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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その187

b0083728_13373012.jpg個人的経験:
前回、ボーザール・トリオで、
モーツァルトのピアノ三重奏曲を
通して聴いてみたが、
涸れた表情の作品ほど、
説得力を感じる、
不思議な団体であった。
実は、このトリオ、
1968年にヴァイオリンが
交代して、この新メンバーでも
同じモーツァルトを録音している。


1987年5月のデジタル録音で、
スイスでの収録とあり、
何となく、この暑い時期には、
その録音場所の爽やかな雰囲気に、
是非とも、あやかりたくもなる。

フィリップス・レーベルによる、
モーツァルトの没後200年の、
コンプリート・モーツァルト・エディションにも、
この演奏は採用されている。
私が持っているのは、単独発売のものではなく、こちらである。

この5枚組には、ブレンデルによるピアノ五重奏曲や、
同じ、ボーザール・トリオによるピアノ四重奏曲、
グラスハーモニカによる「アダージョとロンド」が含まれている。
残念なことに、「ケーゲルシュタット・トリオ」は、
ブライマーの録音なので、これだけは、前回の盤に収録が重なる。

また、あの偽作というか、ややこしい曰く付きの、
K.442のピアノ三重奏曲も含まれている。

こういう寄せ集めCDの常として、
デザインは意味不明であるのが残念だ。
おそらく、何に焦点を合わせていいのか、
分からなくなるのであろう。
その結果、可もなく不可もない、
よく分からないものが出来上がる。

カバー・デザインに、Pet Halmanとあり、
カバー・デザイン・フォトグラフィーに、
Cristine Woidichとあり、
アート・ディレクションに、Estelle Kercherとある。
いったい、誰が何をするか分からない大企業病である。

このCDのデザインを見ると、
どこかの劇場にピアノが置かれていて、
ピアノの上の楽譜はぐちゃぐちゃ、
後ろ姿の人物は、当時の装束であるが、
何故か一人は犬を連れている。

そのような上に、月桂冠の写真が重ねられている。
前述のように、どこまでが、誰の分担か分からないが、
人物や背景は手書きにも見え、
まさか、フォトグラファーは、
月桂冠とピアノの写真を撮っただけではないだろうな。

何だか分からない点が、
おしゃれなのかもしれないが、
それがかえって、ありきたりとも言える。
こうしたシリーズの一貫なので、
全体の統一も必要であろうから、
こうした無難な路線に落ち着いたものと思われる。

ブレンデルの五重奏も、ジェランナを交えた四重奏も、
以前、聞いたことがあるので、
今回は、ここに含まれるピアノ三重奏を聴いて見た。

前回の演奏でも主役を務めていた、
ピアノのプレスラーは同じなので、
基本的に大きな違いはないと思われる。

しかし、ヴァイオリンがイシドーア・コーエンに代わり、
チェロがグリーンハウスと来れば、
弦楽部隊は、何だか、ジュリアード四重奏団の
別動隊みたいな感じである。

この人たちは、この四重奏団の一員として、
また、共演者として知られていた人たちである。

ボーザール・トリオというと、謙虚な人たちの集まり、
というイメージが強いが、
ジュリアード四重奏団となると、
アメリカの先鋭的で精緻な団体という感じで、
かなり変ったイメージになる。

前のヴァイオリンは、ティボーの弟子のギレーであったが、
まさしく、ジュリアード音楽院でガラミアンに学んだ人。
ヨーロッパの香りは、少し遠のいたのだろうか。

これは単に頭の中で感じることであって、
演奏を聴いていて、それを実感したわけではない。

むしろ、この録音を聴いて感じたのは、
基本的にスタイルは変らず、さらに恰幅が良い演奏、
という第一印象であった。

もちろん、録音が新しいだけに、音もみずみずしいのが有り難い。
あるいは、その録音ゆえに、
ホールの広がりが感じられるのかもしれない。
そのために、演奏が大きく感じられるのかもしれない。

あるいは、前回の二枚組に対し、
6曲を3枚に収めているので、
そう思えるのだろうか。
特に、K.502とK.542の二曲しか入っていない、
CD4などは、収録時間が42分しかない。
前のCDは、さらにK.564とK.548が入って、
75分も入っていたのである。

K.542は、前のものより少し長めの演奏時間だが、
K.502などは、かなりすっとばし気味で、
前の演奏より、1分近く、早く終わってしまう。

嬉しいのはK.548ハ長調の繰り返しによって、
曲が2割程度増量されている点か。

やはり、この団体は、後半の曲の方が自信を持っていて、
落ち着いた表現が出来るのかもしれない。
最後のK.564も、いくぶん、演奏時間が延びている。

さて、演奏から離れると、
このCDの解説は、極めて不思議である、
と言わざるを得ない。

英語の部分には、
Alec Hyatt Kingという人が、
「親密な協奏スタイル、モーツァルトのピアノ付き室内楽」
という一文を寄せているが、
独語の部分には、
Dietrich Berkeという人が、
「ピアノといくつかの楽器の作品、
グラスハーモニカを用いた作品」という題で、
まったく異なる文章を書いているのである。

こちらの方は、曲ごとにタイトルを設けて、
各曲解説が詳しそうである。
この調子で、他の、仏伊語も別解説である。

いつも、こうしたメジャー・レーベルは、
数ヶ国語に対応しないといけないので、
大変だと思っていたが、このスタイルは初めて見た。
さすが、一大事業で力が入っているということだろうか。

キングさんの書いた、ピアノ三重奏の部分を見てみると、
いきなり冒頭から、えっ?そうだっけ?
と言いたくなるような内容もあるので、
引用してみよう。

「ピアノ三重奏曲のルーツは、
バロック期の弦楽トリオにあって、
そこで、ヴァイオリンはメロディラインを受け持ち、
それを支える低音は、一般に、
ハープシコードによっていた。」

ということで、アベック・トリオの解説のライカウ氏が、
そりゃ危険なこじつけよ、と書いたことがそのまま書かれている。

「18世紀の中葉にかけて、
急速に、まったく違ったバランスのものに進化した。
ヴァイオリンは、鍵盤楽器の高音と交互に、
または、和声を奏で、
なお、大いに装飾的な役割を担っているが、
鍵盤楽器が音楽の重心に来て、
チェロはその低音を補助している。
この特筆すべき変容、強調へのシフトは、
1750年ごろまでに確立され、
1770年代までには、
全欧州でピアノ三重奏曲は普及した。
腕に自信ある鍵盤楽器奏者と、
熟練のヴァイオリン奏者がいれば、
チェロはそこそこの腕でもよいため、
数え切れない家庭の合奏において、
理想的な曲種といえた。」

どうやら、ピアノ三重奏曲の起源にも、諸説あると考えた方が良さそうだ。
というか、様々な解釈は出来るのかもしれない。
しかし、弦楽器のソナタが起源というのは、ちょっと説得力に欠ける。

「こうした質感と限界は、
1776年8月に作曲された、
モーツァルトの最初の三重奏曲
K.254に明らかに見て取れ、
彼はスコアの最初に、
『ディヴェルティメント a3.』
と書いた。
彼がディヴェルティメントという言葉を使ったのは、
このチャーミングな作品が、家庭内の娯楽用であるとともに、
チェロの扱いはバロック期のものと同種であることを示している。
しかし、モーツァルト自身、
1777年10月の手紙で、これを三重奏曲と呼んでおり、
楽しく、娯楽向きで、1770年代の中ごろ書かれた、
ザルツブルク時代のベストといえる性格を持ち、
変ロ長調という調性が、暖かさと親密さを保障している。」

ここまで書いてくれると心強いではないか。
後半5曲とスタイルが違うというだけで、
軽視されるには、この三重奏曲は、あまりにも愛らしい。

演奏は旧盤の方がストレートな表現で、
曲が甘味なので、これはこれでちょうどよい感じがする。
新盤は味付けが少々強いが誤差範囲で、
やはり、どちらも同じ団体の演奏。

このディヴェルティメントより、やはり、
後年の五曲が気になるので、それを読んでみると、
「モーツァルトの成熟した5曲のトリオは、
二つのグループに分けられる。
ト長調K.496は、1786年7月8日に作曲され、
変ロ長調K.502は1786年11月17日に書かれている。
最後の3曲は、すべて1788年の作で、
2曲は夏に、1曲は秋に書かれている。
変ロ長調(?ホ長調の間違い)K.542は6月22日、
ハ長調K.548は7月14日に、
ト長調K.564は10月27日に書き上げている。」

このような分類は、実は混乱を招くような気がしている。
後半5曲に関して言うと、彼は、ここでは、
No.1とNo.2が仲間。
No.3、4、5が仲間。あえて言うと、No.3と4が仲間、
と言っているようである。
しかし、解説を読んでいくと、
むしろ、No.2と3が仲間、また、No.4と5が仲間、
といった風に記載されているのである。

つまり作曲時期と、スタイルが一致していないということであろう。
この解説者のみならず、
モーツァルト自身にも責任があるかもしれないが、
ことほど左様に分類は難しい。

と、いいながら、この解説者は、共通した特徴も語りだす。
「これらはすべていくつかの特異な特徴を共通して持っている。
まず、他の形式の彼の室内楽に比べ、これらは比較的短い。
10の速い楽章のうち、200小節を超えるものは5つしかなく、
さらに驚くべきは、すべての遅い楽章は、アンバランスに長く、
かなりのウェイトを占めている。
また、音楽の構成は、直線的で、伝統に従っているが、
誰にも献呈されていない。
この単純さも合わせて考えると、
モーツァルトは公衆やヴィーンの出版者を喜ばせるように、
金儲けのために書いたように思われる。」

また、このような発言が出るのは困ったものだ。
私は最初、そうかと思っていて、
ようやく偏見から解放されつつあるのに。

しかし、著者も混乱しているのか、
あるいは自信がないのか、
これらの曲も、他のジャンル同様の高みに達したと、
後で書いている。

「特に、『ヴァイオリンとチェロを伴う
チェンバロまたはピアノフォルテのための3つのソナタ』
というタイトルで、
K.502、542、548を同時に出版した、
アルタリア社などを想定しており、これは、
1803年までに、ヴィーンで二回、
マンハイム、ベルリン、アムステルダム、
ブルンスヴィック、ロンドン、ボンの、
計8回再版されている。」

この時代、ピアノ三重奏の王者は、コジェルフで、
「このジャンルと作曲家の人気は、
似たようなものばかり作っていた類似性や、
これらの曲集が、数年して、欧州主要出版社から、
再版されたことからも明らかである」などと書かれていたが、
さすがモーツァルト、同等の人気ではないか。

なお、第二楽章が、一点豪華主義的に甘味なのは、
コジェルフの影響かもしれない、などと妄想してしまった。
両端楽章もあまり複雑にすると、
コジェルフに勝てなくなってしまう。

さて、ヴィーンでの第一作について。

「K.496の手稿を通じて、モーツァルトは、
赤いインクと黒いインクを使っている。
『フィガロ』を書いてすぐの数ヶ月をかけた、
自信と活力に満ちた素晴らしい音楽の価値が、
各パートの正しい配分によって保障されることを意識した、
その努力の結果にも見える。
ヴァイオリンはピアノとの応答で活躍し、
チェロも次第に主張を始める。
モーツァルトが、三重奏の音色を開拓しはじめたのは、
まさに、この曲の第一楽章展開部においてであった。
ピアノ協奏曲ト長調K.453と同様、終曲は、
しなやかなテーマによる生き生きとした、
6つの変奏曲からなっている。」

このように読んでみても、
このヴィーンでの第一作、
さすがに、ライヴァルひしめく中、
念には念を入れての挑戦だったように思える。

この5曲の中では、もっとも苦労したものかもしれない。
この曲だけが、単独出版されていることからも、
その自信が感じられる。
出版したのは、あのホフマイスターである。
この人はモーツァルトの弦楽四重奏曲第20番や、
ピアノ四重奏曲第1番を、ぽつんぽつんと出版したことで知られ、
そのおかげか、前者は、「ホフマイスター四重奏曲」などと、
呼ばれていたりする。

さて、この曲の演奏も、新旧の聞き比べで、
少し新盤の方が華やかな印象がある。
しかし、テンポなどは、寸分違わない演奏なので、
録音による鮮度の影響かもしれない。

あるいは旧盤のギレーのヴァイオリンは、
切れ味よりも、いくぶん、典雅さに
重点を置いているのかもしれない。
コーエンのヴァイオリンは、さすがにアタックなど、
思い切りがよく、それが演奏に推進力を与えている。

つまり、強奏の時の思い切りのよさも、新盤に分があるが、
これとても、録音技術によるものかもしれない。

第三楽章は新盤の方が変奏を克明に描き分けて行く感じ。

「K.502とK.542は18ヶ月も離れているとはいえ、
同じ文脈で捉えられ、K.496の優れた点をも越えて、
モーツァルトが高い霊感を得て、
他の室内楽と同様の傑作に並んだ。
K.542の作曲は、交響曲変ホ長調、
K.543の構想中のことゆえ、
まさに驚くべきことである。
K.502の第1楽章はスタイルの点でも、
メロディラインの点でも、
このロマンティックな調特有の暖かさと浮揚性において、
1784年の最初の変ロ長調のピアノ協奏曲、
K.450(第15番)の縮約された鏡像のようである。
変ホ長調のラルゲットの精緻さは、
名残惜しげに、豊かに装飾された音形に満たされている。
小銭からも奇跡を鋳造してしまう、
モーツァルトの天分のパラダイムに従い、
この111小節は、シンプルなフレーズを通じて、
メロディの優美さを花咲かせていく。
こうした深い親密さの後で、締めのアレグロは、
人工的に見えるかもしれないが、同じように素晴らしい。
多くの要素、強さとデリカシー、
豊富なメロディ、巧みな対位法が、ほのかに混合され、
協奏曲のスタイルが詰め込まれ、
3人の奏者は等しくモーツァルトの豊かな創意に遊ぶのである。」

前述のように、この曲は、ボーザール・トリオの新盤は、
かなり飛ばしている印象を受ける。
旧盤のテンポの方が私には快い。
が、逆に、旧盤で、いくぶん流され気味だったのが、
意欲的な演奏になっていると、言えなくもない。
難しいものである。

「三重奏曲K.542は、同様の完全な熟達にあるが、
ホ長調という調性ゆえ、異なった気質を持つ。
モーツァルトはめったにこの調を使わなかったが、
悔悟が入り混じる明るさ、無垢の喪失感など、
常にそれは怪しい輝きを伴っている。
第1楽章の著しく顕著な転調は、
こうした揺れるムードを強調する。
この凝集に対照させるように、
モーツァルトは、緩徐楽章を、
『アンダンテ・グラツィオーソ』と名づけて、
イ長調の叙情的な暖かさに転じさせ、
115小節という異常な長さをとった。
『田園詩』、『子守歌』とでも呼べる、
幸福な、長く引き伸ばされたメロディが、
彼の和声と対位法の妙技によって強められていく。
終曲のアレグロの名技性は並外れており、
半音階的な輝きのパッセージで増幅されている。
第1楽章に似て、いくつかの休止と、
転調以外は、滑らかな進行で輝く。」

この曲の第一楽章では、逆に旧盤の方が、さくさく進んで速く感じられる。
また、この曲の特徴となる、三つの楽器が、
華やかに、ばーんと弾ける部分では、
ヴァイオリンが扇情的になるのが、新盤の特徴であろう。

第二楽章では、シンプルすぎる主題が、
私には物足りなかったが、録音によって音色が美しく、
チェロなどの音に深みが感じられる分だけ、
新盤の方が好ましく感じた。

第三楽章などは余り変らないが、
ピアノのプレスラー自身、表情が大きくなっているようだ。
いずれにせよ、高度なアンサンブルであることは確か。

「K.564は二番目のト長調トリオであったが、
K.548はモーツァルトの唯一のハ長調のトリオであり、
いずれも磨きぬかれ、蜜をしたたらせつつ、
高度な楽しみもある。
しかし、これらには前の二作品にあった、
高貴な凝集がなく、心ここにあらずといった印象もある。
K.548の場合、二つの大交響曲(ト短調とハ長調『ジュピター』)の、
差し迫った完成によって乱された可能性がある。
また、おそらく、3曲セットで出版したかった、
アルタリアからのプレッシャーがあったかもしれない。
すでに書いたように、結局、1788年11月に出版している。
しかし、技法的には、K.548もK.564も優れており、
特にヴァイオリンとチェロの重要性は進化している。
両曲とも終曲に楽しげなパッセージを持つ。」

素晴らしい第二楽章については、
何も触れられていないのが残念だ。

この曲はボーザール・トリオの新旧比較で、
最も大きな差異が出たもので、
旧盤が繰り返しなしで、16分で演奏していたのに対し、
新盤は21分くらいをかけている。

旧盤はLP時代のもので、
LP二枚に6曲を収めていたので、
収録時間への配慮があったのかもしれない。

また、演奏も、それに合わせてか、いくぶん大柄になっている。

この曲に関しては、少し寂しげで切迫感を湛えた、
旧盤のギレーのヴァイオリンの音色に、
惹かれるものを感じる。

それでも、やはり、この曲は、
このボーザール・トリオの演奏は良いような気がする。
プレスラーのピアノがよく合っているような気がする。

「K.564において、少なくとも、モーツァルトは、
プロポーションの実験を行っており、
第1楽章はたった117小節しかなく、第2楽章も119小節しかない。
明らかに後者の後者は主題と拡張された変奏曲であり、
他の後期の曲種同様、彼は、バランス上の、
新しい着想を持っていたと思われる。
さらにK.564においては、歴史的に興味深い点がある。
この曲はモーツァルトの作品で唯一、
大陸よりも先に英国で出版されている。
1789年7月23日、作曲家のステファン・ストレースは、
ロンドンのStationer Hallに、
このK.564を含む、
『オリジナルのハープシコード曲集』第二巻を提出したが、
アルタリアは、1790年の8月まで出版していない。
ストレースは、妹のナンシーや、トーマス・アットウッドと共に、
1786年、モーツァルトの知己を得ている。
アットウッドは作曲を学んでもいる。
このことによって、ストレースは、
このトリオの初期の手稿を入手したに違いない。
こうしたことは、モーツァルトの承認なしに
なされうることではない。」

このあたりの解説は、余談のようなものだが、
あまり、指摘する人がいない事を、
改めて、詳しく教えて貰えるのはありがたい。

この曲は、新旧両盤で、あまり差異を感じることはなかった。
第二楽章は旧盤の方が淡々としていて、
ここでもギレーのややくすんだ色調に、
何となく懐かしさを感じた。

私としては、新旧両盤とも大切な感じがする。

なお、新盤では、問題視されるK.442が最後に収められている。
解説には、モーツァルトの未亡人が、
シュタッドラーに依頼して書き上げて貰ったとある。
この前のライカウの解説では、
この男が、勝手にモーツァルトの遺品を整理した、
といったような内容であったが、
どうやら、コンスタンツェの差し金であったようだ。

第一楽章は憂いを秘めたメロディでかなり楽しめる。
何となく尻切れトンボみたいな感じで終るが。

第二楽章は何だかシューベルト的な楽想である。
この部分だけは良いという人もいるが、
それも分からなくはない。
しかし、だんだんつまらなくなる。

第三楽章は、シンプルな狩りの主題の曲想ながら、
ピアノが縦横無尽に駆け巡る楽しげな音楽。

「モーツァルトはアレグロヘ長調(?)と
アンダンティーノト長調を1785-6年以前に書き始め、
アレグロニ短調は、手稿やスタイルから、
1788年の夏かそれ以降の作であろう。
最初の二つの断片は平均的な出来で、
何か不満があってモーツァルトが放棄したと思われるが、
アレグロは、創意に満ち、グランドマナーで書かれ、
モーツァルトの状態はベストである。
何らかの邪魔が入って完成されなかったのは残念でならない。」

狩りの主題の曲想は、コジェルフが好きなものなので、
あえて、真似しそうになる前に放棄したのかもしれない。

こうした曰く付きの作品であろうとも、
一部、 モーツァルトの曲想なのであれば、
こんな形で聴かせてもらえるのもありがたいことである。

概してボーザール・トリオの演奏は、
さすがこの道に注力した名手たちの安定した力を感じさせるもので、
旧盤と同様、後半の作品は素晴らしく、
前半の作品には、さらに華やぎを加えて、
言うことのない仕上がりと言える。

得られた事:「ボーザール・トリオによるモーツァルトの新盤の弦楽部隊は、ジュリアード四重奏団と所縁も深く、旧盤より表現の幅を広げている。」
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by franz310 | 2009-08-16 13:39 | 音楽
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