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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その316

b0083728_21514127.jpg個人的経験:
前回、アレッサンドロ・スカルラッティの
オペラ・アリア集で、
バルチェッローナという歌手の
圧倒的な歌唱を堪能したので、
この人が得意としている
ロッシーニ作曲のオペラ
「タンクレーディ」を、
その勢いを借りて聴いてしまおう。
このメゾ・ソプラノは、
大きな体躯で、男性役を得意とし、
前回のCDでも、
甲冑に身を包んだ出で立ちで、
ジャケット写真に収まっていた。
今回も、実際は男性である英雄役、
タンクレーディを歌い上げ、
表紙写真からも、
たいへんな迫力を感じさせる。


この表紙からも、「タンクレーディ」を聴きましょう、
という構図ではなく、
バルチェッローナを堪能できますよ、
という切り口であることを感じさせる。

前回のCDでは青い感じのデザインであったが、
今回のDVDでは、深紅のコートのようなものを着て、
右手を握りしめ、苦悩に顔をゆがめている。

DENONから昨年(2011年)出た、
DVD解説でも、
この映像は、2005年のフィレンツェでの
ライブの記録であるが、
もともと、このピッツィによる演出は、
1999年にペーザロでの、
ロッシーニ音楽祭で制作されたものと書かれ、
「そこでタンクレーディを歌ったダニエラ・バルチェッローナが、
一夜にしてスターになったという伝説的なもの」の、
再演であることが特筆されている。

繰り返しのようだが、「出演者プロフィール」でも、
「『タンクレーディ』のタイトルロールを歌い
センセーションを巻き起こす」とか、
「柔らかくイタリア的美感を湛えた声と
大柄な体格から、男装役としての人気が高い」
と書かれている。

バルチェッローナは、「タンクレーディ」を歌わせて、
当代一の歌い手だと考えて良いのであろう。

確かに、シラクーザの統治者、
アルジーリオとの二重唱などでも、
名手ラウル・ヒメネスのテノールに渡り合って、
しなやかさのある美声を聴かせて、
素晴らしい声の饗宴を生み出している。

このオペラは、
哲学者ヴォルレールが書いた悲劇が原作となっており、
(彼の書いたものでは、日本では、『カンディード』が有名)
状況こそややこしいものの、
筋は、それほど複雑なものではない。

ややこしい状況とは、
イタリア半島の先端の島、
シチリア島(四国と九州の間の大きさとされる)の
歴史に基づくという点が、
我々にとってはまるで親近感がないという点である。

この島は、地理的な特徴から、
古くから、東のギリシア人が植民したり、
南のカルタゴから狙われたりしていたようだが、
10世紀頃、イスラムの支配も受けたようである。

この後の話なのか、
二大勢力アルジーリオの一族と、
オルバッツァーノの一族が、
この島の都市シラクーサで小競り合いをしていて、
さらに、サラセン軍が、
シラクーサ攻略の時を伺っている状況。

タンクレーディも、
この島の重要な貴族であったようだが、
ビザンティウムに亡命していて、
裏切り者と考えられている。

このような状況下、上記アルジーリオの娘、
アメナイーデが、その地を訪れた際に、
恋に落ちていた、という設定である。

このような関係を図示すると単純、
ややこしさはアメナイーデに集約される。

             オルバッツァーノ(父の政敵)
                ↓(和睦の証)
  タンクレーディ ← → アメナイーデ
        (両想い)   ↑(シラクーサもろとも渇望)
             ソラミーロ(イスラムの暴君)

恐ろしい四角関係である。
ここで、アメナイーデが、タンクレーディに、
手紙を送ったのが、間違いのもと。
この手紙は、イスラムのソラミーロ宛てのものと誤解され、
アメナイーデは裏切り者とされてしまい、
タンクレーディもまた、彼女を誤解してしまうことになる。

訳も分からぬまま、タンクレーディは、
決闘でオルバッツァーノを倒し、
サラセン軍に斬り込んで死んでしまう、
という話である。

という事で、このあらすじを見ただけでも、
シューベルトが残したオペラと同様の設定が、
たくさん見つかった。
この作品は、シューベルトが感動したオペラの一つとされ、
多くの学者が、その影響を語っているのである。

父親が決めた相手との結婚を娘が拒む点で、
「アルフォンゾとエストレッラ」が、
イスラムとの戦いの話である点や、
若者たちが旅先で恋に落ちているという設定で、
「フィエラブラス」が思い出される。

シューベルトが円熟期にあってなお、
若い頃に見た「タンクレーディ」の世界を背負っていたことが、
妙に実感されてしまった。

この「タンクレーディ」こそが、
ロッシーニの世界展開の先鋒であって、
この作品によって、彼は、遠くヴィーンにまで進出し、
大成功を収めることが出来たのである。

つまり、シューベルトのみならず、
この作品に、当時の聴衆は屈服した。
これは1813年の作品で、
感心したシューベルト同様、作曲したロッシーニもまた、
21歳という若輩者であったのであるが。

立風書房の「オペラの発見」でも、
「オペラ・セリア」の最初の秀作であり、
叙情表現とドラマの展開という相反する要素を
たくみに融合してこのジャンルの後世の作品に
大きな影響を与えた」と書かれ、
「タンクレーディ」の重要さが特筆されている。

今回取り上げるDVDでも、
吉田光司という人が、解説で、
ロッシーニの出世作であり、
「19世紀初頭で最もヒットしたオペラの一つ」
と紹介している。

「偉大な芸術家が初めて才能を開花させた
『出世作』だけが持つ魅力に溢れている。」
という言葉でくすぐってくれてもいる。

さて、このあたりで、今回のDVDにて、
このオペラを最初から見ていこう。

155分という長丁場であるが、2幕ものである。
オーケストラはリッカルド・フリッツァの
フィレンツェ5月音楽祭管弦楽団。
合唱団にも同じ名前が付いている。

Track1.序曲は、よく知られているように、
悲劇的な序奏から、軽快なアレグロに進む、
「試金石」序曲を流用したもの。
ロッシーニ・クレッシェンドが出ることで、
当時の多くの聴衆を魅了した。

このDVDでは、演奏風景の前に、
配役のクレジットなどが出る。
演奏風景はピットの中なので暗めで、
映像も解像力が低く、
楽想に見られる愉悦感が実感できないが、
「試金石」とは違って、悲劇なので、
こんな感じで良いのかもしれない。

演奏は、自由にテンポを動かして、
盛り上げ方もうまく爽快感がある。

Track2、3.暗闇の中で、白服の群衆と、
黒服の群衆が集まって合唱を繰り広げる。
これは当然、シラクーサの二つの勢力の
内戦を終わらせた祝福の音楽である。

そこに、アルジーリオ一族の妻、
イザウラが入って来る。
続いて、アルジーリオ。
バルバラ・ディ・カストリの声が、
冴え冴えと男性合唱に加わり、
白い衣装のヒメネスのテノールが、
さっそうとシラクーサの繁栄を祈る。

さらに、紺色の出で立ちで、
かつての敵方の大将オルバッツァーノが現れる。
マルコ・スポッティのバスも交えて、
合唱の中に、織り合わされていく。

このような手法は、「試金石」の、
冒頭のパーティ・シーンの焼き直しであり、
シューベルトの「アルフォンソ」の祝福シーンでも、
繰り返されるものである。

Track5、6.アルジーリオとオルバッツァーノの会話で、
亡命したタンクレーディが正統な王家であって、
その財産をオルバッツァーノが奪った事や、
政略結婚の話も決めている。

Track7.ついに、アメナイーデも現れ、
美しいアリア「何と優しく、私の心へと」を歌う。
ダリーナ・タコヴァのソプラノ
ロッシーニらしい軽快なリズムの合唱が絡み、
なめらかなコロラトゥーラが縦横無尽に跳躍して、
聞き所になっている。

アメナイーデ役のタコヴァは横顔は美しいが、
前から見ると、縦横比がいかにもオペラ歌手である。

Track8.ここでは、結婚の話を聞かされ、
アメナイーデは混乱する。

Track9、10.は、ロッシーニが得意とした、
精妙な自然描写で、
夜明けと共に、タンクレーディが、
祖国に、こっそり帰って来た状況が描かれる。
「おお祖国よ」のカヴァティーナが続く。
問題のバルチェッローナの表情が存分に味わえるが、
大柄ではあるが、魅力的な人である。

「アメナイーデ、甘美な想いよ」
と歌われる所の、繊細な序奏は、
まるで、シューベルトの音楽の一節を聴いているようだ。

が、ロッシーニの場合は、このような楽句を、
十分に展開するようなことはしない。

「僕の願いを叶えておくれ」という力強い歌、
「僕の運命は幸せだ」という感情豊かな歌へと変転し、
どんどんと楽想を変えながら、
推進力のあるドラマにしている。

「君の眼差しに浸るんだ」といった
憧れに満ちた部分などは、
「試金石」でも聴くことのできた
ロマンティックなテイストで、
観客は興奮して大拍手を送っている。

Track11、12.ルッジェーロという部下に、
タンクレーディは、アメナイーデへの言伝や、
匿名の騎士が援軍に来た事を告げるよう命ずる。

街が包囲されているから、
さっさと結婚式を遂行すると言って、
アルジーリオはアメナイーデに迫る。

Track13.「よく考えよ、私の娘だということを」
というアルジーリオのアリアで、
アメナイーデを脅しすかす。

このヒメネスは、「試金石」のDVDでも歌っていたが、
その美声で、すぐに、そのことを思い出した。
ロッシーニを得意としているのだろう。
白いマントをたなびかせて立ち去る。

Track14.アメナイーデは、
タンクレーディに手紙を出した事を後悔する。
すると、タンクレーディが現れるが、
「何故、帰って来たか」、「過酷な運命が待っている」
と、アメナイーデは喜ぶ前に、警告し、
「今日は最悪の日」とか、「早く逃げて」とか連呼する。

Track15.不気味な低音の音型が響く中、
「恐ろしい運命から逃れて」と、
アメナイーデは悲痛な声で訴え、
「愛しい人は僕だと言ってくれ」とか、
タンクレーディは嘆願し、
「運命に愛は勝利する」と説得の応酬が繰り広げられる。
ひしっと抱き合い、
音楽もしっとりとなって、
「ずっと涙と苦しみに生きるのか」という
声を合わせて歌う部分が続く。

しかし、このあたりは、
闇に紛れてのシーンだから必然性があるが、
この舞台、ずっと暗い中での出来事という演出。

「お発ちになって」、「残して去れと」いう切迫した部分から、
「いつになったら愛する心は平安を望めるでしょう」という、
しっとりした部分が交錯して、緊張感が保たれている。
ロッシーニ、さすがである。

ロッシーニの音楽は、このような不連続な短い部分の、
巧みな交錯が、劇に推進力を与えているのだろうか。
シューベルトなら、どっぷり浸ってしまう所であろう。

Track16.まだ暗い。
合唱で、「愛の神々よ、降りてきてください」。

Track17.合唱が「栄光、勝利」と、
トランペットが軽快に鳴り響く中、
オルバッツァーノを
後半は、舞曲調でテンポを速め、

Track18.アルジーリオが、
「寺院へ参ろう」と呼びかける中、
タンクレーディが現れ、援軍を申し出ると、
女たちは、何と大胆なとささやき合う。
アメナイーデは、結婚に同意できないと、
「結婚より、死を」とか言っている。

Track19.オルバッツァーノが、
「そうだ死だ」と言って、
ソラミーロ宛の手紙
「シラクーサで会いましょう。
あなたの敵を倒して下さい」とあるので、
タンクレーディ宛だったそれを、
全員が、仇敵イスラム軍の大将宛と誤解してしまう。

Track20、21.「私は不幸」というアメナイーデに、
「心は怒りに満ちて」と、タンクレーディも含めて、
主要なメンバーがそれぞれの思いを口走る、
壮大な合唱が始まる。
「もうお前の父親ではない」とアルジーリオが、
「不埒な女め、恥辱に死ね」とタンクレーディも、
めいめいにめちゃくちゃな暴言を
アメナイーデにぶつける。

緊張感溢れるリズムが支配する部分と、
推進力のあるメロディが交互に現れ、
劇的な状況を高めていく。

合唱も暴言を吐く中、
ホルンやオーボエの簡単な助奏を伴って、
誤解した恋人たちの、祈りの歌が痛々しい。
それを押しつぶす合唱の中、
アメナイーデが歌い上げる音楽は、
力強く英雄的である。
このような部分も、シューベルトはしびれたに相違ない。
何故なら、彼のオペラでも、こうした英雄的なメロディが、
混乱の中、現れるからである。

金管が鳴り渡り、ティンパニが轟いて、
オーケストラの炸裂し、
最後の合唱が盛り上がって行く。
手に汗握る迫力で、時間が凝縮し
音楽の推進力は最大になっていく。
以下、第2幕である。
Track22.オルバッツァーノは、
ヒロインの母親に詰め寄り、
父親も怒り狂って、
死刑の署名をしてしまう。
「同情するものは共犯者だ」と残忍な、
オルバッツァーノの性格が表れる。

Track23.母親イザウラのアリアで、
「不幸な者を慰める優しい希望よ」。
このアリアでは、クラリネットの助奏が登場して、
シューベルトの時代、
このようなスタイルが好まれていたことを思い出す。
比較的シンプルな曲想なイザウラの歌を、
牧歌的な色彩で彩っていく。

シューベルトは、18歳の時、
1815年のオッフェルトリウムD136で、
同様の手法を取り入れていて、
これについては、前に聴いたことがあった。

Track24.ここでも、先ほどの
恋人たちの二重唱で出て来た、不吉な音型が現れ、
今度は動転して落ち着かないヴァイオリンの音型に、
冴え冴えと木管が不安な感情をかき立てる。
時折、オーケストラは爆発して、
テンションを高めて、劇の状況を、ぐいぐいと押し込んで来る。
アメナイーデのアリアが始まるが、
「私は死にます、タンクレーディ様」と、
ほとんど、メロドラマ風のレチタティーボで、
オーケストラの方が雄弁である。
素晴らしい一篇の音の詩である。

舞台は、また黒々としていて、
アメナイーデは、牢獄の中でもんもんとしている。

シューベルトの「フィエラブラス」でも、
フィエラブラスが夜陰に紛れて
恋敵の行動を見ているシーンも、
こんな感じだったような。

Track25.
一条の明かりが見えたように木管群が囀ると、
「愛のために死ぬのであれば」という、
いくぶん救いのある歌を歌い上げる。
これは、先のシーンで、緊張感を高めた後だけに、
とても清涼な効果を持つ。
コロラトゥーラの美しさも、存分に発揮される。

ブラヴォーが当然のようにわき起こっている。

Track26.
何と、オルバッツァーノと共に、

レチタティーボ
「この女のために私と戦う騎士はいない」という、
オルバッツァーノの言葉尻を捉え、
タンクレーディが、「私が、彼女の守護者だ」
と名乗りを上げる。かっこいいシーンである。

「私は無実なのです」とアメナイーデが言っても、
タンクレーディは聴く耳を持たない。

このような展開は、救済オペラというものに似ているのであろうか。

Track28.
彼等は決闘することになる。
ここで、娘を助けてくれたということで、
アルジーリオが、タンクレーディを抱擁して、
「苦しむ私を助けてくれ」と歌う。

それに対し、タンクレーディも、
自分が幼い頃から苦しんできた事を歌い上げ、
「私の正体が分かっても憎まないで下さい」という。

「恥ずべき女を憎みたいが、
憎むことが出来ない」という共通の気持ちが、
切々たる音楽に唱和される。
すると、トランペットのファンファーレが聞こえて、
決闘に向かう行進が始まる。

ロッシーニの真骨頂が発揮され、
声の饗宴の中、おどけたようなリズムが、
時を前へ前へと進むように促して、
ドラマがどんどん展開していく。

Track29、30.イザウラとアメナイーデのレチタティーボ。
決闘の結果を祈るように待つシーンで、
「自分の死よりも、誰の死への不安かわかるでしょう」
と、天に向かって語りかけると、
Track31.では、楚々とした、簡素で敬虔なアリアが始まる。

「公平な神様、あなたを恭しく崇めます」という、
清楚な語りかけは、次第に、遠くからの合唱に続き、
アメナイーデ様、安心して下さいという力強い歌声は、
ヒロインの心を軽くすると共に、
彼女の歌声を解き放ち、素晴らしいコロラトゥーラとなる。

湧き上がって、泡立つ音楽の軽快さ。
このあたりの音楽は、「試金石」にも出て来そうな、
盛り上がりが何度も波を打って現れ、
合唱の中、力強いソプラノが舞い上がる。

ここでも大拍手である。当然だろう。

Track32.合唱、「皆で勝利者を」は、
軽妙な音楽で、オペラ・セリアであることを忘れさせる。

このあたりの音楽は、「試金石」の、
軍隊招集のシーンを彷彿させる。

タンクレーディの運命も、ここが最高点なので、
この後の展開が、かえって怖いくらいである。
彼は、「栄光はいつも嬉しい」とか言っている。

Track33、34、35.
タンクレーディはすでに立ち去ることを決め、
アメナイーデが誤解を解こうとするのを、
「君の言葉は聞かない、説得しようとしても無駄だ」
と言い放つ。
しかし、このような、もっともシリアスな部分でも、
音楽は、おちゃらけの要素で響き、
ロッシーニは高みの見物で、
シリアスな主人公たちの人生を
からかっているような感じである。

Track36.アメナイーデが、懇願するのを聴いて、
遂に、音楽はしっとりとした雰囲気に一転する。
「あなただけを愛していました」と言うアメナイーデの声に、
やさしくピッチカートが寄り添って、
タンクレーディも遂に声を合わせ、
愛の絶唱へと高まって行く。

Track37.「私を棄てるの」という言葉に耳も貸さず、
「死んで終わりにしよう」というタンクレーディの決意。
これに対して、ロッシーニは、完全に冷やかしの音楽で答える。
「あなただけが苦しみの原因」と罵り合う恋人たちに、
活気のある、勢いのある音楽を付けて、
木管も弦楽も、馬鹿みたいな装飾でからかう。

Track38、39.カウンターテナーのマルケジーニがようやく、
聴かせどころを得る。
タンクレーディの部下だか友人で、
「気の毒な人だ」というレチタティーボと、
「喜びが報いますように」という
祈りのアリアを歌い上げる。
タンクレーディの仲間だから、
おそろいの赤色の装束である。

Track40.このあたりから、
物語は大詰めになるのであろう。

それにしても、ずっと舞台は暗いままである。

タンクレーディが現れるが、その前に、
素晴らしい管弦楽の助奏があって、
その気高い英雄的な心を讃えたかと思うと、
あまりにも固い頭を冷やかすような楽想が続く。
「タンクレーディの大シェーナ」と題され、
遠い異郷の地に入り込んだ状況を歌い上げている。

Track41.「忘れることが出来ない、
僕を裏切った女を」という、
ひたすら勘違いの女々しい音楽が、
深々と苦悩に満ちた情感で歌われる。

Track42.音楽は軽快であるが、
怪しい状況で、舞台上には剣を持った人々が集まっている。
とにかく暗い舞台で、よく見えないのである。

サラセン人たちの合唱と書いてあるが、
「町は恐怖に支配されている」と歌われるので、
イスラムの街の警護連であろうか。

「タンクレーディは悲しみに死んでしまうのか」
などと歌われ、「彼の武勇が我々の心に火をつける」
とあるから、シラクーサ・サイドの兵士のようだ。

よく状況が分からないので、解説を見ると、
みんながタンクレーディを探している状況とあった。

Track43.いったいどういう事か、
よく分からないが、変なところに隠れている、
タンクレーディをアメナイーデらが発見する。

Track44.「どうしてこの心をかき乱すのか」と、
タンクレーディは歌いだし、
素晴らしい声を聴かせながら、
恨み辛みを吐き出していく。しつこい男である。
「不実な女め」と罵り始めるが、
もう分かった、という感じがしなくもない。

おそらく、みんな同じ感情なのか、
遂には、合唱が、「戦場へ」と勇ましく叫び、
「我々を勝利に導いて下さい」などと、
彼を駆り立てて行く。

その間にも、「愛に燃え上がらない者には、
僕の苦しみは分からない」などと、
タンクレーディは悶々としている。
そして、「戦場へ、ソラミーロを倒そう」と言って、
軍隊を率いて行ってしまう。

このあたり、バルチェッローナは、
かわいいお姉さんの顔をしていて、
見た目としてのリアリティはないものの、
声は素晴らしい。

Track45.すると、アルジーリオも、
一緒に戦うと言って、出て行ってしまう。
戦闘が激しいわ、とか言っている。
すると、「勝利の犠牲は大きかった」、
「脇腹を刺され重傷だ」とか、言いながら、
さっき出て行ったばかりのアルジーリオが戻って報告する。

このあたりの戦闘報告のシーンも、何となく、
シューベルトのフィエラブラスの終幕を、
思い出してしまう。
必ずしも、ロッシーニばかりから学んだ訳ではあるまいが、
シューベルトは、いろんな影響を
時代から受け継いでいるのである。

Track46.葬送行進曲のような音楽で、
タンクレーディが運び込まれて来る。

Track47~49.
ひっそりした中、寂しくチェンバロがぽろぽろと鳴る中、
恋人たちの最後のシーンが始まる。
「愛ゆえに間違いが生じた」と、
アルジーリオは評論家する。
「アメナイーデ、僕を愛しているのか」と、
ぶっ倒れたままのタンクレーディが歌い始める。
「君を残したまま、僕は行かなければならない」と、
泣ける台詞を続ける。

オーケストラは、静かに、悲しい情感のみを単純な音で彩る。
「どうか手を重ねて欲しい」と、
タンクレーディは、アルジーリオに頼む。
「僕の思いはすべて遂げられた」、
「君は生きるんだ」と、長々と、死の場面が演じられ、
音楽はひっそりと終わる。

大歓声である。確かに見応えのある舞台だと実感した。
どの歌手にも不足はなく、オーケストラや合唱の演奏も良い。
録音もうまく劇場の感じが出ている。

ただし、残念ながら、全編、暗がりでの演技であって、
陽光溢れるはずのシチリアを舞台とした作品を見た、
という実感はあまりない。

得られた事:「シューベルトの円熟期に繋がる元になるものを、早い段階からロッシーニから受け継いでいた。」
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by franz310 | 2012-02-18 21:57 | ロッシーニ
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