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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その261

b0083728_11503037.jpg個人的経験:
シューベルトの代表的オペラ、
「アルフォンソとエストレッラ」は、
リストが演奏会形式で演奏しており、
シューベルトの舞台作品の中では、
それなりに演奏歴のあるものだ。
従って、1978年に、
スウィトナーのような大家の棒で、
録音が行われるまで、
演奏がなされなかった、
というのも不自然な感じはしていた。


前回のスウィトナーのドイツ盤解説にも、
「20世紀になると、『アルフォンソとエストレッラ』は、
様々な放送局によって企画されたコンサートで、
時に部分的にではあれ、聴かれるようになり、
1977年と1991年には全曲が舞台にかけられた。」
と書かれていた。
全曲版以外はもっと頻繁に演奏されていたのであろうか。

はたして、というべきか、
1956年10月26日、ミラノでの録音とされる、
サンツォーニョ指揮による2枚組CDが、
galaというレーベルから出ていて、
唸ってしまった。全曲が演奏されている。

イタリア語歌唱というのも怪しすぎるので、一瞬、悩んだが、
フランス歌曲の録音で有名なシュザンヌ・ダンコが、
エストレッラを歌っているとあって、
購入を決めてしまった。

彼女は、私にとっては、
アンセルメとの共演で親しい感じがする。
アンセルメのLPは、私の学生時代に、
大量に廉価盤で出され、
いろいろフランス音楽、というか、
独墺系以外のレパートリーを勉強させてもらった。

このCDでは、この歌手を以下のように解説している。
「1911年1月22日、ブリュッセルで生まれた。
地元の音楽院で音楽の勉強を始め、
1936年、ヴィーンで賞を取り、
エーリヒ・クライバーのアドヴァイスを受けて、
プラハに移り、テノールのフェルナンド・カプリと、
仕事を共にした。
1940年、イタリアでの最初のリサイタルシリーズ後、
彼女は翌年、『コシ』のフィオルディリージで、
オペラ・デビューをジェノヴァで飾った。
これは、録音されていないが、
最も得意とするレパートリーであった。
素晴らしいモーツァルト歌いとして、
彼女は、エクスヴァンプロヴァンスや、
グラインドボーンやエディンバラに招かれた。」

何と、アンセルメとの関係など、
まったく書かれておらず、
フランス音楽の大家かと思っていたら、
モーツァルティアンと書かれている。
完全にイメージが間違っていた。

しかも、エーリヒ・クライバーというのが、
味わい深いではないか。

最初に彼女の声が響くのは、狩りの合唱の中から、
浮かび上がる、日常への不安のアリアであるが、
幾分、陰のある優美な歌い方で、愛おしく感じられる。

また、今回の盤で、
アルフォンソを歌っているのは、
ロッシーニなどで録音も多いルイジ・アルヴァで
ミラノのオーケストラ、合唱団がバックなので、
すっかりイタリア的なものかと思っていたが、
実は、このアルヴァも、
解説によると、ペルーの人だと言うことである。

「1927年生まれのペルー人で、
『チェレネントラ』と『セリヴィアの理髪師』での、
レッジェーロ・テノールとして長きにわたって名を馳せた。
1949年、リマでルイザ・フェルナンダでデビューを飾って、
1989年に引退するまで世界中の主要オペラハウスで歌った。
彼の洗練されたスタイルは、
特にモーツァルト、ロッシーニに適していた。」

第1幕のアルフォンソのアリアでも、
何とも言えぬ青春の憧れを歌い上げて素晴らしい。
こうした、普段は、イタリア歌劇ばかり歌っているような、
歌い手が、心を込めて歌っているのが素晴らしい。

決定的名盤とされるスウィトナーのCDが、
3枚組だったので、この録音、きっとカットがあるだろう、
と思っていたが、通しナンバーはすべて振られているし、
全曲で150分程度なので、無理すれば二枚に入るようなのである。

第1幕でスウィトナー盤より演奏時間が明らかに短いのは、
フロイアのアリアの後の合唱くらい、
第2幕では、エストレッラとマウレガートの合唱付きデュエット、
第3幕では、終曲手前のデュエットと
テルツェットにカットがありそうだが、
基本的にちゃんと全曲演奏していて、
テンポがきびきびしている。
しかし、序曲を初め、スウィトナー盤より
たっぷりと演奏されている楽曲も少なからずある。

残念なのは、第2幕の頭で、
恋人たちが会う魅力的なシーンで、
CDを交換しないといけない点か。
しかし、一息で聴かせてしまうこの演奏なので、
二枚続けて聴けば良い。
ここでは、タイトルロール二人の、
美声が興奮を伝えてやまないのは事実だが。

さて、最初に、格好良く歌い出すのは、
ローランド・パネライのフロイアである。
夢見心地でいかにもカンツォーネしていて、
大変、味わいの深い歌い口である。

ディースカウのような格調高さはないが、
シューベルトは、このように歌われるのも素朴で良い。
が、賢人フロイアというより、
メフィストフェレス風に聞こえなくもない。
それもあってか、第1幕で秘密を告げるデュエット、
妙に、迫力があって、何か起こることに対して、
期待を抱かせる。

この歌手に関しては、そこそこ解説も出ていて、
「1924年10月17日、
フィレンツェ近郊のCampi Bisanzioに生まれた。
フィレンツェでRaoul Frazziに学び、
後に、ミラノで、ArmaniとGuilia Tessに学ぶ。
彼は、そのセミプロとしては、
生地のダンテ劇場で、1946年、
ドニゼッティの『ルチア』のエンリーコ役でデビューした。
1947年、Spoletoの歌唱コンクールで優勝し、
ナポリのサン・カルロ劇場に、ロッシーニの『モーゼ』の、
ファラオーネの役で初登場した。
1951年、彼はミラノ・スカラ座に属し、
そこで、彼は全キャリアを過ごしながら、
ロンドン、ヴィーン、パリ、ヴェローナ、
ザルツブルクにゲスト出演し、
世界中に名を広めた。」

イタリアでの録音であるが、
主要歌手では、ようやくこの人が地元の人。
イタリアあたりなら、どんな歌手でも集められるだろうが、
わざわざ、アルヴァやダンコなどを集め、
気合いが入った録音であることが分かる。

イタリア語による歌唱、
さすが、歌の国の言葉というべきか、
伝統というべきか、
アルヴァの歌唱も、非常に流麗で、
それだけで推進力があり、
最初のアリアでも、切なげではあっても、
軟弱な感じはあまりしない。

しかし、かなり歌い崩しもあって、
何だか、いろいろ考えさせるCDである。

考えた事としては、
1.イタリア語で歌った方が、
  オペラらしく聞こえるのではないか。
2.シューベルトの作品ということで、
  リートの延長の歌い方をしていたら、
  この作品は真価を発揮しないのではないか。
  ということから、このアプローチは正しかったりして。

これらは仮説であって、本当かどうか分からない。

さらに、この人たちの歌は、何となく、
戦前の映画などで歌われる歌のように、
妙に古めかしい感じなのである。
これがまた、シューベルトの時代に近い感じを全体的に漂わせ、
舞台作品として作曲されたことのリアリティを感じる。

何が、そう感じさせるのかは、
ちょっと良く分からないが、
時々、コブシを効かせたり、
ヴィヴラートをかけたりする点だろうか。

3.昔ながらの歌い崩しなどを入れた方が、
  シューベルトのオペラは
流麗さを得ることが出来るのではないか。

こんな事も考えたりした。
何だか、眼前で演じられている様子や、
彼等の表情や衣装までもが眼に浮かぶようなのがすごい。

このCDの解説には、この録音の経緯のような事も、
曲そのものの事も、よく書かれていない。
ポルトガル製とあるが、幸いな事に英語解説であるが、
ライブなのか、放送録音なのか、正規の商業録音かも不明。
聴いた感じでは、ノイズもないので、ライブではあるまい。

そんなに悪い録音ではないので、イタリア国内をターゲットとした、
商業録音にも思えるが、こんなのが売れる市場があったのだろうか。
演奏に関しても、私には大きな不満はない。
オーケストラは伴奏めいているが、
かなり威勢が良く、聴き映えがする。

このサンツォーニョという指揮者は、
ウィキペディアで調べると、
(13 April 1911, Venice - 4 May 1983, Milan)とあり、
現代ものを得意とする指揮者で、
作曲家でもあると書かれている。
ミラノ・スカラ座で、ショスタコヴィッチの「マクベス夫人」、
ベルクの「ルル」、プロコフィエフの「炎の天使」を初演したとある。

カラヤンやケンペなどと同世代の人で、
マリピエロやシェルヒェンに学んだとあるから、
知られざる本格派、というか理知派である。

序曲のテンポも小気味良く、
いささか冗長に感じられる第1幕が、
あっという間に終わってしまう、
この点では、これまで聴いたものの中で、
随一かもしれない。傾聴すべき指揮である。

表紙デザインは、いかにも中世風のもので、
悩ましい日々を送っているエストレッラのように、
物憂げな聖母様、という感じである。
水色の単色線画に黒字タイトルという、
大変、簡素なものながら、私は好きである。

解説は、この曲の内容について書かれておらず、
ひたすら、シューベルトの舞台作品を論じている。
署名もない。

「アルフォンソとエストレッラの大部分は、
ザンクト・ペルテン近郊のオクセンブルクの城で書かれ、
ショーバーとシューベルトは、ここで休日を過ごした。
技術よりも、熱狂に駆られ、
趣向をこらした(ショーバーは、喜々として、
様々な状況を織り込んだ)、
しかし、ドラマ的に弱い、
1曲のオペラを作り上げた。
一度はケルントナートーアから声がかかったようだが、
歌手たちの反対もあって、取り下げられた。
シューベルトはドレスデン、ベルリン、グラーツでも、
上演を試みたが無駄に終わった。
リストによって、死後、初演されている」
と書かれているだけで、
「アルフォンソとエストレッラ」に関して、
特に、聴いて欲しいわけではなさそうである。

シューベルトが作曲したオペラ論みたいなのは、
これよりたくさん書かれていて、
一応、筋は通してある。

「シューベルトの歌曲や器楽曲は、
彼を偉大な作曲家たらしめているが、
彼のオペラ作品は、一つとして、
スタンダードなレパートリーに含まれていない。
音楽的には素晴らしい瞬間があるが、
ドラマとしての弱みゆえに失敗している。
大規模な作品を組み立てる生来の欠点か、
劇場での経験の不足であるかは分からない。
シューベルトは明らかに、
彼の歌曲に見られた、
自然で崇高な表現に見られる、
留まることを知らぬ創造性の障壁となる
劇場の要求や慣習による、
ぎこちなさを感じていた。
しかし、最後のオペラ群は、
もし、長生きしていたら、
彼はオペラの独自の高い領域にまで、
到っていただろうと思われる。
彼の異常な才能は、1808年、
コンヴィクトの生徒になってからすでに明らかで、
サリエーリによる作曲の授業は、
彼が学校を去ってからも1813年まで続いた。
サリエーリは、シューベルトに、
作曲家たるべきものは、
ドラマティックな作品で才能を表すべし、
と教え込んだ。
コンヴィクトでシューベルトは、
すでに早産となるジングシュピール、
『鏡の騎士』の試みを行っているが、
重要なオペラ作品は、彼が卒業後すぐに、
12ヶ月かけて作った、『悪魔の別荘』である。」

シューベルトの作品で、こんなに長い期間をかけて、
作曲されたものがあったかと、
伝記を読み直すと、
1813年10月30日から書き始められ、
翌年の5月15日までに第1版が書かれ、
サリエーリの指導が入って、
第2番が完成されたのが1814年10月22日だとある。

「1815年、父親の学校の補助教員をしていた時、
当時の流行に乗った4つもの舞台作品を書き、
これらはすべてジングシュピールであった。
モーツァルトとベートーヴェンの『フィデリオ』の影響は明らかで、
さらにシューベルトは、ヴェンツェル・ミュラーや、
ワイグル、フンメルらの、
ポピュラーなヴィーンのジングシュピールの他、
フランスの同時代のLe Sueur、Dalayrac、メユールら、
の作品にも明らかに親しんでいた。」

シューベルトの見たオペラというのは、
諸説あるが、フンメルの劇作品というのは知らなかった。
ネットで調べると、「ギース家のマティルド」というのがあるらしい。
メユールのオペラもCDがあるようだ。

「1816年、教職を諦めてから、
1818年まで、実りなきオペラの努力をしたが、
1819年には、歌手フォーグルの影響の結果、
『双子の兄弟』の依頼を受けた。
1820年、彼の音楽付きメロドラマ『魔法の竪琴』は、
めくるめく魔法の効果によって、
決して大成功というわけではなかったが、
一般に、彼の舞台作品を一般に知らしめた。
シューベルトは、1821年から23年にかけて、
さらに4つの完成された舞台作品、
最後の舞台作品群を書いた。
シェジーの『ロザムンデ』の付随音楽だけが、
生前に演奏された。
彼の最後のオペラ、『フィエラブラス』と、
未完成作品『グライヒェン伯爵』のスケッチは、
シューベルトがいかに、その修行時代から、
長足の進歩を遂げたかを示している。
セットやオーケストラの伴奏など、
いくつかの観点から、
その独自の劇場スタイルが姿を現し始めており、
後のドイツ・ロマン派オペラの進展を予告している。」

ということで、この作品も含め、
様々な趣向を織り込んだ、野心的な作品なのである。
ドラマとして弱い、というような批評は、
ひょっとすると、シューベルトは、
わかっとるわいと答えた可能性がある。
「僕たちは、何か、違うものが作りたかったのだ」と。

第2幕の最初に、ドラマ上は無意味な、
「雲の乙女」のバラードが歌われるが、
これなど、ハープを伴うオーケストラは冴え渡り、
かなりシューベルトとしては、こだわりを持った楽曲になっている。
あえて、ドラマとしての停滞をも覚悟して、
一幅の絵画を配置した形である。

二人の出会いと別れのシーンでも、
ダンコの憂いを秘めた声が切実で泣ける。
それを勇気付けるように歌い上げるアルヴァの声が、
若者の弾む心を伝えているのも良い。

また、二幕後半の、すさまじい効果で、
音楽を装飾していくオーケストラの冴え、
さらに、マウレガートの苦悩やアドルフォの裏切りとか、
どこから仕入れて来たかと思う程、
シューベルトとショーバーの筆は入魂ものである。
よほど、効果的な舞台を研究していないと、
ここまで出来ないのではないか。
アドルフォを歌うクラバッシ、
マウレガートのボリエロの歌唱も、
それぞれの個性を捉えていて不足はない。

第2幕の終わりで、
アルフォンソのことを思い出すエストレッラ。
ダンコの声が情緒たっぷりで美しい。
シューベルトならではの、
陰影豊かな親密感に溢れた曲調のすばらしさ。
が、こうした要素は、オペラで盛り上がるだけのものではない。

風雲急を告げる謀反の方に、どんどん密度を増していく、
素晴らしい音楽に対し、
もっとシューベルト・ファンは陶酔し、
賞賛するべきであろう。
サンツォーニョの的確な指揮によって、
白熱の展開を見せている。

さて、このブログでは、この正月(2011年)に聴いた、
TDKで出ていた、コルステン指揮のDVDを聴いた時から、
このオペラを聴いて取り上げている。今回は4回目となる。

その時の記事が、文字超過で書ききれなかった分を、
ここらに入れ込もうと思うが、
このサンツォーニ盤の感想も織り込んで行くことにする。
スウィトナーで聴いた時も書いた。

ただ、以下のトラックナンバーと最初の記載は、コルステン盤のものである。

Track24.
ここから、最後の第3幕である。
導入曲は、戦争シーンを描いた管弦楽曲で、
DVDの舞台上では、人形劇が凄惨な戦いを暗示している。
全部死んじゃった、という感じ。

スウィトナーの指揮のものはCD3の1曲目で分かりやすい。
これまた、とても聴き応えのあるスウィトナーらしい、
充実した音楽。
サンツォーニ盤は、CD2のTrack12からである。
かなり鋭くえぐるような指揮で、
オーケストラも興奮しきっている。

Track25.
DVDでは、いきなり美人とイケメンが出て来て、
戦場の悲惨さを歌い上げる。
少年と少女が、
援軍が来て欲しいと願うシーンで、
シューベルトの筆も緊迫感に満ちている。
メロディも美しい。

ここでは、DVDの方は、少女の美しい容姿も楽しめるが、
サンツォーニョの指揮は息もつかせぬテンポが良い。

Track26.
ついに、アドルフォが、エストレッラを掴まえる。
「今や、王国は私のもの」と勝ち誇るアドルフォが、
さらに姫に言い寄るピンチの場面。
音楽も千変万化して面白い。

スウィトナー盤では、テオ・アダムが、
エディット・マティスに言い寄る構図である。
それにしても、何とすばらしい管弦楽であろうか。
この二人の歌手の回りに立ち込めるオーラを、
これでもかこれでもかと強調している。

おそらく、シューベルト当時のオーケストラは、
演奏困難と言って難色を示したはずである。

サンツォーニョ盤も、管弦楽も歌手たちも一体となって、
興奮しきっている。

Track27.
めくるめく音楽に乗って、
英雄アルフォンソが現れる。
正直言って、このシーンはかっこいい。
音楽も咆哮しまくって、すごい迫力である。
アドルフォは捕まってしまう。

スウィトナー盤、シュライヤーが、さっそうと登場。
管弦楽は、これまたファンファーレと怒濤の繰り返しで、
クライマックスを形成する。
まさしく、ここで、悪の総本山は崩れ去ったのである。

サンツォーニョ盤のアルヴァの英雄的な声は、
さらに効果的で、トランペットのように響き渡る。

Track28.
緊張がほぐれて、
アルフォンソとエストレッラの二重唱が始まるが、
急に熱が冷めた二人みたいで、少し接続に工夫がいる。
是非、ここで、興奮の絶頂にまで駆け上がって欲しいものだ。
「幸せと苦しみを結びつけるのは愛の力だけ」
と歌われるメロディは、もっと、強調して歌われてもよい。

スウィトナー盤は、マティスの声が素晴らしい。
何やら、悲劇性を秘めながら、
気高く、空に向かって一直線に向かって行く感じが、
ようやく明らかになった、この英雄オペラの性格にふさわしい。

アルヴァの声はひたすら甘く、
ダンコとのデュオは、センスたっぷりで、
往年の銀幕という感じで微笑ましい。

Track29.
急に、父王が心配になったエストレッラが、
うろたえ出すレチタティーボ。
ここで、アルフォンソが、
「出来る限りのことをいたします」と、
剣をかざす二重唱もかっこいいが、
ここでの二人は、ちょっと軽いので、
もっとこけおどし効果が欲しい。

スウィトナー盤では、オーケストラの合いの手によって、
緊張感が保持され、これから起こることを予感させる。
リズムがきびきびしているだけでなく、
ずしっと腹に響く低音が心を捉える。

サンツォーニョ盤もまずまずだが、
ちょっと、次のシーンへの序奏のような感じ。

Track30.
二人が抱き合っている所に、
合唱が響き渡り、戦士が逃げ惑う様子が描かれる。
アルフォンソが、角笛を取り出す。
これこそ、第1幕で置かれた布石で、
アルフォンソは村の全軍を動かせるのである。

実は、私は、この部分に手を入れると、すごい効果が出ると思う。
怒濤のように山の民の軍勢が、襲いかかる音楽が欲しかった。

スウィトナー盤では、
シュライヤーの声も厳しいものがあって良く、
ホルンの響きも深々としている。
しかも、その後、軍隊を統率する様子まで、
ちゃんと歌っている。

どうやら、DVDのコルステン盤では、
このあたり省略したようである。
どうも座りが悪いと思った。
もう、第3幕も終わりに近づき、
シューベルトの筆は、冴えまくって、
省略を許さないものと見た。

サンツォーニョ盤は、
後半になってアルヴァの声が輝かしくなって、
盛り返して来る。

Track31.
フロイラも王様の衣装となって現れ、
アルフォンソは、宿敵の娘と知りながら、
エストレッラを、父の手に預ける。
「敵を許すことこそ、良き勝利」と、
これまた、美しい思想。
シューベルトとショーバーは、
劇場での効果などより、
聴衆の啓蒙に興味があったようだ。

怖いもの知らずの若者たちの理想主義である。

スウィトナー盤、妙に、説得力のある演奏だ。
理想主義が等身大で鳴り響いている。
湾岸戦争も同時多発テロもない時代には、
恐らく、みんなが夢見ていたことだったかもしれない。
30年も前の録音だから、という訳ではあるまいが。

私は、このCDを買ってから十何年も、
このあたりの事に気づかすにいたわけだ。

サンツォーニョ盤は、このあたり特筆すべきことはない。

Track32.
ここでは、逃げ惑うレオン王の姿が描かれる。
彼は、フロイラから王冠を奪い取った事を反省している。
このオペラでは全員が良い人なのである。

そんな茶化し言葉を、慎まないといけないような、
迫真力と迫力、説得力が、ヘルマン・プライの歌の中には、
何故かある。ものすごい事である。

サンツォーニョ盤でも、ボリエロが、
渾身の声で、切実な心情を歌い上げる。
さすが、このあたりの指揮も入魂である。

Track33.
そこに、フロイラが現れ、
「もはや憎しみは消えている」、
「そなたも十分償ったであろう」
と和解が成立する。

スウィトナー盤は、ここで、フィッシャー=ディースカウと、
ヘルマン・プライという、二十世紀後半の誇る、
二大バリトンに二重唱を歌わせている。
私は、この素晴らしい和解のシーンに、
様々な思いが去来して、涙が出そうである。

あるいは、シューベルトもまた、
涙を流しながら、これを書いたかもしれない。

サンツォーニョ盤でも、威厳のあるパネライの声に、
ボリエロの悔悟に満ちた声が唱和されて、
オーケストラもじわじわと盛り上がっている。

良いところで、またまた、文字数制限となってしまった。
次回もまた、このオペラを味わって行くことにして、今回はこれで終わる。

得られた事:「昔のイタリア勢健闘でシューベルトの真価が見える。表情までが見えるような生き生きとした歌唱、共感豊かな管弦楽に、舞台での効果のさらなる可能性を見た。」
by franz310 | 2011-01-23 12:01 | シューベルト
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