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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その278

b0083728_14195640.jpg個人的経験:
ロッシーニの音楽は、
ショスタコーヴィチではないが、
「ウィリアム・テル」序曲から
入門するのが通常であろう。
その他、彼のオペラの序曲には、
単独でも演奏されるものが多く、
かつては、時折、コンサートの
冒頭を飾っていた。
しかし、最近は、
そうしたコンサートも少ないようだ。


ロッシーニの序曲集の中で、
取り上げられるものには、
「どろぼうかささぎ」など、
気になる題名のものがあるが、
「絹のはしご」などと言う題名も同様だ。

今回、ようやく、その内容を吟味した。
これは、もう20年も前のLDである。

表紙を見て一目瞭然であるが、
かつて、「結婚手形」を楽しんだ、
シュヴェツィンゲン音楽祭のもので、
この前のが1989年のものであったのが、
今回のは1990年の記録である。

このオペラの序曲、
序奏の新奇な音響効果からして、
奇をてらったものと言えるが、
その後に出て来るうねうね系の主題も面白い。
木管による人をからかうようなメロディも美しい。
さすが、序曲のみで楽しませるだけのものはある。

はたして、このような序曲にふさわしい内容なのだろうか。

南條年章という人も、解説で、
「どちらかといえば序曲だけがある程度知られているだけで
『失敗作』のようにみなされてきたオペラに、
ジェルメッティとハンペは見事な光を与えた」と書いている。

こうあるように、この記録も、
前回の「結婚手形」と同じコンビによるものとなっている。
チェンバロはやはり、シモーネ・ヤングで、
解説者は、「注目に値するもので、
単純な和音しか書かれていない楽譜から、
その状況にぴったりの装飾音型を紡ぎ出している」と特筆している。

何と、解説者によると、ハンペの演出のすぐれた点は、
レチタティーボのこまやかさなのだという。
レチタティーボなどは音楽ではないと思って、
聴き飛ばしていた。

そして、失敗作とみなされるのは、
筋が二番煎じっぽいから、と書いている。

一方で、歌手陣の好演も特記されており、
特に、ヒロインのジューリアを歌っている
ルチアーナ・セッラと、
召使いのジェルマーノを演じる、
アレッサンドロ・コルベッリを最高と書いている。

しかし、前回、「結婚手形」で印象に残った、
カナダ人スルック役だったリナルディと、
その恋敵となった、エドアルド役だったキューブラーが、
今回もまた、同様の構図におかれており、
ヒロインが好きなドルヴィルにキューブラーが、
ヒロインが拒絶するブランザックにリナルディがあてられている。
これは、前作とまったく同じ役回りということになる。

前回も番頭さんみたいなノートンが、
三角関係の間で立ち回ったが、
今回は、それが召使いのジェルマーノになっている。

「絹のはしご」が、「結婚手形」と内容が似ているというのは、
こういった構図からも明瞭である。
このLDの表紙の写真に、彼等の関係が見て取れる。
真ん中にジューリアが立ち、
その前にジェルマーノが座り、
左には求婚者のブランザック(前回のスルック役)が、
右には事実婚のドルヴィル(前回のエドアルト役)が
向かい合っている。

さらに、前回、ややこしい役回りをヒロインの父親、
トビアが演じたが、今回もそれに相当する保護者として、
ドルモントというおっさんがいる。
この人の役はデイヴィッド・グリフィスという人が歌う。
前回の父親役デル・カルロは大変面白かったので、
ここでも出て来て欲しかった。

「結婚手形」では脇役だった女中に相当する女性役が、
今回はさらに重要な役割を演じ、
何と、彼女にジューリアはブランザックを押しつけようとする。
これはルッチアという名前で、いとこという設定。
ジェーン・バネルという人が演じている。
(前回はフェッレ)。

この人は、すっかりその気になって、
Track11で、素晴らしいアリアを聴かせる。
この音楽は、非常に機知に富んだもので、
きんきんする木管が、エキゾチックなメロディを奏でる。

A.Klugeという名前で、
「絹のはしご」上演史は、こう要約されている。
「1812年ヴェニスで初演されたものの、
観客や批評家の間での評判はよくなかった。
・・
1823年にはバルセロナで、
又1825年にはリスボンで上演されている。
しかし、ロッシーニの小品は次第に世の中から忘れられてしまった。
一つには誤って解釈されることが多かったからだ。
ロッシーニの伝記作者として有名なスタンダールやトイでさえ
多くの間違いを犯している。
もう一つの理由として、
その後に書かれたロッシーニのオペラの影に
隠れてしまったことが挙げられる。」
とお座なりのことが書かれている。
買った人の事を考え、
一つでも聞き所を書き出すべきではなかろうか。

さて、Track1は、オープニングで音楽ななし。

Track2.序曲で、冒頭から、
ジェルメッティの元気のよい指揮が見られる。
あの、特徴的な冒頭の急速で意表を突く楽節を、
ジェルメッティは斜め45度前方の空中に、
指揮棒を勢いよく突き上げているのが脳裏にこびりつく。

やたらオーボエのお兄さんが強調されるが、
木管アンサンブルに焦点を当てたカメラワークによって、
この作品も木管の音色を重視したものであることが分かる。

弦による、悪戯っぽい第1主題が始まると、
布で作ったはしごが暗闇に消えていく映像が一瞬出る。
これによって、絹のはしごは、
実際に、布製のもので梯子のように使われることが分かる。

第2主題の木管の交錯も美しい。
展開部では、ジェルメッティが横から写され、
何故か、背後の手すりに左手をあけての指揮であることが分かる。
だからそうした、ということはないが、
エネルギッシュだが、力を抜いた余裕も感じさせる。

Track3、「行っておしまい、いらいらさせないで」。
幕が上がると、いきなり大きな窓のある邸宅の一室。
このような舞台からしても、「結婚手形」にそっくりである。
このそっくりの理由は、後ほど分かる。

ちゃちゃちゃちゃちゃ、ちゃちゃちゃという、
明るい音楽が、冒頭から楽しい雰囲気を盛り上げる。

どたばたとピンクの女性が走り回っているが、
かっぷくが良すぎて、まさか、これがヒロインとは思わなかった。
しかし、目立つ服の色からして、
これがヒロインでなければなるまい。

このジューリアは、何か隠し事があるので、
召使いのジェルマーノが部屋に入って来るのを恐れているのである。
何やら隣室に隠しているものがあるので、
本を読むような振りをしてごまかしている。

ジェルマーノは何か作業をする恰好で入って来て、
近々、ジューリアがお見合いをすることを知っているという。
「結婚することは災難だ」などと昔の人が言ったとか、
どうでも良い話をして、なかなか出て行かない。

この後、「やっと独り」と、ジューリアは、
隠してあった絹のはしごを取り出し、
秘めやかな恋を、声の技法を駆使して歌い上げる。
窓の外には凱旋門がわざとらしく見えている。

この部分も、しっとりとした情感が美しく、
冒頭のけたたましい雰囲気と対照をなしている。

ジュリアーノに続いて、今度はいとこのルッチラが入って来て、
また、ジュリアーノも続いて入って来る。
はしごは、物置からはみ出して、
それを隠そうとジューリアは必死である。
すると、音楽は再び活気を取り戻し、
推進力を持って三重唱を盛り上げて行く。

Track4.レチタティーボ「もう大丈夫よ」で、
隠れていたドルヴィルが出て来て、
いつも夜中に密会の時の移動に使う絹の梯子の秘密を語る。

題名である「絹のはしご」とは、
テラスに引っかけてドルヴィルが夜這いする時、
いや、通い婚する時の道具だったのである。

確かに、シモーネ・ヤングのチェンバロの即興的な装飾は、
状況の描写までして素晴らしい。
絹のはしごを巻き取る様子など、名人芸である。

恋人たちが、しっとりと抱き合っていると、
ドアを叩く音がして、後見人のドルヴィルや、
従姉妹のルチッラが入って来る。
間一髪で、ドルヴィルはバルコニーから逃げる。
夜になったら戻って来てね、となまめかしい。
またまた、召使いのジェルマーノも、
男の人が来たとか言いながら入って来る。

Track5.「私は知っているわ」は、
後見人が結婚を勧めるその男が嫌なので、
このジェルマーノを味方にしておこうと、
ジューリアが「愛情の印を見せて欲しい」などと、
思わせぶりな歌を歌い出す。

実際の顔の表情変化もしっとりとして、
音楽のメロディも甘い。
装飾や声による緊張の高め方も、
ドニゼッティやベッリーニももうすぐ、
という所まで来ている。

ジェルマーノは、格好良いバリトンで、
「いくらでも差し上げましょう」と言いながら、
このロマンティックなメロディを歌い上げ、
それなりの愛のデュエット風になる。

ジューリアは、ジェルマーノには、従姉妹のルチッラの方が、
その男、ブランザックにふさわしいという。

ジェルマーノは、ブランザックを嫌うのは、
自分にジューリアは気があるものだと思っていたが、
すぐに、単に利用されていると気づく。
「優しい心に感謝しているわ」とか、
ジューリアは、彼を利用しようと必死である。

この部分は、音楽が急速になって、
お互いの思惑の差異や、手練手管を表す
軽妙なやりとりが軽快に描かれて行く。
ロッシーニは、しっとりした部分で時間を停滞させ、
続く部分では、快速に時間を先に進め、
魔法のように、緩急自在で時間を操っている。

シューベルトには、
こうした臨機応変な軽業が出来なかったかもしれない。

Track6.レチタティーボ「ご挨拶もなしに」。
後見人ドルモントが、
ややこしい花婿候補のブランザックを連れてやって来る。

何と、通い婚男のドルヴィルは、その友人だったらしく、
立会人として、一緒に入って来る。

ジューリアは部屋に入って出て来ない。
その間、友人たちは、ややこしい展開になっている。
ブランザックは、いかに口説くかを見てろ、と、
ドルヴィルを、物置に隠すことにするのである。

Track7.「拝見しようぜ」は、
ドルヴィルが、高らかなアリアを歌う。

序奏からロマンティックなもので、
耳をそばだたせる。

これは、とってつけたような華麗な装飾を伴うもの。
友人に影で見ているから頑張れと、言いながら、
「裏切らないでくれ」と神頼みをするような部分もある。

本来、感情が高ぶって歌い上げられるべきアリアが、
どうでも良いような戯言に声を張り上げる手段になっているのである。

Track8.レチタティーボ「この僕が、つかめないだって」。
何と、ジューリアから、
男を見張れ、と言われたジェルマーノもこっそり入って来て、
暖炉のところに隠れる。

ジューリアに言い寄るブランザックの様子は、
二人の男によって観察されることになる。
ブランザックは立派な花束を渡す。

ちょうど、私がこれを書いている今、
薔薇の花盛りの季節であるが、
香りも良く、ジューリアは、きっと、
その色にも香りにも、うっとりしていると思う。

Track9.「いとしい花嫁と結ばれるなら」は、
ブランザックがかき口説くシーンであるが、
リナルティのバリトンが、これまたダンディである。
乙女心をくすぐりそうだ。

今度は、豪華な首飾りを見せたりで、
ジューリアと友人が、
すごく良い雰囲気になってしまうのを目撃することになる。

物置から、大声でドルヴィルが、
「これはピンチだ」と歌い上げるのがおかしい。
ジューリアの揺れる心も表情に出て傑作だ。

これまた、やるなロッシーニという感じ。
自由自在に声の饗宴の効果を操り、
ジューリアがうっとりした瞬間には、
金管が勝利の咆哮を上げている。

「これこそ幸せ」とか言って、喜びや陶酔を歌うデュエットに、
物陰の二人が参加して四重唱になる。
ジューリアは、首筋にキスまでされている。

めちゃくちゃ怪しいシーンであるが、
何と、ブランザックは、ここで物置を開けてドルヴィルを出す。
今度は、ドルヴィルが甘い声で言い寄りながら、
首飾りを引きちぎる。
ジェルマーノも出て来て、表紙写真のややこしいシーンに突入し、
全員が、訳が分からなくなって「頭がぐらぐらする」と、
ぐるぐる回ったり、頭を抱えたり、
おかしな仕草を伴う興奮した四重唱に突入する。
各人が勝手な事を喋りまくって、
もう対訳が間に合わなくなって、
字幕が出ないが、もう台詞はどうでもよろしい。
生で見ていたら、きっと楽しくおかしいであろう。

Track10.レチタティーボ「さあ、行け」は、
勝ち誇ったブランザックが、ドルヴィルに、
うまく行ったと報告しろと言う部分。

ブランザック一人の部屋に、ルチッラが入って来る。
何と、ブランザックは、ルチッラの眼鏡を取ってしまい、
今度はルチッラの美しさを褒めそやす。

Track11.「私は心の中に感じるのです」。
ルチッラが気を良くして歌うアリアで、最後に喝采が起こる。
この部分の音楽については、とても印象的で最初に書いた。

管弦楽利用法の軽妙さ、メロディの新奇さ、
声の美しさを強調したメロディライン、
オペラの大家の筆はさすがである。

ルッチアはブランザックにキスし、
何と、ジューリアに上げたはずの薔薇の花束までを、
持って行ってしまう。

Track12.レチタティーボ「絶品だ!」
この手の美人は初めてだ、などと言い、
彼は、一回の訪問で美人二人に会ったとご機嫌である。

夜中になっても、ジェルマーノは働いている。
天井から妙な音がするが、ガス灯であろうか、
召使いが操作すると灯が点る。
この時のチェンバロの効果も、なかなかやるな、という感じ。
このチェンバロ、こっそり、
オペラのメロディを浮かび上がらせたりしている。

ジェルマーノは、物置の中にも仕事がある。
ジューリアは、誰もいないと思い、
恋人とのいざこざがあったので、気になっている。

きっとドルヴィルが謝りに来るはずだと、
「バルコニーに秘密の梯子を垂らしましょ」
などと歌い上げている。
ジューリアが好きなジュリアーノは、
その秘密を聴いて驚く。

CDで聴いていたら分からないかもしれないが、
ここでの二人の言葉は会話ではない。
それぞれが勝手にしゃべっているのである。

このLD、ここで裏面になる。
裏面Track1.「でも、もし、私の後見人が」となり、
ジューリアは、見つかった時のことが心配になってくる。
音楽も、その不安感を強奏する。

しかし、それからオーケストラは、
素晴らしい詩的な雰囲気を醸しだし始める。
ベルリオーズもびっくりであろう。
そして、フルートやオーボエが美しい響きを立て、
「愛しい方と」という、
ジューリアの美しいアリアを導く。

それは、「生命であり希望」だと歌い、
「この影の中、震えずにいられない」と、
彼女は、ヒヤシンスみたいな白い花を持って歌う。

あまりにしっとりしているので、
あまりおびえているようにも聞こえないが、
どうやら、後見人にバレることにおののいている模様。

ジェルメッティの指揮は、序曲で見たように、
強引とも思えるものであったが、
この部分で、このような超絶的な美しさを描き出したのには、
賛辞を贈らずにはいられない。

しかし、続いてジュリアーノが入って来て、
ジューリアは彼を追い出す。
活発な音楽になって、微笑みに満ちた序奏に続き、
ジューリアは引き続き、「恋する心は苦しいもの」と、
華麗な歌を歌い上げる。
すごい高音を駆使し、完全にベルカントで、
「胸が引き裂かれそう」とオーケストラと一緒になって盛り上げるので、
観客は大拍手である。
何故か、ジューリアは出て行く。

この部分は、音楽的にも濃密で、聴き応えがある。
これまた、ドニゼッティやベッリーニを先取りしている感じ。
筋とは離れた無関係な歌を、華麗に歌うのも同じだ。
このあたりになると、セッラという歌手が、
実に魅力的に思えて来る。

裏面Track2.レチタティーボ「ご立派!ご自由に」は、
入って来たジェルマーノが、
きっとブランザックが来るものと確信する。

裏面Track3.
彼はそのまま部屋に居座り、
ヒヤシンスや酒瓶を手に、
「恋は優しく、心に火をともし、
炎を燃え上がらせ、正気を失わせる」と、
眠気を感じながら、一日を振り返る。

この部分は、酔っぱらいながら、戯言を言う感じだが、
解説の南條氏も賞賛している歌である。
オーケストラも適度に歌手を補助して、
夜の気配、やるせない恋心など、みごとな雰囲気を作り上げている。

何と、この召使いがテーブルに伏せているところに、
ブランザックが本当にやって来る。
寝ぼけたジェルマーノは、
「お嬢さんは、真夜中に梯子を垂らして、あんたを待っている」と、
妄想も交え、知ってる限りをぶちまける。

この部分のロッシーニの音楽は、
管楽器にへんてこな音を出させたりして、
ハイドン風の小気味良いユーモアを効かせている。

ここで、ブランザックが、それを信じこむ点がミソである。
彼はラッキーと思うのである。

裏面Track4.レチタティーボ「何だって」。
ブランザックは、何だかよく分からず、呆然となって、
とにかく真夜中を待つ。
そのうちに、後見人やルチッラも入って来て、
どんどん、ややこしいことになる。
ジェルマーノは、ルッチアにも、
これから密会が起こると耳打ちする。
ルッチアは、暖炉の影、ジェルマーノは、

裏面Track5.「家の中はみな寝てしまった」。
この部分の音楽も期待感としめっぽい夜気が感じられて、
とても詩的なものだ。
「寝てしまった」というのは大嘘で、
次々といろんな人が現れ、最後には、
登場人物全員が揃っての、常識外れに騒々しい真夜中のシーン。
フィナーレである。

ジューリアが、「もうそろそろだわ」と歌いあげる。
控え目だが、美しい音楽だ。
「思った通りだ」とジェルマーノが呟くと、
「僕だよ」とドルヴィルがバルコニーから入って来る。
ジェルマーノにはすべて分かってしまう。

二人が昼間の事を許し合って抱擁していると、
誰かが物音を立てる。
ジューリアは、この1時間の間に、
何度、男性と抱擁したであろうか。
外で、「真夜中です、愛しいお方」と、
ブランザックが歌いだし、梯子を登ってやってくるのである。

この歌がいかにも勇ましく、
有無を言わさぬ強引さを感じさせるもので、
よくもこのキャラクターをうまく描いたと思う。
月光に照らされて、
テラスの手すりで恰好をつけているのも傑作だ。

オーケストラは、「とんでもない状況です」と、
まくしたてるような効果で活気づく。

ここで、またしても、ドルヴィルは隠れ、
ジューリアが一人で合うと、
「密会に来た」とずうずうしいので、
「誰も呼んでいない」と混乱の三重唱となる。

何と、ここからが仰天である。
何と、最後に後見人までがパジャマ姿で梯子で登って来て、
「驚いたか私が登って来るとは」などと言うのが面白すぎる。

「結婚手形」も、父親役が、ものすごい存在感だったが、
今回も、後見人が、やはりかましてくれた、という感じである。
私は、このワン・パターンが非常に嬉しい。
権威とは、何と脆弱なものであろうか。

福島原発の放射能漏れの報道も、
今となっては、すべて、嘘っぱちばかりだったようだ。
21世紀の先進国の実体は、大本営発表と何も変わらないものだった。
受け取る方も、出す方も、世界からは笑いものになっている。

それはともかく、怒り狂った後見人はコミカルに描かれ、
ここに隠れているな、と暖炉の陰にルッチアを見付ける。

まだいるはずだと、何と、ブランザックまで見付けると、
彼は大混乱に陥る。
ブランザックは彼のお気に入りだからである。

ルッチアは、ジェルマーノに言われたと白状、
後見人がテーブルをずらすと、その召使いまで出て来て、
もうどたばたの極地であるが、
ようやく、ドルヴィルが出て来て名乗りを上げ、
ジューリアも結婚させて、と言う。

ここで、何と、ブランザックは、怒りもせず、
これまた、じゃあ私はルッチアと結婚すると言い出すので、
見事に二組のカップルが出来て、後見人はなすすべがない。
「勝手にしろ」と叫ぶ。
これで、めでたしめでたしとなる。
「必ず愛の力が勝つのです。」

結婚のサインをする段になって、
天井の照明が爆発する演出もおかしい。

題名となっている、「絹のはしご」を、
登場人物の半数に当たる3人もが使うとは思いもしなかった。
これは、この演出特有のものだろうか。
少なくとも私は感動した。

これまで聴いたロッシーニのオペラ、
すべて、それぞれ彼にとって意味のある成功作であったが、
意味不明な題名のものばかりであった。

今回の「絹のはしご」は、失敗作だったようだが、
題名という点では、最も気が利いたものだったように思える。
台本は、「幸せな間違い」でヒットを飛ばしたフォッパである。

しかも、音楽も、序曲がそうである以上に、
とりわけ精妙に書かれているように思われる。
あちこちに私淑していたハイドン譲りのアイデアと、
詩的情緒が散りばめられている。
「失敗作」と読んでいたが、これは聞き応えのあるものであった。

さて、このLD、裏面のTrack6には、
ボーナス・トラックのようなものがある。

1752年に作られ、モーツァルトが演奏したこともあるという、
由緒正しいシュヴェツィンゲンのお城の紹介が最初にあって、
美しい壁画、天井画、室内の装飾、庭の画像が出る。

その後、なかなかイケメンのハンペ氏が出て来て、
今回の舞台についての説明が始まる。

ロッシーニが上演したヴェネチアの劇場は、
今はもうないので、この小さめの劇場で、
初期の小オペラ群を演奏しようと考えた、と内幕を語る。

彼もまた、ロッシーニの初期の小オペラ群は、
「すべて大筋が似ている」と言っているが、
よく肉付けすると、
生き生きと個性を発揮するといった感じのことを言っている。

また、これらの作品は、いろいろな国を舞台にしており、
ロンドン、イタリア、パリなどが巡れ、
窓の向こうには、その都市特有の景観が見えるようにした、
これによって、小旅行が出来るなどと言っている。

こうした作品を本来の魅力を出して演じるには、
歌えて演じられる優れた歌手が必要なのだそうだ。
そう言う中、各オペラの難しいシーンの画像が出て来る。

最後に、この演出家が初めて見たオペラは、
ここで見た、モーツァルトの「魔笛」だったという話があった。
感慨深い言葉である。

そうした体験あってこそ、昔の夢を追い求めてこその、
これらの演出だったというわけだ。

得られた事:「ロッシーニのオペラにおいて、オーケストラは観客の反応を代弁し、時間を緩急自在に調節する。」
「『絹のはしご』は、後半にかけての『私は心の中に感じるのです』から『でも、もし、私の後見人が』のオーケストラと声の織りなす技を聴け。」
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by franz310 | 2011-05-29 14:30 | ロッシーニ
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