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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
ICELANDia
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その333

b0083728_23171881.jpg個人的経験:
ヘンデルは、名作オペラ
「アルチーナ」と同時期に、
オラトリオ「アタリヤ」を書き、
前者の音楽の一部を、
後者に流用さえしたという。
「メサイア」が有名であるように、
ヘンデルの活動では、
オラトリオの創作は重要だが、
「Athalia」と言われると、
そもそも何の事かも分からない。


ひょっとしたら、信心深い当時の英国の聴衆なら、
すぐにぴんと来たりしたのであろうか。

ヘンデルは円熟期にオペラを捨て、
オラトリオの世界を切り開いて行くが、
この曲あたりを聴くことによって、
そのあたりの事情を実感してみたい。

この作品、1733年の初演の際に大成功を収め、
ヘンデルが書いたオラトリオの本格的な作品の、
第1作となるようなものであるらしい。
それまでのものは、パスティッチョ的だったようだ。

さて、このCD、表紙の絵画も意味不明である。
「寺院から追い出されるアタリヤ」と題され、
深紅の衣装のいかつい女性が、
兜を被った兵士らに連れ出される所。
長老のような男性が中央にいて、
祭壇には、女と子供がすがりついている。

NAXOSのCDだが、その日本語の帯にも、
「神の力が邪悪な支配者アタリヤを放逐する物語」
と書かれている。
が、何も考えずに聴く限り、
清澄な独唱や合唱が織りなす豊かなハーモニーに満ち、
穏やかさが目立つもので、特に邪悪な感じはしない。

実は、調べてみると、英和辞典にも、
「Athaliah」とあって、
確かに、寺院からは追い出されるべき存在と分かる。
「イスラエル王AhabとJezebelの娘で、
ユダ王Jehoramの妃」とある。

これから、ダビデやソロモンが統治した、
古代統一イスラエル王国が、
北のイスラエル王国と南のユダ王国に
分裂(前928年)した後の話だとは分かる。

分裂した両国の王家に関わる女性として、
非常に重要な位置にいたことは間違いない。
しかも、その子供は、両王国の王の血を引き、
いにしえの栄光を取り戻すに
ふさわしい立場にあったと思われるのだが、
どうも、鎌倉幕府みたいにうまくは続かなかったようだ。

英和辞典の記述は、さらにこうある。
「その息子のAhaziahが死ぬと
王の一族を皆殺しにし、
6年間王位についた(前842-837)。」
とある。

この毒婦の治世も、当然、長続きはせず、
「しかし、Ahaziahの子
Joashはかくまわれて生き残り、
これを擁立した祭司Jehoiadaが謀反を起こし、
Athaliahは殺された。」
と、書かれている。

とにかく、血なまぐさいお話で、
魔女アルチーナの方がかわいいくらいではないか。
人間アタリヤは、血にまみれた女王なのである。

ヴァン・ルーンの「聖書物語」では、
ダヴィデ、ソロモンを扱った
第11章「ユダヤ王国」の後の、
第12、13章には、
「内乱」「予言者の警告」という2章が続き、
ここで、先のイスラエル王、
アハブ(Ahab)とイゼベル(Jezebel)
の夫婦が登場する。

まず、分裂した一方のイスラエル王国の話。

「イゼベルはフェニキア人の町の
シドン王エテバアルの娘であった。
フェニキア人は太陽崇拝の種族であったから、
イゼベルもまたバアル神の熱心な信者であった。
ふつうは、王妃は夫の国の宗教にしたがうものであるのに、
イゼベルにはまるでその気がなかった。
彼女はサマリアにやってくる時に、
自分の司祭を一緒につれてきて、
アハブの宮殿に身を落ち着けるやいなや、
イスラエル人の首都の真ん中に、
バアルの神殿を建てはじめた。」(角川文庫、村岡花子訳)

という具合に、とんでもない感じで聖書に登場するようだ。

一方のユダ王国の話もこんな感じで出て来る。

「とてもかしこい、もののわかった王」
「なみなみならぬ腕を持った外交家であり、戦略家」
として紹介されるヨシアバテが支配し、
「彼はイスラエル国と休戦条約を結び、
まず始めに、アハブとイゼベルの娘、
アタリアと結婚し、
次に、妻の父アハブと攻守同盟を結んだのである。」

そして、ヨシアバテのやり方はだいたいうまく行って、
「人々に深く惜しまれながら死んで、
ダビデの町にある代々の墓に
先祖と一緒に葬られた」と書かれている。

しかし、そこにも問題があって、
イスラエルでは、イゼベルが太陽神を強要し、
ユダでは、「その娘のアタリアが、
その夫と夫の国とを、
異教徒たちのいうままにあやつっていた」
という記述がある。

アタリヤ(アタリア)について、これ以上の記述はないが、
この章が、「予言者の警告」とあるように、
予言者エリヤの不思議な奇蹟の話などが紹介されている。
やがて、エレミヤの話なども続く。

このCDの解説によると、
「歴史的にはアタリヤは、
ティラ王とシドンの娘で、
アハブの妻で、フェニキアの宗教を好んだ、
ジョザベルの娘であると言われる。
彼女は母親の先例に倣い、
最終的に退位させられ、
BC837に殺されている」とあって、
だいたい、同様の事が書かれている。



いずれにせよ、こうした乱世に主題を取ったオラトリオである。

さて、このアタリヤは、このCDでは、
エリザベート・ショルという、
1966年生まれのドイツのソプラノが受け持っている。

この辞書に出て来た、母のJezebelは、
このCDにおけるJosabeth(ジョザベス)で、
また、Ahaziahの子Joashというのが、
このCDのJoas(ジョアス)であろうか。

これらはみんなソプラノだというのがすごい。
バルバラ・シュリックや、
フレデリーケ・ホルツハウゼンが受け持っている。

このCDには、他に3人の人物が出て来て、
ジョアド、メイサン、アブナーという人たちで、
アルト、テノール、バスに割り当てられた役柄である。

アネッテ・ラインホルト、マルクス・ブッチャー、
ステファン・マクレオドが受け持ち、
ヨアヒム・カルロス・マルティニという
1931年、チリ生まれのベテラン指揮者が、
フランクフルト・バロック管弦楽団を振っている。
合唱は、ユンゲ・カントライという団体で、
この指揮者の手兵らしい。

この指揮者の名前からネット検索すると、
かなり妖気のただよう風貌が見て取れる。
1996年の録音、この指揮者は65歳である。

ということで、いろいろ書いたが、
あまりにも予備知識がなく、
戸惑ってしまう。
が、だいたいの背景は分かった。

指揮者も怪しい相貌であるし、
とにかく、解説のSynopsisに従って、
勇気を持って聴き進めてみよう。

CD1は第1部。
Track1.はシンフォニアである。
このどろどろした物語とは相容れないような、
明るい色調と、時にアクセントを持つ、
しかし、少し単調な感じもする、
ヘンデルらしいおおらかな主部。
途中、緊迫感を持つ部分や、
泡立つような木管が期待感を高める部分がある。
約5分。

以下、第1場:
Track2―6.
「第1場は、エルサレムの神殿地区、
信心深いユダヤ人たちが、春の収穫祭で、
シナイ山での十戒の啓示を言祝ぐ、
祭りの週間である、五旬節が来るのを待っている。
暖かな牧歌的な地中海の気候で、
ジョザベスと若い少女たち、
信心深いユダヤ人が、
大地に花咲くことや、
万物の創造主たる神への賛美に酔いしれている。
誰もユダに災難があろうとは予想だにしていない。」

このあたりを聴くと、これが本当に、
上述のような血なまぐさい物語になるのか、
といぶかしんでしまう程、美しい音楽が続く。

ジョザベスの歌は、
華やかさに欠けるものの、
伸びやかで清潔感が溢れている。
残響の素晴らしい録音で、
虚空に消えて行く空気感に酔いしれる。

続く、精妙な女性合唱も、
不思議な陰影を持って美しく、
それは盛り上がって混声合唱となる。

「状況は進展して、
ジョザベスと合唱はこれに言及するが、
それは一般論の域を出ない。
権力の座にあるものたちが、
すべてを意のままにする神への賛美を
止めさせようとしていることを知ることが出来る。
ここでの音楽は、
すべての弾圧への抵抗などの力を表しており、
それは統治者にとって、
危険な現象であり、取り締まる必要があるものである。
暴政の象徴である役人アブナーが、
そこに加わり、神の怒りと共に、
専制はすぐに転覆されると断言する。」

アブナーって何者?という疑問が出て来るが、
解説の前の方に、
「オリジナルにはいないキャラだが、
王室の護衛官で、王宮とテンプル地域を自由に行き来する。
同時に、詩人の意図では、民衆反乱の指導者である」
とあって、かなり困ったさんだということが分かる。

第2場:
Track7-9.
「圧政について初めて明かすのはジョアドである。
ここで、アタリヤは、神に背き偶像を崇拝し、
その力を、
信心深い人々に神の崇拝から遠ざけるばかりか、
ユダの人々を迫害するのに使おうとしているという。」

アネッテ・ラインホルトが、
凛々しいが、幾分、陰気でもある声で、
嘆きの歌を聴かせる。
Track9も最後になって、
悲痛な合唱が、これに唱和する。

第3場:
Track10~20.
「王宮に情景は変わって、
アタリヤが悪夢を見たと言って、
取り乱して部屋から飛び出して来る。
恐ろしい状況で死んだ母親の亡霊が現れ、
彼女の来るべき死を予言したのである。
夢の中で、彼女は、また血まみれの犬たちが、
母親の死体の上で争っているのを見た。」

このあたりは、「聖書物語」にも出て来る。
このおぞましいシーンは、エリアによって予言されたもので、
その通りになった、という感じで紹介されている。

亡霊のようなオーボエの助奏に導かれ、
主人公アタリヤのショルが、
悲痛な声を上げると、
レチタティーボ風にメイサンがそれに応える。
続いて、アタリヤの恐怖に満ちたアリオーソの歌が続く。

それに続いて、明るい神を讃える合唱が響き、
この陰鬱な情景にコントラストを与える。
アタリアのレチタティーボ、
そして、再び、清澄な合唱。
しかし、「バール」という偶像崇拝の歌なので、
異教徒たちの祈りのようである。
ここで繰り返される合唱は、
シドンの人々(フェニキア人)によるものらしい。

これらの歌も、彼女の不安は消さず、
次のようなレチタティーボが、
恐ろしい予言を告げる。

「その夢は、祭りの装束の少年が、
突然、彼女の胸に短刀を突き立てて終わった。」

メイサンが、男らしい落ち着きで答える。
Track17.はメイサンのアリアで、
深いチェロのオブリガードが付く。

「エホバの司祭でありながら、
背教の徒であったと、後でわかる、
彼女の忠臣の一人、メイサンや、
他の廷臣たちは、女王を慰めるが甲斐なく、
メイサンは、彼女にしっかりするように忠告し、
神殿に行って、夢が本当かを調べて来るように言う。」

続くTrack18.は、反対に、
高音のヴァイオリンたちが、
精妙な音の綾を見せるアタリヤのアリア。
どんな優しい歌でも、私の心は和まない、
という、毒婦とは思えぬ弱々しさである。
ここでも、ヘンデルは、アルチーナと同様、
類型的な描き方はしていない。

「アブナーは、この状況を見ていて、
ジョザベスやジョアドに注意するようと決める。
この場は、正しい考えもなく、急いで殺しに向かう、
よこしまな男たちの混乱と共に、追っ手たちが歌う、
軽い調子のマドリガル風の合唱で閉じられる。」

メイサンやアブナーが、早く行って、
事情を調べよ、という声に、
合唱が軽薄に答えているが、かなり短い曲たちだ。

第4場:
Track21-25.
風雲急を告げるシーンであるが、
ほとんど独白みたいな感じで始まる。
「ジョアドとジョザベスは、
ジョザベスが王の息子を迫り来る死から、
救い出していると人々に告げることを決める。
殺人未遂が迫る雰囲気は述べられず、
この罪の先導者が女王であることも名指しされない。
アブナーは飛び込んで、
ジョアスの世話をしている人たちに、
アタリヤが来て、神殿を探り、
敵を殺そうとしていると警告する。
ジョザベスは完全に絶望し、
アブナーに慰められ、
ジョアドは、特に、神はユダの家は、
決して破壊されないと約束されたと保証する。」

このように、いろいろ書かれているが、
大部分がジョザベスの嘆きである。

「イスラエル人の合唱、アレルヤを打ち破ってまで、
暴君は動くことは出来ないと、
彼は挑戦的に述べ、
暗いニ短調の二重フーガが、
このシーンとオラトリオの第1部を終わらせる。」

最後のジョアドのアリアと合唱は、
比較的劇的なものである。

CD2:
第2部:
第1場:
Track1-5.
いきなり活力に溢れた序奏に続いて、
ど迫力、雄渾な合唱が始まる。
「我らが頼りにする力」と題され、
ジョアドもまた独唱者として唱和する。
神殿にて、ジョアド、ジョアス、ジョザベス、アブナー、
司祭たち、レヴィたち、イスラエル人たち、合唱。
「祝祭を祝い、神の力の反映である自然を讃える。
ジョアドは自然を果実を与える者として讃え、
ジョザベスは、自然の美しさを賛美する。」
Track2.はこのジョザベスのアリア。
澄んだ声だが、何度も書くが、華やぎはない。
エコーのようなリコーダーが伴奏で目立つ。
このアリア9分もかかってやたら長い。

「アブナーは短く、ユダがいかに、
アタリアのくびきに苦しんでいるかを述べ、
ジョアドは、アブナーに、
正統の王位の権利と、
王位継承者を守る用意があるかと、
国の将来をゆゆしくも尋ねる。
アブナーは躊躇無く、
ダヴィデの家系と王家への忠誠を明らかにし、
ジョアドによって、共謀への参加を勧められる。
この瞬間、女王が神殿になだれ込んで来る。」

このように、アブナーがいい者であると分かるのだが、
彼のアリアもまた長く、Track4は3分半もある。
ジョアドのレチタティーボが続く。

第2場:
Track6-11.
「これがアタリヤが神殿に足を踏み入れた最初である。
あまりの偉大さに、彼女はひるむが、
これをすでに夢の中で見たことに気づく。
ジョザベスとジョアスは待っていて、
アタリヤは、ジョザベスから少年の素性を知ろうとする。
ジョザベスは賢明にも、彼女の質問をはぐらかし、
アタリヤはジョアスに向かうが、
子供っぽい無邪気さに質問もそらされてしまう。」

Track7.では、遂に、
王位継承者、ジョアスのアリアが聴ける。

「そして、彼女は、彼等を王宮に招こうとする。
ジョアスがバール崇拝を悪として拒むと、
アタリヤは復讐と怒りで震え、
狂ったように飛び出し、ジョザベスは絶望する。
しかし、子供は、神を信じ、
彼女を慰め、自信を持って、
全ての苦痛からの解放をくれるものと、
共に神の気品を賛美する。」

Track10.は、このジョザベスとジョアスの、
4分半の敬虔かつ清澄な二重唱。

Track11.のジョアスのアリアについては、
「オラトリオ『デヴォラ』から、
ジョアスの性格をはっきりさせるために、
流用している」とあるが、演奏者の判断か。

子供が歌うにしては、妙に大人びた、毅然とした、
「エホヴァの恐ろしい予言」というアリアである。

第3場:
Track12-15.
「ジョアドが入って来て、ジョザベスに同情を示す。
これに勇気を得て、ジョザベスは、
今や、まさに神が彼女を導き、今後もそうであろうと確信する。」

このあたりの聴き所は、
Track13.のジョアドとジョザベスの、
6分半にわたる二重唱で、アネッテ・ラインホルトのアルト、
バルバラ・シュリックのソプラノが、最初は交互に歌い、
最後に唱和する。
この二人は、声に豊かさが欠けるが、
清潔さのある歌声に味がある。

「アブナーは、彼等に合流し、日暮れ前の再会を提案する。
若い3部からなる女性合唱が、
すべてが完全に変わることの布告をし、
ドラマの急展開を告げる。
そこに、同様に3部からなる
司祭やレヴィや、イスラエル人たちの
合唱が続き、神から敬虔な人たちに、
誇りが砕かれても、祝福があるだろうと宣言する。」

Track15.フーガ的な展開が凝集した雄大な合唱曲である。

第3部
第1場:
Track16-21.
この部分は、解説はやたら長いが、
全体で6分か7分しかない。

するどいアクセントのオーケストラの序奏に続き、
アルトながら、英雄的な声が、まことにそれらしい、
ラインホルト(ジョアド役)による
「聖なる恐怖が私の胸を揺らす」
というアリオーソになる。

「神の聖霊はジョアドの上に降り、
人々は彼のもとに集まって、
彼のヴィジョンを語るように訴える。」

Track19.は、
「エルサレムよ、汝はもはや」という、
ジョアドと合唱による劇的な音楽になる。

「ジョアドは、アタリヤの死を予言する。
ユダの人々は、この神のお告げに感動し、
アタリヤの暴政からの解放という、
神の恩寵が授けられることに感謝する。
王国の首長たち、聖職者や指導者たちは、
神殿に集結する。
刻限が近づくと、ジョアドは、再度、
子供を確かめ、確かに彼こそが、
ダヴィデの王位の敬虔な末裔であると確信する。
ジョアスは、賢明に神への愛や、
ダヴィデの英知を、確信を持って語り、
ジョアドはその足下にひれ伏し、
ユダの新しい王だと言祝ぐ。」

このあたりは、単純な会話のようなレチタティーボである。
(Track20.)

「若い少女や司祭、レヴィや兵士の隊長は、
歓声を上げて、群衆は叫び、若い王様に忠誠を誓う。」

Track21.は、ハレルヤ・コーラスのような、
「堅く結ばれた心で」という合唱曲。25秒しかないが。

第2場:
Track22-23.
オルガンの簡素な序奏、
メイサンとジョザベスのレチタティーボ、
「おお、王女よ、私は汝に近づき」。
「メイサンは、態度を変えて、
ジョザベスにへつらうが、
彼女は、友情の素振りに騙されず、追い払う。」
Track23.は、
思慮深いジョザベスの激しいアリアだが、
短く、この第2場は2分程度で終わる。

第3場:
Track24.
何と、18秒しかないレチタティーボ。
メイサンは、今度は、ジョアドに怒られる。
「メイサンは司祭であったくせに背教者であるがゆえに、
神殿に足を踏み入れようとするのをジョアドは怒る。」

第4場:
Track25-32.
ここでようやく、アタリヤが再び登場する。
「おお、大胆な先導者よ」と叫ぶ。
「神殿から反乱が始まり、街に広がり、
女王はジョアドが扇動者だと知る。
彼女は、ジョアスについて尋ね、
ジョアドはジョアスを新しい王として引き出す。
民衆は喜びの声を上げ、
神が王を祝福し、真実の信仰を賞賛する。」

Track26.は、
トランペットの伴奏も輝かしい合唱曲。
ジョアドの声がこれに続く。

Track27.が、「おお、裏切り、裏切り」
という、アタリヤとジョアド、アブナーのやりとり。
「アタリヤは、王宮の護衛隊長アブナーの方を向くが、
彼もまた、彼女を見捨てる。」
Track28.は、アブナーのアリア。

「メイサンも死の痛みを感じ、
もはや無力であると認める。」
Track29.は、
アタリヤとメイサンのレチタティーボで、
Track30.は、メイサンのアリアである。
アタリヤの手下たちのアリアは、
いずれも2分に満たないもの。

「彼女は負けを認め、退位しなければならないと悟る。」
Track32.は、アタリアが「永遠の暗闇へ」と、
最後の叫びを歌い上げるところだが、59秒しかない。
あっけないものだ。これで、アタリアは死んだのだろうか。

ぎざぎざのリズム、装飾音に溢れた声を張り上げる。
「反抗的な態度のまま、彼女は、
母親の誇り高い精神を呼び起こし、
暗い呪いを残して消える。」

第5場:
Track33-36.
「ジョザベスとジョアドは互いに、
深い相互の愛情を伝え合い、
祭りの喜びが彼等自身のものとなる。」

Track34.は、この二人の、
まことに小粋なマドリガルというか、
小唄風の、簡素な二重唱。
いかにも、ダウランドやキャンピオンのような、
英国のいにしえの作曲家が、書きそうな、
高雅な趣きを持った、美しい歌曲である。
通奏低音の伴奏に、優しい弦楽が重なる。

「アブナーは、ユダが、
選ばれた民のものとなるという、
神の意志を讃え、
全ての民は、喜ばしい祝福の声を上げ、
オラトリオを終結部に導く。」

Track35.アブナーの「おおユダヤよ、喜べ!」
に続いて、Track36.の大合唱がわき起こり、
輝かしい管弦楽と一緒になって全曲が結ばれる。
ティンパニが連打されて、壮大さを増すが、
2分半の小さな曲である。

ということで、とりわけ、何が起こるわけでもなく、
単に、女王アタリヤが悪夢を見て、殺戮を行おうとすると、
幼いながら正統の王が現れて、彼女は転覆されました、
みたいなお話である。彼女の夢は、正夢となった。

以上聴いたように、
ジョザベスは、ジョアスの親族で、敬虔な女性で、
ジョアドは予言者で英雄ということになるようだ。
最後は結ばれたということだろう。

以上、聴いて来たように、結局、女王の側近は、
すべて裏切り者となる、というすごいお話。
それを知って、改めて、このCDの表紙の絵画を見ると、
兵士たちが、女王を追い出そうとしている理由が、
ようやく分かったような感じになる。
兵士の親分はメイサンである。

最初、祭壇かと思ったが、どうやら違って、
何だかひょうたんみたいな中に収まっているのが、
正統の王、ジョアスであり、
彼を守ろうとしているのが、ジョザベスであろう。
真ん中の長老風はアブナーで、
ジョザベスの後ろで眼光鋭いのがジョアドかもしれない。

さりげなく、英国風の小唄のデュエットを入れたりしてあるし、
英国の聴衆たちは、勧善懲悪のヘンデルの音楽を聴いて、
何だか、すっきりと良い気分になったに違いない。

得られた事:「ヘンデルがオペラを盛んに書いていた時期に、本格的に書いた初のオラトリオとされる『アタリヤ』は、合唱曲の迫力を生かしながら、ドラマ性は気迫、アリアもシンプルで、単なる舞台のないオペラ、という感じのものではなかった。」
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by franz310 | 2012-06-16 23:19 | 古典
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