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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その308

b0083728_0374348.jpg個人的経験:
ヴィヴァルディが書いた
「サルヴェ・レジーナ」は、
ヴェネチアの伝統である、
分割合唱の効果を模して、
二つのオーケストラの掛け合いを
伴奏にしているという。
この街を代表する作曲家なので、
確かにそれらしくも思え、
フィリップスには、
そんな題名のCDも実在した。


「サン・マルコ寺院におけるヴィヴァルディ」がそれで、
やがて、大きな集大成を録音する、
ヴィットーリオ・ネグリが指揮をしたものである。

ヴェネチアの作曲家、
ヴィヴァルディは聖職者でもあったので、
ヴェネチアを代表する教会のための活動も、
当然あったように思えてもおかしくはない。

ここでの指揮者ネグリは、1970年代に、
ジョン・オールディス合唱団と、
イギリス室内管弦楽団を使って、
ヴィヴァルディの宗教曲全集
みたいなのを出して、
好評を博していたので、
私は最初、この91年に出された、
二枚組CDを発見した時、
てっきり、そのロンドンでの録音を
寄せ集めたのかと勘違いしていた。

まさしくサン・マルコ寺院を描いた、
カナレットの絵画をあしらった、
美しい表紙が印象的なもので、
寄せ集めにしては、
よく出来たアルバムだと思った。

が、CD裏面のデータを見ると、
1964年10月ヴェニスとあり、
オーケストラも合唱も、
ヴェネチアのフェニーチェ劇場のものとあった。
これは明らかに「全集」とは別のものと分かった。

ソプラノには、フィリップスらしく、
オランダのアグネス・ギーベル、
アルトには宗教曲を得意とした、
ドイツ人のマルガ・ヘフゲンを
起用しているのが目を引く。

この人たちは、1921年生まれなので、
ともに43歳頃という円熟期の録音であった。
いずれも、往年の宗教曲のLPなどで、
記憶に残っている名前である。

ギーベルは、非常に美しく澄んだ声の持ち主で、
ここでも、その超俗的な音色が舞い上がる様を楽しめる。
ヘフゲンは、折り目正しい、
いかにも格調の高い歌唱を聴かせている。

ちなみに、指揮をしているネグリは、
1923年生まれで、彼女らより少し若い。
ヴィヴァルディの権威で、学者でもあり、
そもそもフィリップスのプロデューサーでもあった。
そんな人である。

この録音のタイトルも、彼の発案かもしれない。

ネグリの後年の録音では、合唱もオーケストラばかりか、
独唱者までも、フェリシティ・ロットや、
アン・マレイといった、一世代若い、
英米系の歌手を起用していたので、
この64年盤の方がフィリップスらしい感じがする。

ただし、ロット、マレイは、
我々、シューベルト愛好家にとっては、
ハイペリオンのシューベルト歌曲全集を受け持ってくれた、
恩義を感じるべき歌手たちであることが忘れられない。

このようなCDであるから、
4曲中3曲までが、「ネグリ校訂」とされている。

演奏されているのは、
有名な、「グローリア」ニ長調RV589、
「サルヴェ・レジーナ」RV616、
「マニフィカート」RV610/611、
そして、RV App.38という、
奇妙な番号が付けられた「テ・デウム」である。

ここでの解説は、アルバムと同様、
「VIVALDI IN SAN MARCO」と題されている。
が、内容を見てみると、
あまり、サン・マルコと関係あるような感じではない。

ミヒャエル・タルボットという人が書いているが、
この人は、BBCミュージック・ガイド・シリーズでも、
ヴィヴァルディを担当した著書を出している人である。
日音楽譜出版社は、トールバットと訳している。

この人は、1981年に日本で出た本の著者なので、
ずっと年配の人かと思っていたが、
1943年生まれのイギリス人らしく、
ヴィヴァルディやアルビノーニ、マルチェルロを研究し、
イタリア政府から若くして勲章を貰っているようだ。
このCDが出た91年の時点で、まだ、48歳である。

「サン・マルコの侯爵の教会は、
(ヴェネチアの独立が失われてからは、
単にヴェネチアの大聖堂教会となったが)
共和国全体の教会のスタンダードであった。
サン・マルコの創設したイノヴェーションは、
演奏者を分散させて配置させ、
『分割合唱』の効果に至ったことである。
17世紀と18世紀には、
この演奏スタイルは、広い範囲のイタリアの教会に広がり、
応答頌歌の効果が採用され、
以前は声楽家の集まりだった演奏に、
器楽奏者の追加がスペース問題を引き起こしたが、
異なる場所で音楽家がグループ化されることにより、
解決することができた。
18世紀にヴェネチアを訪れた人は、
総督(ドージェ)の個人的な教会であった
サン・マルコでの音楽を伴う礼拝に参加することは稀で、
他の場所の王室教会でも同様であった。」

という事で、このCDは、
サン・マルコ寺院がテーマのはずなのに、
何故か、そこでは何が行われていたか、
よく分からん、といった感じで、
話が逸らされてしまう。

その代わりに出て来るのが、
我らがヴィヴァルディの話であって、
いきなり、孤児院になっているのが悩ましい。

「彼等は、四つのオスペダリ・グランディのうちの、
一つにおいて音楽を聴くことが多かったようである。
これらは孤児、浮浪児、低所所得者、いわゆる捨て子
(多くの場合、庶子といった養育放棄された乳児)
たちが住めるようにした施設で、
最後のカテゴリーは、オスペダリで最も有名だった、
オスペダーレ・デラ・ピエタが特に責任を持っていた。
これら4つの組織は、そこの女性住人によって、
合唱団やオーケストラが組織され、
彼女らの先輩らがアシスタントとなり、
外部からの指導者によってトレーニングされ、
そこの礼拝堂における礼拝時に、
素晴らしい音楽を聴かせることによって、
参加者からの寄付や遺産を貰うことを期待していた。」

完全に、サン・マルコの話は、
出て来なくなってしまったが、
当然、サン・マルコの影響下の音楽が、
ここでも聴けたということであろう。

また、これらの施設が、何故に、
ヴィヴァルディのような音楽家を雇ったのかが、
この解説でよく分かった。

「彼女らの歌う合唱曲は、
一般に四つのパートに分けられていたが、
他の三つのオスペダリの合唱は、
二つのソプラノ、二つのアルトの声部と、
高音部に限定しており、
ピエタのみ男声の教会合唱を真似て、
合唱パートを慣習的なソプラノ、アルト、
テノール、バスに分けた。
そのテノールのパートは明らかに、
書かれたピッチで歌われ、
学者の中には、バスのパートも高めに書かれているから、
そこも同様であったと想定している。」

ピエタのみ、女子に男声低音部も歌わせていたということか。

「1701年から1713年にかけて、
すべての新作声楽曲を作曲する任にあった、
ピエタの合唱長(マエストロ・ディ・コーロ)は、
フランチェスコ・ガスパリーニであった。
1703年に、役所に対し、
ヴァイオリン教師の採用を求めたのは、
他ならぬ彼である。
彼等は新進の名手で、
その頃、司祭に任ぜられたばかりの
ヴィヴァルディを選考した。
ガスパリーニが実権を握っている間は、
ヴィヴァルディに、ピエタの宗教合唱曲を
作曲する機会はなかった。
彼は、単にソナタや協奏曲の作曲を求められた。
しかし、ピエタのオーケストラを指導する際や、
同様に指導的なヴァイオリン奏者で、
イタリアの様々な教会での祭礼に参加していた、
彼の父親との、度重なる演奏旅行によって、
彼は、実践的な経験を積んでいたに違いない。」

サン・マルコは消し飛んで、
何だかローカルな話題になっているのが残念である。
よくある職場のトラブルの話になっている。
しかも、その職場は孤児院の音楽教師のそれである。

「1713年、表向きは病気療養という理由で、
ガスパリーニは職を辞し、
新しい合唱長がその任に着くまで、
ピエタはもっぱらヴィヴァルディ、
声楽教師のスカルパーリら、
他の外部教師に代役を頼んだ。
1719年まで、その任命はなく、
ヴィヴァルディは宗教声楽曲の領域における手腕を、
6年にわたって発揮した。
ガスパリーニ不在時に作曲された、
『全ミサ曲、ヴェスペレ、オラトリオ、
30曲以上のモテット、そして他の作品ゆえに』
合唱長に習慣的に与えられていたボーナスを、
1715年には与えられているので、
どう見ても、ピエタの経営陣は、
彼の成果に満足していたようである。」

ということで、これまで、ヴィヴァルディが、
ずっと協奏曲の作曲家として知られていた理由は、
当然のことだった、と読み取れる。
当時からそうだったのであり、
声楽曲は偶然が重なって書かれるようになった、
という感じである。

「ここに録音された『グローリア』か、
(リオムによるヴィヴァルディの作品カタログで、
RV589とされるもの)
あるいは、知名度は劣るが、
同じ調性の作品(RV588)のどちらが、
経営陣が言及したミサの一部をなすものかは分からないが、
RV589は1713年から15年の時期のものである。
最大級のスケールで作曲され、
調性的、スコア、明暗、スタイル的に
コントラストのよい12の楽章からなる。
トランペットを利用し、
しばしば、第2トランペットの代用もする
独奏オーボエが、祝典的な趣きを添えている。」

b0083728_0383448.jpgこの曲は、
1970年代後半に、
ネグリが意を決して、
ヴィヴァルディの
宗教曲全集に取り組んだ時、
第1巻に収録したもので、
この事からも、この曲が、
ヴィヴァルディの宗教曲の
王者であることが分かる。
ソプラノはマーシャル、
メゾはマレイが歌っている。


これは、大変、美しいジャケットで印象に残るもの。
木版にフラ・アンジェリコが描いた絵画の一部をあしらっている。
金色の背景が全く下品でなく、
むしろオーラを放って上品である。

何と、このCDでも、英文解説を書いているのは、
旧盤と同様にトールバットである。
が、ここでは、旧盤を中心に聴き進む。

Track1.冒頭の序奏からして、
ファンファーレが鳴り渡る華麗な音楽で、
「高きところの神に栄光あれ」
という内容にふさわしい、分厚い合唱が素晴らしい。
「四季」のヴィヴァルディの延長のような、
卑俗な音型から、次第に崇高に盛り上がって行く、
楽想の変転を楽しむべきであろう。

最初のリズムが、見事な全体の統一を成し遂げていて、
ベートーヴェンの交響曲の展開部を思わせる。

Track2.「善意の人々に平和あれ」という、
祈りの音楽であるが、非常に重厚、濃厚。
祈りというには深い、嘆きのようなものを垣間見る。

この楽章は、解説者も絶賛している部分である。

「楽章間でもっとも傑出したものは、
ヴィヴァルディの協奏曲のいかなるものにも見られない、
複雑な構成で野心的な合唱である第2楽章、
『Et in terra pax』」
と書いている。

ネグリが再録音した意図が分からないくらい、
録音も立体的で魅力的である。

Track3.「おんみを讃えます」の、
二重唱曲で、晴朗な音楽である。
ここでは、ギーベルとヘフゲンの、
美しいハーモニーが、
オーケストラの中から舞い上がる。

Track4.「全能の父なる神よ」は、
謙虚にひれ伏す深い合唱曲。

Track5.はカノン風に合唱が渦を巻く。
「おお神よ、イエス・キリスト」。

Track6.は、オーボエ協奏曲の緩徐楽章みたい。
ブルーノ・バルダンという人の演奏のようだが、
線は細いが暖かいオーボエである。
「全能の天主」への憧れであろうか。
まことに無垢な感じのギーベルのソプラノが、
天上への憧れにふさわしい。
ここもまた、解説者が絶賛する部分。

「ソプラノ独唱用のシチリアーノ調の
『Domine Deus』も傑出したもので、
オーボエと時にヴァイオリンのオブリガードを持つ。」

しかし、今回、聞き比べて分かったが、
ネグリは新盤では、冒頭の独奏をヴァイオリンで行っている。
ルイス・ガルシアである。
新盤の独唱はマーガレット・マーシャルだが、
いくぶん、取り澄ましたような歌唱で、
ギーベルの方が、無邪気さがある。

マーシャルは、アバドのペルゴレージで、
テッラーニと共演していた人である。

Track7.力強いヘンデル風の楽想で崇高だ。
合唱も分厚く、「主よ、イエス・キリスト」と、
呼びかけが力強い。

Track8.オルガン独奏が瞑想的なアダージョ。
「我らをあわれみたまえ」というテキストにふさわしく、
思慮深いアルト独唱の曲で、
バッハを得意としたヘフゲンにふさわしい。

ネグリの新盤では、オルガンより、
通奏低音の嘆き節が強調されており、
オペラも得意とするマレイが歌っているが、
より劇的な表現となっている。

Track9.ここもアダージョで、
神秘的な合唱で始まるが、
「我らの嘆きを聴き入れたまえ」の興奮が絶叫になる。

Track10.鮮やかなリズムのアレグロ。
焦燥感が加わって、アルト独唱が、
「我らを憐れみたまえ」と切実な声を響かせる。

Track11.再び、冒頭のリズムで、
全曲が統一される感じで、
合唱が盛り上がって来る。
「唯一の至高者」を讃えるのにふさわしい。

Track12.「聖父の栄光、アーメン」と歌う、
輝かしい終曲で、合唱が波のように打ち寄せ、
オーケストラも色彩的で、めざましい効果を上げている。

「終楽章は『Cum Sancto Spiritu』は、
少し年配のヴェロナの同時代人、
ジョヴァンニ・マリア・ルッジェーリのテキストによるが、
創造的な修正を施して、
さらに高い次元に、この楽章を引き上げている。」

このように解説にあるように、
他の人の作品の引用のようだが、
みごとに全曲を締めくくっている。

この楽章、新盤の合唱は、
ジョン・オールディス合唱団で、
一級の合唱団らしい精緻な歌声を聞かせるが、
私は、旧盤の合唱も立派に聞こえ、
かつ、素朴な味わいがあるように感じてしまう。

なお、この曲は、ヴィヴァルディの宗教曲の代表として、
比較的、古くから知られており、
1939年というきな臭い年に、
作曲家のカゼッラが蘇演したとされている。

音楽之友社の「作曲家別名曲解説ライブラリー」では、
この曲は長すぎるので、
ミサの時に使われたものではないだろう、
と書かれている。

この曲には、この作品を演奏するに当たっての、
「序唱」部もまた残されているようで、
ネグリの新しい方の録音では、
この「グローリアへの序唱」RV642も、
収められている。

また、旧盤の解説に戻ろう。
曲順に沿って、「サルヴェ・レジーナ」の解説がある。

「合唱曲作曲家としてのヴィヴァルディの名声は、
すみやかに広がった。
彼を高く評価したパトロンに、
ローマに住んでいた、
ピエトロ・オットボーニ枢機卿がいた。
1720年代と思われるが、
同じテキストの応答頌歌で残っている、
彼の3曲の中で、最も壮大なハ短調の作品、
『サルヴェ・レジーナ』(RV616)は、
オットボーニからの依頼によるものと考えられ、
二つの合唱のように配置された、
弦楽オーケストラが必要で、
最初のものは一対のリコーダーと、
一本のフルートを含む。
ヴィヴァルディの音楽では、
フルートとリコーダーが、
同じ曲に出て来るのは珍しく、
これからも、ヴェネチア用のものではない、
という点が分かる。
宗教的テキストの各節が異なる楽章に分けられ、
リコーダーは外側の楽章で求められ、
フルートは第3楽章で登場し、
オーケストラの質感は、ここで表現力豊かな、
オブリガート部によって輝かしさを増している。」

ということで、この作品に至っては、
ローマ用と明記されており、
全く、サン・マルコとは関係なかったことが分かった。

この前聴いた、ボウマンの盤より、
ゆっくりと噛みしめるようなテンポが味わいを増す。
ヘフゲンのアルトが、極めて生真面目で、
何となく、威厳すらあるが、
それをパスカーレ・リスポーリのフルートが優しく包む。

オリジナル楽器旋風が吹き荒れる前の、
1964年という録音時期ならではの、
懐かしい感じの演奏になっている。
あの頃のバッハのカンタータの乗りである。

しかし、オットボーニ枢機卿は、
いったい、どのような機会に、
この作品を演奏したのであろうか。
教会か、それとも個人の邸宅の礼拝堂か、
はたまた、演奏会場でであろうか。

アルトで歌われる事から、
教会にて、カストラートが歌ったということもあるのだろうか。

以上がCD1に入っている。
以下は、CD2の内容である。

「1718年から1735年の間、
ヴィヴァルディはピエタの職員ではなかったが、
特殊な協定で協奏曲は提供していた。
1735年、しかし、彼は、再び、
器楽曲の監督のようなスタッフ(合奏長)となった。
この任期は1738年までしか続かなかった。
しかし、1737年、ジョヴァンニ・ポルタが、
合唱長を辞め、後任の決定が遅れて、
ヴィヴァルディは再度、宗教曲の作曲を任された。
1739年、彼がピエタのために書いた作品の一つが、
彼の教会音楽の中で最も素晴らしい、
ト短調の『マニフィカート』の新版(RV611)であった。」

ややこしい事に、
このCDには、RV610/611という表記がある。

「この作品はもともと、
彼の第1期(1713-19)の作品と考えられ、
二つのオーボエや二つの合唱になぞらえた合奏の分割が施され、
1920年代にも改訂を受けていた。
1739年版の目新しさは、
第5楽章が独唱用になったことで、
ピエタに特別な歌手がいたことを思わせ、
オリジナルのものから取り替えられた。
これらの追加は、特別なギャラント様式であるが、
残りの楽章とスタイル的にも動機的にも、
驚くほど、ぴったり合っている。」

Track1.バッハの宗教曲を思わせる、
荘厳な合唱曲でマニフィカートは開始する。

Track2.しかし、すぐに、
軽やかなソプラノのアリアとなり、
神の中に、魂の喜びを見いだす。

Track3.ここでもソプラノのアリアが続くが、
いくぶん、しっとりとして、
「この小間使いにも目を留めてくれた」と感謝し、
ギーベルの歌唱が心に染みる。

Track4.
「聖なる方が偉大な事を」と、
メゾが神妙に神の御業を改めて賞賛する。
ちらちらと響くチェンバロの響きが美しい。
心満たされるような曲調。

Track5.神秘的な序奏に乗って、
合唱が、「限りなく及ぶ憐れみ」について賞賛する。
そのありがたさに、心から動かされているように、
情念がうごめく音楽。

Track6.風雲急を告げる合唱曲。
疾風のように、傲慢なものを追い散らす。

Track7.ぎざぎざの厳しいリズムが特徴的な合唱。
権力者を引き下ろし、低い身分を引き上げる。

Track8.メゾのアリア。
「飢える者を満たし、金持ちを去らせる」という、
神の働きに思いを寄せて真摯である。

Track9.重厚な合唱曲で、
しもべを助け、その慈悲に感謝する部分。

Track10.軽妙な田園風の音楽。
開放的なものだが、バッハの音楽を思わせる。
祖先にしてもらった約束に、
未来の希望を感じる。

Track11.「グローリア、父と子と聖霊に」
という崇高な合唱曲。
分厚い合唱が、演奏され録音された時代を感じさせるが、
フーガ風の展開も経て、まことに荘厳である。
「いつまでも終わる事なき世界。
はじめにあったことが、今も、これからも。」

意味深な歌詞である。

男声合唱が力強いので、本当か、などとも思うが、
解説を読む限り、この作品もピエタのための作品であって、
決して、サン・マルコ聖堂のためのものではなかった。
しかし、『サルヴェ・レジーナ』にせよ、
この『マニフィカート』にせよ、
オーケストラが分割されている点が、
サン・マルコ的だということになるのか。

実は、BBCミュージックガイドに、
このトールバット氏が、
この曲の改作に関して書いた部分を読むと、
こんな部分が出て来るのである。

「ちなみに、ヴィヴァルディの複オーケストラと、
(使用されていれば)複合唱作品のほとんどが、
サン・マルコ寺院のために書かれたと、
一部の人たちは短絡的に考えているが、
じつはそうではなく、
ピエタのために作曲されたものであることを
裏付けるのが、この『エルサレムよ讃えよ』
なのである。」

この「Lauda Jerusarem」は、ネグリの新盤の、
ヴィヴァルディの宗教曲全集の冒頭に収められており、
華麗な複オーケストラの迫力が圧巻である。

この作品には、二人のソプラノ、
二つの合唱団も使われており、
ヴィヴァルディが、明らかに、
ピエタの少女を想定して書いた、
と考えられるようなのだ。

この作品は、ヴィヴァルディの貴重な後期作品らしい。

なお、この新盤の解説では、
旧盤の解説「サン・マルコのヴィヴァルディ」
を打ち消すかのように、
トールバット氏は、「ピエタのための音楽」
という題の文章を捧げている。

ということで、今回のCD、
タイトルは、恥ずかしい誤解の時代の、
記録のような位置づけになる。

さて、この恥ずかしい題名の
ネグリの旧盤アルバムは最後には、
さらなる問題作、「テ・デウム」が収録されている。

しかし、文字数オーバーとなったので、
ここで仕方なく終わることとする。

得られた事:「サン・マルコ大聖堂とヴィヴァルディは、その分割合唱の効果の模倣以外は無関係であった。」
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by franz310 | 2011-12-25 00:41 | 古典
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