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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その209

b0083728_1923791.jpg個人的経験:
アイブラーの作品では、
宗教曲、交響曲、協奏曲と聴いたが、
室内楽はどんな感じだろうか。
と思って捜すと、
面白いことに、前回と同様、
プレイエルのものと一緒に、
併録されたものがあった。
プレイエルは1757年生まれ、
アイブラーは65年生まれなので、
確かに同世代の人である。


その他、プレイエルもアイブラーも、
口の悪いモーツァルトが敬意を示した、
数少ない作曲家であることを思い出した。

このCDでも、そのあたりの比較はよく書かれていて、
Tamas Varkonyiという人が解説を担当している。

しかし、ハンガリーのレーベル(フンガロトン)が、
何故、このような作品集を出したのだろう。
解説を読んでも、ハンガリーとの関係は書かれていなかった。

CDの表紙は、大きくヴァイオリンを描いた絵画で、
その楽器の影か、あるいはチェロかヴィオラか、
背景にも相似形の影が差している。
私としては悪くないと思う。
Peter Nagy作とある一方で、
この演奏、チェロがRobert Nagyであるが、関係者であろうか。

ヴィーン・ヴェルヴェデーレ・トリオという団体である。
Vilmos Szabadiのヴァイオリン、Elmar Landererのヴィオラ、
そして、Robert Nagyの三人のアンサンブル。

ヴァイオリンは、リスト音楽院で学んだ名手で、
ヴェーグやリッチに学んで、1982年にハンガリー放送のコンクール、
翌年フバイ・コンクールにて優勝、
85年にはシベリウス・コンクールで3位。
88年にはショルティに招かれ、
ロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールで、
バルトーク祭にて協奏曲2番を演奏した。

ヴィオラは、オーストリア人とあり、
ヴィーン・フィルの団員とある。
1990年に、マーラー・ユース・オーケストラに、
歳年少で入ったとあるから、まだ若そうだ。

チェロはハンガリー人で、ペレーニの弟子である。
ポッパー・コンクールで98年に優勝。
ヴィーン・フィル所属。
87年から、マーラー・ユースでソロ・チェリストになったとある。
この人も若そうだ。

このように、二人までが、ハンガリー人であるが、
二人までがヴィーン・フィル所属なので、
「ヴィーン」と、名称に付けられたのであろう。

これらの作品は世界初録音とあるが、
いったい、誰が見つけて来たのだろう。
ハンガリーは、このあたりの楽曲の研究が進んでいるのだろうか。
アイブラーの「弦楽三重奏曲ハ長調 作品2」は5楽章、
28分半の大曲。

プレイエルの「コンサート・トリオ 作品11」は、
各2楽章構成で、三曲からなる。
おのおの13分ほどの作品。

「イグナーツ・アイブラーとヨーゼフ・アイブラーは、
異なった生涯を歩んだとはいえ、
実際、共にハイドンの弟子だったように、
彼らの作品と芸術には、
密接な繋がりが見受けられる。
当時、ハイドンから学ぶということは、
レッスンを受けたということではなく、
単に、すぐ近くにいて、その真似をして、
時に、それを見せられるということであった。
プレイエルもアイブラーもこうした希有な体験をした、
例えば、ベートーヴェンのような若手が、
うらやんだような、数少ない音楽家であった。
様々な音楽語法が模索された18世紀後半、
ハイドンが示した方向こそ、
目指すべき方向であった。
モーツァルトと同年代のプレイエルは、
まだ、Ignazと名乗っていた、15歳からの多感な5年を、
ハイドンの許で過ごした。
ヨーゼフ・ハイドンとミヒャエル・ハイドンの、
遠い親戚であったアイブラーは、
この同僚と比べると遙かに変転する青年期を過ごしたが、
後年、ハイドンが友人となり、
彼を推挙したり、写譜を任せたりした。」

ということで、ハイドンを中心とした関係が書かれていた。
共に弟子であるが、プレイエルは8歳年長であった。

ハイドンはハンガリー貴族のおかかえだったので、
ハイドン研究の流れで、こうした作曲家たちも、
ハンガリーで、一緒に浮上してきたのかもしれない。

ここからは、ここでの演目、弦楽三重奏についてである。
楽曲の特徴が、バロック期のトリオ・ソナタとの比較でなされている。
ここにもあるように、この曲種は、室内楽の王様、
弦楽四重奏曲と比べると、はるかに名曲とされる作品が少ない。
1%オーダーと言ってもよいくらいなので、
こうした曲種解説はありがたい。

「18世紀後期における、
音楽ジャンルとして、表現手段としての、
弦楽三重奏曲の重要さを理解しようとすれば、
当時の位置づけを知らねばならない。
ヴィーン古典派の初期においては、
このジャンルは、
二つのヴァイオリンが掛け合って会話し、
鍵盤楽器の代わりに、
和声的なサポートをするチェロは単に低音を受け持ち、
バロック期におけるトリオ・ソナタの痕跡を留めていた。
1770年以降は、ホルン、オーボエ、鍵盤楽器など、
時に、弦楽器群を、和声サポートをしていた楽器が消えていった。
ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロによる編成が増え、
やがて、二つのヴァイオリンとチェロによる編成は廃れ、
次の何十年かはこっちが主流となった。」

親切な事に、あるいは当然ながら、
弦楽四重奏曲との差異についても語られている。

「しかし、弦楽三重奏曲は、
弦楽四重奏曲のような地位は占められなかった。
社会的に低い位置に甘んじ、重要作も少なかった。
より高貴で、もっと芸術的なライヴァルに対し、
ようやく19世紀になって形式が整った。
楽章数も定まらず、
ボッケリーニの後期のトリオは4楽章形式で、
この分野の絶頂点である、モーツァルトの
変ホ長調のディヴェルティメントK.563は、
6楽章であったのに、ハイドンは3楽章を好んだ。
呼び名も、ソナタ、セレナード、ディヴェルティメントなど、
形式と内容の不安定さを示している。」

期待はしたが、このように、
弦楽三重奏作品で起こった事実が述べられているだけであった。
何故、形式も内容も不安定であったかは分析なり、
見解なりが欲しいところだ。

が、聴いて見ると、弦楽四重奏から一堤、
ヴァイオリンが抜けただけなのに、
音の頼りなさは明らかで、
弦楽四重奏曲のような恰幅はない。

同じ音程におけるヴァイオリン同士の掛け合いが、
実は、四重奏においては、かなり重要な魅力なのかもしれない。
あるいは、線の細い高音が一個だけだと、
どうしても尖った響きになってしまうのかもしれない。

がっぷり四つに組むという言葉を、ふと思い出した。

以下、この編成のものも、
一時は、羽振りが良かったという例が挙げられ、
これなどは参考になった。
協奏四重奏曲とはなんぞや、という疑問も湧くが。

「18世紀の最後の25年間、トリオ・コンチェルタンテが、
特に、音楽生活活発なパリで人気を博した。
これは単に協奏四重奏曲の楽器数が異なる対抗馬で、
時に楽器同士が競い、
時にカンタービレを奏でるといったものであった。」

以下、何故かプレイエルの解説だが、
CDでは、アイブラーが先に入っている。
完成された年からも、作曲家の年齢からも、
プレイエルから先に書くのが正しそうだ。

「タイトルが示す通り、プレイエルの作品11は、
このようなカテゴリーに属する。
この3曲からなる曲集を作曲する前に、
作曲家はイタリアで数年を過ごしていたが、
地中海式の音楽文化をそこに認めることは出来ない。
キスマートンでの10年の修行を経て、
プレイエルは、その創作活動の絶頂期、
1787年に、このトリオをシュトラスブルクで書いた。
彼の室内楽における、
いつもの習慣通りに3曲をまとめた、
この三重奏曲は、ハイドン風の作風に倣ったものだ。」

地中海風なら、もっとカンタービレに満ちたものになるはず、
ということだろうか。

「明るい響き、見通しよくすっきりした構造、
メロディの創意に加え、音楽の新鮮さが、
プレイエルを当時の最も人気ある作曲家の一人にした。
その簡潔さに関わらず、各楽章は色彩に富み、
非常に多様な性格を持っている。
3曲とも第1楽章はソナタ形式に則り、
その速いテンポは、第2楽章のロンドにも引き継がれる。
これは同様に生き生きとして、
メインテーマが、コントラストなすエピソードの後、
何度も繰り返される。」

ここにソナタ形式とあるように、
ハイドンゆずりの主題労作が前提になっているのか、
どの曲も第1楽章は構成第一を前提として、
あまり甘味さが追求されたものではない。

何となく、家庭音楽として楽しむには、
弾いていて楽しげでないが、これで良いのだろうか。
時折、不思議な空白地帯のような瞬間さえある。

しかし、均質な味わいの楽器が、
協力しながら音楽を構成していく、
シンプルできめの細かい美感が感じられる。
こうした点に耳を澄ませば魅力的なのだが。

「変ホ長調の作品では、この楽器にふさわしく、
楽器らがホルンの響きを模倣する。」

さて、唐突ながら、各曲の解説が始まった。

ただ、このように、変ホ長調の曲、とあるが、
恐ろしい事に、このCDの曲目一覧には、
どこを見ても、調性の記述がない。

Concerto trio for violin,viola and cello とあって、
OP11.No.1とか、2とか、3とあるだけである。

しかし、以下、ニ長調、ヘ長調とあるので、
きっと、No.1が変ホ長調なのであろう。

この曲は、ホルンのように響くかどうかだけを聴けば良いのだろうか。
二行で済んでしまう、えらく、投げやりな解説である。

演奏時間を見ると、3曲の中では、この曲が最も楽章のバランスが良く、
第1楽章のアレグロは7分、第2楽章のアレグレットのロンドが6分。

第1楽章では、どこがホルンか分からないが、
出だしは、開放的で晴朗である。
高らかに吹き上げているイメージは浮かぶ。
ただし、すぐに、妙にためらいがちな楽想が現れたりして、
座り心地の悪い、一筋縄でいかない曲想である。

思索的な側面もあって、
難しい顔をして弾かないといけない感じ。
1787年というと、モーツァルトも、
単純化を考え始めた時代であって、
こうした、渋い作品が、広く流布したとも考えにくい。

何だかあれこれ考えさせられる音楽で、
歯ごたえはある。

私はかなり苦戦してこれを聴いた。
意味があるのか、意味ありげなのか、
どっちなんだ。

第2楽章の方が、ホルン的な音型を繰り返しているが、
何だか意味深な不気味なユニゾンがあったり、
ブルックナー並の休止があったりして、
あまり狩りの楽器から連想される開放的な感じはない。

何だか白昼夢の中で、
いろんな楽器がささやいては消えていく感じ。
まったく爽快でない音楽。
演奏のせいか。プレイエルの意図か。

「ニ長調の作品は、ハイドンの様式とは異なり、
慣習的な4/4拍子ではなく、3/4拍子となっているし、
フォルテではなく、ピアニッシモで始まる。
さらにこの神秘的な半音階的主題は、
B-A-C-Hのシンボルを中心に旋回する。
この4つの音は、偉大なドイツの作曲家を隠喩して、
展開部で、1音ずつ現れる。」

ちょんちょんちょんという感じの出だしであるが、
そのうち、ニ長調という調性にふさわしく、
「この楽章の第2主題は、ドルチェ・カンタービレのメロディで、
素晴らしい歌謡性を持っている」と書かれているように、
おおらかな楽想で、
ヴァイオリンが、ハイドンのひばりのようにさえずる。

したがって、ぼんやり聴いていると、
モーツァルトの不協和音ほどには、
神秘的という感じではない。
しかし、言われてみると、たぶたび現れて、
かなり、プレイエルがこれを意識していたことが分かる。

とにかく、衒学的である。
衒学三重奏。
後に、プレイエルはロンドンに渡って、
ハイドンと競って、大衆を前提とした作品を書くが、
この曲を聴く限り、どうも難しい。
幻視者が、闇の中を見つめているような趣きすらある。

第2楽章は、以下にあるように、
ヴァイオリンが活躍して、ハンガリーの名手が、
技巧の冴えを聴かせる。

「第2楽章のロンドのテーマは、
当時の軍楽の、気の利いたカリカチュアである。
ヴァイオリンのトランペット・ファンファーレの模倣が、
当時ポピュラーだったマーチを暗示していることからも分かる。」

ちゃちゃちゃっちゃか、ちゃーちゃちゃというのが、
軍隊風なのだろうか。
脳天気な音楽だと思うと、
途中で、内省的な表情を見せたりするのだが。
ということで、どこまでがカリカチュアなのか分からない。
トルコ戦争の厭戦気分でも暗示しているのだろうか。
とにかく、いろんなエピソードが挟まれる。

このニ長調、解説を信じるとすれば、
バッハから軍楽へ、というまとめ方が良く分からない。
流れの悪い音楽という点で、二つの楽章は共通しているが。

さて、このように、
ヴァイオリンが活躍してばかりいるので、
どこが、協奏風なのかと思っていると、
最後の曲が典型なのだという。

「ヘ長調のトリオは、典型的な、
トリオ・コンチェルタンテのような掛け合いが見られ、
チェロは時にヴァイオリンを脇に追いやり、
時としてヴィオラがリードする。」

確かに、この曲は、多くの楽器が動き回って、
曲がふくらみを持って、弦楽三重奏のすけすけ感が、
少し対策されているように感じられる。

和声的にも、朗らかに様々な表情を見せ、魅力がある。
前の二曲にあったような、苦みがあまりなく助かる。

第1楽章が、アレグロ・コン・スピリートで、約8分。
若々しく爽快なメロディで歌い出され、
そこから中間色の煮え切らない部分が延々と続くものの、
跳躍するような第2主題に対し、
期待感を高める工夫もあって悪くはない。
途中では、フーガ的な処理を見せるところも出てくるが、
これは不思議な色彩で面白い。

第2楽章は、モデラートのロンドで約5分。
憂いを秘めた、晴朗なメロディが美しい。
しかし、ぷつりぷつりとちょん切れて、
どうも覇気のない音楽である。
弦楽三重奏的な、すかすか感もあって、急に終わる。
3曲書いて、疲れ果てたということだろうか。

以上、プレイエルの作品を総括すると、
いずれも推進力に欠ける、
玄人受けを狙った作品という感じがする。

勢いで書き殴ったものではないが、
すいすいと筆が動いたものとも思えず、
かなり、ぎこちない曲集である。

前回聴いた交響曲も同時期のものであるが、
こんなに途方に暮れるような事はなかった。

シューベルトも、後に苦労する曲種であるが、
プレイエルのような才人でも、苦心惨憺したのだろうか。
あるいは、若気の至りの功名心で、
わざと難しく書いて見せたのだろうか。
いったい、どんなユーザーを想定して書いたのだろう。
気になる。

それに比べると、アイブラーの作品は、
ずっと歌謡性に富んで、見通しも良く、
ずっと分かりやすい。

古典的というよりも、ビーダーマイヤー風かも知れない。

すでに何度も読んだが、
まずは、作曲家に対する解説を見てみよう。

「ヨーゼフ・アイブラー(1765-1846)の名前は、
ハイドンとモーツァルト両者に関係したことで語られる。
コンスタンツェ・モーツァルトは、
ジェスマイヤーがレクイエムを完成させる前に、
アイブラーにそれを依頼した。
彼の作品は二つのカテゴリーに分類され、
1800年頃、もっぱら室内楽を書いていたが、
後に、サリエーリの死後、
帝室礼拝堂の楽長となった、
1820年代は主に大規模な宗教曲を書いた。
このように、弦楽三重奏曲作品2は、
初期のもので、1798年に書かれ、
ヴィーン古典派とロマン派の過渡期のものである。
この作品は4楽章のもので、
グループ作品ではなく、
後の偉大なベートーヴェンの作品を予告して、
独立した作品番号を持つ。
しかし、メロディーや和声など、
音楽材料は、古典的な簡潔さを保っている。」

作品2というのが若書きで、
習作風なイメージすら与えないだろうか。

が、アイブラーは、1765年生まれなので、
98年の作曲なら33歳の作品である。
シューベルトなら死んでいた年齢のもので、
作品2とは言っても、成熟した作品と考えてよいのだろう。
何しろ、91年にモーツァルトが亡くなった時に、
「レクイエム」の補筆を依頼された程の腕の人である。

シューベルトの生まれた頃、
こうした音楽が生み出され、
演奏されていたという点でも、
この作品は興味深い。

いよいよ、曲の解説。

「ハイドンの交響曲のように、
両端楽章のメイン主題が出る前に、
ゆっくりとした序奏を置いてはいるが、
この作品も一般的な、
トリオ・コンチェルタンテのカテゴリーに属する。
アイブラーのメロディーは、
分散された三和音からなり、
何段階かのスケール進行を見せる。
第3楽章はメヌエットであり、
主要部が、少なくとも三つの、
エピソードのようなトリオに交代する。
主部から取られた材料が、ここでは、チェロで始まることも面白い。
作品は、急速で、消えるような、単純で気楽なロンドで結ばれる。」

何だか、分かったような分からないような解説であるが、
聴いた感じを書き出してみると以下のようになる。

第1楽章は、アダージョの序奏を持つが、
最初からヴィオラで美しいメロディを歌い出し、
音色がしっとりと落ち着いて美しい。
主部はアレグロであるが、敏捷にヴァイオリンが跳躍して、
いかにも楽しげである。
モーツァルトのディヴェルティメントが、
この編成では、飛び抜けて有名だが、
その一節が飛び出して来ても自然に思える音楽である。

チェロも雄弁で、各楽器の音色が生かされ確かに協奏的である。
この楽章が9分半と飛び抜けて長く、
最後に、冒頭の主題によるアダージョの部分が、
回帰するのが意表を突く。

第2楽章は、アンダンテで、5分半。
非常に控えめな序奏から、
ヴァイオリンによって、
しなを作ったような、甘えるような、
語りかけるようなメロディが歌われ出す。
非常に親密な音楽である。
これは、協奏的という感じではないが、
プレイエルとは違って、メッセージが単純である。

第3楽章は、解説にもあったように、
メヌエットのアレグレットで、
これもそこそこの規模で6分半。
メヌエットというより諧謔味からしてもスケルツォ的。
解説にあったように、トリオがチェロで歌われるが、
妙におどけた味付けである。
多少、気まぐれな要素はあるが、
これも、弾いていて楽しいかもしれない。

第4楽章は、深々としたアダージョの序奏をもち、
この部分は1分半ながら、特別にトラック4とされている。
この部分、とても美しい。

トラック5はロンドでアレグロ。
解説でも、
「fast、dissolving、simple、carelessly」と、
意味不明な形容詞が並んでいたが、
確かに、とりとめのない音楽で、
妙にうねうねとした楽想が、ただ楽しげに、
しかし、どこか上の空で流れていく。

アイブラーは、これまで見てきたとおり、
時として、幻視のような音楽を響かせていたが、
これも、大曲を締めくくるには、へんてこな音楽である。

が、プレイエルの作品もまか不思議。
演奏家たちに、どんな気持ちで弾いたかを、
ちょっと聴いてみたくなるような作品であった。

得られた事:「シューベルトが生まれる前後の時期には、弦楽四重奏を外れると、かなり内容の異なる、現代の視点からは規格外の作品がいろいろ作曲されていた。」
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by franz310 | 2010-01-17 19:03 | 古典
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