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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その367

b0083728_13205673.jpg個人的経験:
シューベルトの
宗教曲について
考えているうちに、
古い聖歌の「名曲集」を
聴きだして見て、
私は、かなり戸惑っている。
「グレゴリオ」などと呼ばれ、
何だか特別な音楽にも思えるが、
つまるところ、キリスト教の
典礼音楽に他ならないからだ。


したがって、キリスト教あるところに、
必ず、この音楽があり、
時間的にも空間的にも、
それから唱法や旋法など、
様々な視点からの鑑賞が可能となる。

前回までは、様々な曲種分類を学んだが、
今回は、それが演奏された機会ごとに
分類されたCDを聴いてみよう。

このCDは、様々なレパートリーで人気の
アメリカの男声アカペラ・アンサンブル、
「シャンティクリア」が録音したもので、
12人の男たちが草原に立った解説書写真は、
「EXILE」にしか見えない。

表紙写真は、ゴシック風の教会の前に、
神父のようなおっさんが立ちつくし、
かなりお洒落な感じである。

私は、こうした成りすまし系のCDには、
別に、興味がなかったのだが、
安く売られているのを見つけ、
買って、聴いて、割と満足している。

おそらく、素晴らしくうまく、
様々な音色を感じさせる声に変化があり、
そして、録音も良いということなのだろう、
非常に、耳あたりがよく、
まさしくヒーリング効果満点となっている。

TELDECレーベルの、
DAS ALTE WERKシリーズであるし、
単に、BGMであるわけはなく、
ドイツ・キルヒウェルバーというところの、
聖ベルンハルト教会の録音。
しかし、もう20年も前のものだった。

写真で見ると、瀟洒なチャペルで、
これは、ぜひ、この空間を妄想して聴きたいものだ。

表題に「Mysteria」とあるが、
これは、日本では、ミステリーを連想させて、
「グレゴリオ聖歌の神秘」などと
訳されているが、どうなのだろうか。

この語句でネット検索すると、
多数のグレゴリオ聖歌が検索されるから、
これは、むしろ、「儀式」と訳す方が正しかろう。

このCDは確かに、
そのような儀式ごとの分類が特徴になっていて、
・灰の水曜日とレント(Track1~3)
・枝の主日(Track4)
・聖木曜日(Track5)
・聖金曜日(Track6~8)
・聖土曜日(Track9~10)
・復活祭(Track11~15)
・聖母マリアのためのアンティフォナ
(Track16~19)
などと記されている。

これらの祝祭日は、
我々には極めて馴染みのないものだが、
「キリスト教と音楽」(金澤正剛著、音楽之友社)
には、このあたりの事が、最初から書かれている。

キリスト教音楽の理解に重要なことなのだろう。

クリスマスと並んで重要なのが復活祭(イースター)で、
この前にある四旬節(回心の意思表示をする40日)
という期間の中に、
これらの特別な日の解説がある。

・灰の水曜日(四旬節(受難節)の始まり)
・枝の主日(復活祭の前の日曜日、重要な週の始まり)
・聖木曜日(最後の晩餐の日)
・聖金曜日(イエスが十字架にかけられた日)
・聖土曜日(葬られ、墓の中ですごした日)
・復活祭(復活した日)

ということで、
最後の木曜日から復活祭までの
四つは続けざまに来る日であるが、
灰の水曜日は、ずっと前である。
復活祭は春分の頃なので、
まさしく灰色の寒い日かもしれない。

この聖なんとか日に先立つ、
「枝の主日」は、
シューベルトもこれのために作曲しているものだ。

第二ヴァチカン会議で、「受難の主日」という風に、
書き換えられたようなのでややこしい。

シューベルトの作品表を見ていて、
なにこれ、と思っても当然と言えよう。

さて、このCDは、このように、
トラックごとに日を変えて聴かないといけなさそうだが、
解説を読むと、さらなる主題が隠れていることが分かった。

Richard Crockerという人が書いている。

「グレゴリオ聖歌は、
ミサ(聖餐式)や
聖務日課(朝課、賛歌、晩課など)のためのもので、
ローマ・カトリック教会の典礼の、
典型的なラテン語の歌として捉えられている。
現在のレパートリーは、
数百年にわたる期間からのもので、
少なくとも、以下の、
三つの音楽ステージに分けられる。
(1)いわゆるグレゴリオ聖歌(だいたい700-850)
(2)カロリング王朝期(850-1000)
(3)中世(1000-1300)
ここでは、すべての時期のものが取り上げられている。」

ということで、以下、これらの三つの時期について語られる。
では、今回は、この(1)の部分を見て行こう。

「最初の時期からのものは、
厳密な意味でのグレゴリオ聖歌で、
手にしうる最初期の聖歌集にあって、
900曲くらいが残っているが、
どこに、だれによって、
どのように歌われ始め、
どのように作曲され、
どのように発展したのかは分からない。
フランク王国(フランスとドイツ)によって、
レパートリーとして定着したことは注目すべきで、
最初の唱歌集は900年頃のものである。
ここには、入祭文、グラデュアーレ、詠唱、
アレルヤ、オフェッルトリウム、聖体拝領唱など、
ミサのための500-600曲があり、
続く中世期、さらに現代にいたるまで、
聖歌集ごとに小さな編曲が生まれた。」

これで終わるのではなく、
このディスクでの対応音楽が書かれているのが良い。
が、トラックナンバーは書いていないので、
必死で探す必要がある。

「このディスクでの、この種の聖歌の例は、」
と以下の曲名が列挙され、
それらに説明がついているので、
それも含めて聴いてしまおう。

Immutemur(Track1)
・アンティフォナ「衣服を変えよう」
「懺悔の時期の表現力豊かな合唱のアンティフォン。

これは、いかにものグレゴリオ聖歌である。
あまり音楽に装飾がなく、音の幅が狭い。
以下の解説を読んでいくと、
グレゴリオ聖歌の「不規則性」という言葉が出てくるが、
同じ水の流れに、時折、水しぶきがあがるような、
それだけといえば、それだけの音楽だが、
これが、きっと癒しになるのだろう。

曲別解説には、「暗い表現力のあるメロディ」とあるが、
内省する時期のはじめに相応しい。

Dominus Ieus(Track5)
アンティフォナ「ダヴィデの子にホザンナ」
「イエスの行いと言葉についての福音の話の
もう一つのアンティフォン。」

これも、Track1と同様、
地味系で、いかにもグレゴリオ聖歌。
教会の厚い壁に反響する木霊のような音楽。

「聖木曜日」の音楽とあるように、
最後の晩餐の時のエピソードを語るもの。
荘厳で表現力豊かなメロディとあるが、
こうしたシーンでは、なるほどと思わせる。

ヨハネ伝13章からとあるが、
「聖書」を紐解くと、
晩餐の時、イエスは、弟子たちの足を洗ったが、
ペテロは、なぜ、そんなことをするのですか、
と尋ねるシーンがある。
「いまにわかります」と、
イエスが答えるまでが歌われている。

このCDには、歌詞が付いているので、良く分かった。

Laetatus sum(Track3)
グラドゥアーレ「なんと喜ばしいことか」
Alleluia Ⅴ、
Pascha nostrum(Track12)
・アレルヤ「われらの過ぎ越し」
Iubilate Deo(Track14)
・オッフェルトリウム「すべての土地よ」
「これらは、メリスマ的と呼ばれる程、
非常に装飾されたもので、
メリスマとは、一つのシラブルに、
多くの音符がつくものである。」


「Iubilate Deoや、
アレルヤⅤ、さらに恍惚とさえした、
Laetatus Sumにおいて、
このスタイルは、歓喜に沸く感じである。
これは典型的に独唱に向いているが、
Iubilate Deo(Track14)
の最初のように、合唱でも歌われる。
これらの聖歌は、グレゴリオ聖歌の頂点にある。」

Track3.グラドゥアーレ「なんと喜ばしいことか」は、
「法悦の高度に装飾された」とあるが、
独唱者が長い独唱部を、高らかに、
すこし華やかに歌いきると、
合唱がすこし控えめに続く。
「ローマ聖歌の特徴」だそうだ。

Track12.アレルヤ「われらの過ぎ越し」
イースターのミサ用の特別アレルヤ。

これもまた、独唱者が高らかで華々しく、
メリスマは、非常に英雄的ですらある。
合唱は、リーダーに付き従う感じ。

イースター(復活祭)に相応しい、晴れやかな感じ。

Track14.オッフェルトリウム「すべての土地よ」
これは、解説にあるとおり、
合唱部からして華やかなメリスマを駆使。
「詩篇」のテキストによる、精巧な作品とある。
最も印象的なローマ風とあるが、
極めて異教風と聞こえなくもない。

神を讃え、神を恐れよ、と歌われるが、
非常に男性的なたくましさを感じさせる。

「あまりメリスマ的でない、
しかし、それでも精巧で表現力豊かなものは、
修道院の夜のお務めのための
他の二曲のレスポンソリウム
Tenebrae factae(Track6)
(レスポンソリウム「大地は暗くなり」)
Christus factae est(Track9)
(レスポンソリウム「キリストはわれらのために」)
である。」
解説で、最初期のものは5曲、と書き出した割には、
ここで、さらに2曲が追加された。

Track6.レスポンソリウム「大地は暗くなり」
この歌詞は、シャルパンティエなども作曲している。
まさしく、イエスの受難の場面。
聖金曜日そのままである。

モノトーンの合唱が、
「十字架上のイエスの最後の叫び」を伝える。

解説には、「劇的に作られたメロディ」とある。
途中、独唱になるところが切々としている。
「聖週間最後の朝課用のローマ風唱歌」とあり、
この曲の最初の「Tenebrae」という言葉で、
テネブレと言うジャンルが生まれた。

Track9.レスポンソリウム「キリストはわれらのために」
これは、キリストが墓の中にあった、
聖土曜日の音楽。
「ローマ風グラデュアーレで、イエスの屈辱と誇りを表す」
とあるが、十字架に死んだイエスに対し、
息を潜めるように思いを馳せ、讃えるもの。

どうやら、(1)の典型的グレゴリオ聖歌の説明は、
まだまだ続くようである。
「メリスマのあるなしにかかわらず、
無限のメロディの表現の豊かさがこのスタイルにはある。
自由に不規則でありながら、よく見ると、
そこには精妙な音楽的なコントロールが、
なされた作品であることが分かる。
いくつかの最初期の楽譜は、
演奏についての詳細な表記がおおがかりにあって、
これらは集中的に研究されて来たもので、
これなしに解釈は困難で、
このCDのように、近年の録音では、
これらの最初期の記載に沿った解釈をしている。」

Track4.さて、私にとっての、
このCDの聴きもの、
「枝の主日」のアンティフォンに来た。

先に書いたが、シューベルトが、
この日のための音楽を書いているからである。

これは、復活祭の前の日曜日ということだが、
「枝の主日」は、先の著書(キリスト教と音楽)では、
「四十日間の苦行を終えたイエスがロバに乗ってイスラエルに入城」
したのを民衆が迎えた日とされている。
オリーブや棕櫚の枝で、イエスの到来を迎えたのである。

CD解説にもそれが書かれ、
中世では、この劇的な状況は、
「地獄門の通過」として捉えられたとある。

「誰が本当の王だろうか」と歌われ、
門を叩く音を表すのだろうか、
どんどんどんと、何かを叩く音が、
このCDにも収められている。

「詩篇23」に基づくようだが、
「門よ、かしらを上げよ、
古き扉よ、あがれ、栄光の王が入りたもうゆえに」
という詩句がある(エンデルレ書店版)。

なお、シューベルトにも、
同じ題名の「詩篇23」という、
非常に敬虔で優しい曲想の合唱曲があるが、
これは、日本カウントの23番である。

これと同じカウントで行くと、
この「枝の主日」の詩篇「主の聖殿への入堂」は、
詩篇24番ということになる。

別の詩篇なので要注意である。
それにしても、詩篇は、旧約聖書の記載で、
実際は、イエスとは関係ないものだが、
こうした伝説に沿って、
イエスが行動したのか、
あるいは、それに沿って、
新約聖書が書かれたということであろうか。

さて、このグレゴリオ聖歌集における、
この入堂の音楽は、極めて素朴ながら力強い音楽である。

さて、ようやく、ここで、シューベルト作曲の、
「枝の主日の6つのアンティフォナ」D696
を聴く準備が出来た。
EMIから出ていた、
サヴァリッシュの宗教曲集に入っている。

この無伴奏合唱作品は、1820年に、
作曲家が兄から依頼を受けて作曲したもの。

1.ダビデの子にホザンナ:
「主の御名によってきたる者にホザンナ」
と、まさしく入城するイエスを出迎える音楽。

アンティフォナに相応しく簡潔で、45秒しかない。

2.オリーブ山で
「オリーブ山でイエスは祈った。」
という、確かに、悲痛な音楽で、
アンティフォナに相応しく、
簡潔に聖書の場面をスケッチしていく。

3.サンクトゥス
これは、普通のミサのサンクトゥス同様。、
「聖なるかな」が繰り返される。
しかし、しずかに盛り上がって来る感じで、
「天のいと高きところにホザンナ」で喜ばしい表情に。
この主日(地獄への入り口の通過だとしたら)に相応しく、
それもまた、控えめな表現である。

4.ヘブライの子供たちは
これも子供たちが出迎える歌だが、
親に気を付けろ、と言われたのであろうか、
明るい曲想ながら、静かに喜んでいる。

5.天使と子供たちとともに
「天使と子供たちのように私たちが誠実でありますように」
とあるが、隠れキリシタンみたいな、
闇の声の音楽である。

6.主が聖なる町に
これまた、繰り返して、
子供たちが出迎えた、という内容。

アンティフォンは、メインの詩篇などの、
前奏曲のような音楽なので、
どれも、え、これで終わり?という感じの短さ。

しかし、このような晴れやかでありながら、
押し殺したような表現の音楽になったのは、
いかにも、このような主日の性格から来たもののようだ。

「受難の主日」と最近では言われるようになったそうだが、
こうした事情に合わせて、
サヴァリッシュが解釈した表現かもしれぬ。

さて、今回のCDに戻ると、このような解説がある。
「アンティフォン『ホザンナ』詩篇23(Track4)は、
スタイルが異なり、
修道院の聖務で歌われていたもので、
このアンティフォンは短く、
単純で、詩篇からの韻文と、
式文が交錯して繰り返される。」

修道院風と言われれば、確かに、
この音楽は、合唱が歌いかわす感じで、
いかにも、「グレゴリオ聖歌」の典型である。

が、ドアをどんどんどん、とやるのはびっくりした。

得られた事:「『枝の主日』は、イエスが入城した際に、枝を振って民衆が受け入れた故事にちなむ。この故事に関する宗教曲をシューベルトも残しているが、これは凱旋であると同時に十字架に続く道であるせいか、晴れやかさと重苦しさが混ざった作品になっている。」
by franz310 | 2013-02-24 13:22 | 古典
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