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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その303

b0083728_11215461.jpg個人的経験:
前回、レオナルド・レオの
チェロ協奏曲集を聴いて、
ナポリ楽派を代表する、
この作曲家の音楽が持つ、
豊かな情感や、技法を味わい、
真摯な音楽への取り組みに
感じるものがあった。
彼はオペラで高名だが、
教師として後進を育て、
宗教曲にも名作を残したという。


宗教曲の中では、「ミゼレーレ」が有名らしいが、
「サルヴェ・レジーナ」が入ったこのCDは、
美しい「受胎告知」の絵画のジャケットで目を引いた。

しかも、同時代のペルゴレージの作品も、
比較して聴くことが出来る。
演奏しているのは、
ヴィヴァルディの「バヤゼット」で、
素晴らしい演奏を聴かせた、
ビオンティ&エウロパ・ガランテである。
バーバラ・シリックという人がソプラノを受け持っている。
OPUS111の1993年の録音。かなり前のもの。

ペルゴレージは、これまで読んで来た、
ナポリ派の作曲家の解説では、
少し若い世代として別格扱いであったが、
レオより16年若いのは確かだが、
何と、レオが亡くなる8年も前に
亡くなっているではないか。

完全に活動時期が重なっているのである。
このCDでも、
(1710-1736)と書かれた、
生没年が痛々しい。

なお、ここでは、ペルゴレージ作とされながら、
ガロの作品と言われている器楽曲が、
Track5~7と、Track14~16に、
「ソナタ」として収められているが、
快活なヴァイオリンの響きがフレッシュで、
しんみりとした宗教曲の間に挟まって、
一服の清涼感を出しているのが憎い。

名手ビオンティの若き日の冴えが見える。

「サルヴェ・レジーナ」という楽曲は、
多数、見受けられるが、
ここでは、改めて、それがどんなものかが、
比較的良く解説に書かれている。

Jean Lionnetという人が書いたものだが、
冒頭から、実は私は面食らった。

「『サルヴェ・レジーナ』のテキストは、
11世紀の前半に書かれ、
その典礼において、それが使われ出したのは、
次の世紀からとされている。
少なくとも15世紀以降、
一日の終わりの、最後のおつとめである、
終課の時の、聖処女の応答頌歌の一部となった。
終課の時の、聖処女の応答頌歌は四つあって、
典礼のカレンダーによって使われる。
『サルヴェ・レジーナ』は、
『聖霊降臨祭』の次の日曜日である、
『三位一体の主日』から、
降臨節の最初の日曜日まで歌われる。
すなわち、復活祭後六ヶ月の期間である。」

ふざけるな、と言いたくなるような解説だ。

どれが何時で何のためかが良く分からない。
ただ、「サルヴェ・レジーナ」は、
しょっちゅう歌われていたということは分かった。

降臨節、イースターは、
「春分の日の後、最初の満月の次の日曜日」だと書かれており、
まあ、4月頃と考えられるから、
10月くらいまで歌うものと言うことになる。
これでは、今、11月にこれを聴くのは反則になってしまうのか。

聖霊降臨節は、5月か6月のようだし、
降臨節は、11月27日 から12月3日の間の日曜日から、
クリスマスイブまでの約四週間と書かれているので、
まだ、セーフのような気がする。

「終課の時の、他の三つの応答頌歌は、
『Alma Redemptoris Mater』、『Ave regina caelorum』と、
『Regina caeli leatare』であるが、
一年の残りを分けて使われるので、
『サルヴェ・レジーナ』ほど歌われる機会はない。
『サルヴェ・レジーナ』は、
このように頻繁に歌われるため、
典礼以外のセレモニーでも歌われる事が多く、
人気のある聖母マリアへの信仰のために、
イタリアでは多くの曲が書かれた。
その重要さは、聖地『ロレットの聖処女』巡礼が、
流行ったことからも明らかである。」

ここで、いきなりノートルダム・ドゥ・ロレット(Lorette)という、
意味不明の固有名詞が出るが、
とにかく、こうした巡礼が流行ったのだろうと解釈しておく。
ネットで調べると、パリと出るが、ナポリの話なのに、
面食らうではないか。
あるいは、このレーベルがフランスのものだから、
こうした例えになるのであろうか。
迷惑な話である。

あと、ロレート(Loreto)というイタリアの街は、
巡礼で有名であるようだ。
こちらは英和辞典にも出ている。
こちらが正解ではなかろうか。
サントゥナリオ・デッラ・サンタ・カーザという、
由緒正しき教会が黒い聖母を奉っていたようだ。
地図で検索すると、ローマの北東、
アンコーナという街の近くにある。

イタリア観光のサイトには、
「世界で最も重要な巡礼地」とあり、
「有名な礼拝堂Santuario della Santa Casa は、
イエス・キリストがナザレで生活した家と言われ、
1294年に奇跡的にこの地に運ばれたという」
言い伝えがあるという。

こっちが正解だろう。
OPUS111の解説もいい加減なものだ。
これだけ調べるのに、1時間くらい格闘してしまった。

しかし、このような小さな田舎街が、
巡礼の地としてクローズアップされ、
そこに向かってみんなが歩いていた時代を空想するのは、
非常に得難い体験であった。

「17世紀以降、非常に多くのイタリアの信者が、
カルト的現象で土曜日の夜の儀式を行い、
聖母マリアへの連檮が歌われ、
『サルヴェ・レジーナ』も同様で、
サルヴェの祈りとして、
普通に行われるようになった。
この応答頌歌(アンティフォン)は、
晩祷の最後にも歌われ、
人々に就寝時の祈りとして捉えられた。
これらのことからも、このテキストに、
かくも多くの作曲家によって、
よく音楽が付けられた理由や、
晩祷のための詩篇やマグニフィカトの終わりに、
これが付けられたかが分かる。」

17世紀イタリアの宗教儀式に関する資料など、
日本で見つかるだろうか。
これは、こういうものと認めるしかない。
あるいは、隠れキリシタンなどが、
実は、同様の事を行っていたということはありやなしや。

そんな妄想をしていたら、先に進まないので、
どんどん読み進める。

「『サルヴェ』の初期のバロック作品は、
一般に二重合唱のために書かれていたが、
17世紀を通じ、次第に小編成になって行き、
18世紀の初めには、
独唱と器楽伴奏によって『サルヴェ』が書かれるようになった。
この傾向は特にナポリとヴェニスで顕著で、
孤児たちに音楽を教える
孤児院の音楽院では、独唱者の才能に、
ハイライトを当てることを目的とした。
レオナルド・レオ(1694-1744)と、
ジョヴァンニ・バッティスタ・
ペルゴレージ(1710-1736)は、
同様の環境の出自で、
地方の小さな田舎に生まれ、
音楽院で音楽の才能を高めるために、
共に10歳でナポリに送られた。
レオは1712年に音楽院で初めて自作を発表し、
ペルゴレージの場合は1731年だった。
後者は足が悪く、健康にも不足して、
そのために、自作の『奥様女中』の成功を、
知ることがなかった。
一方、レオは、イタリア中の劇場のために、
多くの優れたオペラを作曲し、
宮廷やローマやマドリッドのフランス大使館の、
特別な機会のためなどに、
非常に多くのカンタータを作曲した。」

この解説を読むと、
非常に大量の「サルヴェ・レジナ」のレコードなり、
CDなりがあるように思えるが、
ネット検索しても出て来るのは、
ペルゴレージのものばかりである。

レオについては、この前、オペラの断片を聴いたし、
チェロ協奏曲の解説で生き様も見たが、
フランスとの繋がりは知らなかった。
これまた、非常に多数あるとされるカンタータも、
ネット検索しても入手できそうなものはない。

「ペルゴレージの二つの『サルヴェ・レジーナ』は、
基本的に同じような作品であり、
その語法は、いまだ、典型的なバロックのもので、
通奏低音を有し、メロディの点では精巧で、
対位法的に書かれ、さらに言えば、
全体的にメロディの創意が絶対的に敬虔な、
深い感情を滲み出させている。」

確かに、このペルゴレージの作品、
こうしたマリア信仰にぴったりの優美さに満ちている。

先に書いたように、ペルゴレージの『サルヴェ』は、
この歌詞に付けた宗教曲の代表作のようで、
ネット検索しても、CDが多数あり、
名だたるピリオド楽器用指揮者たちが、
ぞろぞろと名を連ねている。

ここに収められたのは、ハ短調とイ短調の2曲である。
表紙にはハ長調と書いてあるが、中はハ短調となっている。
上記、各CDでは、
どの曲が収められているのかまでは分からない。

「何かパラドックスめいているが、
ペルゴレージより前の世代に当たる、
レオ作曲『サルヴェ』の方が、
このあたりで登場した様式、
『ギャラント・スタイル』でモダンである。
テキストのリズムもより柔軟で、
多くの場合、
ハーモニーの補助だけでない通奏低音の上を、
かなり技巧的なヴォーカルラインのパッセージがあり、
大胆な和声を見せることを、
レオはいとわない。」

確かに、レオのものは、宗教曲ではないみたいな、
パッションの乗りを見せていたりする。
なお、レオの「サルヴェ・レジーナ」は、
ヘ長調のものが収められている。

「こうした、作品間のスタイルの大きな違いは、
この時期のイタリアではよく見られる。
ある作曲家は、とりわけ、
作品の重要な要素であるテキストなど、
バロック音楽の束縛からもはや、
逃れようとしているように見え、
そして、彼等は完全に新しい表現を模索している。
他の作曲家たちは、バロックの境界を押し広げようとしており、
最終的に、スタイルの混合をいとわず、
ある様式から別の様式に同じ作品でも行ったり来たりした。
我々は、レオが、
ギャラントよりバロックに近い形で書いた、
『Eja ergo(向けたまえ)』の詩句で、
この誘惑に屈する様子を見ることが出来る。
いずれにせよ、これらの三つの『サルヴェ』は、
18世紀初頭のナポリで、
表現された宗教的感情の興味深い例を、
示しているだろう。」

ということで、歌詞まで、よく見ないといけないらしい。
「向けたまえ」は、真ん中くらいに出て来る語句であるが、

歌詞は、こんな感じでかなり違う。

ペルゴレージの最初、
「サルヴェ・レジーナ(聖なる女王よ)、
慈悲の母、我が命、愛しき、我が希望。」
Track1で、ペルゴレージのイ短調作品は、
オルガンとテオルボによる神秘的な開始部から、
我々を惹き付ける。

よく見ると、オルガンはリナルド・アレッサンドリーニ。
解説書の裏に、ステンドグラスに囲まれた、
教会の写真が出ているが、
こうした空間に満ちて来る不思議な宗教体験を表すに、
非常にぴったりな感じである。

シュリック(ソプラノ)の歌も敬虔な感情に満ちている。
この人は、1943年生まれで、ビュルツブルクで学び、
また、そこで教えている(いた?)とある。
最初からバロック音楽の専門家的な活躍を見せたようだ。
写真を見ると、ショートカットで、
若い頃は、特に魅力的な眼差しを持っている。

Track8のペルゴレージのハ短調作品、
これも確かに、イ短調作品と同様、ラルゴで、
降臨の瞬間のような神秘さに満ちた序奏が美しい。
解説にあるように、基本的には同じ感じである。
こちらの方がストレートか。
表現にも、少し、高ぶったような部分がある。
どちらの作品も、単なる、呼びかけにすぎない内容なので、
歌手がどこを歌っているのかを判別するのが難しい。

レオの最初、
「サルヴェ・レジーナ(聖なる女王よ)、
サルヴェ、サルヴェ、サルヴェ、慈悲の母よ。
あなたは我が命、優しき、我が希望、おお、あなたは我が命、
優しき、我が希望。」

このように、レオの作品では、テキストの上でも、
表現過剰になっている感じだが、
Track17のラルゴもまた、
ペルゴレージの神秘というよりも、
マリア様への愛情を、あるいは愛想みたいなものを、
たっぷりとふりまいた音楽となっている。

とても快適な暖かい室内に通されたような感じ。
ようこそ、ようこそと、歌う方も、
かなり余裕がある。
通奏低音というよりも、対位法的な補助や、
装飾が目立ち、ぽろぽろとテオルボの音が愛らしい。

サルヴェ、サルヴェと歓待する、
ソプラノの歌唱ラインの装飾も粋な感じである。

「あなたは我が命」というのも、
感謝の念はよく描かれていて、
若いマリアというよりも、
老母に改めてねぎらいの言葉をかける風情だ。

ペルゴレージの次、
「あなたにすがります、
哀れにも追われたイブの子供たちは。
あなたに我らのため息を、
嘆きを、すすり泣きを、
この涙の谷間から送ります。」

Track2で、イ短調作品、
アレグロ、ラルゲットと、
二つの部分からなるが、
前の部分から一転し、
かろやかにソプラノが舞い上がる。
歌詞とあまり合っていない感じもする。

途中から、ラルゲットの部分、
ビオンティのヴァイオリンが、ため息まじりの、
悲嘆を聴かせる。

Track9、ハ長調作品のアンダンテは、
かなり急速な音楽で、ヴァイオリンなどが、
慌ただしい楽句を繰り返す中、
ソプラノも焦燥感を持って歌っている。

Track10、ハ短調作品のラルゴも、
この部分に相当する。
かなり哀願調になっている。
ゆっくり引き延ばされた音楽で、
ソプラノの清澄な感じが生かされている。

ただし、歌詞の単語がやたら引き延ばされているので、
どこを歌っているのかが分からない。
当時の信者さんたちは、これを聴いて、
歌われている内容を理解できたのだろうか。

レオの次、
「あなたに向かって、我らは嘆きを上げます、
追われたイブの息子らは。
あなたに向かって、ため息を、うめき声とすすり泣きを、
うめき声とすすり泣きを、この涙の谷間から送ります。
そう、この涙の。」

Track18のアレグロ、素晴らしく活力のある器楽の序奏、
テオルボがフラメンコギター並みにかき鳴らされ、
あああああーあああーという装飾だらけの歌唱、
これまた、何を歌っているか分からない。
全然、イブの息子たちは困っていないようである。

が、この音楽の推進力と気前の良さは、
しんみりした音楽が続く中、
私は、かなり満足して聴いた。

Track19のラルゴは、
一転して、訥々とした語りになるが、
いちおう、うめき声とすすり泣きが表現されている。
急に現実にかえったような感じだ。

ペルゴレージの次、
「だから、向けたまえ、最も恵み深い擁護の、
あなたの慈悲の目を我らに。
そして、それから、我ら流刑の民に、
祝福されたあなたの胎内の果実たる、
主イエスを見せたまえ。」

Track3はイ短調作品のアンダンテ。
この部分も、明るいが、聖母がこちらを、
ちらりと見てくれる期待に満ちた部分と考えれば良い。
活発に動くヴァイオリンの掛け合いの中、
ソプラノが、快活に軽やかさを生かす。

Track11は、ハ短調作品のアンダンテ。
この作品では、イ短調作品より切実なのか、
ほとんど期待はなく、催促ばかりである。

Track12の同曲アンダンテ・アモローソは、
一転して、平穏な感じになって、
楽しいリズムに乗って、御子の誕生を期待する感じになっている。

レオの次、
「ああ、あなたは、我らのただ一つの救い、
ああ、あなたは、我らのただ一つの救い、
あなたの慈悲深い眼差しを我らに向けたまえ。
それらを我らに向けたまえ。
そして、主イエス、あなたの胎内の果実、
主イエス、あなたの胎内の果実、
彼を我らに見せたまえ。
我ら追放の後、我ら追放の後、
彼を我らに見せたまえ。」

Track20のアレグレット。
ちょんちょんと肩を叩くような、
こびるような、軽妙な、おふざけの入った表現。
そこらのお姉ちゃんにちょっかいを出すような感じ。
レオの作品は、完全に余裕のある階層の人の音楽である。
オペラの一こまのような表現。

ペルゴレージの最後、
「おお、慈悲深い、おお慈愛の、
優しい処女マリア様。
ああ、処女マリア様。」

Tack4のラルゴ、イ短調作品では、
打ちひしがれたような表現。
しかし、それが純化されて、不思議な晴朗さに変化していく。
どの楽器も、かろうじて鳴っている感じで、
繊細なことこの上ない。

息も絶え絶え、みたいな感じで尻切れトンボ的。
ただ、あああ、あああ、ああああーという装飾的な部分があって、
何の盛り上がりもなく、終わってしまう。

Track13のハ短調作品のラルゴ・アッサイも同様。
恐ろしく長く引き延ばされた歌唱が、
夜のおつとめの終わりにふさわしく、
闇の中に消えていく。

これら、ペルゴレージの作品が終わると、
それぞれ、ガロの器楽曲が奏されているが、
爽やかな語り口で、まるで、
期待された聖母の眼差しによって、
平穏が訪れたような感じを与えてくれる。

レオの最後、
「おお、慈悲に満ちた、おお敬虔な、
おお優しい処女マリア様、
おお、慈悲に満ちた、おお敬虔な、
おお優しい処女マリア様、
あなたを喜び迎えます。」

Track21のラルゴは、何故か神妙になって、
サルヴェ、サルヴェと再び、お迎えの音楽のはずだが、
先ほどまでの羽振りの良さは影を潜め、
最後は、ちゃんとお祈りしましょう、
という感じである。

このように、解説の先入観かもしれないが、
貧しい人の教会、もしくは、孤児院などで歌われたのが、
ペルゴレージの作品で、
レオの作品は、貴族の邸宅などの礼拝室などで、
裕福な家族がお祈りしているようなイメージが浮かんだ。

作曲家の語法がどうこう、という以外にも、
何となく、いろいろあるものである。
同じペルゴレージでも、イ短調作品の方が、
簡潔ながら、平易な変化に富んで楽しめた。

が、多くのCDがあるのは、ハ短調の方のようだ。

ペルゴレージのイ短調が約11、12分、
ハ短調が14、15分、
レオの作品が18、19分で、
ガロの5、6分のソナタが2曲入って、
58分で終わる、短めのCDである。
もう1曲、2曲入れてくれてもよかった。

レオの作品が、割合、すっと終わってしまうので、
そんな感じもした。

以上、見てきたように、
「サルヴェ・レジーナ」は、
1.マリア様を呼び寄せる部分、
2.自分たちの窮状を述べる部分、
3.だから、こっちを見て、という部分、
4.マリア様に感謝する部分、
という感じに分かれるので、
2と3の部分を、様々に変容させて、
多楽章の声楽作品に、まとめやすくなっている。

聖母マリアは、天上との架け橋なのであろう。
従って、それは人間に近く、
ある時は、そこらに歩いているかもしれない。
レオの作品などには、そんな感じすらあった。

こうした思いで、一日を締めくくるのは、
確かに、心休まることだったに違いない。

得られた事:「サルヴェ・レジーナは、聖母マリアへの祈りの歌で、一日の終わりのおつとめのために歌われた。」
「何と、サルヴェ・レジーナの歌詞は作曲家によって異なり、各部の解釈も、それが歌われた環境によって異なるような感じ。」
by franz310 | 2011-11-20 11:26 | 古典
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