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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その364

b0083728_18253519.jpg個人的経験:
18世紀のドイツの詩人、
クロプシュトックは、
ペルゴレージ畢生の傑作、
「スターバト・マーテル」
を紹介するための
ドイツ語テキストを作った。
シューベルトは、
若い頃、これを見て作曲、
出来て来たものは、
彼の初期を飾る大作となった。


さらに言うと、ペルゴレージ自身、
この「スターバト・マーテル」作曲時、
新たに作曲したのは、いくつかの曲だけであり、
多くは旧作を焼き直したものだという。

この事実は、歌詞と音楽の関係を考えさせるものであり、
音楽が想起する歌の内容とはどのようなものであるか、
なども考えさせるものでもある。

「魔王」の音楽に乗って、
「ます」の歌詞が歌われることは、
まずありえないだろうが、
ヴィヴァルディの場合で見て来たように、
音楽には勇ましいパターンと、
くよくよするパターンなど、数種類あれば、
オペラをどんどん増殖させて行くことなど、
日常茶飯事に行われていた。

また、シューベルトが、
ペルゴレージを知っていたに相違ない、
とするアインシュタインのような学者の見解も気になる。

確かに、シューベルトは宮廷合唱団に所属していたので、
こうした知識は、
我々の想像を超えるものであったことだろう。

A.M.ハンスンの「音楽都市ウィーン」
(音楽之友社)では、「中産階級のサロン」の章で、
1822年の音楽サークルのプログラム例として、
パレストリーナのモテット、
カルダーラのモテットなどと共に、
ナポリ派のドゥランテの作品も挙げられている。

したがって、我々が思っているほどには、
当時はバロックやそれ以前の音楽も、
すたれていたわけではなく、
むしろ、これらの音楽を再発見したと自負している、
現代よりもたくさん、
こうした作品が演奏されていたとさえ思われるのである。

東京のコンサート情報を見ても、
こうした古い音楽は、私の感覚では、
古典から近代のクラッシックとされる音楽の、
何十分の一かしか演奏会が開かれていない。

シューベルトは、決して、
ハイドンやベートーヴェンばかり聞いていたわけではなく、
こうした古典に接しながら、
自身の個性を開花させていた、
と考えるのが自然であろう。

ということで、ペルゴレージが、
当時、シューベルトのまわりで、
普通に聞かれていた可能性はおおいにあって、
実際、もっとナポリから遠い地で、
大バッハが、ペルゴレージの替え歌を作っていた。

今回、聴くのは、J・S・バッハが、
何を考えたか、ペルゴレージの「スターバト・マーテル」を、
「詩篇51番」(カンタータ)として編曲したものである。
BWVの番号で1083番。
「拭い去りたまえ、いと高き御神よ」とか、
「消し去りたまえ、いと高き者よ、わが罪を」と
訳されるタイトルだが、
いったい、これはどのような代物だろうか。

表紙デザインは冴えない感じである。
十字架から下ろされたキリストを抱く、
いかにも、「スターバト・マーテル」風の絵画だが、
聖母の顔以外は、薄暗いヴェールをかけて処理されており、
はっきりした主張のないものになっているし、
そもそも「詩篇51」とは無関係のテーマになってしまった。

ARTSレーベルは、
名指揮者ペーター・マークの録音で鳴らした、
廉価レーベルであるはずであるが、
このCDはデザインも解説も当時のテイストから離れ、
高級感を感じさせている。
ただし、歌詞はドイツ語だけなのが苦しい。

ディエゴ・ファソリスという指揮者が振ったものだが、
ヴィヴァルディやヘンデルの珍しいオペラのCDを、
私はすでにいくつか持っているから、
この時代の音楽の発掘に貢献している人だろう。

歌っているナンシー・アルジェンタは、
シューベルトも歌う有名なソプラノである。
アルトはギユメット・ロランスと書かれている。
ヴィヴァルディのオペラに出ていた人である。

イ・バロッキスティというオーケストラで、
ルガーノ・スイス・イタリア語放送合唱団が、
共演している。

さて、クロプシュトックは、1724年生まれなので、
1714年生まれのエマヌエル・バッハと同時代人で、
多感様式と分類されてもおかしくはなく、
バッハの息子の世代と同じということになる。

1803年に亡くなっているから、
シューベルトの時代にもかかっている。
バッハ、クロプシュトック、シューベルトと、
4世代分を飛び越えて、
ドイツ語圏でも愛されたとすれば、
ペルゴレージ恐るべし、という感じである。

バッハのこのようなカンタータを何故、
こさえたかということについては、
実は、解説を読んでも良くわからない。

アルベルト・ゼイトリンガーという人は、
こんなことから書き始めていて、
なかなか、真相が分からない感じ。

「1723年、ライプツィヒの
聖トマス教会のカントールに任ぜられてから、
ヨハン・セバスチャン・バッハは、
長く心に抱いていた夢をかなえる機会を得た。
1708年にミュールハウゼンの
オルガニストを辞任した時の手紙の中でも、
彼はその野心的なゴールを、
『神を讃える厳格な教会音楽』を作り上げる事、
と決めていた。
ドイツ・プロテスタントの最も重要な、
カントールの地位にある間、
きっと実現するものであるはずだった。
バッハは、ライプツィヒの
主要教会、聖トマスと聖ニコラスの
教会音楽を良くすることを考えていた。
この職務で、彼は、200曲もの、
ほとんどの教会カンタータを、
日曜や祝日の教会のミサのために作曲した。」

ということで、きっと、この作品は、
このライプツィヒ時代のものであろう、
日曜、祝日の行事のために大急ぎで、
でっち上げたのであろう、
などと早合点してはならないようだ。

「基本的に、こうした創作の歴史の研究は、
1950年代になって、アルフレッド・デュアや、
ゲオルグ・フォン・ダデルゼンの研究を通じて、
考察されるようになった。
その時以来、
バッハの巨大なカンタータ作品群が、
1740年代まで、途切れなく続いたと信じられて来たが、
今では、ライプツィヒ時代のカンタータのい大部分は、
彼が聖トマス教会のカントール就任の初年度に、
作曲されたことが分かっている。
信じがたいノルマの元、
彼は自身で演奏するのに当てはめるために、
比較的短期間で、
できるだけ多くの作品を創作しようとした。
聖トマス教会のカントールの死亡記事には、
彼の息子のカール・フィリップ・エマヌエルと、
ヨハン・フリードリヒ・アグリコラが、
5つのカンタータ年を挙げているが、
これは、今では3回であって、
ばらばらであったことが証明されている。
これらは、1723/24年、
1724/25年、そして1725年から27年である。」

23年、24年、25年、26年、27年と数えれば、
5年ではないかと思うのだが、23/24年とは、
冬から春にかけてだけ作曲した、
と読めばよいのだろうか。

「この3サイクルには、異なる特徴が認められ、
合唱、レチタティーボ、アリアとコラールからなる、
カンタータの標準コンセプト確立に努力がなされている。
それにもかかわらず、バッハは新しい流行も取り入れ、
彼は最後の年まで、自身の実験を続けていた。
ここに収めた2つの作品も、
まったく異なる個性的様式で書かれ、
この証拠になっている。
1726年に書かれたカンタータ、
『満ち足りた安らぎ、魂の愉悦』BWV170は、
第三期のもので、
バッハの作品では少数派と言えるが、
今日、もっとも人気があるシリーズとなった、
ソロ・カンタータのシリーズのはじめのものである。」

ということで、特に、私が聴こうと思っていなかった、
併録作品の紹介が始まってしまった。

「さらに、バッハはここで初めて、
伴奏楽器として、聖トマス教会のオルガンを使い、
おそらく自身、これを演奏して、
新境地を発見したのであろう、
きわめて明確な特色をなしている。
さらに第三期の特色は、
バッハが、器楽曲作曲家であることを思い出させる
独奏の活躍や、器楽的なことで特徴づけられる。」

この曲は、アルト独唱のものなので、
ロランスが歌っているが、
確かに、第1曲のアリアの前に、
オルガンの低音の上を、
豊かな陰影でたゆたうオーボエ・ダモーレの、
素晴らしい序奏部がついている。
「満ち足りたやすらい、
うれしき魂の悦びよ」という内容にふさわしい。

第2曲はレチタティーボで、
「罪に満ちた世界」を語る。

第3曲には、オルガンによる印象的な序奏がついている。
「これらの不安なものが私を悲しみで満たす」
という、孤独な感じのもの。

第4曲は、短いレチタティーボで、
こうした世界から逃れるため、神の戒律を思っている。

第5曲は、愉悦感に満ちた、
しかし、穏やかなアリアで、
オーボエ・ダモーレとオルガンの対話が美しく、
アルトは、罪のない世界の安住を願って歌う。
バッハのカンタータをうんざりさせる、
同じ言葉が執拗に歌いこまれている。

このカンタータは、
音楽之友社の「名曲名盤バッハ」に選ばれた、
10曲ばかりの教会カンタータの一つなので、
私は良く知らなかったが、有名な作品なのであろう。

このカンタータについては、
以下のような説明がある。
「BWV170は、1726年の7月28日、
トリニティからの第6日曜日のために作曲され、
マイニンゲンの甥、
ヨハン・ルートヴィヒ・バッハのカンタータ、
『Ich will meinen Geist in euch geben』と共に演奏された。
バッハは、1711年に出版された、
ゲオルク・クリスチャン・リームの、
カンタータ・イヤー・ブックからテキストを取っている。
ここで、キリスト教徒の誠実さを、
思慮のないパリサイ人の法律解釈に対比し、
この現世の自制によって解決を見出している。」

以下、いよいよ、今回の本題に入る。
「バッハによって、
『消し去りたまえ、いと高き者よ、わが罪を』
と題された、
『詩篇51』をもとにしたモテットは、
これとは対称的に、
ペルゴレージの『スターバト・マーテル』の編作で、
オリジナルにドイツ語歌詞をつけただけでなく、
バッハによって大幅に改作されている。
この編作は1740年以降になされており、
おそらく、1745年から47年の間になされ、
彼の最後の時期においても行われた、
最新様式への研究の最も顕著な例である。
これには他にも多くの例証があって、
バッハの蔵書には、イタリアのロカテルリや、
アレッサンドロやベネデット・マルチェッロなど、
若い世代のイタリアの作曲家の作品が混ざっていた。」

マルチェッロは、
オーボエ協奏曲の名作で知られる作曲家だが、
確か、ヴェネチアで劇場も運営していて、
ヴィヴァルディを追い出すような事をやって、
ヴィヴァルディのファンからは胡散臭い目で見られるが、
バッハからすると、年配の作曲家である。

「『消し去りたまえ、いと高き者よ、わが罪を』
というモテットBWV1083が、
何時、演奏されたのかということは、
何時、作られたかと同様、特定されていない。
テキストによって、この作品は分類かもしれない。
詩篇51に基づく、何者かによる自由な改作であって、
マルティン・ルターによる、
『悔悟の詩篇』の第4のものである。
この詩篇は、ダヴィデ王が、彼の子を身ごもった、
バテシバとの関係を歌ったものである。」

いきなり何事かわかりにくいが、
ダヴィデが、人妻である彼女の入浴を見て、
寝取った事は、この名君の犯した罪の一つとされる。

「ダヴィデは、まず、この事実を隠そうとし、
予言者ナタンに会う時に、自責を感じる。
テキストはしたがって、後悔と嘆きを繰り返すが、
この文脈では、演奏された日は限られるが、
これは、しかし、無伴奏で演奏されるべきものである。
もう一つの可能性としては、
詩篇51が想定した世界が現れた、
日曜日が考えられる。
『神よ、罪びとである私にお慈悲を』とか、
『慰められよ、罪は許される』など、
たとえば、三位一体の主日の後の日曜日である。」

このあたり、良くわからないが、
専門家に聞いてみたいところだ。
平凡社新書の「キリスト教歳時記」(八木谷涼子著)では、
これは6月頃で、正統の信仰を受け入れるかを試す、
などと書かれているので、「教会に復帰」すると、
上記、お慈悲がいただけるということだろうか。

「いずれにせよ、カンタータとは異なり、
この編作はメイン・ミュージックとして演奏された。
このように、バッハは、
新しい音楽様式に沿った歌詞を探しつつも、
音楽の介入に関して慎重であった。」

このあたりも、バッハにおけるモテットと、
カンタータの違いという、
難しい問題に突入しそうなので深入りしない。

が、このCDの解説のタイトルは、「Cantatas」
となっているので、「詩篇51」もカンタータかと思っていた。

ちなみに、私は、この「51」という数字だけ記憶していて、
バッハの「カンタータ51番」が、
ペルゴレージの編作だと勘違いしていたことがある。

「歌われる声に関して言えば、
単純に語感の変化とは別に、
バッハはテキスト解釈と音楽に対して、
表現力を増すことを目指している。
さらに、二つの独奏ヴァイオリンと
ヴァイオリン群からの伴奏を変更し、
合唱にあるパッセージを受け持たせている。
(この録音では、トラック8と13で、
それぞれ、第9、第14楽章にあたる。)
器楽法に関して言えば、
バッハの見地から、
『改良』がなされていることが目立つ。
三声の楽章は、ヴィオラの声部が追加され
(トラック2、5、6、7あるいは、
第2、第5、第7、第8楽章)、
バスには和声的に豊かにされている。
最後に、形式的に重要な変更は
詩篇の語句の順番を変えた点で、
バッハは、
ペルゴレージの版の最後から2番目と
最後から3番目を置き換えている。」

最後はアーメンなので、
その前の二つを入れ替えたということか。
この措置は、確かに重要であろう。
スターバト・マーテルは、
キリストの死を見守って神妙に終わるので、
最後に、「御慈悲を示し給え」という希望を歌う、
詩篇51とは同じ終わり方ではまずかろう。

「語句を入れ替えた」というのも困ったものだ。
「詩篇51」の和訳がたくさんあって、
これまた理解困難な暗号のような代物で、
「ヒソポもてわれに注ぎたまえ」とか、
「おん恵によりてシオンに、おん慈悲を示したまえ」とか、
ただでさえ、混乱するものに拍車をかけるわけなので、
いい加減にしてほしくなる。

この、詩篇51は、岩波新書の
浅野順一著「詩篇」にも取り上げられて、
かなり有名なものだと思われる。

この本にも、「七つの悔罪詩の第四番目のもの、
「しかも最も代表的なもの」と書かれている。

「ダビデの名を附して・・その心情を念頭に置きつつ
それを自己の懺悔として作詩をしたのである」と、
先にCD解説にもあった、
バテセバに対することの懺悔にも触れている。

前述のように、個々の語句は理解困難ながら、
大筋として、
「自分はすでに罪を意識して悔悟しているので、
許してほしい」という懇願を続けているだけ、
と言っても良さそうだ。

この本にも、神は、人間の真実を心に求め、
その心に知恵を与える、という解釈が書かれている。

12節の「わがうちに新しき、正しき霊を与え給え」
という祈りはわかりやすいが、
直訳すると、
「直き霊をわが喪に新たになし給え」なのだそうだ。

この「衷心の祈願」は、家畜などの犠牲ではなく、
「破れた霊、汚れ果てた心をそのままに」捧げものすることで、
神の意に適うのだと、この本の著者は力説している。

罪を認め、ありのままの自分を神に捧げればよい、
というこの詩篇の思想を、親鸞の「悪人正機」に例えている。

ということで冒頭であるが、
「まず彼は神の憐みを祈り求めている」とあるように、
「わが不義をことごとく洗い去り、
われを我が罪より潔め給え」と歌われる。
こうした内容は、確かに、
この曲の冒頭の雰囲気に合っている。

Track1.ソプラノとアルトの二重唱。
(ペルゴレージのガルデルリ盤では合唱だったが、
通常は、ペルゴレージも二重唱。)
「消し去りたまえ、いと高き者よ、わが罪を」
この部分は、ペルゴレージでは、
「イエス・キリストは十字架にかけられ」で、
降霊術のような感じの部分。
確かに、へりくだって謙遜している音楽にもなりうる。

Track2.ソプラノ独唱。
「我が罪を清め給え」と歌われる部分だが、
ヴィオラ声部を追加。
聞いた感じ、豊かさは増しているが、
指揮による切れ味の方が印象に残る。

ペルゴレージは、「歎き憂い悲しめるそのおん魂は」
クロプシュトックは、「キリストの十字架の傍らに
キリストの御母マリアと御友ヨハネは」と題した、
緊迫感のあふれる部分。
単に、聖母が嘆いて立っているより、
バッハの歌詞の方がぴったりかもしれない。
奇妙な現象である。

Track3.ソプラノとアルト二重唱。
「神の前に悪しきことを行いたり」の部分で、
ペルゴレージでは、「いかばかり憂い悲しみ給いしぞ」と歌い、
クロプシュトックは、
「するとキリストは愛に満ちた顔をあげて」
と解釈した部分。
息の合った柔らかい二重唱が美しい。

Track4.アルト独唱。(ペルゴレージも同じ。)
弾むような明るい曲調で、
ここに、ペルゴレージは、
「尊き御子の苦しみを」などという、
苦し紛れの歌詞を当てはめたが、
クロプシュトックは、「死にゆくキリストが、
その御母と御友に与えた至福の喜び」
という、キリストがまだ生きているという、
離れ業を使ってもっともらしくした。
バッハも、ここは、
「あなたは、私の罪を怒って、私は罪によって弱った」
という歌詞を持って来て、かなり無理やり感がある。

Track5.ソプラノとアルトの二重唱。
ヴィオラ声部を追加。
ペルゴレージは「たれか涙を注がざる者あらん」
クロプシュトックも、「主イエスよ、あなたの死を見て
悲しみの涙を流さぬものがいるだろうか」と書いた、
悲痛な部分に、少し切迫感のある部分が続くが、
バッハも、ここはたくさんの詩を当てている。
「私は生まれながらにして罪にいる」と認める部分。

Track6.ソプラノ独唱。(ペルゴレージも同じ。)
ヴィオラ声部を追加。
内省的な音楽だが、加筆によって、
さすがに、曲調に複雑さを感じる。
「聖母はまた眺め給えり」とペルゴレージが書き、
クロプシュトックが「救世主の犠牲の祭壇を見て」とした部分。
バッハは、「賢さの贈り物で、心が軽くなった」という歌詞。

日本の訳では、
「おんみはわが心のうちに、
おん自らの知恵を知らせたもう」(エンデルレ書店)。

Track7.アルト独唱。(ペルゴレージも同じ。)
ヴィオラ声部を追加。
ペルゴレージの「慈しみの泉なる御母よ」で、
「われをして御悲しみのほどを感ぜしめ、
ともに涙を流さしめ給え」
という、切実な感じ。
クロプシュトックの「天の恵みを授けられた御母」。

絵画的な一瞬。

バッハは、「ヒソポ(Isop)もてわれに注ぎたまえ、
さらばわれは清まらん」という、
浄化の部分を当てた。

Track8.合唱曲。
合唱でパッセージ補強。
ペルゴレージは、「わが心をして天主なる」。
「キリストを愛する火に燃えしめ、
一にその御心に適わせしめ給え」というフーガ的な合唱曲。

バッハは、バッハよりさらに対位法的な効果を感じさせる。
「喜びに勝利が高鳴る」という、クライマックスを充てた。
エンデルレ書店は、
「われにふたたび、喜びと歓呼を聴くを許したまえ」。
いかにも、ここで、一度、開放的な音楽で盛り上げたくなろう。

Track9.ソプラノとアルトの二重唱。(ペルゴレージも同じ。)
ペルゴレージでは、「くぎ付けにせられ給える御子の傷を、
わが心に深く印し給え」と痛々しいが、
逆に痛々しいほどに美しい、
しかも、何となく陽気な二重唱である。

バッハは、先に浅野順一訳で、
「わがために清き心を作り」とされた部分を中心に、
「わがとがをすべて消し去りたまえ」から、
「ふたたび、救いの喜びを与え給え」、
「罪びとは、みもとに帰り来たらん」まで、
5つもの節を歌わせてしまった。

この詩篇では、このあたりが一番わかりやすいが、
音楽も美しくて良い。

Track10.アルト独唱。(ペルゴレージも同じ。)
ペルゴレージは、この決然とした楽想に、
「我にキリストの死を負わしめ」という、
厳しい自戒の歌詞を充てたが、
バッハも、「主よ、わがくちびるを開き、
おんみの誉れを述べ伝えさせよ」という部分を充てた。
この歌詞なら、どんな楽想でも良さそうだ。

詩篇の「血を流す罪よりすくいたまえ」は省略されている。

Track11.ソプラノ独唱。(ペルゴレージと順番入れ替え。)
ペルゴレージの終曲、「肉親は死して朽つるとも」で、
クロプシュトックも「いつかわれらが死の床で」と、
死せるものの行きつく先への足取りを音楽に乗せた。

バッハは、「おんみはいけにえを好みたまわず」
という部分を充てた。
浅野順一は、「汝、犠牲を好み給わず」と訳し、
この犠牲がどうあるべきかを書いたことは、
先に紹介したとおりである。

この人が訳した19節もわかりやすい(意訳か?)。
「神の受け入れる犠牲は砕けし魂なり、
神よ、汝は砕けし、悔いし心をかろしめ給わじ。」
この部分こそが、確かに、この詩篇のありがたい点であろう。
浅野説も熱い。

Track12.ソプラノとアルトの二重唱。
(ペルゴレージと順番入れ替え。)
ペルゴレージは、可愛らしい二重唱に、
「われの地獄の父に焼かれざらんため」と歌わせ、
ちょっと不自然だったが、クロプシュトックは、
「地上の喜びも悲しみも、永遠の平安に向かう」
として、もっともな解釈をした。

バッハは、「主よ、おん恵によりてシオンに、
おん慈悲を示したまえ」と、クロプシュトック風。
最も、これは詩篇のままの部分。

しかし、後半は、
詩篇の「牡牛を捧げる」から少し離れた、
「栄光を」という表現で、分かりやすくなっている。

Track13.合唱曲。「アーメン」のみ。
合唱でパッセージ補強。
この演奏では、即興的な楽句が散りばめられ、
最後、ものすごく晴れやかな音楽になり、
素晴らしい清澄な響きになるのがすごい。
これは、もっと特筆されるべきであろう。

エンデルレ書店の「聖書の讃美歌」によると、
著者のJ.アプリは、
この詩篇を、下記のように要約した。

「すべてキリストの回復のわざは、
神の精霊の働きによって、
新しい心をもった新しい人間存在にすることである」

得られた事:「大バッハや、クロプシュトックは、ペルゴレージの『スターバト・マーテル』の楽想から、我々にとっても、非常に肯ける内容の歌詞を妄想した。」
「詩篇51、『破れた霊、汚れ果てた心をそのままに』捧げものすることが神の意に適う、という。」
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by franz310 | 2013-02-03 18:30 | 古典
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