excitemusic

クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
ICELANDia
カテゴリ
以前の記事
2018年 05月
2018年 03月
2017年 10月
2017年 08月
2017年 05月
2017年 01月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 09月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
フォロー中のブログ
メモ帳
最新のトラックバック
http://venus..
from http://venuspo..
http://while..
from http://whileli..
http://while..
from http://whileli..
http://www.v..
from http://www.val..
バッハが人類に残したメッ..
from dezire_photo &..
ミュージカルかファンタジ..
from dezire_photo &..
バッハが『ロ短調ミサ曲』..
from dezire_photo &..
ルター派のプロテスタント..
from dezire_photo &..
ダンテの『神曲』 ”地獄..
from dezire_photo &..
バッハとヘンデルの音楽性..
from dezire_photo &..
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その262

b0083728_21413936.jpg個人的経験:
シューベルトのオペラ、
「アルフォンソとエストレッラ」には、
もう一種、入手できるDVDがあった。
これは1997年のシューベルト・イヤーに、
NHKでも放映されたもののようで、
DVDのパッケージの裏面には、
アンデアウィーン劇場で、
1997年の5月に上演されたものを、
ヴィーン音楽週間、チューリヒオペラ、
オーストリア放送、
NHKとで共同制作したものとある。

その割には、ナクソスのレーベル名があり、
ディスクはカナダ製で、
印刷はアメリカで、
字幕に日本語はない。


「オールスターキャストで、
世界的に有名な合唱団とオーケストラが、
有名なニコラウス・アーノンクールの指揮で、
めったに演奏されないシューベルトのオペラを、
彼の生誕200年に演奏したもの」
と、これでもかこれでもか、
と宣伝文句が並んでいる。

おそらく、放送用に撮られ、
そのままお蔵入りになりそうだったのを、
2009年になって、ようやく発売されたもの。
ナクソス様々である。

「この分野での経験の浅さにも関わらず、
シューベルトは、痛切に美しい音楽を付けており、
オーケストラの色彩の繊細さ、
強烈な声のラインは特筆すべきである。
二度にわたるエミー賞を始め、
多くの貴重な賞を受賞したブライアン・ラージが、
歴史的ヴィーン芸術祭における、
このシューベルト最大の野心作を監督している」
とあり、ものすごく興味がかき立てられる。

しかし、このDVD、表紙を見た限りでは、
あまり触手が動くものではない。
陰気な雰囲気の中、不審な人物がよりあって、
何だか悪巧みしているように見える。

これまで、アルフォンソに親しんで来た人には、
すぐ分かるだろうが、これは、
最後に、アルフォンソとエストレッラが、
めでたく結ばれるシーンである。
彼等を囲んで、二人の父、フロイラとマウレガートがいる。
とても、国王とは見えず、マフィアの親分みたいだが、
実際、そんな感じの演出になっているのだから仕方がない。

最後の大団円がこんなしょぼさなら、
もう見たくない、という人がいてもおかしくはない。

しかし、このフロイラにはトーマス・ハンプソン、
マウレガートには、オラフ・べーアを当てたという、
すごい布陣である。
スウィトナー盤が、フィッシャー=ディースカウと、
ヘルマン・プライを当てたのに近い気迫を感じさせる。

しかし、若い二人を歌うウォトリッチと、
オルゴナゾヴァという人は、
実は、私は知らなかった。
オペラを鑑賞して分かるが、
ウォトリッチは、若々しいが、
オルゴナゾヴァは年配に見える。
これは残念無念だが、女性に怒られそうなので、
これ以上は書かない。

ウィキペディアには、このソプラノは、
1961年、スロヴァキア生まれとあるから、
36歳の時の録音である。
ナクソスからは多くの録音が出ている。
そのおかげで、このDVDがお蔵入りを免れたのであろうか。

アルフォンソ役のウォトリッチは、
1963年生まれのドイツ人らしいが、
オルゴナゾヴァより2つ若いだけだった。

ついでにアロンゾ役のムフを見ると、
1949年生まれ。

55年生まれのアメリカのハンプソン、
57年生まれのドイツ期待の新星だった、
オラフ・ベーアよりベテランで、
すごい存在感で歌っている。
軍服を着て、完全に軍国主義国家の主席並。

オペラの中で、ハンプトンは、
威厳ある王をうまく演じている。
ベーアは、簒奪者であるから、
黒めがねをかけて、いかにも悪者風である。
鉄砲を持った親衛隊がいたり、
土嚢が積まれていたりして、
幾分、殺伐としており、
キューバあたりの独裁体制を具現したような演出になっている。

解説は、リチャード・ローレンスという人が書いている。

「19世紀の最初の40年に作曲された
ドイツ・オペラには、今日、あまり触れる機会はない。
ベートーヴェンの『フィデリオ』(1814)と、
ウェーバーの『魔弾の射手』(1821)以外は、
空白の時期である。
事実、多くの音楽愛好家たちは、他の作曲家同様、
シュポア、メンデルスゾーン、シューマンらが、
オペラを作曲したことを全く知らないかもしれない。
フランツ・シューベルトもまた、
そうした作曲家に数えられる。
彼は、その最初のオペラを14歳で書き、
翌年、モーツァルトの『魔笛』を見て、
1814年には、『フィデリオ』の最終バージョンを見て、
その7年後には、『魔弾の射手』のヴィーン初演を見ている。
彼は、師のサリエーリからオペラの作曲を学び、
サリエーリの師であるグルックのオペラを学んだ。
おそらく、モーツァルトの『フィガロ』や、
『ドン・ジョヴァンニ』をも鑑賞している。
要するに、彼はオペラの世界に心から親しみ、
引きつけられていたのである。」

「最初のオペラ作曲の努力は、
1812年頃からなされており、
それから1820年までの間に、
十曲以上を書いている。」

そんなにあったかな、
と数えてみると、1811年の作とされる、
「鏡の騎士」は数えないとすると、
1.「悪魔の別荘」、2.「アドラスト」(未完)、
3.「四年間の歩哨勤務」、4.「フェルナンド」、
5.「クラウディーネ」(後半消失)、
6.「サマランカの友人たち」、
7.「人質」(未完)、8.「双子の兄弟」、
9.「魔法の竪琴」、10.「シャクンタラ」(未完)
あたりが数えられる。

「いくつかは完成されることはなく、
一部分だけが残っているものもある。
多くはジングシュピールで、
これはいわば、レチタティーボではなく、
いわば、語られる対話付きのオペラである。
唯一、生前に公演があったのは、
一幕のジングシュピール『双子の兄弟』だけであり、
1820年の初夏に6回演奏された。
これは帝室オペラ座である
ケルントナートーア劇場から委嘱されたもので、
ミヒャエル・フォーグルの周旋によるものだった。
(フォーグルは、アルフォンソの成立には関与してなさそうだが、
シューベルトの歌曲を広め、作曲家の友人であり続けた。)」

このフレーズ、いったい、何を言っているのか、
ちょっと分からないが、読み進めて行くと、
分かるように、
シューベルトの後見人のようなフォーグルは、
何も知らされずに作曲が行われたことについて、
面白くない感情を持っていたということか。

「シューベルトはしかし、
本格的なオペラで評判を取りたかった。
1821年の秋、彼は友人のショーバーと、
休みをとってヴィーンを去った。
ショーバーがリブレットを書いた、
『アルフォンソとエストレッラ』を計画して。
信じがたい事に、シューベルトは、
ショーバーがまだ書いている途中から、
シューベルトは曲を付け始めた。
おそらく、劇場経験もない素人詩人のショーバーが、
どのようにドラマを形成するつもりであったかを知らずに、
シューベルトは早まって突撃を始めた。
もちろん、すべては計画済みであり、
先に合意済みで
結果として、どちらもいかなる修正の必要性も、
認めなかったということは、あり得ない話である。」

という風に、若い友人たちは、
静かな場所で集中したかったと同時に、
他の人からのちゃちゃが入らないように、
秘密裏に計画を進めていた感じがなくもない。

「フォーグルの意見は時代遅れだから」などと、
ショーバーが言ったかもしれないし、
シューベルトが、フォーグルを驚かせてやろう、
などと、おちゃめな気持ちを持っていたのかもしれない。

実際、フォーグルが実演した「双子の兄弟」などは、
シューベルトにとっては、茶番劇のように思えたかもしれない。
自分は、もっと本格的なものを書けるのに、
と、不満を持っていたかもしれない。

シュパウンは、シューベルトがこのオペラの台本を、
気に入らなかったと明言し、
「大して興味を感じないままに書いてしまった」
と書いている。

ショーバーこそは、
フォーグルとシューベルトを結びつけた恩人だったので、
気安く、「あのおっさん、また、つまんないもん、
持ってくんじゃねーの」とか言った可能性もあろう。

「シューベルトは第1幕を、
ケルントナートーア劇場での
『魔弾の射手』に間に合うように、
ショーバーがヴィーンに帰ってから、
2週間後、10月16日に書き上げた。
この頃、劇場監督に任命された、
ドメニコ・バルバーヤが、
シューベルトやその他の作曲家を招き、
ドイツ・オペラを検討するので、
持って来るように持ちかけた。
『アルフォンソとエストレッラ』は、
1822年2月に完成され、時間通りに提出された。」

この話も、私は驚いた。
あまりにも、出来すぎた話ではなかろうか。
バルバーヤがドイツ・オペラを見たがるのを、
予測していたような動きではないか。
あるいは、ウェーバーが、21年の夏に、
「魔弾の射手」で当たりを取った事に、
両方、端を発しているのかもしれない。

さて、DVDの解説だが、このように続く。

「これは、しかし、おそらく、
フロイラの役を想定されていたであろう、
ミヒャエル・フォーグルによって拒絶された。
彼は、共鳴せず、その書法のまずさを指摘したに相違ない。」

これを読むと、
シューベルトがせっかく作ったフロイラの役を、
フォーグルが全く喜ばなかったように読める。
フロイラの役は、このオペラでは非常に重要で、
第1幕も第2幕も、彼の長大なアリアで始まるのだから、
シューベルトは、さぞかしがっかりしたことだろう。

台本を書くショーバーにも、
フォーグルが目立つようにと、
念を押していたはずである。

ようやく、このオペラが、
やたら、男声を要求した作品であることに、
合点が行った。

「その後、いろいろな場所で、
上演の試みがあったがすべて失敗した。
フォーグルのかつての弟子で、
『フィデリオ』で最初にレオノーレを歌った、
ソプラノのアンナ・ミルダー=ハウプトマンは、
ベルリンから、がっかりしたような手紙を書き、
ケルントナートーア劇場で演奏されて失敗した、
『オイリュアンテ』についての、
シューベルトの反論に立腹したと言われるウェーバーも、
ほとんど上演の努力はしてくれなかった。
『オイリュアンテ』を予告するような、
『アルフォンソとエストレッラ』は、
語られる対話のない通作オペラである。」

確かに、「魔弾の射手」などは、
時折、会話が差し挟まれて、
その部分は音楽空白部であるが、
「アルフォンソ」は常時、音楽が鳴り響いていて、
さながら長大な劇的交響曲のごとしである。
私は、今回、散々、この曲を聴いて、
すっかり、メロディが頭に入ってしまった感じがしている。

「舞台は8世紀のスペインで、
マウレガートに王権を簒奪された、
正統なレオンの王、フロイラと共に、
アルフォンソは住んでいる。
エストレッラはマウレガートの娘で、
アルフォンソと恋に落ちる。
エストレッラに拒絶されたアドルフォは反乱を起こすが、
アルフォンソに捉えられ、大団円で終わる。」

この何行かで集約されるあらすじは、
フロイラを、シューベルトの友人、
フォーグルと置き換えると、
フォーグルが王位を取り戻し、
息子のようなシューベルトに月桂冠を授ける物語、
などと考えることも出来る。

事実、アルフォンソがフロイラに不満を言うが、
それは、こんな感じである。
「あなたの厳格な命令で、
私は、この谷から出ることは出来ない。」

シューベルトは、フォーグルに、
「あなたの厳格な命令で、
私は、小さな作品しか書かせてもらえない」
と不満を持っていたかもしれないではないか。

あるいは、大オペラはまだ早い。
もっと、機が熟すのを待つのだ、
とフォーグルは言っていたのかもしれない。

その方針に異議を差し挟むオペラだとしたら、
フォーグルも賛成するわけはなかったのである。

そういえば、フォーグルは、
初対面のシューベルトに、
このように忠告していたと言われる。
「あなたは・・ぺてん師的なところがなさすぎます。
あなたの美しい想念を、叩いて広げようとはせずに、
浪費してしまっています。」

「この男の浪費癖が、また現れた」と、
フォーグルは、「アルフォンソ」の楽譜を見ながら、
呟いたりしただろうか。
しかし、それは、「双子の兄弟」などとは、
次元の異なる偉大な作品として結実している。

フォーグルは1768年生まれであるから、
この時、54歳。
ラテン語の小説を読むのを常としていたとされる、
この年配の教養人にとっては、
あまりに史実を無視した台本もまた、
怒りの対象になった可能性があろう。

さて、DVD解説の最後を読んでしまおう。
「シューベルトの死後、ずっと後の1854年、
フランツ・リストがこのオペラの改訂版を、
ワイマールで初演した。
リストの秘書はショーバーだった。
リストは、このオペラを高く評価してはおらず、
形式的に敬意を表しただけであった。
ドラマを緊密にするために、
ここで、アーノンクールも、
いくつかのナンバーをカットしていることを、
書き留めておくべきだろう。」

この解説を書いた人もまた、
あまり、このオペラに対して熱狂的な立場ではなさそうだ。

さて、このDVDであるが、
最近、引退表明をしているアーノンクールの、
エネルギッシュな指揮ぶりで、
序曲が溌剌と始まる。

Track2の村人たちの合唱、
さすが、シェーンベルク合唱団で、
非常に質が高い合唱のハーモニーが楽しめる。
カットを入れた、と解説にあるように、
2分くらいで終わる。

Track3で、ハンプトンが歌うアリア。
ハンプトンは背の高いイケメンなのに、
長髪白髪の老人で、チョッキを着ていて、
囚人のように見えなくもない。

これまた、朗々とした声に、ホルンが鳴り響き、
素晴らしいが、この人徳ある統治者が、
呑気に寝ているところから始まるのに、
少し、抵抗を感じる。

Track4で、再び合唱が現れるが、
村人が暗がりでフロイラを出迎え、
お祝いの飲み食いをしている。
村人は、スラブ風の民族衣装である。

Track5で、いよいよ、
タイトルロールのアルフォンソの、
悩みが打ち明けられる二重唱が聴かれる。
ウォトリッチのテノールは、きりりと張りがあって良い。

アルフォンソの出で立ちは、
ジャケットを着た現代の兄ちゃんである。
失業中の若者がハローワークに行くみたいである。

Track6で美しいアリアが聴かれるが、
ここでの遠くへの憧れの歌は、
ドイツリートの切実さの拡大増殖版で、
内省的であると同時に、
劇場的な広がりを見せる。

Track8の二重唱も、
二人のやりとりが勇ましく、
オーケストラの興奮も、
聴く者をわくわくさせる。

Track8では、
エストレッラサイドが描かれるが、
真っ赤なコートに身を包んだ女性たちが、
狩りの準備をしている。
ベーアは、盲目になったようで、黒めがね。
中央で偉そうにガウンを羽織って威張り腐っている。

Track9で、エストレッラに言い寄る
アドルフォが現れるが、ライフル銃を持ち、
長いだぶだぶのコートの下には、
肩からかけられた弾丸が光っている。
いかにも悪そうながさつなおっさんをうまく演じている。

Track10のデュエットでは、
エストレッラの声量が、このベテランのバスと、
うまく渡り合って、聴き応えがある。
青い背景の下には土嚢が見え、
いかにも殺伐とした、
エストレッラの境遇が描かれる。

Track11は、第1幕のフィナーレで、
今度は、アドルフォの兵隊たちの合唱である。
これから勇ましくムーア人を倒しに行くのである。
マウレガートのオラフ・ベーアは、
白い杖を突いて、ようやく声を出す。
さすがベーア、これまた良い声である。
アドルフォは葉巻をくゆらし、完全に闇社会の人みたい。
その時に流れるオーケストラの色彩のすごい移ろい。

長々と歌われる悩ましい歌声に、
合唱団の不気味な切迫感が波打つ。
エストレッラを寄越せというアドルフォに、
マウレガートもエストレッラも追い詰められる。

ついに、不思議な伴奏が風雲急を告げ、
マウレガートは、聖オイリヒの鎖という、
苦肉の策を切り出すが、
エストレッラの喜びの声は、冴え冴えと美しい。

Track12からの第2幕は、
一転して、黄昏の山頂といった感じで、
暮色に染まり、土嚢の向こうに山並が広がっている。
フロイラは、薬草か何かを取り分けている。

Track13での、
オーケストラの刻一刻と変わる表情は、
このオペラの聞き所の一つではなかろうか。
エストレッラとの出会いを予告して素晴らしい。

だんだん夜も更けて来て、
エストレッラが狩りの道具を持って、
彷徨い入って来る。
完全にナンパ師みたいに、アルフォンソが近づく。
最初はそうは思わなかったが、
このあたりの音楽には、シューベルトの愛情が、
たっぷり注がれているような感じがする。

木管の鳥の声が、期待に胸をふくらませて囀る。

Track14も、すっかり「水車屋」のナイーブさ。
シューベルト・ファンなら、このオペラは、
心から愛するべきであろう。

Track15のエストレッラの弾む声は、
CDで聴いていると唐突に聞こえていたが、
このDVDで見ていると、ごく自然。
シューベルト恐るべし。
何という感情の推移。
デュエットに発展し、
何だか明るい日差しが感じられる。
彼等は不安を感じながらも、
完全に信頼関係にあると見た。

Track16の悲しげな歌もしかり。
エストレッラの帰りたくない心が痛々しい。
切実である。
このあたり、私は、何度でも繰り返して聴きたい。

Track17も、いきなり勇ましくなり、
感情の起伏が激しいが、
若いカップルとはこういうものである、
という感じがする。初々しい。
ここで聖オイリヒの鎖が渡されるが、
悲しい気持ちのエストレッラを慰めるために、
アルフォンソが考えた最後の手段。
まさしく、これくらいの勢いで良い。

Track18からは、風雲急を告げ、
暗闇での反乱の計画が不気味である。
軍隊は皆、小銃を構えていて、
アドルフォは軍刀をかざして実に物騒である。
シューベルトは、ティンパニや金管で、
壮絶な効果を上げている。

この調子で書き続けていると、また、文字数オーバーになる。
ちょっと殺伐としているが、興味深い演出であるということ。
Track19で現れる王の親衛隊たちが、
老人ばかりで、まるで当てにならないというのも、
よく表現されている。
アドルフォ反乱の報に、右往左往するし、
マウレガートはひっくり返ってしまう。
エストレッラの勇気で、民衆も決起して、
素晴らしい迫力の合唱で第2幕は閉じられる。

第3幕では、逃げ回る民衆が描かれ、
焦土となった村はずれの橋が舞台になっている。
再度、言い寄るアドルフォに、エストレッラが、
本当に嫌そうな顔をして、迫真の演技である。
それにしても、何というメロディの宝庫。
アルフォンソの救出も、かっこいいが、
アドルフォがすぐに捕まるのがあっけない。

また、近衛兵たちが逃げまどうのを、
アルフォンソが止めるシーンもなかなか良い。
ホルンを吹くと、
それに答えて友軍が答えるのも泣ける。
しかし、フロイラの登場が間抜けな感じ。
もっと緊迫して、馬ででも飛ばして来て欲しい。

Track29の、真っ暗な橋を渡って来る、
盲目のマウレガートの孤独感も、妙に身につまされる。
躓いて杖を放してしまい哀れである。

ここからは、この前に聴いて、文字数オーバーだった部分に、
今回の感想を書き足して行く。
Trackナンバーは、TDKのDVDのもの。
()内が今回のものに対応。

Track33(Track30).
そこに、フロイラが現れ、
「もはや憎しみは消えている」、
「そなたも十分償ったであろう」
と和解が成立する。
音楽は、敬虔な感情に満ちて、恩寵をすら感じさせる。

イケメンのハンプトンが、ギャングのベーアに対し、
本当に優しそうな顔をして見せる。
杖を拾い上げて渡す演出も美しい。

スウィトナー盤は、ここで、フィッシャー=ディースカウと、
ヘルマン・プライという、二十世紀後半の誇る、
二大バリトンに二重唱を歌わせている。
私は、この素晴らしい和解のシーンに、
様々な思いが去来して、涙が出そうである。

サンツォーニョ盤でも、威厳のあるパネライの声に、
ボリエロの悔悟に満ちた声が唱和されて、
オーケストラもじわじわと盛り上がっている。

Track34(Track31).
フロイラはエストレッラを、
同盟の証として、前の王様に引き渡される。

この部分もまた、うねるようなオーケストラの色調に、
恐ろしい程の感動に襲われる。
大団円の前の小団円であるが、
三重唱が始まる時の、シューベルトの筆の冴え。

アーノンクール版では、次々に村人が集まって来る演出も良いが、
いくぶんあっさりしているかもしれない。

サンツォーニョは、最初、オーケストラをえぐるように響かせ、
そこからテンポを落として、じわじわと幸福な感情を広げていく。

Track35(Track32).
勇ましいラッパの音が遠くで聞こえ、
合唱による勝利の歌が響き渡る中、
全員が着席して、フロイラが王に戻ることを宣言する。
何と、牢から出て来たアドルフォまでが、
服従しているではないか。

ここまで大団円にする必要もなさそうだが、
ショーバーたちは、あえて、そうしたのである。

ここで、首飾りをくれたのがアルフォンソであることを、
エストレッラが告げると、
いかにもシューベルトらしい雄渾なメロディが響き、
アルフォンソに王位と、
エストレッラとの婚約という、
二つの成就がやって来る。

合唱にティンパニが打ち込まれ、
大団円の重唱が重なる。
「若き夫婦に幸あれ」という部分になると、
せっかく高まった緊張がいったん収まるが、
再度、オーケストラは白熱し、
クライマックスに到る。

アーノンクール盤では、兵士の投降に、
アルフォンソが、倒れ込んで戻って来て、
恐ろしい戦闘があったことを暗示していて良い。

スウィトナー盤では、エストレッラの声に誘われて、
二人の王、そしてアドルフォまでが恩寵を讃える。
マティスの声に導かれる合唱までの盛り上がりをかなり堪能できる。

アーノンクール盤では、さすがに、
これはリアリティがないとしたのか、
アドルフォは降参の旗を持っているだけである。
8分の曲が5分に縮められていて、
もっともっと聴きたい感じが残る。

サンツォーニョ盤は、ダンコの声にスケール感がないが、
これはこれで女性的な優しさも含めての大団円ということで、
納得が出来る。
得られた事:「シューベルトはフォーグルを想定して、このオペラを書き、それが仇となっている。」
[PR]
by franz310 | 2011-01-29 21:54 | シューベルト
<< 名曲・名盤との邂逅:1.シュー... 名曲・名盤との邂逅:1.シュー... >>