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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その226

b0083728_2227972.jpg個人的経験:
20歳のシューベルトが書いた、
1817年のソナタ集を聴いているが、
完成された曲、未完成の曲、
いろいろ合わせて6曲を数える。
今回、ようやく、
頭の整理が出来てきたが、
これら6曲、様々な評価があるようだ。
例えば、前田昭雄氏などは、
その代表作として、D575の
ロ長調(第9番)を挙げている。


新潮文庫の中で、
「このソナタは交響曲的振幅をもった主題法で、
独自の力強い世界をきり拓いていく。」
と書き、
「ここには二十歳に達したシューベルトの独自の世界があり、
ベートーヴェンからロマン派にかけての
ピアノ・ソナタの発展のうちで
一つの立派な発言となっている」と続けている。

私は、この不機嫌なロ長調ソナタが、
本当に、そんなに良い曲か、
あまり自信を持って断言できないが、
リヒテルやこの内田光子なども録音しているので、
シューベルト初期のソナタの代表作と呼んで良いのであろう。

4楽章構成のがっしりとした曲である。
その昔、「シューベルトのソナタ」など、
13番イ長調以降しか知られてなかった頃、
13番、14番が3楽章形式の曲だったので、
当然、若い頃の作品は3楽章で小規模だと思っていた。

19歳から20歳頃の作品である、
ヴァイオリンのソナチネなども、
小柄の作品なので、
初期は習作だから、
簡単なところから行ったのだろう、
などと単純化して考えていた。

しかし、内田光子の盤でも、
この初期の作品、第9ソナタ、
第1楽章8分、第2楽章6分、
第3楽章6分半、第4楽章5分半と、
計25分を越える作品ではないか。

このCD、内田光子が、モーツァルトに続いて、
シューベルトを集中的に録音した時のもので、
1998年のもの。
エリック・スミスという名プロデューサーのものである。

彼女は、中期以降のソナタはすべて収録し、
即興曲や楽興の時を含め、
8枚かの集大成としたが、
初期ソナタは、完成作とされる、
第4、第7、第9を残らず録音しているので、
この第9が一番好きかどうかは分からない。

この一連のシューベルト集は、
すべて、ピアニストの頭部の
拡大写真が表紙写真に使われていたが、
この9番、16番を収めた盤では、
非常にストレートな正面肖像写真となっている。
表紙で選ぶなら、このCDであろう。

Suzie E.Maederという人の写真だというが、
この何の迷いもなく、
こちらを見据えたピアニストの表情が、
巫女のような印象を放って効果的である。
最初はどぎつい表現だと思ったが、
よく見て飽きない写真である。

かつてのフィリップスに君臨した、
欧州で活躍する日本人ということか、
内田光子と小澤征爾の違いが分からないという、
名言を聞いたことがあるが、
そうした人は、このCDを手にすればよい。

この写真にあるように、ここでのシューベルト演奏も、
自然体のものでありながら、彫琢を凝らした名演である。

あと、中のブックレットを見ると、
使用楽器はスタインウェイというばかりか、
1962年製と特記してあるのはどういうことか。
なにがしかのこだわりの名機なのであろう。

内田の肩の力を抜いた、
それでいて細部にまで血の通った弾きぶりに応え、
ピアノもまた鈴を振るようなピュアな音色で、
あるいは、多彩な色彩で全曲を彩っている。

しなやかな語りかけと、勇壮な士気を両立させたこの解釈は、
これまた不機嫌な感じではピカ1の「第16番イ短調」を、
素晴らしい親密感を持って歌わせている。
ついつい、身を乗り出し、
耳をそばだててしまうような慈しみが感じられる。

そのせいか、第1楽章の最後の絶叫のようなフレーズも、
無責任にヒステリックになったりせず、
何か、それを、同時に、
責任を持って受け止めるような表現になっている。

Misha Donatという人が解説を書いているが、
収録曲順とは逆に、初期のソナタから書かれている。

「1817年は、シューベルトがピアノソナタの芸術を、
マスターする努力を計画的に行った年と見ることが出来る。
当時、彼はちょうど20歳で、
すでに最初の6曲の交響曲、
約1ダースの弦楽四重奏曲を書いていた。
1817年に最初に作曲したピアノソナタは、
イ短調D537で、このジャンルの作品では、
最も自信に溢れ、その調もまた、
後年、彼が、さらに2曲を生み出すべく、
立ち返るものであった。
さらに、彼が最後から二番目のソナタ
D959の終楽章で借用するのが、
中間楽章のテーマであるほどに、
シューベルトはこの曲に入れあげていた。
1817年の続編ソナタは、
さらに実験的な枠組みを心に抱き、
嬰ヘ短調、変ニ長調、ロ長調といった
通常使われない調性の探索を行い、
いくつかの作品は断片として残されることとなった。」

何だか、第4番イ短調D537の宣伝のような解説であるが、
次のように、ようやく、ロ長調ソナタの解説が始まる。
しかし、これまた、不思議極まるお話が聞ける。

「この極めて特殊な調性にも関わらず、
シューベルトはソナタロ長調D575を完成させた。
全四楽章のスケッチは残されているにも関わらず、
ソナタの自筆譜は紛失している。
シューベルトの若い頃のピアノソナタは、
生前に1曲も出版されていないにも関わらず、
作曲家の幼なじみのアルベルト・シュタッドラーが、
若いピアニスト、ヨゼフィーネ・フォン・コラーのために、
写筆譜を残しておいてくれたおかげで、
この曲は幸いにも生き残ったのである。」

五重奏曲「ます」でも活躍するシュタッドラーが、
ここでもまた、作品の伝承に一役買っていたということだ。
しかも、第13番のソナタの成立にも関与しているとされる、
コラー嬢が、まさか、こんな形で登場するとは思わなかった。

「シューベルトは、1819年の夏、
後に、さらに大きなイ短調ソナタD845を演奏する、
上部オーストリアのシュタイアーで、
彼女と家族の知己を得た。
シューベルトはここから、
兄のフェルディナントに手紙を書いている。
『昨日、非常に激しい嵐がシュタイアーを襲い、
女の子が一人亡くなり、
二人の男の腕が不虞になりました。
私が滞在している家には、
8人の女の子がいて、ほぼ全員が美人です。
僕が沢山の仕事を抱えていることが分かるだろう。
フォーグルと僕が食べさせてもらっている、
コラーさんの娘はとてもきれいで、
ピアノも上手で、僕の歌をいくつか歌う練習をしている。』」

この手紙も有名なものだが、
泊まっている家と、
食事をさせてもらっている家について、
それぞれ、娘の話しかしておらず、
その間に、「忙しい」と書いているが、
シューベルトは、どんなお相手をして
忙しかったのだろうか。

しかし、シュタッドラーは、何時、
シューベルトのソナタを写譜したのだろうか。

シューベルトは、この時点で、
第4と第7の2曲の完成作を持っていたはずだが、
他の2曲ではなく、このロ長調を選んだのは誰か。

あるいは、1819年にシューベルト自身が、
自信作として、シュタイアーに持って行ったのだろうか。

「シューベルトが、シュタッドラーの詩によって、
『名の日の歌』D695を書いたのは、
1820年、ヨゼフィーネの名の日用だった。
よく知られたイ長調ソナタD664もまた、
彼女のために書いたのかもしれない。」

これは、よく引き合いに出される話だが、
本当の事を、これが証拠だ、と書いたものを、
私は読んだ事がないような気がする。

「ある機会に、シューベルトと友人達は、
グループで『魔王』を演奏した。
シュタッドラーはピアノを受け持ち、
シューベルトは父親、ヨゼフィーネは子供、
フォーグルは魔王を受け持った。」

これもまた、大変、有名なエピソードであろう。
その素晴らしい夕べに立ち会いたい気持ちが高まる。

「ヨゼフィーネが、シューベルトのロ長調ソナタの
第1楽章の中で起こる様々な出来事を見て、
何と思ったかを知るのは難しい。
この作品は、最初の音符の、
我の強い軍隊調で支配されている。
第1主題の次第に広がるメロディのインターバル、
単音と幅広い和音の絶え間なき交錯が、
展開部では、めざましい様式に洗練される。
和声的にも、シューベルトは最も冒険的で、
たった10小節で現れる最初のフォルテッシモは、
非常に離れたハ長調の和音において、
何の警告もなく現れる。
それだけでは足りないかのように、
少なくとも三つもある続く主題は、
すべて異なる調性で現れる。」

私は、こんな冒険的な作品を、シューベルトが、
コラー嬢のために持って歩いていたとは考えられない。

ひょっとしたら、最も野心的な作品として、
シュタイアーへの旅行の際に、
鞄に忍ばせていた、ということかもしれない。

シュタイアーの旅は、幸福な事ばかりに見えたが、
最近、少し、妙な事が気になっている。

というのは、今回の作品もそうだが、
「ます」の五重奏曲も、イ長調のソナタD664も、
みな、シュタイアーがらみのものは、
自筆譜がなくなっているのである。

誰かが私物化したか、あるいは、
シューベルトからもらったものを、
ぞんざいに扱ったということだろうか。

「軍隊調」と解説にあったが、
内田の演奏も、若さの気負いを表現してか、
ものものしく大仰な表現で始まる。

テンポをゆったりととって、
刻一刻と陰影を変えて変化する、
気まぐれとも思える楽想を、
まるで、風景の移り変わりのように、
風のそよぎ、雲の流れの感触へと変えて行くのは素晴らしい。

「何の警告もなく」と解説にもあったが、
しかし、冒頭の「だだだーん」が、
唐突に夢を破るのは何故なのだろう。

現代でいえば、
楽しい高原列車の旅が、
突然の脱線事故に遭う感じ。
あるいは、天を突く雄峰が、
突然、前方の眺望に現れる様であろうか。

が、そんな楽しい景色の中に、
シューベルトが遊んだような時期のものではない。

「緩徐楽章は、
めまぐるしい左手の力強いオクターブを伴う、
中間部、短調部分のエピソードの、
暴力的な部分が特筆されるべきである。
シューベルトらしい感情表現だが、
この中間部の音型は、
この楽章の最初の主題が戻ってくるまで、
底流している。」

解説は「暴力的」な点のみを特記しているが、
むしろ、この第2楽章は、
夕暮れの情景のように美しく、
しみじみと想いを馳せる様に、
類似の感情を思い出す。

「シューベルトのスケルツォは、
ベートーヴェンのものよりも、
一般的にもっと優しいもので、
このソナタの第3楽章も例外ではない。
この魅惑的な筆遣いの中、
その前半の終結のフレーズは、
スプリングボードとなって、
後半部を新しい調に投げ入れる。
トリオは優しく流れるレントラーである。」

解説の前半は、特に書く必要もないような内容。
この妖精のようにつかみ所のないスケルツォもまた、
内田の演奏では、余裕のあるテンポ設定で、
あえかな色彩感や無重力感をよく出している。

トリオはさらにテンポを落とし、
失速寸前になりながら、
この絵画的な楽章に奥行きや、
広がり感を与えている。

「フィナーレについて言えば、
メインテーマを予告する、
オクターブの小さなフレーズが統一感を出し、
同様のアイデアが提示部の終結部をもたらして、
その反転形が、
展開部の奇妙にも子供じみた開始部に続く。
このソナタは、シューベルトの中で、
最も素っ気ないと言えるようなコーダ、
断固たるロ長調の和音で終わる。」

まるで、あちこちドリルで工事されたような、
遊園地のような楽章である。

全体的に、工事中の立て看だらけのような、
このソナタを、果たして、何故に、
シュタイアーの友人が写していたのだろうか。

内田の演奏はさらに慎重になって、
どこにも弾き飛ばしがないようにと、
心を砕いた表現。

丁寧に音色や強弱を対比させて、
複雑な曲調を描き分けているが、
これまた、失速寸前まで行って、
展開部に入る。

ばきゃんと看板にぶつかって終わるような終結。
変なソナタである。

さて、ここからは、名作である16番のソナタの解説が始まる。
こちらのソナタは、昔から聴き知った名作で、
内田自身も、より気構えのない表情を振りまいて魅惑的。

「1825年5月20日、シューベルトは、
再度、シュタイアーを訪れるべくヴィーンを発った。
最近完成させたイ短調ソナタD845を携え、
このソナタの緩徐楽章を自身で演奏した時、
彼は誇らしげに両親に報告している。
『何人かの人は、私の手の下で鍵盤が、
歌い出すのを聴いたと言いました。
それが本当なら嬉しい事です。
何故なら当代随一のピアニストさえ好む、
呪わしいぶつ切りは、耳も心も楽しませないし、
耐えられないからです。』」

内田の解釈もまた、呪わしいぶつ切りとは無縁で、
息づくような強弱やテンポの変化が絶妙で、
その意味で、とてもよく歌っているピアノと言えよう。

「シューベルトはヴィーンに、
このソナタの写しを置いて来たのであろう。
何故なら、シュタイアー滞在中、
出版社の代表アントン・ペンナウアーから、
作品の試し刷りの準備が出来、
オーストリアのルドルフ大公に献呈する、
公的な許可を待っている状態であるという、
手紙を受け取っているからである。
ソナタがベートーヴェンの熱心なパトロンに贈られたのは、
シューベルトによるものか、
出版社によるものか分からないが、
シューベルトはその創作力が最高のレベルと、
比べられるにふさわしいという自信を
感じていたに違いない。」

ここで、このエピソードを出してくれたのも、
この解説を読んで良かったと思える点である。
私は、これまで、勝手に、シューベルトか出版社が、
ルドルフ大公の名前を使っていたのかと思っていたのだが、
これを読むと、大公も、
それなりに吟味して受け取ったように思えるではないか。

ベートーヴェンのあの崇高な作品群を受け取った人である。
それなりの鑑識眼は持っていたはずだ。
最終的に献辞付きで出版されたのだから、
それなりの作品として、当時から認められていたのであろう。

「この作品は彼のピアノソナタの最初の出版作品となり、
それにふさわしく、『第1グランドソナタ』として登場した。
この作品に取りかかる2、3週間前に、
シューベルトは同様に野心的な、
ハ短調ソナタ(いわゆる『レリーク』D840)を試みたが、
彼は明らかに後半二つの楽章に不満を持ち、
共に未完成に終わらせている。」

「レリーク」を中断させ、「グランドソナタ」を完成に導いたのは、
スケルツォ以下のできばえの差異によるのだろうか。
このあたりの研究はあるのだろうか。

「イ短調ソナタの最初の数小節は、
放棄されたハ長調ソナタの冒頭と同様の衝動が見られ、
共に、単純なオクターブのフレーズに、
優しい和音の繰り返しの中、
なめらかな、ほとんど聖歌とも言える応答がある。」

ハ長調ソナタは、前半2楽章は、あるいは、
イ短調より壮大なスケールを持っているとも見えるが、
確かに、よく似た楽想である。
聖歌かどうか分からないが。

「イ短調ソナタの寒々としたムードは、
ハ長調の舞曲風の開始部と共に、
次第に明るさを増すが、
シューベルトはすぐに短調に戻し、
冒頭のテーマはさらに切実な表現となる。」

私は、ポリーニの盤が出た時から、
この曲とは付き合っているが、
この短調と長調の繰り返しに、
当惑しまくったのを思い出した。
いったい、これによって、作曲家は、
どこに行きたいのだろうか。

酒に酔って、ああだこうだと、
とりとめのない戯言を言っているようである。

しかし、展開部に至り、
ベルリオーズの「幻想交響曲」ではないが、
薬におぼれ、幻想の中に沈み込んで行くような感じとなる。
それからが一種異様な鬼気迫る説得力で、
推進していくのが不思議。

「こうした出来事の驚くべき行程は、
再現部の形にドラスティックに帰結する。
主調のメインテーマを増幅させての再現によって、
繰り返しが多いという危険を避け、
シューベルトはメインテーマを無視して、
エネルギーの連続した爆発の中で、
展開部と再現部を融合させて結合させている。
これは素晴らしいインスピレーションで、
この作曲家のこれまで書いたものの中で、
疑いなく、最高の第1楽章の中でも、
最もめざましい瞬間の一つであろう。」

内田のピアノは、この曲が愛おしくてたまらない、
といった風情が、特にこの楽章では微笑ましい。

「緩徐楽章は、シューベルトによる
最も独創的な変奏曲である。
特に、各テーマ後半、最後のカデンツが、
続く変奏曲に和声的に変わっていくという
アプローチ手法は絶妙である。
第2変奏は、開始部では短調だが、
これは続くハ短調の変奏の前兆となっている。
代わってハ短調の変奏は、
残る楽章の印象に影を落とし、
特に最後の変奏では、
デリケートな、ホルン信号が、
長調と短調の間を揺れ動く。
最後にホルンは遠くに去り、
この楽章は完全な沈黙の中に終わる。」

私は、この緩徐楽章が、
妙に地味なものと思っていたので、
シューベルトが両親に送った手紙が、
本当にこの作品に関してのものだったのか、
最初は疑いを持ってさえいた。

わざわざ、上部オーストリアに出かけてまで、
披露するような華麗さがあるわけでもなく、
終止静かに語られるような風情。

しかし、「最も独創的な変奏曲」と言われると、
聴き方を変えなければなるまい。

内田の演奏は、ここではやや勢いがあり、
軽やかな足取りに心浮き立ち、
シューベルトが聴衆を唸らせたであろう、
表情や陰影の隈取りも美しい。

「ダイナミックなスケルツォは、
ほとんど5小節のフレーズで埋め尽くされ、
終止ソフトペダルを使った、
優しいレントラー風のトリオと、
不規則ながら釣り合っている。」

このスケルツォこそ、跳躍しながらの、
ホルン信号を思い出させるものであるが、
内田は野趣溢れるこの主題を、
力強く解放すると共に、
アラベスクの細かい表情を付けて、
憎い表現を聴かせる。

レントラー風のトリオも、
たっぷりとしたテンポで歌っており、
物憂げですらあり、
内省的な表情が印象的である。

ここでの角笛風の音型は、
次第に木霊となって、
寂しげな余韻は、
まるで、ミニヨンの歌のようにも聞こえて来た。
「どこへ、どこへ」と、虚空に向かって呟くような感じになる。

「終楽章についていえば、
既に存在していた、
この調の、唯一の偉大なソナタである、
モーツァルトの素晴らしいイ短調ソナタK310の
後を歩んでいる。
モーツァルトの例と同様、シューベルトの終楽章は、
常に鳴り響く8分音符が広がる地味な主題を持ち、
やはり同様に、長調による中間部のエピソードが一時、
輝かしく鋭い光を放つ。
最後に、シューベルトは、
音楽を竜巻のように遠くに押しやるように、
まっしぐらの終結部に向かって加速し、
二つの強勢和音が劇的な完全終止に導く。」

内田のピアノは、疾風の吹きすさぶ、
このデーモニッシュな楽章に、
ぴちぴちとした生気と、
親密な独白の真実味を与えながら、
最後はアクセントも効果的に、
興奮の中に弾き終えている。

しかし、どのような評価条件で、
ルドルフ大公は、このソナタを受け入れたのだろうか。
彼はそれなりのピアニストであろうから、
「のだめ」同様、この曲を弾いてみることも出来たはずである。

さて、先に、シューベルトは、
ゲーテの詩による「魔王」を、
シュタイアーでの夏の休暇中、
そこに集まっていたみんなで歌って楽しんだ
という話が紹介されていたが、
このような形で「魔王」を歌ったCDとしては、
「ゲーテの詩によるシューベルトの夕べ」と
題された、ハイペリオンのCDが上げられる。

もちろん、「魔王」に出てくる登場人物ごとに、
違う歌手が歌った試みは他にもあるが、
これについては、歌曲おたくのピアニスト、
グレアム・ジョンソンによって、
このCDではさすがに、
最初から断り書き付きで解説されている。

ハイペリオンのシューベルトエディション24の、
Track11である。

「レコード収集家は、『Le roi des aulnes』(ハンノキの王)
として、フランス語訳で、
テノールのジョージ・ティルがナレーターと魔王を歌い、
バスのHB・エッチェベリーが父親を、
そして少年役をクロード・パスカルが受け持った、
フランスのキャストで歌われた
SP盤(コロンビアのLFX336)、
の演奏を思い出すだろう。
こうした配役は、非常に疑問が多いように思うだろうが、
これは実際、作曲家の同意があったのみならず、
作曲家自身が参加した機会で起こったのである。
シューベルトの学校友達で、
『ミンナ』、『聖命祝日の歌』、
それに恐らく、『川』といった詩の作者であった、
アルベルト・シュタッドラーは、
『シューベルトの思い出』を、
1858年に書いている。
彼の最も生き生きとした記憶は、
1819年のシュタイアーの夏で、
シューベルトは歌手のフォーグルと共に、
休暇中であった。
彼らは商人ヨーゼフ・フォン・コラーとその家族の家で、
大変な歓待されて過ごした。
『非常に才能あるこの家の娘、ヨゼフィーヌと、
シューベルト、フォーグルと私は、
代わる代わる、
シューベルトの歌曲を歌ったり、
彼のピアノ曲を演奏したり、
フォーグルの絶頂期のオペラからの
沢山の歌を歌ったりして楽しんだ。
私は今でも覚えているが、
『魔王』を、シューベルトが父親役を歌い、
フォーグルが魔王役を、ヨゼフィーネが子供の役を歌い、
私が伴奏して三重唱のようにして歌う試みをした時、
奇妙な効果が現れた。
音楽の後、夕食の席に着いたが、
さらにそれから1時間か2時間、
一緒にいて楽しんだ。』
今回の演奏では、シューベルトの夕べのスピリットで、
ジョン・マーク・エインシュレーがナレーターと魔王を、
マイケル・ジョージが父親、
クリスティアーネ・シェーファーが子供の役を歌った。
この歌の人気は、これより大胆なアレンジを生んでいる。
弟の死から18ヶ月もしないうちに、
フェルディナンド・シューベルトは、
独唱者と合唱のために管弦楽版を作曲、
フリートレントラーは、声楽なしで、
独唱部分をフルート(ナレーター)、
C管クラリネット(子供)、変ロのホルン(魔王)、
バス・トロンボーン(父親)に置き換えた、
管弦楽版を作っている。」

ものすごい編曲の紹介で終わっているが、
こうしたものの楽譜は残っているのであろうか。

演奏は、非常に贅沢なメンバーであることも興味深いが、
シェーファーの声が透明で美しく、
とても死にそうな子供には思えない点には、
いくぶん、不自然さがある。
たぶん、しかし、この演奏はそうした些細な事を、
無粋にも、分かった風に評論するためのものではないだろう。

得られた事:「ロ長調ソナタは、『ます』の五重奏曲と同様、シューベルトの友人、シュタッドラーの手で写しが作られた作品であった。」
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by franz310 | 2010-05-15 22:27 | シューベルト
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