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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その354

b0083728_23324689.jpg個人的経験:
ヴィヴァルディの
弦楽合奏のための協奏曲、
コンチェルト・リピエーノには、
RV159というのがあり、
これは、彼自身のオペラ、
『試される真実』のアリアから、
主題を取ったものである。
このようにオーケストラでも
演奏可能にしたオペラとは、
いったい、どのようなものだろう。


シューベルトが歌曲をもとに器楽曲を作ったことは、
常に特別なことのように書かれているが、
ヴィヴァルディにおいては、
それは特別なことではなかったようだ。

そのあたりの事情が知りたくて、
今回は、このオペラを取り上げて見た。

うまい具合に、先の協奏曲に使われた主題は、
いずれも第1幕のものなので、
3枚組のCDの最初の1枚を聴けば良い。

オペラ全曲を聴こうとすると、
かなりの気合いがいるが、
そう自分に言い聞かせて、
プレーヤーにかけてみたが、
これはまた、非常に美しい作品である。

また、解説を読んでも、
この作品がヴィヴァルディのオペラの中でも、
出色の作品である旨が強調されている。

いつもの碩学、フレデリック・デラメアが、
「ヴィヴァルディのヴェネチアでの課題曲」
という思わせぶりな題で、
解説を書いているので、急いで読み進めてみよう。

「『試される真実』は、ヴィヴァルディが、
作曲家兼興行師として作曲した25のオペラ作品のうち、
13番目のもので、1720年の秋、ヴェネチアで初演された。
この大作は、彼がマントヴァ宮廷に仕えての3年の不在の後、
再度、故郷の街の劇場生活に復帰したときのものである。」

ということで、ヴィヴァルディのオペラの、
ちょうど中期とでも言うべき位置にあることが分かる。

このブログでも、これまで、いくつかの
ヴィヴァルディのオペラ全曲を聴いてきたが、
これらを年代順に並べるとこうなる。

「離宮のオットーネ」(1713)
「狂気を装うオルランド」(1714)
「エルコーレ(ヘラクレス)」(1723)
「オルランド・フリオーソ」(1727)
「バヤゼット」(1735)
「ウティカのカトーネ」(1737)

ちょっと、ナポリ派の影響を受けた、
後期作品に偏っていたようなので、
これを聴くことによって、バランスが取れる。

「ヴェネチア音楽界における、
ヴィヴァルディの地位向上の空白は、
市の劇場との関係悪化によるものだったが、
3年の間に身に着けた、
再征服のオーラを伴って帰郷することになった。」

「オルランド」の解説を読んだ時、
私は、まだ、この作曲家の生涯に疎く、
この「四季」の作曲家は、ヴェネチアで愛され、
ずっとそこを拠点にしていたと思っていたので、
このような記述に戸惑ったものである。

「所有者の激しい嫉妬によって、
市の上流の劇場の一つへの
カムバックはならなかったが、
ヴィヴァルディは、最初に成功した
サンタンジェロ劇場で支配的地位を、
再び手に入れる機会を
手にすることを望んでいた。
しかし、彼が不在だった間における、
新進の作曲家たちの運気の上昇と、
新しい興行師たちの体制確立は、
その計画を阻止し、
彼が手にしようとした完全な権力を、
奪うように見えた。」

劇場となると、様々な利害が衝突する舞台でもある。
そう簡単に行くとも思えない。

「事実、『試される真実』が上演された秋には、
サンタンジェロ劇場への彼の影響力は、
限られたものとなり、
続くカーニバルのシーズンでも、
それは限られたこのとなり、
彼は、ヴェネチア人、
ジョゼッペ・ボニヴェンティとの共作で、
『マケドニアのフィリッポ』の第三幕を、
作曲できただけであった。
他の二つのカーニバルでのオペラは、
おそらく、彼の守備を越えて、
カルロ・ルイジ・ピエトラグルアの、
『Il pastor fido』と、
ジョゼッペ・マリア・オルランディーニの、
『アンティゴネ』の再演であった。」

こう読むとヤバそうだが、
結局はヴィヴァルディはうまいことやったようだ。

「彼の特権のこれらの制限にも関わらず、
ヴィヴァルディは、
サンタンジェロへのマネジメントに十分食い入り、
『試される真実』のリブレットや、
1720年の秋とカーニバルのシーズンの、
4舞台作品の歌手の選定には影響力を発揮した。
リブレットや歌手たちの選択という、
この二つの要素こそが、
彼の熟達の主要要素であり、
作曲において、欠くことのできない補助物であり、
事実、この2つのキーファクターは、
彼が再征服したかったものであった。」

こうした記事を読むと、
本当にオペラとは、複雑怪奇なもので、
シューベルトのような作曲家には、
手におえなくて当然と思え、
また、ヴィヴァルディの辣腕ぶりを、
改めて痛感する。

「トゥリンの国立図書館の
フォア・コレクション33として保存された、
『試される真実』のスコアを調べてみると、
これがヴィヴァルディの、
最もまばゆいオペラの一つであることが分かる。
この新しいヴェネチアのためのオペラのために、
作曲家が与えた細心の注意は、何よりも、
アリアやアンサンブルが、過去に使われたものではなく、
新作であることからも明らかである。
さらに、ヴィヴェルディの霊感の豊かさ、
アリアやアンサンブルの美しさと力強さは、
ほぼ10年のわたる劇場体験の後、
今や、円熟期の開花を迎えた、
彼のオペラ語法が目覚ましい発展を示している。
ホルン、トランペット、オーボエ、バスーン、
フラウト・グロッソ、フラウティーノなど、
彼は特に独奏楽器を有効利用し、
弦楽に加えてスコアに要求し、
とりわけ、繊細な洗練された弦楽の扱いや、
声とオーケストラの巧みな扱いに、
作曲家の並外れた抒情的天才が見られる。」

このCDを一聴すれば、この指摘には肯くばかりである。
かずかずの楽曲で、不思議な楽器の色彩が浮かび上がる。

また、声楽アンサンブルのきめ細かな綾が聴けるが、
それについても抜かりなく指摘されている。

「サンタンジェロ劇場との新しいコラボに当たって、
ヴィヴァルディが、若いヴェネチアのリブレット作者、
ジョヴァンニ・パラッツィとの作業を決定したことは、
明らかに、彼の個人的立ち位置が、
ゼーノやその弟子たちによる
文学的、劇的改革に傾倒したことを表している。
『試される真実』の均整のとれたプロポーションや、
合理的構成は、アルカディア派の様々な派閥から離れた、
ヴィヴァルディの劇の理想を示している。
その限られた声楽の人数、
ダ・カーポ・アリアに与えられた重要な位置、
控えめながら、それでいて重要な役割が、
アンサンブル(三重唱1、四重唱1、合唱)に与えられ、
アリアの破格も、劇場にマッチして、
『試される真実』は、アルカイックとモダンの総合する、
作曲家の嗜好を示した個性的な構成を示している。
それに加え、『オリエンタリズム』や『トルコ風』の装いは、
明快に描かれたキャラクターの、
真の感情のぶつかり合いの裏に、
イロニーとユーモアを加え、
ヴィヴァルディの霊感に刺激を与えている。
事実、『試される真実』でのアクションの扱いの特別さは、
シリアスとコミカルが慎重にバランスされ、
音楽劇の領域における作曲家の根本的野望を、
表明しているように見える。」

この後、ヴィヴァルディは、ナポリ派の興隆に悩まされるが、
この曲では、まだ、その脅威はなかったのだろうか。
流行よりも、自らの流儀を通している。

「1720年秋の演奏のために組織された歌手団は6人で、
全員が秋のオペラと、
続くカーニバルのシーズンの3作品のために契約された。
ズボン役を含め、女声が支配的であるにもかかわらず、
カストラートを一人に制限し、
テノールにスルタン・マムードを主役にして、
『試される真実』のキャスティングは、
男声をも目立つようにしている。
この声のバランスは、
芸術的な慣習にとらわれず、
流行のスターのギャラの要求を満たす、
例外的な配役を集めようとした、
この作曲家・興行師の素晴らしい技量の一例である。
いつものように、ヴィヴァルディは、
新星のプライドを満たしつつ、
ベテランや声の自然さを信頼した。」

このような事は、ヘンデルのオペラでも指摘されるが、
ヴィヴァルディの結成する歌手団は、
とりわけ念入りに選ばれているようだ。

ということで、以下、初演時の歌手たちの紹介がある。

が、いきなり、それに触れる前に、
このオペラが、いかなる物語であるかを知りたい。
この作品が、ヴィヴァルディの野望の結集であることは、
非常によくわかった。

序曲は、CD1のTrack1-3を占め、
これは、すでに序曲集でも紹介されていた。
幸い、この曲は、序曲もついた形で保存されていたようだ。

直線的にじゃかじゃかが突き進む第1楽章、
メランコリックで物憂げな第2楽章、
明るく晴れやかな組曲の終曲風。

解説書のSynopsisにはこうある。

「二つの勢力の長い政治的対立を終わらせるために、
Jogheのスルタンの後継者であるロザーネは、
Cambajaのスルタンの息子メリンドと結婚することになった。
この企ての達成にいかなるリスクをも排除すべく、
スルタンのマムードは、スルタン妃ルステーナと、
寵姫ダミーラがそれぞれ生んだ、
二人の息子を、交換していたことを、
明らかにしようと決意した。
正当の後継者であると思われていたメリンドは、
ダミーラが生んだ庶子であり、
ダミーラの息子として育てられたゼリムは、
実は、ルステーナの息子なのであった。
カーテンが上がると、スルタンは、
真実を公表することによって、
ダミーラにこのすり替えを、
終わらせるよう宣言したところである。」

まことにややこしい状況だ。

真実の関係は、   (正)
正妻ルステーナ← マムード(スルタン) →寵姫ダミーラ
     息子ゼリム      息子メリンド

という感じだが、
今までは、下記の関係にすり替えられていたというのだ。
          (誤)
正妻ルステーナ← マムード(スルタン) →寵姫ダミーラ
     息子メリンド      息子ゼリム

第1幕:
Track4.
アンソニー・ラルフ・ジョンソン(テノール)
によるスルタンと、
ナタリー・シュトゥッツマン(アルト)の
による寵姫ダミーラの対話である。

ト書きには、「宮殿内の人目に付かない場所、
たくさんの部屋がある」とある。

女声の方が多いのに、バランスが取れている、
と書かれていた作品だけあって、
冒頭から、非常に存在感のあるスルタンの威厳である。

シュトゥッツマンの声は、
例によって低く、男性的なので、
これまた、妙に威厳がある。
かわいらしい寵姫ではなく、
一癖ある側室で、淀殿みたいな感じである。

「王冠がメリンドから滑り落ちるということで、
怒ったダミーラは、スルタンの決定に反対し、彼を脅す。
しかし、彼は動ぜず、その心の痛みと解決を表明する。」

Track5.
スルタンのアリアで、断固としたリズムが刻む、
「息子への愛で私は誤った」
と、苦悩と英雄的な高ぶりが感じられるもの。
メロディも異教的と言えるだろうか。
伴奏の弦楽もちょこまかと面白い効果を出す。

Track6.
ダミーラとゼリム。
ゼリムは、ジャルスキーのカウンターテナーで、
どうもシュトゥッツマンの声より、
きんきんして、どっちが息子か分からないので、
要注意である。

「ロザーネを愛しているゼリムは、
想い人がメリンドと結婚すると知ったところである。
彼は、まだ母と信じているダミーラに、
スルタンにとりなして味方になってほしいという。」

Track7.
「ダミーラは曖昧な言葉で、彼を慰めるふりをする。」
これまた、エキゾチックなリズム、
明快な魅力あふれるメロディのアリア。
「私だって息子の幸福を見たいもの。」

Track8.
ゼリム、そして、スルタン夫人、
ロザーネ、そしてメリンド。
先のジャルスキーが嘆いているのをよそに、
メゾ・ソプラノのグレメッテ・ローレンス(夫人)、
ソプラノのジェマ・ベルタニョリ(ロザーネ)、
コントラルトのサラ・ミンガルド(メリンド)が、
喜びを口にするという残酷なシーン。

どうも、前半は、本当は庶子のメリンドが、
ロザーネと結婚する段取りで進む模様である。
スルタンは、まだ、決定を布告していないようだ。

「正妻のルステーナはメリンドとロザーネの、
来たるべき婚礼を楽しみにしている。
しかし、ゼリムは、嘆いている。」
とあるが、メリンドもロザーネも喜んでいる。

Track9.
ロザーネのアリアである。
唯一のソプラノなので、
軽やかに舞い上がる感触が心地よい。

まさに、これこそが、コンチェルト・リピエーノ、
RV159の第1楽章のメロディに使われた、
ロザーネのアリア『あの美しい魅惑的な』である。

リズムもぴょんぴょん跳ねて、
ロザーネはゼリムの失恋に無関心である。

解説には、
「幸福に酔いしれたロザーネは、
面倒なことはごめんと、ゼリムを退ける」とある。

Track10.
ルステーナ、ゼリムとメリンド。
「ロザーネが出て行くと、
ルステーナは、ゼリムに中立を申し立てながら、
息子の喜びをかみしめる。」
(実際は、ゼリムが息子であるのに。)

Track11.
ここで、コンチェルト・リピエーノ、
RV159の第3楽章の主題となった、
ルステーナのアリア、
『あなたの甘い眼差し』が始まる。

これは、怪しげな序奏の歩みを持つもので、
不思議な色調で、異教的な雰囲気を漲らせている。
前半は、メリンドに向かい、
「あなたの甘い眼差しに、私の幸福はいや増すの」
と言い、後半はゼリムに、
「その美しさを愛するなら
彼女の喜びを嘆いてはなりません」
と諭している。

ということで、Track25まであるCDの前半で、
コンチェルト・リピエーノの2つの楽章に引用された、
2つのアリアが聴けた。
前者は、愛の喜びを歌ったもので、
後者は、それに喜ぶもの、嘆くものの、
二人の立場に同調した、
より複雑な状況を歌ったものであった。

なぜ、これらがコンチェルト・リピエーノに、
使われたかは分からない。
とにかく、胸にしみるメロディではある。

Track12.
「スルタン夫人の退出後、
二人の兄弟でライヴァルは、
面と向かい合う。」
とあるが、
ミンガルド対ジャルスキーで、
ジャルスキー(ゼリム役)の方が、
きんきんして無垢な感じ、
ミンガルド(メリンド役)は影があって、悪者風。
「しかし、メリンドが軽蔑したようにしても、
ゼリムが痛切な誠実さで、兄弟愛を乱すことはない。」

Track13.
ゼリムのアリアで、
「君が侮辱しても、僕の兄弟愛は変わらない」。
ジャルスキーのこの世ならぬ声が、
冴え冴えと響いて美しい。

Track14.
メリンドは、今や、舞台に一人。
ゼリムの友愛の主張は、
嫉妬を隠そうとしているだけと、
なおも信じている。」

Track15.
メリンドのアリア、「ナイルの岸で」。
「弱った蛇が嘆いて死んでいく」という内容。
解説には、
「彼はここで憎しみの手綱をほどく」とあるから、
憎悪の感情を発散させているのであろう。

が、これも推進力があって明快なものだ。

Track16.
このような状況で現れれば、
非常にややこしくなりそうだが、
ようやくスルタン再登場。
「スルタンとダミーラ、
スルタンのプライヴェート・ルームにて」。

「スルタン、マムードは、自責に苦しみ、
愛情は二人の息子たちに二分したのに、
王権は二分することはできぬと嘆く。
ダミーラが現れて、メリンドのために再度、
仲立ちを試みる。
彼は、その言いなりになりそうになるが、
急に、それを止めて、荒々しく、彼女を追いかえす。」

このように、非常にややこしい状況であるが、
緊迫したレチタティーボが、7分近くに及ぶ。

Track17.
ダミーラとルステーナ。
正妻対側室のシーンだが、敵は夫である。
「ダミーラは、スルタンの計画を邪魔立てしようと、
計略を実行に移す。ルステーナの信頼を得て、
彼女はマムードがあなたを騙そうとしているとすっぱ抜き、
ルステーナを説得しようとする。」

Track18.
ダミーラのアリア、「王冠を手にすれば」。
これは、ナポリ派風に、
急速なパッセージで煽り立てるもので、
じゃんじゃんと合いの手を刻むリズムに、
旋回する弦楽が目覚ましい効果を発揮し、
シュトゥッツマンも、あえて、
変な声も出したりして、技巧の限りを尽くす。

Track19.
「ルステーナ一人になって、
騙された女として悲しい運命を嘆く。」
Track20.
そのアリアで、「繊細な花は」。
笛の伴奏も霊妙な、
素晴らしい色彩に彩られたもの。
「咲くとすぐに萎れる」という、
極めて古雅な情感に満ちたもの。

ローレンスの声も、この繊細さを湛えて美しい。

Track21.
恐ろしく幻想的な三重唱であり、
ロザーネ、ゼリム、メリンドの三角関係で歌われる、
「静かなうららかなそよ風よ」。

「シトロンの木々の庭、ロザーネ、ゼリム、メリンドが、
彼らの衝突した心情を田園的に表現する。」

独白が木霊するような感じ。

Track22.
先の三人によるレチタティーボ。
「そして、ロザーネはゼリムに言い訳をしようとする。
彼は、彼女の説明を聴こうとせず、絶望を露わにする。」

Track23.
ゼリムのアリアで、「いや、もう僕は信じない。」
これは、ヴィヴァルディのアリアでは、
よく聞かれるような、
強いアクセントで、リズミックに明るく言葉を強調するもの。
中間部では、なだらかに美しいメロディが出る。
「その偽りの媚態、意味のない眼差し、うそつきがすぐわかる」
という部分。

ジャルスキーが歌うと、
その澄んだ声質のせいか、
どろどろとした情念ではなく、
妙に民謡風に聞こえる。

Track24.
「メリンドはロザーネがゼリムにかけた憐みの言葉に立腹し、
嫉妬の気持ちを爆発させる。」

ゼリムはアリアの後、いなくなって、
痴話げんかが始まったのである。

Track25.
メリンドのアリア、「僕を騙そうとしている」。
これも、先のゼリムのアリアの対をなすもので、
リズミックでぴちぴちしているが、
もっと暗い情念で突き進む。

ミンガルドが歌うが、これまた、ナポリ派風に、
強烈な音の高低やスピード感が要求されている。

第1幕は、CD2にまたがるが、
最後に、三角関係の残りの一人、
もてもての女王様、ロザーネの番が残っているだけ。
最初の二つのトラックだけ聞いてしまおう。

CD2、Track1.
「彼女は一人残され、自分がどんな行動をし
ようと、自分の権利だわと主張する。」

Track2.
これはどこかで聞いたような音楽である。
ロザーネのアリア、「恋人よ、私の希望、光」。
精妙な弦楽の伴奏が月光のように冴え冴えと、
あるいは優しく、清澄なソプラノの声を包みこむ。

このメロディは、「エルコーレ」か何かで聞いたような気がする。
今回は、第1幕の鑑賞までで終わる。

得られた事:「ヴィヴァルディが、弦楽のための協奏曲に利用したメロディは、三角関係の恋人たちの物語の中で、純粋な愛の喜びと、それを寿ぐ部分のアリアのメロディが使われている。」
by franz310 | 2012-11-17 23:33 | 古典
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