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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その374

b0083728_23205584.jpg個人的経験:
もう、復活祭も過ぎてしまい、
花もすっかり散ってしまったが、
低気圧の影響とかで、
まだ、3月並みの冷え込みである。
朝夕の冷え込みは
マフラーがほしいほどである。
そんな具合なので、
復活祭前の聖週間に歌われる、
テネブレの鑑賞をしていても、
別に許されるような気がする。


今日なども、夜になると、床が冷たくて、
足がどんどん冷えてくる感じである。
イースターの気分ではまったくない。

さて、ここのところ、
こうした冷たい空気に相応しい、
復活祭前の音楽として、
クープランの美しい
「ルソン・ド・テネブレ」
に耳を澄ませて来た。

日本の古楽唱法の期待の星、
新久美(指揮、大橋敏成)のものや、
クリスティが監修したものを聴いたが、
清潔に歌いきるか、
エレミアの嘆きの感情を込めるかで、
かなり曲のイメージも変わるものだと認識した。

これらは、20世紀末、
日本からの解釈提案に対し、
欧米の第一人者クリスティが、
返歌を返したような一対となっていて、
非常に興味深い比較が出来た。

今回聴くテネブレは、
それらより40年ほど前の、
古典的録音と言えるかもしれない。

前回聴いたクリスティ盤同様、
フランスの誇るエラート・レーベルのもの、
ローランス・ブーレイ指揮とあるが、
ロランス・ブレーと書く人もあるようだ。

ステレオ芸術別冊、
「クラシック廉価盤全カタログ’82」
にも、この演奏は取り上げられていて、
少なくとも、LP時代から、
この美しい音楽は、
日本で聴かれていた事がわかる。

しかし、
「曲も珍しく、聴く機会の少ないものだけに
ファンには喜ばれるであろう」
などと書かれている事からして、
つい、30年前までは、
知られざる名曲みたいな感じだったと、
考えても良いのかもしれない。

表紙には、二人の尼僧が向かい合っている、
奇妙な絵が採用されているが、
これは、よくCDの表紙には現れるもので、
海外では有名な作品のようである。

このCDでは、左の年配の尼僧の左横に、
年号「1662」とか、
「CATHARINA」とか、
何やら怪しげに書き込まれた
謎の文章の単語が何とか読み取れ、
これで検索すると、今回、ようやく、
絵の出典を突き止めることが出来た。

ルーヴル美術館にある、
バロック期フランスの画家、
フィリップ・ド・シャンパーニュ
(1602-1674)の、
『1662年の奉納画』というものだそうだ。

年配の婦人は、ポール・ロワイヤル修道院の、
カトリーヌ=アニェス・アルノー院長らしい。

ここで、右側の女性、
つまり、シャンパーニュの娘の病気が、
奇跡的に治ったということで、
この絵が描かれたのである。

正式名称は、
「女子修道院長アトリーヌ・アニュス・アルノーと
画家の娘の修道女カトリーヌ・ド・サント・スザンヌ」
というものだそうで、
確かに、娘の表情は穏やかであるが、うつろで、
足も硬直しているのか、台座の上に乗せられており、
病気の重さが、読み取れるようである。

クープランは、1668年の生まれであるから、
この1662年の奇跡の後に生まれている。

時代的には、すこしずれているが、
クープランのテネブレが歌われたような、
当時のフランスの修道院の雰囲気を示して、
貴重な作品なのであろう。

なお、このCDで指揮を受け持っている、
ブーレイ(ブレー)と言えば、
鍵盤楽器奏者として、
仏エラート・レーベルでよく見る名前であった。

一番、日本で売れたCDは、
エラートから出ていた、
「鍵盤楽器の歴史的名器」というレコードであろう。

上記雑誌別冊の解説にも、
「クープランの器楽作品の演奏、
研究にかけては世界的権威である
ブーレイが、楽譜のリアリゼーションをし、
指揮したもので、
この曲の模範的なものと言える」
と書かれている。

なお、ブーレイは1988年に、
この曲集を再録音しているようだが、
私は聞いたことがない。

この旧盤は、モノラル録音のようだが、
鑑賞に差し障るような事はなく、
1950年代という時代にも、
何やら今はなき魅力を感じるので、
私は、特に新盤を聴きたいとは思わない。

改めて検索すると、
このブーレイという人は1925年生まれ。
パリ音楽院で学んだ女性音楽学者で、
クラブサン奏者。
2007年に亡くなっているようだ。

これまで聞いたCDは、
すべて、オリジナル通り、
ソプラノによる歌唱であったが、
クリスティ盤の解説に、この曲は、
クープラン自身、どの音域で歌っても良い、
まえがきにと書いているとあった。

この古典的名盤においては、
何と、ジャニーヌ・コラールというアルトが
第1ルソンと、第2ルソンを歌っている。

二重唱の第3ルソンでは、
ナディーヌ・ソートゥローというソプラノが入る。
この二人の歌手が何者かはよく分からない。
クリスティ盤のダヌマンなどが、
ヴィヴラートで激しい感情の揺れを描いていたほどには、
声を震わせず、すっきりと歌っている。

さらに、大橋盤では、ポジティブ・オルガンと、
ガンバの伴奏だったのに対し、
クリスティ盤はチェンバロとガンバだったが、
ここでは、大オルガンが、
伴奏(ノエリー・ピエロン)を務めている。

このオルガン、あたかも盛期ロマン派、
サン=サーンスのオルガン交響曲のように、
時に華やかに、時に壮大に鳴り響き、
ものすごい迫力である。

第3テネブレに至っては、
ヴァーグナー並みの陶酔の二重唱として高まって行く。
それでなくても、この第3テネブレでは、
音域も異なる女声が濃密な対話を交わし、
かすかに、ヴァイオリンが、
オブリガードのように鳴り響いているようだ。

これは、まだ30歳を前にした、
ローランス・ブーレイが幻視の中で見た神秘体験を、
法悦の中で具現化した大フレスコ画、
と言っても良いかもしれない。

このように見て来ると、
この録音は、気鋭の女性音楽学者の、
若さのすべてをぶつけて世に問うた、
稀有な記録として、
聴くべきもののような気がしてきた。
妙に愛着が沸いて来るではないか。

解説は、村原京子という人が書いているが、
検索すると、鹿児島の方にある大学の教授で、
ヘンデルの研究家のようである。

これが、よく書かれていて、
小さい字でびっしり3ページ、
クープランの略歴(0.7ページ)から
この「3つのルソン・ド・テネブレ」の解説が、
約2ページ続き、
最後に付録として収録されている、
モテット2曲の解説がある。

日本盤なので、当然のことながら、
歌詞対訳も万全で、
聖書の詩句が分かりやすく書かれている。

このテネブレが、
ロンシャン尼僧院のために書かれたことは、
クリスティ盤にも書かれていたが、
このブーレイ盤の解説には、
「当時有名な歌手が引退してこの尼僧院に入ったために
オペラ座の常連達は尼僧院に押しかけた」
などと書かれているではないか。

という事で、前回、尼僧院風の表現なら新久美、
オペラ風の表現ならダヌマンがそれらしい、
などと考えたが、
これまた振りだしに戻って、
ややこしいことになってしまった。

オペラ歌手の入った修道院は、
はたして、オペラ風か、宗教音楽風か。
どちらであるべきなのだろうか。

この解説では、
「エレミアの哀歌を作曲する場合、
何らかの形でグレゴリオ聖歌を
土台にして作られるのが常套であったが、
クープランはグレゴリオ聖歌の旋律を
そのまま使っているわけではない」
としながら、
「骨組みとしてはそれらを想定しながら、
巧妙な装飾的パラフレーズ、
コロラトゥーラ装飾が加えられ、
それは筆舌に表し難い程の
苦痛の情に溢れている」と書いてあるから、
きっと、大げさな表現が正解なのだろう。

何と、
「これを聴いた当時の人々は、
ことごとく涙を流した」とも書かれているのである。

このような証言を実感するためには、
先に書いた第3テネブレのような、
ヴァーグナー的絶唱となってもおかしくはない。

この演奏をここで改めて聞き直してみよう。

Track1.
第1テネブレは、
まことに瞑想的に深々と響く、
大オルガンの響きが非常に印象的である。
演奏会場などが明記されていないのが残念である。

オルガンがまた、人の声のように、
独唱者以上に表情たっぷりに、
天上の歌、地上の嘆きを聴かせ、
さらに独唱者にぴったり寄り添う様は、
実に、この演奏の第1の聴きものと言えよう。

そういえば、このブーレイは、
「レクイエム」の作曲や、
オルガン演奏で有名な、
デュリュフレの弟子だとあった。

アルトが歌っているので、
ソプラノが歌っているより落ち着いた感じを受けていたが、
何となく、英雄的な表現とも思えて来た。
それをオルガンの響きが、
後光のように、あるいは、
エーテルのように包み込んでいる。

エルサレムの街の荒廃を歌い、
「汝、主に立ち戻れ」と歌いあげる、
預言者エレミアの肉声としては、
このような表現は大いにあり得るものである。

Track2.
第2テネブレもまた、
「エルサレムは罪に罪を重ね、
汚らわしいものとなった、
彼女を尊んだ者たちもみな、
その肌を見て卑しんだ」という、
糾弾調の歌詞を含むので、
この毅然とした歌いぶりには、
共感を感じたりする。

とりわけ美声というわけではないのだろうが、
芯のある、格調高い声は、
若いブーレイの理想主義的な側面を
伝えるものに聞こえる。

解説にあるような、
「威厳と瞑想が見事に調和した、
まさにフランス・バロック宗教音楽の完成を示す作品」
という表現は、この演奏をもって、
妙に納得させられるものであろう。

聴くものがことごとく涙を流したとすれば、
荒廃したエルサレムに対してではなく、
きっと、これから主の元に帰るであろう、
復活したエルサレムを期待して涙したのではないか、
などと考えたほどである。

「エルサレムよ、エルサレムよ、」と歌われる、
最後の部分では、
オルガンが小刻みなパッセージを散りばめ、
独唱も一緒になって高まって行く。

Track3.
第3テネブレこそ、この録音の随一の聴きもので、
二つの女声が、堂々たるオルガンと、
ヴァイオリンのオブリガードの中から、
唱和しながら現れるところからして、
この世のものとは思えない神秘性を発散している。

女声の合唱も、
いったい、どのような絡まり方をしているのか、
影になり表になり、不思議な色調を放ち続ける。

「その民はみな、食べ物を求めうめき」の部分では、
これまた、オルガンが、状況描写をおどろおどろしいまでに、
掻き立てて響きわたる。

これは、声楽に通奏低音を施した、

「アテンディテ」で始まる、
「主が激しい怒りの日に私を悩まし、
私にくだされた苦しみのような痛みが
他にあるだろうか」という部分の高まりは、
すでに書いた事だが、
オルガンともども、ものすごい迫力である。

これは、同じフランス音楽でも、
しゃれたドビュッシーや、
豪壮なリュリでもなく、
ショーソンの「愛と海の歌」のような、
ロマンティックな絶唱にも聞こえる。

そして、音楽は瞑想の谷間に落ちて行き、
「私はもう立ち上がれない」という
最後の詩句に行きつく。

そして、廃墟から立ち上がるかのように、
「エルサレムよ、エルサレムよ、
汝、主に立ち戻れ」という、
これまた、光輝あふれる終結部が誘われる。

第二次大戦からの復興の音楽にも聞こえて仕方がない。

Track4.
ここからは、モテット「聴け、すべてに耳を傾けよ」
が始まるが、これは、前の曲以上に、
華やかに、しかし、心優しく、
ヴァイオリンが寄り添って活躍する。

ソプラノ独唱曲であるが、
これまた、毅然とした音楽で、
「罪ある人が受けるべきことを主は忍び、
罪ある人が犯したものに主は耐えられた」という、
キリストへの感謝の歌である。

9分ほどの音楽で、
有名な「テネブレ」と並べて聴いても、
規模においても、内容においても、
何ら遜色のない音楽で、
様々な表情で音楽は変遷する。

ただ、テネブレでは、
ヘブライ語のアルファベット部がないので、
優美な装飾部を欠き、緊張を強いるので、
ちょっと堅苦しい感じはする。

Track5.
「勝ち誇れ、キリストは復活し」という、
復活祭用のモテット。

さすがに復活祭で、喜ばしげなデュエットで、
「アレルヤ」が何度も繰り返される、
7分程度の音楽。

資料によると、この曲は、
ブーレイの「ルソン」の、
ディジタルの再録音でも、
演奏され、併録されたようである。

歌手たちの節度と緊張感を持った表現も、
襟を正させるものがある。

ここでも、オルガンが過剰なまでに、
背景で、ゴージャスなタペストリーを織り上げ続けている。

オルガンのPierrontという人は、
ネット検索すると、大量に楽譜が出てくる。
その道では高名な人なのだろう。

なお、この文章を書き終わって、
発見した事を追記しておく。

このCDは、もう13年も前、
2000年に音楽の友社から出ていた、
ONTOMO MOOKの「クラシック名盤大全」、
「オペラ・声楽曲篇」で、
藤野竣介氏が取り上げていたのである。

「この半世紀近く前の名録音こそ、
おそらく、ことによったら日本に限らず世界中で、
作品の美しさを最も多くの人々に
伝えてきたのではないだろうか。」
とあり、
「古楽の分野での歴史的名盤」と断言されていた。

そうだったのか。

得られた事:「ローランス・ブーレイ(ブレー)のモノラル盤の『テネブレ』、廃墟から立ち上がる絶唱に感涙。29歳の新進女性学者の青春の結晶か。」
by franz310 | 2013-04-13 23:21 | 古典
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