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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
ICELANDia
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その276

b0083728_103425.jpg個人的経験:
ロッシーニのデビュー作、
「結婚手形」は、
小オペラ、「オペラ・ファルサ」
という分類のものであった。
しかも、演奏された場所は、
何故か、ヴェネツィアだった。
しかし、早くも翌年には、
彼は、ホーム・グラウンドの
ボローニャにもいよいよ登場した。
しかも、より大規模な作品である。


とはいえ、この「ひどい誤解」と題されたオペラは、
長らく忘却されていたようで、
今回のものには、さらに、
「ドイツ・ロッシーニ協会校訂版による初録音」
という但し書きもある。

日本で出ているCDの帯には、
「初演の好評にもかかわらず検閲を受けて上演が禁じられ、
20世紀末まで幻の作品でした。」
とも書かれている。

だが、忘れられるべくして忘れられた作品の、
単なる蘇演ではないのであろう。
指揮にアルベルト・ゼッダという、
ロッシーニの権威を迎えている。
オーケストラはチェコ室内ソロイスツ、
チェコ室内合唱団が合唱を担当。
2007年、ロッシーニ音楽祭での記録らしい。

拍手も入ったライブ録音だが、録音は大変、みずみずしい。
ナクソスは、良い音源を見付けたものである。

「結婚手形」のようなオペラ・ファルサには、
合唱はないようだが、今回はオペラ・ブッファ。
ここで、最初期のロッシーニの合唱が聴ける。

こうした知られざるオペラにはなかなか手が出ないが、
以下に見るような帯のコメントは、
なかなか怪しくて気になった。

「裕福な農家の娘の愚かな婚約者が騙されて、
その娘は実は男で兵役を免れるために
去勢されたのだと誤解、その結末は?」
と続いている。
これは確かに、まったくもって「ひどい誤解」だ。
今まで、こんな疑いをかけられた娘の話は、
一度たりとも聴いたことがない。
奇想天外である。

一方、このナクソスのCDの表紙には、
プライヴェート・コレクションの風俗画と思われる、
「軽率」と題された絵画があしらわれている。

娘が扉を開けて、こっそり中を見ている内容。
部屋の中では家庭教師風の若い男性が、
女性の前に跪いている。

これは、小間使いが主人の現場を押さえたものか、
あるいは、娘が母親の現場を盗み見たものか。
いろいろ空想がわき起こる。

この絵画の隠微さは微塵にもない、
このオペラ、物語の強引さには呆れるが、
音楽に虚心に耳を傾ける限り、
若いロッシーニのみずみずしい才気に彩られ、
前作以上に魅力的な作品である。

Track1.序曲からして渾身のもので、
ちょこまかとエネルギーに満ちでいて、
管楽器の使用も色彩的。
時折、ドライブされる低音の弦の効果も、
ハイドンの作品のように機知に富んでいる。
シューベルトの初期交響曲の一部だと言われれば、
そうかと思ってしまうような内容。
5分半ほどの音楽だが、聴き応えあり。

さて、ここからは、物語が始まるので、注意を要する。
解説を書いている、Marco Beghelliによると、
あらすじは、以下のようなもの。

「どこで、何時起こった事か定かではないが、
最近、富みを増やした農家の
ガンベロット氏の家の屋外、室内で巻き起こるもの。
彼の娘、エルネスティーナは、家族が裕福になったので、
言葉遣いや立ち居振る舞いを馬鹿馬鹿しくも真似して、
もっと高貴な地位にふさわしくなろうと余念がない。
彼女は、無一文の若者、
エルマンノに愛されていることをまだ知らない。
彼は、彼女に会いたいがために、
ガンベロット氏の悪賢い召使いである、
フロンティーノとロザリアの助けを借り、
一日、その家の周りをうろついている。」

このガンベロット氏はバリトンのフェリーチェ、
娘のエルネスティーナはメゾのペトローヴァ、
エルマンノはテノールのシュムンクが担当、
召使いは、テノールのサンタマリーアと、
メゾのミナレッリが演じている。

Track2.導入部、
「壁の向こうに愛しい人が隠れているなら」は、
11分もあって、娘のエルネスティーナ以外の、
上記4人と合唱が、うきうきとした音楽に乗って、
何かが始まるのにふさわしい気分を盛り上げる。
ロッシーニの音楽にあふれる微笑みが、
こちらにもうつってしまう。

「三人の間に交わされた約束は、
いつものように傲慢に振る舞う
この家の主人に率いられた、
騒がしい農民たちに妨げられる。」
とある。

オーケストラによる助奏の繊細な美しさは特筆すべきもので、
いかにも恋煩いの若者にふさわしいナイーブさで、
エルマンノの歌が始まる。
こうしたやるせない感情は、シューベルトも得意のもので、
ロッシーニもなかなかやるな、という感じ。

そこにフロンティーノやロザリアが絡んで来るが、
いかにも、世慣れた連中登場という感じである。
ひょっとすると、こう言った型の人物の描写は、
シューベルトは不得意としていたかもしれない。

三人の三重唱が一段落すると、
金管のファンファーレで、成金様の登場である。
合唱が、これまた勇壮な感じで充実している。
ガンベロットの歌は、
やけにずり上げたり下げたりする装飾も悪趣味で、
いかにも景気のいい旦那ぶり。
このような人物も、これまたシューベルトは苦手であろう。

Track3.レチタティーボは、
「わしが鍬をふるって」。
タンツィーニのチェンバロに乗って歌われる。
やはり、この4人が語り合っている。
「フロンティーノは、この機会を逃さず、
エルマンノをエルネスティーナの新しい家庭教師だと紹介する。
ガンベロットは、彼の知識はともかく、
むしろその見た目が娘を喜ばせるだろうと、
喜んで彼を迎える。」

むちゃくちゃな親爺である。
ここからがややこしく、彼女の婚約者である、
ブラリッキオが登場する。
この役はバスで、ヴィンコという人が受け持っている。

Track4.カヴァティーナ、「愛嬌のある私の目に」と、
Track5.レチタティーボ、「私のような美男には」という
このタイトルでも明らかだが、
この婚約者は自画自賛系の兄ちゃんである。
「このような状況下で、
彼が自慢しているように金持ちである、
エルネスティーナの婚約者、
ブラリッキオが現れるが、
彼を、なんとかどこかにやりたい所である。
彼は自称、大変なドン・ファンで、
かつ大胆なのである。」

Track6.小二重唱、「ああ、お出でください、私の懐へ。」
Track7.レチタティーボ、「愛しい花嫁は、何をされてますか。」
ガンベロットとブラリッキオという金持ちが歌うので、
勇壮な狩りのホルンが鳴り響く。
「ブラリッキオは将来の義父に会い、
儀礼と気取った言動を競う。」

わざとらしく震わせるこの声の装飾はどうだろう。
音楽を弄ぶようにつかって、この連中の悪趣味をさらけ出す。

Track8.カヴァティーナ、
「ああ、彼女はなんと静かに」
ここで、遂にヒロイン登場で、
ロッシーニは、渾身の愛情を持って、
彼女を迎える。
低音の夢見るようなピッチカート。
セレナード風の合唱に続き、
エルネスティーナの歌「心に空虚が感じられる」。

私の第一印象では、このメゾ・ソプラノの、
ペティア・ペトローヴァは、かなりくたびれた娘の感じである。
エルマンノが夢中になるヒロインなら、
もっとぴちぴち感が欲しいような気がした。

が、この娘、実は、「ひどい誤解」をしなくても、
ちょっと変な娘であることが、
だんだん分かって来るので、
あるいは、これで良いのかもしれない。

Track9.レチタティーボ、
「私の文人たち、メリクリウスの息子たち」
Track10.合唱、「行きましょう、観察し、発見しましょう。」
「その間、エルネスティーナは、家の図書室で退屈し、
彼女の読書仲間たちに、不可解な虚しさがあると告げる。
それは、おそらく恋心の欠如で、
彼女の心気症の改善に最もふさわしい本を忙しく探す。」

彼女の読書仲間とはいったい何人いるのだろうか。
図書室にこの人数が入るとは恐ろしい邸宅である。

楽しげな男性合唱は朗らかで、
明るい弦楽の伴奏が駆け巡る。

Track11.レチタティーボ、
「娘や!お父様!そのまま待っていてくれ」
Track12.四重唱、「同時に紹介しよう」。
「予期せずエルマンノとブラリッキオが登場し、
同時にガンベロットから、同時に紹介される。」

四重奏の部分は、最初、交響曲のような、
荘重な助奏から始まり、楽器の響きの重なりが美しく、
歌の部分も伴奏が素晴らしい。
自己紹介の二重唱は、次第に熱を帯びるが、
伴奏はいつの間にか生き生きとしたリズムに変わっている。
昂揚した四重唱になって、娘の興奮が聞き取れる。
さらに、次の部分になって、エルネスティーナが、
朗々と歌うのに、各人が唱和する。
そして、最後は、再び、力を増して、
オーケストラも大きくドライブされて9分近くもある、
大四重唱が盛り上がって終わる。
大喝采である。

「たちまち娘の心は高揚し、
両方の若者に惹かれるのを感じる。
彼女は、身体は婚約者に預けながら、
心は家庭教師にとっておくことにする。」

Track13.レチタティーボ、
「肉体のある機械には」
ここでは、召使いのフロンティーノが入っている。
「しかし、エルマンノは、予期せぬお近づきに、
熱烈なキスを彼女の手にすることを、
我慢することが出来ず、ひどく婚約者を怒らせる。」

こうしたレチタティーボの部分は、
チェンバロ伴奏にのって、
そうした会話が交わされているだけだが、
ブラリッキオが怒っているのに対し、
エルネスティーナが、何やら言い返している様子がおかしい。

Track14.アリア、「話してください、
弁舌爽やかに。そうすれば」は、
ガンベロット、ブラリッキオ、エルネスティーナによって歌われる。
「婚約者は、ガンベロットに止められていて、
どうしようもない。」

これは主にガンベロットがものものしく歌い、
合いの手をブラリッキオやエルネスティーナが入れる。
最後は加速して爽快に締めくくる。
こうして、だんだんエネルギーが増して、
音楽が太い輪郭で劇を推進していくのは、
さすがオペラの大家と思わせる。

Track15.レチタティーボ、「裏切りたくはありませんわ。」
Track16.アリア、「あの愛の抜け目なさを。」
ロザリアとフロンティーノという召使い同士の会話が、
ロザリアのアリアに発展する。

「ここで、劇は小休止して、二人の召使いの、
エルマンノの成功に対する実際の可能性に関する会話と、
愛というもののずうずうしい本質を歌う。」

このアリアは、透明感あふれる弦楽の序奏が美しい。
しかし、歌は装飾を駆使して、ぎくしゃくとしたもので、
歌手は苦しんで歌っているように聞こえる。

Track17.レチタティーボ、「何をおっしゃるのです、先生」。
Track18.二重唱、「ええ、他の方を見付けられるでしょう」。
「いまだ文学的な妄想から抜けきれず、
彼のほんとうの気持ちを図りかね、
それに混乱する娘と、
最終的にエルマンノは、二人っきりになることが出来た。」

とあるように、このヒロインは、
どうも、夢と現実がごっちゃになったような、
へんてこ娘のようなのである。

エルマンノがまず主になったアリアであるが、
エルネスティーナが入って来ると、
弦楽の序奏も管楽器のほんわかした装飾も美しく、
魅力は倍増する。7分に迫る大二重唱である。

Track19.レチタティーボ、「だめです、ブラリッキオさん」。
Track20.三重唱、「愛らしい瞳を思い」。
「ガンベロットは、ブラリッキオの、
意味のない嫉妬や、
エルネスティーナが婚約者をほって置いていることを注意した。
ガンベロットの面前で本格的に求愛行動が始まり、
足で注意を促すが、それがさらに拍車をかけた。」

これはいかにもドニゼッティが喜びそうな、
晴朗かつ流動的なメロディをバックに、
早口で歌手が歌う、時代を先取りした三重唱。
ホルン信号も印象的。

時折、アクセントのような言葉も差し挟まれ、
まことに聴き応えがある。

ガンベロットとブラリッキオが中心となる会話だが、
エルネスティーナが途中で挟まる。

Track21.第1幕フィナーレ、
「何ということだ、ああ、神様!」という全員の合唱。

8分に及ぶ大フィナーレである。
「耐えきれず、エルマンノは、これを阻止しようと、
自殺をすると言い出すので、
エルネスティーナは、本気になって心配する。
その結果、ガンベロットとブラリッキオは怒りだして、
家庭教師を家から追い出してしまう。
この騒動の中、全員が納得できるよう、
法と秩序の力による仲裁を求める。」

なさけないエルマンノの叫びから始まるが、
それに動揺する人々をオーケストラがはやし立てる。
悲痛なアリアが続く。
このような表現は、シューベルトも得意そうなやつ。
しかし、ここからがロッシーニ的。
いきなり、テンポが舟歌風になって、
甘い二重唱になる。
途中、絶叫したり、早口言葉による変化も付けながら、
見せ物としてのおもしろさを最大限に発揮、
聴衆のブラボーでCD1は終わる。

が、ここまでは、まったく、「ひどい誤解」の話は出て来ない。
単に、「家庭教師に化けた無一文」という感じの内容である。

また、前年の「結婚手形」と同様、
下世話な財産や金の話の「風刺」が、
当時の人々を喜ばせたことが良くわかる。

しかも、この演奏が良いのか、
この音楽は、非常に魅力的だ。
それは、CDを入れ替えて、2枚目を聞き始めて、
すぐに確信できることである。
ここから第2幕である。

Track1.導入部、「何故、混乱しているのか」は、
魅力的な合唱、そしてそこに差し挟まれる独唱が、
シューベルトとまったく同じ空気を感じさせる。
メロディの作りや転調も、
酷似していると思えるのは、私だけであろうか。

が、「幕が再度上がると、フロンティーノが、
その土地の人たちと、何が起こったかを論議している。」
というように、シューベルトなら、
扱いそうになかった内容なのである。

Track2.アリア、「すぐにわかるさ」。
「そして、ロザリアに、エルマンノを助けるための、
次の一手をすでに打ってあることを明かす。」

このアリアでも、さっそく拍手が起こっているが、
オーケストラの微笑むような伴奏の上に、
テノールが、機知に富んだ歌を歌い上げる。
ここでも特筆すべきは、オーケストラの活躍で、
歌そのものは、それほど華麗なものではない。

Track3.レチタティーボ、
「彼が向こうからやって来るぞ」。
ここでの登場人物は、フロンティーノ、ロザリア、
ブラリッキオ、エルネスティーナである。

二組のカップルがいて、一方は三角関係になっているのが、
シューベルトの「フィエラブラス」と同じであるが、
ややこしい父親がいるのも同様だった。

また、三角関係を何とか解決しようというのが、
今回の主たるテーマであるが、
これは、ロッシーニが「結婚手形」で扱ったのと同じテーマである。

この時期のオペラは、高度に様式化されて、
似たような話は数限りなく作られていたようだ。
だから、そんな枠組の中で新奇性を出そうとすると、
下記のような突拍子もない話にするしかなくなる。

「偽の手紙をブラリッキオの手に渡るようにして、
頭の回転の速い召使いは、
エルネスティーナは、実は、ガンベロットの息子、
エルネストであって、若い頃に去勢されていて、
今や、歌手として有望であること、
兵役を逃れるために、女性の服装を着ているのだと、
信じこませる。」

こうした、騙すとか騙されるとかといった、
スリリングな駆け引きもシューベルトの世界からは遠い。

Track4.二重唱、
「どうぞお出でください、わたしの近くに」と、
「どうする?どうする?」と問いかけるような、
明るいオーケストラに乗って、
歌い出すのは、エルネスティーナである。

このような性転換女性の言葉に対して、
婚約者であるはずのブラリッキオの声は震えている。

「うろたえたブラリッキオは、
エルネスティーナと顔をつきあわせ、
結局、約束を受け入れさせられるが、
改めて、その娘に男性的な特徴があるのを見付けてぞっとする。」

Track5.レチタティーボ、
「なんという悪党だ!どう見たって」と歌うのは、
ブラリッキオである。
「この侮辱の仕返しのため、彼は、
軍司令官に、兵役逃れを告発しに行く。」

ようやく、この劇のタイトル通りの、
「ひどい誤解」となった。

が、この誤解は、その後、どうなったかは、
しばらく分からない。

Track6.レチタティーボとアリア、
「僕はほったらかしか?絶望したまま」は、
話変わって、エルマンノの方。

「その間、エルマンノは、ガンベロットが、
家から追い出した無礼への不満を述べている。
が、家庭教師としての地位に、
無事、戻れれば結婚も不可能ではないと、
気を取り直す。
彼はひとり、絶望をぶちまける。」

このような失恋の歌は、
ドイツ・ロマン派が得意とするものであるが、
そうした心情吐露の深さとは別次元だ。

ロッシーニは、愛情に満ちた序奏と、
急速なパッセージを使って状況を描写、
その後、勇ましい部分、物思いに耽る部分を続け、
描写的な音楽として取り扱っている。
5分40秒にわたる熱唱に、拍手がわき起こる。

Track7.レチタティーボ、
「見てロザリア。彼は逃げてしまったわ。」
これは当然、エルネスティーナの言葉。

「彼が行ってしまうのを見て、
エルネスティーナは、ロザリオを遣わせ、
エルマンノを彼女の前に連れて来させる。」

Track8.五重唱、
「甘き希望よ、ああ、降りてきてください。」
会話は、湿っぽい響きから始まり、
これまでになく、ますます、
デリケートで親密なものになっていく。」
とあるように、最初は、
エルネスティーナとエルマンノが、
しっとりと二重唱に酔っている。

が、邪魔者の声が聞こえ始める。
「すぐに、ガンベロットとブラリッキオに邪魔される。
前者は、娘に対する侮辱に怒り、
後者は、競争を降りたいと思っており、
すぐに仕返しが出来ることを期待している。」

彼等の音楽は、簡素なオーケストラのリズムの上に、
ぽつり、ぽつりと、呟かれるような感じのもの。
それに次第にエルネスティーナなどが重なって、
対位法的な立体感を示す。
最後に、だんだんヤバい雰囲気。

軍隊の登場が、明るい行進曲で表される。

合唱も参加して、「ひどい誤解」は、
大問題に発展してしまっている。
というか、こうした大問題にするために、
この台本は、性転換という、飛び道具を使ったという感じ。

彼等の混乱の五重唱が、めまぐるしくなって、
前にも出て来た早口言葉の応酬で、
とんでもない状況が強調される。

観客は興奮して、ブラヴォーが聞こえて来る。

これは芸術というより芸能とか軽業、
「英雄」も「ロマン」もお呼びでない。

Track9.レチタティーボ、
「女主人は逮捕されたのか?」
「事実、軍の兵士たちが、すぐに到着し、
何の釈明も求めずにエルネスティーナを逮捕してしまう。
彼等が行ってしまうと、
フロンティーノは、彼の立てた計画が、
思いもよらず、
エルマンノとエルネスティーナを傷つけて終わったと、
ロザリアに嘆く。

Track10.アリア、「私のパラスの子孫が」は、
ガンベロット氏によるもの。
「ガンベロット氏は、未来の妻に対し、
非礼であったと、ブラリッキオを罵る。」

罵るにしても、ロッシーニの音楽は軽快である。
じゃっじゃじゃっじゃ、じゃっじゃじゃっじゃ、
ちゃららら、ちゃらららと流れる伴奏の上を、
何だかまくし立てているだけで、少し真実味がない。

Track11.レチタティーボ、
「もしも、私が不確かでも。」
「エルネスティーナは牢屋にいて、
本がないことと、逮捕された理由が分からないことで、
悲しんでいる。」

Track12.カヴァティーナ、「愛情のこもった情熱の」は、
エルマンノによる歌。
何で、いきなりエルマンノが現れたかというと、
これは、「フィデリオ」や「フィエラブラス」と同じ理由。

「エルネスティーナは、
彼女を変奏させて救出しようとして、
兵士の服を着た、エルマンノの腕に抱かれる。」

定石通りのピッチカート伴奏に乗って、
フルートの序奏を伴って歌われるもので、
非常にナイーブである。

劇的な事が起こっているのに、
こともなげに歌われていて、
このあたりはちょっと迫力不足である。

Track13.シェーナとロンド、
「危険は去った・・もしもお前に幸せが戻ったら」は、
エルネスティーナと合唱で歌われる。

「桁外れの行動によって、兵士の中に紛れ、
最終的に彼女は自由になる。」

これは、7分に及ぶ、大シェーナで、
エルネスティーナは英雄的な声を響き渡らせる。
ベル・カント風の装飾を散りばめた壮麗な始まりで、
オーケストラが急展開すると、
兵士たちの合唱も勇ましく唱和し、
エルネスティーナの歌はさらに輝かしく響く。
小太鼓が勇壮にかき鳴らされ、
シンバルがじゃーんと鳴る。
完全に英雄オペラに対する挑戦みたいな音楽である。

本の虫であった貴族かぶれの娘が、
その妄想の力を最大限に発揮して、
みごとに締めくくり近くの盛り上げの大役を果たしている。

こんな感じで、ピンチをこともなげにすり抜けるあたり、
変な娘の面目躍如としたものを感じる。

聴衆は大喜びで、大喝采、足踏み、ブラヴォーが収録されている。

Track14.レチタティーボ、
「あなたは悪いことをしました」は、
フロンティーノが、元婚約者のブラリッキオに、
つめよるシーン。

「エピローグは、ガンベロット氏の家の中で、
フロンティーノが、ブラリッキオを密告者だと非難し、
怒り狂ったガンベロットに見付けられる前に、
出来るだけ早く出て行った方が良いと忠告する。」

Track15.フィナーレ、
「逃げてしまおう、それが一番の方策だ」は、
もちろん、ブラリッキオの言葉である。

フロンティーノとの二重唱に、
さまざまな声が絡んで来る。

非常に魅惑的な音楽で、
オーケストラのリズムが脈動し、
血が通ったメロディが、豊かさを盛り上げて行く。
合唱が豊かな響きと、独唱者たちの声の饗宴も心浮き立つ。

「ちょうど、ブラリッキオが、
真実を知らないと馬鹿にしていた救出者と、
エルネスティーナが共に戻って来る。
いかにも襲いかかりそうなこの家の主が、
すべてを明らかにしようと、
棍棒で武装した農民たちと入って来る。
ここには浮かれ騒ぎと狼狽がごっちゃになっている。
フロンティーノは、善意でやったことだと言い訳し、
エルマンノは遂にエルネスティーナへの愛をガンベロット氏に告げる。
それは許され、ブラリッキオは新しい妻を探すことにして、
全員が幸福と満足して大団円を迎える。」

得られた事:「ロッシーニの『ひどい誤解』は、キャラクターの配置や出来事も、英雄オペラのアンチテーゼのような救出オペラであった。」
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by franz310 | 2011-05-14 10:44 | ロッシーニ
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