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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その263

b0083728_014952.jpg個人的経験:
「アルフォンソとエストレッラ」は、
中期のシューベルトが到達した、
最高ポイントかもしれない。
1821年から2年という時期、
「弦楽四重奏断章」、「ラザロ」(1820)、
「未完成交響曲」(1822)をはじめ、
数々のトルソを残しているが、
この作品は立派に完成され、
さらに作曲家自身も自信を持って、
これを晩年まで売り込もうと
していたのである。


このあたりの経緯は、上手い具合に、
今回のCD解説にも詳しいが、
これはオペラそのものの録音ではない。

1956年、ハノーヴァー生まれの、
オーボエ奏者、ピアノ伴奏者、舞台音楽作曲家、
特に名編曲家として知られる、
N.タークマン(Tarkmann)が、
このオペラを管楽合奏用に編曲したという代物である。

この人の仕事は、「コシ」や、「ドン・ジョヴァンニ」から、
「展覧会の絵」や「ロメオとジュリエット」に到るというから、
別にシューベルティアンではないのかもしれない。

が、逆に言うと、シューベルト愛好家ではなくとも、
編曲したくなる、
上記、傑作と知られる作品と並ぶ名品として、
この作品が選ばれたと考えると、非常に喜ばしい。

確かに、この作品につぎ込まれた、
泉のような楽想の数々には、
賛嘆を惜しむことは出来ない。

が、逆に、あまりにも沢山用意された、
こうしたメロディーの数々によって、
リストなどは、劇音楽としてのドラマ性が欠如した、
などと考えたようである。
それについても、このCDの解説には、
記載があって参考になる。

この独CPOレーベルのCD、
残念ながらオペラの全曲ではないが、
序曲以下、18のナンバーを収めており、
聴いていると、次々と、懐かしい情景が、
眼に浮かぶような感じである。

ただし、今回、私は、このオペラを、
かなり聞き込んだがゆえに、
そう思うだけかもしれない。

実際、これを見つけて買って来てから、
かなりの年月が経っており、
買って来た当初は、
それほどありがたいものとも思っていなかった。
録音は1998年とある。

とはいえ、このCD、表紙の絵画から魅惑的で、
ついつい手に取ってみたくなる素敵な商品だと思う。
このオペラの舞台はスペインだから、
という事であろう、スペイン風の絵画である。

いかにも南欧の乾いた空気を感じさせる空、
そして明るい日の光に照らし出された建物。
エキゾチックな風情である。

きらびやかで豪華な飾りを付けた馬に乗って
颯爽と道行くアベックが、
アルフォンソとエストレッラだ、
と言われたら、納得してしまいそうになる。
民衆が集い、敬意を表されている様子も、
この若い二人にはふさわしい。

女性の気品のある表情も、
いかにもエストレッラを彷彿とさせ、
馬上の男性も、おそらく、アルフォンソのように、
ある時は悩み、ある時は勇気を出して戦いそうな、
優しげなまなざしのちょび髭である。

女性の馬の赤い装飾や、女性のスカートの黄色が、
とても心地よく、眼に飛び込んでくる。

が、このオペラは、中世のスペインを舞台にしていて、
こうした風俗は、まったく嘘っぱちなのである。

実際、このカバーデザインは、
Manuel Barron y Carrillo作と書かれ、
題名は「セビリャの祭」とある。
むろん、アルフォンソの舞台は、
北部スペインのレオンであって、
南のセビリャではない。

が、これまで見てきた、
アルフォンソとエストレッラのCDやDVDの中では、
今回の美しい絵画が、最も満足のいくものだ。
このスペインの画家は、
1814年生まれ(1884年没)とあるから、
シューベルトの同時代人には違いない。
こうした感じの絵画によって、
シューベルトがスペインに想いを馳せた可能性はあるだろう。

そうした意味で、この表紙は、
大嘘ながら、殊勲賞ものではなかろうか。
アルフォンソとエストレッラは、
こんな感じのアベックを、
ショーバーが想像して台本を書きました、
と言っても、通用するのではなかろうか。
エストレッラは、父が窮地に立った時、
私も戦場に赴くわ、と歌うような人であるし、
このように、きりりとした表情を持っていたはずである。

演奏はLinos-Ensembleで、
この団体は、ブルックナーやマーラーの交響曲を、
室内合奏編成で演奏して、日本でも知られた団体である。
今回のCDでは、ハルモニームジークとあるように、
オーボエ、クラリネット、ホルン、バスーンが各2、
それにコントラバスにて、この大オペラを演奏している。

解説は、Klaus Gehrkeという人が書いている。

「ある午後、私はマイヤーホーファーと共に、
シューベルトが父親と住んでいた、
ヒンメルプフォルトグラントを訪ねた。
シューベルトは頬を紅潮させながら、
本を持って『魔王』を朗読していた。
彼は、本を手に、何度も行ったり来たりしていたが、
やおら、席について、誰にも出来ない速さで、
素晴らしいバラードを書き上げた。
シューベルトはピアノを持っていなかったので、
学校まで走って行き、そこで『魔王』は歌われ、
その夜のうちに熱狂的に受け入れられた。』
これは、シューベルトの死後、
ヨーゼフ・フォン・シュパウンが、
1814年に『魔王』が作曲された時の事を、
思い出して書いたものだ。
17歳のシューベルトは、教員としての修行を始めたばかりで、
同時に大量の作曲を始めていた。
この年、彼が書いた作品では、
ゲーテの詩『糸を紡ぐグレートヒェン』、
『魔王』に付曲したものは、
現在に到るまで、
彼の最も人気のあるものに数えられる2曲である。
それに引き替え、彼が1814年の秋、
助教員の資格を得て1週間後に完成された、
アウグスト・フォン・コッツェブーのテキストによる、
彼のオペラ第1作『悪魔の悦楽城』は、
まだ、よく知られていない。
1815年から23年に書かれた、
その他の12曲も、それほど違いはない。
1820年の夏、『双子の兄弟』、『魔法の竪琴』が、
ケルントナートーア劇場で舞台にかけられ、
1823年の終わりに、
やはりそこで『ロザムンデ』が初演され、
たった3曲のみがその生前に演奏されている。
これらの作品にしても8回以上は演奏されておらず、
『ロザムンデ』は2回で打ち切られた。
1820年までのシューベルトの舞台作品が、
むしろ、ジングシュピールのスタイルで、
ジーモン・メイヤーやサリエーリに似ていたのに対し、
この時期以降の4作品、
『アルフォンソとエストレッラ』、『家庭争議』、
『フィエラブラス』、それから、『ロザムンデ』は、
音楽劇から一線を画した特徴を有している。
シューベルトは、『フィエラブラス』と、
『アルフォンソ』を『ロマン的オペラ』と呼んでおり、
特に後者を、他のどの舞台作品よりも高く評価していた。
3幕のオペラ、『アルフォンソとエストレッラ』の
シューベルトの最初のプランは、
1821年の初夏まで遡る。
この台本のために、フランツ・フォン・ショーバーは、
中世初期の、スペイン=オーストリアの王室の
歴史的人物を持って来たが、
虚構の世界の出来事である。
オペラの具体的な計画は、
1821年8月の初めの、
シューベルトとショーバーの二人旅の間に、
具体化していった。
台本と音楽は、少しずつ生み出され、
シューベルトが追いつかないよう、
ショーバーは急いで筆を進める必要があった。
彼等は、共通の友人、ヨーゼフ・フォン・シュパウンに、
『オクセンブルクの素晴らしい景観の中、
ザンクト・ペルテンの社交界やコンサートで、
とても忙しいが、それにも関わらず、
沢山の仕事をしている。
特にシューベルトは、もう二幕も書き上げ、
僕は三幕に没頭中だ。
君もここにいて、
作曲された素晴らしい曲を聴けばいいのにと思う』
と書き送っている。
『彼が、豊かで、きらきらしたアイデアをわき出させるのは、
何と素晴らしいことだろう。
夜になると、我々は、毎日をどう過ごすべきかと論議する。
そしてビールを持って来させ、
パイプをくゆらせて、読書したりする。』
シューベルト自身の年表によると、
このオペラの作曲を9月20日に始め、
翌年の2月27日に書き上げている。
それから、彼はどうやら、序曲を書き始めたらしい。」

この序曲の中に、何故、
劇中の音楽が使われていないのか、
私は不思議に思っていたが、
序曲は、オペラが書かれてから書かれたとあり、
ますますもって理解不能という感じである。

「それは、彼には、かなりイケてる作品に見えたようで、
彼はこれを『ロザムンデ』の序曲として使うことに決め、
『アルフォンソとエストレッラ』のためには、
さらに別の序曲を書こうと計画した。」

シューベルトは、この序曲を、
ピアノ曲にも編曲しているらしい。

「ロザムンデの一部として、
聴衆の好みに合っていたのだが、
結局、彼は当初のプランに戻した。
この作品がオペラとして完成される前から、
彼はヴィーンでの上演のアレンジを試みたが、
1822年の12月には、
彼の望みは潰えている。
彼は、シュパウンに、
『このオペラはヴィーンでの見込みはありません。
私は、それを返してくれと言って、受け取りました。
フォーグルもまた、本当に劇場から手を引いてしまいました。
私は、これを、ウェーバーが手紙をくれたドレスデンか、
ベルリンにすぐ送るつもりです。』
ウェーバーがドレスデンでの上演を取りやめた後、
シューベルトは、『アルフォンソとエストレッラ』を、
ベルリンの歌手、アンナ・ミルダー=ハウプトマンに送った。
彼女は、彼の舞台作品の事を聴いていたが、
このオペラは、彼女の気に入られることはなかった。
『あなたのオペラの一つを上演できれば、と思います。
ただ、それは、私の個性に合ったもので、
女王か母親か、農婦のような役のものがあればいいでしょう。
何か新しいものを書いて下さい。』
仮に彼女がこれを受け入れていたとして、
悲劇的大オペラや、
フランスのコミック・オペラが好まれていた、
ベルリンの嗜好には合わなかったことだろう。
シューベルトに到来した最後のチャンスは、
彼の死のほぼ一年前、
1827年の9月に来た。
彼がグラーツの音楽監督の前で、
『アルフォンソとエストレッラ』の一部を弾いてみせたところ、
いくつかの意見はあったが、
非常に強い印象を与えることが出来た。
しかし、それも実際の上演に到ることはなかった。
シューベルトの死後20年、
彼の兄のフェルディナントは、
リストがこれを上演できるように依頼した。
1854年、リストはこれをワイマールで初演したが、
ヴァーグナーの楽劇の影響下、冷淡に受け止められ、
上演後、リスト自身がこの作品を記事に書いている。
『このオペラは、ジングシュピールの感覚で書かれており、
単純できれいで、すっかりメロディで埋め尽くされた、
声楽作品である。
シューベルトの叙情の痕跡に満たされ、
むしろ、彼の最高の歌曲集に位置づけられるものだ。
聴衆は、しばしば、シューベルトお気に入りの、
間や休止や形式的な要素に出会う。
しかし、彼の舞台経験の欠如と、
ドラマに対する理解のなさが常に露呈される。
その交響的な特長を持ってしても、
この欠点を埋め合わせるには至っていない。』
このオペラの失敗は、特に、
ショーバーの台本の弱さに責任がある。
続く年月、多くの作曲家が、このオペラを改訂し、
1880年のフックスの新版は、とりわけ成功を治めた。
フックスは台本の言葉を変更、
いくつかのナンバーの順番を変えた。
彼は新しいナンバーを作曲し、接続部を追加した。
カールスルーエでは、このバージョンがレパートリーに含まれ、
多くのドイツの都市が、これに倣った。
1884年になって、しかし、
ハンスリックの批判が、この成功を止めてしまった。
ヴィーンでのこの版の初演時、
彼は、特に3つの欠点を上げている。
彼によると、リブレットは、
『シューベルトの音楽にとって、むしろ邪魔』で、
それ自身、
『多くの場合、歌曲のスタイルで書かれていて劇的ではない』。
また、最後に、『テキストと音楽がちぐはぐである』とある。
こうした彼の批判の中にあって、何よりも、
シューベルトは、『特別な劇作家になるには、
限られた方策しか持っておらず、
素晴らしい個別化の才能がありながら』、
彼の舞台作品が受容されるために、それが、
重要な影響を与えていないということであった。」

ハンスリックは、
ブルックナーをいじめたことで有名だが、
既に故人となって久しいシューベルトに対しても、
あまり読んでいて楽しくない仕打ちをしたようである。

しかし、言っている事は分からなくはない。
各曲はそれぞれ、素晴らしい完成度を誇っているが、
ねばねばとした統一感や、終曲に向かっての推進力がない、
ということであろう。

しかし、どんなオペラでも、
同じような作られ方がされるべきだろうか。

歴史上有名な音楽家や批評家が、
よちよち歩きにまでなった段階で、
寄ってたかって足払いをしていくような残酷さがある。

「『アルフォンソとエストレッラ』は、
再び、約70年もオペラハウスから姿を消した。
1958年、クルト・ホノルカは、
『アルフォンソとエストレッラ』のアクションと、
同様の要素が沢山あることから、
シェイクスピアの『テンペスト』による、
二幕のオペラ、『魔法の島』を作るのに、音楽を利用した。
最初のオリジナル上演は、1977年、
英国のリーディング大学でのもので、
1991年には、シューベルトが虚しい努力をしたグラーツでも、
それから164年経過して、当地の劇場が、
オリジナルのオペラ上演を行った。」

このCD、序曲から、
9つの楽器だけで演奏されているが、
そこそこ迫力があり、
Track2の村人の合唱、
Track3のフロイラの朝のアリアなど、
いかにも高地の情景を思わせるひなびた響きを、
木管楽器たちがうまく描いている。
特に、フロイラのアリアが、ホルンで描かれる様は、
非常に雄大な、広がりのある印象を与える。

Track4は、フロイラと息子アルフォンソの、
憂いに満ちたデュエットであるが、
これもまた、クラリネットのロマンティックな響きが、
うまく調和している。
(第3曲の合唱は省略された。)

また、エストレッラの登場シーンの合唱は省略され、
いきなり悪役、アドルフォのアリアが、
Track5で登場する。
ロマンティックな憂いに満ちた曲から、
鋭い対比をなして、音楽的には効果的である。

ただし、オペラを愛するものとしては、
エストレッラなしで、このアリアが始まるのは、
少々、不自然である。
何故なら、アドルフォは、
エストレッラが欲しくてたまらん、
という存在だからである。
この粗暴なアリアも、戦場で自分を支えたのは、
エストレッラの幻であったからだ、
と荒々しくぶしつけに歌われるものだ。

Track6では、そのかわり、
エストレッラが狩りに出かける、
第1幕のフィナーレが力強く鳴り響く。
ここで、エストレッラ登場時の、
女性合唱のメロディが再現されるので、
くどくなるのを防ごうとした措置であろう。
この終曲の前に、アドルフォは、
姫を寄越せと執拗に言い寄るが、
それも、この編曲では取り上げられていない。

また、第2幕の始まりを告げる、
印象的なフロイラのアリアがなく、
Track7では、早急にも、
主人公たちのデュエットになっているのは、
いかがなものか。

クラリネットの響きが、
夕暮れ時のロマンティックな情感を描いて美しいとはいえ、
まるで、何の前触れもなく、
いちゃついているような塩梅ではないか。

Track8は、その後のエストレッラのアリアで、
彼女は完全に舞い上がっているし、
Track9では、別れを惜しむ二人のデュエットで、
この曲の中心部の長大な仲良しシーンは、
そこそこ重視されている。
セレナードを思わせる、ハルモニームジークならではの、
やるせない情感が生きている。

が、このオペラの重要な小道具である、
オイリヒの鎖のシーンはない。

Track10では、このような愛の場面を、
ぶちこわすような不気味で不安な音楽。
兵士たちが集まって、アドルフォの謀反画策の場面である。
Track11では、アドルフォが一席ぶつ、
敵は本能寺にありのシーンである。

エストレッラの父、マウリガートが、
行方不明の娘を心配するシーンはなく、
Track12では、エストレッラが、
狩りで彷徨い入った山の中での思い出を歌う。
こういったしみじみした情感も良いが、
Track13の第3幕の始めの
戦闘シーンような、荒々しい描写も、
この編成で、うまく表現している。

第2幕の最後、アドルフォ謀反の報に、
マウリガートがうろたえるシーンはなし。

Track14は、村人たちが逃げ惑うシーンで、
若い男女のデュエットが、オーボエで描かれる。

Track15は、マウリガートが歌う、
絶望的、悲痛なアリアで、非常に印象的なもの。
このアリアの深々とした悲劇性の後、
Track16のフロイラとの和解の二重唱。
ホルンによる敬虔な響きも素晴らしい。
晴れやかな日の光が差し込んで来るような、
陰影の効果も素晴らしい。

Track17、18は、フィナーレを形成する部分で、
勝利の凱旋の行進と、大団円を祝福するアンサンブルが、
壮大に鳴り響く。
野外音楽に適したハルモニームジークならではの、
爽快な解放感が生きている。
このオペラの壮大な構想を象徴する部分は、
コンパクトながら、しっかり収められている感じだ。

このように、このCDは、
シューベルトが書いたオペラの個々のナンバーを、
いくつかに分割したりしながら、
うまくメリハリをつけてダイジェストにしている。

ただし、劇の進行上、重要なエストレッラ登場のシーンや、
アルフォンソと彼女の出会いのシーン、
さらに、アルフォンソがエストレッラを救出するシーンなどは、
残念ながら聴くことが出来ない。

また、劇の進行上、あまり重要ではなくとも、
このオペラの顔のような、「雲の乙女のバラード」や、
エストレッラの日々の虚しさのアリアなども、
何故か、ここでは編曲の対象から外された。

が、これはすごい事であろう。
ベッリーニの「ノルマ」から、「清き女神」を取り除いて、
それでも、「ノルマ」として、聴衆は受け入れるであろうか。

このように、このCDによって、
オペラ全曲盤が代用できるものではないが、
爽やかな音色で、気楽にオペラを追体験するには、
適当なものとなっている。

このレーベルへの期待に応えて録音も良いが、
こうした企画が生まれたこと自体が、
冒頭に書いたように、何よりも喜ばしい。

「ロザムンデ」などは、歌付きでない楽曲が多く、
かえって得をしているのではないだろうか。
「アルフォンソ」の音楽は、多くが、歌詞に縛られて、
そこにどんな音楽が付けられているかを吟味する前に、
劇的にどうだこうだと批判にさらされている。
「ロザムンデ」などは、あちこちちょん切って、
様々な楽器にも編曲されて、愛好されているうちに、
全曲版で聴かれるのが普通になってきているのだが。

オペラの場合、そうやって親しまれているものは、
無数にあるではないか。
そうでないと、アリア集などのレコードやCDは、
成り立たなくなってしまうはずだ。

「アルフォンソ」の音楽は、そうした楽しまれ方が、
充分には、なされないまま来てしまった。

得られた事:「『アルフォンソとエストレッラ』は、全編が独立して楽しめるメロディの洪水のような作品で、小編成にしても楽しむことが可能。」
by franz310 | 2011-02-06 00:15 | シューベルト
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