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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その414

b0083728_1615321.jpg個人的経験:
シューベルトの歌曲の中で、
作曲者の生前から、
大変、有名だったものに、
「ます」があるが、
この歌曲は、一度、
シューベルト自身の手で、
葬られそうになった経緯がある。
というのは、
ピアノ伴奏部の音形を、
友人の一人が、
ベートーヴェンの「パクリ」だと、
からかったからである。


「ヴィーン一般音楽新聞」の編集をしたり、
「新ベルリン音楽新聞」に、寄稿したりしていた、
フェルディナント・ルーイプという人が、
シューベルトの死後30年も近い1857年頃、
当時存命だった、シューベルトを知る人たちに、
質問事項を連ねた書簡を送って、
思い出話を集めているが、
この貴重極まりない資料の中に、
上述した「ます」のエピソードがある。

その機会に、
チロル出身のエーブナーという人が、
シューベルトの寮学校で、
隣の部屋に住んでいたから、
作曲家と知り合ったという関係で、
ルーイプに返信しているのである。

彼は、1817年まで、
シューベルトの歌曲を聴いたり、
書き写したりすることを楽しみにしていた、
という回想を書き送っている。
つまり、シューベルトの学校友達なのである。

「シューベルトが小リート『ます』を
作曲した時のことですが、
それを彼はその日のうちに
試唱のために寮学校に持って来たのです。
実に生き生きした楽しさで
何度も繰り返し歌われた時、
突然ホルツアプフェルが叫びました。
『おい、シューベルト、
ここをお前は『コリオラン』から取ったな。』
・・
すぐにシューベルトもこのことに気がつき、
このリートをまた破り捨てようとしたのですが、
私たちはそれを押しとどめ、
こうしてあのすばらしいリートを
破滅から救ったのです。」
(「友人たちの回想」(石井富士夫訳))

彼は、誇らしげに、
この歌曲の今があるのは、
自分の功績だ、という感じに書いているが、
この歌曲は、作曲家の生前から広く愛唱され、
やがて、このことから、
五重奏曲「ます」が生まれるわけで、
私は、心から、エーブナーに感謝するものである。

この本の注釈には、
「シューベルトの初期リートの
エーブナーならびにシュタードラーの写譜は、
彼の作品全集の重要な典拠であった」ともある。

エーブナーが自覚していた以上に、
シューベルトの研究家は、
彼に感謝しているようである。

シュタードラーは、シュタイアーの地で、
五重奏曲「ます」が、
生まれる下地を作っているわけだから、
この二人なければ、
初期の歌曲のみならず、
五重奏曲「ます」もなかった、
ということになる。

なお、ここでホルツアプフェルが指摘した、
「コリオラン」序曲に似ている音型とは、
ベートーヴェンの序曲の第52小節に見いだされる、
ということである。

この本の注釈にも、
「両作品とも中声部に用いられているが、
特に変わっているわけではない
三和音の分解である」とあるように、
普通、まったく気づかずに、
聞き流してしまうような音型である。

こんな嫁いびりの姑のような役割を演じた、
ホルツアプフェルという人は、
クラスが1つ上だったということで、
シューベルトとはかなり親しく、
同様に、上述の機会に、
ルーイプに返事を出している。

実際に音楽をやっていた人だったため、
この報告は、エーブナーのものより、
さらに有意義なもので、
寮学校でのオーケストラの創設の経緯、
そこで演奏された曲目の情報もありがたい。

ちなみに、有名なテレーゼ・グロープとの、
シューベルトの初恋についての報告なども、
彼の手記によって読み取れるのである。

寮学校のオーケストラの
チェロ奏者が退学して、
第二ヴァイオリンを弾いていた、
ホルツアプフェルは、
いきなり、チェロを演奏させられることとなったようだ。
このオーケストラは、彼ひとりが、
チェロを受け持つような編成であった。

そして、
「年がら年中ヨーゼフ・ハイドンと
モーツァルトのすべての交響曲、
ベートーヴェンの最初の二曲の交響曲、
更に当時手に入った序曲すべてが、
『コリオラン』と『レオノーレ』を含めて、
定期的に演奏され」と、
そのオーケストラの
レパートリー報告までなされているのである。

つまり、ホルツアプフェルは、
シューベルトを怒鳴りつけるようにからかい、
「コリオラン」のチェロの声部の音型を挙げて、
ばーんと主張するのに、
まさしく相応しい先輩だったわけだ。
クラスは1つ上、とあるが、
実際には、エーブナーと同世代、
1892年の生まれなので、
シューベルトより五つも年長である。

また、おそらく、
この、にわか仕込みのチェロ奏者は、
必死で練習をしたのであろう、
彼は、後年、チェロは「自分の身体の一部」とまで呼ぶ、
名手になっている。

もちろん、これは余技である。
シューベルトの友人たちの多くと同様、
彼は官吏としての道を歩み、
ウィーンの参事官になったからである。

とはいえ、この手記が書かれた時、
彼は、67歳で定年して、
引退していたわけであるが。

「思い出を十分に楽しみたい」
という、
美しい青春のひと時への感謝と、
感慨を込めて、彼の手記は終わっている。

さて、このホルツアプフェルも、
必死に練習したであろう、
「コリオラン」序曲であるが、
ベートーヴェンの序曲の中では、
とりわけ、悲壮感に溢れたものである。

その、いささかヒステリックな楽想によるせいか、
私は、「第九」と一緒に収められた
カラヤンのものを四十年前に聴いて以来、
長い付き合いになるが、
これまで、好きな曲として数えた事がなかった。
最初に聴いた時は、意味ありげに静かに終わる、
気持ち悪い曲として印象に残った。

しかし、この曲は、かなりの人気曲だったようで、
カラヤン以前の、フルトヴェングラーやトスカニーニでも、
それぞれ、沢山の記録を聴き比べることが出来る。

ちなみに、トスカニーニの存在で、
故国に戻ることとなる、
バルビローリが、1937年に、
ニューヨーク・フィルで演奏した、
貴重な演奏も、ダットンからCD化されている。

トスカニーニの指揮する「コリオラン序曲」は、
有名な、戦争開始時、1939年の
「ベートーヴェン・チクルス」でも、
「第5」、「第6」と同じ機会に演奏されていて、
ナクソスのCDなどにも収録されている。

このナクソス・レーベルでは、
この戦前というか戦中のもののみならず、
トスカニーニの戦後の「コリオラン」も聴くことができる。

この戦後すぐの「コリオラン」は、
1989年に出た、諸石幸生著、
「トスカニーニ、その生涯と芸術」の
巻末ディスクグラフィーには
出ていないもので、
1998年のナクソス盤で出た。

1946年のクリスマス・イブに、
かつて、三菱地所が買収して悪名を馳せた、
ニューヨークのロックフェラーセンターで
録音されたものとされている。
ここにどんなホールがあるかは知らないが。

このCDに収録されたものだけだとすると、
少々、バランスの悪いプログラムで、
最初に「コリオラン序曲」、
2曲目にベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第3番」、
最後にヴァーグナーの「ラインの旅」(11分半)が来る。

しかし、これらを収めたCDは、
71分という、かなりの収録時間を誇っている。
実は、ここではさらに、
「コリオラン」のリハーサル、
18分半が最後に収められているのである。

前回、1939年の「第九」のリハーサルで、
チェロ奏者が手を抜いたとかで、
トスカニーニが、怒り狂って出て行ってしまった、
というエピソードを紹介したが、
ここでも、トスカニーニの怒りは激烈である。
これは、単に本で読んだ、という知識でなく、
まるで、その場に居合わせたかのような、
生々しい体験として体感できる。

というか、実際に、このリハーサルで、
この曲を堪能させていただいた、
と言えるほどの充実した内容の音源であり、
まったくもって付録的に聴いて良いものとは思えない。

あたかも、これもまた音楽、
と言わざる得ないような凝集力に満ち、
本番の演奏より聴き終わった後の、
圧倒的感銘は、比類なきものとなっている。

なお、このCDの解説は、
Bill Newmanという人が書いているが、
各曲の紹介のみならず、
このリハーサルの解説までしてくれているのがありがたい。

が、よく見ると、「コリオラン序曲」自身の解説は、
完全にすっ飛ばされている。

仕方なく、先に触れた、
1939年のチクルスで演奏された時の
録音をもとに、ナクソスが出したCDの解説を、
ここではひっくり返してみる。

同じ解説者が書いているので、
同じレーベル、同じ指揮者の、
同じ曲のCDに、これを再録することは、
ためらったのかもしれない。

いきなり出てくるウィリアム・スミスは、
調べると、同姓同名の人がずらりと出てくるが、
イギリスの土木技師でも船乗りでも、
イギリスの天文学者でもバージニア州知事でも、
ボクサーでも競泳選手でもないだろう。

「ウィリアム・スミスは、
『コリオラヌス』の物語は、
『初期ロマン派期の最も美しいもののひとつ』
という意見を述べている。
この英雄は、紀元前439年に
イタリア南部のヴォルスキ族の街、
コリオリを征服した時の勇名によって、
そう名付けられたが、
彼の思いあがりは多くの敵を作り、
追放の有罪判決を受ける。
ヴォルスキ族は、
もう一度、ローマ人と戦うのなら、
加勢すると約束し、
その王は、彼を軍隊の将軍に任命する。
コリオラヌスは多くの戦闘で勝利し、
ローマ近郊のクルリアン防壁にまで侵攻した。
そこに、ローマ人は、彼を懐柔しようと、
要人を送り込むが、彼は動じることはなかった。
今度は、ローマの婦人たちが、
彼の母親、ヴェチュリア、
彼の妻、ヴォルムニアに、
彼の子供二人を連れて、彼を訪問した。
彼女らの啜り泣きは、彼の意志を曲げさせ、
彼は小屋を出て、軍隊を解放させた。
その後、彼は死んだが、
ヴォルスキ族に暗殺されたと信じられている。」

このあたりは、どの解説書にも出ているが、
残念ながら、それが、この序曲とどう関わるのかを、
詳述したものはなく、
ここでも、下記の記載が続くのみなのは残念だ。

「ベートーヴェンはこの序曲を、
ハインリヒ・ヨーゼフ・フォン・コリンの劇のために、
1807年に書いている。」

勝手に妄想すると、
序奏部は、コリオラヌスの憤怒を思わせ、
第1主題は、コリオラヌスの進軍を想起させ、
第2主題は、このローマ夫人たちの懐柔かとも聞こえる。

不遇のままコリオラヌスが死んでしまう悲劇であるから、
憤怒の中、力尽き、死ぬように終わるのであろう。
きわめて、不機嫌な音楽になってもおかしくはない。

マーラーが自らの「第9」を、
チャイコフスキーが「悲愴」に倣って、
死ぬように終わらせたと言われるが、
1807年に、すでにこんな序曲が書かれていたのだ、
と思いめぐらす事もできなくはない。

この序曲のリハーサルの解説も読んで見ると、
いかに、ビル・ニューマン氏が、
この「リハーサル録音」に、
感銘を受けたかを書いていて面白い。

「トスカニーニがオーケストラを前にして行ったもので、
私が生まれて初めて聴いたものが、
このリハーサルで、
1947年に、
ニューヨークのイースト24番ストリートの、
RCAビクター・スタジオで、
リチャード・ガードナーが、
私のために再生してくれた物であった。」

ちなみに、スタジオには、
「彼のスタジオ」と書かれているので、
いかにも、こそこそと、
ここだけの秘密だよ、
みたいな乗りで聴かせてもらった感じがして、
極めて興味深い。

1947年といえば、
実際の収録の翌年であるから、
トスカニーニにバレたら、
ひどい目に会わされそうな気配もある。

「その時、彼が、私のために再生してくれた、
まさしくそのラッカー盤から、
50年後に、このテープへの転写が行われた。」

「私のために」という修飾も、
いかにも秘儀が行われたような気配である。

そして、彼の、この録音から聞き取ったものの、
思いのたけが、以下のように語られる。

「私は、そこから、
トスカニーニに関するすべてを聞き取った。
音楽に生命を与えるために必要な、
オーケストラから活力や、
完全な専心を引き出すための彼の努力の中の、
情熱、献身、巨大なエネルギーや知識、
それは、まるで戦争であった。」

このような解説は、何の偽りもない、
直接的な感情をそのまま伝え、
私の心を熱くする。

この人にしか書けない貴重な解説である、
とも言えるだろう。

「彼が、『Sec!Sec!(Dry!Dry!)』
と叫んでいるのが聞こえるだろうが、
彼は、この序曲で求められるのに、
十分な正確さで、
オーケストラが和音に入るように求めている。」

私は、この言葉から、
そんな要求を読み取るべきだとは分からなかった。

「彼は、音を、ピストルの一撃、
または、鞭の一打ちのようにしたかったが、
全体に、このような乾いた響きを求めたのではなく、
情熱と専心を求めている。
『自分たちのすべてを出し切るんだ』と、
コントラバスに叫んでいる。
『私は持っているすべてを与えているんだ。』
これこそ、トスカニーニのダイナミックで、
輝かしい音楽作りの才能の、
すべての要素を集約した秘訣の核心である。」

私は、下記の一文を読んで、
いったい、このビル・ニューマンは、
いかなる特権で、ビクター・スタジオに、
入り込んだものであろうか、と混乱した。

「15歳の少年だった私は、
これらのディスクで聴いたような情熱、
このような蛮行、積極的な苦行への参加、
自己犠牲にこれまで遭遇したことがなかった。
私は、それが美しいと知っただけで、
泣いたのではなかった。
そればかりでなく、それは真実であり、
私は、この渇望を、
自分自身に対しても、他の人に対しても、
どう言っていいか分からなかったが、
自分自身の人生においても、
これらの要素があることを願った。」

ということで、ビル少年のように、
トスカニーニのリハーサルは、
単に、こんな練習をしていたんだなあ、
という、記録を越えて、
聴くものに迫る、
イニシエーションの場となっている。

「この50年、音楽家や、
ある種の選ばれた人だけが、
このノイズの多いディスクのダビングを聴くために、
ラウド・スピーカーの前に集まった。
音響的には、まったくお粗末なものだが、
感情と信念に関しては、高忠実性があり、
私のように、音楽と関係のない点でも、
多くの人々がインスパイアされ、
影響を受けてきた。」

ということで、
リーダーとは何か、とか、
私が聴いたように、
ビジネス書を読んでいるような
感覚を感じる人もいるだろう。

「NBC交響楽団にいた何人かの音楽家たちは、
最大の音楽体験として思い出すのは、
トスカニーニとのリハーサルだと言っているらしい。
そこで、彼らは、単なる音楽の仲介者ではなく、
彼ら自身のために演奏をした。
リハーサルで学び、感じた事を、
思い出していたコンサートではなく、
この録音にあるように、
リハーサルでこそ、最高の演奏が繰り広げられていた。
あなたの御経験を思い起こしてみても、
ここに聴く『コリオラン序曲』のような、
トスカニーニの演奏会や放送があっただろうか。」

何と言うことであろうか。
我々は、コンサートでは、
最高の演奏をしたリハーサルの、
おこぼれのようなものを聴いていただけ、
と言うことになる。

「この録音は、トスカニーニ用に作られた、
78回転のテスト盤や、
NBCのラッカー盤からのテープに由来し、
これは、マエストロから、
彼のお気に入りのRCAビクターの
サウンド・エンジニア、エディターだった、
リチャード・ガードナーに送られたものである。
ガードナーについての詳しい事は、
『トスカニーニの放送遺産』
(リチャード・カニエル著1995年)
という本で知ることができる。
ガードナーはこれらの録音を、
1949年から1983年の間に、
カニエルに贈っている。」

ちなみに、このカニエルは、
これらナクソスのトスカニーニ・シリーズでは、
アーカイヴィスト、復刻プロデューサーとして、
名前を連ねているから、
うまい具合に関係者の宣伝になっている。

では、このCDでリハーサル部を聴いて行こう。

いきなりトスカニーニが手で拍子をとりながら、
第1主題の後半に活力を与えようとしている。
しかも、ここは、低音部なので、
耳に訴えるメロディではなく、
完全な隠し味のような部分である。

まさしく、最初から、音楽の真髄を聴くような感じ。
このように土台に活力がないと、
第1主題も生きないということであろう。

低音弦がそれを反復、
第1主題を再度繰り返し、
最初は不安感ばかりである主題に、
力強い意志のようなものが加わる。

すぐに、トスカニーニは中断して、
曲の冒頭から開始するが、
トスカニーニの入魂の叫び声が、
ソロ楽器のように響き渡り、
渾然一体となった、火の玉のような演奏となる。
冒頭から、Sec、Secが叫ばれている。

3分経過のあたりでは、
第2主題に入る前の部分からの演奏が再開。
ここでも、第2主題の後半で、
トスカニーニの唸り声で、
音楽は高潮していく。

まさしく本番以上に張り詰めた雰囲気で、
音楽で血管が膨れ上がっているようである。

5分を経過すると、
コリオランの快進撃のような部分が、
練習の対象となる。
かなり弦は同じ音型をくり返すだけのような部分で、
まったくもって、だらけそうな部分だが、
7分あたりでトスカニーニの要求が入る。

これで、快進撃は、敵の抵抗を受けながら、
それを押し返すようなドラマとなり、
悲鳴のように高鳴る音形には、
乾いたリズム感が要求されて、
メリハリが与えられていく。

8分41秒あたりでは、すこし、
ディスクが変わったような不連続感があるが、
一応、続いているようだ。

だん、と打ち付ける部分は、
トスカニーニは、神経質なまでに精度を要求している。

12分30秒くらいで、
最後のピッチカートまで弾き終わっているが、
13分前後から、細かい指示が出て、
再度、第2主題再現からやり直しとなる。

14分半あたりから、
トスカニーニの怒りがさく裂しているが、
楽譜をばんばん叩きながらで、
かなり暴力的である。
14分46秒で、
「Give all yourself!」が、
14分53秒で、
「I give everythig I have!」
が出ているのであろうか。

これは、解説にもあったように、
全力を出せと言うコントラバスへの要求である。

しかし、その後は、すぐに気分を変えて、
音楽を開始させ、かなりさっぱりした対応である。
「第九」の練習では、帰ってしまったとあったので、
もっと、ねちねち言うのかと思ったが、
かなり、好感度は高い。

15分からは、第2主題部再現以降の、
トスカニーニの肉声ソロ入りの
スペシャル・コリオランとなる。

このように、シューベルトが「ます」で、
参考にしたのかしていないのか分からないが、
第2主題の低音部も、何度も聴けて、
この音型を繰り返し聴き直すことが出来る。

この部分、聴いて明らかだが、
コントラバスは生き生きと動きだし、
冒頭和音の繰り返しとなる音形も、
びしっと決まっているようである。

ティンパニの一打ごとに、
トスカニーニは、
「そーりゃあ、どん」という感じで興奮している。
ティンパニは、彼の入魂ポイントのようである。

こうして、16分半には、2度目の終結となるが、
まだ、微調整が必要と考えたのか、
終結部の呟きのような部分をくり返させている。

この意味有り気な終結にも、
ドラマを与えようとしているようだ。

17分40秒からは、
再び、第2主題部分の練習が始まる。

このように、トスカニーニは、
音の活力や、要所要所の引き締め、
各奏者にも、いろいろ考えて動け、
と言ってるように感じられる。

楽譜に書いてあるだけを弾くレベルなど、
一緒に超越せよと、
楽団員にも要求しているようだ。

「第9」で、チェロ奏者が怒られた、
というのもうなづけるものがある。
しかし、団員も、常に常に、
このような緊張感を維持するのは大変であろう。

泣く子も黙る激烈さの
トスカニーニのリハーサルは
非常に有名であるが、
NBCの面々も、
ちょっとは改善されていったのだろうか。

1939年にチクルスでやって、
経験済みの楽曲だと思うが、
7年経って、同じことを言われているのか。
すっかり忘れてしまったのか、
楽団員が入れ替わったのか、
毎回、トスカニーニが言うことが違うのか、
つくづく、コミュニケーションの困難さを痛感する。

では、CD冒頭に収められた、
この曲の本番であるが、
このリハーサルの経験は生かされているだろうか。

冒頭、和音の切れは悪くない。
第1主題の後半、ここは、ちょっと印象が後退した。
第2主題の後半の高揚感、これは悪くないが、
トスカニーニの唸り声を入れたい感じがする。
快進撃の部分、もっとSec、Secと言っても良い。
やや、せかされている感じもするが、
低音弦の活躍もあって、緊張感は悪くない。
最後のコントラバスのぎこぎこは、
録音環境が変わったせいであろうか、
本番では忘れられた感じで、いささか迫力がない。

このCDには、他に、英国の至宝、
マイラ・ヘスの独奏など、聴きどころが多いが、
今回は、字数が尽きた。
が、こうやって、
トスカニーニのこだわりポイントを聴いた後では、
序曲と同じ調性を持つ、劇的な、
この協奏曲のバックを務めるオーケストラが、
どんなことを要求されたか、何となく分かるような気がする。
マイラ・ヘスのピアノも、何となく、トスカニーニ的に、
明晰で集中力に富み、多彩な表現で劇的なものに聞こえる。
拍手もすごい。

また、ヴァーグナーの「ラインの旅」も、
メロディが、ぴちっとはち切れんばかりで、
素晴らしい吸引力で、聴くものをラインに誘う。

得られた事:「トスカニーニのリハーサルは、全身全霊で音楽に向き合うためのイニシエーションの場で、各楽想に活力を与えつつ、団員個々の存在価値を再認識させるものであった。」
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by franz310 | 2014-08-10 16:17 | 古典
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