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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その252

b0083728_22182959.jpg個人的経験:
前回、ドニゼッティの、
出世作、「アンナ・ボレーナ」
の前半を聴いたが、
このオペラ、前半ですべての、
出来事が終わってしまっている。
妃アンナの侍女に心移りした王様は、
1幕でいきなり、じゃまな妃を罠にはめる。
悲嘆していた妃は、かつて愛した男と、
再会を果たした所を取り押さえられ、
完全に万事休すで幕が閉じるのである。


実際、これで後は裁判を待って、
死刑確定という流れだが、
前半で、もう一網打尽にまで行っているので、
もう物語としては終わったも同じである。

これ以上、何があるというのだろうか。
しかし、面白い事に、音楽は、
これからが高潮に向かうというのである。

ドニゼッティ自身も、そう考えていたのか、
このオペラの後半から想をとった、
器楽曲を残している。

それが、このCDに収められている、
「アンナ・ボレーナによる悲愴的楽興」???
という作品である。
「Amusement Pathetique」と書かれているが、
いかに訳すのだろうか。

「ヴァイオリンと管弦楽、ヴァイオリンと弦楽合奏、
あるいは、ヴァイオリンとピアノのための、
この作品は、ドニゼッティが、
演奏会用に書いた唯一のヴァイオリン曲である」
と解説されている。

「これら三つの版は、
調性や小さな変更はあれど、すべてオリジナルで、
ベルガモのドニゼッティ記念館に保存されている。
この作品の一風変わった性格は、
1830年の『アンナ・ボレーナ』最終幕の
要約版であることで、
器楽曲として、際だった華麗さや、
人を引きつける魅惑が再検討されている。
この作品は未出版のまま置かれ、
ルイジ・インザジの
ドニゼッティ・カタログで言及される、
最近まで知られずにいた。
最近、これは三つの現存する版で、
ボッカチーニ&スパーダから出版された。」

残念ながら、これ以上の情報がなく、
何故に、いつ頃、この作品が書かれたのか書かれていない。

クレメンティなどの研究でも知られる、
1935年生まれの音楽家スパーダが、
このCDではピアノを受け持っていて、
録音監修も手がけている。

先の楽譜を出しているのがスパーダだとすると、
何だか、もっと知ってるんじゃないの?
詳しく書いてくれよ、と言いたくなる。

下記、解説は、スパーダ自身のものである。
「ドニゼッティの室内楽:
偉大な19世紀イタリア器楽の伝統の、
比較的、歴史的に不明瞭な点、
これは同時代のイタリアオペラの、
めざましい勝利と世界的な成功によるものだが、
これが、研究者や演奏家を、
近年、イタリア作曲家の器楽に、
関心を向けることを妨げている。
もとより、作品の数量に関する限り、
ドイツのものと比べることは不可能であるが、
いくつかの場合、質的には比肩可能で、
霊感の上でも、技法の上でも、
イタリア作品は検討に値しない、
という印象があるが、
イタリアは、オペラの領域ほど
広範囲なものではなかったにせよ、
器楽の分野において、
明らかに一聴に値し、批評にも値する、
価値の作品を生み出す力を
持っていたことを示している。
19世紀イタリアの器楽作品の
状況の全容を掴むためには、とりわけ、
国外にいた、クレメンティ、ケルビーニという
二大巨頭に集約される展開を、
つぶさに見ていく必要があり、
彼等が作曲した最高の器楽作品のいくつかは、
19世紀になってから作られたもので、
基本的にドイツ文化圏、
さらに詳しくはヴィーンにおける
器楽曲の架け橋であり、
重要な輪が花咲いたものとなっている。
これら二人の偉大な作曲家を別にすれば、
後知恵ながら、
二つの歴史的な流れの存在が重要である。
これらの作曲家の基本スタイルは、
器楽作品にあり、
(とりわけパガニーニ、さらにヴィオッティ、
ローラ、ポリーニ、バジーニ、ボッテジーニ、
その流れでスガンバッティ、マルトゥッチ)、
もう一つは偉大な歌劇作曲家であり、
彼等によって、器楽曲は秘密裏に、
またある場合は、『生かじり』の状態で、
作られたものである。
後者のうち、何人かの作曲家は、
純粋の楽しみとして、
これらを隠し、ごまかしている。
二人を上げれば、ロッシーニとヴェルディがある。
他の作曲家、例えば、ベッリーニは、
器楽曲の練習は、若い頃の試作品とされ、
メルカダンデにとって、
器楽の分野は、数こそ少ないものの、
劇場作品に沿って、コンスタントに、
常に取り組むべきジャンルであった。」

ここから、ようやく、ドニゼッティの器楽曲の話となる。
全体の3分の2はすでに終わっている。

「ドニゼッティの場合は、実際、
純粋な楽しみ、何の制約もないものであったと言ってよく、
多くの一連の器楽作品は、作曲家としての初期のもので、
ロッシーニ(使い古されたオペラの伝統から離れて、
現在では、むしろ正当に重視されている、
喜遊や娯楽に満ちた器楽曲を残した)のような、
隠蔽や偽りの責任回避ではなく、
基本的に、真の楽しみとして扱われており、
個人的な嗜好のものである。
ドニゼッティの器楽作品における『遊び』は、
いかなる場合も、多産の産物と言え、
その17曲の弦楽四重奏曲や、
40曲を越える一連のピアノ独奏やデュオを、
思い描くだけで十分である。
取るに足らないものではないとは言え、
明らかに、ドニゼッティの真の資質が、
そこから判定できるものではなく、
興味深いものから、非常に楽しいものまであり、
中には、作曲家の劇場作品の、
最高の瞬間に迫る表現の深さを見せている。」

さて、歌劇「アンナ・ボレーナ」の後半も、
ここでおさらいしておこう。

以下、分かるように、ドニゼッティは、
このオペラの部分部分をポプリにしたのではなく、
最終場面のクライマックスをそのまま、
ヴァイオリン曲にしているのである。

前回のマリア・カラスの録音のCDの2枚目は、
こんな感じである。

第2幕:
第一場、ロンドン塔、
アンナが警備されて囚われている部屋の控えの間。

Track1.
侍女たちが、もう、一番信頼していたジョヴァンナすら、
尋ねて来ないと語る。
アンナが寂しげに入って来ると、みんなは忠誠を誓う。

このあたり、筋を知らないと、
単なる夕べの祈りの合唱にも聞こえる、
開放的で平穏な楽想が続く。

さすがに、最初から陰惨だと気が滅入るし、
第2幕全編の暗い雰囲気の対比に効果的と見た。
カラスのCDは、何だかごそごそ音が終始しているが、
実際に舞台上が動いているのか、マイクの具合が悪いのか。

Track2.
ハーベイが女たちに評議会に立てと命じるが、
抗議が起こる。アンナは、行けと言う。

この部分も、緊迫したシーンながら、
淡々と進む。

Track3.
一人になって、彼女は跪いて祈るが、
座り込んで泣き出す。

ホルンの響きが、祈りの感じをよく出しているが、
血なまぐさいロンドン塔のシーンとは思えない。
カラスは、私の印象では、
やたらと声を張り上げる人というイメージであったが、
ここでは、叙情的な表現で聴かせる。

Track4.
ジョヴァンナが入って来て、
困ったように、アンナの前に跪くと、
アンナは優しく抱き起こす。

このあたりから、この物語の核心になるせいか、
音楽はじわじわと緊張感を高めている。
しかし、オーケストラは、じゃかじゃかじゃか、
じゃっじゃっじゃっ、ぼんぼんぼん、
とやっているだけで、
モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトらが、
器楽と声楽を対等に競わせるような気持ちは、
毛頭ないようだ。

Track5.
しばらくの逡巡の後、
ジョヴァンナは、王が、
もし罪を認め、王妃の地位を放棄すれば、
命は助けると言っていると語る。
アンナが、そんな事を良く言うと驚くと、
王の名のみならず、
アンナの後釜になる罪深い女のためにも、
譲歩を乞う。

ますます、声楽の共演は盛り上がって行くが、
こうして筋書きを追ってみると当然である。
この部分こそが、アンナの疑心が、
最高潮に達して行く部分だからである。

Track6.
自分にライヴァルがいると知り、
アンナは激怒し、天の祟りがそれを罰するべし、
と言う。罪の意識に苦しむジョヴァンナは、
言うことを聴くよう願うが、
アンナは新婚のベッドに幽霊が出ると言う。
ジョヴァンナがひれ伏すと、アンナは、
そのライヴァルがジョヴァンナだと知る。

もう、カラスの強靱な歌声にひれ伏すしかないが、
シミオナートが、まったく、遜色なく張り合って、
みごとな声の織物を織り上げて行く。
その際、オーケストラは、完全に沈黙して、
それに聞き入っているだけにも聞こえる。

Track7.
アンナは出て行けと言うが、
ジョヴァンナは自責の念を分かって欲しいと乞う。
泣きながらジョヴァンナは、
王につけ込まれた未熟を語る。
涙をいかに流そうとも、
いかに苦しもうとも、
彼女は王への愛を打ち消すことが出来ない。
アンナはいま、ジョヴァンナを起こし、
彼女を許されない愛に走らせたエンリコ王こそに、
罪があると言う。

シミオナートの声を満喫できる部分で、
さすが、ドニゼッティ、それぞれの歌手が、
その持ち味を発揮できる場面を用意している。

Track8.
今や、アンナは、ジョヴァンナを去らせ、
彼女のために祈ると約束する。
ジョヴァンナは、アンナの寛大の方が、
恐れる地位に登ることよりも耐え難いと答える。

ここからは、これまでのように、
単に舞台上から声を聴かされている感じではなく、
美しいメロディのデュエットが堪能できる。
そして、この流れで、この場面が終わるので、
観客は大喜びである。

ということで、後半の最初の1/3は、
ジョヴァンナと語るうちに、
アンナが真相を知ってしまう部分で、
最後の最後に大二重奏曲で盛り上がる。

第2場:
部屋の外で、評議会が開催されている。
Track9.
廷臣たちが集まり、
閉じられ、警護されたドアの後ろで、
何が起きているかをいぶかっている。
スメトンが尋問され、
若者が衝動的に、
不利な証言をしないことを祈っている。

これまた、呑気な雰囲気の情景で、
どうも、ドニゼッティは、
主人公の運命を見てるだけの人の、
他人事モードを、こうした牧歌で表現する傾向がある。

Track10.
ハーベイは、部屋から入って来て、
あけすけにほくそ笑み、
スメトンはアンナを助けようとして、
王妃との罪深い関係を認めたと言う。
廷臣たちは失望する。

合唱と独唱の対比であるが、
冷酷なオーケストラのリズムが気味悪い。

しかし、中間部で、
美しいメロディがあふれ出す所はさすがだ。

Track11.
ハーベイは、王が来るので、
廷臣はこの場から去るように言い、
やって来た王だけに、スメトンが罠にかかったと告げる。

急展開の慌ただしいリズム。

Track12.
それから、アンナとパーシィが、
別々の留置場所から護衛されて来る。
王が彼等から離れようとすると、
アンナは、評議会で有罪とされるより、
高位のものの特権として、
むしろ王の手にかかって死にたいと主張する。
不機嫌に王は、パーシィに服従した者に、
その特権はないと言う。

このあたりも、単に、レチタティーボで、
音楽が繋がれている印象。

Track13.
激高したパーシィが抗議するが、
エンリコは、アンナは音楽家と不実な関係で、
その目撃者もいるという。
激情にかられてアンナは、
エンリコこそ不実だと言い、
彼に死を宣告されても不名誉ではないと言う。
彼女の言葉はパーシィを動かし、
王はますます二人を葬らねばならないと考える。
パーシィが、正義が自分たちを救うと言うが、
エンリコの宮殿には正義はない、とアンナは言う。
エンリコは、直に新しい王妃が生まれると言うと、
パーシィは、自分が昔、アンナと結婚していた、
と言って報復する。
その近くによって、王はさらに真実を迫るが、
アンナはあまりの怒りに言葉が出ない。

ここでも、人間関係が、ああじゃこうじゃと、
ややこしいが、オーケストラは、
時折、じゃじゃじゃじゃ、じゃーと、
合いの手を入れているだけである。

Track14.
パーシィがアンナは子供の頃からの許嫁であったと回想し、
そして彼女の助命を乞うばかりと、
三重唱を歌い始める。
アンナは彼を諦めた自分を責め、
エンリコは一人、彼等を罰することを考えている。
彼は、彼等に審議会に出頭して、
昔の結びつきを白状せよと言う。

ここに来て、ようやく現れる、美しい三重唱で、
これまでのぐじゃぐじゃが、ようやく息抜きとなる。
こうなると、緊張を高めた後、
取っておきのメロディを聴かせるのが、
オペラの作法ということになる。

ここでの歌は、いかにも、男の方は、
純粋だが世間知らずな感じが出ている。
これに唱和するカラスの陰影に満ちた声が美しく、
王様は、呪いの言葉をぶつぶつ言っているだけである。

Track15.
再び、アンナの後釜になる新しい王妃について語ると、
パーシィとアンナは、英国人は、
新しい王妃の継承の背後にある事実を、
決して許すことはない、とその信念を宣言する。
アンナとパーシィは連行される。

王様の本領はここからが発揮され、
力強く、ずるがしこそうな声を朗々と響かせる。
それに対する、アンナたちの唱和も緊迫感みなぎり、
感情もあおられて、非常に美しい。
観客も思わず反応しているが、さもなりなんである。

Track16.
アンナの娘エリザベスも、
彼女の破滅の道連れにすることさえ考えながら、
エンリコは、ひとり、
ちょうど知った苦いニュースを熟考する。
ジョヴァンナが痛恨に苛まれて現れる。

王様の思いを伝える、深刻な序奏がついている。
が、後は、基本にレチタティーボ。

Track17.
彼女は自分がアンナの運命に、
荷担したことに耐えられないので、
王に、別れの挨拶をする。

基本的に深刻なレチタティーボである。
シミオナートの声にはドスが効いている。

エンリコは、彼女に自分が王だということより、
恋人であることを思い出させ、
すぐに結婚するのだと言う。
ジョヴァンナは、ただ、遠くに行って、
罪を償いたいと言うと、
ジョヴァンナが冷たくする態度は、ただ、
アンナを憎ませる気持ちを高めるだけであると言う。

すごいオレ様ロジックである。
じゃじゃーんと、オーケストラが一撃を食らわせる。

Track18.
絶望したジョヴァンナは、彼女は、
まだ、彼を愛していると言い、
その愛において、エンリコに、
アンナを殺さないよう願う。

ここでのアリアも、控えめながらメロディが美しく、
決意をこめて歌うシミオナートが素晴らしい。

Track19.
部屋のドアが開くと、
エンリコは、単に彼女の愚行を退け、
ハーベイは、アンナのエンリコとの結婚は、
無効であったと宣言、そのため、
共謀者と共に死刑と決定される。

トランペットが鳴り響き、勇壮である。

廷臣たちはエンリコを見て、
王たるものの慈悲で評決を覆して欲しいと乞う。

Track20.
泣きながらジョヴァンナは、エンリコに、
天もまた、慈悲を求めていると言うが、
エンリコの決心は変わらない。

ということで、この場面は、
アンナとパーシイ、エンリコとジョヴァンナの、
それぞれの思惑が美しいアリアによって、
歌い上げられ、見事に、
この第2幕、第2場を締めくくっている。

このように第2場は、結局、刑が確定するまでの筋。

第3場
ロンドン塔の警護された独房。
Track21.
アンナの侍女たちの、これまた合唱で始まるが、
何だか、シューベルトも書きそうな音楽で、
オーケストラも色彩的で、映えている。
私が、今回聴いて、最も動かされたのは、
この部分かもしれない。

そのせいか、観客からも、アリアでもないのに、
拍手が起こっている。

この部分では、さらに、
ベルリオーズもかくやと思わせる、
劇的緊張感に溢れた、素晴らしい序奏が聴ける。
ドニゼッティが序奏が得意なのは、
室内楽でも見られたとおりである。

ただし、録音が変で、
しょるしゅるとヒスノイズが乗っている。

侍女たちは、アンナの不憫な、
取り乱した様子を語るのである。

Track22.
この部分など、カラスが歌う、
アンナの思慮深く、ある意味、
純真な女性像が描かれて秀逸である。

オーケストラの分厚い弦が、
印象的に思索するような序奏を奏でるが、
まさしく、このメロディこそが、
ドニゼッティがヴァイオリンとピアノのための、
室内楽に書き改めた部分である。

「あなたは泣いているの、何のための涙なの。
今日は、私の婚礼の日、王様が待っているの。」

アンナは髪は乱れ、衣服もかまいなく、
独房から出てきて、何故、侍女たちが、
泣いているかといぶかる。
彼女は、混乱して、この日が、
エンリコとの婚礼の日だと信じているが、
その前にパーシイの幻影が見えて、
彼女をとがめる。
彼女は許しを乞い、どこかに行って欲しいと言う。

合唱は、まるでマーラーのような、
神秘的な響きまで予告している。

Track23.
ついに、聴きもののアリアである。
彼女は、子供の頃、過ごした家を思い、
初恋の頃を、もう一度、体験したいと思う。
この部分、どうやら、狂気のシーンなのである。

さすがに、聴衆の熱狂はすさまじい。

この部分も、ドニゼッティは、先の室内楽に、
移し替えている。

Track24.
太鼓が鳴り響き、驚いたアンナは、
ハーベイがパーシイやロチェフォートやスメトンを、
彼女の独房に連れて来るのを見る。
スメトンは彼女のもとに駆け寄って跪き、
彼女を破滅させたのは、自分一人であるという。
アンナの精神は再び錯乱し、何故、リュートを弾かないの、
などととんちんかんなことを言う。

さすがに、婚礼の行列は晴朗である。
ここの部分も、あの室内楽版には、
書き写されていて、泣き節に変化を与えている。

鳴り響くとされるのは、ぱらぱらと聞こえる小太鼓であろう。
アンナはすでに狂人であるから、
この平穏な背景の中、うわごとのような声を響かせる。
合唱が、彼女の状態を説明する。

この狂乱した部分もまた、室内楽版になって、
曲に切迫感を与えて、変化をつけている。

Track25.
錯乱の中で、彼女は天に救いを求め、
舞台裏で、大砲が轟音を立て、ベルが鳴り響く。
アンナはこの音は何と聴くと、
エンリコとジョヴァンナの婚礼の進行だと告げられる。
それを聴くと、アンナは、後、必要なのは、
自分の血が流されることだけだ、と叫ぶ。

この部分は、アンナの美しい祈りの歌(室内楽にも現れる)と、
大混乱の対比からなっていて、後半は、叫びまくりである。
が、大砲はいつ鳴ったのだろう。
最後には、女性合唱が、「天よ、彼女を助けたまえ」と歌う。

Track26.
そして、彼女は罪深いカップルを、
天が正義を下すよりも、むしろ、慈悲を願う。
彼女が慈悲を願うのを繰り返すと、
彼女は失神し、法官がやってきて、
牢に繋がれていた人たちを首切り台に連れて行く。

この最後の部分では、マリア・カラスが全権を委ねられ、
美しくも高揚した歌を歌い上げる。

当然、室内楽版を終結させるのも、
この勇壮なメロディで、
そのまま器楽曲に移し替えられるような構成で、
このオペラの各部が書かれていることが良く分かる。

さて、オペラの筋であるが、
このカラスのCDでは、
歌い終わる前から、聴衆は拍手を始めるので、
失神したかや、首切り台があるのかないのかなどは、
さっぱり分からない。

このCDの録音は、放送用の録音なのか、
1957年にしてはへんてこで、
時折、人の声のようなものが混信している。
基本的には、鑑賞の妨げにはならないが、
このあたりは、解説に書いて欲しいものである。

以上、聴いて来たように、
ドニゼッティのアンナ・ボレーナの各シーンは、
比較的牧歌風の群衆シーンの合唱で始まり、
最後は、強烈な情念を放射する独唱歌手の、
強引な感情揺さぶりによってドラマを形成している。

今回取り上げた室内楽の各曲の場合も、明らかに、
序盤とその後を対比させる構成が取られており、
華麗な後半に比べ、序奏部には、
シューベルト的とも言える、情緒の陰影が見られる。

得られた事:「ドニゼッティのオペラの序盤、または室内楽の序奏部は、明らかにシューベルトと同時代を感じさせる。」
by franz310 | 2010-11-20 22:24 | 古典
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