excitemusic

クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
ICELANDia
カテゴリ
以前の記事
2018年 05月
2018年 03月
2017年 10月
2017年 08月
2017年 05月
2017年 01月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 09月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
フォロー中のブログ
メモ帳
最新のトラックバック
http://venus..
from http://venuspo..
http://while..
from http://whileli..
http://while..
from http://whileli..
http://www.v..
from http://www.val..
バッハが人類に残したメッ..
from dezire_photo &..
ミュージカルかファンタジ..
from dezire_photo &..
バッハが『ロ短調ミサ曲』..
from dezire_photo &..
ルター派のプロテスタント..
from dezire_photo &..
ダンテの『神曲』 ”地獄..
from dezire_photo &..
バッハとヘンデルの音楽性..
from dezire_photo &..
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その317

b0083728_21263370.jpg個人的経験:
前回、バルチェッローナが
タイトル・ロールを歌った
ロッシーニの「タンクレーディ」を、
映像で鑑賞したが、
これによって、私の作品理解は、
それなりに進んだような気がする。
実は、この作品、
私は、ずっと気になっていて、
前から、ここに挙げる
1988年にCD化された録音も、
以前から持ってはいたのである。


この「タンクレーディ」というオペラについては、
シューベルト・ファンなら、
耳にタコが出来るくらい聞かされているはずだ。
が、あまり録音もなく、シューベルトの愛好家が、
必ずしも、このオペラを聴くとは限るまい。

私が最初に読んだシューベルトの評伝にも、
この曲は出て来るので、
何故、シューベルトが、これに惹かれたかを、
何時かは考えなければならないと考えていた。

ただし、中学生だった私は、
「タンク」に戦車を連想し、
どんなレディかと思っていた。

また、バブル期に、タンクトップという、
服装があることを知ってからは、
タンクトップを着た淑女かとも妄想した。

が、ちょっと調べれば分かるが、
戦車でもタンクトップでもなければ、
そもそもタンクレーディの性別は男性だったのである。

しかし、混乱に拍車をかけているのが、
主人公タンクレーディは男性であるが、
オペラの中では、女性が歌い演じるということ。

このCDでも、表紙写真で、
いかめしい兜を着けた人は、
どう見ても女性である。
しかも、「戦車」を想起してもおかしくはない。

このCDは、伊フォント・チェトラ・レーベルのものを、
株式会社ANFコーポレーションという所が
製造、販売していたもので、
私は、ずっと純正イタリアものかと思っていた。

もともと、78年の録音だったようだが、
いかなる経緯か、10年も経って、
日本語解説や対訳もばっちり入って、
忽然と現れたCDであった。

しかし、今回、改めて見直してみると、
CD自体も「Made in Japan」となっている。
実に、今となってはお宝級の商品である。

2幕の作品なのに、
「タンクレーディ」全3幕と書かれていたり、
シラクサ軍の将軍級のオルヴァッツァーノ
(ここでは、ニコラ・ギュゼレフが歌っている)を、
「シラクサの敵」と、
たぶん間違って記載していたりする。

一方で、
「原作:タッソーの叙事詩『エルサレムの解放』
及びヴォルテールの悲劇『タンクレード』」と書かれ、
「時・所:1005年。シチリア島、シラクーザ」
と厳密性を徹底した素振りの表記があったりもする。

とにかく、3枚組であったり、
取っつきにくいという事では、
この上ないこのCDを、
ようやく鑑賞できる素地が出来たような気がするので、
改めて聴き進めることにしたい。

このCD、タンクレーディは、
この表紙写真のメッゾ・ソプラノ、
フィオレンツァ・コッソットが歌っており、
かなり格調高い歌いぶりで特徴がある。

また、配役をよく見ると、恋人のアメナイーデは、
美人で有名で、人気も高かった、
レッラ・クベルリが歌っているのが嬉しいではないか。

私は、イザウラという登場人物は、
いきなり冒頭から父アルジーリオと出て来るので、
アメナイーデの母かと思っていたが、
ここでは、アメナイーデの友人と書かれていることを発見。

その父の役を歌うのはウェルナー・ホルヴェーク。
イザウラはヘルガ・ミュラーが歌っている。
こちらは、前に、「試金石」のCDで歌っていた人だ。

バルトリの歌うオペラで指揮をしていた、
ガブリエレ・フェッロ(フェルロ)が指揮をして、
カペラ・コロニエンシスという団体が演奏をしている。

変な団体名であるが、解説によると、
「イタリア・チェトラと西ドイツ放送局の共同制作によって
ケルンで録音されたこのレコードは、
新しいクリティカル・エディションによる
『悲劇的フィナーレ』をもつ『タンクレーディ』の
最初の全曲録音であるばかりでなく、
このオペラが作曲された
19世紀初頭の時代のオリジナル楽器を用い」
とある。
コロニエンシスは、ケルンの団体ということであろう。
合唱団も、ケルン放送合唱団とある。

私はこれまで、ずっと、
イタリア勢による録音だと信じていたが、
むしろ、ドイツ勢による録音ということが分かる。

このフォニト・チェトラというイタリアのレーベル、
今回も、一筋縄ではいかない作戦で出ているようだ。

1976年に「悲劇的フィナーレ」の自筆スコアが発見され、
翌年、さっそく蘇演したのが、
今回の盤の指揮者フェルロだったようである。

また、「全曲録音」とあるように、
バルチェッローナのDVDの演奏では省略されていた、
友人のロッジェーロが、タンクレディに、
アメナイーデが結婚するという知らせを伝えるシーンも、
CD2のTrack3として聴くことが出来る。

しかし、ドイツでの録音ということで、
妙に納得できる演奏となっている。

アンサンブルが美しく、水も滴るオーケストラが堪能でき、
歌手の歌いぶりにも、適度な抑制のようなこのがある。
ロッシーニにしては大人しいかもしれず、
解説には、
「ヴァレンティーニやホーンほど
華麗なカント・フィオリートを用いていないが、
それも現代的」などと書いている。
カント・フィオリートとは、装飾のことであろう。

この他、この解説は、第一人者、
高崎保男氏によるものであることが嬉しい。

ロッシーニはオペラ・ブッファで有名であるが、
実際は、ブッファやファルスは37曲のオペラの、
約1/3を占めるにすぎないとして、
オペラ・セリアからフランス・グランド・オペラに対して、
重要な役割を果たしたことが書かれている。

「18世紀ナポリ派の伝統を継承し、
これにさまざまな改革や新しい独創的な表現の工夫と試みを加えた」
としている。

そして、この「タンクレーディ」を。
ロッシーニの大規模なオペラ・セリアの最初の作品で、
最も重要な出発点であると書き、
文豪スタンダールも、
「無限の賛嘆と愛着を捧げて惜しまなかった」
として補足している。

1812年9月のミラノでの「試金石」の成功によって、
ヴェネチアの名門、ラ・フェニーチェ劇場から、
新作を委嘱された、と書かれているが、
DENON盤DVDには、
1812年6月に委嘱されたので、
これは、「試金石」の成功とは無関係としていた。
この20年の間に研究が進んだのであろうか。

初演は大成功ではなかったが、
数回の上演を繰り返すうちに、
タンクレーディの登場のアリア『Di tanti palpite』が、
大人気になったというエピソードを紹介している。

このアリア、ロッシーニは、
ヴェネチアのレストランでリゾットを注文して、
待っている15分の間に書き上げたので、
「リゾットのアリア」として知られたらしい。

貴族からゴンドラ漕ぎまでが口ずさんだ
一大ヒットとなったからこそ出来た愛称だったのだろう。

先に、この作品の原作についても、
タッソーの名前が並記されていたが、
解説は、この物語のソースとして、
さらに、中世フランスの神秘劇や、
16世紀イタリアの詩人アリオストの、
「Orlando furioso」までを挙げ、
それだけに飽きたらず、
ド・フォンテーヌ夫人の小説、
「サヴォア伯爵夫人」までを挙げている。

極めて単純な筋に思えていたが、
ここまでソースが必要なのだろうか。
例えば、オルランドは、ヴィヴァルディのオペラでも聴いたが、
魔女退治の話だった感じが強く、
この「タンクレーディ」のような、
恋人同士の誤解が誤解を生む
ややこしい状況があったかは思い出せない。

ロッシーニがヴォルテールを
好きだったとは知らなかったが、
「マホメット二世」や「セミラーミデ」も、
このフランスの文筆家のものを、
原作に利用しているらしい。

ただし、ロッシが書き直したリブレットでは、
原作の登場人物の熱血な性格が弱まっているとある。

この後、このオペラの物語についての解説が続くが、
シラクーザはアルジーリオ家と
オルバッツァーノ家の対立構図にあって、
後者が権力を握った際に、
アルジーリオは、妻と娘のアメナイーデを、
ビザンティンの宮廷に避難させていたとある。

このとき、ビザンティンでは、
シラクーザから追放されていたタンクレーディがいて、
この時、アメナイーデは、彼と恋に落ちたのである。
何と、母はこの地で亡くなり、
その臨終のベッドの傍らで婚約したとある。

そして、ややこしい事に、
このビザンティンの宮廷に、
何故か、後にサラセンの将軍となるソラミールがいて、
アメナイーデは、彼の求愛も受けていたという設定である。

私は、前回見たDVDでは、確かに、
何故、ソラミール(DVDではソラミーロ)が、
アメナイーデを愛したのか分からなかったが、
シューベルトの「フィエラブラス」同様、
異郷の地で会っていたということであった。

また、今回のCD解説では、
タンクレーディは、ノルマンの後裔で、
オルバッツァーノは、外来者を敵視して、
土着貴族らと共謀して、彼の一族を追放し、
財産も奪い取ったと書かれている。

また、驚くべきは、先ほど、
このオペラの原作は、
タッソーやアリオストと関係していることが
書かれていたことを紹介したが、
何と、フェラーラは、
この文豪たちが活躍した街だとあった。

何と、ロッシーニは、彼等に敬意を表した形で、
ハッピーエンドで作り上げていたオペラを、
オリジナル通りに悲劇的結末に書き換えたように見える。

彼等に敬意を表したかはともかく、
そうした文芸の街である事などが、
何か、ロッシーニに霊感を与えた可能性はあるだろう。
ある種のパワースポットとして機能したのだろうか。

さて、このフェラーラ版であるが、
北イタリア、ブレッシャの
レーキ伯爵家の文書館から、
自筆スコアが発見されたとあり、
このレーキ伯爵は、
改訂版フィナーレの歌詞を書いた人の
子孫なのだそうだ。

このルイージ・レーキ(1786~1867)
という人は、何と、歌手のマラノッテの愛人だったらしく、
マラノッテは、初演時の主役だという。

という事で、このCD3枚を聴いて見よう。
165分の長丁場である。

Track1.の序曲の助奏からして、
いくぶんほの暗い色調を帯び、
喜劇「試金石」と同じ序曲とは思えない程、
堂々とした風格を見せる。
主部に入っても、丁寧な音楽作りで、
オペラの前座としての序曲の華やかさよりも、
音楽そのものの充実を求めたような演奏になっている。

Track2.のアルジーリオの宮殿で、
シラクーザの連合がなった事を祝う合唱も、
とても堅牢な感じ。
「更に親密な友情で結ばれますように」と、
イザウラが和睦を言祝ぐところも、
派手さはないが、きれいな色調を放っている。

Track3.で、二人の指導者、
アルジーリオとオルバッツァーノらが、
「我々全員が祖国への忠誠を誓おう」と、
歌い交わすのも威厳があり、堂々としていて良い。
アルジーリオを歌うホルヴェークのテノールも、
良く通って指導者風で良い。
この人は、1936年生まれであるから、この時、
50歳くらいで油が乗りきっていたと思われる。
ただし、2007年には亡くなっているようだ。

Track4.アルジーリオとオルバッツァーノが、
サラセンに共に当たる事を語る。

Track5.の合唱の、
かっちりしたリズム感も、
今回、読んで来たように、
ケルンの合唱団ということであれば、
妙に納得が行く。
歌詞は、「晴れ上がったこの佳き日に」
というもので、「愛と調和が勝利を得た」と続き、
シューベルトを歌ってもおかしくはない、
ロマンティックな響きである。

「この心も喜びにわいています」と、
アメナイーデが登場し、
クベルリの颯爽とした登場も美しい。
オーケストラの軽快なはずのリズムも、
しっかりと踏みしめられるように刻まれる。

クベルリは45年生まれなので、
この時、まだ33歳の若さであったわけだ。

Track6.は、
アルジーリオがアメナイーデに結婚を迫るので、
彼女がイザウラと一緒にうろたえるシーン。
チェンバロのような伴奏が付くが、解説には、ピアノとある。

Track7.素晴らしく詩的なタンクレーディ登場のシーン。
オーケストラは、繊細な色調を駆使し、完璧なまでに、
一幅の音の絵画を描きあげる。
解説には、
「アルジーリオの宮殿の中の素晴らしい庭園。
奥には花の咲き乱れた海岸や、
波に洗われる城壁、並木道、彫像、鉄格子の門、
等々の壮大な風景が望まれる」とある。

そんなところに、タンクレーディの帆掛け船が現れるが、
そのまま、それを音だけで描き上げた感じである。

コッソットのタンクレーディは、
極めて落ち着いたもので、
英雄というより、厳格な女教師のようだが、
丁寧に破綻なく、声のラインを美しく繋いでいる。

解説にあったように、
装飾はあまりやらないので、
イタリアオペラの主役という感じは弱いかもしれない。

Track8.「大いなる不安と苦しみの後に」が来る。
また、改めて、この部分のメロディが、
「リゾットのアリア」として有名になった理由を確認した。
リズミカルで軽妙で明解。

Track9.
ここではタンクレーディが友人のロッジェーロに、
アメナイーデへの伝言を頼むシーン。
それから、アルジーリオが、
サラセンの軍隊が街を包囲してきたので、
結婚を急ぐようにと、
アメナイーデをせき立てるシーン。

Track10.ここは、ホルヴェークの、
安定感あるテノールを味わうことが出来る
高らかに美しいメロディのアリア。
「お前のその優しい愛情を
愛する夫に捧げるのだ」と歌い、
途中からは推進力を増して、
オーケストラが威力を発揮するのも聞き所であろう。

Track11.タンクレーディが
シラクーザに来るのは危険だと察知した、
アメナイーデのところに、
何と、ちょうどタンクレーディが現れる。
恋人なら喜ぶべきを、アメナイーデは、
あまりにも理性的な応対をしてしまう。

この辺りから、タンクレーディは、
恋人を疑うようになってしまう。

Track12.素晴らしく雄渾なメロディが出て、
恋人たちの屈折したやりとりが歌われる。
二人の先行きを暗示するような不気味な低音が現れる部分と、
牧歌的な木管群が囀る部分が、
二人の運命と再会の喜びを玉虫色に暗示する。

このような部分を聴くだけでも、
ロッシーニが、手段を選ばず、
不安定にメロディを使い捨てにしながらも、
展開の切迫感の持続を重視したことが聞き取れる。

シューベルトなら、もう少し、じっくり歌い上げたかもしれない。
しかし、このような緊迫した二重唱の醍醐味を、
シューベルトもロッシーニから、よく学んでいたと思われる。

この演奏の、華美になることを
避けたような性格にもよるのだろう、
何となく、この部分を聴きながら、
シューベルトの音楽に繋がって行く要素をも、
ついつい感じずにはいられなかった。

以上で、CD1は終わる。

CD2は、ロッジェーロのレチタティーボ。
彼は、オルバッツァーノが、
アメナイーデを奪うことになる事を知ってしまうが、
タンクレーディには内緒にしておこうと語る。

Track2.婚礼の喜びの合唱。
合唱が多用されて、壮麗さを引き立てているのも、
この作品の特徴かもしれない。

Track3.
ロッジェーロは、タンクレーディに、
彼女を忘れ、ここを去るように忠告する。
ところが、彼は、アルジーリオの前に出て、
シラクーザの防衛を手伝うことを申し出る。


Track4.オルバッツァーノが怒って現れ、
アメナイーデが出した手紙を手に入れたと言う。
アルジーリオが、その手紙を読み上げるシーンは、
不気味な伴奏のついたメロドラマ風である。

Track5.は、
「何ということをしてくれたのだ」という、
迫力のある六重唱。
オーケストラは、切迫感のあるリズムを刻み続け
恐ろしい運命の前兆を暗示しながら、
それぞれの人物の思いのたけがぶつけられる。

Track6.
晴朗な素晴らしいメロディが現れ、
アメナイーデの無実の心と、
が哀願する様子を表すが、
断固としたオーケストラの総奏が、
それを押しつぶして行く。

このあたり、レッラ・クベルリや、
ウェルナー・ホルヴェークの存在感がありすぎて、
主役のタンクレーディを歌う、
コッソットの存在感はあまりない。

合唱が、「死刑になるのだ」と叫ぶと、
「こんな女のために、私はこれまで、
愛情を捧げてきたのか」と、
アルジーリオ、オルバッツァーノ、タンクレーディが、
自問自答する中、
アメナイーデが「神よお守り下さい」と唱和する、
無伴奏の四重唱が始まる。
シンプルに声の綾を聴く部分。

Track7.怒り狂う合唱、
他のソリストらの前に、
いくら、アメナイーデが嘆願してもダメダメの部分。

ただ、イザウラだけが、彼女の味方で、
二人の二重唱と、その他の者らの唱和が美しい。

そして、1幕のフィナーレとなる、
ロッシーニらしい短い動機を連ねたような、
軽快かつシンプルな音楽の推進力と、
声の饗宴の圧倒的な効果が素晴らしい。
「死の足音が心を凍らせる」、
「このような日の終わりはどうなるのだろう」と、
これから起こることに戦慄しながら幕となる。

ここからが第2幕。

Track8.イザウラとオルバッツァーノの論争。
後は、アルジーリオの署名で、
アメナイーデの処刑は決まると言う。

アルジーリオは、「最悪の極致」と苦悩する。
父親が娘の死刑判決に署名するのだから当然。
このあたりは、DENONのDVDでは、
省略されていたような気がする。

Track9.アルジーリオが署名する部分である。
「署名しようとしても、どうしても駄目だ」と
延々と悩みながら、合唱が、
「慈悲を乞え」という言葉と、
「掟に従うのだ」という言葉を発する。

決然とアルジーリオが声を高らかに、
「もはや判決は下された」と歌い上げ、
彼が署名すると、合唱は、「祖国の父」と、
威勢の良い声を上げる。

が、アルジーリオは、なおも悲痛な声で、
「なんと恐ろしいことだ」と嘆き続ける。
このあたりも、バルチェッローナのDVDにはなかった。

軽快なリズムと共に、合唱は、
「正義感と栄誉の誇り」などと盛り上げる。

Track10.は、イザウラが、
オルバッツァーノを非難する部分。

Track11.は、そのイザウラのアリア。
「つらい苦しみの中、強固な意志を与えて下さい」。
クラリネットの助奏を伴う優雅な曲調で、
実力者、ヘルガ・ミュラーの声を堪能しよう。
この人は48年生まれなので、まだ30歳だった!

Track12.は、アメナイーデの牢獄。
このシーンの音楽も素晴らしく絵画的で、
冷たい牢獄の恐ろしげな雰囲気や、
わびしい情景が、眼前に現れるようである。

クベルリの美しく、冴え冴えと豊麗な声が、
自らの運命を嘆く。

Track13.も親しみやすいメロディで、
クベルリの声を味わうことが出来る。
「死は決して恐ろしいものではありません」という
諦観の歌で、愛らしい木管群の合いの手が微笑ましい。

Track14.は、いよいよ処刑のため、
アメナイーデを、父と、オルバッツァーノが連れに来る。
その時、颯爽と現れるのが、タンクレーディ。
さすが、主役だけあって格好良い声で聴かせる。
「お前は誰だ」というのに対し、
「お前が倒れた時に分かるであろう」という決め台詞。

CD3は、この緊迫した場面から、全てが収束するまで。
Track1.アルジーリオは、
娘のために決闘をしてくれる、
謎の騎士に感動して、優しい声をかける。
Track2.
この上なく愛情に満ちたメロディに、
「きっと私が誰か分かる日が来るでしょうが、
憎まないで下さい」という泣かせる内容の、
タンクレーディの声も重なって、
音楽はますます優美になって行く。
最後は、決闘に向かうので、勇壮な行進曲になっていく。
コッソットの声も、このあたりになると、冴えに冴えている。

Track3.解放されたアメナイーデとイザウラ。
アルジーリオが決闘が始まって、
逃げて来た事を告げる。

Track4.はアメナイーデの祈りの歌。
この清純な祈りの部分から、
Track5.の決闘の結果が
合唱で聞こえて来る場面も、
素晴らしい劇的効果がある。
シューベルトも、このような効果に関しては、
十分、理解していたはずで、
「フィエラブラス」でローラント脱出のシーンを、
私は思い出さずにはいられない。

DENONのDVDの演奏よりも、こちらの演奏の方が、
がっしりと踏みしめながら音楽を進展させている。
クベルリのコロラトゥーラも聴けて、
全曲の聞き所の一つである。

Track6.タンクレーディ凱旋の合唱と、
自省するようなタンクレーディの歌。

Track7、8、9.すでにタンクレーディは、
シラクーザの地を離れる決心をしている。
アメナイーデの言葉にも耳を貸さない。
やがて、テンポが変わり、
こじれてしまった恋人たちの美しいが歯がゆい二重唱となる。
最後は、急速になって、ロッシーニ的な展開になだれ込む。

Track11.ロッジェーロが、
アメナイーデの言葉を信じる歌を歌う。

Track12、13.このあたりも交響的音画。
タンクレーディは、さすらって、大自然の中にいる。
崖の下の滝、そうした豪壮な自然を背景に、
タンクレーディは失恋を歌う。

Track14.合唱曲で、騎士たちが、
タンクレーディさえいれば、サラセン人に勝てると歌う。

Track15、16.アメナイーデとアルジーリオらが、
遂に、タンクレーディを探し当てる。
こじれた恋人たちは、ややこしくなる一方。
「タンクレーディは貴女にとっては死んだのだ」と、
彼はいじけた歌まで歌い出す始末。
ここは、タンクレーディ役は声の可能性を開陳すべき所。
コッソットの歌は、妙に端正で思慮深そうで、
表紙写真のイメージそのままである。
熱血に駆られて行動するタンクレーディに似つかわしいかどうか。

Track17.
タンクレーディはサラセン軍に斬り込んだ設定である。
アルジーリオも参戦し勝利するが、
タンクレーディは脇腹を刺されたと戻って来る。

Track18.悲劇的結末である。
この場面こそが、ロッシーニが、
どうしても挑戦したかった部分であろう。
瀕死のタンクレーディが五分間、
「私は花嫁を得て去って行く、あなたは生きて下さい」
などと息も絶え絶えに歌い続ける最終場面。

このようなシーンでは、コッソットのような、
厳粛な歌いぶりが生きて来るという感じか。
簡素で悲しげな管弦楽をバックに、
祈るような歌唱が胸を打つ。

得られた事:「真面目すぎるコッソットの歌唱は、表紙そのまま。クベルリの声の輝きが嬉しい。」
「ロッシーニの『タンクレーディ』。要所要所に現れる交響的絵画のような管弦楽部分の美しさ。」
[PR]
by franz310 | 2012-02-25 21:37 | ロッシーニ
<< 名曲・名盤との邂逅:1.シュー... 名曲・名盤との邂逅:1.シュー... >>