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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その185

b0083728_23241676.jpg個人的経験:
モーツァルトの十倍もの
ピアノ三重奏曲を残した、
当時の人気作曲家、コジェルフに対し、
モーツァルトもまた、一矢報いた、
という説があるようだ。
かつて、ハイドンの三重奏で、
興味深い解説を書いていた、
Jan Reichowが担当している、
ABEGG TRIOのモーツァルトのCDに、
そのように書いてあるのを発見した。


ABEGG TRIOのCD解説は、
ほとんどこのReichowが書いているようだが、
私は、この人の博覧強記的解説が好きである。

このモーツァルトも気になっていたのだが、
3枚組というのでひるんでいた。

もっと言うと、この表紙デザインもあんまりではないか。
有名なモーツァルトの未完成のポートレート(ランゲ作)だが、
それがどうしたという、何の工夫もないデザイン。

アベッグ・トリオなら、お抱えの線描画家がいるであろうに。

このデザインでは、ピアノ三重奏曲というジャンルが持つであろう、
何か楽しげで、開放的な感じがまるで伝わって来ない。

しかし、購入して良かった。
やはり、示唆されるものが多い。

たとえば、私は、ピアノ三重奏曲は、
「室内ピアノ協奏曲」という理解をしていたが、
この人に言わせると、モーツァルトらのものは違うようだ。

それを、歴史的な例証から始めてくれるので、
反論することなど、できようはずがない。

この解説、いきなり、コジェルフが登場していて、
前回の繋がり上、都合良く有り難い。
ただし、このライカウの解説は、長大かつ難解なので、
かいつまんで行く。

はっきり言って迷惑な文章なのだ。
面白いが、翻訳されることを無視し、
もっと言えば、正しく理解されることを拒んでいる。
衒学的と言うべきであろう。

何度かここでも、彼の解説に取組んだが、
もっと簡単に書けばよいことを、
奇妙奇天烈な引用や挿入、目を眩ませる文法で、
あくまでも、極東の島国の住人を小馬鹿にしてくれている。
ちなみに、日本語解説もあるが、嘘ばかり書いていて、
あまり役に立たないのは、このライカウのせいである。

が、我慢して、彼の言わんとすることを読解する。

「本当のモーツァルト通なら、
『ドン・ジョヴァンニ』、ト長調の交響曲や、弦楽五重奏、
またはベートーヴェンに近いかどうかではなく、
むしろ、あまり知られなくなった、
コジェルフ、ショーベルト、ヴァーゲンザイル、
フォーグルに代表される、
より伝統的な作曲家との違いによって、
モーツァルトの本質を見いだすであろう。
伝えられるところによれば、すでに彼は、
それによって同時代者を驚嘆させ、
一頭抜きん出た存在であった。」

ということで、
いきなり冒頭から、「コンヴェンショナルで、
忘れられた同時代者」の代表として、
コジェルフの名前が挙がっている。
かわいそうなコジェルフ。

先にライカウの文章の悪口を書いたが、
日本で書かれた解説で、
こんな記述で始まるものがあるだろうか。
そもそも、詳細なモーツァルトの伝記ですら、
コジェルフの名前は出て来ない。
シューベルトが、コジェルフの事を語ってくれなかったら、
私も興味を持ちようがなかったはずである。

「ウルリッヒ・ディベリウスは、このような記述から、
後で述べるような結論を導いた。
『モーツァルトのサウンドは、
ハイドンに献呈された6曲の四重奏曲について、
同時代の批評家が、
『スパイス効き過ぎで味わえない』と評したということから、
無邪気に分かりやすく演奏すべきではないということ。
さらには、彼は、『伝統を破壊するためではなく、
それを完成させるために現れた』ということ。
しかし、これはいったいどんな伝統であろうか。」

ピアノ三重奏曲の解説を書き始めるに当たって、
最初にこのように書かなくてはならないのは、
この曲種の成り立ちを、これからつべこべ例証するためである。

所々に脱線の入る、ライカウの語法に惑わされず、
何が書かれているかというと、
「ザクセン出身のシュースターという楽長の、
『チェンバロとヴァイオリンのための6つのデュエット』を、
1777年、ミュンヘンで知ったモーツァルトは、
10月6日に父親に当てて、
『これはかなり受けているので、
同様のものを書いてみたいと思う』と書き送っている。
彼は、『私自身が気に入ったので』とは書いていない。
彼はゲームのルールを書き換えたりせず、
そのルールに従って、誰以上にも、それ以上の事をした。」

つまり、この解説者は、モーツァルトの歴史的位置づけを、
ベートーヴェンのような変革者の前例としてではなく、
当時の人気作曲家のスーパー・ヴァージョンとして、
考え直すべし、と書いているようだ。

このように、作曲上の様式や作法について、
ゲームとかルールとか書き出すのがライカウ流である。

ちなみに、この1777年はモーツァルトの、
「マンハイム・パリ楽旅」の途上である。

次に、問題作、K.422について書かれている。
このピアノ三重奏曲は、まったく無関係の作品の断片を、
当時の音楽学者、
マキシミリアン・シュタッドラー(1748-1833)が、
補筆して、ひっつけて、無理矢理完成させた、
3楽章のピアノ三重奏曲で、
このCDでは、坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い、
(一応、シュタードラーは聖職者のようだ)とばかりに、
三つの楽章を三つのCDにバラバラに収録する、
という念の入れようである。

シュタードラーというと、
クラリネット協奏曲をモーツァルトに依頼した、
アントン・シュタードラー(1753-1812)
を思い出すが別人である。
1833年まで生きていたので、
シューベルトが亡くなった後まで生きていた模様。

このシュタードラーが、モーツァルトの人生?に、
どのように関わったかが、この解説に書かれているのは、
まことに興味深い。
何故、そんな話になるかというと、
これもライカウ流だが、モーツァルトの歴史的位置づけを、
まったく意識してなかった(から、勝手に補作できた)例として、
この僧侶が登場するのである。

この部分は、印象深い。
「当時、最も有名な作曲家でピアニストで、
音楽学者の一人であった、
アッベ・マキシミリアン・シュタードラー
(後に、最初のオーストリア音楽史を書く)は、
モーツァルトの死後、その未亡人の遺産整理で助けた。
完成されたものは分類し、
完成できそうなものはより分け、
どうしようもないものは焼却した。
1968年、モーツァルト研究家の、
K・Marguerreは、『未亡人も助言者も、
後世に対して罪を犯している意識は皆無であった』
と嘆き、モーツァルトの草稿を完成させるに当たり、
シュタードラーが、
各曲のモーツァルトの意図を、
見つける苦労すらしていないと批判している。
『彼にとって、モーツァルトも、
その同時代者も、一緒くたになっていた』。
自筆譜に、直接書き込む勇気がよくあったものだ。」

ということで、何だか、ライカウが知っているエピソードを、
無理矢理付け加えたような解説で、
モーツァルトのピアノ三重奏が何たるかを語るには、
何となく、どうでもいいことだが、
一応、そのMarguerreが、
書き直した断章も収録されているのは前述の通り。

この断章の解説は省く。
何でもいいが、マキシミリアン・シュタードラーの、
肖像画をでかでかと1ページ使って掲載するのもやめて欲しい。
1818年の肖像とあるから、70歳の老人である。

このような解説の後、ようやく、
ライカウの、モーツァルトの三重奏曲観が登場する。
おそらく、この部分が一番重要であると思われる。
たぶん、私は、これが読みたくて、
この解説に付き合って来たのであある。

「実際、モーツァルトのピアノ三重奏曲は、
他の室内楽ほどのポピュラリティを持つことがなかったが、
それは、それらの質が低いからではなくて、
注目すべき、歴史的な出発点の問題に巻き込まれたからである。」

ということで、ライカウは、これらの作品は、
ダメダメ音楽ではない、と明記してくれた。
ようやく聴き進める勇気が持てた次第である。

こういった事を言ってくれるから、
ライカウは好きなのだ。
ハイドンのピアノ三重奏曲を、
モーツァルトのピアノ協奏曲と並ぶ偉業、
と言ってくれたのも、
シューベルトが生きていれば、
ロマン派の音楽は、もっとまじめな方向に進化しただろう、
などと書いて、私の口をぽかんと開けてくれたのが、
この人なのである。

一度、お会いして、日本語の難しさを伝授したいものだ。

などと、ライカウを持ち上げると、
今度は、こちらの足元が掬われる。

以下のような論理展開がこれまたライカウ流。
唐突で、何が起こったかわからなくなる。

「ヴァイオリン・ソナタと、ピアノ三重奏曲は、
共にピアノの精から生まれた双生児なのである。
1740年から1790年にかけて、
音楽愛好家(ディレッタント)が、
絶対権力を持って、彼らの名付け親であった。」

だからどうした、と言いたいが、
次に音楽学者の話が唐突に始まるところからすると、
これらは、その時代の特殊例として、
それなりの鑑賞の仕方をせよ、
ということなのであろう。

この後、バッハのヴァイオリン・ソナタを、
モーツァルト、ベートーヴェンの作品の源流として扱ってはならない、
ということが力説されている。

バッハもまた、特殊例であって、その特殊例同士を、
無理矢理、関連付けて理解しようとすると間違う、
てなことが書いてある。

バッハがいかに特殊であるかが力説されているが、ここは、
よく分からないので無視する。
ジャック・ハンチン(1886-1955)
という人の説の引用らしい。

また、むしろ、フランスの、
ショーベルト(シューベルトではない)の方が、
この時代は知られていたと書かれるが、
ついでに、こんな事が書かれているが、
文脈的には極めて唐突である。
面白いので訳出する。

「ヨハン・ショーベルトは、
彼が採ってきた毒キノコの料理によって、
妻、子供(単数)、女中、四人の友人と一緒に、
1767年、パリで死んだ。」

私は、ショーベルトの死因は知っていたが、
こんなに道連れにしたとは知らなかった。
誰か生き残った人がいて、ショーベルト自身が採ってきた、
と証言したのだろうか。
そうでもなければ、四人の友人が、お土産に持って来た、
と考えるのが普通であろう。
しかし、こんな場合、女中まで死ぬだろうか。

このように、私自身、ライカウ流で脱線を楽しんでしまったが、
では、ヴァイオリン・ソナタやピアノ三重奏曲が、
どのような経歴のものかが、沢山の例証をもって書かれている。

まだまだ、個々の作品の解説は始まらない。

1745年、Nichelmannの作品、(女性用の)
1757年、Paganelliの作品、(女性用の)
1770年、Rutiniの作品、(10歳の少女でも弾ける)
1743年、Guillemainの作品、(楽しい会話)
などと例証されているように、
多くの作品は女性のアマチュア・ピアニスト用で、
任意参加(アド・リブ)で、その他の楽器が、
入ってくることを想定したものであるという。

1760年に英国の作曲家、Charles Avisonが、
「6つのソナタ」で書いた前書きには、こうあるらしい。
「公的な楽しみのためではなく、
むしろ個人的な楽しみのためのもので、
心一つにした友人たちとの語らいにも似て、
情緒の交流、楽しい時のため、
仲間たちを活気づけるものである。」

このように、これらの作品は、
最初は、ピアノが弾く後ろで、
ヴァイオリンがその肩越しに楽譜を見て、
任意に参加するといった、
パリの作曲家、ショーベルトの他、
Mondonville、Guillemain、Clementらの、
「ヴァイオリン伴奏を持つクラブサン・ソナタ」を、
起源として、この頃は、伴奏付きが当然、
といった流れになっていったようである。

従って、出版社は、ピアノ用楽譜とは別に、
伴奏用楽譜を出版したという。

まことにややこしい話である。
そのうち、ヴァイオリン伴奏付きバージョンと、
ピアノまたはクラブサン独奏バージョンの、
二つを聞き比べられるCDなどが登場しそうである。

このシューベルトの五重奏曲「ます」を主題としたブログで、
モーツァルトのピアノ三重奏曲にまで手を広げることが、
意味があるかどうかは自信がないが、
こうした、ピアノ入り室内楽の歴史を学ぶことは、
非常に意味深いことのように思える。

弦楽伴奏付きのピアノ曲という捉え方が、
ある意味重要だということだろうか。

私はこれまで、ブレンデルの演奏のような、
ピアニストが大きな顔をした演奏を否定してきたが、
あるいは、さすが博学、ブレンデルの解釈は正しかったということか、
などと考えたりもしてしまうのである。

さて、このような、ピアノが主、
弦楽は適当に入れや、という状況下で書かれたのが、
モーツァルト20歳にして書いたのが、
最初のピアノ三重奏曲(K.254)だ、
という流れで、ようやくモーツァルトの作品の話となる。

つまり、それゆえ、なのか、
この曲はまだ、「ディベルティメント」と題されており、
娯楽のための音楽ゆえ、プリティなものが求められた、とある。
筆者は、「チャーミング」と「プリティ」を使い分けている。

辞書に、Prettyは、かわいらしい、お上品な、とあり、
Charmingは、魅力的とある。
もともとドイツ語を英訳しているので、正しいかどうか分からない。
ドイツ語版も出ているので、見ると、reizvollと、gefalligとあり、
「魅力的」と「感じの良い」の違いのようだ。難しい。

「一月前に書かれた、天上的に美しいハフナー・セレナーデや、
他の三重奏のチャーミングさを求める者はおらず、
おそらく、正しくそれを理解できる者もなかったと思われる。
1777年10月4日の音楽の夜会で、
モーツァルトは、ヴァイオリンを受け持ち、
宿屋のフランツ・アルベルトは、
素晴らしいフォルテピアノを持っていて、
(1777年、4月27日のショーベルトの言葉によると)
彼のミュンヘンの家で、この作品は演奏された。」

この曲は、CDの最初に収められているが、
噴出するようなピアノが主体であって、
確かに、ヴァイオリンもチェロも、
そこに彩りを加えているだけのように聞こえる。

しかし、プリティであって、チャーミングでない、
という感じかどうかは分からない。

確かに、一緒に弾くことが楽しみの中心であって、
俊敏な応答が要求されて、三人のバトル・ゲームのようにも聞こえる。

3楽章あって、どれも6分程度だが、
真ん中のアダージョが、最長で6分半。

このあたりになると、美しいメロディーが愛らしく、
チャーミングな感じがしないでもない。
ヴァイオリンがそっと舞い上がる所なども美しい。
が、聴きようによっては、優雅な対話はあっても、
詩的な情感の創出という意味で、
天上的とは言えないのかもしれない。

第三楽章も軽妙なメロディーで、何だか、ダンスの伴奏曲みたい。

そんな親密さのせいか、確かに、
気のあった仲間たちの交流の音楽という感じはする。
ということは、モノローグではつまらないということで、
先に列挙された先人の作品のように、
アド・リブなしの演奏があり得るかどうかの想像は困難である。

この三重奏団、アベック・トリオは、
個々の音色の芯がしっかりした感じで、
こうした演奏でも、各楽器の特色の交錯が美しい。

それから10年、モーツァルトはピアノ三重奏を書かず、
しかし、その時には、これらの編成では、
音楽史上のクライマックスを形成する。
そのさらに10年後にベートーヴェンが、
作品1のピアノ三重奏を書いて、異なるアプローチで、
別のクライマックスを築くことになる、とある。

では、その10年後の三重奏曲とは、どんな作品だろうか。

このCDでは、しかし、すぐにそれを聴かせてくれない。
先のアッベの所で出て来た、
K.422の1のニ短調のフラグメントが、
トラック4で演奏されている。
7分半のかなりの規模のもの。
最初は短調で渋いが、途中からは楽しい。

CD1のトラック5以降に、K.496が聴ける。
「K.496とK.502の二曲のピアノ三重奏曲
(それから、その間に書かれた、
ピアノ、クラリネットとヴィオラのための、
K.498の『ケーゲルシュタット・トリオ』は、
二曲のピアノ四重奏曲(K.478、493)に続いて書かれた。
音楽的にはともかく、
演奏上の困難さの異なる、これらの作品が同じ、
アマチュア・グループを想定して書かれたことを信じるのは難しい。
モーツァルトは、父親のいつもの忠告に従って、
彼は、依頼主の期待に添うよう心がけている。」

ここで、ようやく、私が知りたかった、
コジェルフ対モーツァルトの話が登場する。

「大衆にはコジェルフの作品が浸透していたと言われるが、
音楽愛好家たちは、いろんな作品の演奏に情熱を傾け、
1787年か1788年の冬には、
モーツァルトが流行したことが知られている。
このような流れの中で、
遂に音楽はファッショナブルとされるようになり、
『豪華流行ジャーナル』でも取り上げられた。
(モーツァルトの新しい三重奏曲変ロ長調(K.502)が、
対位法的になっているのは偶然だろうか。)」

このように、このCDの解説においても、
コジェルフが当時、最も人気のある
ピアノ三重奏曲の作曲家であったことが読み取れた。
しかし、モーツァルトも、しばしば人気をさらったということであろう。
基本はコジェルフなのだ。

何と言っても、モーツァルトの10倍の作曲をしたのだから。
1887年といえば、シューベルトの父親が学校経営を始めた翌年。

あるいは、その学校の子女が弾くために、
コジェルフの楽譜も用意したかもしれない。

あるいは、「豪華流行ジャーナル」を見て、
30を過ぎたばかりのシューベルトの母親が、
モーツァルトの楽譜をねだったかもしれない。

「このように、この『豪華流行ジャーナル』は、
モーツァルトのピアノ四重奏曲の一曲の場合を取り上げ、
『この議論の多い芸術作品は、
よく作品を通して研究した、
非常に腕の良い四人の音楽家によって、
全ての和声が聴き取れる静かな部屋で、
2、3人を前にして、
正しく正確に弾かれるべきである』と書いている。」

ものすごく、贅沢な状況である。
腕の立つ4人が、2、3人を相手に弾くのである。
この場合、当然、演奏者も聴衆であろうが、
現代の室内楽の概念の延長にあるようでもあり、
違うようでもある。

が、少なくとも、ショーベルトたち、パリの作曲家の、
子供用作品のレベルから、はるか遠いところにまで来た感じはある。
さすが『豪華流行ジャーナル』である。
ハイソな雰囲気が確かに伝わって来る。
あるいは、現代でも、これはスーパー豪華である。
いろんな楽しみが増えすぎて、流行にならないだけのこと。

しかし、ここがライカウ流、いつの間にか、
ピアノ四重奏曲の話にすり替わっているのが、
ちょっと疑問。

とはいえ、シューベルトの五重奏曲の先祖は、
あるいは、こっちの方が近いとも言える。
とすると、「腕の立つ四人」とあるところから見ても、
この時代、すでにピアノ主導という感覚はなかったような感じがする。

また、シューベルトの五重奏曲が初演された環境も、
ひょっとすると、演奏者+2、3人だったかもしれない。
依頼主が、そもそもチェロを弾く人なのだから。

シューベルトの五重奏曲の演奏は、
あるいは、モーツァルトの四重奏が受けた扱いより、
遥かに幸福であったかもしれない。
解説は以下のように続く。

「が、実際には違ったようだ。
『二流の腕で、様式を無視されて、
このモーツァルト作品が弾かれるのは耐え難い。
前の冬、こうしたことは数知れず起きた。
私が出かけたほとんど全ての場所で、
若い淑女や出しゃばり乙女、厚かましい素人が、
気取ってこの作品を楽しんでいるふりをしていた。
彼らはこれが好きなわけではない。
ちゃんと4小節も合わせられず、
まったく揃った感じのしない騒音を立てる
4つの楽器からの、理解できない騒音の退屈さに、
みんながあくびしていた。
それは喜ばしく、素晴らしい音楽なのに。』」

ということで、こんな感じで、脇道に逸れ、
結局、各曲の解説は出て来ない。

この後の、ライカウの解説は、
1800年のロホリッツの言葉、
1859年のヤーンの言葉、
さらに、20世紀になってからの、
1915年のアウグスト・ヘルムのエッセイ、
1966年のヒルデスハイマーの研究、
1972年のディベリウスの言葉を紹介しているが、
寝る時間を遅くしてまで、
今、これ以上、解読する必要があるとも思えない。

このCDの1枚目の最後に収められた、
第二番のピアノ三重奏あたりが、
まず、コジェルフの対抗馬として出て来たということから、
今回は、これを聴いてみよう。

第一楽章、いきなりピアノが英雄的な主題を奏でて素晴らしい。
続いて、ヴァイオリンがそれを歌い、ピアノも唱和する。
かなり力の入った音楽という気がする。

展開部では、活発にチェロが動き出し、
妙に不安感を煽る、ドラマティックな、
異様とも思える雰囲気を醸し出しているのが注意を引く。

ひょっとして、モーツァルトは、かなり全力投球かも。

このように、8分以上かかる第一楽章、
終楽章は10分、中間楽章も8分近くかかり、
ほぼ30分の大曲といえる。
モーツァルトのトリオでは最大規模である。

第二楽章は、アンダンテで、これまたジャーンと豪華。
厳かと言ってもよい、神妙な曲想。
これは、かなり通好みの甘さ控えめの音楽ではないか。
これまた、チェロが、深々と歌うところが印象的。
何だか、意味深の展開で、完全にK.254の甘口音楽とは別格。
はっきり言って、対位法的進行が不気味。
ベートーヴェンに倣って、「幽霊」などと名付けたくなる瞬間がある。
さらに、後半に入って、ピアノのきらめきを中心に、
チェロ、ヴァイオリンが歌い交わしながら進行していくところなどは、
完全に何か新しい領域に入り込んでいくような感じがする。

終楽章は、このような意味深音楽を吹き飛ばす、
ラヴェルのピアノ協奏曲のような、お開きの音楽。
アレグレットの変奏曲であるが、ヴァイオリンの明るい音色が、
素晴らしい輝きの装飾となり、ピアノが喜んで駆け回る。
さらに、チェロが不気味な歌を歌い出すなど、
各楽器の動きの妙が味わい深い。
ようやく最後になって、楽しげな主題が戻ってくるが、
おおむね、初見では4小節も合わせられないであろうし、
どこが良いのか分からないのではなかろうか。

それにしても、こんな音楽を、
喜んで演奏したアマチュアがいたとは、
にわかには信じがたい。

得られた事:「ピアノを伴う室内楽は、当初、ピアノのみ主役で、その他楽器は、勝手にそれに唱和するだけの役割(暇つぶし?)であったが、各楽器の語らいが深まるにつれ、遂には時代の流行の先端とみなされるに到った。」
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by franz310 | 2009-08-01 23:29 | シューベルト
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