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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その256

b0083728_21495279.jpg個人的経験:
シューベルトの同時代人で、
同様に、次の世代に影響を与えた、
作曲家、ベッリーニについて、
ついつい、踏み込んでしまった。
シューベルトと同様に短命だったが、
シューベルトには出来なかった、
劇場での成功を勝ち取った男。
彼が到達した地点を象徴し、
ショパンもリストも影響を受けた
オペラの傑作が「ノルマ」である。


この作品になると、
ベルカント・オペラ的な声の饗宴のみならず、
管弦楽の書法にも、何か、目を見張らすものがあって、
後世まで、人気を保った傑作であることが理解できる。

事実、このオペラは、「夢遊病の女」のような、
軽いものではなく、ライヴァルであった、
ドニゼッティの「アンナ・ボレーナ」のような、
歴史的大作を目指したものとされる。

「アンナ」が大好評を得た、次のシーズンに、
何と、彼は、この作品を持って挑戦を叩き付けた、
という構図である。

一説には、ドニゼッティの弱点が、
管弦楽法の稚拙さにあり、と見抜いた作曲家が、
特に、念入りに書いたから、などとされる。

また、このCDの解説には、
ロッシーニからオーケストラの使い方については、
忠告を受けた、などとある。

ロッシーニが、熱狂的なベートーヴェン信者だったせいか、
また、その主題からして予想もできるが、
最初の序曲も崇高な響きに満ちていて、
ピッチカート一つ取っても、何やら、
ベートーヴェン的な意味を感じさせる。

最初の合唱の後、教主、オロヴェーゾが、
歌い上げる声を、背景で支える木管楽器群なども、
妙に活き活きと活力に満ちたものになっている。

また、ノルマ登場に先立つシーンの、
トランペットやホルンなどの独特の響きは、
ベルリオーズを思わせる。

さらに合唱の扱いも見事で、
オーケストラは、常時、生命力に満ち、
まったく、ベルカント・オペラなどと呼んで、
本当に良いのか、などと考えさせられてしまう。
ほとんど、このままヴァーグナーに続きそうだ。

あるいは、このCDの指揮を受け持った、
イタリア・オペラの神様のようなセラフィンの棒が、
この作品に熱い血をみなぎらせているのかもしれない。

この録音は、1954年のものなので、
1878年生まれのセラフィンは76歳の高齢であったが、
カラスなどを登用して、
イタリア歌劇の全曲録音を推進していた真っ最中であった。

彼も、この作品は大切にしていたのであろう、
1960年に、ステレオでも再録音している。

この作品は、9月から作曲を始めて、
11月末に完成されたともあり、
かなりのスピードで書かれたものであることも知られている。

が、「愛人関係にあった」とされるジュディッタ・パスタと、
二人別荘にこもって書かれたという色っぽい話も残っていて、
シューベルトなどには想像も及ばぬエピソードにも彩られている。

ベッリーニは当時30歳であり、
シューベルトにおける最後の年に相当しており、
同様に、天才的な作曲家の高揚した状況を示している。
このような高みに達した後、
ベッリーニにはさらに四年の人生があったことも、
シューベルト・ファンを羨ましがらせるに十分だ。

このCDは日本盤で、河合秀朋という人が書いているが、
ワーグナーが残した賛辞、
「最も深い真実の輝きと最も流麗な旋律の結合体」や、
ゴーティエの、
「ビロードのように柔らかで、銀のような青み」、
「声と管弦楽との配分と設計は絶賛に値する」
といった賛辞が引用されている。

台本は、「夢遊病の女」を書いたのと同じで、
ロマーニであった。
彼は、パリで評判になっていた芝居を題材に選んだという。

ロマーニは、何度も台本を書き直すことを要求され、
ベッリーニもまた、パスタの要求を飲みながら、
作曲を続けたとされる。
何だかよく分からない三人の渾然一体となった、
共同作業から生まれた作品だということだ。

劇の中身もまた、この作曲過程に負けず劣らず、
複雑、かつ、単純なもので、
複雑というのは、舞台が紀元前のガリアの物語で、
ローマから派遣された総督ポリオーネが統治する、
ドルイド教徒の世界の話である、という点。

この段階で、私などは引いてしまう。
そんな時代の歴史が、どこの神話に残ってるんだ、
という疑問が、うさんくささを感じてしまう。

が、一方で、こうしたものが、
ヴァーグナーに引き継がれたわけだな、
などと得心してしまう。

パリでの評判を聴いて作られた作品ゆえ、
ややこしいことに、イタリアオペラでありながら、
舞台はガリアになっているのである。

単純である、というのは、
結局、ドルイド教徒とか神話とか無関係に、
男女の愛憎劇にしかすぎない、
という点である。

作品のタイトルであるノルマはガリアの巫女で、
ドルイド教徒をまとめ、
ローマの侵略に対抗する立場でありながら、
実は、ローマ総督と出来てしまっている、
という、いかにもありそうな内容。

このローマ総督は、しかも、すでに、
より若い巫女のアダルジーザに心移りしているのである。
つまり、二人の女性と、男の関係は、
「アンナ・ボレーナ」とそっくりな状況なのである。

が、アンナの場合は、王様が絶対的に有利であるのに対し、
この場合、総督の立場は絶対ではない。
ガリアの地にあって、いつ、反乱が起こるか、
分からんというシチュエーションだからである。

だから、作品は、ガリアの兵士の戦闘準備で始まるし、
ポリオーネは、妙にこそこそしている。

表紙写真のカラスの衣装が、
意味不明なのはそのせいで、
神話の世界、かつ、その悲劇の巫女という事で、
モダンかつ神秘的に出来ている。
私は、この衣装も、このCDデザインも好きである。
EMIの赤いロゴが映える。

この前聴いた「夢遊病の女」のCDは、
作品の優れた点を深掘りして秀逸だったが、
こうした背景を説明するだけで、
このCDの解説はへとへとになっている。

これだけ書いて、さらに各情景を説明すると、
CD解説は4ページくらい、すぐいっぱいになってしまう。

ということで、このCDを聴き進めてみよう。

Track1.序曲は約6分ながら、壮大な感じで、
我々を原始ガリアの森に連れ去るにふさわしい。
途中、ハープの響きも新鮮で、陶酔的な感じを振りまいている。

舞台は、聖なる森であり、樺の木の下に祭壇があるという。

Track2.
多くの楽器が重なり合った、
神秘的なオーケストラの雄弁さは、
あたかも独立した前奏曲のようで、
高僧オロヴェーゾのバスが、厳かに響き渡る。
「この樺の老木が神のお告げを下す」と言い、
合唱が、「さあ、早くのぼれ、月!
ノルマが祭壇につくのだ!」
とあるから、ノルマは老木から、
神託を受ける立場にあるようだ。

管弦楽と合唱の興奮が高まると、
勇壮な行進曲調になる。

Track3.
このような反乱が起こる予兆の中、
ローマから派遣されているポリオーネと、
友人の将校とされるフラヴィオが、
大きな声でひそひそ話をする。
すでに、子をもうけているノルマから、
アダルジーザに心が移ったことを告げ、
ノルマの復讐が怖いという歌を歌い上げる。

このような、内緒を声にして張り上げる、
という、「ありえなさ」が、
シューベルト・ファンには耐え難い。
ひょっとすると、シューベルト自身も、
これが出来なかったと反省しているかもしれない。

途中、素晴らしいファンファーレが、
ガリア人たちの決起を告げる。

Track4.
この部分も、管弦楽の前奏が素晴らしい。
先のファンファーレ同様、ベルリオーズが、
「トロイ人」で影響を丸出しにしている。
女性も含む合唱となって、ノルマの登場を、
高らかに告げる。

Track5.
ノルマと高僧オロヴェーゾが応酬するが、
ノルマはローマを打つのは早いという意見、
ただし、天啓には、ローマは必ず滅びるとある、
と付け足して、はやる合唱の民衆をなだめる。

Track6.
月の光が降り注ぐ、深い森の中にふさわしく、
弦楽のそよぎに、フルートが美しい銀の光をきらめかせる。
最も有名なアリアの一つ、「清き女神」で、
マリア・カラスが、研ぎ澄まされた声を、
これまた月光のごとく、闇を照らして行く。

「快い安らぎで、この地上をもつつんで下さい」
という内容のものである。

54年の録音ゆえ、最高音などは厳しいが、
カラスの気力のみなぎりが感じられる絶唱となっている。

このCD解説には、
ベッリーニは、この歌を9回書き直したとあり、
恋人パスタは、それでも満足しなかったともある。
絶頂期のベッリーニを手こずらせ、
それでも名曲として残った名品ということだ。

Track7.
ノルマは、「異教徒は消え失せるが良い」
と歌い、合唱も、総督のポリオーネを倒せ、
と興奮する。
面白い事に、ノルマは、「私が罰しよう」と叫ぶが、
一転、声をひそめ、「私には出来ない」、
「あの愛が帰ってくれば」などと、
公私混同した歌を歌っている。
が、合唱は、そんな事は知らないことになっていて、
「今にも神はローマを咎める」とか歌っている。

その後、かわいい行進曲調になって、
アダルジーザを残して、全員が退場する。

Track8.
アダルジーザとポリオーネが密会する。
というか、森の中で遭遇して、結果としてそうなる前に、
アダルジーザは、初めて出会った頃を思い出し、
神にすがるように祈る。
完全にアンナ・ボレーナの状況そっくりである。

この部分の管弦楽序奏も、
中間部の間奏も、
軽妙ながら、楽器の音色を変えながら、
秘められたシーンを彩る響きを立てている。

ヴァーグナーと同様、このオペラも、
このように終始管弦楽が鳴り響いて、
全曲が大きな交響曲のようになっている。

Track9.
いよいよ、二人が出会うが、
アンナ・ボレーナのエンリコ(ヘンリー八世)が、
脅したりすかしたりして、侍女の愛を確かめたように、
ポリオーネもまた、いろいろな手管で、
アダルジーザの心を引き留めようとする。
聴衆は、昨年見たばかりのオペラの事を、
一瞬想起したのではなかろうか。

Track10.
この部分は、愛のデュエットになって、
第1幕の最後を盛り上げて行く感じ。

ポリオーネは、アダルジーザと、
明日、同じ場所で、ここで落ち合って、
ローマに逃げる約束を取り付ける。

マリア・カラスを前面に出した企画でありながら、
アダルジーザのスティニャーニと、
ポリオーネのフィリッペスキが、
非常に充実した時を提供してくれている。

解説にも、スティニャーニは、
イタリアのメゾの第一人者と書かれており、
フィリッペスキは、「男らしく素直で豊かな美声」とある。

以上で、CD1も第1幕も終わり。

CD2は、緊張感溢れる、充実した管弦楽の序奏で始まるが、
解説には、ショパンの曲に似ている、と書かれている。

第2幕の第1場は「ノルマの家の前」とある。

巫女の家がどこにあるのかよく分からないし、
隠し子が二人もいて、バレバレではない、
という状況も不思議きわまりない。

Track1.
クロティルデという乳母とノルマが、
ポリオーネはローマに呼び戻されるのに、
一緒に行こうと言ってくれない、
などという、シリアスな会話をしている。

そこに、アダルジーザが現れ、
この国を、去る決心をした事を告白する。
ノルマには嫌な予感がする瞬間。

これまた、「アンナ・ボレーナ」であったようなシーンである。
必ず、カラスは裏切られる女を演じている。
つまり、初演時、作曲家は違っても、
パスタは、毎年、同じようなシーンを演じていたのである。
聴衆は、にやりとしたかどうか。

Track2.
ここは、ノルマとアダルジーザが、
のろけ話のデュエットを続けるうちに、
だんだん、ヤバい状況になっていくシーンである。
舟歌風、あるいは夜想曲風の伴奏に、
二人の歌手の美しい声が重なって高まって行く。
まさしく、声の美しさのショーウィンドウといった感じ。
8分半も続く。

どうやら、ヤバい予感がしたのは聴衆だけのようで、
ノルマは、呑気にも、
「その愛する人に付き添って、何時までも幸せにね」
などと、優しい事を言っている。

Track3.
軽快なオーケストラに乗って、
「ところで相手は誰」などと聴いていると、
アダルジーザが「ローマの人で」とか言うや、
「ローマ」とカラス、じゃなくて、ノルマが絶叫する。

あろうことか、そこにポリオーネが、
のこのこやって来る。

Track4.
恐ろしい修羅場になるはずの部分だが、
ノルマが二人の間に子供がいることを訴え、
アダルジーザは、初めて、ノルマと自分の恋人の関係を知り、
驚くまでが描かれる。

Track5.
修羅場の三重唱である。
ポリオーネが、どんな言い訳をするか、
気になるところだが、言い訳はないし、
自分勝手も甚だしい。

「僕をさげすみ、この娘を傷つけるな」
などと言って、
アダルジーザの手を取って出て行こうとする。
「お前を愛したのも、この女を捨てたのも、
私の運命なのさ」
などとうそぶいている。すごい。

「蝶々夫人」のピンカートンなどは、
ずっと良い人に思えて来るではないか。

「永遠に僕が苦しめばいいんだ」などと、
自分の事ばかり訴えているポリオーネは、
まったく常識外れの主役である。

アダルジーザは、自分が死ねばいいんだ、
などと言っていると、合唱がノルマを呼ぶ。

ここでポリオーネは立ち去ってCD2は終わり。
CD2は、28分しか収録されていないが、
それにしても、全編、どうしよう、どうしよう、
という感じの音楽で、あれかこれか、
どれかそれか、という解決しようもない悩みを、
この時間、訴え続けるだけで、作品にするという点が、
すごいと言えばすごくないか。

さて、ここで終わるのは、第2幕の第1場のようだが、
歌詞対訳の前に、
「全曲は2幕4場に構成されているが、
これら4つのシーンを4幕立てとして上演することもあり、
このアルバムでもその呼び方が用いられている」
と注記されている。

が、続けて、
「しかし以下はスコアの名称に従った」とある。

ということは、CD3は、第2幕第2場となるはずだ。

ところが、28ページめのDISC3には、
「第3幕」と書かれている。
訳が分からない。

第2幕の終わりがどれか分からないと、
前回の解説で、
「アミーナによって最初に歌われるメロディが、
他の人たちが歌う瞬間に続くが、
このクライマックスの効果は、
ベッリーニの最も特徴的なものの一つで、
『ノルマ』(『清き女神』、しかし、さらには、
第2幕のフィナーレ)において、
ベッリーニはさらにこの音響効果を強調し、
実際、ヴァーグナーに大きな影響を与えた」
とあるが、どこの部分か分からなくなってしまう。

とにかく、CD3を聴き進めよう。
ここは、「ノルマの家の内部」とされているから、
第2幕第2場と言っても良さそうだ。
ノルマの子供たちが眠っているベッドがある情景。

Track1.
じゃーんと決然とした序奏に、
清らかな愛情に満ちた音楽が葛藤するのは、
極めて、このシーンをよく表している。
ノルマの手には、短剣が握られているのである。

しかも、その後、続く前奏曲が、
悲痛かつ美しいもので、分厚い弦楽で慟哭され、
ホルンの危険信号が連呼される。

だめんずに捨てられたノルマは、二人の子供を殺して、
自分も死のうと考えている。

そのもんもんは、やがて、
「この子たちを殺さなくては」
「子供がどんな悪いことをしたというの」
と、切々と聴衆に訴えかける歌に高まって行く。
管弦楽も、この逡巡をよく表している。

やがて、乳母を呼んで、
恋敵、アダルジーザを呼んでくるように告げる。
自分の恋人と結婚するアダルジーザに、
子供を託そうとするのである。

実際問題としては、こりゃ、困るだろう。
実際、アダルジーザは、「絶対に嫌です」
と言っている。
もちろん、子供の引き取りではなく、
結婚そのものを拒んでいるのだが。

この作品の標的である「アンナ・ボレーナ」では、
子供について悩むシーンはなかった。
それが付加されて、この曲は、さらに発言力を高めたかのようだ。

Track2.
ノルマとアダルジーザの譲り合いのデュエットである。
「あの人の子供のためにお願いするわ」などというロジックも、
かなり自分勝手である。
アダルジーザの「もういちど、あの方の愛をお受け下さい」も、
これまた、無責任なセリフである。

ここでも、ベッリーニらしい、
長く、切々とした小休止を交えた美しいメロディが聴かれる。
しかし、管弦楽は、がちゃがちゃ言ってるだけで、
少し、息切れ気味である。

Track3.
ここから、メロディは舞い上がり、
最後には同じセリフで、
一緒に姿を消そうという、
涙ぐましい共同戦線に到る。

「あなたと一緒に励まし合って、
この過酷な運命と闘っていきましょう」
という絶唱は、
管弦楽も激しく打ち鳴らされて推進力を得て、
このシーンを終わらせる。
ここも、ソプラノとアルトの、
装飾音をちりばめてのきらびやかな声の饗宴、
オペラ好きを熱狂させそうである。

あんまりかわいそうでない。

何だか知らんが、ポリオーネは馬鹿だから、
どうしようもない、という感じである。

Track4.
ここからは「第4幕」とされているが、
「ドイルドの森近くの寂しい場所」とされ、
「あたりは岩山で、洞窟がある」と注記があり、
確かに、厳かなオーケストラが、そんな感じを出している。

「石の橋がかかった湖が見える」ともあるが、
こっちは、あまり想像できない。

合唱が、「この静けさの中で、戦績を上げるために、
気持ちを整える」などと歌っているように、
血気盛んなガリアの兵士たちが集まっているが、
高僧オロヴェーゾは、解散を命ずる。
5分半ほど、こうした状況報告みたいな情景があった後、
Track6からは、祭壇がある寺院の中になる。

ここから、また、ノルマとクロティルデの会話が始まるので、
何だか、さっきの「寂しい場所」というのは、
とって付けた情景のように見える。
絵画的な楽章と言えるが。

Track6.
何と、ここで、ノルマは、
アダルジーザが、ポリオーネを説得して、
良い報告を持って帰って来ることを祈っている。

さっき、二人で生きていきましょう、
と言ってたのは何だったんだ。

クロティルデは、しかし、ポリオーネは説得できず、
反対にアダルジーザを連れ去ろうとした、
と報告する。

怒り狂ったノルマは祭壇の鐘を打ち鳴らすが、
何だか、やすっぽいシンバルにしか聞こえないのが残念。

合唱が、「聖なる鐘が鳴ったぞ」と盛り上がるが、
ノルマも「皆殺しだ」と、
完全に正気を失った絶叫を繰り返している。

Track7.
「戦いだ!ガリアの森で!」
と、勇ましいじゃんじゃか調の、
合唱がものすごい迫力である。
これは、ドニゼッティも青ざめたものと思われる。

さらに、後半は、序曲に出て来た
美しいメロディが広がる。
前代未聞のオペラシーンではなかろうか。

Track8.
高僧オルヴェーゾが、ノルマに、
生け贄の祭壇をしつらえよ、
と言っている時に、
何と、狼藉を働いたポリオーネが連れられて来る。
何だか情けない総督である。

群衆はノルマに殺せと言うが、
ノルマは、他の者は立ち去れと命ずる。

Track9.
凝りに凝った前奏が、嫌が応にも、
緊張感を高め、最後の時が来たことを予告する。

ここからのノルマの声は、
神々しく自信に満ちて、
ますます素晴らしいものになっている。

ポリオーネは、アダルジーザを諦めたら、
助けてあげると言うのを、
「僕は卑怯者ではないのだ」と言って聞き入れない。

どうしようもない部下に対する、
育成面接みたいな無味乾燥な状況に、
第一級の音楽が付けられている。

ノルマもまた、子供を殺すと言ったり、
アダルジーザを殺すと言ったり、
馬鹿男と同じレベルに成り下がって、
素晴らしい音楽を奏でている。

ポリオーネも、それなら俺を殺せ、
という、マイナス思考で、何の建設的意見が出せないまま、
絶叫している。
冷静さを欠いたら面接は失敗だぞ、と忠告したくもなる。

Track10.
遂にノルマは、面接失敗で、群衆を呼び寄せ、
火刑台の準備をさせる。
「尼僧が故国を裏切った」とノルマが言うので、
ポリオーネはアダルジーザが殺されると思うが、
「それは、この私なのだ」とノルマは叫び、
合唱は「なんて恐ろしい」と静かになる。
ポリオーネは、今頃になって反省する。

Track11.
ノルマが、「あなたより強い、神様や運命が、
わたしたちを結びつけた」と言って、
火刑台に向かおうとするのを、
ポリオーネも、めそめそしながら、
「ぼくは後悔している」などと言って、
情けない声を出す。

解説者も、フィリッペスキのポリオーネは、
「最後のシーンがややセンチにすぎる」と書いている。

Track12.
ついに最後のトラックで、
管弦楽の伴奏にも、何やら、力がこもって、
弦楽と木管が音色を変えながら、
歌手たちより雄弁に音楽を奏でている。

子供がいることを明かすノルマ。
ノルマの望みは、子供たちを助けることのみ。
ついに、みんなも心を動かされ、
ポリオーネの声や合唱が唱和、
管弦楽も浄化されたような音色で高まり、
爆発すらしながら、素晴らしい高揚を見せる。

オロヴェーゾは、「行け、かわいそうな娘」と、
死を促し、ポリオーネは、
「お前がのぼる火刑台はぼくも登るのだ」と叫ぶ。
二人が火刑台に導かれて幕である。

ということで、
前回、ヴァーグナーも影響を受けたと書かれた、
第2幕のフィナーレというのは、
空前の効果を持つ、この部分に違いあるまいと確信した次第。

「ノルマ」の前半は、美しいメロディに特徴があるが、
後半は、さらに管弦楽が威力を増し、
メロディ以上に交響的音楽となっていることが分かった。

得られた事:「当時の音楽家たちが、ノルマから得た衝撃を追体験できたような錯覚。」
by franz310 | 2010-12-19 21:54 | 古典
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