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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その345

b0083728_22124419.jpg個人的経験:
「ウティカのカトーネ」は、
第1幕の楽譜が散逸したオペラで、
第2、第3幕のみが、
ヴィヴァルディの作品として、
認められ、この部分を飛ばして
クラウディオ・シモーネなどは
録音していた(1986年)。
しかし、研究が進んだのか、
今世紀に入ってからは、
第1幕を修復する試みも出た。


イタリアのDYNAMICレーベルから、
2001年、フランスのTourcoingで、
上演されたものが、
「ジャン・クロード・マルゴワールによって、
第1幕が修復された完全版レコーディング」
と題されて、
また、「3幕版による完全録音」などと書かれて発売されている。

マルゴワール自身が指揮を執っているばかりか、
カンヘミやジャルスキーなど、
歌い手にも人気者がそろっている。

かなりゴージャスな上演であったであろうことが、
この表紙写真でも伺える。
兵士が立ち並ぶ前に、身分の高そうな女性が立ち、
これまた、尊大そうな男性に向かって、
昂然とした態度を見せている。

CD1のTrack1~3.
音楽は、力強い推進力を持った、
ホルンの重奏も勇壮な序曲から始まるが、
これ一つとっても出所が気になるではないか。

第2楽章には物憂げな、
内省的な表情を見せる部分もはさみ、
終曲は、さらに典雅な味わいを深めた
明るい舞曲で、そこそこ聴きごたえがある。

解説は、フレデリック・デラメアが書いているが、
「『ウティカのカトーネ』のスコアには、
導入のシンフォニアがないが、
事実、ヴィヴァルディが、ヴェローナでの上演の際に、
特にそれを書いたかのか、
(そうだとすると、第1幕と一緒に消失)、
当時の習慣によって、
すでに書いたほかの曲を流用したのか、
我々にはわからない。
この録音では、RV135の
ヘ長調のシンフォニアを使った。
これは、ザクセンのヴァイオリニスト、
ゲオルグ・ピゼンデルが、
手稿パート譜のコピーを持っていた、
弦楽と2つのホルンのための
輝かしいオペラ用シンフォニアを使った。」

以下、第1幕であるが、
以下のようなことが起こるらしい。
Stefano Olcese
が書いたプロットには、こうある。

「アフリカの都市、ウティカは、
カエサルに反抗する共和主義者の最後の拠点である。
カエサルは、ポンペイウスとの戦いの勝利の後、
ローマの政治的、軍事的権力を手中にし、
元老院議員小カトー(カトーネ)と、
小カトーの娘、マルツィアを愛するヌミディアの王子、
アルバーチェらが、最後の激しい抵抗勢力となった。」

このようにあるように、
Track4からは、この抵抗勢力の様子が描かれる。
まず、沈鬱なレチタティーヴォで、
マルティアが、父、小カトー(カトーネ)
の落ち込み様を心配している。
マルツィアは、リアンナ・ファラオンという
ソプラノが受け持っている。

それに対して、「なぜ、陛下はこのように黙り込んでいるのか」
と甲高い声で続けるのは、アルバーチェで、
フィリップ・ジャルスキーが担当。

カトーの声は、サイモン・エドワーズの、
かっこよいテノールで、さすが主役である。

「シーザーの攻囲は狭まり、我々の兵力は乏しい」
と、いかにもやばい状況である。

和平か戦闘かを問う局面。

Track5.
カトーネのアリアで、
勇敢に、いかに死ぬかを見せつける、
自分の心意気を示すものだが、
明るい木管の響きも軽やかなもの。
中間部では、少し、陰影を深くして印象的。

「このオペラの最初のアリアは、
カトーが改めて決意表明するもので、
メタスタージオはここで愛国的傾向を示す。
多くの場合、ヴィヴァルディは、
オペラの最初は、
深い声の輝かしいアリアを好んだから、
レオナルド・ヴィンチのように、
偉大なブラヴーラのアリアを書いたに相違ない。
(彼の同じ曲への付曲は、トランペットの助奏を持ち、
ロンドンに手稿がある。)
カエサルのライヴァルである、
底知れず誇り高い人格を描くために、
1738年にフェラーラでの
『ファルナーチェ』再演のために、
ヴィヴァルディが書いた、
『Non Trema senza stella』
を利用した。」
とある。

Track6.
アリアの後は歌手は立ち去るので、
マルツィアとアルバーチェのレチタティーヴォ。

プロットに、
「小カトーは、アルバーチェに、
マルツィアを与えることを約束しているが、
マルツィアは密かにカエサルを愛しているので、
王子を愛することが出来ない」とある部分。

が、彼女は、
「もう何度も言いましたわ。
アルバーチェ様は私の愛をご存じのはず。
どなたも、その思いを、他の者に対し、
上手に隠すことはできません。」
などと言ってそらとぼけている。

Track7.マルツィアのアリアで、
「それは馬鹿げた恋人たち、
彼らの情熱を隠して、
急に青ざめたり、赤らめたりして、
すぐにばれてしまうのに。」

かわいい小唄風のもので、軽い感じ。
リリアナ・ファラオンの子供っぽい声にあっている。
ネットで画像検索してもかわいい感じ。

前回、この役柄は、ヴィヴァルディが信頼していた、
アンナ・ジローのためのものとあったが、
このアリアについては、それを考慮して、
「Rosmira fedele」
というオペラのものを拝借したという。

「ロスミラのアリアは、
カトーネからの流用が多いとされているので、
この修復でもそれを考慮した」とある。

「アリアの第1部は、ため息は、
テンポと拍子のぶっきらぼうなシフトで、
第2部の劇的な部分につながるが、
マルツィアが持つ、恐ろしい誘惑の力を、
かすかに暗示しているようである」
とあるが、蠱惑的な歌と言えるかもしれない。

Track8.
これまたアリアでマルツィアが去るので、
アルバーチェ一人のモノローグである。
「いったい、私は何を約束したのだろう」
などと悩ましい。

Track9.
当然のように、ややこしい状況に、感情は爆発。
ジャルスキーが歌う、アルバーチェのアリア。

「傷ついた魂にとって、
何という無慈悲な法則、残酷な運命。」

傷ついた心情にふさわしいギザギザした音楽で、
伴奏もおどろおどろしい。
解説にも、
「力強いホ短調で、悲痛さを素晴らしく表したもの」
とされている。

「このアリアは、メタスタージオのリブレットでは、
第3場のために用意したが、
ヴィヴァルディは第1幕終結に利用した。
明らかに、『グリセルダ』(1735)の中で、
アテネの王子、ロベルトが、
王女コンスタンツァに、黙って去ってほしいと言われる時の
彼の戸惑いを表す悲痛なアリア
『Che legge tiranna』を借用した。
したがって、当然、この修復でもこれを利用した」
とある。

「オーケストラの序奏なしに始まり、
荒々しい叫び声が、
コンティヌオ付の弦楽のユニゾンで補助され、
典型的なヴェネチア風書法で、おおげさである。」

Track10.
カトーネのところに、
フルヴィウスがカエサルを連れてきたシーンであろう。
「カエサルは100の大隊がありながら、
私は一人丸腰でここに来た」と言って、
「カトーネの徳を賞賛しているからだ」、
「ローマの父と、多くの人々から崇められているあなたを。」
と言う。

が、カエサルはカウンターテナーで歌われているので、
なんだかヘンテコな感じである。
Jacek Laszczkowskiが担当。

カエサルを連れてきたフルヴィウスも、
元老院から遣わされて来たが、
戦争をやめるように、と言う。
このフルヴィウスも女声(アルト)で、
ダイアナ・ベルティーニが担当。

すると、エミーリアが現れ、
これまた、女声(ソプラノのカンヘミ)で、
「何という光景でしょう」と大騒ぎを始める。

プロットに、
「カエサルはカトーネを訪れ、
和平を提案するが、
彼女の夫を死に至らしめたローマの首領を見るや、
ポンペイウスの未亡人エミーリアは、
たちまち罵声を浴びせかける。」
とある部分である。

最初の緊迫したシーンと言えよう。
カエサルは、「あなたが怒っているとすれば、
それは正しいことではない」などとつっけんどんである。

カトーネは、時間を与えるから決意せよ、
と出て行ってしまう。
「スキピオの娘、ポンペイウスの妻として
その怒りから冷静になるように」と忠告する。

Track11.
カエサルは、ここで焦燥感に満ちたアリアを歌う。

が、これは、非常に暗い情念に満ち、
耳にこびりつく印象的な音楽である。
これは、バヤゼットでも使われたものではなかったか。

「ローマの首領の複雑な気持ちを表現して、
カエサルの最初のアリアは、
2つの部分が別々に扱われる、
一般のものとは異なり、
破格の詩的な構成をとっている。
この特徴は、アリアの場所や慣習を破る形式から、
1732年マンチュアで初演された
『セミラーミデ』のアリアを使った。
このオペラのスコアは、
ドレスデン州立図書館に、
6つのアリアのみが残されていたものである。
ここでは、『セミラーミデ』の、
第2幕を閉めるアリア、
『Vincero l‘aspro mio fato』
を使ったが、
これは、たぶん、1735年、
ヴェローナで『アデライーデ』でも流用されている。
ヴィヴァルディが成熟したオペラを書くようになってから、
3回しか使わなかった
暗いヘ短調を使っていることや、
『ジェスト・エ・アンダンテ』のモデラートのテンポ、
例外的なオーケストレーションで独創的である。」

Track12.
エミーリアとフルヴィウスという恋人たち二人が残る。
当然、エミーリアは、なぜ、敵である男につき従っているか、
と言う。
「ローマの特使であり、
カエサルの追随者であるフルヴィウスは、
エミーリアと恋仲であり、
愛情と、政治的な状況に引き裂かれる」
とプロットにある。

Track13.
フルヴィウスの活発なアリアで、
この苦境を感じさせないもの。
技巧を凝らし、高く舞い上がるもので、
ヴィヴァルディ的であると共に、
ナポリ派的な装飾や陰影に満ちている。

「エミーリアへの約束を宣言するもので、
これは演劇的なだましであり、
フィレンツェのためにヴィヴァルディが前年に書いた、
しかし、同様に失われたオペラ『ジネウラ』の
『Neghittosi, or voi,che fate』
が、持ってこられて使われたに違いない。
ポリネッソに裏切られたダリンダの怒りを表す、
劇的な状況のものだったが、
フルヴィウスの騙す気持ちをいささかも感じさせず、
ヴィヴァルディはフルヴィウスの狂乱のアリアに仕立て上げた。」

もともと、ヴィヴァルディは、
このアリアを借用したというのだろうが、
その元がなくなっているので、
今回のものは、どこから持ってきたのであろうか。

「今回の再構成では、
ヴィヴァルディが『セミラーミデ』のために書き、
1735年、『バヤゼット』の中で、
ヴェローナで取り上げた
生き生きとしたテンポの
壮大な嵐のイ長調のアリアを利用した。
それほど輝かしくはないが、
外面的なもので、
フルヴィウスの思いと状況の差異を際立たせる」
などと書いてある。

これまた「セミラーミデ」の有効利用である。

壮大とあるが4分程度であり、
「私の怒りは、不正な男の頭を稲妻で打つだろう」
という、威勢の良い内容である。
ディアナ・ベルティーニは、
きりきり舞いさせられそうなアリアを、
高い集中力で、いくぶん苦しそうに歌いきっているが、
これはいかにも、難しそうな音楽である。

Track14.
エミーリア一人である。
「馬鹿げた愛で、私が苦しみ、
私がなお生きていたとしても、
愛する夫よ、私の復讐のために許して。」
と、彼女もまたフルヴィウスを騙している様子。

Track15.
エミーリアのアリアであり、
これは、いかにもヴィヴァルディ的に繊細な、
詩的な空気感の漲ったもので、
リコーダーの助奏が美しい。

「星に抱かれ、レーテの船着き場で、
間違えないで、私を待っていて。」
という内容。

「メタスタージオの書いたリブレットの傑作で、
ポンペイウスへの変わらぬ愛情と思いやり、
それと、同時にカエサルへの憎しみの叫びの、
著しいテーマ上のコントラストをなす。」
とあるが、激しい部分は、かなり地味な感じ。

歌詞も、そんな感じで、
「その前にあなたに対して武装した
暴君に対して立ちはだかる必要があります」
みたいに、激烈ではない。

「うまい具合に、ドレスデンの州立図書館には、
1726年の謝肉祭にヴェネチアでヴィヴァルディが上演した、
『La fede tradita e vendicata』
から、『Sin nel placido soggiorno』
という単品のアリアがあって、
特徴からして、これが部分的に代用可能であった。」

Track16.
カトーネの居城近くの庭園で、
カエサルとフルヴィウスが語らうシーンである。

このあたり、男性ソプラノ(カエサル)と、
アルト(フルヴィウス)の声の感じの関係が混乱する。
声が高い方が女性だと思うのが普通だが、
どっちがどっちかわからなくなるし、
演じられている役柄は男性なので、
ややこしくて仕方がない。

「かくも、エミーリアは、
あえて君を裏切るように誘惑しているが、
君の愛情を占めようとしているようだが。」
とカエサルが問うと、
「いかに私が彼女を愛そうが、
私が求めるのは名誉です。」
とフルヴィウスが答えている。

ここで、フルヴィウスの代わりに、
カエサルとマルツィアのシーンになるが、
マルツィアの声はいかにも女性の声なので、
悩ましいことはない。

この二人の関係はややこしそうだ。

「あら、あなたはだあれ?」などと、
マルツィアはしらばっくれている。

「カエサルなら知っているわ。
天が二人を分けるまでは、
彼は私の愛しい人だった。」

カエサルは和平のために来たというと、
「これこそ、私のカエサルだわ」などと、
現金この上ない反応である。
「カトーネも愛してね」などと、
父親との和睦をそそのかす。

プロットに、
「マルツィアはカエサルと会うが、
父親との和平を、自身の愛との交換条件にする。」
とある部分である。

Track17.は、カエサルのアリアで、
「目を開いて、変わらぬ愛を見ておくれ」
という、愛情に満ちた素晴らしいものだ。

序奏部のオーケストラの渦巻くような効果も、
非常に胸を躍らせるもの。

歌っているラシュコフスキをネット検索すると、
もう若くはなさそうだが、イケメンで、
カエサルの役柄に合っていそうである。

「ヴィヴァルディがもともと『ジネウラ』のために書き、
カトーネの2年後、
フェラーラで『ペルシャ王シロエ』で使ったものだが、
いずれの版も伝わっていない。
不安や恐れも感じられるが、
感動的で情熱的な宣言。
この悲劇的状況で、弱々しい愛の歌は、
『ジネウラ』では、侍女のダリンダが、
悪名高いアルバニー公ポリネッサに、
心を向けてほしいと歌うもの。
こうした状況から、『セミラーミデ』から、
同様の主題のものを選んだ。
これはおそらく、ヴェローナで『バヤゼット』で利用、
その前には、
『モンテズマ』(1733年ヴェネチア)の、
第1幕の終結で使われたものである。
『セミラーミデ』では、アラビア王オロンテの歌になっていて、
同様に愛が政治で邪魔される劇的シーンで歌われる。」

劇的とあるが、ひたすら繊細に美しい音楽に聞こえる。
こういう音楽があるから、ヴィヴァルディ鑑賞はやめられない、
という感じがするものだ。

以上聞いて来た様に、どのアリアも、
類型的なシーンを参考に再構成されている。
かろうじてアリアだけ残った、
『セミラーミデ』からの流用が多い。
あと一曲、同様にドレスデンから出て来たものがあり、
この貴重なドレスデン資料で、
何とか7曲中の4曲が修復された。

得られた事:「『ウティカのカトーネ』第1幕は、場面の状況に従って修復されて録音されている。オペラには、さまざまな題材があれど、愛と義務の狭間に苦しんだり、隠された本心を歌ったり、怒り狂って訴えたりといった音楽は必ず出てくるということか。」
by franz310 | 2012-09-16 22:15 | 古典
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