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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その353

b0083728_225256.jpg個人的経験:
ヴィヴァルディには、
「弦楽のための協奏曲」という、
作品群があって、
まとめて録音されることがある。
イ・ムジチも録音を残していたし、
ここに聞くOPUS111にも、
アレッサンドリーニが、
印象的、鮮烈な表紙写真のCDを
10年近く前に出している。
2003年の録音とある。


真っ赤な背景に真っ赤なシャツのイケメンが、
目を閉じてカラスを持っている。

このレーベルのヴィヴァルディ・エディションは、
極めて意味不明なファッション系モデル撮影を、
表紙に据えたもので知られるが、
目を瞑ってしたり、鳥を持っていたりと、
とりわけわけの分からない写真である。

さて、ここに収められた「弦楽のための協奏曲」は、
弦楽の独奏部を持つ、たとえば、
ヴァイオリン協奏曲のようなものではなく、
弦楽合奏曲である。ソロらしいものはない。

三楽章形式であるし、
つまり、彼がオペラの序曲として、
書いた作品と外見が何ら変わりない。

また、一方で、これらの作品を利用して、
オペラの序曲として流用し、
これに続けて演奏したオペラの録音も多い。

たとえば、マルキ指揮の
「狂人を装ったオルランド」では、
RV112の協奏曲が、
スピノジ指揮の「オルランド・フリオーソ」では、
RV116の協奏曲が、
序曲として使われていた。

マルク・パンシェルルの
「ヴィヴァルディ生涯と作品」では、
第2部「その音楽」に、
「コンチェルト・リピエーノ」という章がある。

「リピエーノ」は、合奏協奏曲などを調べると、
必ず出てくる言葉で、
「合奏協奏曲は、ソロ楽器群(コンチェルティーノ)と、
オーケストラ(リピエーノ、大グループ)が、
交互に演奏する楽曲」などと書かれている。

したがって、バルトーク同様、
「オーケストラのための協奏曲」という感じにも見える。
しかし、ヴィヴァルディに関して言えば、
このオーケストラは弦楽合奏団であって。
バルトークの楽曲のように、
各楽器がソロのように活躍するものでもない。

ということで、言うなれば、
独奏楽器なし協奏曲みたいなニュアンスとなる。

パンシェルルの本では、シンフォニアと序曲と、
この4声のためのコンチェルト(コンチェルト・リピエーノ)が、
どのように分類されるべきか、
この研究家がいかに悩んでいるかが、
いろいろと書かれている。

ヴィヴァルディは、同じように、
ほぼ、急緩急の三楽章形式の弦楽合奏曲を書き、
ある時は、シンフォニアと言ってみたり、
協奏曲と言ってみたりして、
わけわからんということである。

この本の早川正昭訳では、
ヴィヴァルディが大量に残した、
外見が似た楽曲に対し、
「《コンチェルト》と呼ばれているシンフォニアと
《シンフォニア》と呼ばれているシンフォニアが
まったく同一だということはないが、
また相違点と思われるものもわずかしかない」とある。

そして、相違点は、
「一番簡単に片付けていいのは
オーケストレーションについてである」
といくぶん、破れかぶれ的に結論づけている。

コンチェルトは、
宮廷のあらゆる条件のそろったオーケストラ用、
オペラの序曲であったシンフォニアは、
劇場の貧弱なオーケストラ用、
と簡潔に補足が書かれている。

また、オペラの序曲集を聴いても思ったことが、
列挙されている点は以下のとおりである。

1.コンチェルトと違って終楽章がやたら短い。
2.アレグロのテーマが調子のはっきりした性格を持つ。
3.簡単なものを執拗に繰り返して活発に展開。
4.緩徐楽章に特色があり、情感は深くないが音色が独特。

といった感じであろうか。
これは、サルデッリ氏も書いていた事だ。

パンシェルルは、こうした点に加え、
ポリフォニー的な手法を強調し、
これが、のちの交響曲の起源に重要な役割を果たした、
と書いている。

意外に、私は、この結論が好きである。
つまり、ヴィヴァルディは、要所要所で、
その目的に合わせてこうした合奏曲を書いた。

言うことの聞かない楽師たちが集まって演奏する
オペラのシンフォニアとして作る場合、
何よりも、即効性を持って、
こけおどしをするように作り、
たとえば、ピエタのすぐれた合奏団、
自分の意のままに応じる楽団のためには、
洗練された楽曲を書いた。

音楽之友社の「作曲家別名曲ライブラリー」でも、
「どの曲もあまり長くはなく、
独奏協奏曲ではほとんど見られなかった対位法も導入されている」
と書かれている。

なお、この音楽之友社の本では、
RV120、121、128、141、142、
145、151「アラ・ルスティカ」、152、158の、
9曲が取り上げられているが、
もっとたくさんの楽曲がある。

ピノックが「アラ・ルスティカ」というタイトルの、
CDを出したことがあったが、
あまりに短い作品で驚いたことがあった。

今回のOPUS111レーベル、naiveシリーズ、
ヴィヴァルディ・エディションのアレッサンドリーニ指揮、
コンチェルト・イタリアーノの演奏によるCDでは、
12曲もの協奏曲が収められているが、
いずれも数分の作品なので、65分くらいしかかからない。

「四季」などは四曲で一枚のLPになっていたので、
規模としては、一曲が、あの協奏曲の半分以下、
場合によっては一楽章相当しかない。

さて、今回聴いてみたこのCDであるが、
前述のRV128の代わりに123が、
RV142や145の代わりに143が、
151「アラ・ルスティカ」、152の代わりに、
RV153、154、156、159などが収められている。
また、RV115というのも入っている。

さて、フレデリック・デラメアは、
このCD解説で、どのように書いているだろうか。

「ヴィヴァルディのオーケストラのためのコンチェルト、
オペラのシンフォニアか、演奏会用の作品か?」
というタイトルが、完全に、これまで論じて来た事に、
答えを与えてくれるようで、
時宜にかなっており、極めて興味をそそる。

「ペーター・リオムのアントニオ・ヴィヴァルディの
作品レパートリーによるカタログナンバーで、
通しのRV109~169にあたる、
オーケストラと通奏低音のための作品群は、
性格的にも機能的にも様々なバラエティを持つ作品である。」

この数字からすると、61曲もあるということか。
12曲くらいを聴いて、全貌を知ろうとしたら、
大間違いという感じがしてくる。

「『オペラの前のシンフォニア』は、
『音楽劇』の序曲であり、
これらは世俗的であれ宗教的であれ、
教条的なものであれ、娯楽的なものであれ、
コンサート用の作品と混ざっている。
しかしながら、これらの作品を、
タイトルの用語で分類するのは困難で、
ヴィヴァルディ自身、
コンチェルトと書いたり、
コンチェルト・リピエーノと書いたり、
シンフォニアと書いたり、
題名を二重に書いたり重ねてみたりして、
混乱させることを楽しんでいるようである。」

このような状況なら、各曲、
どのような題名がつけられていたか、
書き出してほしいくらいである。

「ある作品は、シンフォニアとコンチェルトと、
二つの名前を持っていて、
自筆譜には続けて書いているが、
音楽内容はそれによって変わってはいない。
同様にある協奏曲は、
ある楽章だけが変えられて、
セレナータやオペラのシンフォニアとして、
再登場する。
多くの作品は自筆譜が失われており、
名称が気まぐれに付けらてているので、
これがまた問題を難しくしている。
この録音にあるRV123などは、
エステルハーツィの宮廷の音楽目録には、
『シンフォニア』と書かれているのである。」

ということで、さらりと書かれているが、
ハイドンゆかりのエステルハーツィの話が出てくるだけで、
嬉しくなってしまう。

「この用語的な混乱は、しかし、
類型学にはさほど問題とはならない。
作品の分類によって、ある程度まで、
それらを、それぞれの用語体系の
本来の地位に戻すことが出来る。
ジャン・ピエール・デモウリンの調査では、
ヴィヴァルディの舞台作品のために
残された11曲のオペラの前のシンフォニアの研究によって、
典型的なヴェネチア・オペラの序曲の
プロファイルを知ることが出来た。
コンサートのために書かれたオーケストラ作品とは、
長調へのシステマチックな依存によって分類でき、
その生き生きとした最初の楽章は、
もっぱら、劇的な和音と和声進行によって支配されており、
中央のメロディの豊富な楽章は、
通常、アンダンテのテンポで、
第一楽章の関係短調である。
二部形式の終楽章は、プレストかアレグロ・モルトである。
これらの特徴が、オペラのシンフォニアと、
コンサート用の楽曲を分けるのに、
はっきりした線を引くというのは確かであるが、
これらのジャンルの交差点のような、
狭いあいまいな部分もある。
たとえば、この録音にあるRV141などである。」

ということで、何でも単純に割り切れる、
というもではない方が、
ミステリアスなロマンが感じられて良い。

「オペラのシンフォニアとは異なり、
コンサート作品は、性格が多様で、
単一のカテゴリーに収めきれない。
これらはいくつかのサブ・グループに分けることが出来る。」

以下、このコンサート用作品の、
サブ・グループについて語られている。

「これらの中で主要なものは、
短調のもので、しばしば、
二三小節の単なる経過句のように切りつめられた
半音階的な中間楽章を持ち、
ヴィヴァルディによる『フーガの技法』の好例のような、
彫琢された終楽章からなる。
このサブ・グループは、
RV120、121、123、
143、153、156などで、
すべて、この録音に含まれている。
そして、すべての曲が、
一つ以上のこれらの特徴を備えている。」

ということで、これらの
「コンチェルト・リピエーノ」は、
前回聴いた「オペラの前のシンフォニア」が、
長調で書かれ、単純な終楽章を持っており、
むしろ中間楽章のメロディに特徴があったのに、
まったく異なる特徴があることが分かった。

「第2のサブ・グループは、このCDに収められた、
『マドリガーレ風協奏曲RV129』に見られるように、
通常のものとは異なる作品のシリーズで、
スタイルや構成が異種混合である。
時に描写的、しばしば伝統的な三楽章構成を逸脱する。」

このように、分かりやすくグループ分けされていて、
鑑賞の助けとなる。

「第3のグループは、明らかに教育用で、
疑いなく、もともとピエタのオーケストラのために
書かれたものである。
これらの作品は、ここでは、
協奏曲RV121やRV115で代表され、
初歩的な主題材料からなり、
リズムやドラマ的効果を積み上げ、
明らかにソノリティやニュアンス、均質性の訓練に、
適するように書かれている。」

この解説を読んでいて、
かなり高度な音楽家集団であった、
ピエタの少女たちに思いを馳せ、
練習用とはいえ、おそらく、
彼女らは、これらの曲を演奏会で披露して、
聴衆に質の高さをアプローチしたこともあっただろう、
などと考えてしまった。

「第4の、そして最後のサブ・グループは、
本質的にメロディの基づくもので、
ヴィヴァルディ自身の声楽曲の主題を借りて、
オペラの世界と予期せぬ関係を築いている。
作曲家のオーケストラ作品の
この魅惑的な側面は、この録音では、
協奏曲RV154とRV159によって、
例証されている。」

この記載には驚いた。
シューベルトは、声楽曲をベースにした、
室内楽や器楽曲の創作によって、
様々な音楽的変容を見せ、
特殊な作曲家として語られることが多かったが、
100年前の大先輩に、
そうした事を積極的にやっていた人がいた。

「後者(RV159)の第1楽章は、
『試される真実』(RV739)の
ロザーネのアリア
『あの美しい魅惑的な』(第1幕第3場)が、
同じテーマに基づいており、
第3楽章の主題は、同じオペラの
ルステーナのアリア
『あなたの甘い眼差し』(第1幕第4場)のものである。」

ということで、この1720年のオペラが気になってきた。
いずれも第1幕で、しかも続く情景での音楽であるが、
何か意味があるのだろうか。

大変、勉強させていただいた、
この解説は、次のようなセンテンスで、
ヴィヴァルディの知られざる一面を強調して結んでいる。

「しばしば自己引用が多くて非難される
ヴィヴァルディではあるが、
これらの楽しい祝典的なコンサート作品は、
多様な変奏によって、
一つの主題を展開させていく、
素晴らしい能力を開陳し、
その知られざる才能の一面を示している。」

実は、このCD、指揮をしている
アレッサンドリーニ自身の解説もあるが、
ここでは、「エゴを主張するかわりに、
絶対音楽としての美観を追及した曲集」
みたいなことが書かれている。

2つのヴァイオリン群がユニゾンになり、時に抗争して、
「ノイジー・スタイル」の輝かしいアレグロで、
演奏の始まりを告げる。
フーガの終曲が目立つ、など、共通の特徴を書いている。
ヴィヴァルディは、その力量を見せつけたかったのだという。

また、自作からの引用があることを、
アレッサンドリーニも列挙している。

以下、ここに収録された各曲を聴いたイメージを、
RV番号順に並べてみた。

RV.115(Track17-19)ハ長調。
これはいったいの破れかぶれ系音楽である。
是非、オルランド・フリオーソくらいの序曲として、
もっと普及させて使って欲しい。
強烈なビートで、じゃんじゃかかき鳴らして、
かなり忘我系のもの。
第2楽章は、うってかわって、
弱音が支配する冥界の、
あるいは夢うつつの情景。
ほとんど音楽と言うよりハーモニーの連続。
非常に詩的である。
終楽章は、これまでのことを、
みんなご破算にする健康なかけっこである。
何だか意味深。

が、この曲は、先の解説では、第3分類。
練習曲に分類されていた。

RV120(Track26-28)ハ短調。
極めて実験的な音楽と聞こえる。
ほとんど主題になりそうでならない
メロディの切れ端が繰り返されているだけ。

第2楽章も、低音部で繰り返される
ゴンドラを漕ぐような動きに、
高音でハーモニーが重なっているだけ。

第3楽章はフーガである。
これは、しかも、モーツァルトも好きそうな
ジュピター式の開始。
ただし、晴れやかなものではない。
むしろ、バッハの「音楽の捧げ物」みたいな感じもする。
いずれにせよ、それらの名曲と比較したくなる存在感である。

この曲は、先の解説では、
第1分類、典型的なコンチェルト・リピエーノである。

音楽之友社の「作曲家別名曲解説」にある。

RV.121(Track7-9)ニ長調。
この作品は激しいユニゾンによるリズム強調で始まって、
オペラの序曲のように、実用的な、
あるいは機能的な音楽である。

しかし、そのあとに爽やかに流れる
流動的な楽想が来て、
モーツァルトの喜遊曲のような風が吹き抜ける。
そのせいか、この曲はイ・ムジチなども録音している。

短い第2楽章は、沈鬱に沈みこむが、
これをバネにするように機械仕掛けのごとき、
がちゃがちゃ系終楽章が来る。
ペチャクチャしゃべくりまくる音楽。

この曲は、第1分類、
または、第3分類の練習曲とされた。

音楽之友社の解説にある。

RV123(Track35-37)ニ長調。
この曲はいわく言いがたい。
何だか明るいのだが無機的な楽想の繰り返しを、
それらしくまとめただけにも思える。

第2楽章は、独奏的な、
即興も絡む謎かけのような音楽。

第3楽章は澄んだ空気がみなぎった
微妙な舞曲調の対位法的のものでこれまた神秘的である。

この曲は、先の解説では、第1分類とされた。
対位法の駆使からしてその通りと思える。

RV129(Track10-13)ニ短調。
「マドリガーレ風」とされる。
この曲には意味ありげな序奏がついているが、
この緊張感に続いて現れる
まさしくフーガの技法のごとき、
展開はなんという世界だろうか。
これがヴィヴァルディ?という凄い空間。

さらに、またまた緊張感みなぎる部分が、
精一杯引き伸ばされると、
ちょっと明るさを持ってはいるが、
これまた、抽象的な錯綜した音楽となる。

これは先の分類では、唯一、第2分類とされたもの。
様々な様式の寄せ集めというわけだ。

何が「マドリガーレ風」かはよく分からないが、
4楽章形式だし、他の曲とはかなり違う。

アレッサンドリーニは、
「自身のマグニフィカト、キリエのいろいろな要素を、
再構成したものに他ならない」と書いている。

RV141(Track23-25)ヘ長調。
ちゃっちゃらちゃっちゃらとお祭り騒ぎの主題に、
これまた、かき鳴らし系のかき乱し楽想がからむ。

この中間楽章は何だ。
小唄を口ずさむようなお気楽感に満ちている。
ヴィヴァルディ版「道化師の朝の歌」。

じゃんじゃか系の終楽章と相まって、
全体的に官能的な交響詩になっている。

この曲はデラメアの解説では、
特に分類されていないが、
RV121が2回分類されているので、
どちらかが間違いなのかもしれない。

音楽之友社の解説にある。
ただし、この解説群は身が入っておらず、
終楽章がシンコペーションとあるくらいで、
たいがい、そうした事しか書かれていない。

第1楽章についても明確な形式を指摘できない、
と書いている。

RV143(Track20-22)ヘ短調。
いきなりフーガである。
ヴィヴァルディの技巧集成といった趣で、
何だか建築作業が始まる。
そうした創意工夫を始めるぞ、
と言わんばかりのよっこらしょ系の主題である。
そこに、多少、超越したような表情のメロディがまとわりつく。

第2楽章は、研ぎ澄まされ系の導入部という感じで
素晴らしく高潔なメロディに満ちた終楽章に続く。
何だかセンチメンタルでもあり、ナルシスティックでもある。

当然、第1分類。

RV.153(Track4-6)ト短調。
この曲の第1楽章の寄せては砕け散る
海の嵐を想起させる劇的な表現は、
ニヒルなメロディが歌われる第2楽章と共に、
作曲家のこだわりの個性的な刻印を感じるが、
終楽章も同様な雰囲気で孤高である。

この協奏曲は、かなり力作ではあるまいか。
RV.156と共に自画像的。

これも第1分類とされて当然かもしれない。

RV154(Track14-16)ト短調。
この曲はシューマンの音楽のように
気紛れな雰囲気とリズムが、
これまた、「錯綜する」、という感じの楽章で始まる。

第2楽章も衒学的で、
いかにも、意味深で深刻な張り詰めたもので、
終楽章はがっちゃんがっちゃん言うリズムに、
やけっぱちなメロディが無理矢理付けられている。

この作品は第4分類なので、
オペラから主題が採られたのか。

RV156(Track29-31)ト短調。
粋ないなせなメロディで、
肩で風を切るヴィヴァルディで、格好いい。
北風が吹こうとたじろがぬ自信に満ちた足取りである。

中間楽章は幾分、失意を感じさせる。内省的なもの。

終楽章のメロディも素晴らしく推進力があり、
この協奏曲は不遜とも言える作曲家の肖像画に見える。

あるいは、あえてベルリオーズを先駆けた、
自伝的協奏曲と書いて問題提起しておこう。

これも第1分類とあるが、私は、RV153と共に、
もう一つ、別の分類にしたい。

RV158(Track32-34)イ長調。
開放的な楽想をおおらかに展開し、
途中、マニエリスティックな確信犯的な、
ぎこちないジグザグをさしはさむ。

第2楽章も、ぎっちょんぎっちょん系の
スケルツォとかフモレスケ。

終楽章は、これまた、開放的なもの。
合いの手のような動機が吹き抜け、
停滞しがちなリズムの繰り返しの推進を助けてくれる。
アレッサンドリーニは、ペルゴレージ風と書いている。

この曲も、デラメアの解説では分類されていなかった。

RV.159(Track1-3)イ長調。
明朗な楽想で微笑みが感じられる開始部ながら、
袋小路的な、意地悪がある。

中間楽章はメロディとしては、
ものすごく引き伸ばされた子守唄のような感じ。

終楽章は、このCDの中では目立って個性的なもので、
エキゾチックな色調で目立ち、苛立たしく停滞する。

この作品は、先に、「試される真実」の、
第1幕の音楽の焼き直しとされた。
第4分類。

アレッサンドリーニは、解説を、
「メロディ発明の才能、巧妙なリズム処理、
いたるところにヴィヴァルディの天才を感じる。
そして、ヴェネチアの器楽の伝統に明らかに則っている。」
と結んでいる。


得られた事:「ヴィヴァルディのシンフォニア(序曲)と弦楽合奏協奏曲は、外見が似ているが、前者は長調が支配的で中間楽章のメロディに特徴があるのに対し、後者は短調の場合が多く、対位法的で終楽章に力点がある。」
「ヴィヴァルディの器楽曲にも、シューベルトと同様、声楽曲を改変したものがある。」
by franz310 | 2012-11-10 22:06 | 古典
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