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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その396

b0083728_23132535.jpg「個人的経験」
ナチスの政策に対し、
激しい抵抗感を覚えた
トスカニーニは、
ヒトラーに対して
公開質問状で抗議したという。
その記事が出た日のコンサートでは、
ニューヨークの聴衆に、
スタンディング・オベーションで
歓迎されたらしい。
このような状況下で、
どのような壮絶な演奏がなされたか、
とても興味が湧いてくる。


が、この日演奏された、
「エロイカ」の録音はないようだ。
そもそも、この時期、トスカニーニは、
完全に録音技術に対して不信感を持っており、
レコード会社には、録音したものを捨てるよう、
指示したこともあったという。

が、奇跡的に、といっても良い状況で、
同じこの1933年、1週間後の4月9日の
同じベートーヴェンが残されている。

例の公開質問状が新聞に出た翌週のコンサートである。
このような展開を見ると、
戦争を前にした危機的状況が、
技術革新を推進したような感じにも取れる。
トスカニーニの演奏は、
何としても、この時代に聴かれなければならない、
そんな高揚感が、
エンジニアたちにもあったのではないだろうか。

今回の、このNAXOSレーベルのCDには、
4月4日の録音と書いてあるが、
日本語の帯には、英文の表記は間違っています、
と注意喚起がなされている。

しかし、それ以上に、許し難いのは、
このCDの手抜き表紙デザインで、
何故、このような写真を使う必要があったかと思うほど、
不気味な陰影の老醜をさらすマエストロが写っている。
トスカニーニの事を知らない人は、
むしろ買ってくれるな、
と言わんばかりの、いやなデザインである。
ナチスにNoを突きつけた英雄の演奏を、
飾るにふさわしい表紙ではない。

が、ここには、1942年、
まだ、バルビローリがいた時代に、
トスカニーニがニューヨーク・フィルを振ったという、
珍しい時期の録音で、
ベートーヴェンの「三重協奏曲」が収められている。
(この日は、ニューヨーク・フィル創立100年の
特別コンサートの一環で、他に「第7」が演奏された。)

なお、パールのCDは、
丁寧なリマスター技術で知られる、
マーク・オバート=ソーンが復刻したが、
このナクソスのCDは、
プリズム・サウンドSNSプロセスとか言う別方式で、
リマスタリングされているようだ。

Restoration、Richard Caniellとある。
この人の名前でネット検索すると、
GuildやNaxosの大量の復刻CDが出てくるが、
元RCAビクターの社員として、
トスカニーニの演奏に立ち会った人のようだ。

解説には、こうある。
「このトスカニーニ・コンサート・エディションは、
RCAビクターの社員で、
この指揮者お気に入りの音響技術者で編集者であった、
リチャード・ガードナー(Gardner)が集めた、
マエストロ、アルトゥーロ・トスカニーニ
の指揮による演奏からなる。
ガードナーは後に、
リチャード・カニエル(Caniell)が受け継ぐ、
不滅の演奏協会の記録を、
ワルター・トスカニーニから受け継いだ。
それらの第一弾は、
ベートーヴェン『コリオラン序曲』の
トスカニーニによるリハーサルの
アセテートコピー盤である。
1948年からガードナーは、
リチャード・カニエルにテスト・プレスや、
テープを託していたが、
1965年、彼のコレクションの一部が、
そして、1983年に癌の宣告を受けてからは、
残りも託すこととなった。
このトスカニーニ・コンサート・エディションに
含まれる作品は、彼があまり演奏しなかったものや、
良く知られたものながら、
RCAビクターから出されたものより、
すぐれた放送用録音で、
これらを聴く機会を提供するものである。
この全プロジェクトは、リチャード・ガードナー、
それから、リチャード・カニエルといった、
トスカニーニや、その伝説的な演奏に、
どっぷりと浸かった、
所縁の深い人たちの御恩によるもので、
前者はプロとしての実力があり、
後者はガードナーの思い出によって、
その音楽経験が磨かれた熱狂家であった。
これら伝説は、さらに広く聴衆に受け渡され、
70年にわたるキャリアを持つ
最大の指揮者であり音楽家の仕事を、
聴くことが出来るのである。」

こんな風に、このCDの音源が、
かなり貴重な大指揮者所縁のものであることが、
これでもかこれでもかと書かれている。

それにしても、こうした、昔取った杵柄みたいな、
箔の付け方は、どこまで信用して良いのだろうか、
もし、リチャード・ガードナー氏が、
主観を入れてトスカニーニの音楽と向き合っていたら、
この復刻でも、トスカニーニ本人の美学ではなく、
ガードナー氏の好みが、
いくばくか反映された再生音になるような気がする。

それにしても、こうした指揮者所縁の人が監修しているのに、
トスカニーニ本人の事については、
ほとんどこのCDには書かれていない。

ただ、この復刻技術については、
いろんな事が書かれている。
わざわざ解説の最後には、
こんな囲み記事がある。

「これらのCDの音質は、
2つのCEDARプロセスを使って復刻された。
大英図書館ナショナル・サウンド・アーカイブ
による研究資金によって、
ケンブリッジ大学によって推進されたもので、
クリック音やパチパチ音など不要な欠点を、
音響信号より取り除くものである。
これらの問題が正しく特定され、
ひとたび除去されると、
オリジナルの音質は、パワフルで洗練された、
ディジタル的な補間によって復元可能となる。
この結果、これら年代ものの録音につきものな、
スクラッチやサーフェス・ノイズがほとんどない、
より高度な音質の音声信号が再現される。」

ほとんど、おまじないのような言葉の羅列だが、
「補間処理」がポイントだということが良く分かった。

それにしても、ここに収められている三重協奏曲の方は、
トスカニーニがニューヨーク・フィルを離れて、
久しぶりに、記念行事でこのオーケストラを振った、
歴史的な記録なので、何か一言欲しいような気がする。

協奏曲の独奏を務めるピアストロは、
当時のコンサートマスターだし、
ヨーゼフ・シュースターは、
ベルリン・フィルから移籍した首席チェロ、
まことに堂々とした演奏を繰り広げている。

また、アニア・ドルフマンは、
トスカニーニがかわいがった女流ピアニストである。
ここでは、おっさんに囲まれて、少々、存在感がないが。

ちなみに、この3人の記事は、こうなっている。
「ミシェル・ピアストロは、
1891年、クリミアのKertzの街で生まれ、
レオポルド・アウアーの門下であった、
父親から最初のヴァイオリンのレッスンを受けた。
彼自身も、聖ペテルスブルクで、
ハイフェッツ、エルマン、ジンバリストらと共に、
同じアウアーのクラスで学んでいる。
1910年、音楽院を出るにあたって、
クーセヴィツキーが創設したオーケストラの、
独奏者として雇われ、
革命以前は、幅広く楽旅を行った。
1920年に彼は合衆国に渡り、
その年にデビューを飾り、
1921年には、リヒャルト・シュトラウスと、
国中を演奏旅行した。
1925年、サンフランシスコ交響楽団の
コンサートマスターになり、
6年後には、トスカニーニに招かれ、
ニューヨーク・フィルの同じポストに就いた。
トスカニーニの引退後もオーケストラに在籍したが、
独奏者としても、リサイタルでも国際的な名声を博した。」

ニューヨーク・フィルとひとくくりに言っても、
こうして、トスカニーニの子飼いのような人が、
中枢を占めていたわけだ。

チェロのシュースターはどうだろう。
「チェリストのヨーゼフ・シュースターは、
ロシア人の両親のもと、
1905年、イスタンブールに生まれ、
チェロのみならずバラライカの演奏で、
その地で、神童として最初のコンサートを開いた。
1915年、グラズノフに認められ、
聖ペテルスブルクの音楽院に入学し、
そこで、1917年の革命まで、
ヨーゼフ・プレスのもとで学んだ。
ベルリンの音楽高等学院に移り、
シュースターは、最終的に、
フルトヴェングラーに見いだされ、
ベルリン・フィルの首席チェロ奏者として採用され、
そこで5年勤めた。
1934年、第三帝国の人種政策から、
彼はアメリカに移住し、
ハイフェッツとの弦楽四重奏でデビューした。
その二年後、彼はニューヨーク・フィルの首席となったが、
アルトゥール・シュナーベルの姪にあたる妻と一緒に、
独奏者、リサイタル奏者としてニューヨークで活動した。」

この人は、トスカニーニが
辞任した年の採用のようで、
どれぐらいシンパかは分からない。

アニア・ドルフマンは、他にもたくさん、
トスカニーニとの共演が残っている。

「ピアニストのアニア・ドルフマンは、
オデッサに生まれ、
パリ音楽院でイシドーア・フィリップの生徒となったが、
14歳の時に、革命の混乱下のロシアに戻った。
彼女は後に、フランスや全欧で名声を確立した。
彼女は、1936年、ニューヨークでアメリカ・デビューし、
トスカニーニとNBC交響楽団と共演したことで知られる。」

この豪華な独奏者たちによる、
この「トリプル・コンチェルト」の演奏は、
トスカニーニも興が乗っていたようで、
唸り声を上げて、オーケストラを雄弁にドライブしている。

しかし、プライヴェート録音とあるだけあって、
33年の「運命」と比べてもノイズは酷い。
が、意外にも、特に独奏弦楽器の存在感は、
しっかりしていて、音色も深々と捉えられている。
ノイズの雨の中、鑑賞には耐える点は評価できる。
これは、かなり引き込まれる演奏だと言って良い。

ニューヨーク・フィルも、
久しぶりに迎えた、かつてのボスを歓迎し、
熱演を繰り広げていて集中力も高い。

ニューヨーク・フィルは、バルビローリの時代、
トスカニーニ率いるNBC交響楽団から、
激しいチャレンジを受けたが、
そうした確執のわだかまりはなかったのだろうか。

第2楽章での独奏楽器の対話も濃厚で、
どうして、この曲が、駄作などと呼ばれていたのか、
理解不可能な内容となっている。

トスカニーニは、この音楽祭で、
ミサ・ソレムニスを皮切りに、
ベートーヴェンの交響曲も全曲振ったはずだが、
これらの録音が残っているとは聴いたことがない。

NBC交響楽団との1939年のチクルスが、
名演の誉れ高いだけに、
ニューヨーク・フィルとの同時期の演奏は、
さぞかし、充実したものであったことだろう。
そんな中、このトリプル・コンチェルトの録音が聴けることは、
ものすごく幸福な事を考えて良いのではないか。

このCDの解説は、しかし、トスカニーニの事よりも、
楽曲解説(ビル・ニューマン)と、
何故か独奏者たち(解説者不詳)、
先に書きだしたような、
リマスタリング技術に関する記述(解説者不詳)に、
重きをおいており、
トスカニーニの事をもっと知るには、
パール盤の解説を見た方が良い。

マーク・オバート=ソーンは、
PearlのCD3枚組で、
反対に、期待通りの丁寧な解説も手掛け、
トスカニーニ本人の事以外に、
この頃の業界動向までを、
かなり詳しく解説してくれている。

先の、4月2日の「エロイカ」を聴いて、
レコード会社の技術陣は
奮起したのであろうか、
翌週4月9日の「第5」は、
どうしても録ってやろうと挑戦したようだ。

「一週間後、RCAビクターは、
この演奏会チクルスの次の機会、
ベートーヴェンの『田園』
(この曲のマスターは失われて久しい)と、
『第5』を録音するため、
ホールの中にマイクロフォンを設置した。」

今回聴く「第5」の充実を思うと、
この「田園」が聴けないのは非常に残念である。
「第5」は、いろんな人が復刻して、
年季が入っているのか、本当に、録音に不満がない。

が、このオバート=ソーンの記述の面白いのは、
次のようなエピソードに飛ぶあたりである。

「この会社が、マエストロの
『ライヴ』録音をしようとしたのは、
これが初めてのことではなかった。
The Fabulous photographの中で、
ローランド・ジェラットは、
今では有名になった、
1931年3月4日に、ビクターが、『第5』の
トスカニーニ/フィルハーモニック・コンサートを
記録しようとした顛末を語っている。
(1977年、Macmillanの第2版P271)
『二つの録音機を用い、
4分ごとにそれぞれを切り替えて、
技術者たちは、一小節も漏らすことなく、
全作品をワックスの上に留めることが出来た。
トスカニーニは、RCAビクターが、
この録音のテスト・プレスを聴かせ、
驚かせるまで、何も知らなかった。
それを聴いた時、
それは救いがたい酷さで、
ただちにマスターを破棄せよを主張した。』
録音そのものは、
マエストロを驚かせたかもしれず、
彼がそれを破棄せよと言ったこともあり得るが、
他の文献によると、修正を求めたともある。
実際、この作品は、3月4日と6日の、
2回の演奏から採られており、
ここに聞く1933年のバージョン同様、
コンサートは、RCAのニューヨーク・スタジオまで、
有線で中継されていて、
ここでフィルムに記録され、
78回転の原盤に落とされた。
トスカニーニが発表を禁じたとはいえ、
マスターは保存され、現存している。
1931年の『第5』のテスト・プレスは、
気力のない、ふらふらしたアンサンブルで損なわれ、
かなりぼやけた音で再現された、
特徴のない演奏である。」

ということで、私は、この時代、
4分くらいしか録音できなかったはずなのに、
当時の技術者が、どうやって苦労して取り組み、
レコードが出来て行ったかを知ることが出来た。

このワックスというものは、
「証言 日本洋楽レコード史」(音楽の友社)などで、
いかに扱いが難しいものであったかが、
よく書かれている。
音の振動を刻み込むために、
蜜蝋に松脂を混ぜたもので、
松脂の量によって硬さが変わって来るので、
夏と冬で量を変えていたとか、
カッティングの最中に状態が変わってしまった
というトラブルもあったようだ。

また、このカッティングを行うカッターも、
サファイア性で、録音対象の特性によって、
いろいろ調整などが大変だったとある。
回転数の調整なども、恐ろしく困難を極めたらしい。

とにかく、NAXOSが、リチャード・カニエルという、
トスカニーニの音を聴いた人の耳に頼ったのに対し、
Pearlのマーク・オバート=ソーンは、
あくまでエンジニアの仕事という感じがする。
「文系」対「理系」のリマスタリング勝負、
みたいな感じがしないでもない。
あるいは、心象と科学の戦いのようなイメージがある。

さて、そのオバート=ソーンの解説を、
さらに読み進んでみよう。
これを読むと、このエンジニアが、
非常に、この録音に入れ込んでいて、
演奏にも惚れ込んでいることが分かって気持ちが良い。

「1933年の録音は、
しかし、まったく異なるレベルにある。
(残っているエアチェックや録音と照らしあわせてみても)
トスカニーニは推進力と豊かさのバランスを取って、
同曲でも無比の演奏を行っている。
同様に特筆すべきは、トスカニーニが、
まだ、修辞学的なタッチを、
当時はまだ、その芸術に残していた事である。
批評家のウィリアム・ヤングレンは、
第1楽章の210小節からffのパッセージで、
木管の合奏のエコーが、
ニキシュやそれ以前に遡るであろう、
リタルランドをしていることを指摘している。」

この部分は、気配を伺うような、
いかにも時代がかった演出かもしれないが、
これはこれで劇的である。

「さらに、第4楽章の最初を導くクレッシェンドは、
破裂寸前まで抑えられ、
我慢しきれない集中となって、
いっそう息を飲むような、
第4楽章の主題の導入となっている。
おそらく。これらは、
聴衆のノイズを拾わないようにした、
近接マイク方式のようなもので捕えられた、
強烈なインパクトと存在感の音である。
RCAビクターは、これを9面に配分し、
驚くべき演奏の配布を認めると確信していた。
しかし、またも同意はさらにお預けとなった。
マエストロのレコード製作に関する、
グラモフォン社のフレッド・ガイズベルクから
HMVへの問い合わせに対し、
RCAのA&R担当、チャールズ・オコネルは、
彼を思いとどまらせようとしている。
『我々のトスカニーニに対する2度にわたる対応は、
彼をもう録音することはもうたくさんという感じで、
さらに言えば、これらの試みで1万ドル相当が消えています。
こんな風に、我々のこの方向の野心はすっかり冷めました。』
(1987年のEMIのトスカニーニ/BBCの『海』、
『エニグマ変奏曲』のLP再発売時の
トニー・ハリソンの解説による。)
この指揮者の、
フィルハーモニックの音楽監督としての
最後のシーズン、
1936年2月まで待つ必要があったが、
幸い、二人のプロデューサーも指揮者も
その態度を変えた。」

このように、最初は、発売が認められなかった、
「第5」は、こうして発売される方向になったようだが、
状況がすぐに好転したわけではない。

先に紹介した、「日本洋楽レコード史」によると、
1936年にベートーヴェンの「第7」、
翌年、ワーグナーの管弦楽曲集、
翌々年にはBBCとの「田園」のみならず、
NBCとの録音が発売され始め(ハイドンの「V字」)、
何と、1939年(昭和14年)の、
特筆すべき話題として、
トスカニーニ、NBCの「運命」が、
「5万セット売れた」という事件が語られている。

先のニューヨーク・フィルの「第5」は、
9面にカットされていたとあったが、
これは4枚組と書かれている。

「15円もした」とあるが、
コーヒー一杯15銭とあり、
コーヒー代の100倍だったということが分かる。
500円のコーヒーとすれば5万円ということになる。

おそるべき日本人のクラシック音楽需要、
というべきだろうか、
ここでは、それについてはあえて深追いせず、
こうして、ニューヨーク・フィルの「運命」は、
お蔵入りになった、と考えるべきだろう。

この39年のスタジオ録音のNBCとの「運命」は、
「第8番」や放送録音の「エグモント序曲」と組み合わされ、
何度も日本でもCDで発売されたので、
多くの人が、今日でも愛聴しているものと思われる。

が、今回聴いた、1933年の「運命」は、
私には、ずっと好ましい鑑賞対象だと思われる。

たとえば、第2楽章の後半なども、
大見得を切ったような演出が雄渾であるが、
リタルダンドは、この美しい楽章の、
名残惜しい感じを出すように、
随所で聴くことが出来る。

このような躊躇いが、
トスカニーニの音楽で語られがちな、
直情径行的な先入観を取り去ってくれる。
あるいは、この指揮者が、
後述のように、発売を認めなかった理由は、
こんな迷いのような一瞬が見られるからであろうか。

第3楽章なども、緊迫感と共に、
焦燥感も漂わせ、人間的な感じがして、
下記のような、ありがちな演出が凝らされているのに、
何度でも聞き直せる、嫌みのない自然さがある。

私は、1939年のスタジオ録音の、
自信に満ちた「運命」では、
もう分かった、といった、
押しつけがましい感じあるが、
(第1楽章の提示部反復があるからだろうか)
この33年の演奏は、録音が悪いせいもあるのか、
柔らかく、飽きが来ないのである。

パールのCDには、29年録音の、
グルックの「精霊の踊り」が、
「運命」の前に収められているが、
これがまた、トスカニーニって、
こんな人だったっけ?
と思わせる精妙な音楽になっている。

さて、ナクソスのリチャード・カニエルと、
パールのマーク・オバート=ソーンの復刻対決であるが、
カニエルの方がノイズのざらつきを出してでも、
力感を押し出して、いかにもこの時代のアメリカ風、
オバート=ソーンの方は、もうすこし線が細いが、
さわやかな感じがする。

後年のNBCのスタジオ録音が嫌で、
ここにトスカニーニを聴きに来た私としては、
オバート=ソーンの方が目的に合致している。

が、そんなに大きな差異はない感じ。

では、解説の続きを読もう。
ただし、以下は、パールのCDに入っている、
ワーグナーについての話になる。

「さらに正式な録音セッションで、
マエストロは再びマイクの前に立った。
レパートリーは、彼の好きなワーグナーで、
力強い『ラインへの旅』。
1895年、『神々の黄昏』の
イタリア初演を行った指揮者にとって、
長らく親しんだワーグナーの音が、
レコード溝からほとばしり出た。
『ローエングリン』のきらきらとした
第1幕の前奏曲が、
特にエネルギーいっぱいの
第3幕の前奏曲(これらは、
2ヶ月後に取り直されたが)
6年前に友人であり、この曲を捧げられた
作曲家の息子を偲んでバイロイトでも演奏した
優しい『ジークフリート牧歌』
と組み合された。
『Musical Masterpiece』は記しても、
アルバムのカバーには演奏者名は記さない、
通常の方針から離れて、
ビクターは、『ワーグナー・コレクション』に、
『トスカニーニによる傑出した指揮による』と明記した。
あらゆるレコード愛好家にとって、
巨匠が帰って来た。
そして今、このCDによる再発売によって、
記録された彼の最も輝かしい到達点は、
もはや忘れらることはない。」

この36年の一連のワーグナーが、
パールのCDでは、「運命」の後に収められている。

SP時代の日本人が見たら、
卒倒しそうな名曲集である。

これらも、爽やかな風通しが良い音楽で、
ワーグナーなのに、嫌みな威圧感がない。
雄渾な「ジークフリートのラインへの旅」でも、
さっそうと行く若者が感じたであろう、
新鮮な大気の感覚があり、
極めて豊かな情感に富んでいる。

胸が弾むような、真実味があって、
丁寧に演奏されており、
トスカニーニが愛したワーグナーの真髄が、
これらの録音群には詰まっている。

「ローエングリン」の第1幕への前奏曲も、
響きも呼吸も清純そのもので、
「運命」でも書いたことだが、
まったく飽きが来ない。
何度も聞き直して聴き惚れられる。

トスカニーニは、息を潜めて、
慈しむように演奏している。

第3幕の前奏曲では、
トスカニーニの唸り声が聞こえ、
オーケストラを鼓舞し、
高らかに、気高い感じを、
ごく自然に、すっと引き出している。

また、こよなき愛しさに響くのが、
最後に収められた、
「ジークフリート牧歌」である。

全てのフレーズに微笑みと幸福があり、
冷徹無血と思われていた、
トスカニーニ本来の目指す世界が、
実は、このような豊かさを持っていたと、
これまで知らなかったのが恥ずかしくなる。

音楽そのものが、
秘めやかな佇まいで恥じらい、
聴くものは、思わず、こちらから、
足を運ばずにはいられなくなるような雰囲気。

こうした演奏は、やはり、老舗、ニューヨーク・フィル
(フィルハーモニック=シンフォニー
オーケストラ・オブ・ニューヨーク)
の気品あるサウンドを前提にしたものなのかもしれない。

得られた事:「1933年のトスカニーニの『運命』、録音のせいか威圧的でなく、まさしく古典的にすっきりと美しい。」
「ナチス政権への批判活動で、トスカニーニの演奏が聴衆に支持されたのをきっかけで、技師たちの録音チャレンジが再開。」
「リチャード・カニエルと、マーク・オバート=ソーンの復刻対決、私は後者を取る。」
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by franz310 | 2013-12-22 23:14 | 古典
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