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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その293

b0083728_23281567.jpg個人的経験:
もう40年も前の本だが、
私は、こうした本があることは、
実は知っていた。
著者のマルク・パンシェルルは、
1976年にPARCO出版局が出した、
豪華図版入りの美しい書籍、
「音楽の歴史 」を書いた人でもあり、
中学生の私にとって、この本は、
音楽史の魅力的な最初の教科書だった。
また、ヴィヴァルディの作品を
整理する際に用いられるPの番号は、
この人の名を冠した
パンシェルル番号である。

東京ヴィヴァルディ合奏団を率いた、
早川正昭という人が訳している。


かなりの年月が経ってしまったが、
ヴィヴァルディへの愛情という点で、
第一級の書物に数えられよう。

前回読んだ解説に、
ヴィヴァルディに関して、
「この50年、破竹の勢いで、
名誉回復が進んだにもかかわらず、
ゆがんだプリズムで見るように、
わずかな協奏曲だけが突出して知られている」
といった記載があったが、
この「名誉回復」50年前の原点の一つは、
恐らく、この著作なのではなかろうか。

これまで、私は、ヴィヴァルディの生涯を、
ほとんど知ることがなかったが、
この本を読んでも、やはり、
たいした事が書いてあるわけではない。

この著作においても、オペラや宗教曲に関する、
重要さは、特記されてはいるが、
残念なことに、時代の制約上、ここでは、
ほとんど、その具体的な記載があるわけでもない。

が、ここに列挙されているヴィヴァルディ像は、
明らかに興味深いもので、
その人生、矛盾に満ちているが個性的な性格、
(「非凡な曲を気違いのように作曲する人」という引用がある)
様々な音楽史上の貢献などが、熱っぽく語られている。

音楽上の特質に関しては、
素晴らしい色彩感と生命感、
効果的な技巧、明晰な形式性等、
最大級の賛辞が連ねられており、
遂には、ヴィヴァルディこそが、
古典派交響曲の始祖であるといった、
極論のようなものまで飛び出しているのがすごい。

また、彼は、「四季」をベートーヴェンの、
「田園交響曲」と関連づけるのにも、
かなりやっきになっている。

今回、改めて、この本を入手し、
これでもかこれでもかと、
ヴィヴァルディの音楽を賞賛されると、
成る程、どれどれと、
いくつかの協奏曲を聴き直したくなった。

「『ゴシキヒワ』(作品10の3)は
フルートと弦楽器のためのコンチェルトだが、
彼がこの曲で試みたオーケストレーションは、
うっとりする程美しい」、
などと書かれると、思わず、
CDを取り出したくなるではないか。

協奏曲など器楽曲に割かれた記述が、
150ページにものぼるのに対し、
「オペラと宗教音楽」と題された部分は、
わずか22ページしかなく、
さらに、宗教曲に関しては、
「彼の40いくつにのぼる宗教音楽の作品を分析し、
検討して研究書を書く、ということになれば、
彼のオペラの研究書と
それほど違わない分厚いものになると思われる」
というような記述だけでお茶を濁してある。
たった3ページしかないが、この分野は、
この著作が書かれている時点で、
まだ研究も進行中だったのである。

室内カンタータのような世俗的な歌曲については、
まったく触れられてもいない、
といった感じであろう。

それにひきかえ、オペラの分野は、
まだマシな感じがしないでもない。
ヴィヴァルディのオペラ作曲家としての重要性を、
パンシェルルは、繰り返し主張しており、
協奏曲とオペラの関係を、
切っても切れないもののように力説している。

もっとも彼が、ここまで強調するのには、
どうやらヴィヴァルディの生前にまで遡る問題があったからで、
同時代のタルティーニやクヴァンツのような作曲家も、
ヴィヴァルディは、器楽曲の作曲にすぐれ、
オペラではそうでもない、といった述懐をしているようなのである。

もちろん、ヴィヴァルディ復権に燃えた
パンシェルルは、それらに対して、
周到な反論を用意している。

が、それを一つ一つ列挙するよりも、彼が、
「幻想的で前ロマン派的といってもいい」と、
ヴィヴァルディのオペラを捉えていた事実だけでも、
我々には十分なような気がする。

また、
「器楽とオペラが作曲されていったこの自然の結果として、
この二つの分野は互いに影響を及ぼしあった」と書かれ、
「『オペラ作曲家』としての彼の性質の故に、
ソロ・コンチェルトの創始者となった」と書かれ、
「オペラでは絵画的なこと、悲劇的なことを表現する必要から、
知っている限りの楽器の組み合わせを持ちねばならなかった」と、
その独創的なオーケストレーションを特筆している。

このように書かれると、これまで、
まるで接点のなかったシューベルトとヴィヴァルディの間に、
細い細い橋がかかったような気がするではないか。
終生、オペラを愛し、それに対する挑戦意欲を失わなかった点にも、
かろうじての共通点がある。

このようなヴィヴァルディ・オペラの概観の中で、
今回、ここで聴き進めている「オルランド」について、
パンシェルルは、1715年にヴェネチアを訪れた、
オッフェンバック氏なる人物が、
2月5日に見て、「非常に楽しいもの」と思い、
容姿も演奏も良かった、
アンナ・マリア・ファブリという歌手を賞賛した時のオペラを、
「たぶん『気違いを装ったオルランド』の再演であった」
と書いていることは、私にとって痛快であった。

ヴィヴァルディのオペラ「狂人を装ったオルランド」は、
全三幕、CDも3枚からなる大作で、
なかなか聴き進めないでいたが、
ようやく三枚目のCDについて聴き通すことが出来たので、
ここでは、完結編を書きとどめておく。

アレッサンドロ・デ・マルキが指揮をした、
アカデミア・モンティス・レガリスという楽団の演奏で、
トリノ王立劇場合唱団が共演している。

このオペラの第3幕は、シャルルマーニュの勇士、
オルランドの友人、グリフォンが魔女に捉えられている。
そして、その恋人(または女領主?)、
オリジレ(男装してオルダウロ)が、
監獄の壁を破壊して彼を救出する場面から始まった。

まるで、ベートーヴェンの「フィデリオ」、
あるいは、シューベルトの「フィエラブラス」のような、
女性が男性を救出する筋書きだが、
ヴィヴァルディの方が、恋愛に関しては上手というべきか、
簡単なハッピーエンドにはなっていない。

せっかく救出してもらったグリフォンであるが、
彼は実は、ティグリンダが好きなのである。
しかし、ティグリンダは、ティグリンダで、
私への愛を諦めなさいと言う。
彼女は、護衛隊長アルジリアーノが好きなのである。

そもそも、彼女が、魔女エルジラの島に来て、
そこの隊長を好きになっているから、
いろんな人に迷惑がかかっている感じなのだが、
ほっといてちょうだい、という感じなのであろう。

主人公オルランドは、
師匠のブランディマルテと行動を共にし、
このややこしい恋愛関係から超越したところで、
魔女をやっつける活動で暗躍している。

CD3:
Track1とTrack2はシーン4。
アルジリアーノとティグリンダ。
ティグリンダが好きなのは、こっちなのである。
この金の器には、魔法の飲み物があって、
力が付くと言っている。

Track2はティグリンダのアリア。
力強い朗々とした歌唱。
「向こう見ずのライオン、
敵を足下に踏みしだく」と威勢が良い。

Track3、4はアルジリアーノが一人、
シーン5である。
アルジリアーノは、魔女エルジラが好きなので、
これまたややこしいのである。
ずうずうしい女だと思っている。

Track4のアルジリアーノのアリアも、
苦悩に満ちて、ガンバの伴奏が陰影を深くしている。
自分の運命を呪う歌であろうか。
「君はため息をつくために生まれた。
残酷な運命、真実の愛、しかし不幸な心。
君は心ない美女のため、涙を流す。
真実の愛を護り、
君の運命を苦しみ嘆く。」

Track5~7は、
魔女、エルジラと魔界のものたちのシーン6。
不気味な管弦楽伴奏、
いきなりエルジラのアリアだが、
不気味な金切り音を発する伴奏がいやらしい。
「オリジレの力を恐れ、
エルジラは、プルートンとヘカテの女王の寺院にて、
地獄の神を呼び起こし、
オルランドがどこにいるかを助けて欲しいという。」
と解説のあらすじに書かれた部分である。

Track6は、
燃える炎をバックに、魔界のものたちの合唱。
エルジラは、オルランドをたぶらかす策を告げる。
解説に、
「彼女はオルランドが愛するアンジェリカの像を造り、
オルランドを洞窟に招き入れようとする。」
とある部分。

ここでも、また、アンジェリカが出て来た。
ドン・キホーテがドゥルシネーア姫と切り離せないのと同様、
オルランドと言えばアンジェリカなのであろう。
アンジェリカの姿が出たら、
もう、この英雄が、唯のストーカーになってしまうのは必至。

「オルランド・フリオーソ」でも、
彼は、アンジェリカと間違えて像をぶちこわして、
魔女アルチーナを敗北させた。
今回も同様のパターンで進むのだろうか。
だとすると、そのワンパターンが嬉しい。

Track7では、魔女エルジラは、
アンジェリカが眠っている幻影が現れたと喜んでいる。

Track8、9はシーン7。
オルランドが、「何と不気味な力」とか言って現れる。
その師ブランディマルテも一緒である。
解説に、下記あらすじがある部分。
4分近く、モノローグや対話が続く。

「師ブランディマルテと共に、オルランドは洞窟に入る。
しかし、ブランディマルテはエルジラを見つけ、
その計略を見抜き、
アンジェリカに対し愛を語ることで、
自分がオルランドであるふりをする。
エルジラは、自分が愛したのが、
他ならぬオルランドであったと知り狼狽して現れ、
憤怒とジェラシーを爆発させる。」

Track9はこのエルジラのアリア。
「ナイチンゲールのように、
平安を願った。
それはその悲しみを歌うため、
空から地上へ、
枝から木の葉に、
泉から海に。
しかし、私の運命は変わった。
あなた、残酷で不実な人のため、
ひどく惨めでため息しか出ない。」

などと歌っているが、
曲想は明るく協奏曲の終楽章みたい。

Track10、11は、シーン8。
オルランドとブランディマルテ。
師匠は「アンジェリカの姿は幻影にすぎない」と諭す。

Track11は、ブランディマルテのアリア。
これまた、無窮動風に規則的で、
感情のこもっていないようなアリア。
ヴィヴァルディの音楽は、ひたすら、
声楽の多様さを追求しているようでもある。

「計略そのものは、
残酷が支配する時には美徳にもなる」
と、自分が、エルジラを騙していることを、
自己防衛している。

Track12、13は、シーン9で、
オルランドは一人になり、アンジェリカに頼まれた、
打倒エルジラを誓う。

Track13は彼のアリア。
これまた、奇妙な楽想で、伸びたり縮んだり、
上がったり下がったりのへんてこなもの。

「やられることを恐れてはならん」とチャージ中。

Track14は、シーン10。
アルジリアーノとオルランド。
アルジリアーノは、
「彼はオルランドか否か、
エルジラは何を待っているのか」と言っている。

解説に、
「実際のオルランドは、いまだ狂人のふりをして、
つじつまの合わない言葉を発するのに悩まされている
隊長アルジリアーノと共にある。」
とある部分。

Track15、16は、オリジレが加わるシーン11。
激烈な伴奏のオリジレのアリアは、
悲愴な感情に満ちている。
「苦い悲しみを終わらせるために、
どこにでも行こう。」

Track17、18は、オルランドとアルジリアーノ。
シーン12。
オルランドは、「空に星が見えるか」
アルジリアーノは、「お前の死の運命が」
Track18は、この変な男はオルランドだと確信した、
アルジリアーノのアリア。

このアリアも伴奏からしてへんてこだ。
第3幕になって、実験的なアリアが多い。
第2幕は、もっとメロディが豊富だったような。

「翻弄される船の運命、
アンピトリテの怒りが泡立つ。
粉々になって海に消える。」

Track19はシーン13。
オルランドとブランディマルテは、鎖につながれ、
アルジリアーノと警護に見守られている。
エルジラは、その王位の席に就く。

オルランドは、錯乱して、
ブランディマルテは、それをけしかけるので、
エルジラは混乱している。
これは、「狂人を装ったオルランド」という
題名にふさわしいシーンだ。

しかも、彼はやすやすと鎖を壊してしまう。
魔女も隊長も、ひえーっとなっている。
しかも、俺の力を見ろ、俺はオルランドだ、
もはや、狂人のふりをする必要はなくなった、
とか、まるで水戸黄門や大岡越前の乗りである。

相手がひるんでいるうちに、
ブランディマルテの鎖まで破壊する始末。
めちゃくちゃ強いのである。

隊長も剣を置き、もう駄目、とか言って、
魔女に臆病者と怒られている。
ほとんど物語は終わったも同然である。

Track20は、そこにオリジレが加わる。
彼女は、愛するグリフォンの身を案じ、助けを乞う。
オルランドは円柱をぶちこわせば、
呪文も解けると言う。

魔女は、こんな事まで、神様、許されるの、
とびびりまくっている。

Track21はエルジラの絶叫のアリアで、
アタックの鋭い、呪いの歌で、
最後に魔女はかき消えてしまう。

解説には、以上の部分は、
「オルランドとブランディマルテは、
エルジラの前に引き立てられるが、
まさにその瞬間、太陽は地平線から消える。
魔女の没落の瞬間である。
オルランドは鎖を壊し、
アルジリアーノを降伏させ、
ブランディマルテを解放する。
そして、魔法の円柱を破壊して、
一打ちでエルジラの力を一掃する。」
と書かれている。

この意味不明の破壊力がオルランドの魅力である。

Track22、23はシーン15で最後の情景。
「情景は明るい庭園に変わり、
エルジラの呪文で拘束されていた騎士たちが目覚める。
復讐を誓って罵り、魔女が逃げると、
オルランドはアルジリアーノを許し、
グリフォンとオリジレの結婚と合わせ、
ティグリンダとの愛を認める。
全員が新たな喜びに浸る。」
と解説にあるとおり。
が、騎士たちとあるが、
目覚めたのはグリフォンだけのようである。

Track23は、晴朗な合唱で、
大変、爽やかだが、あっと言う間に終わってしまう。

さて、このCD3には、
差し替え可能なアリアが9曲も収められている。

Track24と25:
第1幕から、ブランディマルテのアリア。
いずれもシーン12のもの。

最初のものは、シューベルトも喜びそうな、
伸びやかで力強いメロディで、
「私の望みを果たすためなら、
地獄の闇にも降りていこう」と歌われる。

次のものは、もっと荒々しいもので、
前のものの超絶技巧版みたいな感じ。
やたら装飾が多い。
歌手によっては、こちらを歌いたい人もいるだろう。
歌詞もほとんど同じ。
先ほどのが、
「情熱に火が点る」と終わるのに対し、
「愛するものよ、恐れるな」と終わる。

Track26は、第2幕のグリフォンのアリア。
ガンバの伴奏が深々と美しいが、
曲想は苛立ちを含み、歌詞も見ると、
「胸のなかの情熱は、
愛おしく甘く、
感情を使い果たす」
と書いてある。

Track27は、第3幕のシーン4。
ティグリンダのアリア。
苛立ちと技巧とが組み合わされたアリアらしいもの。
「運命を見つけたら、すぐにそれを手にしなさい」
という教訓じみたもの。

Track28は、第3幕のシーン6。
アルジリアーノのアリア。
これもガンバの独奏が活発に動き、
焦燥感に満ちている。
「君はため息をつくために生まれた」
という、先ほども聴いた部分。

Track29、30。
次の2曲はエルジラのもので、
ソプラノ用なので、明るくシンプルな感じ。
第3幕、シーン7である。
お気に入りのブランディマルテが、
アンジェリカを賛美するので嫉妬して歌うもの。

最初のものは、コロラトゥーラ風な、
華やかな装飾音で終わる。
4分もかかる大アリアである。

次のものは、その半分くらいの規模で、
曲想も陰影はあるが、技巧は少ない。
協奏曲風で親しみやすいのはこちらである。

このように並べられると、
ヴィヴァルディが、状況に応じて、
様々な声の陳列棚を用意していたことが分かる。

Track31は、主人公オルランドのアリア。
第3幕シーン9で、打倒エルジラを誓うもの。
「強い男として死んだなら、
彼は死んだことにはならない。
その心は永遠で、輝かしく賞賛され、
勝利の誉れ」という、
力こぶの入ったもの。

悲愴な感情にふさわしく、宗教曲を想起させる。

Track32は、第3幕シーン9の、
アルジリアーノのアリア。
「この目、この唇、まつげや胸が、
君の不幸の原因さ」という内容だが、
ヘンデルの「ハレルヤ」みたいな、
明るい楽想が支配していて、
一篇のソネットのような感触に仕上がっている。

以上で、このCD3枚組も終わる。
宗教曲から小唄、コロラトゥーラまで、
様々な歌曲のオンパレードのような趣きであるが、
オペラの目的は、こんなところにもあったはずだ。

さて、この「狂人を装ったオルランド」のCD解説、
初演での歌手や楽曲の説明も詳しいようだが、
これらは字数の関係もあってすっとばして、
興味深い、最後の部分のみ紹介しよう。

ここには、CDの最後に収められた、
様々な異稿に関する話も出て来る。

「不幸なことに、この並外れた作品の、
聴衆の反応については謎として残っている。
歴史的な資料は失われており、
誰も今日、学術的に、
勝利か、失敗か、無視されたのか、
この三つの仮説から選ぶことが出来ない。
実際には、失敗という説が、
この作品に加えられた幾度にも渡る改訂を分析、
それが失敗から護ろうとした証拠として、
何人かの音楽学者から受け入れられている。
しかも、1713年の『オルランド・フリオーソ』が、
1714年12月には復活上演されているのである。
しかし、決して問題がはっきりしたわけではない。
ヴィヴァルディはいつも、上演中に改訂をしたし、
ヴェネチアのオペラ座の習慣でもあった。
また、作曲家はヴェネチアの劇場で、
重要なキャリアを維持したので、
大失敗というのはありそうにない。
結局、確かなのは、
ヴィヴァルディの最初の、ヴェネチア・オペラは、
保守的な人たちの抵抗を抑え、
たちまち、この作曲家をセレニッシマ(ヴェネチア)の、
オペラハウス改革のシンボルにしたということである。
10年前、ナポリ風のスタイルが入り込み、
ギャラント・スタイルにヴェネチアの語法を溶かし込んでしまった。
ヴィヴァルディは、この街における、
最後の春のようなオペラを届けたのである。」

このように、この作品は、
ヴィヴェルディの最初の革新的なオペラであること、
それは、ナポリ風よりも、
ヴェネチア風を重んじたものであることが分かった。

おそらく、このあと、ヴィヴァルディもまた、
ナポリ風スタイルに染まっていったのであろう。
ナポリはスペインの飛び地のような王国で、
ヴェネチア以上の富の力で、
華麗なオペラのスタイルを確立していたらしい。

10年後の「オルランド・フリオーソ」と比べ、
一聴しただけで、どうも、音楽の感じが違いすぎるのは、
こうした背景があるのだろうか。

得られた事:「ヴィヴァルディをロマン派の始祖と考える研究者もいる。オペラの求める描写の力が、様々な楽器の表現力を拡張していった。」
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by franz310 | 2011-09-10 23:34 | 古典
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