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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その245

b0083728_0481223.jpg個人的経験:
ボロディン四重奏団が、
シューベルトに対して、
はたして、どのような
感情を抱いていたかは
よく分からないでいるが、
彼等が、第三期に入ると、
急にベートーヴェンを
集中的に取り上げたりして、
その背景などを饒舌に
語り出している。


一言で言えば、前のリーダー、
コペルマンが、ベートーヴェンを好んでいなかった、
ということになるようだ。

しかし、およそ弦楽四重奏をやる人で、
ベートーヴェンが苦手、などと言うことがあり得るのか。
チェロのベルリンスキーは、長老となって、
いよいよ老司祭のような雰囲気を醸し出しているが、
なかなかくせ者かもしれない。

見よ、このCD表紙の写真。
ひときわ年を取って、小さくなった彼だけが、
知らんぷりをしているではないか。
他メンバーの肩幅の半分くらいになってしまって、
チェロの音量は大丈夫ですか、と声をかけたくなるが、
この表情では、取り付く島もない。

左隣がアブラメンコフ、両脇が、
新メンバーのアハロニアンとナイディンである。
左端にいるのが、普通、第1ヴァイオリンだと思うが、
楽器を持った写真を見ると、
どうやら、反対で、右端がアハロニアンである。

ナイディンは背も高くイケメンである。
ベルリンスキーの孫の世代であろうか。

しかし、改めて、このデザインを見つめると、
倉庫か何かのシャッターの前で撮影されたシチュエーションが、
ベートーヴェン的でも、ボロディン的でもない。
いったい、何を思ってこうしたのだろうか。
トーマス・ミュラーという写真家が撮ったとある。

こんな事を書いたデータを見て、
ふと、胸が熱くなった。
何と、2003年8月、
モスクワ音楽院のグランドホールでの録音だという。

モスクワ音楽院四重奏団というのが、
この団体の元の名称だったような。
こんなこだわりを見せるとすれば、
初代からいるベルリンスキーとしか思えない。

ということで、このベルリンスキー、
やたら、このCDでは存在感があって、
解説でも、ここぞとばかりに、ちょろちょろと、
非難めいた言動が垣間見える。

初代リーダーのドゥビンスキー離脱についても、
何かあったから、と考えるべきで、
両者に何らかの確執があったと思われる。

第2代のミハイル・コペルマンは、
旧世代のメンバーに混じって、
やはり、もっと自由な音楽をやりたかったようだ。
彼は、ドゥビンスキーのように亡命したわけでなく、
別の四重奏団に入ったり、
自分で四重奏団を結成したわけだから、
純粋にここでは自分の音楽が出来ん、
と考えたのだろう。

コペルマンとヴィオラのシェバリーンが去ると、
アハロニアンとナイディンという発音しにくいメンバーを、
第1ヴァイオリンとヴィオラに迎え、
レコード会社も、テルデックからシャンドスに変更して、
彼等はベートーヴェンの作品に取り組み始めた。

従って、解説の題名は、いきなり、
「ベートーヴェンとボロディン四重奏団」と題され、
各メンバーが、いろんな事を言っている。
まとめたのは、David Niceという人。

ここでも、ベルリンスキーの名前から入るところが、
この長老の発言力を物語っている。

「チェリストのヴァレンティン・ベルリンスキーが、
『進化ではなく革命』と呼んだ、
偉大な足跡において、
ベートーヴェンは27歳の時、
弦楽四重奏という困難なジャンルに向き合い、
その驚くべきサイクルの最終章を、
その28年後、死の直前に完結させた。
ボロディン四重奏団の記録破りのキャリアは、
その2倍の長さに及び、
1945年の創設以来、不動のメンバーであり、
温厚な家父長のようなベルリンスキーは、
ベートーヴェンの四重奏の最初から最後までを、
通して演奏するという、
彼の大きな望みが実現したのは、
ようやく最近になってからだと言う。」

ベルリンスキーの名前が連呼されるせいか、
ベートーヴェンより、俺は偉い、
と言っているようにも聞こえる。

また、このチェロ奏者が、
良く喋って、この解説者に深い印象を与えたのであろう、
ということも類推できる。

こう見ると、初代ボロディン四重奏団の、
ショスタコーヴィチなどを、
改めて、このシャンドスが発売した背景にも、
あるいは、このチェロ奏者の存在があったのではないか、
などと思えてしまう。

「オリジナル・メンバー」と銘打ったCDは、
いかにも、「本家」とか「元祖」とか書かれているようで、
それ以外はまがい物に思える。

コペルマンら、第二代のメンバーや、
シャンドス以外のレーベルには面白くなかろう。

「最初期においては、
この巨大で厳粛なプロジェクトには十分な時間がなく、
1955年にソ連当局から、
ボロディンの名称を授与されるまでは、
メンバーが変化して、四重奏が安定しなかった。
そして、ソ連、その他の同時代の音楽への責任があった。」

ここまで、ボロディン四重奏団の歴史に、
使命やら言い訳やらを書き連ねられると、
(ふと、北朝鮮のニュースを思い出しつつ、)
シャンドスは、彼等にとって、
良いレーベルだったんだろうなあ、
などと考えてしまった。

これまで、BMGや、ヴァージンや、テルデックから出た、
彼等のCDを聞いてきたが、ここまで、
演奏者主体の解説を書いてくれるところはなかった。

「当然、ベートーヴェンは、
たびたび四重奏団のプログラムを飾った。
1946年には稲妻のようなヘ短調作品95を、
見境なしに取り上げ、
1950年代の特別な十八番は、
ハ短調作品18の4の、第1楽章であった。
しかし、それらは飛び飛びであって、
ベルリンスキーは、最後の作品135は、
結局、ドゥビンスキーの時代には、
やってないのではないかと回想する。
ドゥビンスキーが熱心でなかったわけではない。
ベルリンスキーは、彼が、
ベートーヴェン初期の作品18の全曲を、
一夜で演奏したがっていたを覚えている。
『しかし、ロストロポーヴィチが、
次々にバッハのチェロ組曲を弾くようなもので、
きっと心臓が止まってしまうでしょう。』」

確かに、昔、LP時代(ドゥビンスキー時代)にも、
この四重奏団の代表的レコードに、
「セリオーソ」があったので、
上記発言には、ついつい肯いてしまう。
私も、このLPは持っているはずだが、
今、見つけられないでいる。

実は、今回のCD、他にも、
第14番嬰ハ短調と、大フーガも収録されているが、
私には、「セリオーソ」が一番、印象的だった。

「1976年にドゥビンスキーが離れ、
1995年までミハイル・コペルマンに交代したが、
ベルリンスキーは、
『彼は全部のベートーヴェンを、
弾くつもりはなかったのです。
隠してもしょうがない』と言う。
しかし、ルーベン・アハノニアンと、
ヴィオラのイーゴル・ナイディンが現れ、
第2ヴァイオリンのアブラメンコフ、
チェロのベルリンスキーに合流し、
チェロ奏者の夢は、ようやく形をなし始めた。」

と、冒頭、書いた話がこのように出てくる。
しかし、ベルリンスキーも、
かなり溜まっていたのかもしれない。
コペルマン時代は何も言わずに我慢の日々だったかもしれん。

「ベルリンスキーは、
『作品18によって始めるのが、
学ぶ上では正しいと思う。
若い四重奏団が、ごく初期に、
後期作品を演奏するための人生経験がない段階で、
ベートーヴェンを演奏する時、
後期四重奏曲には、心理学的に準備すべきだ』
と考えている。
アハロニアンが言うように、
作業はゆっくり、集中して行われた。
『各四重奏曲は、それ自身の世界を持っています。
2、3回のリハーサルでは正しい結論には至りません。
同業者の中には、
”お祭り品質”という言葉があり、
これは、ぱっと集まって楽しむために、
手っ取り早く弾けるようになることです。
しかし、これはベートーヴェンには向いていません。』
アハロニアンが最初にぶつかった難問は、
技術的なことでした。
ロシアのメロディアレーベルに、
傑出した独奏者として、
最も困難なパガニーニのヴァイオリン曲を録音し、
ヴァイオリン・ソナタや三重協奏曲、ヴァイオリン協奏曲など、
ベートーヴェンの多くの曲を演奏している。」

モスクワ音楽院での録音であるし、
メロディア所縁の奏者を入れ込むあたり、
旧ソ連系の繋がりが強い連中なのであろう。

「『しかし、四重奏団に参加して、
ベートーヴェンの第1ヴァイオリンのパート、
特に、中期のラズモフスキー四重奏曲や、
後期四重奏曲では、トリオや協奏曲に、
要求されるもの以上のものがあると知りました。
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲では、
オーケストラと指揮者を圧倒し、
そこから聴衆を説得する、
異なった心理的挑戦があります。
しかし、12番や14番、15番の四重奏曲では、
高きに登るために、
練習に練習を重ねることが必要だと分かったのです。』
アブラメンコフとナイディンは、
ベートーヴェンの後期様式の作品集は、
他のレパートリーにない困難さがあると考え、
この意見に賛成している。
アブラメンコフは、
『初期の四重奏曲での対話は、
作曲家の天才によるが、
最後の四重奏曲群は、
何か宇宙的、超俗的で、
そんなものに人間が到達など出来ないと思う程です。
第1ヴァイオリンがリードし、
他は伴奏で済んだハイドンから、
彼は何と遠くまで、
四重奏曲を発展させたことでしょうか。
彼は、四重奏曲が室内交響曲のように聞こえる、
絶対的シンフォニズムに到達しました。
4つのパートは、完全に均等であり、
これこそが我々が直面し果たすべき課題です』
と特筆する。」

第2ヴァイオリンも、こんなに語らせてもらい、
いかにも、ソ連系にふさわしい共産主義の美学が感じられる。
しかし、こんな風に語り合って、
練習を重ねて現れて来る音楽、というのが聞きたくなるような、
舞台裏を見せられても、と目のやり場に困るような、
微妙な解説である。

種明かしをあまりさせると、
ありがたみも減るものだが、
そこは、歴史ある団体だからこそ許される事だ。

新人の四重奏団が、
こんな事を書いていたら、
10年後にも続いていたら聞いてやろう、と思ってしまう。

「初期の四重奏曲は、また違った困難さが待ち受けている。
ベルリンスキーは、
その古典的スタイルは、
感情に逃げ込むことを許さないとする。
スコアを見ると、それは透明に見える。
しかし、どこにも隠れ場所はない。
アブラメンコフは、
『作品18で始めた時、
各四重奏曲の意味や真相を模索していきました。
各奏者が、
それぞれのパートが何を言うべきかを知ることは重要です。
しかし、それ以降のベートーヴェンは、
もっと私的なことを書いており、
各パートの意味はさらに難解になります』
と言っている。
彼は、ショスタコーヴィチとの違いも指摘している。
ボロディン四重奏団が、2000年に、
ベートーヴェンとショスタコーヴィチで
バランスを取ったコンサートを始めた時、
その15曲の四重奏曲は、スタイルやムードを変えたという。
『ショスタコーヴィチは哲学的文脈を示し、
ベートーヴェンは自身の哲学を持っている。
しかし、それは常に変化するのです』。
各奏者は、ベートーヴェンが、
弦楽に息もつかさず、
素早く気分や意味を変えるという事実を、
その困難さの一つに挙げている。
ボロディン四重奏団のスタイルのエッセンスは、
常にその自然さ、有機的流動性にある。
たぶん、その理由によって、
アハロニアンはボロディン四重奏団の特別な点を、
このように表現する。
『初期、中期、後期に拘わらず、
すべての緩徐楽章では、
神の音楽の中を遊泳するように、
我々は自由に呼吸ができます。
しかし、ラズモフスキー四重奏曲の第1楽章では、
何度もテイクを重ねなければなりませんでした。
ヘ長調の緩徐楽章は、どちらも通しで演奏でき、
たった二回で済んだのにです。
これはとりもなおさず、
良い技巧、良い技術だけの音楽家たちとは違って、
何を言うべきかを理解した集団だということなのです』。
残りについても、
それは単に、『何度も練習し、論議や議論を重ね、
テンポや性格付けに至る』ということを行った。」

悪戦苦闘した末の録音だということだが、
これは良いことなのか、悪いことなのか。
もっと良く練った表現をレコードに残してもらいたいものだが、
すべては、ベルリンスキーには時間がない、
ということで片付いてしまいそうだ。

「アブラメンコフが、こう付け加える。
『この痛々しいまでに、
個人的な音楽が言いたいことについては、
おそらく、我々は違ったイメージを持っています。
一つの四重奏として、聴衆を説得すべく、
これを揃えていくことが恐ろしく面倒ですが、
それでも恐らく、内面では、
少しずつ異なった感覚でしょう。』
障害や謎は、当然ながら、
激しい愛を閉め出すものではない。
ナイディンは嬰ヘ短調四重奏曲への、
個人的な愛着について述べる。
『大好きなんです。
しょっちゅう難しいところがあって、
全楽章を切れ目なく一続きで演奏するのは、
とても難しいのに、
何故かは分からないけど。』
(ベルリンスキーは、ショスタコーヴィチに関する、
愉快な逸話を差し挟まずにはいられない。
作曲家は、ベートーヴェンと同様、
同様に四重奏曲を作りたかった。
ベートーヴェン四重奏団の、
年配の第1ヴァイオリンのツィガーノフが、
楽章間で音合わせをするのをやめさせるために、
いくつかの四重奏曲を通しで演奏するように書いただけ、
と冗談を言っていた。)」

ツィガーノフは、録音を聞く限りでは、
素晴らしいヴァイオリニストだが、
こうした神経質な点があったということか。
それとも、当時の演奏スタイルがそうしたものだったのか。
あるいは、「年配の」とあるから、
年のせいで、そうなってしまったのか。

「アブラメンコフは、作品127の四重奏曲が好きだが、
作品18にも愛着がある。
『おそらく、少し時代遅れの性格で、
後期の四重奏曲で直面するような宇宙的な問題がないのが、
私の性格に似ているからでしょう』。
アハノニアンは、ラズモフスキーの第1番、ヘ長調には、
まだ怖じ気を感じているが、
ベルリンスキーは、顔をしかめて、
好きな曲を聞かれたら、いつも、
『たまたま、私の譜面台におかれたもの』
であるべきだと応答する。
今、ベルリンスキーは、
ショスタコーヴィチを捨て、
ベートーヴェン一人に光を当てながら、
80代になり、人生のゴールにさしかかっている。
我々はボロディン四重奏団のベートーヴェン・チクルスの、
最優先の特徴が、『晴朗さ』にはならないと考える。
一つ明らかなことがある。
ベートーヴェンは難物だ。
アハロニアンが指摘するように。
『ベートーヴェンと並べて、
ショスタコーヴィチや他の作曲家を演奏すると、
衣装替えをするように、
集中の角度が変わるでしょう。
ベートーヴェンを聴くのは、楽しく喜ばしいですが、
一晩でベートーヴェンの四重奏を2、3曲弾いた後は、
完全にへたりまくり、消耗します。』
アブラメンコフのイメージを借りると、
それは、際限なく石を運び上げる
シジフォスの苦役のようであるが、
それは四人に責任感や名誉をもたらすものである。」

ということで、みんなでベートーヴェンの好きな点、
特別な点を語り合ったりして、
ベルリンスキーのやりたかった事は、
これだったのね、と納得のようなものが得られた。

結局、彼は、全集を完成させて亡くなることになるので、
こりゃ、恐ろしい執念だ、と唸ってしまう。
80歳を越えた老人が、人をかき集め、
コネを頼りに、何とか夢を果たす、壮大なストーリー。
それだけで泣ける。

私は、是非、このメンバーでも、
ベートーヴェンだけでなく、
シューベルトも録音してもらいたかった。
しかし、彼等は繰り返し、
ベートーヴェンの宇宙的な事を書いていて、
その他は十把一絡げにしているので、
少々、腹立たしくもある。

b0083728_049247.jpgさて、ボロディン四重奏団、
「セリオーソ」の演奏は、
LP時代から有名であったが、
CD時代になってからも、
コペルマン時代に録音があり、
1987年、イギリスでのもの。
これは、たいそう美しいデザインで、
倉庫のシャッターとは大違い。
さすが、ヴァージンという感じ。
録音も、自然で伸びやかで、
20年以上前のものとは思えない。


この演奏、コペルマンがリードしていた時代にふさわしく、
彼の妙技が聴きものである。
従って、四人がまったく均等、という感じはない。

一方、アハロニアンのものは、
さすがに四人で練り上げた、
という表現がふさわしい感じがした。
長々と読んで来た解説が、
もっともしっくりと納得できるのが、
この「セリオーソ」だった。

私は、そもそも、この四重奏曲の攻撃的な性格が好きではない。
従って、コペルマンの快調なものでは、
何も悪い事をしてないのに、責め立てられるような感じがする。
これは、どの四重奏団を聞いてもそうなのだが。

しかし、この演奏では、冒頭からして、
落ち着いたテンポを取っていて、
思慮深い感じがする。

チンピラ風ベートーヴェンが、
少し話が分かる大人になった感じ。
ということで、「セリオーソ」を聞くなら、
今後、これがいいな、という感じ。
アハロニアンのヴァイオリンが、
弱いわけではなかろうが、
うまく、他の奏者とブレンドしている感じがする。

オリジナル・メンバーのものは、
もっと冷徹だったと思うが、
探せていないのが残念だ。

セリオーソの解説はこんな感じで、大変、難しい。

「二つの魅力的な四重奏曲が、
中期と後期のベートーヴェンの間に、
気をもませるようにおかれている。
チェリストのベルリンスキーは、
作品74は、先立つ、
野心的なラズモフスキー四重奏曲の整理であり、
それから1年余りして、1810年に書かれた
四重奏曲ヘ短調作品95は、
後期四重奏曲に接している。
それらのものと同様に、
作品95は、繰り返しなしという制約を課されている。
この場合、当時、同じヘ短調で、
ベートーヴェンが直面していた、
『エグモント序曲』の、公的、英雄な悲劇を、
この上なく凝縮したものとなっている。
彼の他の依頼された四重奏曲とは異なって、
作品95は、『公で演奏してはならず』という、
先例のない禁止が記されていたが、
彼の生前でもそれはあって、
1825年に、まだ十分書けていなかった、
作品127の代わりに演奏されていたし、
その頃までには印刷されて出回っていた。
独特なのは、作曲家自身が、『厳粛な四重奏』と、
サブタイトルを記したことで手稿に見られる。
この四重奏の各楽章は、
当時先端のアイデアで火照っている。
ベルリンスキーは、
突然のオープニングバーのヘ短調ユニゾンと、
作品18の1を開始させるフレーズの
魅惑的な関係を歌ってくれた。
事実、この着想はずっと現れ、
しかし、同様に大胆な空間を持つ、
ラズモフスキー四重奏曲のものよりも、
もっと劇的な沈黙の後、
これがコントラストをなす
跳躍音型に対抗して現れ、
このわずか3分の楽章の、
短く嵐のような展開部、
そして、短かいが叙情的な、
変ト長調への予期せぬ変容に
エネルギーを与えている。」

なるほど、第1楽章冒頭が、
チンピラ風なのは理由ありだった。
つまり、ベートーヴェン初期の木霊だったということ。

コペルマン時代のものは、
すごい自信で推進力があり、
録音が良いので、冒頭のチェロの掛け合いなど、
妙に生々しい。
新メンバーでの録音は、
若い第1ヴァイオリンにためらいがあり、
チームワークで支える印象。
四重奏としての味が出ている。

このチンピラ風木霊は、特に、低音で響くので、
ヴァイオリンを責めさいなむ感じが出ていて面白い。

「ほろ苦い質感と、和声の不安定さが、
ニ長調の音階のチェロによってアナウンスされる
アレグロ・マ・ノン・トロッポを貫く。
さらに注目すべきは、
楽章中央部に現れる、
果てしない半音階的フーガ風パッセージで、
単純な音階を促し、
開始部の歌を優しく浄化するものである。」

この楽章は、もともと内省的だが、
ここでは、ヴァイオリンがいじいじしていて、
曲想に合っている。
フーガの部分も、いじいじが重要。

私は、「ます」の五重奏曲も、
単に爽やかに弾くのが良いとは思っていない。

コペルマンは、気持ちよく弾きすぎ。
が、ここに惚れる人もいるだろう。

「(『ヴィヴァーチェ・マ・セリオーソ』という
奇妙な注釈のついた)スケルツォで、
ぶっきらぼうに、ヘ短調が再度、主張し、
第1ヴァイオリンが休みなく動く中、
低音弦に、奇妙な和声進行があるトリオの
離れた調性に解放する。」

この楽章も、パワーで押し切っていないのが嬉しい。
トリオも、集団で味が出るものと心得た。

「苦痛に満ちた、ゆっくりした序奏のあと、
主調が現れ、終曲を支配する。
ここでベートーヴェンは最後まで衝撃はとっておく。
古典の先例では、ヘ短調による解決を用意するが、
コーダの不自然なまでの優美さや、
陽気さは、エグモント序曲の勝利の突撃とは、
何光年も離れている。」

セリオーソは、20分台でぶっ飛ばす演奏が多い中、
落ち着いて聴けると思ったら、
このCDでは22分をかけていた。
それ以外にも、アタックが弱いなど、
恐らく、老人に配慮した部分も多いのだろうが、
私はこれで良い。

「公開演奏禁止」だとしたら、それほどの名人芸は不要である。

私は、このCDの3曲では、第14番や、大フーガの方が好きだが、
今回、「セリオーソ」比較で、満腹である。
チェロ主体の合奏も良い。特に「ます」の五重奏などは、
低音弦が重要な役割を果たすので、こうした演奏で聞きたかった。

得られた事:「ベルリンスキー、徳川家康説。信長ドゥビンスキーと、秀吉コペルマン去った後、遂に天下を取る。」
「チェロがリーダー格の四重奏団も良い。」
by franz310 | 2010-10-03 00:44 | 古典
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