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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その311

b0083728_2313246.jpg個人的経験:
前回、ウィーン少年合唱団の歌う、
シューベルト作品について聴いたが、
天才的なボーイ・ソプラノ
と言われていたらしい、
マックス・エマヌエル・チェンチッチ
が歌う、独唱曲に関しては、
やや違和感なしにはいられなかった。
特に、オペラ歌手のために書かれた
「岩の上の羊飼い」などを、
何故、少年が歌う必要があったのか。


その録音が1989年であったから、
2002年の録音であるとすると、
13年の時が経過している。

何と、チェンチッチ君は、カウンターテナー歌手として、
表紙写真に、さっそうと立っているではないか。
そんなCDをたまたま発見して購入してしまった。

何だか、バレエ・ダンサーみたいな、
ぴったりした衣装が不気味であり、
背景が赤いのが、さらにヤバい感じで、
最初は、少し躊躇した。

ドメニコ・スカルラッティは、
無数のピアノ小曲で有名な人であるが、
年末に、「サルヴェ・レジーナ」を聴いて、
声楽曲も素晴らしいと思い、
こうした機会があれば、もっと、聴いてみたいと思っていた。

そんな流れが背景にあって、
この作曲家の作品を集めたこのCD、
即刻購入である。
ドイツのカプリッチョ・レーベルのもの。
これなら、録音も含め、期待は出来ると見た。
怪しい写真にふさわしく、
「愛のカンタータ集」となっている。

したがって、本来、今回は、
シューベルト編は少しおやすみ。

それほどまでに、このCDの
スカルラッティのカンタータの演奏は、
取り上げずにはいられない程の内容だった。

少年合唱の声の技術と、カウンターテナーの声の技術が、
必ずしも同じとは思えないのだが、
まだ20代半ばにあると思われる彼の声は、
非常に自然で伸びもつやもあって、
しっとりと演奏に身を委ねることが出来る。

しかも、彼の歌唱に対して、
活発な絡まり合いを見せる、
オーナメンテ99という団体の、
変幻自在の活躍ぶりはどうだろう。

このCDの魅力の半分は、この器楽集団の、
素晴らしい活力と流動感にあると断言して良い。

しかし、この表紙の顔、どこかで見た事がある。
実は、私は、彼のCDを他にも持っていたのに、
これまで、少年時代の経歴までを知らずにいた。

今回は、そこに触れると帰って来られなくなるので、
このCDの紹介に注力する。

解説は、ここで指揮をしている、
Karsten Erik Oseという人自身が書いている。
ネット検索するとフルートを吹く人の写真が出て来るが。

「ドメニコ・スカルラッティによる4つの『愛のカンタータ』」
と題されている。

「ドメニコ・スカルラッティは、
1685年10月26日、
当時、最も重要な作曲家であった、
アレッサンドロ・スカルラッティの息子として、
ナポリで生まれた。
ドメニコもまた、音楽家として、
めざましいキャリアを築くことになった。
今日では、音楽愛好家は誰でも、
ピアノのための無数のソナタ群を思い浮かべる。
ドメニコは、家族や友人たちから、敬愛を込め、
『ミンモ(Mimmo)』と呼ばれていたが、
彼もまた、実際、
自身をオペラとカンタータの作曲家と考えていたが、
その事実は忘れられたも同然である。
彼の劇場作品は、音楽的内容ばかりか、
独自の、時にエキセントリックな語法も、
ここに収められた4曲でも明らかであるが、
そのピアノ曲に劣るものではなく、
このことはたいへん惜しいことである。
1740年頃の作曲と考えられる、
これらはドメニコの後期の作品であって、
当時、スカルラッティは作曲家として、
または、演奏者として、波瀾万丈の人生を、
回想することが出来た。」

ということで、1685年生まれの
スカルラッティであるから、
55歳頃の作品であることが分かる。

「自然にミンモは、最初のレッスンを、
父親のアレッサンドロから受けるようになった。
1701年、わずか16歳の少年は、
ナポリ王室のオーケストラに入り、
オルガン奏者、作曲家として、
父親の指導を受けることになった。
わずか二年後には、二つのオペラ、
『Ottavia』と『Giustino』が、演奏されている。」

音楽一家で、当然のように、
この道に進まされる例は、
ヴィヴァルディ、モーツァルトなども同様、
チェンチッチも同様の身の上。
これはこれで、悩ましい状況であろう。

「1705年から1708年の間、
ヴェネチアで、フランチェスコ・ガスパリーニに学び、
翌年、ローマに最初の勤め口を見つけ、
ポーランドのマリア・クリスティーナの、
プライヴェートシアターの音楽監督となった。
彼は、ここの音楽隊のために、
少なくとも7曲のオペラを書いた。
女王がローマに移ると、
1714年、ポルトガル大使に音楽監督として仕え、
ヴァチカンの『ジュリア礼拝堂』のために働き、
1720年からは、リスボンのポルトガル王、
ジョアン5世の元で働き、
マリア・バルバラ王女のピアノ教師に任じられた。
やがて、彼女は、1729年にスペインの王位相続者、
フェルナンドと結婚し、
ドメニコは彼女についてセヴィリャに行き、
最終的に1733年、マドリッドにある、
フィリップ5世の宮廷で働いた。
彼はそのキャリアの頂点において、
ポルトガルの騎士に任じられ、
その栄誉に感謝して、30曲の『チェンバロ練習曲』を、
王に捧げた。
事実、スカルラッティのほとんどのピアノソナタは、
ここに聴くカンタータと同様、スペインで作曲された。」

私は、スカルラッティがポルトガル、
スペインに移り住んだことを混乱していた。
ナポリはスペイン領だったこともあり、
イタリアからどちらかの国に移り住んだイメージだったので、
今回、これを読んで訂正することが出来た。

「今回の録音は、今日まで残っている、
ドメニコ・スカルラッティの手稿の残る、
8曲のカンタータをもとにしている。
現在、それはヴィーンにある、
オーストリア国立図書館に保存され、
スペインからのものである。
スペインからヴィーンに来た一つの理由は、
これらのカンタータがメタスタージオ(1705-82)
によるものだからと考えられ、
彼は台本作者としてヨーロッパを風靡し、
ヴィーンにいた皇帝カール6世に、
宮廷詩人として迎えられた。
彼の最も親しい友人は、
他ならぬ伝説のカストラート、
カルロ・ブロスキ(1705-82)、
通称『ファネッリ』で、
彼はスカルラッティのわずか2、3年後に、
スペイン王宮に迎えられていた。
ここで、彼の務めは、超人的な歌声で、
憂愁に沈む、悩み多き王様の心を、慰めることであった。
毎晩、ファリネッリは、最も華麗なアリアを4曲、
同じ歌を何度も何度も歌わされたとされる。
それが本当であるかはともかくとして、
続く10年間、彼は王に仕え、
彼の音楽レパートリーは、
『音楽の薬』であるこの4曲に、
限られてしまったといっても良かった。
それは、この間、ファリネッリは、
次第に公開演奏から遠ざかって、
彼を心から信頼していた君主から与えられた、
政治的事柄に専念するようになった。
1746年のフィリップの死後も、
かつては全ヨーロッパ中のステージを総なめにした
トップ歌手も、次の君主フェルナンドと、
その妻で、長年のピアノの生徒であった、
マリア・バルバラの宮廷での内輪でしか歌わなくなってしまった。」

スカルラッティの話かと思ったら、
メタスタージオから、
ファリネッリの話になっているが、
成る程、スペインの宮廷で、
現在でも名声を残す二人の音楽家は、
何らかの関係があったようである。

「スカルラッティは、ここに収録したカンタータを、
そのような機会に、特にファリネッリのために書いたと思われる。
この歌い手と巨匠は、生涯を通じて連絡をとっており、
彼等の関係からして、
テキストは歌手が自ら提供したと考えられる。
ここに収録されたカンタータを詳細に見ていくなら、
この仮説ももっともらしく思える。
スカルラッティは、声のリフレインを、
メロディアスな弧を描き、
ぞくっとするようなコロラトゥーラを駆使し、
ことさら技巧的に書いている。
年配で、成熟した歌手の芸術的可能性を考慮し、
異なる感情表現の高度な洗練を強調している。
1705年に生まれたファリネッリは、
40歳の誕生日を迎え、
その芸術の頂点をすぎていた。
しかし、このような制約はあっても、
スカルラッティのカンタータが、
妥協の産物だというわけではない。
反対に、その制約の中に、
作曲家の卓越した技法を、
そのピアノソナタ同様に見ることができる。
さらに、一見して、明らかに超絶ではない歌唱パートの扱いは、
18世紀中葉において、激しく求められた、
より自然さを求めており、
これはスカルラッティの作風における、
革新的なものの基礎となっている。
彼等はテクストを絶対的に広範に眺め、
詩的なモデルに対し、
ほとんど心理的な理解にまで至っている。」

成る程、このCDを初めて聴いた時、
カウンターテナーによる歌唱であるにも関わらず、
ほとんど、不自然さを感じなかったのは、
このような背景にて出来た楽曲だったからなのだ。

従って、このCDの魅力を、チェンチッチと、
オルナメンテ99の演奏にばかり帰するわけにはいかない。
ドメニコ・スカルラッティの熟達の書法の魅力が半分を占める、

「メタスタージオのテクストを見ると、
作曲家に対して、興味深い挑戦を強いていることが分かる。
最初の曲と最後の曲の構成は、
ステレオタイプのレチタティーボとアリアという、
オペラ・セリアの慣習的なパターンに即しているが、
しかし、その内容は、愛の喜びと痛みによって、
引き裂かれ、荒廃した魂の状態を表している。
しばしば、憧れや怒り、希望や失望といった
相反する感情が連なり、
感情の性格の生々しいイメージが反映されている。
このような主題の心象は、古い、判で押されたような、
ありふれた個人描写を、意識的に打ち破る。
ためらい、不安に思い、口ごもりながら、
導入部アリア『私は言いたい』で、
愛する男は恋人に、自身の心の説明を試み、
『セレナーデ』を歌う前に、
すでに声も絶え絶えになっているようだ。」

これは、Track5であって、
第2曲『Dir Vorrei(私は言いたい)』の
冒頭の話である。

ここでは、軽妙な木管の絡み合いに、
チェンバロなどのぱらぱら音の通奏低音が、
唐草模様のような不思議な音響空間を描き出す。

「私は言いたい。私は顔を赤らめる。
いや、言いたくない、あなたは知っているはずだ」
と恋する男のためらいを、
この伴奏部は茶化しているようだ。
この器楽部はかなり長い間奏曲にもなる。

「続く、レチタティーボでは、彼は、内面を見つめ、
聴衆に、最も親密な感情を開陳する。
高揚し、沈みこみ、最後には、
最後のアリアで、感情を爆発させる。」

Track6.では、このレチタティーボで、
「愛らしいニンフよ。
どこにいても、私はあなたの遠くに感じる。
私のすべてが分かるように、
何千もの言いたいことがあるのに」
などと、激情を高ぶらせる。

「聞き入れられるか、捨てられるか分からずに」と、
解説にはあるが、
Track7で、
「地獄のような激情が私の心の中にある」
などと歌われる、アリアのリズミックな感じは、
確かに、彼のピアノソナタで聞き取れるものと同様、
推進力があって明るいようにも思えるが、
何やら、切迫した焦燥感がある。

楽器の強奏や叫ぶような表現など、
極めて表現主義的な様相を呈している。

「カンタータの、そして内容の詩句の間の
劇的な繋がりを想定すると、
表現力豊かな作品、『時に眠りの中に』は、
『私は言いたい』に続くものである。」

このCDでは、ちゃんと続けて演奏されている。

Track8.
この曲では、カンタータへの序曲として、
2分半ほどの器楽曲が付けられている。
めまぐるしく、交錯する木管が、
怪しい綾をなし、この曲のもんもんとした感じ、
陶酔感のようなものを描き上げていく。

この曲はピアノソナタにそのまま編曲できそうな曲想である。
まさしくスカルラッティの印章が押されている。

Track9.
何故か、「メヌエット」とある。
悩ましい弦のモノローグが、
切々と、しかも長々と歌われる印象深いもの。
このような所も、ピアノソナタの世界では、
垣間見えていたものかもしれない。

Track10.
「眠りの中で、たびたび愛しい人が現れて、
私の嘆きを慰めてくれる。
愛よ、現実をこれに近づけて下さい。
さもなけば起こさないで欲しい」という、
漢詩にでもなりそうな世界。

先のメヌエットの情感を残しながら、
彼は、夢とうつつの境にある。
あああああ、あああーと悩ましい歌が、
耳に残る。

解説にはこうある。
「夢や眠りの領域に入り込み、
歌い手は、ライヴァルが近づいていて、
立ちはだかるという、狂おしい暗い猜疑の前に、
彼の愛の陶酔に浸る。
この眠りの中にしか、愛は充足することはない。
苦々しい現実は違う。」

ということで、続くTrack11は、
激烈なレチタティーボとなる。
「夢の錯乱、愛に満ちた調べよ。
あなたの美しい目には憐れみがあった。」
という部分から、
「私はライヴァルを見た」という部分まで。

Track12は、嫉妬に燃えるアリア。
「幻覚と喜びは影となって消えたが、
私の炎は消えはしない。
眠りは私を幸せにしたが、
翌日には苦しみは増しているのだ」という、
やるせない歌であるが、
リズミックに木管のメロディが飛び交う中、
歌は、時にコロラトゥーラを散りばめながら、
興奮し高揚していく。

暗い情念と、夢見心地が共存した複雑な歌である。
カウンターテナーの性別不詳の歌唱が、
怪しげな感情を呼び覚ましていくかのようだ。

解説は、このCDの一曲目、
「血で書いた」の話に続く。
先の2曲は、変則的な形式であったが、
このカンタータは、お決まりの、
レチタティーボとアリアの繰り返しで出来ている。

「拒絶され、激しく傷つき、
彼は、血のしたたりで愛を書き付け、
運命と口論し、もう一度、彼女に彼の大きな愛情を示すが、
それに対する返答はなく、すっかり信念を失ってしまう。」

Track1.レチタティーボ。
テオルボの沈んだ伴奏の上に展開される、
激しい独白で、情念をぶつけるように歌われる。
通奏低音の嘆きも深い。

「血で書いた裏切られた心の苦しみの言葉。
この嘆きと魂を読んで下さい。
泣きうめいた果実です」などと、
実に女々しい内容であるが。

Track2.アリア。
霊妙な弦楽と木管の絡まりの中、
押し殺したような声が響いて来る。
「あなたは私をあなたのものと言うが、
私はあなたのものではない。
私があなたを愛していることは知っているでしょう。
しかし、あなたは、私をもはや愛してはいない。」

途中、慰めのような音楽が挟まれる。

Track3.レチタティーボ。
じゃじゃーんと音の塊が響く。
「私の苦しみの力のすべて以上に、
他の恋人の、たった一つのため息が、
あなたをつなぎ止める。
暴君よ、あなたは、すでに恋人の腕の中。」

Track4.アリア。
穏やかな序奏で、安らぎが近いことを暗示する。
「あなたが、私を『我が心』と呼ぼうとも」という部分。
しかし、次の瞬間、アリアと言っても、
ほとんどレチタティーボのような怒声となる。
「私はあなたを、残酷な暴君、恩知らず、と呼ぶだろう」
という詩句にぴったり一致している。
同じ言葉を繰り返して絶叫したりしなければ、
ほとんど、シューベルトの歌曲と同様の心理描写だ。

ピアノソナタで有名な、ドメニコ・スカルラッティ、
このような声楽曲にも、大きな足跡を残していた。

「最後のカンタータ、『偽りで騙して書いた』において、
やがて、彼はついに過ちに気づき、
その拒絶を受け入れようとする。
やがて、怒りが心を満たすが、
平和とあきらめへの静かな憧れに道を譲る。」

Track13.レチタティーボ。
声を振り絞るように、序奏なく曲は始まり、
「偽りの心で書かれた手紙を私は読み、じっと見つめた。
そこに見たのは裏切りだが、私にため息はない。
私は過ちに泣く。」

Track14.アリア。
いくぶん柔和な音楽で、ギャラントですらある。
「あなたの言う言葉の意味は何ですか。
あなたは私を欺き、私はそれを許したのです。」
弦楽が交錯し、寛大な慈悲を感じさせる。

Track15.レチタティーボ。
ここは、再び影が差し、
激しい詰問調である。
「言って下さい。嘘つきの舌で。
聴きなさい、不誠実な人よ。
もうあなたの愛はいりません。」

Track16.アリア。
この楽章の伴奏は、最初の方は、
きいきいと言うだけで、あまり精彩がないが、
途中、激烈なパッセージを繰り出し、
推進力を増し、最後に力を落とす。
「愛する人よ、私の唇から、
平安な言葉を望むでしょうが、
怒りの返事には憤怒の炎しかないのです。
裏切り者の嘘つき。悪いペテン師。」

解説にあるような平和な心境ではなさそうだが、
音楽は消えるように終わっている。
この曲が一番シンプルで、11分程度。
伴奏部の特徴もあまりない。

この歌の主人公は女性のようであるが、
カウンターテナーの声で聴くと、
そういった性別を超越した世界となる。

「スカルラッティの曲付けは、
詩句の輝きに逐次反応して、
音の効果が絶妙である。
特にレチタティーボにおいて、
作曲家は、ハーモニーにおいて調性の限界に導き、
複雑な主人公の魂の深さを照らし出す。
アリアにおいては、動機の統一もなく次々と、
短いメロディが、大きく跳躍して、
風変わりで、カンタービレに欠けるが、
これが恋人の不安定さや移り気を伝える。
望みが変化して魅惑された主人公の運命は、
絶え間なく彼の回りを旋回するが、これが、
すべてのカンタータの構成に明らかに表現されている。
器楽も歌手に寄り添うのではなく、
彼を模倣し、彼の嘆きを向かい合い、
あたかも、彼を彼自身に投げ返し、
内なる牢獄の望みのなさに、
容赦なく直面させるようである。」

なるほど、うまいことを言う。
スカルラッティのカンタータの伴奏は、
ギリシア劇のコロスのようなもので、
歌い手の運命の冷静な批評家のようなものと見た。

最後に、指揮者としての見識を示して、
この充実した解説は締めくくられる。
私は、この辺りの正確な部分は、
まるでよく分からないので、
かなり意訳するしかなかった。

「歴史的な創造と演奏の背景に対し、
スカルラッティのカンタータの、
その内容や表現上、音楽の集中力からして、
この録音には、男性による高音のみが適合すると思われた。
『歌手の喉』に適合するように、
残されたソプラノ・パートは、
ほんの少しだけ、低くしてある。」

カストラートで演奏するわけにはいかんが、
女性によるメゾ・ソプラノでは駄目よ、
という感じであろうか。

以前、ジュノーのCDで、ルネ・ヤーコブズが、
カストラートは、メゾで対応すればいいんだ、
と力説していたのとは反対の主張である。

「同様に、歴史的に、
スペイン、オーストリアの宮廷で行われていたように、
弦楽部はリコーダーで豊かにした。
すでに、フラウト・トラヴェルソが流行として現れていたが。
フラウト・ドルチェと呼ばれたリコーダーは、
愛の楽器として常に使われ、
様々なサイズとチューニングが、
色彩を変化に対応した。
こうした傾向への想像力に魅了され、
楽器編成による装飾を行っている。」

改めて冒頭から聴くと、弦楽だけだと、
これまで骸骨のような音色になりそうなところ、
リコーダーの膨らみのある音が補助し、
血が通ったような色彩にしている。

このような想像力を、歴史的な実績と絡めて正当化することが、
はたして、どのような意味を持つのか、
私には判断できないが、
極めて美しく精緻な伴奏部が私を魅了したことは、
冒頭に書いたとおりである。

また、ウィーン少年合唱団は、
かつて、シューベルトなどを生んだが、
近年、誰か、有名人を生み出したか、と、前回書いてみたが、
ここに聴く、チェンチッチのような歌手を生み出していた。

得られた事:「ドメニコ・スカルラッティは、そのカンタータにおいて、楽器部を、声楽に対抗する代弁者のように扱った。」
「D.スカルラッティは、メタスタージオとの関係で、ヴィーンにも関係を持っていた。」
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by franz310 | 2012-01-14 23:15 | 古典
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