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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その314

b0083728_21382745.jpg個人的経験:
ドメニコ・スカルラッティの父、
アレッサンドロ・スカルラッティは、
ナポリ派オペラの総本山、
といった偏った、
しかし、意味不明の
先入観ばかりが先に立つ。
しかし、いくつかの作品では、
時に高らかに輝き、
時に繊細な綾を見せる人の声の扱い、
たっぷりとした和声が印象的であった。


前回まで、ひたすら、息子の方のカンタータを、
賛嘆の念を禁じ得ず聴いて来た。
カンタータは、バロック期イタリア声楽曲の、
精髄と考えられていたということであるが、
ドメニコの作品の繊細で、
しかも心浮き立つ作品群を聴いてみても、
まさしく腑に落ちる体験となった。

しかし、カンタータといえば、
むしろ、親爺の方を指すのが一般である。

何しろ、アレッサンドロには、シューベルトの歌曲と同様、
600曲ものカンタータがあるというではないか。
シューベルトが書いた「潜水者」や「すみれ」みたいな、
桁外れの作品を別にすれば、
通常の歌曲とカンタータでは、
倍から4倍くらいの規模の差異があるから、
アレッサンドロの書きぶりはものすごかったようである。

前回、タクトゥス・レーベルから出ていた、
ドメニコのカンタータ集の第1集を聴いて、
是非とも、第2集も欲しくなったが、
これらは、二枚組となって、
ブリリアント・レーベルから再発売されている。
が、二枚目の内容は、4曲中3曲までが、
エマヌエル・ツェンチッチが、
カプリッチョ・レーベルに、
オルナメンテ99と録音した曲目と、
重なっていることが分かった。

しかも、解説も前回紹介したタクトゥス盤と同じであった。

一方、アレッサンドロの親爺の方、
というか、アレッサンドロ本人の方もまた、
旧タクトゥスのものが、3枚集められて、
この廉価大王レーベルの、
ブリリアントから出されていることが分かった。
3枚組なのに1000円台で買える激安品であるが、
一聴して分かるが、非常に美しい録音。

これがまた、美しいデザインのもので、
うら若い裸体の乙女を、チョウチョの羽のキューピッドが、
抱き起こしている。
乙女の傍らには、花がまき散らされており、
春の訪れの象徴であろうか。

この絵画の出展はどこにも書かれていないが、
おそらく、ずっと後の時代の、
擬古典主義の作品であろう。

反対にブリリアントから出ている
ドメニコのカンタータ集のデザインは、
カラヴァッジョの天使像
「アモールの勝利」を使っていて不気味である。
カラヴァッジョは、ちなみに、
ドメニコ・スカルラッティより
100年以上前の人物である。

このようなロマンティックなデザインにもほだされて、
今回は、意を決して、イタリア・カンタータ業界の、
総本山に攻め込んで見ようと思う。
残念ながら歌詞がイタリア語だけなので、
何を歌っているかは正確には分からない。

しかも、タイトルは「カンタータ集」なのに、
1枚目は、「室内カンタータ集」、
2枚目は、「カンタータとデュエット」、
3枚目は、「パラドラーナとザンベルッコからのインテルメッツォ」
という異なる標題が付けられている。

試しに、CD1だけを先に、概観すると、
1曲目、「Andate, o miei sospiri」から、
2曲目の「Per un momento solo」、
3曲目「Lascia più di tormentarmi」を経て、
4曲目「Lontan dalla sua Clori」までは、
ソプラノのCristina Miatelloが歌い、
Guido Moriniと、Andrea Fossàが、
ハープシコードとチェロで伴奏している。
ドメニコの華麗な伴奏付きカンタータを想像すると、
ちょっと寂しい感じ。
これらは10分ほどの作品である。

5曲目には、一転してかなり長い、
「Bella Madre de’Fiori」が入っている。

これは、コントラルトのGloria Banditelliが歌い、
ENSEMBLE AURORA という団体での伴奏になって、
かなり豪華になる。
これが始まると、これこれ、こんな感じ、
と、その芳醇なテイストに、
満足感がこみ上げて来る。

しかも、強烈な半音階進行が見られ、
完全に異形のカンタータとなっている。
このCDを入手したら、まず、この曲を聴いていただきたい。

ただ、このバンディテッリの歌は、
少し、マイクで強調してはいないか?
ちょっと、伴奏を圧倒しすぎである。
いや、当時のカストラートなら、
こんな声で歌ったかもしれない。

これは気になるので、先に、この曲のみ、
解説に書いてあることをチェックしてしまおう。

CD1の曲目解説は、フランチェスコ・デグラーダが書いている。
「『Bella Madre de’Fiori』は、ゆっくりしたテンポで、
各部を模倣しあう厳格な対位法で書かれた、
シンフォニアで始まる。」

秘めやかな弦楽の綾の美しい楽曲で、
次第に明るさをたたえて来る曲の構成も美しい。

「最初のレチタティーボは、
テキストを分析して解釈していて、
アリオーソの形式に傾き、
声楽部と通奏低音で対位法的な模倣がある。
最後の節に、後期バロック特有の、
短いフガートのアリオーソ、『cavata』がある。」

神妙な、悲壮感のある部分で、
荘重に歌われるのを、低音がしっかりと支えている。

「続くアリアは、形式としては、
『器楽のリトルネッロ、歌詞1、
器楽のリトルネッロ、歌詞2、器楽のリトルネッロ』
となっている。」

器楽のリトルネッロとは、
ヴィヴァルディのような活発な音楽を想像してはならない。
むしろ、マーラーなどに直結しそうな、
神秘的な間奏曲になっている。
そもそもアリアも暗い。
不気味な下降音型も頻出する。

何なんだこれは。
いつの間にか、かなり、私はディープな世界に、
すっかりはまり込んで聴き入っている。

「短いレチタティーボの後、
コンチェルタンテなヴァイオリンが寄り添う第2アリア。
ここでも、各声楽の歌詞部は、二つのヴァイオリンによる、
リトルネッロで囲まれている。」

少し明るくなって来て安心した。
高まるアリアにはヴァイオリンが補助され、
極めて心強い感じだ。
しかし、しっとりと深い表情も見せ、
この部分だけでもかなり聴き応えがある。
というか、それを言うまでもなく、
たっぷりと長い。

「次のレチタティーボに続くアリエッタは、
慣例的に有節形式で、声楽と通奏低音だけのためのもの。
二つのヴァイオリンとコンティヌオの器楽リトルネッロが、
同じ音楽素材に従って交錯する。」

ここでは、幾分、暗い情熱を秘めた歌いぶりで、
ますます、音楽に熱がこもって来る。
どのセクションも聴き応え満載ではないか。

「最後のレチタティーボは、全カンタータの中で、
おそらく、最も詩的で独創的な部分である。
バロックオペラ同様、
典型的なアモーレのテーマを想起させる慣習的なもので、
クローリの嘆きに心動かされ、
彼女に癒しのまどろみを与える。
自由なアリオーソ形式でありながら、
この素晴らしいカンタータの最後のエピソードでは、
バスの和音が続く中、
二つのヴァイオリンの優しい音色に、
声が包まれて、
何度も何度もモティーフが浮かび上がるが、
しだいに消え入り、最後にはささやきの中に消えて行く。」

まるで、パーセルの「ディドとエネアス」みたいだが、
高度に集中した書法も、それに近い。
これはみっけもんカンタータである。

気になってネット検索すると、
いくつかの録音がヒットして、
何人かの歌手が、この大曲に挑戦していることが分かった。
「Bella madre dei fiori」を機械検索すると、
「花の美しい母」というすごい訳になってしまったが。

ネットで見ると、英米系の人が、
これ、何という意味?などと質問サイトに投稿していて、
イタリア語を少し知っている人が、
上記訳と同様の答を出していた。

とすると、このCDの表紙の絵画は、それなりに、
意味ありげな感じに見えて来た。

それにしても、このCD1の最大の難点は、
これらの曲を構成する各部に、
トラックがふられていない点である。

解説は、リナルド・アレッサンドリーニという人が書き、
おそらく、Candace Smithという人が英訳してくれている。
読んでみると、「総本山」というには、
かなり紆余曲折した人生を送った人のようで、
非常に興味がかき立てられた。

「アレッサンドロ・スカルラッティは、
1660年5月2日、パレルモに生まれた。
1678年、彼は、有名なドメニコを含む、
10人の子供を儲けることとなる、
アントニア・アンツァローネと結婚した。
まだ若い頃から、彼はローマの音楽サークルで、
1679年の田園神話劇『外見の誤解』で、
知られるようになった。
オペラを書く事の他、スカルラッティは、
当時の貴族に好まれたジャンルの一つであったカンタータや、
それから宗教曲にも手を染めた。
宗教曲を書くことは、
聖ジェロラモ・デラ・カリタ教会の
楽長に就任したことによって、
公的な義務となった。
スペイン王位を巡る戦争によって、
1703年から1706年、
スカルラッティはナポリを逃れたが、
1708年には、ローマには再び、
聖マリアマジョーレ十字架教会の楽長として
雇われることとなった。
1706年にはコレッリやパスキーニと共に、
スカルラッティはアルカディアのメンバーとなった。」

この時、スカルラッティは、すでに46歳である。
コレッリは、1653年生まれだから53歳になっていたはず。

しかし、不惑を越えて、沢山の子供を抱えての、
戦乱の影響を受けるとは気が滅入る話である。
スペイン継承戦争である。

「1696年から、
メディチのフェルディナンドの宮廷と関係を保ち、
1703年から1706年にかけて
数多くの作品を書いたが、残念ながら、
それらは残っていない。
彼はメディチ家の恒久的ポストを得るために、
あらゆる方策を講じたが、この野望は潰えた。
フェルディナンド公は、彼の音楽を、
妙に学究的で憂鬱にすぎ、作曲技法も形式も、
すでに時代遅れになりつつあったバロック様式に、
縛られていると感じていた。
これは、スカルラッティと、当時の音楽界の、
最初の不和の兆候で、これは時代とともに明らかになった。
このことが、1706年にオラトリオ、
1707年には二つのオペラを書いて
就職を願ったヴェネチアにも職を得られなかった理由である。
これらはすべて、あまり成功しなかった。」

ということで、スカルラッティと言えば、
「大御所」とか、「総本山」という感じがしていたが、
かなり悩み多き人生を送っていたことが分かる。
にわかに興味が湧いてくるではないか。

「国際政治が安定し、
スペインからオーストリアの支配が及び、
ナポリ副王の地位も安定するにつれ、
スカルラッティは、1709年の始めから、
昔の楽長の地位に復帰することが出来た。
フランチェスコ・マンチーニ、レオナルド・ヴィンチ、
レオナルド・レオらによる先進的なトレンド、
『前ギャラント』スタイルと、
彼の音楽の間の溝はますます深くなっていたため、
ナポリで再びオペラの活動を開始したものの、
かつての熱意はなかった。
最後の彼の重要なオペラ群が、
ナポリでなく、しばし居住したローマで演奏されたのは、
偶然のことではなかった。
ここで、彼は尊敬され、重視されたが、
孤立しており、1722年以降は、
無為の人生を送った。
彼は1725年10月22日に亡くなった。」

ロッシーニ旋風が吹き荒れた時の、
ベートーヴェンの姿をふと思い出した。
しかし、アレッサンドロ・スカルラッティは、
そこで復活することはなく、
65歳まで生きたということだ。

先に、私は600曲のカンタータと書いたが、
この文章では800曲を越えた数を出して来ている。

「820曲のカンタータは、空前のものである。
すでにこの数から、スカルラッティの多産に驚くが、
同様に多数のオペラやオラトリオがある。
このような事すべてにも関わらず、
今日ですら、スカルラッティの偉大さは、
十分な敬意をもたれていない。
このような情熱とすばらしさで、
声楽作品に取り組んだ作曲家は、
当時も他にいなかった。
スカルラッティの作品を特徴付ける、
音楽とテキストの効果は、極めてユニークなものである。
同時代の作曲家たちの技法に比べ、
彼の作曲技法は絶対的に羨むべきものであった。
対位法の大家として、スカルラッティは、
当時、何らかの妨害を受けた。
彼の教理はオペラに見られるような、
軽く、表層的な雰囲気とは、
必ずしも同調できるものではなかった。
カンタータの、より綿密で親密な次元で、
メロディと対位法的展開を、
表現の素晴らしい境地を開くことができたようである。」

ということで、スカルラッティは、
オペラやオラトリオでも有名だが、
カンタータが最高ということだろう。


アレッサンドロ・スカルラッティの時代から、
100年後に、シューベルトもまた、
メロディと古典形式の調和に苦しむことになる。

「各カンタータの作曲順を立証することは、
必ずしも可能ではないことは明らかである。
いくつかは正しい日付を持ち、
大部分は分からない。
カストラートはもちろん、
ソプラノやコントラルトなど、
スカルラッティは高域の声を好んだ。
他のヨーロッパ諸国に比べても、
イタリアに優れた歌手がいた事が、
確かに、これら豊富な作品創作につながった。」

ということで、このCDで、
バンディテッリというコントラルトが、
野太い声をカストラートのように響かせるのは、
決して、間違った事ではなく、
素晴らしいことだったわけである。

バンディテッリは、イタリアのアッシジ生まれということで、
マゼール、アッバード、シャイー、ピノックなど、
著名な指揮者との共演も多いようだ。

「アカデミアやサロンなど、プライヴェート利用を想定し、
カンタータは、より親密な感傷性や、
小規模ではあったが、まさしく喚起する表現力を
試すための場を提供した。
好まれた主題は明らかに愛で、
いかに有名なカンタータに、
『アモーレ』という言葉が、
いかに多く出て来ることかと興味深い。
絶望した恋人たちの絶望した言葉が、
グロテスクなまでに表現されており、
それでいて現実的で表現力豊かである。」

我々が感じる、不思議な感覚は、
このリナルド・アレッサンドリーニ氏も、
同様に感じていたようである。

「アレッサンドロは、すぐれた巨匠であった。
彼から多くの作曲家がメロディの組み立てを学び、
修辞的な音楽語法の適正な利用を学んだ。
しかし、彼が最も効果的に行ったのは、
イタリアのスタイルの確立で、
それは、止めどもない声楽の技法の開始ではなく、
18世紀に情緒エッセンスの本質を注ぎ込んだことであった。」

多くの作曲家には、ペルゴレージを始め、
ヴィンチやレーオなど、ナポリ派の作曲家がいるのだろうが、
そこから派生したモーツァルトやサリエーリを通じ、
シューベルトには続いているのかどうか。

さて、各曲であるが、このような優れた解説を読めば、
ますます、ここに収められた作品群が、
愛おしくも感じられるというものだ。

CD1の前半4曲は、クリスティーナ・ミアテッロの歌。
1曲目は、「行為、または私のため息」
「レチタティーボとアリアの繰り返しである。
アカデミックなコンテストの中で生まれ、
強い表出力が染みこんでいる
個人的な言葉に満ちたテキストに寄るもので、
特にレチタティーボでの和声の大胆さ、
アリアでの厳格な対位法で特徴付けられる。」

何だかよく分からないが、
チェロとチェンバロの簡素な伴奏ながら、
聞き込む程に味わい深い作品である。
最初のアリアのチェロ独奏など、
ドメニコの作品かと思った程、情緒豊かである。

2曲目は、「一人の時」で、寂しげな歌だと思ったが、
題名からしてそうだった。
これは、アリア、レチタティーボ、アリアの形式。
「異常に劇的なテキストによるもので、
その密度は、特に最初のアリアと続くレチタティーボに見られる。
最後の流れるようなアリアではそれほどではない。」

このようにあるように、切々と歌われるチェロは、
まるで、バッハの宗教曲のように内省的だ。
しかし、美しい。アンドレア・フォッサという人が弾いている。

「両方のアリアとも、二つの部分からなり、
同じモティーフが使われている。」
とても沈鬱なイメージで、解説にあった、
憂鬱にすぎる、という表現は、この曲と、
次の曲にはぴったり来る。

3曲目は、「苦しめるより多くを許します」と訳された。
「1688年のA/R/Aの形からなるこの作品は、
パリ音楽院の図書館に手稿が保管されている。
これはスカルラッティの最初の創作時期に当たり、
アレッサンドロ・ストラデッラのカンタータに起源を持つ、
アルカイックな性格を持っている。
ダ・カーポ形式の二つのアリアは、
鋭い対比をなし、最初のものは劇的に半音階的で、
第2のものは、より柔軟でカンタービレに満ちている。」

6分に満たない作品で、他のものと違うので、
初期の作品ということが、こんな事からも感じられる。
「柔軟でカンタービレに満ちている」とあるとおり、
浮き立つようなリズムで歌われている。

4曲目は、「Lontan dalla sua Clori」
ロンタンとクローリは名前だろうか。
クローリはよく出て来る女性名であるが、
ロンタンは知らない。
この作品は、先の2作と違って、
いくぶん、晴れやかな曲想を持っている。

「『不運』と題されたこの曲は、
いくつかの譜面が残されている。
これは、典型的なアルカディアスタイルの、
離れた恋人の主題のバリアントである。
二つのアリアのたっぷりした長さや、
代わりやすいハーモニー、
そして、強烈な表現のバランスからして、
スカルラッティの後期の作品かもしれない。」

このように解説にあるように、
その力の抜けた自在さが、
他の曲より、身近に感じられる理由かもしれない。

最後のアリアの始まりなど、
チェンバロがきらきらと輝いて愛らしい。
歌そのものも、優しい感じがする。

CD2は、いきなりテノールが歌い出す、
「Ammore, brutto figlio de pottana」という、
テノールと通奏低音のためのカンタータ。
途中、「くっくっくっくっ」と、悲しく泣くような表現もあって、
オペラ・ブッファ風。ちょっと変な感じである。
ジャンパオロ・ファゴットという名前の歌手らしい。

さぞかし、内容が分かったら、と思って、
ブックレットを手にして驚いた。
このCD2については、解説がついていない。

かろうじて歌詞はあるがイタリア語だ。
いくつかのテキストを機械翻訳にかけてみたが、
まるで意味不明である。

このように、よく分からないながらも、
このCD2は、全部で5曲が入っていて、
1曲目がテノール、
2曲目がアルト用と独唱が続くが、
3曲目以降は変化を持たせ、
4曲目がソプラノとリコーダ用、
3曲目と5曲目がソプラノとアルトのデュエットとなっている。

リナルド・アレッサンドリーニが全曲、
チェンバロを受け持ち、
パオロ・パドルフォがガンバ、
ロベルト・センシがヴィオローネを受け持っていて、
基本的に、地味系のバスである。

Track2以下は、「Sovente Amor mi chiama」という、
アルト用カンタータであるが、
クラウディオ・カヴィーナという男性歌手が担当している。
これは、レチタティーボとアリアが3回繰り返す作品。
短い曲の連なりで、10分程度のもの。

トラックが分かれていて良いが、
Track2のアリアが2分68秒と書かれているのがご愛敬だ。

以下、ソプラノに、CD1と同じ、
クリスティーナ・ミアテッロが登場。

Track8以下は、「Son pur care la catene」というデュエット。
このデュエットという曲種は、カンタータと類似であるが、
二重唱と独唱が分かれて楽章を構成している。
最初と最後がデュエットで、その間に、
アルトによるレチタティーボとアリア、
そして、ソプラノによるレチタティーボとアリアが、
サンドウィッチされている。

察するに、恋人同士の二人を想定したものであろう。
彼等の二重唱は伸びやかで美しい。
二人の歌手が、歌い交わす様子は、
その装飾音が重なり合って、
器楽曲のように、歌詞が分からなくとも楽しめる。

いくぶん、脳天気なアルトの歌に対し、
ソプラノの歌は、妙な情念を含ませて怖い。
こぶしも聴かせ、通奏低音も、ぶーんぶーんと唸っている。

最後のデュエットは、しかし、
いくぶん穏やかな歌で、仲直り風に聞こえる。

Track14以降は、ソプラノとリコーダーと、
通奏低音のためのカンタータで、
これは、「私のクローリ、美しいクローリ」と読める。
Track15では、ひなびたリコーダーが、
美しい音色を響かせ始める。
Lodvica Scoppolaという奏者が吹いている。

シンプルなR/A/R/A形式で、
最後のアリアでは、きれいな空を仰ぎ見るような、
さわやかなメロディがリコーダーによって奏でられる。
このあたりも、このCDセットの聞き所であろう。

Track18のデュエットも、
デュエットでサンドイッチされたR/A/R/A形式。
「Dimmi crudele, e quando」と題されている。
最初の二重唱、ソプラノと男性アルトの濃密な絡まり合いは、
かなりロマンティックで、18世紀のラフマニノフだ。
これはたまらん。是非、聴いてみて欲しい。

Track19からのアルトの、
レチタティーボとアリアは、
極めて素直なもので、
シューベルトの時代でも通用しそうな歌である。

Track21からのソプラノ用、
レチタティーボとアリアは、
前のデュエットと違って、
穏やかなものである。

歌手のCristina Miatelloと、Claudio Cavinaは、
それほど声量はないが均質でブレンドは美しい。
カウンターテナーの方は、
イタリアでは重要な歌手だとある。
ネット検索すると、カヴィーナとあり、
波多野睦美と日本で共演したこともある人のようだ。

最後のデュエットは明るい感じで始まるが、
途中のガンバのメロディあたりから力を失い、
カンタータとは、やはり、もんもんと終わるものか、
などと考えてしまった。
が、これもまた、絶唱風ではある。

さて、最後のCDは、小オペラのようなもの。
インテルメッツィ「パランドラーナとザンベルルッコ」である。
音楽の性格から、カンタータのような濃密感はないが、
広い劇場で、開放的に歌われる感じや、
器楽の音色の芳醇さや色彩は、
むしろ、気楽に近づける雰囲気である。

パランドラーナは年配の未亡人であり、
ザンベルルッコは、若い渡り労働者と解説にある。
極めて猥雑な小話風の作品であると予測できる。

Barbara di Castri,がソプラノを受け持ち、
Gastone Sartiがテノール、
ROBERTO CASCIOが指揮するFORTUNA ENSEMBLEの演奏。
残響の多い、雰囲気たっぷりの録音で、
ヴァイオリンなどの繊細な音色の抜けも良い。

字数が尽きたのでこのあたりで終わり。

得られた事:「ナポリ派の大家、アレッサンドロ・スカルラッティは、好きでナポリ派をしていたわけではなかった。」
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by franz310 | 2012-02-04 21:43 | 古典
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