な家柄の代表者など、
こうした人たちが次々と、
ヴィヴァルディのアドレス帳に追加されていったので、
1737年までには、
彼は、『9人の高貴な王子たち』と文通していることを
自慢するに至った。
オーストリア帝国や、そのもっとも影響力のある代表者は、
ヴィヴァルディの個人的な
ヨーロッパ貴族のWho’s Whoに、
特別な地位を占めた。
ハプスブルクのヴィーンは、
特異な音楽の小宇宙であって、
長年、イタリア音楽を暖かく迎え、
芸術移民の波を受け入れていた。
数世代にわたる、音楽を愛する帝王が、
ツィアーニからカルダーラに、
そしてボノンチーニ兄弟、
コンティ、バディア、ポルサイル、
そして、数え切れぬ歌手や器楽奏者に到る
この流れを奨励し、
帝室宮廷の音楽活動は、
イタリア人が大々的に取り仕切ることになった。
ヴィーンとオーストリアすべてが、
多くのイタリア人芸術家たちに、
約束された土地に見え、
その他の者にも真の金鉱に見えた
としても驚くにはあたらず、
ヴィヴァルディは、
この恩賞を確かなものにするために、
そのもっとも著名な代表の好意を得るべく、
慎重に計画を練った。
最初に記録された、
オーストリアの契約は、
1714年から帝国のマントヴァ大使を務めた、
ヘッセン=ダルムシュタットのフィリップ公で、
1718年、ヴィヴァルディは、
彼の宮廷音楽監督となり、
ヴィヴァルディのマントヴァ時代は、
1736年のその死の時まで、
芸術の愛好家で寛大なパトロンで擁護者であった、
このオーストリアの貴族の確固たる保護を得て、
彼のキャリアの重要な1ページとなった。
ヴィヴァルディをヴェニスの帝国大使で、
ヴィヴァルディがカール6世に初めて、
献呈した作品である、カール6世の名の日のための
セレナータ『Le gare della giustizia e della pace』をおそらく委嘱した、
ヨハン・バプティスト・フォン・コロレドに紹介したのは、
フィリップ公であった。
コロレドは、今度は、ヴィヴァルディを、
ミラノのオーストリア大使であった、
ヒエロニムス・フォン・コロレドに紹介し、
その事務所を通じて、
ヴィヴァルディはその妃の、
エリザベート・クリスティーネに献呈した唯一の作、
パストラル・オペラ、『シルヴィア』を
1721年の夏、
彼女の30歳の誕生日に書く委嘱を受ける。」

という風に、ヴィヴァルディが、
オーストリアの皇室とのつながりを深めていった
過程がよくわかった。

次に、「皇帝のための協奏曲集」という章になるが、
もちろん、これは、すでに、チャンドラーのCDなどで、
特筆された、「ラ・チェトラ」などの事である。

「こうして、ヴィヴァルディは彼の欧州での名声を
確固たるものにしていくように、
ハプスブルクとの強い結びつきを築き上げていくが、
1727年、その作品9の『ラ・チェトラ』を
皇帝に献呈するのに、十分な近さとなった。
その考えられたタイトル、『竪琴』は、
ハプスブルク家の象徴を表したもので、
オーストリア皇帝の杓は、
『竪琴と剣』の上で安泰と言われ、
フェルディナント三世を表すのに、
弟のレオポルド・ウィルヘルム太公が使った、
詩的な表現である。
この成熟した協奏曲の、
素晴らしい曲集によって、
ヴィヴァルディは、
『最も温和で、寛大、慈悲深いパトロンであり、
洗練された芸術の推進者』と、
賞賛して献辞に書いたカール6世に、
最初の直接的なコンタクトを持った。
『ラ・チェトラ』が、どのように、
皇室で受け止められたかの記録はないが、
カール6世との直接の繋がりが、
可能となることを意図したものである、
この畏敬の行為は受け入れられた。
1728年9月、港の建設の視察のため、
皇帝がトリエステを訪問した際、
彼は、公式な祝賀や祭典より、
ヴィヴァルディとの何度も実りある会話を楽しんだ。
『皇帝はヴィヴァルディと音楽に関して、
長い時間、語り合った』と、
イタリアの学者で哲学者であった、
アントニオ・コンティは、
その後、短いメモを残し、
『二週間の間、皇帝は、
大臣と二年の間にしゃべる以上に、
ヴィヴァルディと
個人的に語り合ったと言われている』
と追記している。
12曲の新しいセットの、
ヴァイオリン協奏曲集
(またしても、『ラ・チェトラ』と題され、
一曲だけが、前の曲集と同じだった)を、
カール6世に献呈したのは、
この機会であったことは疑う余地がない。
トリエステからヴェネチアに帰ったヴィヴァルディは、
いっそうオーストリア人になっていた。
ヴィヴァルディのアドレス帳には、
さらに重要な関係が追加され、
その中には、リヒテンブルクの王子で、
皇室顧問官のヨーゼフ・ヨハン・アダム、
ロレーヌ公で、将来のカール6世の義理の息子で、
後継者となるフランソワ三世が含まれていた。
そして、おそらく、彼の最後のスケジュールには、
遂に、皇帝の宮廷への招待が加わった。」

この後、デラメアの解説は、
さらに興味深い部分に入って行くが、
これ以上、ここで語ると、オペラの内容が、
何時まで経っても分からない。

ということで、物語の内容として、どのような作品か、
CD解説にある「SYNOPSIS」を見ながら、
音楽を聴き進めてみよう。

Track1.~3.
はシンフォニアで、「グリゼルダ」のものに
金管を加えて演奏したものだという。
ただし、ビオンティは、ヴィヴァルディが、
最後まで、「バヤゼット」の序曲を持っていたので、
本当は、これが「メッセニアの神託」で
使われる予定だったのではないか、
とも推測している。

「メッセニアの王、クレスフォンテは、
二人の息子と共に、
クレスフォンテの妃メローペの守衛、
アレッサンドロに謀殺された。
末の息子、エピタイデは、殺戮から逃れ、
母親によってエトリアに送られ、
ティデオ王の宮廷で育てられ、
王の娘、エルミーラと恋に落ちる。
メッセニアの王位を狙ったポリフォンテの命で、
この殺人が行われ、
その地位を正統化すべく、
クレスフォンテの未亡人を妻にしようとする。
メローペは、10年の後であれば、
と許諾する。」

これだけ読めば、この物語が、
メッセニアの王権簒奪と、
それに対する報復の物語であることが予測される。

メッシーナ(メッセニア)は、
シチリア島にある古代都市であるが、
ネット検索すると、ギリシア神話をもとに、
メロペ(メローペ)について、こう解説されている。

「アルカディアの王キプセロスの娘で、
メッセニアの王クレスフォンテス
(ヘラクレスの後裔(こうえい))の妻。
義兄弟のポリフォンテスに夫と子供2人を殺されたうえ、
むりやりその妻にされたが、
末子アイピトスをひそかに落ち延びさせる。
やがて成人した彼が仇討(あだうち)に戻ってきたとき、
メロペは敵と勘違いをして危うく殺しかけるが、
母子であることを認め合い、協力して仇討を果たす。」

まさしく、この物語が下敷きになっている。
下記のような物語が展開するが、
単純な復讐物語と異なるのは、
せっかく息子が帰って来たのに、
それを敵だと考える母、という部分か。

また、息子アイピドスは、
エピタイデという名前になっていて、
イノシシ狩りをする部分も取ってつけたような感じ。

ベルンハルト・ドロビッヒが書いたものを、
パウラ・ケネディが英訳した概要を読む。

第1幕:
「オペラが始まった時、
メローペが許諾して10年が経とうとしている。
そして、エピタイデは、今や若者に成長し、
クレオンの名に変えて、
強奪者から国を取り戻すべく、
メッセニアに帰っていた。
彼の素性を知っており、
復讐の計画を練るのは、
エトリア公使のリチスコのみである。」

このような状況なので、
いきなり、主人公とも言える、
亡命の王子、エピタイデが、
故郷メッセニアにやって来たシーンで、
レチタティーボを歌い始める。

Track4.「ここがメッセニアか、
私の父コレスフォンテは、
ここの支配者であった」とかやっていると、
ト書きに、
「古代の街メッセニアの広場、
背景の寺院の扉が開くと、
ヘラクレス像と祭壇が見える」などとあるように、
Track5.で、いきなり合唱になり、
何やら、お祈りが始まる。

「エピタイデは、ヘラクレスの祭を見たが、
そこでは、メッセニアの人々が、
国土を荒廃させた、
凶暴なイノシシからの救いを祈っていた。」
とあるとおり。
このあたりは、ジャコメッリの音楽らしい。

Track6.は、エピタイデは、
そこにいた立派な身なりの男
(トラシメーデ、若いロシアのソプラノ、
ユリア・レージネヴァが担当)に、
何故、みんなが嘆願しているか、と尋ねるところ。

Track7.は、シンフォニアとなり、
悪役の登場である。
ジャコメッリ作とされる、
音楽そのものは楽しいが。

Track8.
「王ポリフォンテは寺院から出て来て、
メッセニアの首相トラスメーデに、
神託の反応を読ませる。」

ここで、トラシメーデは、神託を読む。
「メッセニアは、まず勇気ある行動と、
次に怒りの結果によって、
2つの怪物から解放されるであろう、
そして戦利者は、王家の血筋の奴隷と結ばれるとある。
メッセニアの誰も、イノシシを退治する用意はなく、
エピタイデは、志願して、その大役を引き受け、
メッセニアの人々を救おうとする。」

このような不気味な神託なのに、
悪役ポリフォンテは、何ら怪しむこともなく、
イノシシ退治を主役のエピタイデに命じ、
「若いヘラクレスみたいだ」とか言って、
完全に他人事モードである。

Track9.ここで、漸く、
お待ちかねのアリアがさく裂。
ジュノーが歌う、エピタイデの、
「私の勇気は自然の恵みではなく、
恐れのない心があれば、
腕に力は漲るものだ」という内容の、
高揚した、晴れやかなものである。

これも、ジャコメッりの人気作、
「メローペ」からのもの。


Track10.
ここで、ポリフォンテに、
トラスメーデが、リチスコが来た事を告げる。
リチスコは、バッハの演奏でも有名な、
ドイツのメゾ・ソプラノ、
フランツィスカ・ゴットヴァルトが演じている。

この人は、すらりと端正で、
声もまた格調が高い。

Track11.は、
ポリフォンテとリチスコの交渉シーン。
「リチスコは、ポリフォンテの前に現れ、
エトリア王がエピタイデを引き渡すように、
ポリフォンテがかどわかして人質にした、
エルミーラの解放を要求する。
リチスコは、ポリフォンテに、
エピタイデ引き渡しは、
彼が死んでいる以上、無理だと言う。」

Track12.
強烈な刻み音で、いかにも残虐な支配者を思わせる、
エルミーラは返さないという、ポリフォンテのアリア。
ノルウェーのバイキングを思わせる、
マグヌス・スタヴランが、白熱した歌唱。

それもそのはず、これはヴィヴァルディの作。
「アテナイーデ」から持って来たという。

「怒りを持って聴き、復讐を持って対応する。」
という悪人ぶり、
「無実のいけにえにも、
王は悪人どもの殺戮を約束する。」
といった歌詞が、
川崎の少年の事件の直後にあって、
妙に、生々しく感じられる。

Track13.
リチスコは一人になって、
それにしても、エピタイデはどこにいるのだ、
と案じる。

Track14.このあと、リチスコのアリア。
「あの暴君が力をなくし、王位を追われるまで、
息をするのも苦しい」と、
正義の味方に相応しい、高らかな宣言の歌を歌う。

この曲は、要所要所に華麗な装飾が入って、
極めて難易度が高いものだと思われる。
豪快なホルンも伴奏に加わり、
澄んだ声が跳躍するところは、
オペラを聴く醍醐味にも思われる。

さすが、当時の人気作、ジャコメッリのもの。
当時の人が拍手喝采した様子が忍ばれる。

Track15.
ポリフォンテに夫を殺されて10年、
結婚を迫られるメローペの嘆きである。
「遂に、この日が来た」という感じ。

Track16.
大臣のトラシメーデが来て、
「私はあなたが他の人の妻になるのを見たくはない」
などと言っている。

「メローペは、トラスメーデに、
逃亡しているアナサンドロを探すように命じ、
彼から、誰が夫と息子を殺すように命じたのかを
知ろうとする。」

Track17.
そこにポリフォンテが、
略奪してきた隣国の王女、
エルミーラを伴って現れる。

ポリフォンテは、イノシシ狩りを成功させた者に、
この娘を与えようとしていて、
それをここで告げるのだが、
エルミーラは、自分には、すでに決まった人がいる、
と言う。

解説に、
「ポリフォンテは、エルミーラに、
もし、彼がイノシシを殺したら、
神は、エルミーラを、
異国の者に与えると言った、と伝えるが、
彼女は、エピタイデへの忠誠を誓う」とある部分だ。

「私は、私が選んだ人を愛するの」と言って、
感情が高ぶって、型にしたがってアリアとなる。

Track18.エルミーラのアリア。
これはすばらしいオーケストレーションが施された、
序奏からして、極めてジューシーなもので、
ヴィヴァルディ自身の「グリゼルダ」からのもの。

その繊細な陰影や、立体的な楽器法もあって、
このオペラの1幕の白眉ともなっている。

「私の涙とため息で、
私が弱っていると思うかもしれないけど、
死ぬことなど全然、怖くないのです。」

このCDで歌っているのは、
バロック・オペラでは高名な歌手、
ロミーナ・バッソであるが、
ちょっと年を感じさせる。

日本公演では、世代交代した感じで、
リソの歌唱になっていた。

Track19.
全王の妃、メローペと、
簒奪者ポリフォンテの息詰まる応酬のシーン。

「メローペは、殺人に関与していそうな
ポリフォンテへの蔑視を隠そうとせず、
来たるべき婚儀を呪う。」

Track20.は、当然、
メローペの激しい怒りに震えた、
これまた、このオペラの白眉とも思える、
「野蛮な裏切り者よ」である。
ただし、これは、ジャコメッり作とされる。

しかも、ヴィヴァルディは、
この曲は「バヤゼット」でも使っている。

この役柄は、ヴィヴァルディの最も信頼を寄せた歌手、
技巧より味で聴かせた、アンナ・ジローが歌ったとされるが、
これは、突き刺さる感情表現が求められる。

オーケストラのヴィルトゥオージもすごいが、
このCDのアン・ハレンベルクも非常に説得力がある。

この激烈なリズムの中、
何度も、感情の爆発が繰り返され、
聴くものを否応なく同調させてしまう。
ジャコメッリの力量は、
ヴィヴァルディも買っていたようだ。

Track21.
「ポリフォンテは、応酬して、
隠れていたアナサンドロを呼び出し、
メローペを殺人犯と告発するよう命じる。」

Track22.
アナサンドロが去ると、
ポリフォンテは、ドアを開けて、
守衛に、異国の者を連れて来るように命じる。

クレオンの名を騙っている、
主人公のエピタイデが、
「私は、この国を危機から救いたい」と現れる。

「ポリフォンテは、
クレオンをイノシシ退治に送りだし、
若き英雄は、すべての希望を、
来たるべき報酬にかけて出発する。」

Track23.
エピタイデのアリアで、
愛するエルミーラはどこにいる、
と言った後、
ジュノーが、軽い小唄風の、
「愛のための涙は甘いが、それが何時ものことだと辛い」
という、控えめなものを歌って、第1幕が終わる。
これは、「ウティカのカトーネ」から持って来ていて、
ヴィヴァルディ自身の作らしい。

今回は、この辺で、続きは次回に回す事にする。

得られた事:「ヴィヴァルディは、遠い異国で客死した、と言われるが、本人は、自分の国の首都で息絶えた、と考えていたかもしれない。」
「ヴィヴァルディ最後のオペラとされる『メッセニアの神託』は、他人の作を多く含むパスティッチョ(ごった煮)作品であるが、当時のヒット曲を集めた最高のエンターテイメントであった。」
by franz310 | 2015-03-07 22:42 | 古典
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