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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その368

b0083728_134968.jpg個人的経験:
シャンティクリアという、
奇妙な名称の
ヴォーカル・アンサンブル。
一見すると、
アイドル・グループのような
イケメンたちである。
もう20年も前の録音で、
今はどうなっているかと、
ネット検索すると、
創立35周年を今月祝うとあった。


ここに挙げたのは、
WARNERから出ていた、
DAS ALTE WERKシリーズのもの。
解説書裏に出ている写真である。
日本盤も同仕様かはわからない。

この団体は、
An Orchestra of Voices
と自らを定義しているようだが、
実に多彩な響きで、
直截的、即物的になりがちなグレゴリオ聖歌を、
柔らかな声の織物に仕立て上げて、
非常に聞きやすい音楽になっている。

上品で嫌味がなく、
飽きが来ないのはさすがである。
ただし、これはグレゴリオ聖歌なのか、
グレゴリオ聖歌をテーマにしたムード音楽なのか、
私にはよく分からない。

ただし、1996年に出た、
国書刊行会の「古楽CD100ガイド」には、
「グレゴリオ聖歌」の入門盤みたいな扱いで、
このCDが推薦されている。

「多少うそっぽい」と注意書きがあるが、
まったく同感である。

ベースに見えるものが、
とても修道僧のような質素さではないからである。
木の寝台に寝ているようには思えず、
高級羽根布団かエアコン使用で寝ている感じ。
しかも、背景に持続音のようなものが、
鳴っている場合や、
様々な音域で彩を添えるものもあり、
とても「プレインチャント」とは思えない。

とはいえ、様々な音域の声や、
質感の声が交互に補助したりする様は、
確かに交響的であると言えよう。

ただし、このCDの選曲は、
非常にありがたく、
前回は、「聖週間」について学びながら、
心地よく、各曲を鑑賞することが出来た。
しかし、その路線だけで何曲か聞いて、
時間切れになってしまった。

さらに、このCDには隠し味が二つある。
その一つが、前回、紹介した、
以下の三つの音楽ステージに分けられる、
という聖歌の分類である。
(1)いわゆるグレゴリオ聖歌(だいたい700-850)
(2)カロリング王朝期(850-1000)
(3)中世(1000-1300)

ただし、どこに分類していいか、
分からないものも当然あるようで、
「聖金曜日のための特別な交唱、
Reproachesも変わっていて、
このオリジンは非常に漠然としている。」
などと書かれている。

これらは、Track4と、Track8で、
アンティフォナ「ダヴィデの子にホザンナ」
インプロペリア「わが民よ」である。

前者は、前回、すでに聞いたが、
こだまの効果のようなものも利用して、
とても分かりやすいメロディが繰り返される。

後者は、キリスト受難の聖金曜日に分類され、
初期のものではあるが、歌詞も音楽も詳細不明とある。

7分半もあって、十字架への崇拝の歌唱。
古代ギリシアの「聖なる神」をラテン語にしたものを、
リフレインで利用したとある。

前述の持続音のようなものを背景に、
様々な声の質の歌が湧き出ては消えて行く。
まことに幻想的な音楽。
これを聴くだけでうっとりのCDである。

ここまで聞いて、
ようやく、二番目の時期の解説まで来た。

上記分類の(2)である。
「カロリング朝の時期(850-1000)の
音楽スタイルは、新しいスタイルと、レパートリーを、
オリジナルのグレゴリオ聖歌に付け加えた。
二つのイムヌス、
リフレインCrux fidelis付の
Pange lingua(Track7)と、
Vexilla Regis(Track10)に、
この新奇性は現れている。
これらのイムヌスの言葉は、
詩篇やほかの聖書からではなく、
新たに作られたものである。
それは散文ではなく韻文で、
メロディの繰り返しを伴い、
連接になっている。」

なるほど、これはわかりやすい話である。
何百年も同じ言葉でしか作曲できないのだとしたら、
非常につまらない音楽しかできなくなる。
何だかそれのパロディのようなものが
出てきてもおかしくはない。

Track7は、演奏時間9分に迫る。
このパロディは、
妄想も発展したのであろう。
リフレインも伴いながら、
演奏時間も、二、三分で終わるような、
ほかの聖歌を圧している。

韻文によるイムヌス、とある。
歌詞は、600年頃のもので、
フランス、ポワティエの宮廷詩人、
Venantius Fortunatusの、
よく知られたもの。
音楽は紀元800年頃のものらしい。

言われてみなければそんな感じ。
韻を踏む以上、リズムが出来、
たたたた、たたたーというメロディが、
クルス、フィデリス、インター、オムネス
(何ものより尊い信頼の十字架よ)
という言葉を刻んでいく。

ジョスカン・デプレが、
ミサ・パンジェ・リングァ
(いざ歌え我が舌よ)という名品を、
グレゴリオ聖歌のメロディから生んでいるが、
その原曲であろうか。

Track10は、聖土曜日のイムヌス。
演奏時間は3分半。
「ヴェキシイラ、レエジス、プロウデント」
(王家の旗が行く)
という冒頭の一節のリズムが、
これまた、どんどん広がって行く。
聖十字架の遺物が運ばれた時の、
十字架賛歌である。

さて、イムヌスの他のカロリング朝の聖歌も見てみよう。

「韻文の強い束縛から、
メロディはより規則的な形をとる。
これは、韻文ではない、
メリスマティックなキリエ(Track2)
セクエンツ(Track13)にさえ、
見られる特徴で、
これらのジャンルは、カロリング王朝期の、
最も重要な二つのジャンルである。」

ミサ曲の冒頭を飾る「キリエ」を、
こんな切り口で紹介した文章は初めて読んだ。
Track2.キリエは、
Track1が内省的な地味系だったのに、
このシンプルな明快性が嬉しい選曲である。

さっと明るさが増す。

ミサ曲を聴くとすぐに分かるが、
このキリエは、「キリエ・エリクソン」をくり返すだけ。
韻文も散文もあったものではない。

「古代ギリシアの歓呼、ミサの開始」とあり、
「中世的な繰り返し」、「最後に自由に浮遊するメリスマ」
とあるが、ものすごく長いええええええええのメリスマ。

が、古代ギリシアが、何故、カロリング朝につながるのかは、
非常に不思議な感じがする。
が、カロリング朝ルネサンスという言葉もあるから、
ギリシア文化の見直しがあったのかもしれない。

「キリエ」は、のちにミサ曲の最初の楽章になるため、
かなりの気合いを必要とするのであろうか。
シューベルトは、未完成のミサ曲の一部としてや、
あるいは独立した楽曲として、
完成したミサ曲の「キリエ」とは別に、
多くの「キリエ」を残している。

それも、少年期に、D31(1812)をはじめ、
D45、D49、D66(1813)と、
集中して作曲しており、
なおかつ、どれもが恐ろしく充実していて、
とても15歳や16歳の作品とは思えない。

激烈な楽句、悲壮感漲るメロディが使われ、
極めて緊張感の高い作品となっている。
多くは、力作のオーケストラ伴奏を伴うが、
1813年3月1日に書かれた
(ちょうど、私が書いているのから200年前に)
D45のみは、無伴奏4部合唱のために書かれている。

一か月後のD49は、5分半の演奏時間を要し、
独唱者4人、トランペットやティンパニを伴う、
強烈な表現力を伴うものであるのに対し、
かなり簡素な感じを受ける。

かといって、その準備というわけではなく、
実際、前年秋のD31が、すでに大規模で、
かなりの完成度を示した作品となっている。
このD31、D49は、神にあわれみを乞う状況が、
かなり危機的状況であるのか、
かなり急き立てるような曲想である。

なお、翌年の初夏に出て来た、
最初の完成版ミサ曲第1番D105では、
D31やD49のような、激情的なキリエではなく、
より柔和で包み込むような美しさのキリエとなっている。
ものすごくロマンティックに感じる。

さて、無伴奏つながりで、このD45を聴いてみると、
この「主よあわれみたまえ」という、
素朴な感情が素直に表出されたという感じ。
日常の、地区教会で、そっと歌われるのにふさわしい佇まい。
2分半という演奏時間もグレゴリオ聖歌的に簡素で、
「シューベルトのキリエ」としては、
最も規模が小さい。

が、アインシュタインは、その著書で、
「短い無伴奏の小楽曲であるが、
あらゆる声楽の手段、声楽的緊張と摩擦、
強弱法のコントラストと変化を
十分に支配して書かれている」
(白水社、浅井真男訳)と書いている。

中間部の「キリスト、あわれみたまえ」のみ、
さっと影が差して押し殺したような情感が漲るが、
最初と最後は、日曜日の教会から漏れ聞こえて来そうな、
ある種の爽やかさがある。

再び、シャンティクリアの「グレゴリオ聖歌」に戻ると、
歌詞に関しては、カロリング朝も19世紀初頭もまったく同じ。

だが、「キリエ」という言葉だけでも、
いや、その「エ」という言葉だけでも、
執拗に装飾が変えられて延々と延ばされ、
まさしく聖遺物を発掘し、
その破片だけでも教会に安置しようという、
当時の人々の狂信的な熱狂のほてりが聞き取れるかのようだ。

いずれにせよ、これは、レントの期間内に歌われるようで、
シューベルトが、3月に「キリエ」を書いたのにも意味がありそうだ。

春先の40日間、キリストの受難に思いを馳せ、
悔い改めをする期間なので、
あれやこれや思い出して、
神よあわれみたまえ、と祈らずにはいられなくなるのだろう。

Track13は、セクエンツィアで、
イースターの時期のものだからか、
これまた、美しいメロディが分かりやすい。
カロリング朝特有なのか、
節回しがあるので、現代でも工夫して歌えそうである。

「850年以降の新しい聖歌」と書かれている。
メロディでも規模でも控えめなもの、
とあるが、十分に古い聖歌との差異は感じられる。

辞書にも、
「ヴィクティマエ・パスカリ・ラウデス
(Victimae Paschali Laudes)
『復活のいけにえに』は、
キリスト教カトリック教会の聖歌の一つ」とある。

以下、上記分類の(3)である。

「西暦1000年以降、
より親しみやすい歌謡的なフレーズが、
グレゴリオ聖歌の神秘的な不規則性にとってかわり、
多くは韻文、一種のメロディのようなものが支配的になり、
これを続けた形式の音楽が生まれた。
『グローリア』(Track11)や、
『アニュス・デイ』(Track15)の言葉は、
韻文ではなく散文だが、
それでもこれらのメロディはこの様式を反映している。」

Track11は、イースター用。
12世紀から13世紀に成立したもので、
多くの作品のもとになったもので、
ヴィヴァルディやヘンデルに、
巨大な「グローリア」がある。

「天のいと高きところに神の栄光」と歌われ、
「ミサ曲」の第2楽章として、
無数の名作の温床となった。

が、ここでの「グローリア」は、わずか2分46秒。
何となく明るく、喜ばしい賛歌であろうが、
かなり地味な音楽ではなかろうか。

Track15は、「アニュス・デイ」。
これまた、のちのミサ曲の第6楽章として、
大発展する音楽の原型がある。

「神の子羊、世の罪を除きたもう主よ、
われらに平安を与え給え」と歌われ、
これは、北方の曲付のものを歌っているらしいが、
安息に向かう雰囲気で、
ミゼレーレの悩ましいメリスマが心を打つ。

このCDのメリットとして、
「キリエ」、「グローリア」、「アニュス・デイ」など、
こうした基本的な宗教曲のエッセンスが、
含まれている点も強調しておきたい。

最後にお待ちかね、聖週間とは異なる、
マリア信仰の歌が四曲、
最後(Track16-19)が
CDにも収められているが、

これが、この企画の隠し味の3つ目で、
このようにいろんな角度から楽しめるCDであれば、
ゆっくりと味わいたいものだ。

いずれも短いものだが、
これらについても一言が添えられている。

「聖処女を讃える4つのアンティフォンは、
1100年以降発生した、マリア信仰の反映で、
数百のアンティフォンやほかの音楽を生み出した。
この4つのマリアのアンティフォンは、
その中で最も有名になったもので、
聖務日課の最後の終課で歌われるようになった。
これは大流行し、特に英国では、大きな祝祭で歌われた。
これらのアンティフォンは、これまた散文だが、
韻文的な散文で、抒情的なメロディに向いている。」

音楽の友社「キリスト教と音楽」(金澤正剛著)には、
「聖務日課のひとつに就寝前に行われる終課がありますが、
その終課のあとで聖母に祈りを捧げるという習慣が、m
中世の昔から定着するようになりました」とある。

これには4種あって、以下のように、
季節ごとに歌われるとある。
(ここに、聴いた感じと、フィリップスの、
ベネディクト派修道院版との相違を書いてみよう。)

・待降節直前の土曜日の日没から二月二日の日没まで
「アルマ・レデンプトリス・マーテル」
(贖い主の恵み深い母)
Track16で、独唱が先導し、
合唱が導かれて、心からこみ上げる憧れに満ちたもの。
「天の門に導く海の星」という、
眺望の開けた描写が、いかにも、
クリスマスを待つ心情に響くのだろうか。

ベネディクト修道会のものも、
特に、「版」を断るほどの差異は感じられなかった。
同様に、独唱者が、空に向かって、
祈りの声を届かせようという風情から始まる。

・二月二日の晩から聖水曜日の晩まで
「アヴェ・レジナ・チェルロム」
(アヴェ、天の女王よ)
これは聴き比べできない。

Track17で、独唱の先導はなく、
合唱で、これもまた、ロマンティックに、
胸を膨らませて歌うような感じ。
「何よりも美しき方」と書かれた歌詞もすごい。

最後に独唱が、
「さようなら、もっとも恵み深い方、
キリストによろしく」みたいな、
メールでのP.S.風の詩句も出てくる。

・復活祭の晩から聖霊降誕祭後の金曜日まで
「レジナ・チェリ」
(天の女王)
Track18は、天の女王よ、
とかなり、先の二曲よりも、
決然とした調子である。

神に向かい、私のために祈って下さい、
アレルヤ、と、全体的に喜ばしい。
復活祭の後だからであろうか。

これも、ベネディクト派のものと、
冒頭は、あまり変わらない感じだが、
ベネディクト派の方が、
憧れに満ちたふくらみが感じられた。
情感が込められ、もっとゆっくりな感じ。

・それ以降、降誕説の直前まで
「サルヴェ・レジナ」
(幸あれ、女王よ)
Track19で、女声とも見まがう、
澄んだ高音から歌いだされ、
他のアンティフォンの
倍相当の規模(3分)を持つ、
この変化に富む聖歌が始まる。

ベネディクト会修道士の方は、
そんな小細工なく、
朴訥な素朴な声で、
一心に祈っている感じである。

いかにも有節歌曲風に進行するが、
私たちに、慈悲の目を向けてください、
のところと、
最後の「慈悲深きマリアよ」には、
呼びかけるような雰囲気の変化がある。

シャンティクリア盤では、この最後でも、
天上的な高音が変化をつけてあざとい。

このCDの解説には、
「言葉が詩篇風散文と、
中世聖歌の韻文スタイルの中間点であるように、
洗練されたローマ聖歌と身近な北方風メロディの
中間点に音楽もあるようだ」
などと書かれている。

「ちなみに聖木曜日から復活祭までは
徹夜の行事が続くこともあって、
聖母の交唱は歌われません」と、
前述の「キリスト教と音楽」には書いてある。

アヴェ・レジナ・チェルロムは、
聖水曜日の晩まで、とあるが、
聖水曜日から聖木曜日までは、いったい、
どうしていたのであろうか。

ということで、原則的には、
これらの聖母用交唱(アンティフォナ)は、
このCDのように連続で、
歌われることはなかったということだ。

ということで、これまで聞いて来たCDで読んだ、
これまでの解説から一歩踏み出し、
このCDでは、これらの音楽形式が、
どのタイミングで出て来たかが語られている。

これによって、ギリシア伝来の「キリエ」や、
その他、中世になって出て来た「グローリア」や、
「アニュス・デイ」など、聖書の変則形のような、
「ミサ曲」のエッセンスが形作られて来たこともわかった。

まさに、詩句の変容とメロディの発展が、
相携えて起こった現場を鳥瞰できるわけだ。

得られた事:「シャンティクリアの『グレゴリオ聖歌集』は様々な角度から楽しめ、あざとさすら感じさせる工夫が随所に盛り込まれている。」
「シューベルトの無伴奏合唱の『キリエ』D45が、四旬節を前にして作曲された事は、シューベルトの初期の宗教曲が教会歴に密接に結びついていたことを感じさせた。」
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by franz310 | 2013-03-03 13:53 | 古典
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