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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その221

b0083728_234171.jpg個人的経験:
オランダのピアニスト、
オールト先生のご指導を賜り、
前回まで、
ヴィーン式、英国式や、
プレイエル、エラールなど、
フランスのピアノについて、
学ばせてもらったが、
こうした歴史的楽器の蘊蓄は、
例えば、1970年代の、
デーラーのCDでも読むことが出来る。


スイスのクラーヴェス・レーベルのもの。
1988年の初期のCDゆえ、
何と、Manufactured by SANYO。
つまり、浪速のGE、三洋製と書かれている。

いまや、パナソニックと名を変えた松下と、
この三洋は経営統合に近い状況だが、
このCDが作られた80年代は、
まだ、日本の製造業は強かったなあ、
などと感慨に耽る奥付である。

私は中学生の頃、実は、
三洋のラジカセを買ってもらって、
大変、お世話になった経験がある。

何だか針式のメーターが付いていたが、
思い出すだけで昔の話。
AM、FM2バンドのチューナー付きで、
それ以上のスペックが思い出せない。
ドルビーなどは付いてなかったはずだ。

視聴用に短い録音時間のカセットテープが付いていて、
妙にさわやかな軽音楽が収録されていた。
あんなにお世話になったのに、
枝葉末節しか思い出せないのは残念だ。

今回のこのCDに使われたピアノも、
写真で見る限り、装飾が古めかしく、
私が、昔のラジカセのデザインに、
思いを馳せる延長に、
何となく見え隠れするアナログの世界である。

三洋はオーディオメーカーとして、
ブランドを確立していたとは思えないが、
このように、個人的には、
三洋のオーディオとは懐かしい。

ここに聴く、ブロードマンのピアノも、
どれほどのブランド力があったのだろうか。

渡邊順生氏著の大著、
「チェンバロ・フォルテピアノ」は、
主に、ベートーヴェンの時代で記述を終えているせいか、
ブロードマンにはページが割かれておらず、
こうした歴史的鍵盤楽器を取り上げた、
専門の著書をひもといても、よく分からない。

ちなみに、当時、私が通っていた、
学校の音楽室にあったのは、
ダイヤトーンのステレオであった。
学校帰りに、アカイとかサンスイとかの、
ブランド品のオーディオ機器を、
ショーウィンドウごしに見ていた時代である。

前回聴いた、プレイエルやエラールのピアノは、
これ以上のブランドは確立していたであろう。
先の著作にも、ベートーヴェンが、
エラールを所有していた事が記されている。

19世紀初頭に様々な楽器製作者が、
ピアノ製作でしのぎを削っていたように、
日本の電機各社は、
それぞれコンポ・ステレオで、
しのぎを削っていたわけだが、
日立などが、カセットデッキを作っていたなんて、
今となっては、どうも信じがたい。
(3ヘッドのものを私は購入して、
得意になった時期もあった。)

いったい、あのような文化は、
どこに消えて行ったのだろう。
今や、アメリカの愛好家が、
アメリカ人はiPodの音質に満足してしまった、
と嘆く時代である。

あるいは、ウォークマンなどが、
重厚なオーディオ文化を壊滅させたようにも思える。
そのソニーも、かなり迷走気味の昨今。

ちなみに三洋は、日本の電機メーカーでは、
早くからリストラに成功し、
電池関係も含め、現在もかなり業績が良いので、
ここでは改めて、断っておく必要があろう。

日本だけではない。
BASFやフィリップスも、
レコードやオーディオから、
撤退してしまったが、
いろいろ考えさせる事は多い。

往年のフィリップスの録音が、
デッカ・レーベルで出るようになって、
非常に悩ましい昨今である。

レーベルと演奏家、そして行われた録音は、
いずれもそれぞれに依拠しており、
不可分なようにも思えるのだが。

そう考えると、作曲家が想定していた楽器も、
楽曲と不可分と考えることが出来そうだ。
先に紹介した本では、
エラールが送ってきたピアノを、
ベートーヴェンが改造して、
ヴィーン風にアレンジしようとしていた、
という逸話が思い出される。

著者は、ベートーヴェンは、
エラールのように進化した楽器を、
受け入れなかった、として、
現代の楽器で弾かれるベートーヴェン演奏に、
疑問を投げかけているのである。

さて、このCDに戻ると、
先ほど、少し書いたように、
表紙写真からして、
ピアノの鍵盤と装飾部のドアップで、
いかにも、このCDはこの楽器で聴かせるぜ、
という主張がストレートに出ている。

セピア調に仕上げてあって、唐草模様の装飾が、
何とも言えぬ典雅な味を出している。

そもそも、解説にも、楽器に関する一章が設けられており、
下記のような事が書かれている。
1970年代の録音なので、これだけ大風呂敷も、
広げられたのであろう。

読んで分かるように、
この楽器が、シューベルトと、
どんな関係があったかは、
さっぱり分からない。

「このイエルク・エヴァルト・デーラーによる録音は、
歴史的な正確さで、強烈な強みを持っている。」
と、書き出してはいるものの、
単に同時代のもの、という空想の域を、
出ないのが、今回のCDなのである。

「ハンマークラヴィーアによる、
新しい音色の可能性の開発において、
シューベルトに並ぶ作曲家はいなかった。
デーラーは1820年に、
フランツ・ブロードマンによって作られた楽器を演奏している。」

てな具合である。

ただし、私は、この解説にある通り、
フランツ・ブロードマンで正しいのかどうか自信がない。
ジョセフ・ブロードマンなら、
名ブランド、ベーゼンドルファーの師匠で、
先の本にも登場したピアノ製作者であるが。

また、オールト先生の解説は、一言に、
「プレイエルは」、「エラールは」、という、
メーカーごとの分類だったが、
この解説は、下記のように、
まさにこの一台の個体の話に、
突き進んでいくところがすごい点である。

「この楽器は、多くの人の手を渡り、
前のオーナー、モントルー旅行の、
ランバート婦人の話によると、
1919年、カール皇帝の追放の際、
スイスのプランギンス城に到着した。」

とあり、ハプスブルク最後の皇帝の所有だということになる。
皇帝の持ち物とすれば、やはりブランド品なのだろうか。

「ここからランバート婦人はモントルーのカジノに運び、
この楽器は主に劇中で使われ、シューベルト役の役者が、
弾いたりしていた。
1964年、ペーター・クリストフェルの手に入り、
バーゼルの歴史鍵盤楽器工房Music Hugに送られ、
マルティン・ショルツによって修復された。
イエルク・エヴァルト・デーラーは、
これを数年来所有し、
シューベルトの即興曲や『楽興の時』で、
一般聴衆にお披露目した。」

このあたり、クリストフェルとか、ショルツとか、
重要人物かどうか全くインフォメーションがないので困る。

ただ、この数奇な運命の楽器で弾く、
シューベルトが、
何か、有無を言わさぬ吸引力を持つことは、
否定しきれないのは人間の性。

そもそも、ランバート婦人も何者だ?
と文句を言ったせいか、
ブロードマンについては解説がある。

「フランツ・ブロードマンはプロイセンに生まれ、
1796年、ヴィーン市民となった。」

時代的にもジョセフ・ブロードマンに近い。
この楽器はベーゼンドルファーの紀元前モデルなのか、
それとも、まったく関係がないのか。
どっちなんだ。

「彼の楽器は作曲家たちに愛好され、
ベルリン州立楽器博物館には、
1813年に、
カール・マリア・フォン・ウェーバーが所有した、
ブロードマン・ピアノがある。
ウェーバーはこの楽器を愛好し、
その他では、ナネッテ・シュトライヒャー(旧姓シュタイン)を好み、
その他のヴィーン製のものは価値がないと考えていた。」

いきなり、ウェーバーの話になったが、
ウェーバー愛用の楽器の製作者は、
やはり、ヨーゼフ・ブロードマンであると、
先の「チェンバロ・フォルテピアノ」にはある。
なお、シューベルトとの関係は不明なままである。

ともあれ、デーラーは、
きっとこの楽器が大好きなのだろう。
あるいは、ピアニストが自分で所有しないと、
こんな珍しい歴史的楽器による録音は
あり得なかった時代だったような気がする。

オールトやシュタイヤーなどが、
様々な楽器を弾き分ける時代より、
20年ほど前の録音なので、
1世代ほど古い。

見ると、デーラーは1933年の生まれ。
やはり、オールト先生の父親の世代である。

「1933年、ベルンに生まれ、
ベルンの教師養成校に学び、
Sava Savoffにベルン音楽院で、
ピアノ教師の学位を取る。
フリッツ・ノルマイヤー教授に、
フライブルクで学び、
1964年、ミュンヘンも国際コンクールで、
ハープシコードの賞を受賞。
1962年から、ベルン音楽院で、
ハープシコードと、通奏低音のクラスを持ち、
62年から67年まではバーゼルでも教えた。
1974年からはベルン室内合唱団の指揮者である。」

このように、ハープシコードを、
もっぱら演奏してきた経歴の人。
古楽器へのアプローチは、
こうした経歴の人が始めるようだ。

さて、ピアノの具体的スペックの話もある。

「デーラーのブロードマンのハンマークラヴィーアは、
F1からf4の6オクターブの音域で、
ハンマーはレザーで覆われ、典型的ヴィーン式アクションである。
この楽器は以下の4つのペダルがある。
1.ソフト・ペダル(現代の楽器と同様、鍵盤とハンマーがずれる。)
2.バスーン・ストップ(紙ロールで叩く。)
3.ミュート(ハンマーと弦の間に布を挟む。)
4.サステイン・ペダル。
弦の上の共鳴板を外すと、これまた音色が微妙に変化する。」

ということで、様々な隠し味が楽しめるピアノのようだ。

いったい、どうやって、弦とハンマーの間に、
布や紙が挟まれるメカニズムが出来ているのであろう。

私は、デーラーのピアノでは、
1979年録音の「ドイツ舞曲集」を持っていたが、
ここでは、その様々な音色の変化を繰り広げていた。

今回の、このソナタ集では、そのあたりの変化球はなさそうだ。
また、「ドイツ舞曲集」では、かなり、変な音の楽器だと思ったが、
今回、いろんな歴史的楽器を聴いて耳が慣れて来たせいか、
そうした感想はなくなってしまった。
不思議なものである。

エラールやブロードウッドのような近代性はないが、
プレイエル並には豊かな音がしている。
あるいは、デーラーの典雅な演奏のせいかもしれない。

特に、ここに収められたイ長調ソナタなどは、
流れるように流麗でありながら、こくもあり、
非常に愛らしく、心を込めて弾かれているようだ。

場末の娯楽施設に転がっていたという、
楽器の経歴を見ると、
よくここまできれいに響くものだと、
ちょっと感じ入る部分もある。

さて、曲目解説は、こうなっていて、
かなり、よくまとめて書かれている。

オールト先生は、楽器に偏重していたが、
この解説はバランスが取れている。
ちなみに、デーラー先生が自ら書いている訳ではない。
ゴットフリート・クレーン(Klohn)という人の文章である。

「1816年の12月から、
翌年の夏まで、シューベルトは、
友人フランツ・フォン・ショーバーの家に住み、
教職を捨てることが出来た。
シューバーの裕福な母親の家での、
この作曲家の豊かで想像力に富んだ作品は、
シューベルトにとって、自由と経済的独立が、
いかに大事であったかを示している。
ここで、彼は数曲のピアノ・ソナタ、
ポスト・クラシカルとプレ・ロマンティックの
ソナタのスタイルの融合を見せるもの、
を作曲した。
その半分は決して完成されることはなかったが、
ホ長調(D568)、ロ長調(D575)と、
この録音のイ短調は、
ソナタ形式と主題の弁証法の関係における、
シューベルト独自の熟達の、
生き生きとした証言である。」

前田昭夫氏の「シューベルト」においても、
「一八一七年の音楽的発展はピアノ・ソナタに代表される」
とあり、「未完成スケッチも含めると七曲がこの年に書かれている」
とある。
1.D537:イ短調
2.D557:変イ長調
3.D556:ホ短調
4.D568:変ホ長調
5.D571:嬰へ短調
6.D575:ロ長調
と、D506のロンドであろうか。

「1817年3月に作曲されたイ短調ソナタは、
この時期のソナタの幕開けである。」

前田先生の本では、「若い情熱のほとばしる」
と形容されている作品だ。
確かにそうだが、かなり、ぶつりぶつりと切れる、
ぶっきらぼうな作品という印象が強い。

この作品は、録音の少ないミケランジェリが、
数少ない正規録音で残したシューベルト作品だった。
第2楽章が、最後の遺作ソナタの、
イ長調の終楽章主題と同じもので、
びっくりした記憶がある。

それにしても、下記のような楽曲分析的な解説は、
楽譜を見ながらでないときつい。
「その統一は、まず、バランスの取れた調性システム
(終楽章は第一楽章と同じ調性)であり、
一方で、楽章間の構成の類似にある。
例えば、外側の楽章は、
まず、伴奏部でありながら不可欠な、
反復される音符、反復される和音の動機で、
関係づけられている。
こうした反復は、いくぶん速いテンポながら、
『魔王』の伴奏部にて親しんだものである。」

ひたすら、「魔王」の伴奏部の、
ゆっくりした版を探して耳を傾ける必要がある。

神秘的な美しさを秘めた、
第2主題の伴奏が、まさしくそれに違いない。
と思うと、下記のように書かれていた。
かなり控えめなものだ。

「このソナタにおいては、
第1楽章第2主題の開始部で、
のちに、この楽章で、複雑な和音の繰り返しで現れ、
終楽章を通して見ても、
最初のイ長調部分の9小節目伴奏部に見られる。」

この終楽章は、極めて気まぐれなもので、
ぶっきらぼうな出だしに比べ、
急に、ひょうきんな動きを見せるが、
終楽章の「イ長調部分」とは、
この部分のことである。

なるほど、と思うような統一感だが、
20歳のシューベルトが、
ひたすら工夫を凝らしていることはよく分かった。

「51小節から57小節の繰り返しの和音は、
例えば、第1楽章の48小節から49小節に対応する。」

これは、終楽章のひょうきんな部分が終わり、
ドルチェの美しいメロディが出る直前の、
無機質な、たんたんたんたんという、
経過句のようなリズムである。

第1楽章では、明るい感じなので、
ちょっと気づかなかった。

「第2楽章のニ短調部分のゆっくりとしたスタッカートは、
ソナタ全体を特徴付けるリズム動機の統一感を強調している。」

確かに、ごつごつした質感が、
まったく、前述の遺作ソナタとは異なり、
これが作品の統一性のためだとは、
何となく分からなくもない。

今回、初めて、楽譜を見ながら聞いたが、
非常に趣向を凝らしきった楽曲と理解できた。

第2楽章の主題は、開放的で分かりやすいが、
両端楽章に現れる美しさの瞬間は、
岸壁に咲く山野草のような感じで、
手にとって愛でるには、あまりにも儚げである。
おそらく、そのあたりに魅力があるのだろう。

また、かなり力強く、変幻自在のエネルギーに、
満ちあふれて、立体的な楽曲である。
同時代のピアノの巨匠フンメルなどが、
流麗だが、平板な作品を書いていた事と比べると、
驚くべき事である。

しかし、そうやって聴いたせいか、
まったく、ブロードマンで弾いているという事は、
忘れてしまった。
それほどまでに、無理なく、デーラーは、
この楽器に語らせているということか。

曲想が急変する作品ゆえ、
ペダルの使い分けも楽しそうである。

「イ短調ソナタから、
1819年のイ長調ソナタ(D664)までは、
ほぼ2年が経過している。
この間、シューベルトは両親の家に戻り、
教職を再開し、それから1818年の夏、
彼はエステルハーツィ候の領地ツェリスに行き、
その娘たち、マリーとカロリーネに音楽を教えた。」

と、一瞬、永遠の恋人の話題が出るが、
それでおしまい。
また、マイヤーホーファーも、
何のために出てきたか分からない感じだが、
こう続く。

「その年の11月、ヴィーンのウィップリンガー通りに引っ越し、
友人、ヨハン・マイヤーホーファーと暮らし始めた。
シューベルトの最も重要な友人の一人、
高名な歌手ヨハン・ミヒャエル・フォーグルは、
自身、シューベルトの声楽作品の
非常に熱狂的な演奏家であった。
1819年の6月、シューベルトとフォーグルは、
フォーグルの故郷、上部オーストリアのシュタイアーに旅した。
ここで、シューベルトはコラー氏と、
その娘のジョセフィーネと親しくなり、
シューベルトは彼女を才能あるピアニストだと考え、
彼の言葉では、彼女は、
『とても魅力的に上手に』演奏した。
献呈の印はないが、彼は、
彼女のために、イ長調ソナタを書いたのだろう。」

このあたりは、この曲を解説する時に、
必ず触れられる、楽しいエピソードである。
が、続く仮説は、初めて読んだ。

「シューベルトの死後、
フォーグルは同時期に書かれた、
『ます』の五重奏曲の自筆譜と共に、
ソナタを取り戻し、
ヴィーンに持ち帰ったと考えられている。」

これはあり得るだろうか。
いくら何でも、もらった人から取り上げるのは、
ひどい話ではなかろうか。
フォーグルは、それで何をしようとしたのだろうか。

「このソナタの第1楽章は、
民謡風の『リート』形式で書かれている。
提示部のの開始部の
短い『ABA』の三分形式のリート形式と、
第1主題の歌のような主題が、
このスタイルを強調している。」

この部分は、非常に分かりやすい。
イ短調D537と、まさしく対照的な部分が、
この歌謡性だからである。

「三連音符の1小節が、
第2主題への経過句を形成する。
この主題はしかし、属音ではなく主音であり、
2小節後に主音短調で繰り返される。
古典的なソナタの構成なのに、
このパッセージは単に経過句と考えられ、
まず経過句と思われた25小節から28小節の主題を、
属音ゆえに、第2主題と考えるべきである。」

これも、楽譜を眺めなければ、悩ましい。
だが、三連符というのは、「さすらい人」にも出てくる、
あの独特の音型であろう。

経過句のようなものが、
第2主題だったというのは分かったが、
形式の自由な解釈、翻案を駆使して、
シューベルトが、一見シンプルな作品を、
巧みに構成していることを、
ようやく認識した次第。

「シューベルトが経過句を、いかにして、
第2主題の域にまで高めているかは、
驚くべき点である。
こうした主題操作のエッセンスは、非常に重要で、
21小節の主題とリズムの構成の間や、
『ロザムンデ』の音楽の一部、
作品29のイ短調弦楽四重奏曲、
それに遺作の即興曲作品142の3にも、
類似点が見られるものである。」

なるほど、と書くしかない。

「アンダンテは、
すっきりした三分形式を取っていると見えるが、
実際は、3/4拍子の単純なテーマによる、
魅力的で、喜びに満ちた変奏曲が隠されている。
シューベルトの天才はしばしば、
イ短調ソナタの楽しげな、
『アレグレット・クワジ・アンダンティーノ』
に明らかなように、
最もシンプルなアイデアにおいて、
最高点が見られる。」

魅力的で喜びに満ちた、とは、
よく書いたものだ。
というのは、主題そのものは、
何か秘めた想いのようなもので、
魅力的かもしれないが、
決して、喜びに満ちてはいないが、
変奏が進むに連れ、期待が膨らみ、
どんどん、喜びに満ちて来るのであるから。

こうした、語るような表現は、
決して、桟敷席の角にまで響かせる類のものではない。
まさしく、シューベルトの時代の楽器で、
聴きたくなるような音楽と言えよう。

ショパンもまた、求めたような、
多彩な陰影に満ちたニュアンスが、
ブロードマンのピアノでは、
繊細に奏でられる感じはする。

「イ長調ソナタの核心は、第3楽章にある。
ここでシューベルトは、
彼らしい音色と和声によって、
伝統的な調性から離れ、
この作品の名技性と優美さは、
リストやショパンによって、
もたらされる世界を暗示している。
シューベルトは、
古典のバランスの取れた均整と、
ロマン派の過多を結合し、
両時代の巨匠であった。」

こうした名技的な部分ですら、
シューベルトは、決して、
ばりばりと弾いて欲しかったのではないことが、
この録音ではよく分かる。
デーラーの演奏は、噛んで含むようなもので、
要所要所に影を施し、
まったく鮮やかなものではない。

しかし、作曲家の心には近づいたような気がする。
前回、パリのサロンを例に、
例えられたショパンの夜想曲では、
ぴんと来なかった事が、
今回のような、コラーさんの家での団欒を想定すると、
妙に、得心できたりする。

ただし、コラーさんが、どんなピアノを持っていたかは、
よく分からない。

得られた事:「1819年のシューベルトの明るさと単純さは、1817年の悪戦苦闘を乗り越えた結果に得られた、巧緻を尽くしたものであった。」
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by franz310 | 2010-04-10 23:41 | シューベルト
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