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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その347

b0083728_2149137.jpg個人的経験:
古代ローマの英雄、
カエサルが登場するので、
もっと聴かれても良いと思われる
ヴィヴァルディのオペラ、
「ウティカのカトーネ」。
前回は、消失したものながら
修復された第1幕に続き、
ヴィヴァルディの真筆である
第2幕を聴いた。
今回は最終幕を聴くことにする。


カトーネとは、カエサルの独裁に反抗した
ローマの元老院議員の名で、
ポエニ戦争の時のカトー(曽祖父に当たる)
と区別するために、
小カトーなどと呼ばれることがある。

この人の胸像であろうか、
DYNAMICレーベルのCDの
解説書の表紙は、極めて頑固そうな親父である。

が、共和主義の最後の擁護者などは、
独裁者にはやられてしまう、
と、思わず嘆息したくなるような、
神経質そうな表情も印象的である。

その意味では、エラートのシモーネ指揮による、
CDの表紙を飾ったルブランの絵画の方が、
やられるにしても、柴田勝家風で、
そこそこは強そうだ。

ウティカは、この人が最後に立てこもった、
アフリカの街の名であって、
結局は、この人はこの地で自害して果てることになる。

共和主義者が、独裁者にやられてしまう筋なので、
ヴェネチア共和国の真ん中で演じられるには、
極めて微妙な意味合いに思われたようで、
作曲家兼興行主はこれをヴェローナで初演した。

ヴィヴァルディが、
この時使った歌手のアンサンブルは、
興味深い組み合わせだったようで、
マルゴワールが指揮した、このオペラのCD解説には、
それが特記されている。

フレデリック・ダラメアという一人者が書いたもので、
「メタスタージオのオペラが、一般的に演奏されているのとは違って」
と書かれており、
ヴィヴァルディの歌手発見の才能を特筆している。

ヘンデルは、クッゾーニ、ストラーダ、
ファブリ、カレスティーニらを発見して、
新星と古参をより取り見取り組み合わせ、
予算内でオペラ興行をしたとある。

つまり、有名どころで固めれば、
ギャラが嵩んでしょうがないが、
ヴィヴァルディもヘンデルも、
積極的に若手を育て、
コストパフォーマンスを高めたのである。

タイトルロール、つまり、小カトー(カトーネ)には、
地元のテノール、チェーザレ・グランディが配された。
あるいは、地元にファンがいて、
成功に寄与したかもしれぬ。

歌手の方も、余所から来た企画に採用されれば、
安い金額で応じたかもしれぬ。

また、カエサル役は、カストラート・ソプラノの、
ロレンツォ・ジラルディが担当したとある。

彼ら二人は、この時しか、
ヴィヴァルディとの仕事はなかったらしい。
ということで、この人たちについては、
状況に応じて、たまたま起用した人事だとわかる。

しかし、もう一人のカストラート・ソプラノ、
(アルバーチェ役か?)若いジャコモ・ザッギーニは、
ヴィヴァルディの、ヴェネチアでの2シーズンに、
引き続き登場したという。

この人は、ブランデンブルク辺境伯のお抱え歌手であった。
それもあってか、ヴィヴァルディも気に入ったのか、
まあ、この場合は、良い出会いでもあったのだろう。

さらに、これらの発掘された3人に対し、
残る3人はもっとも信頼できる歌手で固めた。

フルヴィウスは、コントラルトの、
ヴェネチアから連れて来たエリザベッタ・モーロで、
12年以上も一緒に仕事をした道化役の名手だったとある。

エミーリアのパートは、
同じくらい一緒に仕事をした、
技巧家のジョヴァンナ・ガスパリーニで、
すでにヴェローナでは、
『忠実なニンファ』で仕事を共にしていた。

この人は、これがヴィヴァルディとの仕事が最後になった。
そのため、彼女には、ポンペイウスの妻の役の、
輝かしい役柄を用意した。

哀れなマルツィアには、最高の信頼をおいていた、
アンナ・ジローを配置。
生徒であり、秘書であり、親友であり、女声のアドヴァイザーであった。

このように考えられた配役であったからであろうか、
このオペラは、下記のように、注目すべき成功を収めたようだ。

「1737年の春、ヴェローナで初演された、
『ウティカのカトーネ』は、長く浮沈も激しかった、
ヴィヴァルディのオペラのキャリアにおける、
絶頂を期した。
『カトーネ』は、彼がヴェローナのために書いた、
4番目のもので、ヴィヴァルディ自身が、
1737年3月3日、
ベンティボーリョ侯爵に書いた手紙に読めるように、
素晴らしい成功を収めた。
『神を祝せよ。オペラは賞賛されました』。」


ナポリ派が蹂躙していた、気まぐれなヴェネチアでは、
彼への門戸はほとんど閉じられようとしており、
この大陸部での成功は、例外的なことだったようである。

「彼が1741年に亡くなったヴィーンに旅立つ何年か前から、
赤毛の司祭は、すでにヴェネチアから離れようとしていて、
北イタリア、中央イタリアを、広く活動を広げ、
アンコナ、レッジオ・エミーリア、フェラーラ、フィレンツェ、
マンチュア、パヴィアで、彼の作品は上演されている。」

解説者は、病弱だった彼が、
60歳近くになって、行ったこの行動を、
「驚くべき放浪」と書いている。

「この彼のヴェローナでの最後のシーズンには、
ヴィヴァルディは、自身の詩的、劇場的、哲学的な持ち味から、
遠く離れたリブレットを選ぶ必要があった。
最も有名なイタリアの劇作家であった、
メタスタージオの作品に、
この10年に3度向き合ったが、
この熟達した作曲家―興行主は、
リスクを計算し、うまくいくはずの方法をとった。
『カトーネ』は、ローマで上演されるために、
メタスタージオが1728年に書いたもので、
すでに、ヴィンチやレオ、ハッセらによって作曲されていて、
18世紀イタリアの分裂状態の埋め合わせのように、
ローマの輝かしい過去の歴史にあやかった、
教訓物語であった。
ヴィヴァルディはこれをさらに要約し、
編作し、政治的葛藤や価値観のせめぎ合い、
愛のもつれなどをうまく穏やかな筋にまとめた。
劇的なキャンバスは、心理的な色彩で描かれた。」

ヴィンチやレオ、ハッセは、
ナポリ派の作曲家であって、
ヴェネチアで上演しようとしたのは、
あるいは、ヴィヴァルディが最初だったのだろうか。

とにかく、この物語の内容は、政治色が濃く、
ヴィヴァルディもそれを心配したのであろうことが、
プロットの後の解説に書かれている。

第2、第3幕しか、
ヴィヴァルディのスコアは残っていないが、
特筆しべき作品であることが、
下記のように理由づけされている。

うまい具合に残ったのは、
素晴らしい成熟度を示す、
11のアリアとコーラスで、
これらは、技法的にも成熟し、
ナポリ派の作曲家の語法も、
驚くほど手中に収めているというのである。

「『忠実なニンファ』(1732年ヴェローナ)や、
『バヤゼット』(1735年ヴェローナ)を特徴づけた、
革新性はなりを潜め、
当時好まれた劇形式に収められている。
第3幕の最後に、伴奏つきのものがあるが、基本、
通奏低音のみを伴奏とする簡素なレチタティーボと、
アリアが交互に現れる。
同様に最後に二重唱と合唱が例外的に置かれている。
ただし、この合唱は、
テノール(カトーネ)と、
二人のコントラルト(マルツィアとエミーリア)
三人のソプラノ(カエサルとフルヴィウス、アルバーチェ)が
一緒に歌うだけで、アンサンブルのパッセージはない。」

この解説者は、このオペラの特徴として、
「ヴィヴァルディは、その形式の独創性より、
オーケストレーションの洗練を重視した」としている。

これについては、
「ヴェローナのフィラモーニコ劇場のオーケストラが、
ヴィヴァルディがヴェネチアで扱えたものより、
はるかに大型であった。
ヴィヴァルディは楽器法の大家であったのに、
いつも、ヴェネチアでは、その錬金術を使うのを、
諦めねばならなかったのだが。」
などと書かれている。

その証拠として、街のアーカイブにある資料によると、
1737年のシーズンのフィラモーニコのオーケストラは、
22人以上の器楽奏者を含む常設のものだったことが分かるようだ。
さらに当時の慣習として、エキストラもいたらしい。

「このレポートにふさわしく、
このオペラのスコアは、二つのトランペット、
二つのホルンなどが、一般的なバロック・オーケストラ
(2つのヴァイオリン・パート、ヴィオラと通奏低音)
に加えられて、このオペラの楽器法の壮大さが、
その成功に寄与したものと思わせる。」

なお、この「ウティカのカトーネ」は、
メタスタージオの初期の作品らしく、
下記のような解説がついている。

「1728年謝肉祭の時期に、
ヴィンチが曲をつけて、
ローマのTeatro delle Dameで初演された、
『ウティカのカトーネ』は、
『アルタセルセ』、『オリンピアーデ』、
『デモフォンテ』といった1730年から33年に、
メタスタージオが芸術的成熟を遂げる少し前のものである。
『見捨てられたディドーネ』(1724)や、
『Attilio Regolo』(1740)と共に、
カトーネは、この大詩人が悲劇的フィナーレを置いた、
数少ないメロドラマである。
主人公が舞台上で死んだりしない、
これらの作品とは違って、
カトーネでは、娘の腕で息を引き取る
『舞台上の死』を描いた。
明らかにこれは、18世紀の聴衆には粗野にすぎ、
メタスタージオの見識からもそうだった。
作品への批判によってか、
彼は、マルツィアが父の死を報告するという、
もっと穏当な方法のフィナーレを書き直した。
しかし、メタスタージオはオリジナルの着想も捨てきれず、
1733年に出版社に第二版を送った時、
どちらのフィナーレも出版したいと書いている。
しかし、ヴィヴァルディの場合、
メタスタージオの改定を越えて、
音楽劇の進行を軽快にするべくカットを施し、
決定的なハッピーエンドにしてしまった。
このことは確かに歴史の真実から離れることになったが、
当時の嗜好に沿ったものであった。」

では、ここでプロットを読みながら、
このさまざまな特色を持つ、第三幕を聴いてみよう。

CD2のTrack12.は、シンフォニアから始まる。
1分半程度のものだが、軽やかでありながら、
神妙な面持ちで、羽根のような肌触りで、
荘厳な終幕を予告している。
「イシスの泉の近くの木立の多い場所」とある。

Track13.
「カエサルは小カトー(カトーネ)との和解を、
きっぱりとあきらめ、戦争を仕掛けることを決めた。」
というシーン。

カエサルは、最初から、
「何も起こらなかった。私は十分耐えた」とお怒りだ。

フルヴィウスは、それを呼び止め、
「待ってください。ウティカの門では、
敵が待ち構えています」と忠告するが、
実は、こいつは食わせ物である。

イシスの泉のところに待っている、
フロルスという信頼できる男がいるから、
それに秘密の抜け道を教えてもらえばよいという。

第2場になって、
「いったい何度、運が変わるんだ」と、
オペラではよく出る、
不自然な時間進行に対し、
観客への言い訳をしながら歩いている。

プロットに、「カエサルは最初に、
父親の激怒から逃げ出したマルツィアに会う」とあるように、
「まだ、あなたはウティカにいたの」とマルツィア登場。
「父は殺したいほどだから、
私が逃げても何も言わない」と言っている。

しかし、「お別れよ」と繰り返し、
一緒に行く気はなさそうだ。
彼女は、ただ、どっかに消えて行こうとしている。

Track14.
マルツィアのアリア。
「行くかとどまるか、どうしていいかわからない」
という、刻むようなテンポで、
焦燥感と軽快さを併せ持ったもの。
ヴィヴァルディらしい活発な伴奏も聞きものである。
アリアの後なので、彼女は行ってしまう。

Track15.
カエサル一人。
このトラックは、
「なんてこった」というシーンですぐ終わって、
Track16.
カエサルのアリアが始まる。
「愛のため息に溶け込むのは、
本当に楽しいことだった」と、
失った恋人をしのぶ。

が、かなり軽い曲想で、
軽薄男の口ずさむ小唄といった風情。

Track17.
今度は、エミーリアが、カエサルを待ち構えるシーン。
男たちを引き連れ、隠れる。
カエサルは、ここがイシスの泉だが、
などと言っていると、
送水路からエミーリアが現れ、
「復讐の時」とか言っている。

プロットで、
「カエサルは、次に、罠に誘い込もうとする
エミーリアに会う」とあるところ。
つまり、フルヴィウスは、この人の陰謀に、
カエサルを誘ったというわけだ。

このトラックは長く、
さらに、こんな解説の部分まで行ってしまう。
「ポンペイウスの未亡人のぺてんに乗じて
変装したカトーネが来なかったら、
独裁者は命を失うところだった。」

かっこいい男声が響くので、
この部分はわかりやすい。

が、カトーネは、
誰の陰謀か知らなかったようだ。
「誰がたくらんだ悪事だ。」
「エミーリアだ。」
「エミーリアだって。」
「その通りよ。彼を捕まえたわ。」
などという会話がある。

4分以上もレチタティーボが続き、
どんどん劇は進行する。
ということで、第3幕は、そんなに長くない。

「決闘で、決着をつけようとカトーは提案する」とあって、
男たちが言い合っているが、
カエサルは剣を捨てて逃げていく。

プロットで、
「ローマ人がウティカの城壁を
猛攻しているという急報は、
彼らの戦いを止め、彼らはそれぞれの陣に戻る」
とあるところだ。

エミーリアは、「逃がした」と怒って、
ようやく次のトラックになる。

Track18.
激烈な太鼓連打を伴う序奏に続き、
「森の草地で、最後のライオンが横たわり」
という有名なアリアをエミーリアが歌う。

カンヘミの技巧的な歌が聴けるが、
この難曲では、さすがに、少し苦しそうだ。
それほどまでに、敏捷さと、
跳躍した高音が要求されるもので、
なだらかな中間部も、テンポが激変する。
「致命傷の傷を負って、
死の苦しみに卒倒し、
私は苦しめられる。」

ホルンが吹き鳴らされ、勇壮な音楽であるが、
かくも、内容は悲壮感あふれるものだ。

Track19.
カトーネは、剣を片手に、
「勝利は君のものだ。何と誤った星の運命よ。」
と言っているから、敵が勝ち、決着がついたのであろう。

彼は、「世界はカエサルの意のままになった」、
「すべてのローマの自由は、我と共に滅びん」
と言って、自決しようとするが、
マルツィアとアルバーチェが飛んでくる。

プロットに、
「ウティカの軍勢は打ち破られ、
カトーネの自決は、マルツィアとアルバーチェに止められる」
とある部分。

Track20.
ここからは、解説にもあった二重唱である。
カトーネが、
「私の目の前から消えよ」
「許されると思うな」
と、弾むようなリズムで言うのに対し、
娘は、「o dio!(神様)」と合いの手を入れている。
管弦楽伴奏が生き生きとした伴奏を繰り広げ、
活発で色彩も豊か。非常に効果的である。
かなり不思議な効果がある。

Track21.
カエサルが、「諸君、勝利だ」と言っている。
もう、プロットにも、
「カエサルは勝利したが、カトーネの命は救われる」
とあるだけである。

Track22.
太鼓が打ち鳴らされ、
トランペットも吹き鳴らされる喜びの合唱曲。
粗野な響きが、戦場の生々しさを表しているのだろう。
「愛の炎が明るく勇敢に燃え、
都は喜びで満たされ、平和が戻る。」

何と言うことであろうか。
独裁者が勝利して終わるオペラに、
満場の拍手が沸き起こっている。

このオペラは、初演時から好評だったというが、
ヴェローナの人々は、いったい、
なぜ、こんな内容のものを賞賛したのであろうか。
と、ふと思ってしまう。

ヴィヴァルディがハッピーエンドにしたから、
歌手たちが素晴らしい歌唱を聴かせたから、
オーケストラが雄弁だったから、などなど、
多くの理由は列挙できるだろうが、
ちょっと悩ましいものである。

得られた事:「『ウティカのカトーネ』は、歌手の選定から慎重を期し、ヴェローナの優秀なオーケストラを前提として、ヴィヴァルディはその色彩の錬金術を自由に駆使できた。」
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by franz310 | 2012-09-29 21:50 | 古典
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