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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その302

b0083728_14345263.jpg個人的経験:
ナポリ派の作曲家として、
ポルポラ、ブロスキ、
ヴィンチやレオなど、
オペラの断片を見てきた。
こんな人たち居たの?
という感じばかりだが、
レオナルド・レオ(レーオ)は、
チェロ協奏曲のCDで、
本格的な器楽曲の作曲家としても、
いくらか名前が通っている。


今回は、読んでいただければ分かると思うが、
前回の卑俗なイメージを打ち払う、
高貴なイメージのナポリが紹介できるであろう。

ナポリ派といえば、抽象的にオペラを想像するのは、
日本だけではないと見え、
解説にも、
「18世紀ナポリにおける音楽生活と結びついた
近代の音楽学者によって規定される
『ナポリ楽派』の歴史的な概念は、
いわば、辺境で、優れてはいるが、
あまり知られていない作曲家の一群で、
伝統として総括されて、
各人のスタイルや社会的、実際的な個々の特性が、
よく分からないまま、
神話的なオーラに包まれていた。」
などと書かれている。

そして、多士済々であったことは確かなようで、
「レオナルド・レオや、ニコロ・ポルポラ、
レオナルド・ヴィンチ、ドメニコ・サッロ、
フランチェスコ・ドゥランテ、ニコラ・ファーゴ、
フランチェスコ・フェオ、
フランチェスコ・マンチーニといった人々は、
その創造性、芸術的志向、文化的視野、
名声やキャリアが異なり、
その個性は、もっと有名な、
『第一次ナポリ世代』の伝説的存在、
ペルゴレージも言うまでもなく、
個々に大きく異なっていて、
近年ようやく、それぞれの仕事や、
傑出した人物像が現れて来た。」
と概説されている。
沢山いて、混乱している感じかもしれない。

しかも、さらにレオについての詳述が続くが、
これがまた、悪くない感じである。

「ナポリの音楽の開花は、
おそらく、
ロンドンでの声楽教師で、
作曲家として知られるポルポラや、
器楽と教会音楽に専念し、
劇場音楽を書かなかったドゥランテなどよりも、
レオ(1694年8月5日、
ブリンディシ州のサン・ヴィト・ノルマンニ生まれ、
1744年10月31日ナポリ没)
に負うところが大きい。
レオは教育現場や王室教会との繋がりも強く、
サンタ・マリア・デラ・ピエタ・デイ・トゥルキーニや、
聖オノフリオで教え、
ヨンメッリやピッチーニらを第1とする、
次の世代を育て、
最高の宗教音楽家として特筆され、
厳格なルネサンス様式を伝えている。
彼の多くの無伴奏宗教曲の中で、
最も高名なものに他ならない、
素晴らしい『ミゼレーレ』は、
レオの賛美者ヴァーグナー同様、
ヴェルディを強く惹き付け、
パレストリーナ風の灰に火を灯し、
オッターヴィオ・ピトーニや
ジョヴァン・バティスタ・マルティーニ師のような人に
激励され、彼等と実り豊かな友情を育んだ。」

つまり、彼は伝統を受け継いで、
そこに新風を吹き込みながら、
新しい世代も育てた、正当派ということになる。

ナポリ派というと、カストラートを駆使した、
効果重視の華やかな音楽家という感じがつき物だが、
レオについては違う感じがする。

「一連の厳格なものから音楽喜劇まで、
レオの劇場音楽の傾向は、
ナポリを越えて、
ボローニャ、トリノ、ミラノやヴェニスなど、
作曲家の名声を広めたが、
他の作曲家のように、
ヨーロッパ中の首都を攻略しようとは思わなかった。
実際、その文化的、職業的な繋がりから、
1730年から40年代、
彼はおそらくナポリの最も代表的な存在であった。」

レオはすでに書いたように、
1744年に亡くなっているから、
ほとんど生涯にわたって、
ナポリに貢献したことになる。

「そればかりか、レオの創造の才能は、
アレッサンドロ・スカルラッティの後を継ぐ、
素晴らしい室内カンタータや、
最近になって評価が高まっているオラトリオや、
教本、それに、とりわけ、
『マッダローニ大公のために作曲された』
チェロ・オブリガード付きの
6曲のチェロ協奏曲や、
珍しい4つのヴァイオリンのための協奏曲など、
器楽曲における並外れた貢献を数えないと、
語り尽くすことは出来ない。
スタイルの点から言うと、
レオの多彩な才能は、
マンチーニ、ポルポラ、サッロ、ファーゴのような、
スカルラッティ直結の典型的バロックの伝統に、
なおも強く根ざした作曲家たちと、
理論的にも作曲上でもよりモダンな、
ペルゴレージのように、
澄んだ、または、ギャラントな魅惑に満ちた
続く世代の間にある。
レオのスタイルの二元性は、
オペラや宗教音楽のように、
形式や構成の上で、伝統に則したものより、
より自由なその器楽作品に、明らかに見て取れる。
チェロ協奏曲において、対位法の原理は、
フーガやフガートで巨匠的な活力で表現され、
優しく優雅な表現を指向する柔軟な主題や、
装飾に導かれる。」

確かに、バロックと言うと、
バッハ、ヘンデルによって完成される感じだが、
レオは同時代を生き、この先輩らより、
ギャラントだと言うのは分かるような気がする。

特筆されていた「ミゼレーレ」も聴きたくなって来た。
とはいえ、まず、その正当派のチェロ協奏曲を聴かないと。
ここに上げたのは、
アルトゥーロ・ボヌッチがチェロを受け持った、
アンサンブル・ストルメンターレ・イタリアーノ
(ボヌッチ自身がリーダー)による演奏である。

レオの話題からは逸れるが、
このチェリストは、日本が好きだったようで、
ネット検索すると日本語サイトがヒットする。
若くして事故で亡くなったようだ。

この優雅な絵画をあしらったCD、
セバスティアーノ・コンカ作の、
「音楽の寓意」という絵画だそうだが、
FREQUENZというレーベルのもので、
製造はFrance&Divoxとか、
Switzerlandとか書いてあるが、
イタリア語解説が主で、ミラノの会社のようだ。
(ARTSから出ていたこともある模様。)

このCD、二枚組なのに安く中古で出ていた、
という理由だけで入手したような気がする。
チェロ協奏曲は、そもそも数が少ないので、
ついつい興味本位で手が出たことは確かなのだが。

それほど派手な音楽ではなく、
協奏曲と言っても、
バックは弦楽(とチェンバロ)しかない。

実は、このような編成になっているのにも、
理由があるようで、解説の中には、
いろいろ書かれている。

「ニ長調の作品が唯一の例外であるが、
これらのチェロ協奏曲は、由緒正しき、
4楽章制の教会ソナタの形を取っている。
規則通りに最初の楽章は、
『アンダンテ』か『アンダンティーノ』で、
さもなくば『グラツィオーソ』で、
この第1楽章に続くのは、
しばしば、断固としたポリフォニックな活力のあるもの、
三番目に必ず緩徐楽章が来て、
二つの部分からなる三分形式のアレグロか、
ジーグが来て、時を進めて終わる。
2つヴァイオリン群とバスの3部からなる、
オーケストラに独奏チェロを織り合わせる書法は、
古典的なトリオ・ソナタのアンサンブルに倣っている。」
と書かれている。

遠くから懐かしく管楽器が響いて来るような、
ドヴォルザークの作品などを連想してはいけない。

さて、今回のようなタイミングがなければ、
そのままお蔵入りさせてしまいそうだったこのCD。
実際に聴き進むと賛嘆の言葉が口に出てしまう。

ことほど左様にインフォーメーションのない状況下で、
単に、チェロのあの陰影に富んだ、
ここで書くとすれば、「ます」の五重奏曲を印象づける音、
を聴きたいだけで聞き込むというのは難しい。

ヴィヴァルディも沢山、チェロ協奏曲を書いてはいるが、
それを、よく取り出して聴くという境地に、
私はまだなっていなかった事に気づいた。

チェロの音は深い反面、渋いので、
華やかさや特徴を出しにくいのかもしれない。
しかも、ここでは、それが6曲もセットになっている。
どれがどれかも分からない感じ。

しかし、今回、Giovanni Carli Ballolaという人の解説を見ると、
かなり丁寧に1曲1曲を解説してくれていることが分かって、
期待もふくらんで来た。

ただし、結構、だらだらと続く文章を書く人なので、
よく考えながら聴かないといけない。

ただし、残念ながら、解説の順と、
CDの収録順は一致していない。


まず、CD1のTrack.1から5が、
これらの曲集の第1曲であることは助かる。
「1737年9月作曲のニ長調協奏曲は、
5楽章からなり、
そのうちの1楽章が、
独特の2つの主題によるフーガで、
この6曲の『大フィナーレ』のような地位を占める。
これは、特に印象的な作品で、
曲集を締めくくるという
18世紀における出版時の慣例として、
実際、続くことになる。
見事に彫琢された第1楽章
『アンダンテ・グラツィオーソ』は、
リズムの様々な変化を持ち、
後の、二つの『アレグロ』の
より緊張した締め付けのある表現や、
第3、第5楽章のそれぞれ、
つぶやくような『ラルゲット・コン・ポコ・モート』
典型的なメヌエットと呼んでもよい、
きびきびした二部からなる楽章と、
劇的な陰影のコントラストを成している。」

すごいごっちゃな解説だが、16分ほどの音楽。
このCD解説には、トラックに時間が書いていないので、
各曲のボリュームは、実際に聴いて調べて行く。
()内にトラックの時間を分、秒で記した。

第1楽章は様々な楽想が組み合わされ、
気まぐれでありながら、清新な空気に満ちて気持ちよい。
(3:30)

第2楽章は「コン・ブラブーラ」とあり、
かくかくした、しかしリズミックな音楽。
気むずかしいチェロ独奏に対し、
ヴァイオリンが明るい音色を響かせる。
(2:28)

第3楽章は、痛切な楽章で、
宗教的に痛々しい。
さすがチェロ協奏曲という感じで、
この楽器の音色を響かせる。
(4:51)

第4楽章はフーガ。
これが、解説に書かれていたフーガ楽章で、
まことに晴れやかで、力強く上昇して素晴らしい。
低音から舞い上がるように、
チェロのさくさく進む様子も気持ちよい。
(2:45)

第5楽章は、お開きのアレグロにふさわしく、
第1楽章と同様、開放的で気まぐれな感じ。
これなどを聴くと、いかにもバロックの次の時代。
(1:43)

「あまり壮大ではないが、
決して簡単ではない、
1737年9月のイ長調協奏曲は、
その素晴らしい『ラルゲット』で秀でたものである。
これは多くの長調で書かれた協奏曲にある短調の調性で、
3声のオーケストラ部によってもたらされる、
模倣部を有する懐古的なパターンから導かれる。」
とあるのは、
困った事に、CD1のTrack10~13の曲だ。
壮大でないとあるが、確かに、13分程度の規模。
一番長いラルゲットでも4分と、
他の曲の同じ楽章と比べると2割程度短い。

前の解説にあった曲と同じ月に書かれた双子であろうか。

1737年といえば、レオは43歳。
死の7年前なので、円熟期なのであろう。
そのせいか、こちらも自由闊達な書法である。

このラルゲットは、第3楽章で、
ラメント風というか涙のパヴァーヌ風というか、
嫋々たるものである。

「レオの場合の典型として、
これらの楽器編成から、
まず、バロック風の主題がチェロに移され、
よりモダンな語法の、
デリケートな装飾パターンに溶け込んでいく。」

これは、まだ、ラルゲットのことを書いていると見た。
この曲の解説はこれだけなので、
他の三つの楽章には、全く触れていないわけだ。

第1楽章は、「アンダンティーノ・グラツィオーソ」、
前述のように開放的で、
かつ、マニエリズム的な破格を感じる。
エマヌエル・バッハみたいな感じがする。
(3:28)

第2楽章は、「アレグロ」。
これも自由闊達で晴れやかな音楽。
ハイドンと何が違うかと思えるほど、
近代的なもの。
(2:43)

第3楽章は、一転して、
冥界に降りていくような音楽になる。
この傑出した
「ラルゲット・ア・メッツァ・ヴォーチェ」は、
チェロのため息の度に、
チェンバロがちゃらんちゃらんと鳴って素敵。
(4:05)

第4楽章は、スケルツォ的に、
快活にして、微笑みに満ちている。
が、チェロが時折、
馬力をかけてドライブしたりする聴きどころもある。
(3:05)

「1737年8月のハ短調協奏曲は、
第2楽章の厳格なポリフォニーの懐古調で目を引き、
模倣の多様な側面をベースにしており、
ト短調の拡張されたラルゲットでは、
叙情的なエピソードが提供されて、
最初の『シチリアーノ』の特徴的リズムが、
精巧な地中海風の楽器の音色になって、
官能的で心のこもった情景となる。」

先の2曲の翌月に書かれたこの曲は、
第1楽章と第4楽章の説明がない。
CD1のTrack6~9がこれである。
この曲も12、3分の音楽で簡潔。

第1楽章は、やはり「アンダンテ・グラツィオーソ」。
素直でない偏屈な主題であるが、
チェロに向いているような気もする。
模倣的な表現で、ヴァイオリン群が絡んで来るが、
独奏楽器は我が道を行く。
じゃーんと、頑固ですらある。
(2:44)

第2楽章は、例のフーガ。
プレストと書かれているが、
幾何学的な爽快感がある。
透明感とでも言えるだろうか。
空を飛び交う光線みたいだ。
(2:09)

第3楽章は、先に書かれたように、
無骨な感じだが、やがて、和やかな的な歌になる。
チェロの音色や思索的な語り口が好きな人は
しびれるのではないか。
伴奏だけになると不機嫌で寂しげある。
それにしても、どの作品も緩徐楽章が悲しい。
(5:42)

第4楽章は、はち切れるような、
自由自在な音楽だが、
主題的には、意志に満ちて明確。
ヴィヴァルディ的か。
(2:01)

「1738年4月のニ短調協奏曲は、
おびただしい強弱記号、表現記号によって、
前の諸作より感情の表出が増幅され、深くなっている。
また、例外的に長大な第1楽章、
『アンダンテ・グラツィオーソ』もそうだ。」

この曲は、CD2のTrack5~8である。
17分程度で大型化した。

第1楽章は、長大というが、
ヴィヴァルディのオペラに出て来るアリアのような、
陰影の深い、しかも、リズムに変化を持たせたもので、
繊細なオーケストラに支えられ、
チェロの歌はしみじみと、味わい深い。
いきなり、恋わずらいの緩徐楽章が始まるような感じ。
(4:06)

第2楽章は、コン・スピリートの表記だが、
これも、小粋なフレーズを絡めながら、
技巧的で推進力のある独奏の扱いなども絡まって、
完全にヴィヴァルディ風な感じがする。
(3:25)

第3楽章は、何とアモローソと題され、
またまた、胸を熱くさせるオペラの情景である。
星を見上げながら、あるいは、木々のそよぎを聴きながら、
一人、逡巡するような音楽である。
(4:53)

第4楽章は、生き生きとした、
技巧的にも難しそうなアレグロであるが、
何か焦燥感にあふれ、どうもすっきりしない。
同じような楽句が繰り返され、
もがくような音楽である。
(3:26)

この曲、ニ短調というが、最後まで解放感などなく、
結局、渋いままに終わってしまう。
これは、悩ましい音楽である。

解説の人も、この曲をこんな風に評している。
「レオは、新しいコンセプトである、
『ギャラント』(心の訴えや感情の主観性への感受性)
の価値を認めていたようで、
優美で、神経質なスタイル、
優美な音符で細かい装飾を敷き詰め、
チェロの暖かい魅力的な音色と組み合わせている。」

成る程、1738年のこの曲あたりになると、
そうした特徴が濃厚ということか。

b0083728_14353089.jpgこの曲を聴きながら、
レオの肖像画
(このCDの解説書表紙)
を眺めていると、
ちょっとにやけた
イケメン風情で、
ひょっとしたら、
多くの恋をして、
そんな体験から、
こうした音楽が
生まれたのではないか、
などと考えた次第。


「これは、さらに、1738年8月、
素晴らしい豊かさを持つ、
ヘ短調の協奏曲と、イ長調協奏曲という、
この曲集でも、最も素晴らしい、
そして演奏困難な2曲を生み出すことになる。
ここで、ソロ楽器は十全に動き回り、
強固なバロックの土台から体系はそのままに、
スタイルの革新にはドアを広く開き、
見事な最後のジーグの楽章で、
一斉に花開かせる。」

ということで、解説もかなり手抜きになって、
2曲一度の紹介となる。

まず、ヘ短調協奏曲は、CD1のTrack.14~17。
これも16分程度と少し大型。

第1楽章は、お決まりのような、
「アンダンテ・グラツィオーソ」。
この曲は、冒頭から歌にあふれ、
オーケストラの豊かな音色が豊饒である。
ただし、ヘ短調ということで、影のある音楽である。


独奏チェロも、何か悩ましげに進んで行く。
ぶつぶつ言いながら歩いて行くような感じ。
(4:22)

第2楽章は、「アレグロ」。
今ひとつ吹っ切れない感情を揺れ動かす、
リズムと楽器の掛け合いが聞き所であろう。
(3:20)

第3楽章は、「ラルゴ・エ・ジェストーソ」。
これは、異様な音楽である。
まるで、エルガーのチェロ協奏曲に直結していくような、
諦念と哀惜に満ちた苦い音楽。
オーケストラが緊張感に満ちた情景を作り出し、
独奏チェロは、救いをさしのべて欲しいと、
縷々と続く声を上げる。
いったい、レオは、何を嘆いているのであろうか。
それだけ、表出力の強い楽章である。
(5:27)

第4楽章は「アレグロ」。
まるで急に現実に戻ったかのような、
不思議にせっかちな音楽。
さっさと戻って仕事仕事という感じ。
(3:00)

そして、イ長調協奏曲は、CD2のTrack.1~4。
この曲は、確かに美しく、しかも、19分くらいの大曲。

「アンダンテ・ピアチェヴォーレ」
と題された第1楽章の冒頭から、
ハイドンのチェロ協奏曲のような曲想が、
なめらかに流れ出すと、
どの人も、この曲を聴けた幸福感を、
噛みしめずにはいられないだろう。
ピアチェヴォーレは、「楽しい」という意味らしい。
(3:40)

第2楽章は、アレグロで、
独奏ヴァイオリンが現れて、
チェロに優しく語りかけるのが微笑ましい。
何と、幸福感に満ちた音楽であろう。
ハイドンとヴィヴァルディの、
心温まる一面だけを持って来たような音楽。
ただし、演奏は、もう少しエネルギーがあっても良さそうだ。
(3:57)

第3楽章は、「ラルゲット・エ・ジェストーソ」で、
前の二つの楽章から、いきなり、
胸をえぐるような表現に変わるのはどうした事だろう。
独奏チェロも、悲嘆に暮れた感情に埋没するような感じ。
おそらく、ボヌッチも目を閉じて、
心の奥底をのぞき込むような表現をしていたに相違ない。
光が差し込むような高音を立ち上らせるヴァイオリン群も、
静謐で神秘的な瞬間を待つかのようである。
(5:50)

第4楽章は、「アレグロ」。
これが、花開かせるジーグであろうか。
ヴァイオリン独奏が再び唱和して、
花を添えているのは確か。
楽想も生き生きとして前進していく感じが爽快である。
(4:50)

ちなみに、この曲集、
この曲も含め、イ長調協奏曲が2曲あって、
CD1のトラック10~13も同様にイ長調で、
ともに、アンダンテ、アレグロ、ラルゲット、
そしてアレグロからなる4楽章構成。

私は、勝手にCD1の方が1737年のもので、
CD2の方が1738年のものだとみなして説明したが、
実は間違っているかもしれない。

が、このような過程で聴き進めて、
この2曲が最も充実した作品であることは、
何となく納得してしまっている。

レオナルド・レオが作曲した、「6つのチェロ協奏曲集」、
半分はハ短調、ニ短調、ヘ短調と短調の曲を並べ、
一聴しただけでは地味で、人を惹き付ける外面性に欠けるが、
このように聴き進んで行くと、
ちょうどヴィヴァルディが活動を終えようとしていた時期、
さらにハイドンが物心ついたような時期にあって、
このオーソドックスな環境にありながら、
進取の気性を持つ作曲家が、
新しい境地を開いていったことが
実感できる曲集でもあった。

さて、この二枚組CDには、
あと1曲、4つのヴァイオリンのための協奏曲が、
収録されている。
作曲年代も、1738年頃なのだろうか、
解説は、先の2曲に続けざまに書かれている。

「同様のライン上に、
再発見されるべくして再発見された
器楽の分野における音楽的驚異の他に、
無伴奏ポリフォニー声楽曲のジャンルのものを
レオは多数作曲しているが、
驚くべき『4つのヴァイオリンのための協奏曲ニ長調』
もそれに続くものである。
ソロの『コーラス』の役割がユニークで、
この偉大なる『名誉あるナポリ人』の作品が、
いつもそうであるように、
色彩感覚や円熟味でヘンデルと同等に素晴らしい。」

第1楽章は、「マエストーソ」と書かれ、
何だか、大見得を切るような始まり方である。
が、その後に出て来る4つのヴァイオリンの独奏は、
優しい感情にあふれている。
序奏部のものものしい感じとえらく対照的で弱々しい。
(3:38)

第2楽章は、「フーガ(アレグロ)」。
これもきらきらと舞い上がる、
レオが得意としそうなフーガで、
モーツァルトの「ジュピター交響曲」のように輝かしい。
(2:27)

第3楽章は、「ラルゲット」で、
一転して失意の人のくよくよ音楽。
独奏楽器も4つもあるのに、
ちょろちょろ出ては消えて行く感じだったり、
一つが歌うのを慰めたり、交代で歌ってやる感じ。
非常に繊細である。
(4:31)

第4楽章は、「アレグロ」で、
ここでは吹っ切れた音楽が聴かれる。
独奏楽器よりもオーケストラが目立つ。
中間部で、活発なカデンツァ風の技巧をきかせるが。
(2:37)

以上、見てきたように、ナポリ楽派は、
決して、猫も杓子もオペラばかりを書いて、
人気のカストラートに歌わせて、
各地で儲けてばかりいたわけではなく、
こうした厳粛な音楽作品も追求されていたのである。

レオの場合、教育現場や教会での活動に縛られながらも、
自身の芸術を深めて行く方向に進んで行ったようなので、
私の中では、かなり高得点となった。

得られた事:「ナポリに腰を落ち着けて芸術を深めたレオの音楽からは、高貴なクオリティで、ヴィヴァルディとハイドンを繋ぐミッシングリング感がにじみ出ている。」
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by franz310 | 2011-11-13 14:36 | 古典
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