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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その239

b0083728_2161423.jpg個人的経験:
ショスタコーヴィチの
初期の弦楽四重奏曲群を、
まとめて聞き始めたが、
弦楽四重奏曲第2番などは、
私の予想を良い方に裏切って、
非常に聴き応えのある
野心作であると知った。
また、第1と同様、
第4、第6の四重奏曲も、
叙情的な美しい作品であった。


これまで聴いた中で最も、起伏に富んだものは、
やはり、第2番ではないかと思うが、
第2楽章では、華麗なヴァイオリンの妙技が冴える。
初演者、ベートーヴェン四重奏団の
第1ヴァイオリン、ツィガーノフのCDでは、
その音楽性が映えて印象的だった。

各曲とも、クライマックスでは、
すごい集中力で高まって、
ベートーヴェン四重奏団の熱い特徴も聞き取れた。

作曲家の生前から、この団体と張り合うように、
ボロディン弦楽四重奏団が、
ショスタコーヴィチ演奏の雄として、
我々の脳裏に刻まれていたが、
この2つの団体を比較するのに、
これらの四重奏曲を利用するのも悪くはあるまい。

作曲家が亡くなって、
三十数年が経とうというのに、
これら所縁の両団体の「全集」が、
入手できるというのもすごいことだ。

しかし、ボロディン四重奏団の方は、
最後の2曲を録音する前に、
リーダーが亡命してしまったので、
オリジナル・メンバーによる演奏では、
13曲しかまとまっていない。

この録音は、ソ連のメロディアから出ていたものだが、
今回は、イギリスのシャンドスからCD化された。

特に、「第2番」は、第1楽章で、
集団プレイとしての正確さや大胆さが求められ、
第2楽章では、第1ヴァイオリンの美質が問われ、
第3楽章では、精妙さが、
第4楽章では、個々の奏者の力量が問われる。
ボロディン四重奏団のドゥビンスキーのヴァイオリンは、
ベートーヴェン四重奏団のツィガーノフのような、
変幻自在はないようだが、
鋭く切り裂いていくような集中力が素晴らしい。

後で書くように、この四重奏団の、
独特な演奏スタイルの描写が解説に出てくる。
まさしく、ソ連のエリート集団であって、
正確無比に、音楽を掘り下げていく。

一心不乱ではなく、何か余裕のようなものすら、
垣間見える演奏で、悪魔的な「第2番」が、
早くも古典的な解釈で捉えられていることに驚く。

第2楽章のヴァイオリン独奏も、
ツィガーノフのものが扇情的な
ヴァイオリン独奏曲のように歌っていたのに対し、
ドゥビンスキーのヴァイオリンは、
あくまで、他の楽器の中で目立つ程度である。

第3楽章も一糸乱れず、
みごとなバランスで突き進んでいく。

この演奏、何時の録音かは分からないが、
1973年と翌年に書かれた最後の2曲がない点から、
それ以前の録音であることが分かる。
また、12番、13番は、
1968年と70年の作品であるから、
少なくとも、この2曲は、
1971年か2年に録音されたものだろう。

日本では、LPの時代、
まず、11番までの「全集」として出たので、
これが作曲された1966年から
12番の作曲年の間に録音されたものと思われる。

つまり、このCDは、表紙写真がモノクロで、
妙に時代を感じさせるものの、
1960年代後半の、割合最近の録音だと言える。
よく見ると、表紙写真は1966年のものとあった。

もう、60年代は白黒の時代なのだなあ、
と改めて感じ入ったりしてしまう。

そういえば、ベートーヴェン四重奏団の録音が、
1956年とされたから、10年ぶりに現れた、
新解釈だったわけである。

第4楽章も、非常に練り上げられた表現で、
自信たっぷりに序奏が奏でられる。
ロシア民謡風の主題も、しみじみと落ち着いて、
丁寧に語り出される各変奏を用意する。

作品が出来てから20年以上が経過し、
すっかり解釈も落ち着いたようである。
各楽器の強烈な掛け合いにも余裕がある。

見ると、ベートーベン四重奏団の演奏では、
32分程度の作品だったこの曲が、
36分かけて演奏されており、
一割も増量になっている。

さて、一般に演奏家の解説は、
単なる自慢話の列挙が多いのだが、
このCD、この団体の興味深い側面を、
さらりと書き留めて楽しい。

「長年にわたり、ボロディン四重奏団は、
ロシアの弦楽四重奏団の中で最前線にあった。
1953年から1974年まで、
メンバーは不動であった。
彼等4人は、個々の領域における巨匠であり、
瞬く間に、世界的な名声をものにした。
彼等は、ソ連内の全く違う地方から、
モスクワ音楽院に集って来た。
当初から、例外的な才能を示した、
第1ヴァイオリンのロスティラフ・ドゥビンスキーは、
高名なヤンポルスキーに学ぶために、
キエフから両親に連れられて来た。
レニングラード生まれのヤロスラフ・アレキサンドロフは、
ダヴィッド・オイストラフの生徒となった。
ドミトリ・シェバーリンとヴァレンティン・ベルリンスキーは、
それぞれ、シベリアの別の地方から来た。」

ドゥビンスキーが、両親に連れられて音楽院に来た、
などと言うシーンは、今まで、想像したこともなかった。

「元来、モスクワフィル四重奏団として知られていたアンサンブルは、
ドゥビンスキーとベルリンスキーと他の二人の音楽家によって、
1945年に創設されたが、
1952年にはアレキサンドロフが、
1953年にはシェバーリンが加わり、
1955年にボロディン四重奏団と名前を変え、
グループは全ヨーロッパ、
アメリカへの国際的キャリアに向けて出航した。
エディンバラやザルツブルク音楽祭で名を馳せ、
彼等の演奏を、欧州プレスは称賛した。」

また、下記のような生々しい記事の引用は、
ソ連のエリートたちの、恐ろしいまでの自負心を描き出している。
ガガーリンが人類初の宇宙飛行をした時代のソ連。
国力は最高潮に達していたと思われる。

「南ドイツ時報は、このようにある演奏会をレビューした。
『見るからにスリムで、知的、
デカダン風にも見える、
4人の驚くべき若い紳士は、
いくぶん傲慢な風に聴衆を見つめ、
輝かしいオックスフォードの学者たちですら、
ここまで洗練されて見せるのは難しい程であった・・。
演奏は、啓示にも似たようなものであった。
彼等は完璧とか、洗練とかを狙ってはおらず、
事実、彼等はほとんど演奏中、互いを見ない。
集中して数秒後には、
彼等は自身のパートに酔いしれ、
出来るだけ深く、感情豊かに、
美しく演奏するように、ただ専念するのだった。」

かっかと燃えさかるベートーヴェン四重奏団の、
次の世代の四重奏団は、
かくも冷徹な、恐るべき子供たちだったということだ。

さて、一方で、
ショスタコーヴィチの四重奏曲の
各曲の解説も、
そうした楽団の演奏にふさわしく、
簡潔明瞭なものになっている。

が、その前に、弦楽四重奏曲の歴史みたいなのが、
ざざざっと書かれている。

「弦楽四重奏曲は、音楽を書くのに、
最も難しい形態として知られる。
4つの均質の、しかし独立した声部に対し、
論理的バランスを与え、
それらを親密な対話の形に導くのは、
このジャンルの特徴である技術的要求を必要とする。
さらに加えて、少なくともベートーヴェンの時代以来、
抽象的な音楽思考にふさわしいものと考えられ、
ハイドン、モーツァルト、シューベルト、
それにベートーヴェンに根ざす、
偉大なヴィーンの伝統は、
その後継者たちや、
特に、スメタナやドヴォルザーク、
ヤナーチェクといったチェコ楽派に代表される
国民楽派の豊かな貢献を除いては、
19世紀を通じて、決して乗り越えられることはなかった。」

ショスタコーヴィチの解説をするのに、
ここまで書くか、と思えるほどの歴史概観である。

「奇妙なパラドックスによって、
高度なロマン主義の肥大化した内容や、
ポスト・ワグネリアンの管弦楽の増殖した色彩美に対する
反応として、
20世紀のジャンルとして、
弦楽四重奏への興味が再燃した。
弦楽四重奏曲の本質からして、
作曲家に自制や、
音楽思考の集中、
オーケストラ曲ではあり得ない方法での
純化や洗練を強いた。
二十世紀初頭のいくつかの傑作と共に、
このジャンルは復活した。
すなわち、バルトークの6つの四重奏曲や、
ベートーヴェン後期を見据え、
新ヴィーン楽派が到達した
調性からの解放を見据えた音楽語法である。
バルトークが最後の四重奏曲を書いた1939年、
ショスタコーヴィチは、
まだ、たった1曲を書いたばかりだった。」

ようやく、古典から、
二十世紀の最初の1/3までの
四重奏の歴史を書き上げたわけだが、
これから、ロシアにおける四重奏が語られる。
これがまた長い。

「ロシアは室内楽の演奏と作曲において、
ラズモフスキー侯、ガリツィン侯が、
ベートーヴェンに作曲を依頼してから、
すでに強い伝統を有していた。」

このことは、多くの室内楽ファンが知っている。
しかし、下の人は私は初めて聴いた。

「19世紀後半には、
豊かな材木商でアマチュア音楽家であった、
ミトロファン・ベルヤエフが、
新しい室内楽の作曲を依頼して、
伝統を育成しており、
モスクワには、
当時最も知られた対位法の大家で、
多くの素晴らしい室内楽の作曲家であった
タニェーエフがいたが、
10月革命以降、室内楽は、
エリート用に過ぎ、ブルジョワ用と思われた。」

「ドクトル・ジバゴ」のような映画を見ると、
独裁的な体制下では、こうした事が起こりうることは、
非常によく理解できる。

「1920年代後半、
現代音楽家協会とプロレタリア音楽家協会が対立、
後者は、行進曲、革命歌、大合唱など、
実用的な芸術のみが、
新しい社会主義国家には必要とされると信じられた。
こうした混沌の中、1930年代初期に、
社会主義リアリズムという、
新しい公式ポリシーが出現するまで、
秩序回復はなかった。
抽象的、エリート的という評価によって、
シェバーリン、ヴァインベルク、
ミィヤコフスキーの特筆すべき例外の他は、
この時期、室内楽はロシアの作曲家から遠ざけられた。」

シェバーリンは、ショスタコーヴィチが、
第2四重奏曲を捧げた作曲家である。

「ショスタコーヴィチは比較的、
遅くなって弦楽四重奏曲に向き合った。
最初の四重奏曲を1938年に書くまで、
彼はすでに、5曲の交響曲を書いており、
オペラ、マクベス夫人に対する、
スターリン政権の最初の攻撃から生き延びていた。」

逆に言うと、ショスタコーヴィチの名作とされる、
第5交響曲などは、かなり早い時期に書かれたということだ。
名声を博した時、彼は31歳であったから、
シューベルトが、「グレート」でヒットしたようなものだろう。

以下の部分は、
ショスタコーヴィチの四重奏曲を、
簡単に紹介する際に、
便利な一文であろう。

「続く26年に書かれた15曲の四重奏曲は、
第二次大戦、スターリン主義のテロ活動、
フルシチョフの『雪解け』、冷戦、
ブレジネフの沈滞を目撃した人の、
全歴史の生きた証言であった。
これらの無秩序な熱狂は、
交響曲群にも反映しているが、
これらは公の作品であり、
ここでは、ショスタコーヴィチは、
公式の個性と個人的な個性のバランスを、
非常に慎重にバランスさせる必要があった。
これに対して、四重奏曲は、
個人的な日記のようなものになり、
1960年から、作曲家のペンから、
これらは規則的な間隔で生み出されることとなった。
ショスタコーヴィチは、
矛盾の巨匠であり、
2、3小節で、陽気な気分は、
怒りに変わっており、
怒りは喜劇に、喜劇は皮肉に、
皮肉は、鈍重な魂の無感覚に至る。」

ショスタコーヴィチは「矛盾の巨匠」でありというが、
この現代という時代こそが矛盾だらけなので、
彼の置かれた特殊な環境にも拘わらず、
我々に身近に響くのであろう。

「ベートーヴェンの後期の四重奏曲群では、
世俗と崇高が、
厳粛と喜びが共存し、
これら不調和な性格は、
クリエイティブな芸術家の熟達によって、
調和させられていた。
一方、ショスタコーヴィチの場合、
これらの要素は入念に並列にされ、
不一致をさらけ出したままでいる。
この技術は、
彼自身、そしてその社会を嘲る目的があり、
それゆえ、その作品がソ連の権威たちに、
慎重に吟味されたことは、
いささか当然のことであった。」

交響曲がしばしば批判されたことはよく聴くが、
四重奏曲もまた、いろいろな批判を受けたのだろうか。

「弦楽四重奏曲第1番ハ長調、作品49は、
第5交響曲から1年もしないうちに書かれ、
1938年10月10日、
グラズノフ四重奏団によって初演された。
一ヶ月後、この作品は再演されたが、
この時は、ショスタコーヴィチの四重奏曲の
最初の作品以外をすべて初演した
ベートーヴェン四重奏団が演奏し、
作曲家の生涯にわたる盟友としての関係の基礎を築いた。
第5交響曲の高ぶったドラマの後、
この四重奏曲は、明らかに控えめで、
ショスタコーヴィチ自身が言っているように、
それは学生の課題曲から少し進んだくらいから、
第一歩を踏み出したのであった。
完成された四重奏曲は、
落ち着いた、古典的な均整のとれたものとなり、
ショスタコーヴィチの後の四重奏曲を特徴づける
苦痛がない。
反対に、その明るく透明なテクスチャゆえに、
作曲家は当初、『春の時』という副題を考えた程であった。
『最初の四重奏曲を書いている間』、
と彼は書いている。
『子供の頃のイメージを与え、
いくぶんナイーブで、日差し輝く、
春の雰囲気を与えようとした。』」

これらは、ベートーヴェン四重奏団のCDでも、
読んだことがある事である。
ボロディン四重奏団の演奏は、
より冬のきりりとした空気を感じさせる。
それだけに、孤独感が胸に迫る部分がある。

「弦楽四重奏曲第2番によって、
完全に異なる効果が作り出されている。
これは、ショスタコーヴィチが、
第9交響曲や、ピアノ三重奏曲ホ短調
に取り組んでいた、戦争終結期に書かれた。
この曲は、1944年の9月、
イヴァノヴォのソヴィエト作曲家ハウスで、
わずか18日で書き上げられ、
ヴァッサリオン・シェバーリンに捧げられた。
この作品は前の作品より遙かに本格的なもので、
リズム的にも和声的にも複雑なものになった。
最初の2楽章は劇場風に、
序曲と、レチタティーヴォとロマンスと題されているが、
しかし、同時に痛みや怒りがある。
第2楽章は第1ヴァイオリンが、
他の奏者の簡素な和声のサポートの上を、
長い独白をするが、
ショスタコーヴィチがその頃、
特別な感心を持ち始めていた、
ユダヤの音楽に影響を受けたものと思われる。
(この影響は、第4四重奏曲の終楽章で、
再び現れる。)
第3楽章は変ホ短調で、
素早く動いて浮遊するワルツで、
弦楽は終始弱音で演奏されて、
中間部のクライマックスを除いて、
幽霊の踊りのような感じである。
さらに別の短いレチタティーヴォの後、
終曲の『主題と変奏』の主題をヴィオラが導く。
この主題はロシア民謡のスタイルで、
いくぶん退屈なものだが、
変奏曲が始まると、緊張は次第に高まる。
熱狂したクライマックスの中、
シンコペートされた和声が、
第1、第2ヴァイオリンでぶつかり合い、
痛ましい突撃となる。
それから、攻撃していた者が、
突然、犠牲者となるように、
チェロの脅迫的な変ホの低音の上を、
各楽器は悲鳴を上げて興奮する。
四重奏曲は静かに暗澹とした決意で終わる。」

この四重奏についても、
ベートーヴェン四重奏団のCD解説と、
ほぼ同様の内容が読み取れる。
しかし、「音楽は、この困難な時期に現れた
精神的な熱狂を刻印すると共に・・・、
現代の生き様の様々な側面、
民衆の運命、個人と集団、
私的なものと公共のものなど、
が明らかにされている」
などと書かれたような、ものすごい表現はない。

さて、ベートーヴェン四重奏団のCD解説で、
「音楽は主人公の人生の物語を明らかにする」
などと書かれ、
さらにややこしい解釈をされた「第3」であるが、
ここでは、どんな解説になっているだろうか。

「弦楽四重奏曲第3番ヘ長調、作品73は、
第9交響曲のすぐ後、1946年に続いた。
この曲はショスタコーヴィチの弦楽四重奏の
各楽章の性格や配置のための、
最初のモデルとなったもので、
その変化の幅は、同編成の、
多くの後の作品における適用されたものだ。
もともと、これら各楽章には、
こうした記述があった。
アレグレット、将来の破滅に気づかない平穏。
モデラート・コン・モート、不安と予感の雷音。
アレグロ・ノン・トロッポ、戦争が引き裂く力。
アダージョ、死への賛美。
モデラート、永遠の問い、何故、何のために?
作曲家は、
その後ろに作品の真実を隠すための煙幕のような
こうしたタイトルを次第に書かなくなった。
この四重奏曲には、
作品を開始させる気楽でふざけたメロディから、
激しく打ち鳴らされるスケルツォで、
ショスタコーヴィチの四重奏に初めて現れる
アレグロ・ノン・トロッポの第3楽章、
そして、最後の悲歌風のモデラートまで。
確かに広い感情表現がある。」

という風に、作曲家のメモのようなものが参照され、
より説得力のあるものになっている。
が、ベートーヴェン四重奏団の解説の後では、
ちょっと物足りない。

私は、この曲はスメタナ四重奏団で聴いて来たので、
ベートーヴェン四重奏団の感情的な演奏より、
より古典的なこの演奏の方が安心して聴ける。

例えば、終楽章では、ベートーヴェン四重奏団は、
何だか、崩壊寸前まで表現を追い込んでいたが、
この演奏は、ショスタコーヴィチ特有の、
どっちつかず状態で浮遊する側面の方が強い。

また、第1楽章のお気楽表情も、
適度に節度を持っていて好ましい。
時折、このお気楽に影が差すが、
この演奏は、楽器間の音色が均質で、
陰影が自然である。

この強奏になると、
当時の録音の限界寸前まで行っていたようで、
もう少しダイナミックレンジに余裕が欲しい。

また、やはり、この曲もテンポに余裕があり、
ベートーヴェン四重奏団が30分で演奏していた曲を、
33分で演奏している。
カセットテープに録音して聴いていた世代には、
ありがたくない演奏時間である。

「第3四重奏曲から、3年後、
その続編が生まれたが、
この時期までに、ソ連は、
スターリンの独裁の黎明期の
新しいテロリズムの波が来る瀬戸際にあった。
レニングラード党派の秘書、
ジダーノフに扇動された追放は、
特に、ロシアの知識階層に対して行われた。
過酷な攻撃が、ショスタコーヴィチを含む、
当時のソ連の指導的な作曲家に対して始められ、
彼は形式主義の反省から、
オラトリオ『森の歌』のような、
陳腐な公式作品を書かされた。
この時期、作曲家の人気は低下し、
彼は、弦楽四重奏曲第4番のような、
個人的世界に逃避した。
これは、その発表を、
政治的安定が来るまで保留されたもので、
このため、この四重奏曲の発表は、
1953年の12月まで待たねばならなかった。
この時期、スターリンの死後、8ヶ月が経っていた。
作曲家は、この作品を取り下げたりしたとはいえ、
非常に分かりやすい作品で、
反抗精神は時々しか表に出ず、
ほとんど底流している。」

この平明な曲が、
何故、スターリンの死を待つ必要があったのか、
よく分からない。
ベートーヴェン四重奏団の解説は、
「障害に打ち勝つ」とか、「祖国への思い」とか、
「過去に過ぎ去る美しいもの」とか、
難しい描写が列挙されていたが、
ここには、そうした解説はない。
その分、ちょっと物足りない。

ボロディン四重奏団の演奏は、
きりりと引き締まっていて、内省的。
ベートーヴェン四重奏団のような解放感には不足する。
また、ベートーヴェン四重奏団の方が、多様な表現を見せる。

が、ボロディン四重奏団の均質な音色と、
凝集力を評価する人がいてもおかしくはない。
1960年代後半の録音だと思われるが、
少し乾いた印象を受ける。
演奏もまた、そんな路線であることは間違いない。

今回は、最初の4曲のみを、
オリジナルメンバーによるボロディン四重奏団の演奏で、
聞き比べて見たが、第5番は少し手強いので、
別の機会に譲りたい。

得られた事:「ボロディン四重奏団のオリジナルメンバーは、極めて緊張の高い、鋭い演奏をする団体で、構成美を重んじて集中力が高い。」
by franz310 | 2010-08-14 21:06 | 現・近代
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